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招請講演 機能性ディスペプシアの診断と治療 木下芳一 Key words 胃酸分泌, 知覚過敏, 消化管運動機能改善薬, プロトンポンプ阻害薬, 腸内細菌 はじめに上腹部に痛みや胃もたれ症状が持続するにもかかわらず, 臨床的に使用される血液検査, 内視鏡検査,CTなどの画像検査を行っても慢性的な症状の原因となる胃 十二指腸潰瘍, 進行胃癌, 慢性膵炎, 膵癌などの器質的疾患や膠原病, 糖尿病などの全身性疾患, 代謝疾患を有さない例が存在することは以前よりよく知られていた. このように, 原因がよくわからず, 主に食事に伴って不快な症状が出現する患者の存在は大きな問題であった. 症状の存在と除外診断で規定される胃痛 胃もたれ症候群はその病態に関する概念の変化とともに様々な作業仮説的診断名で呼ばれてきた. 古くは胃の位置異常が症状の原因と関連するのではないかと考え胃下垂と呼ばれていた. また, 内視鏡検査でみられる胃粘膜のわずかな発赤やびらんが症状出現の原因ではないかと仮定し症候性慢性胃炎と呼ばれていたこともあった. 欧米でもこのような症候 群をnon-ulcer dyspepsia(nud) と呼んで病因の検討が進められていた. 最近では本症候群の病態や診断 治療法の開発を世界共通の基準で行うことが提唱され, 本症候群をfunctional dyspepsia(fd), 日本語では機能性ディスペプシアと呼ぶことが提唱されている 1). 日本消化器病学会では機能性ディスペプシア (FD) の診療の参考とするべきものとして 機能性消化管疾患診療ガイドライン2014 機能性ディスペプシア (FD) を 2014 年に出版した 2). そこでこのガイドラインを参考としながらFDの診断と治療について解説をする. 1.FDの概念と定義ディスペプシアとは心窩部痛や胃もたれなど心窩部を中心とした腹部症状を示しており, その多くは食事にともなって出現することが多い. このようなディスペプシア症状が症状の原因となる器質的, 全身的, 代謝性疾患がないに 島根大学内科学第二 113 th Scientific Meeting of the Japanese Society of Internal Medicine:Invited Lecture:5. Diagnosis and treatment of functional dyspepsia. Yoshikazu Kinoshita:Department of Gastroenterology and Hepatology, Shimane University School of Medicine, Japan. 本講演は, 平成 28 年 4 月 17 日 ( 日 ) 東京都 東京国際フォーラムにて行われた. 1611

招請講演 表 1 ディスペプシア症状の原因 器質的疾患消化性潰瘍 5~10% GERDの一部 10~20% 進行胃 食道癌 0.1~2% 胆 膵疾患 NSAIDs, iron, antibiotics, narcotics, 薬剤性 digitalis, estrogen, oral contraceptives, theophylline, levodopa, etc. giardiasis, strongyloides stercoralis, 感染性疾患 Tb, H. pylori, etc. Crohn s disease, EGE, celiac disease, 炎症性疾患 sarcoidosis, 胃炎,etc. lymphoma, amyloidosis, Menetrier 浸潤性疾患 disease, etc. 機能的原因機能性ディスペプシア (functional dyspepsia) もかかわらず, 慢性的に出現する疾患をFDと呼ぶ 1) ( 表 1). ディスペプシア症状の中には心窩部痛, 心窩部不快感, 食後の胃もたれ, 腹部膨満感, げっぷ, 早期飽満感, 食欲不振, 悪心, 嘔吐, 等が含まれる. また, これらの症状を有する患者の症状の強さやQOL(quality of life) の低下を検討した日本での研究によると, 症状の持続期間が1カ月以内の場合でも6カ月以上の場合でも症状の強さと,QOLの低下度に差がなかった 3). このため日本消化器病学会が作成したガイドラインでは日常診療のことを考えてディスペプシア症状は細かくは定義せず, 症状の持続期間に関しても明確な定義を行っていない. ただし, これは日常診療を行う場合の基準であり, 臨床研究を行うために均一な患者集団を集めることを目的とする場合には2006 年に Rome III 基準として臨床研究用の基準が作成されており, この基準を用いるのが一般的である. さらに 2016 年にはRome III 基準を改訂した Rome IV 基準も発表されている.Rome III 基準では心窩部を中心とした症状のうち 心窩部痛, 心窩部灼熱感, 食後のもたれ感, 早期飽満感 の4つの症状のいずれか1つ以上があり, 症状が6カ月以上前に発症し,3 カ月以上持続していることを必要とするとしている 1). Rome IIIの臨床研究用の基準では, 上記の4 種の症状を2 群に分けて心窩部痛と心窩部灼熱感の両方あるいはいずれかを有するものを心窩部痛症候群 (epigastric pain syndrome:eps), 食後のもたれ感と早期飽満感の両方あるいはいずれかを有するものを食後愁訴症候群 (postprandial distress syndrome:pds) に分け,FDを症状によって病態が異なる2 種の症候群に分けることができる可能性を示唆している. ただ, 日常の診療ではこれらの症状には重なりが多くEPS とPDSのどちらにも分類できない患者が30% 