海外 タイにおける経済犯罪 ( 不正 ) の実態と対策 ~PwC 世界経済犯罪実態調査 2016( タイ ) の結果に基づく考察 ~ PwCあらた有限責任監査法人名古屋製造 流通 サービス部シニアマネージャー浅野光敏 はじめに タイは長い進出の歴史に裏打ちされた産業の集積が進んで おり 8,000

Similar documents
スピンオフに関する組織再編税制の改正 PwC 税理士法人 国際税務 /M&A タックスグループディレクター原嵩 はじめに 2017( 平成 29) 年度税制改正では事業再編の環境整備のために 経営戦略に基づく先を見据えたスピード感のある事業再編等を加速するため 特定事業を切り出して独立会社とするスピ

法人税 住民税及び事業税等に関する会計基準 ( 案 ) について PwC あらた有限責任監査法人第 3 製造 流通 サービス部パートナー市原順二 はじめに 2016 年 11 月 9 日 企業会計基準委員会は企業会計基準公開草案第 59 号 法人税 住民税及び事業税等に関する会計基準 ( 案 )(

PwC IPO 情報システム Autofacts( オートファクツ ) PwC あらた有限責任監査法人 IPO ソリューション部マネージャー加藤誠 はじめに現在の情報システムは インターネットや無線通信の高速化 コンピュータシステムの高性能化 クラウドサービスの普及などにより 企業のさまざまな業務に

企業不祥事が生じた場合の適時開示について 太陽コスモ法律事務所弁護士村上康聡 はじめに適時開示とは 公正な株価等の有価証券の投資判断に重要な影響を与える会社の業務 運営 業績等に関する情報を適時にかつ適切に投資者に開示することです これは 有価証券の公正な価格形成および投資者保護を目的として 金融証

特集 : 内部監査 内部監査におけるデータ分析活用のアプローチ PwCあらた有限責任監査法人リスクアシュアランスパートナー久禮由敬システム プロセス アシュアランス部アソシエイト夛田桂子 はじめに わが国では 日本再興戦略 により コーポレートガバナ ンスの強化が推進され 企業の持続的な価値創造の取

PwC s View 特集 : ERM( 全社的リスクマネジメント ) Vol. 12 January

新リース基準の実務対応 (4) 不動産固有の論点についての考察 PwCあらた有限責任監査法人財務報告アドバイザリー部マネージャー井上恵介 はじめに国際会計基準審議会 (IASB) は 現行のリースの会計基準 (IAS 第 17 号 ) の財務報告上の問題点の改善を図るため 2016 年 1 月に リ

ブロックチェーン技術の導入にあたり考慮すべきポイント PwC あらた有限責任監査法人 フィンテック & イノベーション室マネージャー来田健司 はじめに 年のマウントゴックスの経営破綻を契機として 日本でもビットコインが広く一般に知られるようになり その後もビットコインをはじめとする暗

PwC's View 第13号 業種別在庫管理および在庫評価のポイント 第4回 不動産業界

<4D F736F F F696E74202D202895CA8E86816A89638BC694E996A78AC7979D8EC091D492B28DB88A E >

Microsoft Word - 内部統制報告書の訂正報告書の提出に関するお知らせ(リリース)

3

Microsoft Word - M&A会計 日本基準とIFRS 第1回.doc

内部統制ガイドラインについて 資料

Microsoft Word - 内部統制システム構築の基本方針.doc

はじめに 個人情報保護法への対策を支援いたします!! 2005 年 4 月 個人情報保護法 全面施行致しました 個人情報が漏洩した場合の管理 責任について民事での損害賠償請求や行政処分などのリスクを追う可能性がござい ます 個人情報を取り扱う企業は いち早く法律への対応が必要になります コラボレーシ

専門家集団として最適なサービスを提供するために 多様性から価値を生み出す ~PwC が 国連と Diversity & Inclusion(D&I) に取り組む理由 ~ PwCあらた有限責任監査法人財務報告アドバイザリー部 PwC Japan Territory Diversity Leader(

特許庁工業所有権保護適正化対策事業

イノベーション活動に対する山梨県内企業の意識調査

リスク分担型 DB の概要 年金改正解説 3 PwCあらた監査法人第 2 金融部 ( 保険 共済 ) 年金数理人井川孝之 はじめに社会保障審議会企業年金部会 ( 以下 企業年金部会 ) が 2015 年 1 月に 社会保障審議会企業年金部会の議論の整理 ( 以下 議論の整理 ) を公表した後 201

