鎖骨骨折の治療 相木比古乃 木村明彦 歴史 鎖骨は皮下直下にあるため 視診や触診で容易に診断できる場合が多いため 人類の骨折治療に関する最も古い記載の中に登場する 古くは紀元前 400 年ヒポクラテスが鎖骨骨折に関してのいくつかの記録を残している それによると 1 骨折した鎖骨の遠位部は上肢の重量のために下方に転位する場合が多い 2 骨折を整復することもそれを維持することも困難であり 転位した位置が骨折の natural position である 3 骨癒合は良好であるが変形治癒をしばしば生じる などと書いてある それ以降 治療に関してはいくつかの報告がある 1893 年に Dupuytren は枕に腕を乗せて骨癒合までじっと待てと延べ 1860 年に Lucas Championniere は 8 の字バンド固定などを報告した いずれにせよ 少なくとも 19 世紀の段階では 多少の変形治癒はやむをえなく それによる機能障害や審美性の問題も少ないとされていた しかし近年では 鎖骨骨折の治療に基づく分類がなされ 治療法の多様化が見られるようになっている 解剖 鎖骨は人体の中で最も早く骨化する骨であり ( 胎生 5 週 ) 長管骨の中で唯一膜性骨化する 骨化中心は鎖骨中央部であり 5 歳くらいまでに最も成長する部位である それ以降は両端の成長軟骨で成長する 鎖骨は大まかに近位 中央 遠位の 3 つの部位に分けられる 内側は太く海綿骨が豊富であり 中央は細いが骨皮質部が多く 外側は形状がフラットであり海綿骨も多少ある バイオメカニクス的には 内側 外側ともに 1/3 の部位が軸圧には最も弱い しかし 最も骨折頻度が中央 1/3 に多いのは 靭帯や筋の補強がない部分であるからと考えられている 進化論的に鎖骨の大きな役割は 肩関節をより外側に位置させることによって 人類は上肢の三次元的な動きを獲得できたと言われている 鎖骨の解剖学的役割は 1) 胸郭から肩甲帯への連結 僧帽筋筋力の伝達 上肢の安定化への寄与 2) 肩甲帯の動きに関与 ( 肩屈曲 180 度の際に胸鎖関節で上方へ 30 度 後方へ 35 度動き 長軸に対して 50 度回旋する ) Rockwood の報告では 鎖骨切除後の症例で 自動運動の筋力低下 肩関節の内方への転位とそれに伴う腕神経叢の刺激痛を認めたとの報告もある 肩外転 180 度の際 肩甲骨 60 度の外旋のうち 最初の 30 度は胸鎖関節における鎖骨の挙上である 3) 鎖骨外側 1/3 の頭側は僧帽筋上方 1/3 線維の停止部であると同時に前方は三角筋の起始部でもある 胸鎖乳突筋は内方の背側から立ち上がり 前方からは大胸筋が起始する また鎖骨下筋が第一肋骨前方から斜めに後外側に鎖骨下面に沿って走り 鎖骨骨折の際の血管神経束損傷を protect している 4) 血管神経束の保護 5) 呼吸機能 6) 審美性などに関与している 分類 1) いろいろある様だが骨幹部に関しては治療方針を決める上で有用なのが Robinson 分類ではないかと思う 鎖骨骨幹部の骨折型を転位度と粉砕度を考慮して分類している点に注目したい 鎖骨遠位端骨折については Rockwood 分類 2) が有名である Rockwood 分類は Neer 分類のタイプⅡを A と B に分けたもので タイプⅡAは烏口鎖骨靭帯の菱形靭帯 円錐靭帯ともに残存しているもの タイプⅡBは円錐靭帯が断裂したものである
Robinson 分類 ( 鎖骨遠位端の Neer 分類も含む ) 鎖骨近位端骨折の治療 通常保存治療で成績がよい しかし 2004 Robinson 8) の報告では受傷後 24 週の時点での偽関節率は 8,3% であった 転位が高度のもの (type1b) では 14.3% 転位のないもの (type 1A) では 6,7% であった しかし偽関節と臨床成績との関連が出ておらず 手術適応に関してはっきりとしたことは言えない 鎖骨中 1/3 骨折 (Robinson type 2) の治療 保存治療中 1/3 の鎖骨骨折に対しては 8 の字のバンドで固定するとの報告が最も多い この場合は患者の痛みが軽減すれば可能なかぎり早くにバンドをはずし 可動域訓練を開始する 骨癒合は 多くは 6 週で X 線上確認できるが機能的に回復するのは大人の場合で 12 週間必要である 鎖骨の短縮や痛みのない変形は多くは肩関節の機能には影響をおよぼさない
