研究の中間報告

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乳牛の繁殖技術と生産性向上

平成24年度自給飼料利用研究会資料|酪農生産における暑熱の影響とその対応

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れた。

研究の中間報告

報告書

研究目的 1. 電波ばく露による免疫細胞への影響に関する研究 我々の体には 恒常性を保つために 生体内に侵入した異物を生体外に排除する 免疫と呼ばれる防御システムが存在する 免疫力の低下は感染を引き起こしやすくなり 健康を損ないやすくなる そこで 2 10W/kgのSARで電波ばく露を行い 免疫細胞

生理学 1章 生理学の基礎 1-1. 細胞の主要な構成成分はどれか 1 タンパク質 2 ビタミン 3 無機塩類 4 ATP 第5回 按マ指 (1279) 1-2. 細胞膜の構成成分はどれか 1 無機りん酸 2 リボ核酸 3 りん脂質 4 乳酸 第6回 鍼灸 (1734) E L 1-3. 細胞膜につ

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卵管の自然免疫による感染防御機能 Toll 様受容体 (TLR) は微生物成分を認識して サイトカインを発現させて自然免疫応答を誘導し また適応免疫応答にも寄与すると考えられています ニワトリでは TLR-1(type1 と 2) -2(type1 と 2) -3~ の 10

抑制することが知られている 今回はヒト子宮内膜におけるコレステロール硫酸のプロテ アーゼ活性に対する効果を検討することとした コレステロール硫酸の着床期特異的な発現の機序を解明するために 合成酵素であるコ レステロール硫酸基転移酵素 (SULT2B1b) に着目した ヒト子宮内膜は排卵後 脱落膜 化

参考1中酪(H23.11)

妊娠認識および胎盤形成時のウシ子宮におけるI型IFNシグナル調節機構に関する研究 [全文の要約]

保健機能食品制度 特定保健用食品 には その摂取により当該保健の目的が期待できる旨の表示をすることができる 栄養機能食品 には 栄養成分の機能の表示をすることができる 食品 医薬品 健康食品 栄養機能食品 栄養成分の機能の表示ができる ( 例 ) カルシウムは骨や歯の形成に 特別用途食品 特定保健用

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報告書

報告書

11 ウシガラス化保存時のストロー内希釈液の種類と胚の生存性

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報告書

報道発表資料 2006 年 4 月 13 日 独立行政法人理化学研究所 抗ウイルス免疫発動機構の解明 - 免疫 アレルギー制御のための新たな標的分子を発見 - ポイント 異物センサー TLR のシグナル伝達機構を解析 インターフェロン産生に必須な分子 IKK アルファ を発見 免疫 アレルギーの有効

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平成14年度研究報告

ふくしまからはじめよう 農業技術情報 ( 第 39 号 ) 平成 25 年 4 月 22 日 カリウム濃度の高い牧草の利用技術 1 牧草のカリウム含量の変化について 2 乳用牛の飼養管理について 3 肉用牛の飼養管理について 福島県農林水産部 牧草の放射性セシウムの吸収抑制対策として 早春および刈取

問い合わせ先など研究推進責任者 : 農研機構畜産草地研究所所長土肥宏志研究担当者 : 農研機構畜産草地研究所家畜育種繁殖研究領域主任研究員ソムファイタマス TEL 研究担当者 : 農研機構動物衛生研究所病態研究領域上席研究員吉岡耕治研究担当者 : 農業生物資源研究所動物科学

グルコースは膵 β 細胞内に糖輸送担体を介して取り込まれて代謝され A T P が産生される その結果 A T P 感受性 K チャンネルの閉鎖 細胞膜の脱分極 電位依存性 Caチャンネルの開口 細胞内 Ca 2+ 濃度の上昇が起こり インスリンが分泌される これをインスリン分泌の惹起経路と呼ぶ イ


細胞膜由来活性酸素による寿命延長メカニズムを世界で初めて発見 - 新規食品素材 PQQ がもたらす寿命延長のしくみを解明 名古屋大学大学院理学研究科 ( 研究科長 : 杉山直 ) 附属ニューロサイエンス研究セ ンターセンター長の森郁恵 ( もりいくえ ) 教授 笹倉寛之 ( ささくらひろゆき ) 研