以上いることが報告されている. さらにEPS 例と PDS 例に分けてみてもこれらの2 種の症候群の間に明確な病態の差は検出されず, 様々な治療に対する反応性も類似しており,FDを症状に基づいて2 種の症候群に分ける必要性は必ずしも高くないと考えられる 4). また, 日本ではFDにあたる症候群を症候性慢性胃炎と診断し, 時には内視鏡検査で判定される内視鏡的慢性胃炎や病理組織学的に判定される組織学的慢性胃炎と混同して用いられてきた. ところが, ディスペプシア症状の出現と内視鏡的慢性胃炎の間の関連性は高くはなく, わずかに前庭部の線状発赤と症状の関連性が指摘されている程度である 5). また組織学的な慢性胃炎とディスペプシア症状の関連性も高くなく, さらに組織学的な慢性胃炎の原因の大部分を占めるヘリコバクター ピロリ感染とディスペプシア症状の関連性も高くはない. ヘリコバクター ピロリ陽性のディスペプシア症状を有する例に除菌治療を行ってもディスペプシア症状が消失するのは14 例に1 例程度であることが分かっている 6). このため, 従来から用いられてきた慢性胃炎, 症候性慢性胃炎等の診断名はディスペプシア症状を訴える器質的疾患を有さない患者に対して用いるべきではなく, 症状と除外 1612

診断から規定された症候群として明確にFDと診断することが必要であると考えられている. 2.FD 例のQOL FD 例はディスペプシア症状を訴えるが, この症状がどの程度患者のQOLを低下させているかについては多数の検討が行われている. まずディスペプシア症状の強さとQOLの相関性を比較した検討では, 症状が強いほどQOLが障害されていることが報告されている 3). 次いで治療によって症状が軽快するとQOLの障害も改善することが知られている. 一方, 病悩期間とQOL の障害を比較した検討では, 病悩期間が長いほどQOLの低下が著しいという結果は得られず, 病悩期間が短い例でも長い例でも治療対象とするべきであると考えられる 3).FD 例と他の疾患のQOLの障害度を比較検討した報告は多くはないが, 医療機関を受診する患者のQOL 障害度は胃食道逆流症患者に勝るとも劣らないと考えられる. 3.FDの疫学 FDの疫学的データは多くはない. また, そのデータを解釈することも容易ではない. その理由の一つは有病率を一般人口を対象として検討することが容易ではないことにある. 本来, 有病率を算出するためにはある地域全体の中からランダムに全体を代表することができるサンプルを抽出しその中での有病率を計測するか, あるいはある地域全体の診療データベースを用いて受療率を計測することになる. 前者では受診例ではないnon-hospital populationの患者データも得ることができるが, データを一般住民から得るためのアンケートではデータの信頼性が限定され, 面談方式の調査ではデータ収集に時間と高額な調査費が必要となる. 一方, 後者は受診例のみのデータとなるが治療経過を含め 様々な医療データを一緒に集計することができる. 問題はどのようなデータベースを用いるかであるが, 既存の保険診療データベースでは正確性に問題が残り, 新たなデータベースを作成するには, 高額な研究費が必要となる. インターネットアンケートを用いたものもあるが, 対象集団にバイアスが入りやすく, 正確な有病率を算出することは困難である. このため,FDの有病率は健診受診例か医療機関受診例を用いて算出しているものがほとんどである. もう一つのFD 患者の疫学データの解釈の難しさは, それぞれの研究によってFDの診断に用いられている定義が異なることである.FDの臨床研究用に用いられているRome 基準も数年おきに改正され定義が変更されている. さらに器質的疾患や全身疾患の否定をどのような方法を用いて行ったかも研究によってまちまちである. アンケート調査やインターネット調査では器質的疾患, 全身疾患の除外は極めてむつかしい. このようにFDの有病率に関するデータは研究間での比較が難しく, 地域性や, 時代による有病率の変化に関しても信頼性の高いデータはない. 日本における私たちの健診受診例を対象とした検討成績では10~20% 程度の例にFDに相当する慢性的な心窩部症状を有する例がみられた 7,8). ただ, この成績は健康に関心が深かったり, 何か気になることがあり健診を受診することを決断した健診受診例が含まれているため本来の全人口調査よりも有病率が高く算定されやすい調査であると考えられる.FD 例のうち医療機関を受診して治療を受けるほどQOLが低下している例は, そんなに多くはないと考えられる. 一方, ディスペプシア症状のために医療機関を受診した患者を対象に器質的疾患, 全身疾患の有無の検討を行い最終的にFDと診断される例は50% 前後であると報告されている. 一方, 医療機関を受診した患者のうち, 臨床症状, 病歴, 身体所見などからFDの可能性が高いと判定された患者に内視鏡検査を行って器質的疾患 1613

