気管支学 JJSB 15 ( 7):666. 670,1993 症例 右主気管支閉塞に対してエタノール局注, 放射線照射, レーザー照射が有効であった 肺扁平上皮癌の 1 例 林 嘉光, 浅 野高行, 伊 藤剛 要旨症例は 82 歳, 男性 ユ992 年 7 月, 労作時呼吸困難を訴えて入院した 諸検査の結果, 右上葉原発の扁平上皮癌 StagemB (T4NOMO ) と診断した 易出血性腫瘍は右主気管支を完全に閉塞していた 気管支ファイーバスコープ下でエタノールを気道内腫瘍に局注し, さらに U ニアック 60Gy 照射した しかし, 腫瘍とその壊死物質が残存し, 主気管支腔の 80 % を閉塞していた 内視鏡的ーザレー治療を加え, 右主気管支の開存を得られ, 右中下葉の換気障害が改善された 索引用語肺癌, 癌性気道狭窄, Nd YAG ーレザー エタノール腫瘍内局注, 内視鏡的治療. Lung cancer,malignant airway obstruction,intratumoral ethanol injection, Endoscopic treatment, Nd YAG laser ACase of Lu 皿 g Cancer with Airway Obstruction Treated with a Combination of EndosdopicIntratumoral Ethanol Injection, Radiotherapy and Nd YAG Laser Yoshimitsu Hayashi, Takayuki Asano and Go Ito An 82 year old male case of squamqus cell carcinoma of the lung (T4NOMO )with right central airway obstruction was admitted because ef exertional dyspnea, Intratumoral ethanol injection was followed by irradiatiqn of the primary lesionof the right upper lobe and right main bronchus. However, these combination therapieswere not effective in resolving the obstruction.however, endoscopic Nd YAG laser irradiationwas effective,and an improvement in the exertional dyspnea was observed, 春日井市民病院呼吸器科 486 愛知県春日井市上八田町 6363 ( 受付平成 5 年 5 月 13 日 / 採択平成 5 年 9 月 20 日 ) Department of Respiratory Diseases,Kasugai Municipal Hospital, 6363 Kamihatta cho, Kasugai city,aichi486 666
一右主気管支閉塞に対してエタノー一ル局注, 放射線照射, レーザー照射が有効であった肺扁平上皮癌の 1 例 : 林嘉光, 他一 はじめに 気道狭窄, 閉塞をきた した進行肺癌症例に おいては, 予後とともに呼吸困難, 喘鳴等の 自覚症状の改善のため可及的な処置, 対処が 必要である 1 ) 我々 は右上葉原発で右主気管 支を完全に閉塞した肺扁平上皮癌症例に対して, エタノール局注, 放射線照射, レーザー 照射を実施し, 自他覚症状の改善がみられた ので報告する 症 例 患者 :82 歳, 男性 主訴 : 労作時呼吸困難 既往歴 :1941 年, 気管支喘息 1967 年, 虫 垂炎手術 1990 年, 高血圧症 家族歴 : 父と兄が胃癌で死亡 妹, 大腸癌 喫煙歴 : /0 本 / 凵,60 年間 職業歴 現病歴 出現し, め :57 歳まで土木作業 e :1992 年 6 月中旬より咳嗽, 喀痰が 次第に労作時呼吸困難が強くなるた 7 月 17 日当科受診した 胸部 X 線写真で右 肺野の X 線透過性の減弱がみられるため精査 月的で入院となった Table l Hematology RB (: Hb Ht P[t WBC Eb Stab Seg EOS Mono Laboratory Data