1 編 / 生物の特徴 1 章 / 生物の共通性 1 生物の共通性 教科書 p.8 ~ 11 1 生物の特徴 (p.8 ~ 9) 1 地球上のすべての生物には, 次のような共通の特徴がある 生物は,a( 生物は,b( 生物は,c( ) で囲まれた細胞からなっている ) を遺伝情報として用いている )

澤香代子 坂本洋一 岡﨑尚之 山本裕美 長谷川清寿 : 経腟採卵と過剰排卵処理の併用による和牛胚の生産効率化に関する検討 ( 第 3 報 ) 実験 1 材料および方法 当センター繋養の黒毛和種経産牛 20 頭を供試し 各供試牛に対して3つの胚生産手法を産次ごとに任 1 3) 意の順序ですべて適用した

目次 はじめに例 1) Superoxide の検出およびSuperoxide dismutaseによるsuperoxide 消去活性例 2) 過酸化水素の検出およびCatalaseによる過酸化水素消去活性例 3) OHラジカルのおよびクロロゲン酸による OHラジカル消去活性 1 頁 2 頁 3 頁

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これらの検査は 月経周期の中で下記のような時期に行われます ( いつでも検査できるわけではありません ) 図中のグラフは基礎体温の変動を示し 印は月経を示します 月経周期における検査の時期 高温期 低温期 月経 月経 血液検査 LH FSH E2( エストラジオール ) AMH 精液検査 排卵日 血

通常 繁殖成績はなかなか乳量という生産性と結びつけて考えることが困難なのですが この平均搾乳日数という概念は このように素直に生産性 ( 儲け ) と結びつけて考えることができます 牛群検定だけでなく色々な場面で非常に良く使われている数値になりますので覚えておくと便利です 注 1: 平均搾乳日数平均

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焼酎粕飼料を製造できることを過去の研究で明らかにしている ( 日本醸造協会誌 106 巻 (2011)11 号 p785 ~ 790) 一方 近年の研究で 食品開発センターが県内焼酎もろみから分離した乳酸菌は 肝機能改善効果があるとされる機能性成分オルニチンを生成することが分かった 本研究では 従来

研究成果報告書

シトリン欠損症説明簡単患者用

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八村敏志 TCR が発現しない. 抗原の経口投与 DO11.1 TCR トランスジェニックマウスに経口免疫寛容を誘導するために 粗精製 OVA を mg/ml の濃度で溶解した水溶液を作製し 7 日間自由摂取させた また Foxp3 の発現を検討する実験では RAG / OVA3 3 マウスおよび

相模女子大学 2017( 平成 29) 年度第 3 年次編入学試験 学力試験問題 ( 食品学分野 栄養学分野 ) 栄養科学部健康栄養学科 2016 年 7 月 2 日 ( 土 )11 時 30 分 ~13 時 00 分 注意事項 1. 監督の指示があるまで 問題用紙を開いてはいけません 2. 開始の

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学位論文の要約

2017 年度茨城キリスト教大学入学試験問題 生物基礎 (A 日程 ) ( 解答は解答用紙に記入すること ) Ⅰ ヒトの肝臓とその働きに関する記述である 以下の設問に答えなさい 肝臓は ( ア ) という構造単位が集まってできている器官である 肝臓に入る血管には, 酸素を 運ぶ肝動脈と栄養素を運ぶ

られる 糖尿病を合併した高血圧の治療の薬物治療の第一選択薬はアンジオテンシン変換酵素 (ACE) 阻害薬とアンジオテンシン II 受容体拮抗薬 (ARB) である このクラスの薬剤は単なる降圧効果のみならず 様々な臓器保護作用を有しているが ACE 阻害薬や ARB のプラセボ比較試験で糖尿病の新規

報道関係者各位 平成 26 年 1 月 20 日 国立大学法人筑波大学 動脈硬化の進行を促進するたんぱく質を発見 研究成果のポイント 1. 日本人の死因の第 2 位と第 4 位である心疾患 脳血管疾患のほとんどの原因は動脈硬化である 2. 酸化されたコレステロールを取り込んだマクロファージが大量に血

