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特集論文 家族構成と子どもの読解力形成 ひとり親家族の影響に関する日米比較 白川俊之 ( 同志社大学 ) 要旨 日本とアメリカにおいて, ひとり親家族で育つことが子どもの学力形成にあたえている影響を検討する. 父不在と母不在とで, 子どものリテラシーへの影響の程度と影響が生じる過程が異なりうることをふまえ,2 つの仮説を提示する. ひとり親家族は貧困であったり経済的に不安定であったりするため, 子どもの学力形成に不利が生じると, 第 1 の仮説は主張する ( 経済的剥奪仮説 ). 一方, 第 2 の仮説は, ひとり親家族における子どもへの教育的関与の水準の低さが, 学力低下の原因になっているという可能性に着目するものである ( 関係的剥奪仮説 ). これらの 2 つの仮説を手がかりに, 父 / 母不在家族のそれぞれを両親のそろった家族と比較したとき, 子どもの学力形成に関してどのような不利が見られるのかを分析する.PISA2000 のテスト結果から学力の指標を取り出し家族構成との関係を調べたところ, 日米に共通の結果として, 以下の知見がえられた.(1) 子どもの学力は家族の形態で有意に異なり, 母不在家族の子どもの学力がとくに低い. (2) 家族形態と資源保有との関連については, 父不在家族において経済的資源の不足が見られる. 母不在家族では経済的資源の不足に加えて, 関係的資源の顕著な不足が特徴的である.(3) 父不在家族の子どもの学力の低さの背後には, 経済的な不利が要因として働いている.(4) 母不在家族の子どもの低学力は, 家族単位の資源不足の観点からは説明することができない. キーワード : ひとり親家族,PISA, 国際比較 1 研究の背景と目的 父親の不在と結びついた子どもの教育上の不利に関する研究が, これまでアメリカを中心としてさかんにおこなわれている (McLanahan 1985; Astone & McLanahan 1991; Mulkey et al. 1992; Entwisle & Alexander 1995). 多くの場合, 離婚を契機とする家族の解体は, 父親がいなくなった家族の経済状況を不安定なものにし, かれらのすくなくない部分が貧困層としての生活を余儀なくされている (McLanahan 2004). 離婚の帰結はこうした貧困の 女性化 にとどまらず, 貧しい暮らしのなかで育つ子どもの学力形成の不全や学校からのドロップアウトとして顕現する. 低学力や教育からの早期の退出が, その後の到達学歴をはじめとするライフチャンスにさまざまな影響を及ぼしうることを考えれば, 子どもの教育を媒介とした貧困の 継承 が起こる可能性はじゅうぶんある. ひとり親家族の問題はその主題の重要性にもかかわらず, いくつか未解決の課題をかかえている.1 つは, 西洋圏の国々以外の地域で, ひとり親家族の不利を実証的に検討した研究 理論と方法 (Sociological Theory and Methods) 2010, Vol.25, No.2: 249-266 249

理論と方法 例がすくないという問題である. ひとり親家族の形成にいたる人口学的要因や家族システムの観点からアジアにおけるひとり親家族の不利は欧米ほど顕在化していない可能性が指摘されている一方 (Pong 1996; Park 2007), わが国でもひとり親家族の生活が貧困と隣り合わせであることを裏付けるデータはたくさんあるし ( 神原 2007; 阿部 2008), 子ども期に父不在を経験すると高校卒業率や高等教育進学率が低くなるといわれている ( 稲葉 2008). 日本でも子どもの教育と結びついたひとり親家族の不利は存在すると考えられるが, 研究蓄積は理論 実証の両面ですくなく, 代表性の高いデータを用いた多面的なアプローチが必要な段階であるといえるだろう. もう 1 つはひとり親家族内部の多様性の問題である. ひとり親家族の大部分が母子家庭であること, 加えて男性の稼ぎ手がいないことによる経済的に厳しい生活を想像しやすいことがおもな理由となり, ひとり親家族研究の大半が父不在の影響を論じるものとなっている. けれども, 特にそのように問題を限定する必要はなく, ひとり親家族の置かれた状況を正確に理解するために, 母不在の影響も見ておくことは有効だと考えられる. 親がいない ことによる経済的な不安定は, 母不在によってももたらされるかもしれないし, 仮にそうしたことはないにしても, 経済的な不安定とは別の理由で, 母親がいない子どもにも教育上の困難があらわれている可能性がある. スウェーデンやオランダでは母不在の影響はないか, あったとしても父不在による不利に比べてその影響力はかなり小さいという (Murray & Sandqvist 1990; Borgers et al. 1996). これに対して, アメリカではいろいろな要因を統制すると, むしろ母不在の不利のほうが大きいとする報告がある (Biblarz & Raftery 1999). いずれにしろひとり親家族の従来の研究の多くが父不在に焦点化したものであるため, 母不在の状況に関しては非常に限られた知見しかえられていないというのが現状である (Park 2008a). こうした問題意識にもとづき, 本稿では日本において, ひとり親家族の不利がどのくらい存在し, さらにその不利がどのようなプロセスにより生まれているのかを探求する. 上記の第 2 の課題に取り組むためには, 父不在と母不在とをわけたうえで, 子どもの教育に対するそれぞれの影響を同時に見ていく必要がある. このような問題を扱った国内の研究がまだすくないなかで, ひとり親家族の不利の 程度 とその 理由 を見きわめるのは容易なことではない. そこで, 本稿では日本とアメリカの分析結果を対比させながら, 検証をすすめていく. アメリカの分析結果は豊富な先行研究を背景知識として解釈することが可能であり, 日本のデータを読む際の指針になることが期待できるためである. なお, 分析には国際比較を念頭に置いてデザインされた学習到達度調査のデータを用いる. したがって従属変数は調査に参加した生徒の 学力 である. 実際, 子どもの教育との関係で論じられるべきひとり親家族の不利は多岐にわたるが, 学業達成はそうした不利の総体を知るうえで妥当な指標と見なされている (Dronkers 1994). 本稿では以下,2 節でひとり親家族の状況に関する既存の理論を整理する.3 節で使用するデータと方法を確認する.4 節でひとり親家族と子どもの学力との関係を分析し, その結果をふまえたうえで,5 節でひとり親家族の不利が生じる過程について議論をおこなう. 250