Microsoft Word - 不動産ファンドに関する国際財務報告基準 第6回.doc

マイナンバー制度 実務対応 チェックリスト

TCS_AI_STUDY_PART201_PRINT_170426_fhj

02 IT 導入のメリットと手順 第 1 章で見てきたように IT 技術は進展していますが ノウハウのある人材の不足やコスト負担など IT 導入に向けたハードルは依然として高く IT 導入はなかなか進んでいないようです 2016 年版中小企業白書では IT 投資の効果を分析していますので 第 2 章

本日のポイント 事業のグローバル化の進展に伴い 長期ビジョンVG2020 * と共に現在のリスクマネジメントがスタート 経営陣とオムロンらしいリスクマネジメントは何かについて議論しながら 社会的責任の遂行 等を目標とする グローバル に 統合 された仕組み作りを目指して活動をしてきた 現在 取締役会

目次 広告に関する問題の再整理 2ページ 問題 1: 海賊版サイトへの広告出稿 配信の実態 3ページ 改善策 -- 海賊版サイトへの広告出稿 配信 4ページ 問題 2: アドフラウド ( 広告詐欺 ) の実態 5ページ 対応策 -- アドフラウド ( 広告詐欺 ) 6ページ 対策の進捗 CODA 提

<4D F736F F D F193B994AD955C D9E82DD835C EC091D492B28DB8816A2E646F63>

図 12 HACCP の導入状況 ( 販売金額規模別 ) < 食品販売金額規模別 > 5,000 万円未満 ,000 万円 ~1 億円未満 億円 ~3 億円未満

8. 内部監査部門を設置し 当社グループのコンプライアンスの状況 業務の適正性に関する内部監査を実施する 内部監査部門はその結果を 適宜 監査等委員会及び代表取締役社長に報告するものとする 9. 当社グループの財務報告の適正性の確保に向けた内部統制体制を整備 構築する 10. 取締役及び執行役員は

2017年 北陸3県後継者問題に関する企業の実態調査

i i

はじめに 会社の経営には 様々な判断が必要です そのなかには 税金に関連することも多いでしょう 間違った判断をしてしまった結果 受けられるはずの特例が受けられなかった 本来より多額の税金を支払うことになってしまった という事態になり 場合によっては 会社の経営に大きな影響を及ぼすこともあります また

TPT859057

Microsoft Word - 5_‚æ3ŁÒ.doc

特 別 座 談 会 収益認識に関する 会計基準 案 のポイント 売上計上基準はどう変わるのか 2017年 7月 ASBJより公開草案 収益認識に関する会計基準 案 等が公表されました これは 売上計上に関 する包括的な会計基準の草案です わが国においては収益認識に関する包括的な会計基準が設定されてい

統合型リゾート (IR:Integrated Resort) ~ マネーロンダリング防止の取組み ~ 2014 年 12 月 IR ビジネス リサーチグループリーダー 有限責任監査法人トーマツパートナー 仁木一彦 当該資料中 意見に亘る部分は著者の私見であり 著者の属する法人等のものではありません

事故前提社会における           企業を支えるシステム操作統制とは

俯瞰するフィンテック PwC あらた有限責任監査法人 フィンテック & イノベーション室マネージャー齊藤洸 はじめに フィンテック という用語は 各種メディアで大々的に取り沙汰されていることから すでになじみの深いものになっているかと思われます 当初は シリコンバレーのスタートアップ企業が 斬新なア

第 3 章内部統制報告制度 第 3 節 全社的な決算 財務報告プロセスの評価について 1 総論 ⑴ 決算 財務報告プロセスとは決算 財務報告プロセスは 実務上の取扱いにおいて 以下のように定義づけされています 決算 財務報告プロセスは 主として経理部門が担当する月次の合計残高試算表の作成 個別財務諸

はじめてのマイナンバーガイドライン(事業者編)