2 反復着床不全への新検査法 : 検査について子宮内膜の変化と着床の準備子宮内膜は 卵巣から分泌されるステロイドホルモンの作用によって 増殖期 分泌期 月経のサイクル ( 月経周期 ) を繰り返しています 増殖期には 卵胞から分泌されるエストロゲンの作用により内膜は次第に厚くなり 分泌期には排卵後の

豚丹毒 ( アジュバント加 ) 不活化ワクチン ( シード ) 平成 23 年 2 月 8 日 ( 告示第 358 号 ) 新規追加 1 定義シードロット規格に適合した豚丹毒菌の培養菌液を不活化し アルミニウムゲルアジュバントを添加したワクチンである 2 製法 2.1 製造用株 名称豚丹

報道発表資料 2006 年 8 月 7 日 独立行政法人理化学研究所 国立大学法人大阪大学 栄養素 亜鉛 は免疫のシグナル - 免疫系の活性化に細胞内亜鉛濃度が関与 - ポイント 亜鉛が免疫応答を制御 亜鉛がシグナル伝達分子として作用する 免疫の新領域を開拓独立行政法人理化学研究所 ( 野依良治理事

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平成18年度「普及に移す技術」策定に当たって

図 B 細胞受容体を介した NF-κB 活性化モデル

2. 看護に必要な栄養と代謝について説明できる 栄養素としての糖質 脂質 蛋白質 核酸 ビタミンなどの性質と役割 およびこれらの栄養素に関連する生命活動について具体例を挙げて説明できる 生体内では常に物質が交代していることを説明できる 代謝とは エネルギーを生み出し 生体成分を作り出す反応であること

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( 図 7-A-1) ( 図 7-A-2) 116

酵素消化低分子化フコイダン抽出物の抗ガン作用増強法の開発

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脳組織傷害時におけるミクログリア形態変化および機能 Title変化に関する培養脳組織切片を用いた研究 ( Abstract_ 要旨 ) Author(s) 岡村, 敏行 Citation Kyoto University ( 京都大学 ) Issue Date URL http

研究成果の概要ビタミンCを体内で合成できない遺伝子破壊マウス (SMP30/GNL 遺伝子破壊マウス ) に1 水素 (H2) ガスを飽和状態 (0.6 mm) まで溶かした水素水 ( 高濃度水素溶解精製水 ) を与えた群 2 充分なビタミンCを与えた群 3 水のみを与えた群の 3 群に分け 1 ヶ

学位論文要旨 牛白血病ウイルス感染牛における臨床免疫学的研究 - 細胞性免疫低下が及ぼす他の疾病発生について - C linical immunological studies on cows infected with bovine leukemia virus: Occurrence of ot

材料及び方法 1. 方法発情および発情直後を避けて プロジェステロンとエストロジェン徐放剤 (PRID TEIZO: あすか製薬株式会社 ) を挿入した (0 日目とする ) 4 日目に生理食塩水 ( 大塚生食注 : 大塚製薬株式会社 )50ml を溶媒とした FSH( アントリン R10: 共立製

細胞の構造

薬膳食材一覧_xlsx

細胞の構造

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第2章マウスを用いた動物モデルに関する研究

AID 4 6 AID ; 4 : ; 4 : ; 44 : ; 45 : ; 46 :

日本標準商品分類番号 カリジノゲナーゼの血管新生抑制作用 カリジノゲナーゼは強力な血管拡張物質であるキニンを遊離することにより 高血圧や末梢循環障害の治療に広く用いられてきた 最近では 糖尿病モデルラットにおいて増加する眼内液中 VEGF 濃度を低下させることにより 血管透過性を抑制す

2) 飼養管理放牧は 5 月から 11 月の期間中に実施した 超音波検査において受胎が確認された供試牛は 適宜退牧させた 放牧開始時および放牧中 3 週間毎に マダニ駆除剤 ( フルメトリン 1 mg/kg) を塗布した 放牧には 混播永年草地 2 区画 ( 約 2 ha 約 1 ha) を使用し

「ゲノムインプリント消去には能動的脱メチル化が必要である」【石野史敏教授】

現在 本事業で分析ができるものは 1 妊娠期間 2 未経産初回授精日齢 3 初産分娩時日齢 / 未経産妊娠時日齢 4 分娩後初回授精日 5 空胎日数 6 初回授精受胎率 7 受胎に要した授精回数 8 分娩間隔 9 供用年数 / 生涯産次 10 各分娩時月齢といった肉用牛繁殖農家にとっては 極めて重要