家族構成と子どもの読解力形成 2 ひとり親家族の不利を説明する仮説 2.1 経済的剥奪仮説貧困と経済的な不安定は, ひとり親家族の子どもの学業達成が低くなる理由として, もっとも頻繁に言及される要因である (McLanahan 1985; Astone & McLanahan 1991; Mulkey et al. 1992; Borgers et al. 1996). この種の議論を経済的剥奪仮説と呼ぶことにしよう. 親の経済力が子どもの学力に変換される経路は複数考えることができるが, たとえば高所得であれば教育に利用できる資源を買うことができるし (Wolter 2003), 資源の存在が家庭の知的な雰囲気を高め, 子どもの学習意欲を刺激するといったことがある (Downey 1994). より直接的な影響としては, 子どもに教科課程外の活動への参加や学校外教育を提供しようとするとき, 家族に相応の費用負担能力がなければ, そのような機会を用意することはむずかしくなるだろう (Entwisle & Alexander 1995; McNeal Jr. 1999). いずれにせよ既存の研究が報告しているところによれば, 家族の経済的地位と子どもの学力とのあいだに強い関連があることは確実だといえる. Downey によれば経済的剥奪仮説は父不在の不利を説明する際にとりわけ有用であるという. ひとり親家族の子どもの成績不振や学校中退の説明因としての貧困が, しばしば母子家庭に固有の問題と想定されているのは, 労働市場における女性の低い地位と無関係ではないだろう. 実際, 親の就業形態や世帯収入を家族の形態別に集計した結果を見ると, 母子家庭の母親のフルタイム率は低く, 世帯収入も下方にかたよっている (U.S. Census Bureau 2004; 厚生労働省 2007). あるいは母親は育児責任が強いのでフルタイムの就業を避けがちになり, そのことが貧困の一因となっているのかもしれない (Hampden-Thompson 2009). 母不在の家族でも経済的資源が不足している可能性は否定できないけれども, 経済的剥奪を主として父不在の不利を説明する仮説として策定し, 次の関係的剥奪仮説とのあいだに区別を設けることは, 分析をすすめていくうえで有効なやり方だろう. 2.2 関係的剥奪仮説子どもの行動の監督や子どもに向けられた期待, さらには子どもとの緊密な会話といった広い意味での教育的関与は, 経済的な資源とは独立に子どもの学習上のパフォーマンスを左右することが知られている (Ho & Willms 1996; McNeal Jr. 1999; Ho 2003, 2006; Bassani 2006; Lee & Bowen 2006; Park 2008b). ひとり親家族の子どもはこのような親子関係に埋め込まれた資源の不足によって, 教育上の不利を被っているというのが関係的剥奪仮説の主張である. 経済的剥奪仮説と対照的に, こちらの説は母不在の効果を説明する際に有用な道具となる. Downey (1994) の研究において, 母不在の家族は父不在の家族よりも経済的に有利な立場に置かれていたが, 子どもの学校でのパフォーマンスは両方の家族で似たようなものだった. けれども, なぜ 父/ 母親がいないと不利であるのかについては,2 つの家族のあいだにちがいがある. 母不在の家族は子どもに一定の経済的資源を提供することに成功している反面, 父と子との接触の度合いは, 父不在家族の母子関係に比べて希薄であった. そしてこのような親による関与の水準を一定にすることで, 母不在の否定的な効果の大部分が説明される. 251