仮想通貨を取り巻く規制とビジネスでの活用 PwC あらた有限責任監査法人 フィンテック & イノベーション室シニアアソシエイト栗田真尚 はじめにビットコインに代表される仮想通貨は 今年に入ってそのグローバルな流行により 取引所価格が高騰を続ける一方で 日本においては 海外に先んじて利用者保護の観点か

【日証協】マイナンバー利活用推進小委員会提出資料

[ 指針 ] 1. 組織体および組織体集団におけるガバナンス プロセスの改善に向けた評価組織体の機関設計については 株式会社にあっては株主総会の専決事項であり 業務運営組織の決定は 取締役会等の専決事項である また 組織体集団をどのように形成するかも親会社の取締役会等の専決事項である したがって こ

社長必見≪ここがポイント≫マイナンバーガイドライン(事業者編)

目次 アンケート回答者属性 企業向けアンケート 弁理士向けアンケートの回答者属性 P2 1. 標準化 1-1 企業 P3 1-2 弁理士 P7 2. データの取扱い 2-1 企業 P 弁理士 P14 本調査研究の請負先 : 株式会社サンビジネス 1

2017年度税制改正 相続税・贈与税国外財産に対する納税義務の範囲の見直し

PowerPoint プレゼンテーション

従業員に占める女性の割合 7 割弱の企業が 40% 未満 と回答 一方 60% 以上 と回答した企業も 1 割以上 ある 66.8% 19.1% 14.1% 40% 未満 40~60% 未満 60% 以上 女性管理職比率 7 割の企業が 5% 未満 と回答 一方 30% 以上 と回答した企業も 1

Microsoft Word - M&A会計 日本基準とIFRS 第5回.doc

CSR(企業の社会的責任)に関するアンケート調査結果《概要版》

Microsoft PowerPoint - GM未替誓㕒朕絇稿㕂 _社åfi¡ã†®å�¦ã†³æfl¯æ‘´ã†¨ä¸�é•fl攡çfl¨ç−¶æ³†.pptx

2018年Chief Digital Officer調査

最終デジタル化への意識調査速報

Microsoft Word - 247_資本連結実務指針等の改正

2. 利益剰余金 ( 内部留保 ) 中部の 1 企業当たりの利益剰余金を見ると 製造業 非製造業ともに平成 24 年度以降増加傾向となっており 平成 27 年度は 過去 10 年間で最高額となっている 全国と比較すると 全産業及び製造業は 過去 10 年間全国を上回った状況が続いているものの 非製造

PwC's View 第13号 企業経営・投資家の視点から捉えたダイバーシティ2.0

程の見直しを行わなければならない 1 委託先の選定基準 2 委託契約に盛り込むべき安全管理に関する内容 (2) 個人データの安全管理措置に係る実施体制の整備 1) 実施体制の整備に関する組織的安全管理措置 金融分野における個人情報取扱事業者は ガイドライン第 10 条第 6 項に基づき 個人データの

第5回「仕事・会社に対する満足度」調査  

Report

目次 サマリ 3 アンケート集計結果 5 回答者属性 12

23 歳までの育児のための短時間勤務制度の制度普及率について 2012 年度実績の 58.4% に対し 2013 年度は 57.7% と普及率は 0.7 ポイント低下し 目標の 65% を達成することができなかった 事業所規模別では 30 人以上規模では8 割を超える措置率となっているものの 5~2

第三者割当増資について

多様な人材を活用する組織づくり PwC コンサルティング合同会社パートナー佐々木亮輔 はじめに弊社の世界 CEO 意識調査によると CEOを悩ます頭痛の種は 組織が未来に対峙するために適切な人材を確保できるかどうかの不安です 現在と将来にわたって必要なスキルを持った人材を計画にそって育成または採用で

直しも行う これらの事務については 稟議規程 文書管理規程 契約書取扱規程は管理本部長が所管 情報管理規程 情報セキュリティ管理規程はコンプライアンス推進部長が所管し 運用状況の検証 見直しの経過等 適宜取締役会に報告する なお 業務を効率的に推進するために 業務システムの合理化や IT 化をさらに

日商PC検定用マイナンバー_参考資料

問 3 全員の方にお伺いします 日頃 サイバー犯罪 ( インターネットを利用した犯罪等 ) の被害に遭いそうで 不安に感じることがありますか この中から1つだけお答えください よくある % たまにある % ほとんどない % 全くない 全