ため 通常は手術の適応は少ない また一般的に保存治療の成績は良好である 1998 年の報告では 17 年の経過観察で 保存治療を行った 225 例のうち 82% が肩の症状はなく 成績不良であったのは 1 例のみとであるとしている 3) しかし 保存治療における最初の 3 週間は痛くて ADL 上不便であるが それらは過小評価されてきたようである 保存治療による社会復帰への遅延も考慮しなくてはならない さらに 保存治療でも偽関節にはならない という一般的な認識も間違っているとする報告もある 4) また 鎖骨骨折における保存治療の結果を評価する場合 偽関節や可動域だけではなく痛み 整容を考慮すると成績はもっと悪くなると指摘されている 9) 転位したままの骨片が痛みの原因となることはよくあることである 転位の大きい鎖骨骨折に対しては手術治療を考慮する必要があるかもしれない 手術治療成人における開放骨折 神経血管損傷 floating shoulder 多発外傷 転位が大きく皮膚を突き刺しているものは手術適応となることが多い また保存的に治療した場合に見られる鎖骨の短縮は長期的には機能障害をきたし 偽関節の可能性が高いため 転位が大きいものは ORIF の適応であると主張する整形外科医もいるだろう しかし この理論はコンセンサスを得られているものではない ある報告では 5 年の経過観察で 14mm 以上の短縮は機能障害を残すと述べ 他の報告では成人の中 1/3 骨折で受傷時に 20mm 以上の短縮がみられるものは偽関節の可能性が高いと述べている しかし基本的に文献上は 鎖骨単独の中 1/3 骨折の場合は転位していてもルーチンに手術をすることは勧めてはいない しかしながら 1998 年に Robinson 1) が鎖骨骨幹部骨折 1000 例の保存療法の結果を発表した 彼によると Type2B( 転位の大きいもの ) の保存療法では 24 週の時点で 5.8% が偽関節であったと述べている さらに彼は 2004 年に偽関節となった症例の原因について検討している 8) それによると 581 例中 4.5% が偽関節となったが 高齢者 女性 骨皮質の重なりがない完全転位 粉砕が強いなどを偽関節の危険因子としてあげている 中 1/3 骨折でも転位が高度のものや粉砕骨片がある場合は手術の適応としてよいとする考えが徐々に支持されてきている 手術を行う場合にどのような方法を選択すべきであろうか 文献によると pinning プレートのいずれも良い成績であり それぞれを比較した文献は渉猟できなかった pinning は骨折部に対して低侵襲であり しかも手技的にとてもシンプルである しかし一方 ルーズニングがおこりやすく wire が皮膚を突き破ることがある これを予防するためにいくつかの工夫があるが wire の先端を曲げて鎖骨にぴったりと引っ掛けるように打ち込むとか 使用する K-wire 2mm を 2 本刺入するとか ねじ切り wire 2,5mm を使用するなどがある pinning の最も大きな利点は骨膜の剥離が最小限に抑えられることであり プレート固定より創が小さく 創外固定よりも簡単で安価であることである もしプレートを使用する場合は横骨折に対しては 3.5mm DCP プレート 斜骨折に対しては lag screw と reconstruction プレートの併用がよいとされている プレートは侵襲度が高く 創も大きいが pinning では得られない固定性 ( 特に回旋安定性 ) が得られる 将来的には MIPO が主流となるかもしれない 遠位端骨折の治療 鎖骨の遠位端骨折は烏口鎖骨靭帯損傷の有無により分類される
Ⅰ 型 : 烏口鎖骨靭帯と烏口肩峰靭帯間での骨折 近位骨片の転位は軽度 この場合は安定しているので中 1/3 骨折と同様保存治療を行う Ⅱ 型 : 烏口鎖骨靭帯の近位で骨折がおこるので近位骨片の上方転位を伴う 近位骨片は骨性にも靭帯性にも肩甲帯との連続性が絶たれる 近位と遠位骨骨片間に存在する gap の結果として偽関節となると言われている 過去 1960 年に Neer は 鎖骨遠位端骨折に保存治療を行った 50% に偽関節が発生したと報告しており 5) 日本でも秋穂らが 1988 年に 42% と報告している 6) しかしながら この骨折に対する最も適切な治療法は決まっていない 手術治療を支持するものは 保存治療では偽関節発生率が 30% 以上との報告にもとづいており 保存治療を支持するものは保存治療での疼痛や偽関節の割合はとても低いとの報告に基づいている Robinson 10) は手術適応として開放骨折 鎖骨ならびに肩甲棘 ( 肩鎖関節を含む ) が 2 箇所で破綻しているもの 皮膚トラブルがあるものを挙げている 彼の報告の中では 101 例中 後に手術を行ったものが 14% 保存療法で偽関節となったものは 21% 保存療法で骨癒合が得られたものは 52% であり やはり保存療法では偽関節の割合は大きい しかし各々の臨床成績に関しては有意差はなく 特に高齢者の遠位端骨折に関しては保存治療でよいと述べている 手術治療を行う場合の選択としては Plate 固定法 tension band