理論と方法 ひとくちにひとり親家族といっても父不在と母不在とでは不足している資源の種類が異なり, このため子どものパフォーマンスが低くなる過程にちがいが出てくるのである 1). 3 方法 3.1 データと変数分析には OECD による Programme for International Student Assessment (PISA) の 2000 年のデータ (OECD 2002) をつかう.PISA は学力テストの実施とあわせて, 生徒の家族や学習態度に関するさまざまな情報をえるための質問紙を配布している. この調査に参加しているのは OECD 加盟国といくつかの協力国である. 調査では, 層化二段確率抽出法により参加国において調査時に 15 歳 3 ヵ月から 16 歳 2 ヵ月までの就学生を抽出している. 本稿にとってメインの独立変数となる家族構成は, 母親 ( 女性保護者 ), 父親 ( 男性保護者 ) のそれぞれと同居しているか, いないかを聞いた生徒質問から作成する. 母親 ( 女性保護者 ) とのみ同居していると回答し, 父親 ( 男性保護者 ) と同居していないと回答している場合, 父不在家族とする. 同じように, その反対のケースは母不在家族に分類する. 母親 ( 女性保護者 ), 父親 ( 男性保護者 ) の両方と同居していれば二親家族 2) となる. ところで, この質問から生徒の親が血のつながった親か, それとも継父 継母かがある程度わかる. そのため, 先だって述べた三形態の家族構成をステップファミリーかどうかを基準にして, さらにこまかく分類することが可能である. けれども日本では継父 継母と住んでいる生徒はきわめて少数であり 3), これ以上の細分化は推定の安定性を損なうもとになると考えられる. そこで今回は, 記述的な分析では母不在 / 父不在 / 二親家族の三形態間の比較にとどめ, 多変量解析においてのみ, ダミー変数を投入してステップ関係をコントロールするという手順にしたがうことにする. 以下の分析ではこの家族構成と生徒の学力との関係を見ていくことになるが, その際, 学力は読解力テストの結果から操作化する.PISA2000 は読解力を主要調査科目としているため, 参加したすべての生徒がテストを受けているのはこの領域 4) だけである. なお,PISA のデ ータセットで個々の生徒がもつ読解力の得点はその生徒が受けたテストの素点ではなく plausible value (PV) と呼ばれる代入値である. これは生徒が受けた実際のテスト結果にもとづき推定された習熟度の事後分布から無作為に抽出した値を各生徒に割り当てたもので, 母集団に対する推測という目的のために調査結果を利用する場合,PV は好ましい性質をもつとされている ( 国立教育政策研究所編 2004; OECD 2005). 上述のとおり,PV は確率分布から無作為に取り出した値であり, どのような値が抽出されるかに応じて分析結果が微動する. そこで,PISA は科目ごとに生徒 1 人あたり 5 つの PV を用意している.OECD の報告書に記載されている数値は, これら 5 つの PV ごとに統計量を計算し, その平均をとったものである. 国際比較分析に供しやすいように,PV は最終的な推定値として OECD 加盟国の平均が 500, 標準偏差が 100 になるように標準化されている. このほか,2 節で議論した仮説群を検討するために, 媒介的な変数をそろえる必要がある. 経済的剥奪仮説を検証するためには家族の経済的地位や資源の指標となる変数が必要だが, 252

家族構成と子どもの読解力形成 PISA2000 は親の収入を聞いていない. そのうえ, 親の職業的地位や学歴に関しては日本において多くのケースでデータが欠損している 5). そこで家族の経済的状況を推測するために, 親の就業形態を用いることにした. 就業形態はフルタイム, パートタイム, 求職中, その他 ( 主婦, 退職 ) の 4 分類である 6). 他方, 具体的な資源の指標はというと, 財産項目の保有状況を 生徒にたずねており, これを分析につかうことができる. そのなかから, 教育資源 7) と本の 数の 2 つを取り上げる. これらは生徒の出身背景を代表するものとして信頼性があり, 学力に対する予測力も高いという理由から, 先行研究でよくつかわれている指標である (Teachman 1987; Wößmann 2003; Park 2007). 関係的資源は親子の会話頻度 8) を聞いた質問から操作的に定義する. 具体的には本や映画, テレビについて, 学校でのことについて, 何気ないことについて, 親子のあいだでなされる会話の頻度を採用する. 分析にはこれら三項目から構成した合成変数を使用する 9). 3.2 データの限界 PISA2000 のデータには上述の親の職業的地位や学歴の欠損の問題のほかにも, ひとり親家族の研究をおこなうにあたって, いくつか限界がある. まず, ひとり親家族の形成にいたった経緯やひとり親家族の期間を分析に取り入れることができない. しばしば指摘されているように, ひとり親家族になった理由が両親の離婚である場合と, 一方の親の死亡である場合とでは, 子どもの教育にあらわれる不利の大きさはかなり異なる (Borgers et al. 1996; Pong 1996; 稲葉 2008) 10). ひとり親家族の期間のほうについていえば, 子どもは自分が置かれている状況に次第に適応していく可能性があるため (Amato 1987), いつからひとり親家族であるかということは子どもの教育との関係を見るうえで無視できないと考えられる. さらに, 親権 監護権をもたない親との接触は, ひとり親家族の子どもの生活や心理状態に何かしらの影響をあたえると思われるが,PISA2000 のデータにそうした情報はまったく含まれていない. 一方,PISA2000 は教育調査研究における最新の理論 11) にもとづいて設計されており, 母 集団の特徴を推測する材料として良質のデータである (Park 2008b). それでも上で述べた限界がなくなるわけではないが, 高い代表性に加えて, 通常の社会調査では集めにくい学力に関する情報を有する点, さらにひとり親家族出身の生徒を 500 ケース近く確保している点は特筆してよい. それゆえ限界や制約をもつデータだけれども, ひとり親家族と子どもの教育という問題に取り組むための資料として,PISA2000 を分析する価値はじゅうぶんにあると考える. 3.3 レプリケーション メソッドデータの説明をしたときにふれたように,PISA2000 は二段階の手続きによりデータを収集している. 具体的にいうと, まず参加国から学校を無作為抽出し, 次いでそれぞれの学校から生徒を無作為抽出している. このためデータはまとまった数の生徒が 1 つの学校にネストされるというクラスター構造をなす. こうした調査デザインが標本統計量の誤差の水準にあたえる影響を考慮するために, 分析ではレプリケーション法 (replication methods) による標準 253