招請講演 機能性ディスペプシア不安定は自覚症状と除外診断によって定義された症候群 Hp (FD とするべきでない ) 機能性ディスペプシア (FD) HP 関連ディスペプシア 微細炎症胃酸運動異常?? 知覚過敏 microbiota 図 1 機能性ディスペプシアの概念図機能性ディスペプシアとは多様な病因により発症する症候群であり, 自覚症状と器質的 全身性疾患の除外診断を組み合わせて規定されている. の有無の検討を行ったところ, 器質的疾患が発見される可能性は10% よりも低く90% 以上が FDと診断可能であるとする報告もある 3). このようにFDの有病率に関する発表データはバイアスの入りやすい状況下で集積されており, 条件付きで評価するべきであるが, 一般にはディスペプシア症状で受診した例の半数は FDであり一般の医療機関でも診療する機会が多い疾患であるといえる. 4.FDの病因, 病態 FDは自覚症状という比較的不安定な因子と除外診断によって定義されている症候群である. 他の症候群が特徴的な身体所見や検査所見に基づいて規定されているのとは大きく異なっている. これはPeutz-Jeghers 症候群と比較すれば理解しやすい.Peuts-Jeghers 症候群では小児期から口唇や鼻, 肛門周囲などの粘膜や皮膚に暗青色の色素沈着がおこり, 小腸を中心に過誤腫性のポリープが多発する. この症候群では臨床所見から症候群を構成する疾患をほぼ単一に絞れているため,Peuts-Jeghers 症候群と臨床診 断された患者の大部分でSTK11(LKB1) 遺伝子に疾患感受性の変異を認める.FDでは症候群を規定する因子が非特異的で不安定であるため多様な疾患群がFDとしてまとめて診断されている可能性が高い. このためFDの病因, 病態の検討を行っても単一の病因, 病態が同定される可能性は高くないと考えられる. 実際にFDの病因, 病態を検討してみると多種多様な因子がFDの発症に関わっており,1つの病因や病態でFD 症候群全体の病因を説明できないことが分かる ( 図 1).FD の病因としては遺伝的な素因, 幼小児期, 思春期の心理社会的な経験, 現在の社会的な環境, アルコール飲料や喫煙, 香辛料などの食事生活環境, 腸管感染の既往とその免疫記憶, 胃の形態的なバリエーション, ヘリコバクター ピロリ感染などが考えられている. また, 症状を引き起こす病態としては消化管の運動異常として胃排出障害, 胃適応性弛緩障害, 十二指腸運動障害などが, 内臓知覚過敏として酸に対する知覚過敏, 食物脂肪に対する知覚過敏, 伸展に対する消化管の知覚過敏などが, 胃酸分泌に関係するものとして胃酸分泌異常, 胃酸の消化管内分布異常など 1614

が, さらに消化管粘膜の炎症や腸内細菌叢の異常に関係するものとしてsmall intestinal bacterial overgrowth(sibo) やその他の腸内細菌叢の乱れが考えられている. 遺伝的な素因に関してはFDの有病率が患者の配偶者よりも第一親等者で高いことが報告され,FDの発症に遺伝的な素因があることが確実視されている. さらにGたんぱくをコードする G-protein beta 3(GNb3)subunit,C-fiberでの神経伝達に関係しているSCN10A, 侵害受容体であるTRPV1, プロスタグランディン合成酵素の一つであるCOX1, セロトニントランスポーター遺伝子であるSLC6A4,COMT,CCK1,CD14, peri-microrna325 などの遺伝子多型とFDの発症リスクに関係があるとする報告がなされている. これらの遺伝子群は知覚受容, 神経伝達, 炎症反応に関係しており,FDの発症には運動異常や酸分泌異常よりもむしろ炎症や知覚の受容とその中枢への伝搬に関係する機構が重要なように思える. 幼小児期, 思春期の心理社会的経験もFDの発症要因として重要であると考えられる. これらの時期の被虐待歴, 特に性的被虐待歴がFDの発症と関連しているとする報告が見られる. 被虐待歴を有する例は胃の伸展知覚過敏が存在しており不快と感じる閾値が低下していたり,positron emission tomography(pet) を用いた脳活動の評価では内臓知覚領域に活動の異常がみられることがあると報告されている. 幼小児期, 思春期の心理社会的経験だけではなく成人となった後でも社会的なストレスにさらされ続けたり, 睡眠時間が十分でないと消化管の物理化学的刺激に対する不快閾値が低下し, 不快感を感じやすいことが知られている 9). 実際 FD 患者では睡眠時間が短いという報告や夜間の途中覚醒が多く, 起床時に熟睡感を感じていない例が多いことが知られている. 興味あることにFD 例は宗教に入信していないことが多いことも報告されている. このため小児期, 思春期の過去の 心理社会的経験も現在の心理社会的経験もFD の発症に関与していると考えられる. 原因であるのか結果であるのかはよくわからないが, 食事生活環境もFD 例では健常者と異なった特徴があることが報告されている. まず FD 患者は喫煙をする傾向が高いこと, アルコール飲料飲用はFDのリスクを高めないこと, お茶の消費量がFD 例で少ないこと, が報告されている. ただし, これらの観察結果は喫煙がFDをおこしやすくお茶がFDを起こしにくくすると早計に結論づけることはできない.FD 患者が症状が出現するためお茶を避けている可能性もありうる. また喫煙をすると症状が軽快するために喫煙頻度が増加している可能性もありうる. 栄養素の摂取を調べた報告では,FD 患者では脂肪の摂取量は健常者よりも少ない傾向にある.FD 患者に脂肪を負荷すると吐気や腹痛が生じやすく脂肪に対する知覚過敏が存在していることが報告されている. また健常者に比べて脂肪投与時の胃の伸展知覚閾値の低下が著明であることも知られている. 脂肪はFD 症状を起こしやすく,FD 患者は症状の出現を避けるために脂肪の摂取を控えている可能性が示されている. 唐辛子の辛み成分であるカプサイシンは,FD 例においても健常者においても大量の摂取によってディスペプシア症状を起こしうる. ただ, 慢性的に大量のカプサイシンを投与し続けるとディスペプシア症状が軽快するとする報告も見られる. このように食事の摂取内容はディスペプシア症状の出現に関与していることは確実で, 特に脂肪に関しては多数の報告が行われておりエビデンスレベルが高いと考えられる. ただし, 食事に関してはその内容だけではなく食事スピード, 規則性, 夜間の食事の内容など摂取パターンも重要である可能性があり, 実際 FD 例には早食いや夜間の脂肪食をする傾向があることが報告されている. 腸管感染の既往とその免疫記憶もFD 発症の重要な因子であることが明らかとされてい 1615