改正犯罪収益移転防止法_パンフ.indd

預金を確保しつつ 資金調達手段も確保する 収益性を示す指標として 営業利益率を採用し 営業利益率の目安となる数値を公表する 株主の皆様への還元については 持続的な成長による配当可能利益の増加により株主還元を増大することを基本とする 具体的な株主還元方針は 持続的な成長と企業価値向上を実現するための投

PowerPoint プレゼンテーション

「2017年 日本の広告費 インターネット広告媒体費 詳細分析」

IFRSにおける適用上の論点 第27回

スキル領域 職種 : マーケティング スキル領域と MK 経済産業省, 独立行政法人情報処理推進機構

Microsoft Word リリース案(最終).docx

社団法人日本生産技能労務協会

5. 内部統制推進部内部統制推進部は NEC グループ企業行動憲章 および NEC グループ行動規範 の周知をはじめとしたコンプライアンス徹底のための各種施策を企画立案し 実施しています また 事業部門およびスタッフ部門が実施するリスクマネジメントが体系的かつ効果的に行われるように 必要な支援 調整

このガイドラインは 財務計算に関する書類その他の情報の適正性を確保するための体制に関する留意事項 ( 制定 発出時点において最適と考えられる法令解釈 運用等 ) を示したものである 第一章 総則 1-1 財務計算に関する書類その他の情報の適正性を確保するための体制に関する内閣府令 ( 平成 19 年

Foreign Corrupt Practices Act Anti-Corruption Policy

第1回「若手社員の仕事・会社に対する満足度」調査   

品質マニュアル(サンプル)|株式会社ハピネックス

目次 2017 年情報セキュリティインシデントに関する調査結果 ~ 個人情報漏えい編 ~( 速報版 ) の解説 個人情報漏えいインシデントの公表ガイダンスについて 2/23

PYT & Associates Attorney at law

5) 輸送の安全に関する教育及び研修に関する具体的な計画を策定し これを適確に実施する こと ( 輸送の安全に関する目標 ) 第 5 条前条に掲げる方針に基づき 目標を策定する ( 輸送の安全に関する計画 ) 第 6 条前条に掲げる目標を達成し 輸送の安全に関する重点施策に応じて 輸送の安全を確 保


01 年 月 1 人あたりオフィス面積の分布と推移 図表 1は 01 年の東京 区における 1 人あたりオフィス面積の分布で 中央値は.9 坪であった ( 半数のテナントは.9 坪より小さく 残りの半数のテナントは.9 坪より大きい ) 01 年 月 17 日 図表 1 1 人あたりオフィス面積の分

<4D F736F F D D A2E8A4F959488CF91F590E682CC8AC493C295FB96402E646F63>

1. サイバーセキュリティの定義は確立されていない サイバーセキュリティ基本法案など 都道府県警察 警視庁ホームページなど サイバーセキュリティ サイバー犯罪 サイバー攻撃 外部からの脅威サイバー空間の話高度なハッキング技術明確な犯意 etc なんとなくのイメージ サイバーテロ 防衛省ホームページな

営業秘密管理実務マニュアル

11. 不測事態 とは 情報セキュリティの確保及び維持に重大な影響を与える災害 障害 セキュリティ侵害等の事態をいう 12. 役職員等 とは 当組合の役員 職員並びにこれに準ずる者( 嘱託職員 臨時職員 パートタイマー アルバイト等 及び当組合との間に委任契約又は雇用契約が成立した者 ) をいう 1

タイ財務省 (Ministry of Finance) は 2015 年 5 月 1 日付の官報にて勅令 (Royal Decree) No. 586, 587 を公布しました これは 国際地域統括本部 (International Headquarters IHQ ) 及び国際貿易センター (In

目次 国内企業の事例から学ぶこと これからの課題 GRC Technology の活用 なぜデロイトがクライアントから選ばれているのか 本資料の意見に関する部分は私見であり 所属する法人の公式見解ではありません 2

,112 1,630 1,992 1,879 2,674 3,912 はじめに ア

評価することとしているか ( 特定 評価する頻度も含めたその検討プロセス及び結果含む ) 経営陣は 上記に基づき特定 評価した経営上のリスクに関して どのように経営計画及び経営管理に反映しているか ( その検討プロセス及び結果含む ) 財務の健全性を維持 検証するためにどのような社内管理態勢を構築し