理論と方法 誤差の推定をおこなう 12). 具体的にはレプリケート ウェイトの適用により標本から多数のサブサンプルを複製し, 標本統計量 ˆ の分布を経験的に再現するという手続きをとる. この分布に関する情報を利用することで ˆ の標準誤差について推定の精度が高まり, 有意性検定の結果に生じるバイアスを回避することができるようになる (Rust & Rao 1996; OECD 2005). レプリケーション法にはサブサンプルのつくり方に関していくつかヴァリエーションがあり,PISA が導入しているのはレプリケーション回数を T = 80, 調整ファクターを k = 0.5 に設定した Fay の修正 balanced repeated replication (BRR) 法 (Judkins 1990) である. この方法を用いたときの ˆ の標本分散の計算式は FBRR ˆ 1 Tk 2 T t 1 ˆ ˆ 2 t である ( ただし ˆ (t) はレプリケーションごとのサブサンプルにもとづく標本統計量の推定値 ) 13). この修正 BRR 標本分散の正の平方根が, 標準誤差の推定値となる. 3.4 記述統計量家族の構成と読解力の記述統計量をもとめると, 表 1 のようになる 14). 片親と暮らす生徒の割合は, 日本 (JPN) よりもアメリカ (USA) のほうが高い ( 日本 :10.7%, アメリカ :17.5%). それらの生徒のうちわけを見ると, 日本でもアメリカでもほとんどの生徒が母親と住んでいることがわかる. 読解力の成績は, 日本の生徒 (527.4) のほうがアメリカの生徒 (523.0) よりも, すこしだけ優っている. 254

家族構成と子どもの読解力形成 4 分析結果 4.1 家族と読解力の顕在的関係表 2 は家族の形態別に子どもの学力 ( 読解力 ) を計算した結果である. 日本では, 家族の形態によって子どもの学力に有意な差がある. もっとも学力が低いのは母不在家族の生徒で, 二親家族の生徒との差は 43 ポイントと大きい. それに比べると父不在家族では不利の程度が小さく, 二親家族との子どもの学力差は 12 ポイントほどにとどまる. 既存研究の多くが父不在の不利に注目してきたことを考えると, これは意外な結果のように見える. しかしながら, すくなくともアメリカのデータに関していえば, 日本と同様の結果を確認できる. 生徒の学力はやはり家族の形態によって有意に異なり, 母不在家族の生徒がもっとも低い値を示す ( 二親家族との差は約 56 ポイント ). 父不在家族と二親家族との差が約 28 ポイントと比較的大きい点は, 日本とやや異なる. 以上, 日米両国でひとり親家族の子どもと両親がそろっている家族の子どもとのあいだに, 学力の格差が存在することが明らかになった. そこで次に,2 節で議論した仮説の検証をとおして, このような格差がなぜ生じるのか, その理由を探っていく. 4.2 媒介変数との関係ひとり親家族の子どもの成績が振るわない理由として, 経済的な不安定や貧困に注目する経済的剥奪仮説は, ひとり親家族にはじゅうぶんな量の経済的資源がないと予測する. さらにこの仮説が父不在の状況を説明する際により有効性が高いとすれば, 父不在家族が保有する物質的な財は三形態の家族のなかでもっとも低水準になるであろう. その一方で, 関係的剥奪仮説が主張するように, 父不在家族とはちがうかたちで, 母不在家族も子どもに提供できる資源という点で不利をかかえている可能性がある. この仮説は子どもへの情緒的サポートのような無形の財は, おもに母親によって提供されると見なしている. この予測が正しいとすれば, 関係的資源の水準は二親家族と父不在家族が同程度で, 母不在家族で低くなるはずである. 家族の形態による保有資源の差を見たものが表 3 である. 父不在家族の母親はフルタイムの比率が低く, パートタイムとその他が多い. 家族構成別の就業形態の分布に対して独立性の検定をおこなうと日米ともに 5% 水準で有意な結果がえられるが ( 日本 :χ 2 = 1007.1, df = 6; アメリカ :χ 2 = 64.1, df = 6), 傾向そのものは日本のほうがはっきりしている. フルタイム 255