招請講演 る 10). サルモネラ菌による腸管感染症の治癒後 1 年以上の期間にわたって過敏性腸症候群の罹患率が高くなることが報告されている. これと同様にキャンピロバクターやランブル鞭毛虫の集団感染の後にFDの発症リスクが上昇したとの報告が行われている. また, 腸管感染症後に FDを発症した例の胃粘膜や十二指腸粘膜を調べるとマクロファージ, 好酸球, マスト細胞, T 細胞集団, 上皮内リンパ球などの炎症細胞, 免疫担当細胞の増加があるとする報告がある 11). これらの報告は腸管の感染症が起こると, その後一部の例で十二指腸粘膜や胃粘膜に炎症が残存し, それがFDの原因となる可能性を示しているものと考えられる. さらに, 胃の形が爆状胃であった場合には, そうでない場合よりもFD 症状が出現しやすいとする報告もなされている. ヘリコバクター ピロリ感染陽性者は胃粘膜に慢性炎症をともなっている. これらの例にディスペプシア症状がある場合にFDと診断するべきかどうか議論はあるが, いずれにしろ14 例に1 例程度の頻度でディスペプシア症状の原因となることが分かっている. すなわちFDの病因として遺伝的素因, 社会生活環境, 食生活, 過去の腸管感染症, 胃の変形, さらにこれらに加えるとすればヘリコバクター ピロリ感染が考えられる. これらの病因が引き起こしうるFDの病態としては消化管の運動異常, 内臓知覚過敏, 消化管粘膜の炎症や腸内細菌叢の異常が考えられている. 運動異常としてはFD 患者の一部で胃の適応性弛緩障害が認められ, 症状と適応性弛緩障害との間に関連性があることが報告されている. また,FD 患者では胃からの食物の排出障害が40% 程度の例でみられることが報告されているが, 反対に食事直後の排出促進があるとする報告もあり, すべての患者に同じ病態が観察されるわけではない. さらに胃以外にも十二指腸への酸負荷時の十二指腸の収縮運動がFD 例で低下している との報告や, 消化管の運動の調節と関係するモチリンやグレリンの血中濃度に異常が見られるとの報告がある. ただ, 消化管運動障害やそれに関連した異常がみられるFD 例は一部であり, FDの病態の主要なものが消化管運動異常であるとは判定しにくい. 消化管の内臓知覚過敏はFDだけではなく, 非びらん性胃食道逆流症, 過敏性腸症候群などの機能性消化管疾患全般で観察される異常で, 機能性消化管疾患全体の発症にかかわっている可能性のある病態であると考えられる.FDでは胃の伸展知覚過敏, 食後に増強する伸展知覚過敏, 胃や十二指腸の冷水や酸に対する知覚過敏, 十二指腸の高脂肪食に対する知覚過敏が報告されている. ただ, この知覚過敏が末梢, 脊髄, 脳のどのレベルでおこっているのか? 知覚過敏の原因が何であるか? は明らかとされていない. 消化管粘膜の炎症は粘膜局所での様々な炎症にかかわるサイトカイン, ケモカイン, プロスタグランディンなどの産生を介して知覚神経を刺激して知覚過敏を誘発したり, 消化管の運動神経を刺激したり, 障害したりして消化管の運動異常を起こしてくる可能性がある 11). ただし, 炎症に関係するリンパ球, マクロファージ, 好酸球, マスト細胞などの粘膜内への浸潤は腹部症状を有さない健常者でも多数みられるため, 炎症細胞の浸潤やその数だけが重要ではなく, それぞれの炎症細胞の活性化状態を系統的に評価することが重要であろうと考えられる. 腸内細菌叢は生後すぐに形成され母親の細菌叢と類似した細菌叢となり, その後は安定しており大きく変動することは少ないとされている. ただ, 一方ではストレス, 食事内容の変化, 抗生物質の投与などで, この安定なはずの腸内細菌叢が大きく変化することも報告されている 12). このため, 社会生活環境から来るストレス, 食生活の変化, 過去の腸管感染症時に使用された抗生物質などは腸内細菌叢を変化させる 1616

可能性がある. 腸内細菌は食物繊維を分解して短鎖脂肪酸を産生し, 短鎖脂肪酸は大腸上皮の栄養となるとともに,GPR41,43 などの受容体を介して腸管の神経系に影響を及ぼしている. さらに胆汁酸の代謝に関与したり, カテコラミンを産生する菌も存在する. 腸管内で増殖することで病原菌の侵入の障壁になったり免疫系を誘導したりもする. また, 消化管粘膜に軽度の炎症を起こし炎症性サイトカインの産生を高める. 腸内細菌の量と質の変化はこれらの機能の変調をきたすこととなりうる. このようにFDの病因, 病態としては様々なものが検討されており, それぞれの病因, 病態は一部の例には当てはまるがFD 例の大部分に当てはまるものは見つかっていない. また, それぞれのFD 患者がどのような病因, 病態で発症しているかを同定できる臨床診断法も確立していないため, 治療を行う上で困難を感じる原因となっている. 5.FDの診断 1) 病歴聴取と身体診察病歴聴取時に重要なことは慢性的な心窩部症状が存在することの確認, アラームサインとして器質的な疾患が存在する可能性を示唆する症状である再発性嘔吐, 吐血, タール便, 嚥下困難, 発熱, 体重減少, 貧血症状などが存在しないことの確認, 胃食道逆流症の存在を疑わせる胸焼けや呑酸症状の有無, 膵疾患を疑わせる背部痛の有無の検討を行うことである. 全身疾患や代謝疾患としてFD 症状の原因となりうる糖尿病, 膠原病などの合併や,FDと合併頻度の高い過敏性腸症候群やうつ病の存在にも注意して病歴聴取を行う. 心理社会的因子, 社会生活の変化やストレスの状況, 食生活の変化にも注意する. さらに, 非ステロイド系消炎鎮痛薬やアスピリンはその使用がディスペプシア症状を引き 起こすため, これらの薬剤の使用状況にも注意することが必要である. またFDの病因, 病態を考えると遺伝的素因が発症リスクとなるため家族歴を確認するべきである. 