on Admission 425xlO4 Lymph BasoPTAPTT 〆 rnm3 13.1 91dl 41.1 % 33.8 104!mm3 8100 /mm3 1 % 64 % 5 % 8 % 21 % 1 % 83010 45 % 543 tdl ESR 92 mm /h 一 CRP 一 29 /dl Urinalysis Proteln ugarurobilinogen KetonSediment RB W8 く + ) 凡 P ) 2 3 /HPF4 6 /HPF Pulmonary fun tion test VC O.89 L % VC 31,6 % 一 Ψ50 ハ )25 2 64 Serumchemistry 丁 P AIb. GOT GPT LDH 7 GTP AL P BUN Crea. G Na K CITumor 7.O gtdl3.69!dltg Utl12Utl346Ull14U /1190 凵 1119 7mg /dl 1.3mgfdl i 147 /dl 一 cc s marker 142 了 neq ハ 4.5mEqll 101mEq /1 348fl NSE 7.8 ng!ml Sputum ytology BaCteriologi exam, Sputum normal flora Tbc negative Bloed gas analysis phpao2 7.35969.8 Torr _ Peco 486Torr H 03 27.4mmoVl 現症 : 意識明瞭, 体温 36.0, 血圧 154 / 90mmHg, 心拍数 90 / 分, 整, 呼吸数 16 / 分 肺音は右肺では気管支音, 肺胞音とも減 弱していた 表在リンパ節, 肝, 脾臓は触知 しなかった 神経学的検査では異常は認めら れなかった 入院時検査所見では, 活性化部分トロンボ プラスチン時間の延長とフィブリノーゲンの 増加, 赤沈値の亢進,CRP の軽度の上昇が認められた 腫瘍ーマカーは CEA, SCC の高値 がみられた 肺機能検査では混合性障害, 血 液ガス分析では軽度の ス血症が認められた (Table 1) 低酸素亘 L 症と高炭酸ガ 入院時の胸部 X 線正面像は右肺全体の透過 性の減弱, 横隔膜の挙上がみられた 側面像 では右上葉に一致して含気の低下による X 線 透過性の減弱を認めた (Fig.1) 胸部 CT 撮影 では右上葉は葉気管支の 閉塞により無気肺と なり, 造影 CT では右肺動脈は肺門部で 狭窄 し, 濃染した虚脱肺と低吸収域の腫瘍が認め られた (Fig.2a,b ) 明らかな縦隔リンパ節, 肺門リンパ節の腫大は認められなかった 入院第 4 病日の胸部 X 線像ではさらに右肺 全体の X 線透過性減弱の範囲が拡がり, 血痰 も出現した 第 7 入院病日の気管支ファイバースコープでは右主気管支は腫瘍により内腔 は閉塞していた 腫瘍は分葉状で, 表面は白 色の壊死物質が付着し, 一部出血していた (Fig.3) 生検による腫瘍の病理組織は高分 化型扁平上皮癌であった 以上の諸検査の結 果, 本症例は右上葉原発の肺扁平上皮癌 Stage IIIB (T4NOMO ) と診断した 可及的な 処置が必要と思われたので, 右主気管支の閉 塞と腫瘍からの出血に対して, 7 月 27 日より 8 月 3 日の 8 日間に, エタノールの局所注入 667
Japan Society Soolety for Bronohology Bronchology 一右主気管支閉塞に対してエタノール局注, 放射線照射, レーザー照射が有効であった肺扁平上皮癌の 1 例 林嘉光, 他一 Fig Chest X ray shows a radioopacity illthe right Iung field. reveals lober opacification of the right upper lobe., RUL : right upper lobe Lateralview chest X ray 治療を計 4 回施行した 方法は気管支ファイ バースコープの鉗子冂から穿刺針を用いて, 1 回の注入量は 0.5ml で, 各治療は計 4 回から 10 回行った 腫瘍の出血部位に 1 回の最大を 2 5ml の注入量で行い, 計 4 回の本療法でエタノール注入量は合計 13.5 皿 1を投与した しかし, 術後の胸部断層 X 線写真では, 右主気管支は逆に完全閉塞され, 