プレゼンテーション

2. 開示すべき重要な不備 の原因分析 内部統制報告書の 開示すべき重要な不備の内容及び 理由 及び 開示すべき重要な不備の是正に向けての 方針 等の記載事項から 開示すべき重要な不備 の 主な原因を整理すると以下の通りです 制度開始以来 決算業務に係る事項 ( 決算プロセスの体制の不備 重要な決算

(Taro-\222\262\215\270\225[.A4\207B.jtd)

agenewsプライバシーポリシー_0628_テキスト形式

<4D F736F F D208DBB939C97DE8FEE95F18CB48D EA98EE58D7393AE8C7689E6816A2E646F63>

Microsoft Word - 06_個人情報取扱細則_ doc

Microsoft Word - 報告書.doc

第2回「若手社員の仕事・会社に対する満足度」調査 

Transcription:

PwC s View 特集 : 人材開発とダイバーシティ Vol. 5 November 2016 www.pwc.com/jp

海外 タイにおける経済犯罪 ( 不正 ) の実態と対策 ~PwC 世界経済犯罪実態調査 2016( タイ ) の結果に基づく考察 ~ PwCあらた有限責任監査法人名古屋製造 流通 サービス部シニアマネージャー浅野光敏 はじめに タイは長い進出の歴史に裏打ちされた産業の集積が進んで おり 8,000 社以上の日系企業が進出しています 近年にお いて周辺国 ( ミャンマー ラオス カンボジア等 ) への進出の 動きもあるものの 充実したサプライチェーンを背景とした 部材 サービスの容易な調達 外国投資優遇政策の存在 整備されたインフラ等の魅力により 日系企業のタイへの進出は依然として続いています 一方で 政治 災害リスクや人件費の上昇 少子高齢化に伴う人手不足といったリスクも存在します 加えて タイを含む東南アジアにおいては経済犯罪 ( 以下 不正 ) が起きるリスクが相対的に高いため 進出企業にとっては いかに不正と対峙するかが重要な課題となっています PwCではGlobal Economic Crime Survey( 世界経済犯罪実態調査 ) を隔年で実施しており 2016 年度は世界 115か国にて調査を実施し 6, 3 7 7 社から回答を得ました 本稿では タイにおける調査 ( 以下 本調査 ) の結果に基づき タイにおける不正の実態を理解するとともに 進出企業がどのように対処すべきかを考察します なお 本文中の意見に関する部分は 全て筆者個人の私見であり PwCあらた有限責任監査法人の正式見解ではないことをあらかじめお断りします タイの調査は タイ企業 261 社からの回答結果に基づき作成されており 44% が多国籍企業 40% が日本企業 49% が従業員 1,000 名以上の企業に該当します 業界としては自動車を含む製造業が最も多く 金融 小売と続いており これは タイの産業構成を反映しています 本文中の調査結果や図表の出典は PwC s 2016 Global Economic Crime Survey: Thailand Results になります 1 タイにおける不正の特徴 (1) 全体の傾向 2014 年および 2015 年において不正が発生したと回答した企業の割合は26% となっています 注目すべきは 当該不正のうち 77% が企業内部の者による犯行であったことであり グローバル平均の46% と比べると極めて高い水準にあります これは タイの企業には内部の者にとって不正が行えてしまう環境があることの裏返しとも言えます なお 不正を経験した企業の69% において金額的被害は 10 万米ドル以下となっており 一つ一つの不正は比較的小規模であるとも思えますが 19% の企業では10 万米ドル以上 そのうち 9% で1 百万米ドル以上の金額的被害となっています 不正の約 5 分の1が 10 万米ドル以上の金額的被害であるということは タイの日系企業にとっては看過できない事実なのではないでしょうか また 不正は単に金額的被害を与えるだけでなく 非財務的な被害 ( 従業員のモラル低下や風評 ブランドへの悪影響等 ) により 短 長期的にビジネス全体に影響を及ぼすおそれがあります (2) 主な不正の種類及びその特徴資産の横領 (2014:71% 2016:78%) 図表 1のとおり 資産の横領は78% で 2014 年度調査に続きタイにおいて最も多く発生した不正となっており グローバルの平均 64% 東南アジアの平均 69% と比較しても発生率が高くなっています 一方で 今後 2 年間に資産の横領が発生するとの回答は40% と少なくなっています この数字は ここ数年において防犯カメラの設置や倉庫管理の徹底 入出門時の持ち物検査等 資産の横領への対策に力を入れ始めたことによる 企業の期待のあらわれであると推測されます サイバー犯罪 (2014:18% 2016:24%) サイバー犯罪は24% で資産の横領に次いで2 番目に多く 42 PwC s View Vol. 05. November 2016