理論と方法 256

家族構成と子どもの読解力形成 で働く母親のすくなさは父不在家族の低収入をうかがわせる結果であり, 経済的剥奪仮説の主張と合致する. しかしそれ以外の経済的資源 教育資源と本 の保有状況を見ると, すこし様子がちがうことに気づく. 日本でもアメリカでも教育資源は母不在家族でもっとも不足している. 日本では二親家族が 0.02 であるのに対して父不在家族が 0.23, 母不在家族が 0.33; アメリカでは二親家族の 0.11 に対して父不在家族が 0.32, 母不在家族が 0.53 である. 本の数を見ても家にある本が 50 冊に満たないという生徒は母不在家族にもっとも多い ( 二親家族, 父不在家族, 母不在家族の順に日本で 34.8%,41.6%,48.3%; アメリカで 26.8%,43.2%,48.6%). この結果は経済的剥奪状況が父不在家族に特有の現象であるという見方と食い違う. すでに表 2 で確認したように, 読解力のパフォーマンスにおいて母不在家族の子どもはかなり低い数値を示していた. 経済的に厳しい状況がかれらの学力低下と結びついていると考えるほうが, この仮説の射程を父不在家族に限定するよりも, 妥当であるように見える. 家族形態と関係的資源との関係を調べると, 日本では父不在家族 ( 0.01) と二親家族 (0.00) との差がほとんどないのに対して, 母不在家族の平均値は 0.39 と低い. アメリカでは父不在家族 ( 0.14) と二親家族 (0.05) とのあいだにも数値の開きがあるが, やはり母不在家族 ( 0.32) の平均値がもっとも低い. 明らかに, 母不在家族において親子間のコミュニケーションが不足していることがわかる. すくなくとも議論の前提に関していえば, 関係的剥奪仮説の主張と整合する結果がえられたといえよう. 4.3 家族効果の発現メカニズムいま見たような家族の形態による資源の保有状況のちがいが, 母不在と父不在の不利をどれだけ説明するのかを分析する. 分析は性別 (SEX) ときょうだい数 (NSIB) だけをコントロールして, 家族構成 (FAMST) の効果を見る下記のベースライン モデル ( モデル 1) から検討をはじめる 15).STEP はステップ関係をコントロールするダミー変数, はそのパラメータをあらわす. この基本モデルに経済的資源や関係的資源を順々に投入していく. PV Read SEX NSIB FAMST STEP 1 2 3i i i 経済的剥奪仮説の仮定のもとでは, 経済的資源をコントロールする 16) と ( モデル 2), 父不在の不利が大幅に減じると予想される. ただし, ここまでの分析が示すように, 母不在家族の経済状況も ( 就労状況をのぞけば ) 父不在家族とよく似ている. そこで, この仮説にとくに親の性別による制約といったものを課さずに, 親がいないこと ( 父不在 / 母不在 ) の不利は経済的な資源の不足によって説明することができる, という方向で経済的剥奪仮説の有効性を吟味する. 関係的剥奪仮説はモデル 1 に関係的資源を投入することで検証する ( モデル 3). この操作によって母不在家族における不利だけがやわらぐとすれば, この仮説の妥当性は高いものとなる. 257

理論と方法 これらの仮説の正否を調べるために先のモデルに最小二乗法を適用し, 回帰係数を推定した ( 表 4). 性別ときょうだい数をコントロールしているぶん, 表 2 とすこし異なるものの, 母不在家族における低いリテラシー ( 日本 : 44.21, アメリカ : 54.58) をここでも確認することができる ( モデル 1). 258