右側の無気肺の改善は得られなかった 患者の呼吸状態も酸素吸入にて小康を保つ程度であった 胸部断層 写真,CT から右主気管支の閉塞は, 気管分岐部よ O 長軸方向に約 4cm に及んでいること が判明し, レーザー照射の適応はないと判断 し, 8 月 4 日から右肺門部腫瘍に対してリニ アック照射を開始した 60Gy 照射後の 9 月 22 日の胸部断層 X 線写真では, 腫瘍が右主気管支にポリープ状に突出し, ー気管支ファイバ スコープの観察では, 右主気管支は白色の壊 死組織と残存する腫瘍によっ て内腔は 80% 占 拠されていた 壊死物質は簡単に鉗子にて除 去できたので, 残存腫瘍に対して内視鏡的レーザー治療を開始した 30 40W,,5 秒で 1 回につき 381 658J を 3 回, 計 1536 の断続照 射を行ったところ右主気管支内の腫瘍は消失 abfig.2chest CT ; ( a )shows the obstruction of the right main bronchus (arrow )and complete collapse of the right lung. b ) demonstratesa low densityarea in the collapsed lung and stenosis of the right pulmonary artery.(arrow ) caused by the tumor. P :pulmonary artery T :tumor,, C :collapsed Iobe 668 NII-Electronic N 工工一 Eleotronlo Llbrary Library
一右主気管支閉塞に対してエタノール局注, 放射線照射, レーザー照射が有効であった肺扁平上皮癌の 1 例 : 林嘉光, 他一 Fig.3 BronchQfiberscopic findings ;Right main bronchus is completely obstruct ed by the lobu 工 ated, easily bleeding tumor, partly coated by white necrotic tlssue. Fig.4After Nd YAG laser;in the right main bronchus, the tumor had disappeared,but the orifice of the right upper lobe bronchus (arrow )was still occluded. した (Fig.4) しかし, 右上葉支冂は依然として腫瘍により閉塞されていたが, 右中間気管支幹, 中葉支, 下葉支は軽度の狭小化はあるが開存し, 末梢気道への換気が回復した 除去された組織は大部分が壊死組織で, 一部扁 癌では腫瘍による気道狭窄, 閉塞の解除や腫瘍性出血に対しても有効であることが報告されている 2 ) また本法は簡便で, 副作用も注入時に漏れ出たエタノールによる刺激性の咳嗽のみといわれている 2 ) 平上皮癌と思われる核の変性した細胞が認め 本症例では右主気管支を閉塞した腫瘍か ら られた 患者の労作性呼吸困難は改善し, 動 脈血ガス分析は室内大気下で PH7.413, PaO2 86.7Torr, PaCO243.1Torr となった また 胸部 X 線でも右中下葉の含気が回復し, 第 93 病日に退院となっ た 退院後 134 日目の肺機能 検査では VC1450ml, % VC52.7%, FEV1. % 68.9% と改善した の出血に対して, 上記の理由で第一にエタノール局注を選択した 出血に対しては有効であったが, 腫瘍による閉塞の改善は乏しかったため, 次に右肺門部を含めて原発巣に放射線照射を考慮した 我々が腫瘍に対して放射線照射をーレザー治療よりも優先させたのは 第一に, この時点での胸部断層写真, CT 所見 から, 右主気管支は腫瘍で完全閉塞し, 閉塞 考 察 悪性腫瘍による気道狭窄は生命維持の 上で 部位の距離は長軸方向に約 4cm に及ぶこと から, レーザー照射はその適応はないと判断 危険な状態であり, 気道の確保が急務であ る 11 肺癌においては, 従来から気管支ファイ バースコープ下で, 気道の狭窄, 閉塞病変部に薬剤やアルーコ 2 ル注入ーレザー照 bl3 } 6 ), 局所の放射線照射が行われている 注入用アルコールは 99.5% エタノールが用 いられ, その組織固定, 止血作用により腫瘍 組織が脱水固定され, 組織壊死をきたして腫 瘍の縮小, 消失等の治療効果が得られる 肺 した 3 )4 } 第二 に患者の呼吸状態が酸素吸入の みで小康状態を保ち, 緊急に閉塞の解除の 必 要性がなかっ たこ と, 第三に胸部 CT にて腫瘍 に よる壁外性圧迫も考えられたこ となどであ っ た 60Gy 照射後に右主気管支は白色の 壊死組 織と残存腫瘍により内腔は占拠されたが, 壊死物質は容易に鉗子により除去した 画像的 に閉塞距離が 3cm 以下で, 右上葉支から右主 669