wiring 法 烏口鎖骨靭帯再建などがあるが 鎖骨遠位端用の特殊 plate としては Wolter plate に代表される肩鎖関節用プレートと Scorpion plate に分けられる 遠位骨片がとても小さい場合は骨片切除と烏口鎖骨靭帯再建法がよい Ⅱ 型の鎖骨遠位端骨折に対する tension band wiring と遠位端用 plate については いずれも術後の骨癒合率や肩関節機能において差は認めないものの 合併症の面でプレートの方が成績が良いようである 7) この tension band wiring に関する合併症としては wire の migration, ゆるみ 整復の損失などが多くみられた wire のゆるみに関しては糸で K-wire と巻き wire を締結し 靭帯下または軟部組織下に埋没させて逸脱予防とする報告もある 11) Ⅲ 型 : 肩鎖関節内骨折負荷をかけての両側肩の X 線撮影をすると烏口鎖骨靭帯損傷の評価ができる 一般的には保存治療を行うが 関節面に step-off がみられ 骨片が大きい場合は ORIF の適応となる 外傷後の肩鎖関節 OA に対しては鎖骨遠位端切除を行う 合併症 鎖骨骨折治療の合併症は多くはないが 偽関節 変形治癒骨折 外傷後肩鎖関節 OA 胸
鎖関節 OA などが挙げられる 偽関節の発生率は 0.9-4.0% と報告されており 偽関節の 85% は中 1/3 骨折である 不十分な固定 著明な転位 受傷時の損傷程度の大きさ 軟部組織の介在 再骨折 初回の ORIF が偽関節の原因とされている 症状のない偽関節は治療の対象とはならない 痛み 肩の機能障害などがある場合は compression plating か髄内鋼線固定で骨移植を用いて骨整合を行う 萎縮性の偽関節の場合は腸骨の tricortical bone を用いて compression plate で固定をするのがよい ( 下図参照 ) 鎖骨にほぞ穴を開ける tricortical bone を採取 (cancellous の棘つき ) 鎖骨に tricortical bone をはめ込んで DC plate で固定 推奨する治療方法 1 鎖骨中 1/3 骨折は基本的には鎖骨バンドで治療するが 骨片間が完全に離れているような転位の大きいものや粉砕骨片がある場合は手術を行う 2 手術は経皮ピンニングを第 1 選択とする やむをえず open になる場合にはプレート固定にする 3 鎖骨遠位端骨折 (Ⅱ 型 ) に対しては plate 固定を行う 4 plate 固定としては Woler plate synthes plate BEST 社の plate などいくつかあるが どれにも特別な差はない ( つぶやき ) しかし 高齢者や鎖骨の湾曲が強い症例ではプレートが合わず 無理矢理 bending したあげく その後プレートが脱転する例を経験したことがある 鎖骨遠位端用プレートも locking システムができれば脱転が少なくなるのではないかと思ったりもしている 出典 Ortopaedic Knowledge Update 7 Soulder Trauma:Bone P263-272 参考文献 1) Robinson CM et al.fractures of the clavicle in the adult:epidemiology and classification.j Bone Joint Surg 1998;80B:476-485. 2) Rockwood CA et al.fractures of the outer clavicle in children and adults.j Bone Joint Surg 1982;64B:642. 3) Peterson NA et al.midclavicle fractures in adults:end result study after conservative treatment.j Orthop Trauma 1998;12:572-576. 4) Hill JM et al. Closed treatment of displaced middle-third fractures of the clavicle gives poor results.j Bone Joint Surg 1997;79B:537-539. 5) Neer CS et al.nonunion of the clavicle.j A M A 1960;172:1006-1011. 6) 秋穂靖ほか. 鎖骨骨折に対する観血的治療の検討. 中部整災誌 1988;31:1058-1060.
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