産業組織論 ( 企業経済論 ) 第 8 回 井上智弘 2010/6/2 産業組織論第 8 回 1
注意事項 次回 (6/9) は, 講義のはじめに小テストを行う.» 内容は, 完全競争市場の均衡を求める問題と ( 本日講義を行う ) 独占市場の均衡を求める問題. 講義の資料は, 授業終了後にホームページにアップしている. http://tomoinoue.web.fc2.com/index.html 2010/6/2 産業組織論第 8 回 2
総余剰 前回の復習 = 消費者余剰 + 生産者余剰 + 政府の財政収支 消費者余剰 = 需要曲線の下の面積 - 支出額 生産者余剰 = 収入額 - 供給曲線の下の面積 2010/6/2 産業組織論第 8 回 3
生産者余剰は収入から限界費用の合計を引いたものであるため, 短期では 利潤 + 固定費用, 長期では 利潤 と等しくなる. P A P' B O VC 収入 C D Q' MC q» 生産量ゼロの点から,1 単位ずつ生産を増やしていくと, 限界費用分が積み重なっていく. これは生産量に応じた費用となるため, 限界費用曲線の下の面積は可変費用と一致する.» 長期には, 固定費用はゼロとなるため, 可変費用 = 総費用となる.» 収入 = P Q = ACDO であるため, 生産者余剰 = ACB となる. 2010/6/2 産業組織論第 8 回 4
前回の復習 完全競争では, 限界費用が一定の場合には, 生産者余剰がゼロになる. P 収入 P MC 一定 VC O q Q 2010/6/2 産業組織論第 8 回 5
政府の財政収支 前回の復習» 税を課すときは, 税収として正の財政収支が発生し, 補助金を与えるときは, 補助金としての支出が負の財政収支となる. 2010/6/2 産業組織論第 8 回 6
前回の復習 総余剰 = 需要曲線の下の面積 - 供給曲線の下の面積 需要曲線と供給曲線の高さが一致するところ ( 両者が交わるところ ) で取引が行われるときに, 総余剰が最大になる. 完全競争市場では需要曲線と供給曲線が交わるところが市場均衡となるため, 完全競争市場では社会的な効率性が実現される. 2010/6/2 産業組織論第 8 回 7
前回の復習 P A S P * E O B Q * D Q 2010/6/2 産業組織論第 8 回 8
前回の復習 限界費用が一定であっても, 完全競争市場においては総余剰が最大化される.» ただし, 総余剰 = 消費者余剰となる. P 消費者余剰 = 総余剰 P * E S O Q * 2010/6/2 産業組織論第 8 回 9 D q
前回の復習 完全競争市場の均衡から外れたところで取引が行われる場合, 総余剰は小さくなる. 生産者に対して, 生産量 1 単位当たり t の税金 ( 従量税 ) を課す場合» 生産量 1 単位ごとに t だけ税金がかかるため, 追加的に1 単位生産すると, 生産費用に加えて t だけ税負担の費用がかかる.» 税込みの供給曲線は t だけ上にシフトする. 2010/6/2 産業組織論第 8 回 10
前回の復習 P A S S P P * P F G t E O B Q Q * D Q 2010/6/2 産業組織論第 8 回 11
前回の復習 税込みの供給曲線 S と需要曲線 D の交点で取引が行われるため, 市場価格は P となる. 生産者は受け取った価格から税金を支払うため, P - t = P しか受け取れない.» 消費者余剰 = AFP» 生産者余剰 = P GB» 税収 = t Q = P FGP» 総余剰 = 台形 AFGB 死荷重 = FEG が発生する. 2010/6/2 産業組織論第 8 回 12
前回の復習 完全競争市場では効率的な資源配分 ( 生産 消費活動 ) が行われるため, 政府が市場に介入する必要はない. しかし, 市場では効率的な資源配分が行われない場合がある. このことを市場の失敗という. その1つの理由に市場支配力がある.» 市場支配力とは, 費用を上回る価格を設定することができる力のことをいう.» 企業が市場支配力をもつケースの1つに独占がある. 2010/6/2 産業組織論第 8 回 13