一右主気管支閉塞に対してエタノール局注, 放射線照射, レーザー魚射が有効であった肺扁平上皮癌の 1 例 : 林嘉光他一 気管支内腔に突出したポリープ状腫瘍である 結果, 患者の症状の改善がみられ, 治療前に ことを確認したので, 内視鏡的レーザー治療 を追加した 計 1536J の断続照射を行ったとこ は日中の 50 % は就床してい 歩行, 軽労働が可能となっ たが, 退院時には た 本症の様にた ろ右主気管支内の 腫瘍は消失し, へ末梢気道 の換気が回復した状態となったことか ら有効 と判定した 6 ) 本症例ではこ のよ うな 治療方 とえ根治的治療ができない進行肺癌症例にあ っても, この様な集学的治療により, 患者の 苦痛を緩和することができた 法. 方針で特に問題となる臨床的な副作用, 合併症の発現はなかった 後療法として高齢, 臨床病期,Performance status (P.S ) を考慮 し, 外科治療, 化学療法は行わず, 現在は外 来で在宅酸素療法のみを実施し経過観察をし ている 一般に中枢気道の狭窄, 閉塞に対して, 非 観血的治療の主体は放射線治療である 7 ) が, 腫瘍からの出血や緊急処置を必要とする症例 では内視鏡的エタノール注入やレーザー照射 が考慮される しかし, これらの治療手段も 前述の ように一長一短があり, その優先順位 や併用は症例や病状により選択される 峯 ら η は患者の呼吸困難などの自覚症状を緩和 するために放射線治療が有効線量に達するまで行い, 順調に照射が続行できることを第一 の目的としてレーザー照射, エタノール局注 を併用している さらにレーザー照射前にエ タノール注入することによりレーザー照射直 後の腫瘍よりの出血を明らかに抑えることが できると述べ, エタノール局注の併用を推奨 している また, 藤沢ら 5) はレーザー照射後の 放射線治療中に気管壁穿孔を発症した症例を報告し, ーレザー照射は最初は必要最小限に とどめ. 放射線療法の効果を把握しつっ, レ ーザー照射による気道の開大を計ることが大 切であると述べている 本症例では第一に腫瘍からの出血に対して アルコール注入を行い, 気道閉塞に対して放 射線照射, レーザー照射を連続的に実施した 本文の 要旨は第 4 回気管支学会中部支部会 (1992 年 12 月, 名古屋市 ) で発表した 文献 D 2) 3) 4) 5) 6) 7) 石垣恒夫 : 特集 呼吸器外科におけるレーザ ー治療 に寄せて, 胸部外科,45 :3,1992. 藤沢武彦, 山口豊, 本郷弘昭, 柴光年, 由佐俊和, 崎尾秀彦, 川野裕, 門山周文 : 中枢気道内悪性腫瘍に対するエ タノール注 入療法の効果, 気管支学, 8 : 251 257, 1986. 藤沢武彦, 山口豊, 木村秀樹, 佐藤展将, 有田正明, 馬場雅行, 佐藤行一郎, 塚本俊 彦, 富岡玖夫, 熊谷朗 : 腫瘍性気管支狭窄 例に対する Nd YAG レーザー照射, 千葉医 学,58 :103 108, 1982. 藤沢武彦, 山口豊, 有田正明, 馬場雅行, 佐藤展将 : 気管 気管. 支病変に対する Nd YAG レーザー照射, 日本レーザー医学会 誌, 3 :683 688,1982, 藤沢武彦, 馬場雅行, 斉藤幸男, 斉藤博明, 卜部憲和, 深沢敏男, 籾木茂, 山口豊 : 中枢気道悪性疾患に対する内視鏡的 Nd YAG レーザー治療の合併症, 気管支学,10 : 3 9,1988. 於保健吉 1 気管 気管支における Nd : YAG レーザー治療, 癌とレーザー, 150 164, メ ジカルビュー社, 東京,1986. 峯豊, 森川実, 松岡陽次郎, 天本祐平 : 肺癌放射線治療前のエタノール併用気管支 鏡下レーザー治療の臨床的検討,IRYO, 46 :865 871,1992. 670