家族構成と子どもの読解力形成 経済的資源をコントロールしたモデル 2 の結果から, 日本では父不在による不利が完全に消えている ( 11.81 から 4.97) ことがわかる. アメリカでもその負の影響はもとの大きさの 27% (7.94/28.91) ほどになり, 統計的に有意ではなくなっている. 父不在家族は二親家族よりも経済的資源の保有量がすくなく, 子どもの学力も低い. だがこれらの資源の水準の差を統制すれば,2 つの家族の子どものあいだに有意な学力差は存在しないのである. この結果は, 経済的資源の不足こそが父不在家族において観測される低学力の原因だとする見方にとって強い証拠となる. 母不在家族では興味深い傾向が見られる. 経済的資源の水準をそろえると, 日本では 82% (36.34/44.21), アメリカでは 62% (33.80/54.58) 程度まで母不在家族の効果が減少するが, 統計的には 1% 水準で有意なままである. 母不在家族の経済状態は父不在家族のそれと同じくらいわるいが, それがおもな理由となって学校での子どものパフォーマンスが落ちているというわけではないのである. では, こうした母不在による不利を説明するうえで関係的資源の不足を指摘する立場が有効かというと, 必ずしもそうとはいえない. モデル 1 と比べたときのモデル 3 における母不在家族の係数は日本でもとの大きさの 85% (37.49/44.21), アメリカで 90% (49.15/54.58) となっていて, その効果の大部分が説明されないまま残る. それだけでなくこの仮説は主として母不在の不利を説明するためにつくられたものだったが, アメリカでは父不在家族の係数の減り幅 ( モデル 1 の 90%) が母不在家族と同じというのも予想と相反する結果である. これは日本とちがいアメリカでは二親家族の関係的資源の値がひときわ高い ( 母不在家族, 父不在家族の 0.32, 0.14 に対し 0.05) ことに由来すると考えられる. このような結果が出ていることもふまえると, 関係的剥奪仮説は本稿のデータとあまり符合していないように見える. ところで, 日本とアメリカの両方で, モデル 2~3 で投入した統制変数の有意な効果を認めることができる. こうした効果の存在は, 本稿が提示する経済的剥奪仮説ならびに関係的剥奪仮説が成立するための前提であり, 自然な結果といえよう. ここで注意を促しておきたいのは, 表 4 の結果は, 家族構成のほうを統制したうえで, 親の就業形態や教育資源, 本さらには関係的資源の水準のちがいによる学力差の存在を示すデータとして読むことが可能だという点である. すなわち, 本稿では親不在による不利を説明するための仮説として経済的資源や関係的資源の剥奪に注目したけれども, そうした資源の剥奪が学力形成に対してもつ不利な影響は二親家族においても同じように観察される現象だといえる. さらに付け加えるならば, このような資源剥奪の一般的な影響は, 表 4 のモデル間の決定係数 (R 2 ) の変化に反映されているように, かなり大きいと考えるべきであろう. 5 議論 分析結果をまとめると次のようになる. 日米両国で母親のいない子どもの学力がもっとも低く, 父親不在の不利は相対的に小さい ( 表 2). さらに親不在による不利が生じる理由は, 父不在と母不在で異なる ( 表 4). 259

理論と方法 父不在の不利は母親の不安定な就業や物的資源の不足と結びつきがあり, それらを統制することで子どもの教育に及ぼす否定的な影響が大きく減る. この構図は日米共通の傾向で, 父不在家族の置かれた状況は経済的剥奪仮説によって説明できる. もっとも, 日米の父不在家族がまったく同じ図式のなかにおさまるというわけではない. 経済的資源を統制する前後での二親家族との子どもの学力差は, 日本よりもアメリカで大きい. こうしたちがいがどこから来るのかを理解するには, 本格的な国際比較が不可欠である. たとえば離別母子家庭に比して不利の程度が小さいとされる死別母子家庭の国ごとの比率 (Pong et al. 2003) や, 脆弱な家族にとって拡大家族がセーフティネットとなっている可能性 (Reher 1998; Park 2007) に配慮した分析を展開することで, 父不在による不利についてより多くの知見をえることが可能になるだろう. 一方, 母不在の不利を経済的剥奪仮説によって説明できるかどうかは, すこし複雑な面がある. まず, 世帯内に男性稼得者が存在しているにもかかわらず, 母不在家族では父不在家族と同等かそれ以上に教育資源や本の数が不足している 17). したがって母不在の不利を経済的剥奪の観点から解釈する余地はあるように思うが, 経済的資源の統制による不利の軽減は, 父不在家族ほどクリアでなかった. 母不在 経済的不安定 低学力 という関係の連鎖がないわけではないが, 母不在による不利を説明するうえでの有効性は限られたものでしかないといえる. 関係的剥奪仮説は経済的資源の不足だけではとらえられない母不在の影響を理解するための道具として期待されたが, 今回の分析枠組みのなかでは, 母不在の不利に対して満足のいく説明を提供するものではなかった. とはいえ, 関係的資源の指標として親子の会話しか扱えなかった点には注意する必要がある. 子どもの学業達成をうながすと想定されている教育的関与の形態には, このほかに学校行事への親の参加や子どもに対する教育期待, 子どもの友人関係の認知などがある (Downey 1994; Lee & Bowen 2006). これらの変数がそろったデータを用いることで, 関係的剥奪仮説の妥当性をよりくわしく調べることができるだろう. このように, 母不在という不利が生じる過程を, 本稿が用意した仮説のみによって理解することはむずかしい. これについて, 家族単位での資源の不足とは別の仕組みを探っていく作業から有効な手がかりがえられるかもしれない. そうした方向性の 1 つとして, セレクション バイアスへの着目があげられる. つまり, 母不在家族にはもともとかたよった特徴をもつ人が含まれているという可能性である. 表 1 に示したように, 日本とアメリカでは母不在家族は非常にすくない. 同じように母不在家族がすくないヨーロッパでは, 子どもの教育に対するその否定的な影響が, それほど顕在化していない (Murray & Sandqvist 1990; Borgers et al. 1996). その理由として, 父親が強く親権を望むなど特殊な事情がなければ離婚後の父子がともに暮らすことはなく, そのような 選択 的状況により通常ひとり親家族において観測される不利がおさえられているとの指摘がなされている. たとえば, 社会経済的地位がきわめて高い父親や子どもの教育に特別な関心をもつ父親が, 離婚後の親権を主張するような場合を考えてみるとよいかもしれない. このような場合, 子どもの学力を発達させるための機会という点において, 母不在家族と両親がそろっている家族とのあいだに顕著なちがいが見られないとしても, じゅうぶんに首肯でき 260