海外 図表 1: 過去のタイにおける主な不正と今後 2 年間の予測 2014 年度調査 vs. 2016 年度調査 全業界 71% 40% 78% 19% 18% 2 30% 24% 39% 19% 43% 18% 資産の横領 サイバー犯罪 汚職 贈収賄 購買不正 17% 12% 7% 12% 10% 4% 18% 18% 4% 2016 年および 2017 年に発生が予測される割合 2014 年および 2015 年 ( 2016 年度調査 ) 2012 年および 2013 年 ( 2014 年度調査 ) 人事関連不正会計不正マネーロンダリング グローバル平均の32% と同じ傾向にありますが タイにおいては 2010 年頃から急速に増加しています ( 特に金融業界 ) 数あるサイバー犯罪の中で 企業にとって最も被害が大きかったのが個人情報の漏えいであり 続いて知的財産の盗難 風評被害との結果になっています タイでは 39% の回答者がサイバーリスクを認識していると回答していますが サイバーリスク対応の積極的な投資が行われていないのが実態です なお サイバー犯罪に限った犯行ではありませんが PwCの過去の調査では知的財産や機密事項の持ち出しが行われたケースが散見されるため 多くの日系企業が直面するリスクといえます 汚職 贈収賄 (2014:39% 2016:19%) 汚職 贈収賄が発生したと回答した企業は19% であり 2011 年の54% 2014 年の39% から大幅に減少しました タイの現政権は汚職撲滅を目的とした施策を打ち出しており 直近では 公務員の汚職および不正行為に特化した裁判所を設立する法案が可決されています また 2016 年末までに法制委員会にて汚職に関する法令が可決される予定であると発表されるなど 反汚職のための各施策の有効性についてメディアや民間団体も含めた積極的な議論が交わされています このような動きが減少の理由であると思われますが 一方で 回答者の約 4 分の1は 汚職 贈収賄を認識していないものの発生している可能性がある と回答し 他の4 分の1は 必ずしも発生していないとは言い切れない と回答しています つまり 約半数の回答企業が汚職 贈収賄のリスクを少なからず認識していると言えます 購買不正 (2014:43% 2016:18%) 購買不正が発生したと回答した企業は前回調査の43% から18% と大幅に減少しています 各企業が購買関連における不正防止策を講じた結果であるとも言えますが 一方で 昨年 PwCタイが実際に行った不正調査の7~8 割が購買不正に関連するものであったことを考慮すると 依然としてタイで事業を行う企業にとって最も起こり得る不正の種類であると考えています 購買プロセスごとに見ていくと ベンダー選定時が58% と最も多くなっており ベンダーとの癒着が多いことが分かります また 注目すべきは 支払時における不正の割合が前回調査の2 から50% へと倍増している点です これは 従来の小切手による支払に代わりオンラインバンキングによる支払が増加している一方 例えば 支払先を変更する際の統制 ( 入力と承認の職務分掌等 ) の欠如など 新しいプロセスに対しての統制が必ずしも十分でないことが原因であると考えられます 人事関連不正 (2014:18% 2016:12%) 12% の企業が採用および給与支払に関する人事関連不正が発生したと回答しています 具体的な不正の方法で最も多いのが ペイロールに架空の従業員を載せて給与を不正に払い出す幽霊社員スキームの38% と経歴詐称の38% です 不適切な給与の支払による金額的影響はもちろんのこと 経歴詐称による資格等の不備は 品質 サービスの低下や対外的な信用の毀損などの原因となり得るので注意が必要です 経歴詐称を防ぐためには 資格者および一定役職以上の PwC s View Vol. 05. November 2016 43