既定の事実です 急性高血糖が感染防御機能に及ぼす影響を表 1 に総括しました 好中球の貧食能障害に関しては ほぼ一致した結果が得られています しかしながら その他の事項に関しては 未だ相反する研究結果が存在し 完全な統一見解が得られていない部分があります 好中球は生体内に侵入してきた細菌 真菌類を貧

徳島県畜試研報 No.14(2015) 乾乳後期における硫酸マグネシウム添加による飼料 DCAD 調整が血液性状と乳生産に及ぼす影響 田渕雅彦 竹縄徹也 西村公寿 北田寛治 森川繁樹 笠井裕明 要 約 乳牛の分娩前後の管理は産後の生産性に影響を及ぼすとされるが, 疾病が多発しやすい時期である この時

栄養成分表示ハンドブック-本文.indd

第6号-2/8)最前線(大矢)

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( 図 ) IP3 と IRBIT( アービット ) が IP3 受容体に競合して結合する様子

オクノベル錠 150 mg オクノベル錠 300 mg オクノベル内用懸濁液 6% 2.1 第 2 部目次 ノーベルファーマ株式会社

化を明らかにすることにより 自閉症発症のリスクに関わるメカニズムを明らかにすることが期待されます 本研究成果は 本年 京都において開催される Neuro2013 において 6 月 22 日に発表されます (P ) お問い合わせ先 東北大学大学院医学系研究科 発生発達神経科学分野教授大隅典

Microsoft PowerPoint マクロ生物学9

犬の糖尿病は治療に一生涯のインスリン投与を必要とする ヒトでは 1 型に分類されている糖尿病である しかし ヒトでは肥満が原因となり 相対的にインスリン作用が不足する 2 型糖尿病が主体であり 犬とヒトとでは糖尿病発症メカニズムが大きく異なっていると考えられている そこで 本研究ではインスリン抵抗性

「牛歩(R)SaaS」ご紹介

大学院博士課程共通科目ベーシックプログラム

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Wnt3 positively and negatively regu Title differentiation of human periodonta Author(s) 吉澤, 佑世 Journal, (): - URL Rig

平成18年3月17日

論文の内容の要旨

( 平成 22 年 12 月 17 日ヒト ES 委員会説明資料 ) 幹細胞から臓器を作成する 動物性集合胚作成の必要性について 中内啓光 東京大学医科学研究所幹細胞治療研究センター JST 戦略的創造研究推進事業 ERATO 型研究研究プロジェクト名 : 中内幹細胞制御プロジェクト 1

1. Caov-3 細胞株 A2780 細胞株においてシスプラチン単剤 シスプラチンとトポテカン併用添加での殺細胞効果を MTS assay を用い検討した 2. Caov-3 細胞株においてシスプラチンによって誘導される Akt の活性化に対し トポテカンが影響するか否かを調べるために シスプラチ

2015 年度 SFC 研究所プロジェクト補助 和食に特徴的な植物性 動物性蛋白質の健康予防効果 研究成果報告書 平成 28 年 2 月 29 日 研究代表者 : 渡辺光博 ( 政策 メディア研究科教授 ) 1

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核内受容体遺伝子の分子生物学

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家畜と繁殖機能 久米新一 京都大学大学院農学研究科

家畜の生産性向上とシグナル伝達 家畜は体内の恒常性維持よりも生産性向上に重点をおいて改良したため 情報伝達などに不備が生じやすくなっている 環境ホルモンと栄養素の不足 ( タンパク質 カルシウム リンなど ) 生理機能の変化( 生産性重視 ) 免疫能の低下によるシグナル伝達の不備が高まる危険性

研究の背景 : 肉用牛の受胎率低下 資料 : 農林水産省畜産部 ( 平成 20 年 ) 初回人工受精受胎率 肉用牛の人工授精受胎率は 59% に低下 体外受精卵移植牛の受胎率も 40% に低迷 繁殖機能の改善と優良な体外受精胚の生産が必要