家族構成と子どもの読解力形成 る結果である. そして母不在家族にかかわるセレクション バイアスは, こうした方向のものばかりではないと思われる. 一例として, 両親の離婚後, 子どもの情緒 行動上の問題が深刻で母親と一緒に暮らせそうにないため, 父親が子どもを引き取るようなケースをあげることができる (Klein & Pellerin 2004). こうした子どもが抱える情緒 行動上の困難が学力形成に否定的な影響をもたらすことがあるとすれば, 母不在家族の子どもの学力の低さと, かれらの現在の暮らし向きとのあいだに因果関係を仮定することには問題がある. むしろ, 母親と離別し父親との生活を選択する子どもは, 学力と負の相関をもつ何らかの特徴を有している傾向があるものの, そうした特徴をモデルに組み込むことができないために, 見かけ上, 母不在家族であることによって子どもの学力が低下するかのような関連があらわれていると解釈すべきであろう. 以上のデータ分析, そしてそこから導き出された考察をもとにさらに研究を展開していくためには, 社会階層的なバックグラウンドや家族構成の移り変わりを捕捉できるデータを整備するとともに, クロスセクショナルなデータ分析の限界も克服していかねばならないだろう. ひとり親家族の研究が探求すべき課題は依然として多いものの, 今後の理論構築と実証の始点となる知見のいくつかを, 本稿において提示することができたのではないだろうか. 付記 本論文は白川 (2009) をもとに議論を組み立てなおし, 大幅に改稿したものである. 執筆の際に,2 名の査読者から貴重なコメントをいただきました. 記して感謝いたします. 本論文は科学研究費補助金 基盤研究 (B) 社会的不平等の形成過程に関する比較社会学的研究 ( 課題番号 22330161) の研究成果の一部である. 注 1) こうした現象の背景には, 伝統的な男女役割に及ぼす社会化の影響があると考えられている (Downey 1994). 父親は家族に経済的資源をもたらすという役割を担っている一方で, 母親は子どもの情緒的な欲求を満たすために多くの関係的資源を提供している. 道具的な必要性を満たすように社会化される男性と, 表出的な役割をはたすように社会化される女性とでは, 家族内での貢献の仕方も自ずと異なってくるというわけである. 2) 聞きなれない用語であるが,two-parent family の訳語として用いることにする. 3) 母不在, 父不在, 二親家族のうちステップファミリーに分類されるのはそれぞれ 3 ケース,5 ケース,19 ケースで, すべて足しても全体の 1% にも満たない. 4) 一部の生徒は読解力のテストに加えて, 数学的リテラシーと科学的リテラシーのテストを受けている (OECD 2002). 5) ただしアメリカのデータに関しては, 親学歴が正確にとれている. そこで, アメリカのデータで経済的剥奪仮説を検証するときは, 親学歴を含む結果と含まない結果を併記する. その際, 母不在家族では父親の, 父不在家族では母親の学歴を親学歴として採用した. 両親がそろっている場合, 父親の学歴で代表させることにした. 6) 前述の親との同居 / 非同居を聞いた質問と組み合わせることで, 一緒に住んでいる親の就業形態をあらわす変数をつくる. すなわち, 母不在家族では父親の, 父不在家族では母親の就業形態を経済的地位の代用指標とする. 父母ともそろっている家庭では父親の就業形態で代表させた. 261