海外 採用については 前職 前々職への問い合わせや 採用時 の誓約書への署名などのルール化が必要と考えます また 入退社などの情報がペイロールに適時に反映されていない企業が多く見られますが 幽霊社員を用いた不正防止のためには 当該プロセスを改めて見直すことが重要です 会計不正 (2014:18% 2016:10%) 本調査によると過去 2 年間で会計不正を経験した企業は 10% で その主な方法は 架空の売上計上や原価付替え等になっています しかし 実際にはこの数字より多いと考えられます 通常 会計不正には 架空の取引のねつ造や 不正の事実を隠蔽するための財務数値の改ざん等を伴いますが 横領や購買に付随する財務数値の改ざん等は それぞれ資産の横領や購買不正として回答されていると考えられるためです 2 タイの不正行為者の特徴とその対処 前回の89% から12% 減少して 77% となったものの 依然として企業内部の従業員が主な不正行為者という結果に変化はなく グローバル平均の46% と比べると極めて高い水準にあります また 興味深いのは 不正行為者の役職が中間管理職 ( 前回調査にて56%) から管理職未満の従業員へシフトしている点であり 同割合は前回の36% から53% へ大幅に増加しています なお 外部からの不正を経験した企業の31% は ビジネスパートナーまたは代理店 エージェントによるものであると回答しています 77% が 不正行為者は内部の人間であると回答 67% 男性 31-40 歳 5 34% 53% 大学卒 勤続 3-5 年 管理職 未満 労働環境 給与 評価に満足していない従業員による不正が多いのが事実です 不正の事実 疑義が発生した際は 企業はその事実を真剣に受け止めて対応しなければなりません まずは事実認定のための調査を行う必要があり その結果に基づき解雇 減給等の社内対応や法的手続を検討していくことになります これら調査や法的手続は 専門家のサポートが必要な場合が多く時間も要しますが 会社としての不正に対する厳格な姿勢を示すことで 不正が起こりにくい企業風土が醸成されます なお 本調査では 68% の企業が不正行為を行った従業員を解雇しており 刑事訴訟や民事訴訟となったケースは それぞれ46% と42% でした 3 不正の検出経路と不正が検出されるための組織づくり 図表 2のとおり 本調査の結果最も多かった不正の発見経路は 疑わしい取引の報告 の 17% であり 次いで 内部監査 と 偶然 がそれぞれ 1 で続いています また 企業内外からの告発やホットラインによる不正の発見は13% となっており 東南アジアの 23% グローバルの 17% と比較して下回っています グローバルの傾向と比較して 告発や内部通報による不正の発見が少ない結果となっているのは タイ人の国民性に由来するところでもあると考えます 一方で そのような環境下であるからこそ 効果的かつ個人の安全も確保される内部通報制度の導入 高度化が必要であり 従業員が声をあげるという企業文化の醸成が求められます 強固かつ効果的な内部通報制度は 従業員の疑わしい行動 非倫理的行動 違法行為などの情報を得る上で非常に有益です そのため 内部通報制度を導入している企業は多く見受けられますが それが社内に周知徹底されておらず 通報ルートや通報時の対応策も十分に整備されていないため 効力を発揮するケースが非常に少ないのが実態です 企業には 既存の内部通報制度や通報後の対応策が十分に理に適っており実効性のあるものか また その存在意義 安全性などが従業員と十分に共有できているか いま一度見直していただきたいと思います 例えば 社長からのメッセージやポスターの掲載 利用者向けの研修の実施なども促進方法の一つとなります 大半の回答者は 内部統制の欠如により不正が行える機会が存在すること および不正行為者に不正を実行するだけの知識があることが大きな原因と考えています また そのような環境下において 従業員のモラルの低下や悪意の欠如等が相まって不正が起きていると考えられます 現に 4 フォレンジックテクノロジー ( 一例 ) 私のタイ駐在時 日系企業の経営者の方から 確たる証拠はないものの不正が行われている懸念がある というご相 44 PwC s View Vol. 05. November 2016