家族歴ではFDの家族歴だけではなく, 消化器系の悪性腫瘍やヘリコバクター ピロリ感染リスクも考えて胃 十二指腸潰瘍についても注意を払う. 既往歴では腸管の細菌感染症後にFD 発症リスクが高くなることを考えて過去 1 年以上にわたって腸管感染症の既往を確認する. これらの病歴聴取はもれなく, 詳細に行うべきで, 特に症状に関しては治療効果の判定時に治療前の症状と比較が可能なようにGSRS, 出雲スケール,FSSGなどの自己記入式問診票を利用して行うことが良いだろうと考えられる 3). ただし, 現存する問診票だけで十分な器質的疾患, 全身疾患, 代謝疾患の除外を行いFDの診断を行うことは不可能であることは十分に理解をしておくことが重要である. 身体診察では器質的疾患存在のアラームサインとされる痩せ, 貧血, 腹部腫瘤とともに, 体表リンパ節腫大, 皮下結節, 肝腫大, 心窩部の圧痛, 皮疹などにも注意をはらう. 身体診察で得られる異常所見は, 器質的疾患の進行とともに出現することがあるため, 初診時だけではなく診察を行う時には繰り返してチェックすることが重要である ( 表 2). 2) 検体検査血液, 尿, 便などの検体検査でFDを積極的に診断することができる診断指標 ( バイオマーカー ) は残念ながら存在しない. このため検体検査はFDの診断においては器質的疾患, 全身性疾患, 代謝疾患の可能性を否定することを目的として行われる. 末梢血液像は消化管腫瘍にともなう慢性消化管出血に起因する鉄欠乏性の小球性低色素性貧血の有無, 消化管の炎症性疾患にともなう白血球や血小板の増加の有無のチェックに有用である. 生化学一般検査は肝疾患, 胆道疾患, 膵疾患の除外に有用である. 低 1617

招請講演 表 2 診療レベルに応じた FD 診断に行いうる検査 CQ 推奨の強さ EvL PC 医 消化器病専門医 研究機関 病歴聴取 ( 医療面接 ) 自己記入式問診票 3-4 2 B 身体診察 3-7 2 NSAIDs,LDA 使用の確認 3-9 na 末梢血, 生化学一般 3-7 2 炎症反応 3-7 2 便潜血検査 3-7 2 腹部 X 線 3-2 2 上部消化管内視鏡 3-1 2 B H. pylori 感染検査 3-6 1 A 上部消化管透視 3-2 2 腹部超音波検査 3-2 2 腹部 CT 検査 3-2 2 * 消化管機能検査 3-2,3-8 2 C 心理社会的因子の評価 3-5 1 C EvL: エビデンスレベル (evidence level) PC 医 : プライマリケア医 na: 推奨の強さなし (not applicable) : 可能ならば実施する検査 LDA: 低用量アスピリン (low dose aspirin) : 他疾患鑑別の必要性に応じて行う : 実施が望ましい検査 * : 研究施設によって行いうる機能検査は異なる ( 日本消化器病学会 : 機能性消化管疾患診療ガイドライン2014 機能性ディスペプシア (FD),xix,2014. 南江堂より許諾を得て転載 ) たんぱく血漿は悪性腫瘍などの消耗性疾患や栄養吸収障害などの合成障害をLDHの増加は悪性腫瘍などの細胞障害を伴う疾患の存在を疑わせる. 炎症反応の存在はFDを否定する材料になる. 尿検査は, 全身代謝疾患としての糖尿病などの疾患や膠原病など腎障害をともないやすい疾患の可能性を否定するために重要だと考えられる. 便潜血検査は大腸癌をはじめとする消化管出血を伴う疾患のスクリーニングに有用である. これらの一般的な検体検査に加えて, ヘリコバクター ピロリの血清抗体検査か便中抗原検査をおこなって感染のチェックをしておくことが重要である. 感染陽性であれば胃癌や胃十二指腸潰瘍のリスクが高くなるとともに, これらの疾患がなくてもヘリコバクター ピロリ感染の除菌治療をすることでディスペプシア症状を軽快させることができる場合がある. 3) 上部消化管の内視鏡検査 FDの診断のためには器質的疾患の除外が必要であり, 心窩部痛や胃もたれ症状を呈する代表的な疾患である胃十二指腸潰瘍や進行胃癌を除外することが必要となる. これらの器質的な疾患とFDとを臨床症状や身体所見から鑑別できないかと様々な検討が行われたが, 結果は臨床症状や身体所見から鑑別を行うことは困難であると結論されている 13). このためFDの診断のための除外診断の目的に上部消化管の内視鏡検査を行うことは極めて重要となる.FDの症状が強く, 内視鏡検査前に治療を開始したとしても内視鏡検査をできるだけ早い時期に行い, 上部消化管の悪性腫瘍の除外を行うべきであると考えられる. 1618

4) 内視鏡検査以外の画像検査ディスペプシア症状を呈する器質的疾患には消化管の器質的疾患に加えて慢性膵炎, 膵癌, 胆道疾患などが考えられる. これらの診断の目的には腹部単純レントゲン検査, 腹部超音波検査, 腹部 CT 検査, 腹部 MRI 検査などの内視鏡検査以外の画像検査が有効なことがある. 腹部単純レントゲン検査では慢性膵炎にともなう多発する膵結石を同定することができる場合がある. 膵癌, 胆囊癌, 胆管癌の診断に超音波検査, CT,MRI 検査が有用であることは自明である. 5) 消化管機能検査消化管の運動を評価する検査として胃排出能検査, 胃の適応性弛緩や胃の伸展知覚過敏を検討する検査としてバロスタット検査や連続飲水テスト, 胃の酸や冷水に対する感受性を調べる検査として胃内酸, 冷水注入テストなどの消化管機能検査が行われている. ただ, これらの検査は研究的な意味合いが大きく, 臨床的な有用性が確立していない. そこでFDの診断においてこれらの消化管機能検査を行う必要性は現状では高くないと考えられる. 