独占市場が生じる理由 本日の内容 独占企業の行動 ( 独占の非効率性 ) 2010/6/2 産業組織論第 8 回 14
独占市場が生じる理由 なぜ, 市場で一社しか生産を行っていないのか? 独占企業が利潤を獲得している場合, 他の企業も市場に参入しようとするはず. それにもかかわらず, 一社しか生産を行っていない. 独占市場には, 他の企業の同じビジネスへの参入を防ぐ参入障壁が存在する. 2010/6/2 産業組織論第 8 回 15
主要な参入障壁 1 生産要素の独占 2 規模の経済 3 公的な規制 4 その他 独占市場が生じる理由» サンク コスト» 企業の参入阻止戦略» ネットワーク外部性 2010/6/2 産業組織論第 8 回 16
1 生産要素の独占 独占市場が生じる理由» その産業にとって決定的に重要な資源や生産要素を支配する独占企業は, 他企業の市場参入を妨げることができる. 2 規模の経済» 生産量が増加すればするほど平均費用が低くなるような産業では, 大規模な企業が有利となり, 小規模な企業を駆逐してしまう.» すでに設立されている企業は潜在的な参入企業よりも費用面で優位性をもつ. 2010/6/2 産業組織論第 8 回 17
3 公的な規制 独占市場が生じる理由» 政府の規制によって参入が制限され, 政府が自ら市場を独占したり, 特定の企業に独占的な営業権を与えたりする場合がある. 通信, 電気, ガス, 水道などの公益産業 産業政策の一環» 特許によって, 一定期間, 法的に独占が認められる. 2010/6/2 産業組織論第 8 回 18
独占企業の行動 完全競争市場 プライス テイカー 独占市場 プライス メイカー» 市場の需要はすべて独占企業の需要であるため, 企業は生産量を少なくすれば高い価格で販売することができ, 低い価格でよければ生産量を多くすることができる.» 独占企業は, 需要曲線上のどの点の生産量と価格の組み合わせも選択することができる. 2010/6/2 産業組織論第 8 回 19
独占企業の行動 企業の利潤関数は π(q) = R(Q) - C(Q) である.» R(Q) は収入 R が生産量 Q の関数として表されることを示す.» C(Q) は総費用 C が生産量 Q の関数として表されることを示す. R(Q) = P Q である.» 完全競争では, 価格 P を定数として扱ったが, 独占では, 価格は生産量の関数として,P = P(Q) と表される.» P(Q) は逆需要関数である. 2010/6/2 産業組織論第 8 回 20
独占企業の行動 以下では, 逆需要関数と ( 総 ) 費用関数を P(Q) = a - bq, C(Q) = cq と表す. ただし,a,b,c>0 の定数とする. 企業の利潤関数 π(q) は次の式によって表される. π(q) = P(Q)Q - C(Q) = (a - bq)q - cq = aq - bq 2 - cq 2010/6/2 産業組織論第 8 回 21
独占企業の行動 独占市場では, 価格は生産量とともに需要曲線に沿って変化する. 生産量を増やそうとすれば, 価格を引き下げる必要がある. 完全競争市場では, 限界収入 = 価格となったが, 独占市場では生産量を増やせば価格が低下するため, 限界収入は価格よりも小さくなる. 2010/6/2 産業組織論第 8 回 22
独占企業の行動 たとえば,P(Q) = 1000-10Q のとき» R(Q) = (1000-10Q) Q = 1000Q - 10Q 2 となり, 限界収入は MR(Q) = R'(Q) = 1000-20Q となる. 以下では,P = P(Q) のような関数として表記する場合に限り, dp/dq = P'(Q) と表す.» 生産量が Q = 10 のとき, 価格は P(10) = 900 であるため, 完全競争における限界収入 = 価格は 900 であるが, 独占における限界収入は MR(10) = 800 となる. すべての Q について, 価格 限界収入となる.» ただし,Q 0 の場合に限る. 2010/6/2 産業組織論第 8 回 23