分娩間隔 都府県と北海道の乳牛の分娩間隔 450 400 分娩間隔 : 平 20 年 426 日 ( 北海道 ) 441 日 ( 都府県 ) 350 1975 1980 1985 1990 1995 2000 2005 年 ( 牛群検定成績 ) 北海道都府県 分娩間隔は猛暑の年に上昇する 分娩間隔はその後回復しない ( 猛暑の 1994 年 :10 日以上の上昇 )

米国の乳牛 ( ホルスタイン種 : ) の 初産から 2 産までの分娩間隔 (Hareら 2006) エアシャー ( ) フ ラウンスイス( ) カ ンシ ー( ) シ ャーシ ー( )

Û æ Ê i kg/ú j û Ê i kg/ú j 図 魚粉 ( ) 区と大豆粕 ( ) 区の乳牛の乾物摂取量 乳量 繁殖成績 ( 協定研究 ) 25 45 20 15 10 40 35 30 5-10 0 10 20 ª Ø O ã i T j 25 0 5 10 15 20 å û ú i T j 魚粉区大豆粕区 頭数 44 44 発情回帰日数 日 58.8 57.8 初回授精日数 日 80.0 81.3 授精回数 回 1.31 1.27 受胎率 % 54.6 59.1

繁殖成績 ( 受胎率 ) 低下の要因 乳牛の能力向上と農家の規模拡大の影響 育種的要因 : 遺伝的能力の急速な向上 栄養的要因 : 栄養管理の改善の遅れ 管理的要因 : 規模拡大 労働時間増加に伴う発情観察時間不足 ( 発情の見逃し ) 動物的要因 : 高泌乳化に伴う乳牛の代謝特性の変化 飼料的要因 : 自給飼料の栄養価低下 さまざまな要因が相互に絡み合っている

繁殖成績と暑熱ストレス 栄養素は維持 成長 泌乳 脂肪蓄積の順に優先的に配分され 繁殖機能や健康維持への配分は最下位に位置 栄養管理が適切でないと繁殖機能へ利用される栄養素は少なくなり 高温時に暑熱ストレスの影響で乳生産が低下した場合には 繁殖成績への悪影響は一層厳しいことを意味している 暑熱ストレスは酸化ストレス?

活性酸素の 2 面性 動物は酸素を利用することによって 効率よく ATP を生成できる ( エネルギーの有効利用 ) デメリット : 酸素生成時に発生する活性酸素が遺伝子の損傷など 生体に害を及ぼす ( 老化 疾病などの発生要因 ) メリット : 体内の有害微生物 成分の除去など 生体の感染防御に重要な役割をはたしている ミトコンドリアに及ぼす影響が大きい

ミトコンドリア :ATP の生成 ミトコンドリアで代謝産物から ATP を生成する過程で 酸素はスーパーオキシド 過酸化水素 ヒドロキシラジカルを経て水になるが この時発生した活性酸素が酸化によって細胞 遺伝子等を傷害する 活性酸素のメリット : 外部から侵入した異物 ( 有害微生物など ) を排除する

乳量 (kg) 乳量増加と生体機能 9000 8000 7000 Hokkaido 乳量増加とともに体内代謝が活発になり 酸素消費量が増加したが 活性酸素活性量も増加しているのではないか? 6000 Except Hokkaido 5000 1975 1980 1985 1990 1995 2000 年 スーパーカウ :2 万ー 3 万 kg/ 年の生産

表 乳牛の O 2 CO 2 CH 4 産生量 乾乳牛 泌乳牛 体重 (kg) 618±63 614±47 DMI(kg/ 日 ) 7.7±1.0 20.7±2.2 乳量 (kg/ 日 ) -- 29.5±6.7 O 2 消費量 (l/ 日 )3361±386 5162±443 CO 2 産生量 (l/ 日 )3747±423 6354±472 CH 4 産生量 (l/ 日 ) 304±41 646±58 熱発生量 (MJ/ 日 )74.5±7.2 112.9±9.0

ライソソーム : 各種の水解酵素 ( 約 70 種 ) で細胞内の異物を加水分解する ペルオキシソーム : 過酸化水素を発生させる酸化酵素と過酸化水素を分解するカタラーゼが含まれるが 過酸化水素は有害なため 発生した過酸化水素はカタラーゼによって安全な水と酸素に分解される ( 脂質分解 )