理論と方法 7) 教育資源は PISA2000 のデータセット内に用意されている合成変数である. この変数のもとになっているのは,a) 辞書, 静かに勉強できる場所, 勉強机, 教科書の有無 ;b) 計算機の所有台数で, これらの項目に項目応答理論 (Warm 1989) を適用し, 家族が保有する教育資源の量を測定した一次元の尺度を構成している. それぞれの生徒がもつ値は,OECD 各国の生徒の平均が 0, 標準偏差が 1 となるように標準化されたものだが, 解釈を簡単にするためにここでは国ごとに標準得点を計算しなおしている. 8) 子どもの教育に対する親の関与には多様な側面があるが, ここでは子どもの学力と安定して相関することが複数の先行研究によって確認されている親子間の会話の量を, 関係的資源の指標として選んだ (McNeal Jr. 1999; Bassani 2006; Park 2008b). 9) 尺度構成は主成分分析による. データセットに対して主成分分析を施し, 結果えられた第一主成分を主成分得点として数値化し議論をすすめていく. 第一主成分の固有値は 1.80, 分散寄与率は 60.1%. 教育資源と同じように, それぞれの国で平均が 0, 標準偏差が 1 となるように数値を再調整している. 10) 平均的には, 親の死亡を原因とするひとり親家族の子どものほうが教育に関していくらか有利である. 離婚よりも死別のほうが社会保障の対象になりやすいことや, 死亡というイベントは本人にとって不可避であるため残された家族が社会からスティグマをおされにくいこと, さらに離婚よりも親子に降りかかる心理的ストレスが短期的であることがその理由であるようだ. 11) 項目応答理論による習熟度や各種尺度の構成, さらに後述するレプリケーション法がその代表的なものである. 12) 通常, 標本サイズが等しいとき, 標本統計量の分散は単純無作為抽出に比べて多段抽出では大きくなる. このため標本設計を無視した分析をおこなうと ( たとえば多段抽出によってえられたデータを単純無作為抽出されたものと見なして分析する ), 標準誤差を過小に推定することになり, 母集団について誤った推測をしてしまうもとになる. レプリケーション法はこの問題に対する簡便かつ頑強な対処法として, 教育調査研究の分野で広くつかわれるようになっている (OECD 2005). 13) 実際の分析では標本にあたえるレプリケート ウェイトを変えながら ˆ と ˆ (t) を計算していき, その過程でえられた 81 個の推定値をもとに標準誤差の最終的な推定値を算出する. 計算には WesVar (Westat 2007) を用いた.WesVar は複雑な標本設計をもつデータの分析に長けたフリーのソフトウェアで,Westat のホームページ (http://www.westat.com/westat/statistical_software/ wesvar/index.cfm) から version 5.1 をダウンロードすることができる (2010 年 10 月 7 日現在 ). 14) 表中の Unweighted N は以下のすべての分析のベースとなるケース数をあらわしている. この Unweighted N を唯一の例外として, 本稿ではウェイトを使用した分析結果にもとづき議論をおこなう. 15) このモデルでは, おのおのの生徒に割り当てられている読解力の 5 つの PV (pv1read pv5read) を従属変数に設定している.WesVar には複数の PV に対する回帰式を同時に推定し, パラメータの最終的な推定値とそれに対応する標準誤差を算出するための関数 ( PV() ) が用意されている. 16) アメリカのデータのみ, 親学歴を追加投入した分析結果をあわせて提示する ( 表 4 のモデル 2 ). 17) このような結果が観察された背景として, 階層内婚と離婚リスクの観点から 1 つの可能性を指摘しておく. 社会階層によって友人や結婚相手を選ぶ範囲が限られているとすれば ( 小林ほか 1990), 経済的地位が不安定なもの同士で結婚しやすいと考えられる. このことに加えて経済的地位が不安定なものほど離婚する確率が高ければ, 離婚後の男性の生活が結婚を継続している男性の生活に比べて不安定なものであったとしても不思議はない.Tanaka (2008) の分析によると, 日本では低学歴者の離婚のオッズ比が高く, 離婚経験者の収入は低い. 表 3 の結果の一部は, こうした関係を反映したものと推察される. 262

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家族構成と子どもの読解力形成 Family Structure and Children s Reading Literacy: Academic Achievement of Children from Single-Parent Families in Japan and United States Toshiyuki Shirakawa Graduate School of Social Studies Doshisha University Imadegawa Agaru, Shin-machi-dori, Kamigyo-ku, Kyoto 602-8580, Japan This study examines the effects of single-parenthood on children s educational achievement in Japan and United States. Given that the absence of the father and the absence of the mother will have different impacts on their children s education and the intervening processes that produces the educational disadvantages for children from father-absent and mother-absent families will be somewhat different, two hypotheses are proposed. The economic deprivation hypothesis argues that children from single-parent families show low academic performances because their families are suffering from poverty or they are economically unstable. On the other hand, the interpersonal deprivation hypothesis focuses on the possibility that low level parental educational involvement in single-parent families deteriorates their children s academic performances. Following from these two hypotheses, we compared children from father-absent and mother-absent families to their counterparts from two-parent families, to understand what kinds of disadvantage there are in growing up with single-parent families. In investigating how family structure relates to children s achievement using the Programme for International Student Assessment (PISA) 2000 dataset, four main findings were obtained. (1) Children in single-parent families have significantly lower achievement than those in two-parent families, and children from mother-absent families show particularly poor performance. (2) There is shortage of economic resources in father-absent families. In addition to shortage of economic resources, interpersonal resources are significantly insufficient in mother-absent families. (3) Economic disadvantages account for a substantial part of the negative effect of father s absence on reading literacy. (4) We are unable to explain the disadvantage of mother s absence on their children s education in terms of lacking in family resources. These results are almost common to Japan and United States. Key words and phrases: single-parent families, PISA, international comparison (Received April 28, 2010/ Accepted September 9, 2010) 265

理論と方法 266