独占企業の行動 逆需要関数, 限界収入関数, 限界費用関数は次のようになる. 逆需要関数 : P(Q) = a - bq 限界収入関数 : MR(Q) = R'(Q) = a - 2bQ 限界費用関数 : MC(Q) = C'(Q) = c 2010/6/2 産業組織論第 8 回 24
需要曲線, 限界収入曲線, 限界費用曲線はこのようになる. P a c MC MR D O Q 2010/6/2 産業組織論第 8 回 25
注意点 : 独占企業の行動» 需要曲線は右下がりとなる (b>0 であるため ).» 生産量がゼロのとき (Q = 0),P(0) = MR(0) = a となるため,Q = 0 のときには需要曲線と限界収入曲線は一致する.» 限界収入曲線の傾きの絶対値 (2b) は需要曲線の傾きの絶対値 (b) よりも大きいため, 限界収入曲線は需要曲線よりも下になる.» 限界費用曲線は水平になる.» a>c を仮定している. 2010/6/2 産業組織論第 8 回 26
独占企業の行動 完全競争と同じように, 企業は利潤を最大にするように生産量を決定する.» 利潤関数 π(q) を Q で微分して = 0 として計算する.» π(q) = aq - bq 2 - cqより, π'(q) = a - 2bQ - c = 0 a - 2bQ = c MR MC» 独占企業の利潤を最大にする生産量を Q M とすると, この生産量は,Q M = (a - c)/2b となる. 2010/6/2 産業組織論第 8 回 27
独占企業の行動 独占企業の生産量は完全競争の場合に比べて少なくなり, 価格は完全競争に比べて高くなる.» 独占企業が設定する価格 ( 独占価格 ) は P M = P(Q M ) = a - bq M = (a + c)/2 となる.» 完全競争では, 企業の生産量は P = MC となるように決まるため,a - bq = c より,Q * = (a - c)/b となり, このときの価格は,P * = P(Q * ) = a - bq * = c となる. a c 2b a c b a + c 2 M * M 生産量 : Q = < = Q, 価格 : P = > c = P * 2010/6/2 産業組織論第 8 回 28
それぞれの市場で決まる生産量と価格を図にするとこのようになる. P a A P M M P * = c C F E MC MR D O Q M Q * Q 2010/6/2 産業組織論第 8 回 29
独占企業の行動 完全競争では, 需要曲線と供給曲線 (= 限界費用曲線 ) の交点が均衡となり, そこで取引数量 Q * と価格 P * が決まる. 独占では, 限界収入曲線と限界費用曲線の交点が均衡となり, そこで取引数量 Q M が決まる. そして, この取引数量に対応する需要曲線上の点で価格 P M が決まる. 2010/6/2 産業組織論第 8 回 30
独占企業の行動 完全競争市場では, 企業はプライス テイカーとして行動し, 価格と限界費用が等しくなるまで生産する.» 生産量 Q * = (a - c)/b, 価格 P * = c より, 企業の利潤はゼロとなる. π(q * ) = P * Q * cq * = c a c b c a c b = 0 2010/6/2 産業組織論第 8 回 31
独占企業の行動 独占企業にとっては, 需要曲線は右下がりであり, 増産すると価格が下がるため, 生産コストと比べて価格を高く保つために, 完全競争と比べて生産量を抑制する.» 生産量 Q M = (a - c)/2b, 価格 P M = (a + c)/2 より, 企業の利潤は以下のようになる. π(q M ) = P M Q M cq M = a + c 2 a c 2b c a c 2b = (a c) 4b 2 > 0 2010/6/2 産業組織論第 8 回 32