6.FDの治療 1) 治療全般について FDは不快な腹部症状のためにQOLが低下することが問題となる疾患である. このため治療目標は患者が満足しうる腹部症状の改善となる.FDの治療においては, プラセボ効果が器質的疾患に比べて大きく平均 40% 程度であると報告されている. さらにこのFDにおけるプラセボ効果は研究報告によって5~90% と大きくばらつく. このためできるだけプラセボ効果を大きくし, 治療効果に取り込むためにも良好な患者 医師関係を構築することが重要である. そこ で症状の原因となる器質的疾患, 全身性疾患, 代謝疾患の可能性に関して十分な検討を行って, 症状の原因がFDであることとFDの考えられる病態に関して十分な説明を患者に対しておこなう. さらに予後不良な疾患の可能性がないこと, 根気よく治療を行えば症状を軽快させることが可能であること,1 種類の治療では有効な例はせいぜい20% 程度であるため様々な治療を試す必要があることを理解してもらうよう 説明と保証 を行うことが重要である( 図 2). 2) 生活指導, 食事指導ストレスや睡眠不足が消化管の知覚過敏を引き起こす可能性があるため, これらを避けることが有効である可能性がある 9). 胃壁の伸展過敏性があるため, 一度に大食をしないように食習慣に気をつけることが有用である可能性がある. ところが, これらに関して十分な検証試験が行われたことがなく, 有用性に関しては十分なエビデンスがない. 一方,FDは十二指腸に脂肪を注入すると嘔気や胃もたれ症状が出現しやすいため脂肪摂取量を少なくすれば症状が軽快するだろうと予想されていた. 実際, 高カロリーの脂肪食とコントロール食を前向きのランダム化比較試験で比べてみるとコントロール食の方が心窩部症状が軽快することが示されており, 脂肪摂取量を少なくすることは食事療法として有効であろうと考えられる 14). 禁煙やアルコール飲料の制限の有用性に関しては十分なエビデンスがなく, 過去の報告においても一貫性がないためFDの治療法として有用であるとは言えない. 3)H. pylori 除菌治療 H. pylori 感染を有するディスペプシア例をFD と診断するべきかどうかに関しては議論があるが, ディスペプシア症状を有する例がH. pylori 感染陽性であれば除菌治療をするべきであると考えられる. まず, ディスペプシア症状を有す 1619

招請講演 遺伝的因子 機能性ディスペプシアの病因 環境因子 ストレス / 心因性 / history of abuse 食事 感染後 生活食事指導抗うつ薬抗不安薬心理療法 限定的 運動機能改善薬 胃排出能の遅延 / 促進 十二指腸の脂肪に対する過敏 / CCK に対する過敏 胃の伸展に対する過敏 20 ~ 30% その他 胃の適応性弛緩障害 receptive relaxation adaptive relaxation 十二指腸の酸に対する過敏 生活 食事指導 限定的 ディスペプシア 適応性弛緩誘発薬 PPI,H2RA 20% 図 2 治療ターゲットに注目した機能性ディスペプシアの分類機能性ディスペプシアに対しては様々な治療が行われるが, それぞれの治療単独の最大のtherapeutic gainは 20% 程度である. るFD 例に除菌治療を行ったときのディスペプシア症状消失効果はnumber needed to treat (NNT) が13~14 程度であると報告されている 6).NNTから考えられる除菌治療のディスペプシア症状に対する効果は大きなものではないが, 治療が1 週間で終了し, 除菌効果が一次除菌治療だけでも90% に達する効果があり, また除菌治療によって胃癌発症のリスクが低減することが期待されるため,H. pylori 感染の有無を確認し陽性であれば, まず除菌治療を行うことが勧められる. 4) 胃酸分泌抑制薬 FDの治療薬としてプロトンポンプ阻害薬 (PPI) とヒスタミンH2 受容体拮抗薬 (H2RA) の有効性が検討されている. プラセボを対象とした前向きのランダム化比較試験では,PPI はプラセボに比べて10~20% 高頻度に上腹部症状 を軽快させることが明らかとされている. 最近日本で行われたPPIとプラセボの比較試験でも同様の成績が報告されているがPPIに用量依存的な効果の増強はなく, また心窩部痛や心窩部灼熱感と胃もたれ症状を比べるとPPIが胃もたれ症状に比較して心窩部痛や心窩部灼熱感により有効性が高いという結果は得られなかった 15). H2RAでもPPIと同様のプラセボを対象としたランダム化比較試験が行われており, その結果はPPI 同様にプラセボに比べて20% 程度の症状改善の上乗せ効果があることが示されている. ただし,H2RAを用いたランダム化試験はPPIを用いたものに比べて古いものが多く, 研究のバイアスリスクはやや大きいものが多い.PPIと H2RAの治療効果を直接に比較した臨床研究は多くはないが,PPIとH2RAに明らかな差異は認められていない.PPI に用量依存的な治療効果がみられなかったこと,PPIとH2RAに明確な治療 1620