特集 : 税効果会計の見直しについて海外 図表 2: 経済犯罪の発見経路 経営者の影響力以外の要素警察 法執行機関その他検出方法偶然企業文化 3% 1 外部告発 ホットライン 内部告発 2% 6% 内部管理従業員のローテーションデータ分析不正リスク管理体制社内セキュリティー内部監査疑わしい取引の報告 6% 1 17% 談をしばしばいただきました ご懸念のレベルに応じて PwC がご提供する業務内容は異なるのですが 不正の疑念を抱かせる従業員 ( グループ ) や部門等がある程度特定できる場合に有効なのが コンピュータフォレンジックを用いた調査です 不正においては 共謀 証憑の改ざんや隠蔽 破棄等がなされることが少なくありません コンピュータフォレンジックの調査では 調査対象者が使用している PCやメールサーバー スマートフォン等のデータを取得し 既に消去済みのメールやファイル チャット記録等を復元します 復元したデータを対象として 特定のキーワードや固有名詞で検索をかけることにより 不正に関連する情報を効率的に収集し分析することができます 当該証拠により社内で不正に加担している従業員等の有無を特定したり 不正の確たる証拠として解雇や訴訟手続きを有利に進めることが可能となります また ベンダーとの利益相反関係や異常な取引を検出するデータ分析も 不正の兆候を発見するための手法として最近はよく利用され 効果をあげています なお PwCタイにはフォレンジック ( 不正調査 不正リスク対策 ) を専門に担当する日本人が駐在しています 5 まとめ ~ 不正に対抗するため タイ進出企業に求められる行動とは ~ タイにおける不正事案の件数は年々増加傾向にあり その原因は企業内部の防止 検出メカニズムの脆弱性にあります 不正の発生は それを容易に行えてしまう機会 ( 内部 統制の欠如 ) が存在することが一つの大きな要因であるため 不正防止のためには強固な内部統制の構築が何よりも必要です 上記の考察が内部統制の構築 見直しの際の一助になれば幸いです ただし どれだけ有効な内部統制を構築したとしても 不正をゼロにすることはできません 特にタイは 東南アジアの中でも 従業員が声を上げて会社を改善していくという文化 環境の醸成という点で大きく遅れをとっています よって 不正またはその兆候が存在する場合に それをいかに早く発見し その財務的 非財務的被害を最小化するかが重要になります そのための手段として非常に有効なのが 強固かつ効果的な内部通報制度の再構築や データ分析 コンピュータ フォレンジックを用いた不正関連証拠の効率的な収集 といった対策です 最後に 自身がタイに駐在して個人的に実感したことであり 不正に限った話でもないのですが やはり重要なのは タイ人従業員との日頃のコミュニケーションによる人間関係の構築だと思います 不正を行うのも不正を防止するのも人間なのですから 浅野光敏 ( あさのみつとし ) PwCあらた有限責任監査法人名古屋製造 流通 サービス部シニアマネージャー 2006 年公認会計士登録 グローバルに展開する製造会社の監査 アドバイザリー業務を中心に従事した後 2013 年 7 月より PwCタイ ( バンコク ) に駐在 日系企業に対する会計監査 税務 法務 アドバイザリー業務に関与した 2016 年 7 月に帰任後は 主として総合商社及び製造会社の監査業務を担当している メールアドレス :mitsutoshi.asano@pwc.com PwC s View Vol. 05. November 2016 45

PwCあらた有限責任監査法人 104-0061 東京都中央区銀座 8-21-1 住友不動産汐留浜離宮ビル Tel:03-3546-8450 Fax:03-3546-8451 PwC Japan グループは 日本におけるPwCグローバルネットワークのメンバーファームおよびそれらの関連会社 (PwCあらた有限責任監査法人 京都監査法人 PwCコンサルティング合同会社 PwCアドバイザリー合同会社 PwC 税理士法人 PwC 弁護士法人を含む ) の総称です 各法人は独立して事業を行い 相互に連携をとりながら 監査およびアシュアランス コンサルティング ディールアドバイザリー 税務 法務のサービスをクライアントに提供しています 2016 PricewaterhouseCoopers Aarata LLC. All rights reserved. PwC Japan Group represents the member firms of the PwC global network in Japan and their subsidiaries (including PricewaterhouseCoopers Aarata LLC, PricewaterhouseCoopers Kyoto, PwC Consulting LLC, PwC Advisory LLC, PwC Tax Japan, PwC Legal Japan). Each firm of PwC Japan Group operates as an independent corporate entity and collaborates with each other in providing its clients with auditing and assurance, consulting, deal advisory, tax and legal services.