独占企業の行動 独占企業は生産コストに比べて高い価格を設定することで, 利潤を得る. では, 独占企業は, 生産コストに比べてどれだけ高い価格を設定するのか? 価格と限界費用がどれだけ離れているかを示す指標として, ラーナー指数がある. 2010/6/2 産業組織論第 8 回 33
独占企業の行動 企業の利潤関数を生産量で微分すると, π'(q) = a 2bQ c = a bq bq c = P(Q) bq MC(Q) = P(Q) + P'(Q)Q MC(Q) となる. = P(Q) 1+ P'(Q) Q P(Q) 1 = P(Q) 1 MC(Q) ε MC(Q) 2010/6/2 産業組織論第 8 回 34
独占企業の行動 ε= - (P/Q)/P'(Q) は需要の価格弾力性を表す. 企業は π'(q) = 0 となる生産量を選択するため, π'(q) = P(Q) 1 P(Q)-MC(Q) P(Q) MC(Q) 1 = ε となる. この左辺をラーナー指数と呼び, 価格の限界費用からのマークアップ比率を表す. 1 ε 訂正誤 : ε= - (Q/P)/P'(Q) 正 : ε= - (P/Q)/P'(Q) = 0 2010/6/2 産業組織論第 8 回 35
独占企業の行動 ラーナー指数は財の需要の価格弾力性に反比例する. εの値が増加すると, ラーナー指数は 1 から 0 に近づいていく.» ε 1 の価格と数量の組み合わせでは, 生産を減らすことで利潤が増加するため, 生産を行わない.» ラーナー指数は最大でも1 未満となる.» 代替財が存在し, 需要の価格弾力性が高いときには, 独占企業といえどもあまり高い価格をつけることはできない. 2010/6/2 産業組織論第 8 回 36
練習問題 逆需要関数が P(Q) = 70 - Q, 費用関数が C(Q) = 10Q で表されるとする. 1 完全競争市場における均衡価格と均衡数量を求めよ. 2 独占市場における均衡価格と均衡数量を求めよ. 3 独占市場の均衡における需要の価格弾力性を求めよ. 4 独占市場の均衡におけるラーナー指数を求めよ. 2010/6/2 産業組織論第 8 回 37
解答 1 完全競争市場では, 価格 = 限界費用が成り立つ. 価格は逆需要関数より, P = 70 - Q であり, 限界費用は費用関数を Q で微分することで,MC = 10 と求められる. したがって,70 - Q = 10 より, 均衡数量は Q = 60 となる. 均衡価格は逆需要関数に Q = 60 を代入することによって,P = 70-60 = 10 と求められる. 答え : 均衡価格 = 10, 均衡数量 = 60 2010/6/2 産業組織論第 8 回 38
解答 2 独占市場では, 限界収入 = 限界費用となるように生産量と価格を設定することで, 企業の利潤が最大になる. 企業の収入は,R = P(Q)Q = (70 - Q)Q = 70Q - Q 2 であるため, 限界収入は,MR = 70-2Q となる. 限界費用は,1と同じように,MC = 10 となるため,70-2Q = 10 より, 独占市場における均衡数量は Q = 30 となる. 独占市場の均衡価格 (= 独占価格 ) は逆需要関数に Q = 30 を代入することによって,P = 70-30 = 40 と求められる. 答え : 均衡価格 = 40, 均衡数量 = 30 2010/6/2 産業組織論第 8 回 39
解答 3 需要の価格弾力性は ε= - (P/Q)/P'(Q). 独占市場における均衡数量は Q = 30, 均衡価格は P = 40 であり, 逆需要関数の式から P'(Q) = -1 であるため, 需要の価格弾力性を計算すると, となる. ε= - (40/30)/(-1) = 4/3 答え : 需要の価格弾力性 = 4/3 2010/6/2 産業組織論第 8 回 40
解答 4 独占市場の均衡価格は,P = 40 であり, 限界費用は MC = 10 であるため, ラーナー指数を計算すると, (P - MC)/P = (40-10)/40 = 3/4 となる. 答え : ラーナー指数 = 3/4 2010/6/2 産業組織論第 8 回 41