効果の差が認められなかったことは, 酸分泌抑制を強くすれば, それに従ってFDの治療効果が大きくなるという酸分泌抑制効果とFDの治療効果の間の直線的な相関性が存在しないことを示しており,FDに対する胃酸分泌抑制療法の限界を示していると思われる. 5) 消化管運動機能改善薬消化管運動機能改善薬とはドパミンD2 受容体拮抗作用, オピオイド受容体刺激作用, セロトニン5-HT4 受容体刺激作用, コリンエステラーゼ阻害作用などの薬理作用を有し, 胃排出能や胃適応性弛緩能を含む消化管運動や一部の知覚過敏改善作用を示すと考えられている薬剤である. 日本で日常診療に使用可能なものにはトリメブチン, メトクロプラミド, ドンペリドン, イトプリド, モサプリド, アコチアミドがある. これらの薬剤の中でプラセボ対照の二重盲検試験で繰り返し安定して有効性を示している薬剤はアコチアミドだけであり, 日本の保険診療においてはアコチアミドのみがFDに対して保険適応を有する治療薬である. 薬剤の有効性評価は評価基準の設定の仕方によって変わるため単純比較することは難しいが, アコチアミドの臨床試験では4 週間の内服治療でプラセボ効果が30~40% 程度である場合にアコチアミドのプラセボへの上乗せ効果は20% 程度であると報告されている 16). またアコチアミドは心窩部痛症状にもある程度の有効性を示すが, 胃もたれや早期飽満感症状に対する効果の方が明確であることが示されている. 他の薬剤に関しては, 有効性を示すエビデンスレベルの高い臨床試験成績は得られていない. 6) 漢方薬漢方薬には種々の薬剤が含まれるが, 日本における臨床研究の多くは六君子湯を用いて行われてきた. 六君子湯は胃の貯留能を改善したり, 排出を促進したり, グレリンの血中濃度を 上昇させ胃運動を亢進させたり食欲を亢進させたりする可能性が指摘されている. これらの生理学的な研究とともに六君子湯を用いた二重盲検試験が行われている.1993 年に発表されたものは症例数は多くなく, 投薬期間も1 週間であるが, 六君子湯はプラセボに比べて心窩部膨満感などの症状を軽快させることが報告されている.1998 年に報告された症例数が多く2 週間の投薬を行った試験でも, 常用量の六君子湯の有用性が報告されている. ところが2014 年に報告された247 例を対象に8 週間投与の効果が検討された二重盲検試験では, 六君子湯はFD 例の自覚症状を軽快する傾向は認められたが統計学的に有意な差とはならず, プラセボ群の改善率が23.8% であったのに対して六君子湯群では 33.6% の改善率であったことが報告されている 17). これらの結果をまとめると六君子湯はFD に対して有用である可能性はあるがエビデンスは十分であるとは言いにくく, 他の漢方薬の効果も含めてさらに検討が必要であろうと考えられる. ただし10% 程度のプラセボへの上乗せ効果はあるだろうと考えられるため, より確実な効果が期待される胃酸分泌抑制薬や消化管運動機能改善薬で十分な効果が得られなかった例に対しては試みてみるべき治療であろうと考えられる. 7) 抗うつ薬, 抗不安薬抗うつ薬, 抗不安薬などの中枢作用薬のFDに対する治療効果に関しても, 多数の研究が行われている. 検討されてきた薬剤はSSRI, 三環系抗うつ薬, レボスルピリド, スルピリド, タンドスピロンなど多岐にわたる. これらの薬剤の効果に関するメタ解析の結果では中枢作用薬の FD 治療における有用性をサポートするものが多いが, 研究に参加した症例数が多くなかったり, 研究デザインに欠点があったり, 結果が必ずしも一致したものではなく, 抗うつ薬, 抗不安薬のうちどの薬剤をどのように使用したら良 1621

招請講演 いかはよく分かっていない. 日本で行われた唯一のこのクラスの薬剤の二重盲検試験はタンドスピロンを用いて行われており, タンドスピロンの有用性が示されている 18). 8) 制酸薬, プロスタグランディン誘導体, 消化管粘膜保護薬このクラスには非常に多くの薬剤が含まれ, それぞれの薬剤で作用機序も異なるためこれらの薬剤をひとまとめにして解説することは困難であるし, また全ての薬剤でFDに対する治療効果の検討が行われているわけではない. 制酸薬, スクラルファート, ミソプロストールはメタ解析でFDに対する有効性は認められないと報告されている. また, 粘膜保護薬のうちレバミピドに関してはプラセボ対照の二重盲検試験が行われており, 結果はFDに対するレバミピドの有効性は認められないとするものであった. 9) 薬物治療の実際薬物治療を開始すれば治療効果を判定することが必要となるが, 治療効果は4 週目に判定することが提案されている. これは多くのFDに対する臨床試験がその判定期間を治療後 4 週に設定していることに基づいている.4 週間の投薬治療を行っても効果がない場合には他の治療に変更し, 漫然と同じ薬剤の投薬を行うことは避けることが重要である. また, 薬剤の効果はみられるがその効果が不十分である場合は他の薬剤との併用が行われることが稀ではない. 心窩部痛と胃もたれ症状を有する例に胃酸分泌抑制薬を投薬すると心窩部痛は消失したが胃もたれ症状が残存し消化管運動機能改善薬を併用する場合などがこれにあたると考えられる. また, うつ傾向のある例には治療開始時から抗うつ薬と胃酸分泌抑制薬を併用することもある. ところが, これらの併用療法が有効であるか否かに関してはエビデンスレベルの高い検討がおこなわれておらず不明である. 併用治療を行う場合 はこの点に関して十分に認識したうえで行うことが必要となる. FD 例に薬物療法を行い, 症状が消失した場合には薬物療法を中止してその後の経過を観察することが必要である. 薬物療法を中止した場合に再度 FD 症状が出現する可能性は案外高くなく, 最近報告されたアコチアミドの臨床研究では薬物投薬で症状が消失した例に薬剤の投薬を中止しても, 再び症状が出現する可能性は少なくとも1カ月は高くないことが報告されている 16). このため薬物療法で症状が消失すれば薬物の投薬を中止することが望ましい. 薬物療法を中止すればその後の経過中にFDが再発することはあるが, 再発した場合には再度同様の治療をすれば症状を再び軽快させることが可能であるだろうと考えられる. 10) 精神科的治療 FDに対する精神科的な治療の有効性に関する報告は多くはない. その中で催眠療法と認知行動療法と呼ばれる症状出現の状況を自ら解析し, 症状改善もしくは回避のためにどのような考え方や行動をとるのが適切であるかを患者と治療者の間の確認作業をしながら進める治療は有効性を示すエビデンスが報告されている. ただし, 検討された研究の数は多くはなく, 今後の検討が必要な領域であると考えられる. 11)FD 治療のフロー図 3にFD 治療のフローチャートを示す. このフローチャートは日本消化器病学会が作成した 機能性消化管疾患診療ガイドライン 機能性ディスペプシア (FD) に記載されているものである 2). 機能性ディスペプシアと診断した場合には, まずH. pyloriの感染診断を行い, 感染陽性の場合には除菌治療を行う. 除菌治療に反応しなかった場合は狭い意味でのFDであると診断することができる.FD 例に対しては説明と保証を行って良好な患者 医師関係を築くとと 1622

