マクロ経済学 [6] 第 6 章乗数理論と IS-LM 分析 目次 6- ケインズ経済学の登場 6- 有効需要の原理 6-3 乗数理論 中村学園大学吉川卓也 6- ケインズ経済学の登場 古典派経済学に代わるマクロ経済学の考え方. 一般理論 が生まれた背景 ケインズ経済学とは 総需要 ( 一国全体の需要 マクロの需要 ) に注目した経済学である ケインズJohn Maynard Keynes (883-946) が その著書 雇用 利子および貨幣の一般理論 ( 原題 : The General Theory of Employment, Interest and Money 936 年出版 ) で主張した理論によっている その主張の背景として 99 年 0 月 4 日のアメリカのニューヨーク株式市場の大暴落 ( 暗黒の木曜日 ) をきっかけに始まった90 年代末から30 年代にかけての世界的不況があげられる この世界的な不況により 多くの失業者と遊休設備が発生した 3 4 それまで主流であった古典派経済学では このような失業や遊休設備の存在は 市場の価格調整メカニズムにより瞬時に解消されるはずなので 説明できなかった ケインズは 一般理論 で 失業や遊休設備の発生している 非自発的失業を含む不完全雇用均衡 を説明し その解消方法を議論した 5. ケインズ経済学の発展 古典派経済学では セイの法則を前提としている セイの法則とは 一国の総生産量 (マクロの生産量) はその国の供給能力によって決まるので ( 実質 ) 国民所得は総供給に等しい というものである つまり 総供給が国民所得を決定するという考え方である したがって 古典派は 総需要は価格を変動させるだけで 実質国民所得には影響を与えることはできない と考えていた そうした考え方に対して 世界的不況によって国民所得が低迷したり 高い失業率が発生するのは 総需要 ( ケインズは有効需要と呼んだ ) が足りないからであると主張した 6
ケインズが主張した 有効需要が不足して経済が低迷しているときは 有効需要を増加させる ( 政策をとる ) 必要があるという考え方を 有効需要の原理という こうしたケインズの考え方は 価格が硬直的で変化しない短期のマクロ経済現象を説明するものといえる ケインズの主張は 乗数理論やIS-LM 分析で説明されている 7 3. 財政政策と金融政策の重要性 財政政策とは 政府がそのときの判断に応じて政府支出 ( 公共投資 ) や租税 ( 増税 減税 ) を裁量的に変化させることによって国民所得に影響を与える政策のことである 金融政策とは 政府が貨幣供給量や利子率を変化させることによって景気変動を安定させる政策のことである 有効需要の原理の特徴は 経済政策 ( 財政政策と金融政策 ) によって有効需要を増加させることで失業や遊休設備の解消ができると主張した点にある ケインズ経済学は 市場における価格による調整メカニズムの限界を指摘し 経済政策の基本となっている 8 有効需要の原理 需要によって決定される国民所得. 政府が存在する場合の財市場の有効需要 海外との取引がなく 国内市場だけを考えることにする 財市場の総需要 Dは 次の式で表される DC+I+G ここで Cは民間消費 Iは民間投資 Gは政府支出である 9 0. 可処分所得とケインズ型消費関数 民間消費 Cは次のように決定される CA+(Y-T) 0<< ここで Aは基礎消費 は限界消費性向 Yは国民所得 Tは租税である ケインズ型消費関数を総需要の式に代入する DC+I+GA+(Y-T)+I+G 3. 均衡国民所得 有効需要の原理では 総供給である総生産 Y S は 常に有効需要に等しい ( Y S D) したがって 総生産 Y S に等しい国民所得 Yは 次の式で決定される Y Y S D A+(Y-T)+I+G すなわち Y A+(Y-T)+I+G この式が成り立つとき 財市場は均衡している ( 総供給 Y S 総需要 D) そこで 上の式を満たす国民所得は 均衡国民所得とよばれる 均衡国民所得は 総需要が増加すれば大きくなる
超過供給( 補足説明 ) 国内市場だけの場合の均衡国民所得の決定 有効需要の原理では 総需要 ( 有効需要 )Dが総供給 ( 総生産 )Y S に等しくなる点で 均衡国民所得 Y 0 が決定される すなわち 財市場の需給の均衡条件は Y S D 総供給は国民所得と等しい Y S D 総需要は以下の式のようになる DA+(Y-T)+I+G 3 総供給 と総需要 を需給の均衡条件に代入すると 均衡国民所得 Y 0 を求められる 3. 有効需要の原理 Y A + ( Y T ) + I + G Y Y A T + I + G ( ) Y A T + I + G T + A + I + G Y 4 図 6. 均衡国民所得の決定メカニズム 総生産 有効需要 ( 総需要 ) Y 超過需D D E 45 度線 ( 総生産 ) C+I+G( 総需要 ) C+I C 4. 