慢性的なディスペプシア症状患者 問診 身体所見 採血 あり 症状の原因となる所見あり 注 1 警告徴候 内視鏡検査 他疾患 なし 症状の原因となる所見なし 胃炎の所見のある場合 HP 陰性診断陽性 HP 除菌注 6 症状改善 ( 除菌治療抵抗性 FD) 注 10 症状再燃 HP 関連ディスペプシア 機能性ディスペプシア疑い説明と保証 / 食事 生活指導症状不変注 4 初期治療または再燃 症状不変 機能性ディスペプシア説明と保証 / 食事 生活指導 初期治療 二次治療 症状の原因となる所見なし他の画像診断症状の原因となる所見あり 他疾患 専門治療 注 1: 警告徴候とは以下の症状をいう. 〇原因が特定できない体重減少〇再発性の嘔吐〇出血徴候〇嚥下困難〇高齢者また NSAIDs, 低用量アスピリンの使用者は機能性ディスペプシア患者には含めない. 注 2: 内視鏡検査を行わない場合には機能性ディスペプシアの診断がつけられないため, 機能性ディスペプシア疑い 患者として治療を開始してもよいが,4 週を目途に治療し効果のないときには内視鏡検査を行う. 注 3: 説明と保証患者に機能性ディスペプシアが, 上部消化管の機能的変調によって起こっている病態であり, 生命予後に影響する病態の可能性が低いことを説明する. 主治医が患者の愁訴を医学的対応が必要な病態として受け止めたこと, 愁訴に対して治療方針が立てられることを説明することで, 患者との適切な治療的関係を構築する. 内視鏡検査前の状態にあっては, 器質的疾患の確実な除外には内視鏡検査が必要であることを説明する. 注 4: 二次治療の薬剤も状況に応じて使用してもよい. ここではエビテンスレベル A のものを初期治療に, それ以外を二次治療とし, 使用してもよい薬剤とした. 注 5: これまでの機能性ディスペプシアの治療効果を調べた研究では効果判定を 4 週としている研究が多く, また治療効果が不十分で治療法を再考する時期として多くの専門家が 4 週間程度を目安としていることから 4 週を目途とした. 注 6:H.pylori 除菌効果の判定時期については十分なコンセンサスは得られていない. 注 7:H.pylori 未検のとき H.pylori 診断へ戻る注 8:H.pylori 除菌治療, 初期 二次治療で効果がなかった患者をいう. 注 9: 心療内科的治療 ( 自律訓練法, 認知行動療法, 催眠療法など ) などが含まれる. 注 10:H.pylori 除菌治療を施行したあと,6~12 ヵ月経過しても症状が消失または改善している場合は HP 関連ディスペプシア (H.pylori associated dyspepsia) という. 図 3 機能性ディスペプシアの診断と治療のフローチャート ( 日本消化器病学会 : 機能性消化管疾患診療ガイドライン 2014 機能性ディスペプシア (FD),xviii,2014. 南江堂より許諾を得て転載 ) 注 7 症状不変 注 2 注 3 4 週を注 5 目処とする 他疾患の注 8 検索治療抵抗性 FD 消化管機能検査 心理社会的因子の評価 注 9 1623

招請講演 もに食事 生活指導を行う. これでも症状が持続する場合には, 初期治療として治療効果の有効性のエビデンスレベルが高い胃酸分泌抑制薬か消化管運動機能改善薬を用いて治療を行う. どちらの薬剤でも有効でない場合には, 二次治療薬である漢方薬, 抗うつ薬, 抗不安薬を用いた治療を行う. それでも有効な結果が得られない場合には, 催眠療法や認知行動療法を行うことを検討する. 12) 研究的な治療これらの治療を行っても症状が軽快しない FD 例もまれではない. そのような例に対してどのような治療を行うか様々な検討が行われている. 最近注目されているのは腸内細菌叢の異常とそれに伴う十二指腸や上部小腸の粘膜の微細な炎症,small intestinal bacterial over-growthなどである. これらの異常を正常化するために抗生物質, プロバイオティックス, 糞便微生物移植などの可能性が検討されている 19). おわりに FDの病因 病態, 診断, 治療について現在の考えを解説した.FDは症候群であるため多種の異なった病因 病態を有する患者が含まれている可能性がある. このため,1 種類の治療ですべてのFD 患者に有効な方法は現在開発されていない.1 つの治療の最大のtherapeutic gain( プラセボ治療への上乗せ効果 ) は20% 前後であり, 多種の治療を組み合わせて最大の効果が得られるようにそれぞれの患者の病態を推定しつつ, 患者に合わせた治療を行っていくことが必要である. 著者の COI(conflicts of interest) 開示 : 木下芳一 ; 講演料 ( アステラス製薬, アストラゼネカ, エーザイ, ゼリア新薬工業, 第一三共, 武田薬品工業 ), 原稿料 ( エーザイ ), 研究費 助成金 ( エーザイ ), 寄附金 ( アステラス製薬, アストラゼネカ, エーザイ,MSD, 大塚製薬, JIMURO, ゼリア新薬工業, 第一三共, 大鵬薬品工業, 武田薬品工業, バイエル ) 1624

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