均衡国民所得の図解 横軸に国民所得 Yをとる 縦軸には 総生産 ( 総供給 ) Y S および総需要 Dをとる 国民所得と等しくなる総生産は 45 度線で示される 一方 消費関数 Cは 国民所得が増えると消費も増えるので右上がりの直線で示される 投資 I は 国民所得と無関係に一定の額に決まる ( 投資は国民所得の関数ではない ) と考える 要Y 6 政府支出 G も 国民所得と無関係に一定の額に決まる ( 政府支出は国民所得の関数ではない ) と考える 0 Y Y 0 Y 国民所得 Y 5 以上から 総需要 Dのグラフは 消費関数 CのグラフをI+Gだけ上方へ平行移動したものになる 総供給 (45 度線 ) と総需要のグラフの交点 Eで 財市場が均衡する均衡国民所得 Y 0 が決まる 国民所得が均衡国民所得を上回っている場合 需要を上回る供給 ( 超過供給 ) が発生している そこで 生産量の調整がおこなわれ 総需要と等しい生産量 ( 総供給 ) まで生産量が減少し したがって国民所得も減少する 5. 有効需要が総生産量を決定する理由 ケインズ経済学では 総生産量が有効需要とよばれる総需要に応じて決定されると考える その理由は 財市場で価格調整メカニズムが十分働かず 数量調整 ( 生産量の調整 ) により 市場の不均衡が調整されるからである 数量調整をおこなうには 生産に従事する労働者を解雇したり再雇用したりする必要がある その結果 非自発的失業が生じると考えられる 7 8 3
練習問題 6.. マクロ経済モデルが 次の式で与えられている YC+I C0+0.8Y I40 均衡国民所得を求めなさい 3 乗数理論有効需要を増加させたときの効果 9. 乗数効果 価格調整が働かない市場では 均衡国民所得が有効需要に等しくなるように決定される したがって 価格が変化しないとすれば 有効需要の増加により 均衡国民所得は増加する たとえば有効需要のつである政府支出が だけ増加したとき 均衡国民所得がだけ増えたとする 政府支出乗数とは 次の値のことである 政府支出乗数. 政府支出乗数の大きさ 政府支出が 増加すると 有効需要がだけ増加する 有効需要の増加により 国民所得がだけ増加する 国民所得がだけ増加するので 限界消費性向を とすると 消費がだけ増加する 消費は有効需要のつなので 消費の増加により国民所得がだけ増加する 国民所得がだけ増加するので 消費が だけ増加する 消費は有効需要のつなので 消費の増加により国民所得が だけ増加する この過程が無限に繰り返される 3 その合計は 初項 公比 の無限等比級数の和となるので 政府支出が だけ増加したときに最終的に増加する国民所得の額 ( 均衡国民所得の額 ) は 以下のようになる 政府支出乗数 4 総生産 有効需要 ( 総需要 ) Y S DY* D 超 過D 0 需要Y 0 Y* 0 Y 0 Y Y 図 6.A 乗数過程 E 45 度線 ( 総生産 ) C+I+G+ C+I+G 国民所得 Y 5 4
図 6.A の説明. 当初 総需要 DC+I+Gだった このときの均衡国民所得はY 0 だった. 政府が公共投資をおこなった 3. このことにより 総需要 D C+I+G+となった 4. まず 総需要関数 DがD へだけ上方へシフトした結果 国民所得 Y 0 のときの総需要がD 0 となる 5. 国民所得 Y 0 のときの総生産 ( 供給 ) はY 0 なので 超過需要が発生している 6. そこで総需要 D 0 に等しくなるまで総生産が増加し その結果 国民所得がY に増加する 7. 国民所得 Y のときの総需要はだけ増えてD になるので 超過需要が発生している 8. そこで総需要 D に等しくなるまで総生産がだけ増加し その結果 国民所得がY に増加する 9. このような過程が総需要と総生産 ( 供給 ) が等しくなる E 点まで続く 0. その結果 国民所得はY 0 からY* に増加する. その増加した額の内訳は Y 0 からY はに相当し Y からY* は誘発された消費 ΔCに相当する 6 7 3. 投資乗数 政府支出乗数とまったく同様に 投資 IがΔIだけ増加したときの投資乗数は 以下の式のようになる 乗数とは 政府支出や投資が増加したとき その何倍だけ均衡国民所得が増加するかを示した数値である 練習問題 6.. 消費関数が C5+0.9Y のとき 投資が 300 億円増加すると 国民所得はどれだけ増加するか ΔI 投資乗数 ΔI 8 9 練習問題 6.3. 限界消費性向が0.5のとき の公共投資によって国民所得が増加する乗数過程を 45 度線分析の図で示しなさい. 公共投資 によって誘発された消費の大きさを求めなさい 練習問題 6.4. ある国のマクロ経済は YC+I+G C0.8Y 十 40 [Y: 国民所得 C: 消費 I: 投資 G: 政府支出 ] で示される 今年度は投資が90 政府支出が 70であったが 来年度は投資が00になると予測されている このとき 来年度の国民所得を今年度と比べて0% 増加させるために 政府が来年度に増加させる政府支出はいくらか 3 34 5