オキシドール ( 消毒薬 ) 消毒薬のオキシドールの成分は過酸化水素 体の傷口にオキシドールをつけると酸素の泡ができる : 細胞に含まれているカタラーゼ ( 酵素 ) が触媒となり 過酸化水素を分解する 2H 2 O 2 2H 2 O + O2 カタラーゼ

活性酸素の発生源 : 細胞内の活性酸素の 90% 以上はミトコンドリアで生成 内因性 酸化的リン酸化 NADPH オキシダーゼ キサンチンオキシダーゼ 外因性 など 外環境の酸素濃度 外環境のグルコース濃度 金属イオンによる誘導 可視光 など 細胞膜の脂質酸化 タンパク質の修飾 DNA の損傷 ミトコンドリアの異常 アポトーシスの誘導 酸化還元電位の変化 遺伝子の発現量の変化 初期胚発生の異常

親水性 ROS 活性酸素 (ROS) カタラーゼなどの酵素 ビタミン C 葉酸などのビタミン B 群などによる消去 スーパーオキサイドアニオン (O 2- ) 過酸化水素 (H 2 O 2 ) ヒドロキシルラジカル (HO ) 疎水性 ROS など カロテノイド ビタミン A E などによる消去 過酸化脂質 (LOO など ) 一重項酸素 ( 1 O 2 )

カロテノイドーレチノイン酸を介した効果と抗酸化作用 プロビタミン A: β ーカロテン クリプトキサンチン 非プロビタミン A: ルテイン カンタキサンチン リコペン アスタキサンチン

ニンジンサイレージの利用 ニンジンは畑で出来たもののおよそ半分が規格外として捨てられる ニンジンサイレージは品質がよく 給与すると血液と牛乳中のベータカロテンが増えた

レチノイン酸への変換

β - カロテン (μ g/dl) ヒ タミン A(μ g/dl) 図 乳牛の血漿中ヒ タミン濃度 500 400 300 200 50 40 30 100-2 0 2 4 6 8 10 分娩前後 ( 週 ) 20-2 0 2 4 6 8 10 分娩前後 ( 週 ) 分娩直後は活性酸素の働きを高めることが効果的?

乳牛の排卵と血漿中 β ーカロテン Kawashima ら (2009)

背景および目的 1 環境温度と乳牛の直腸温 40~40.5 10 時間程度 Rivera and Hansen (2001) Reproduction 121, 107-115

哺乳類の着床前発生と暑熱への感受性 暑熱に対し脆弱な発生時期 子宮 卵管 受精 2 細胞期 8 細胞期桑実胚胚盤胞 栄養膜細胞 内部細胞塊 ウシ ( 受精後 ) Day1-2 Day2-3 Day5-6 Day6-8

背景および目的 3 実験 1 ウシ初期胚発生に対する暑熱ストレスの直接的な影響 実験 2 アスタキサンチンを含む製剤 (Ax) の培養液への添加が暑熱ストレス下での胚発生におよぼす影響 ウシ初期胚は暑熱ストレスによって活性酸素種による酸化ストレスを受けることが示唆されている (Sakatani et al. 2004 ) 抗酸化物質を用いた酸化ストレスの除去が 初期胚に対する暑熱ストレスの緩解に有効であると考えられる アスタキサンチン

材料と方法 実験 2 アスタキサンチン (Ax) の調製 Ax 濃度を0, 2.5, 25 ppmとした培地を調製 Day1~3において使用 実験区 暑熱処理の有無 Ax 濃度の計 6 区で試験 Ax 添加 Day1 Day2 Day3 Day5 Day8 IVM 22h IVF 18-20h Heat stress 10h 40.5 C 分割率 5-8 細胞期胚発生率 統計学的解析各処理の効果を t- 検定 ( 実験 1) 分散分析 ( 実験 2) で解析 (P< 0.05) 実験 2 で有意差があった場合 Bonferroni 法を用いて各処理の効果を多重比較 胚盤胞発生率細胞数

結果 実験 1 Day3: 対照区 暑熱区での分割率 5-8cell 発生率 Treatment No. of oocytes No. of replicates Cleavage % (mean±sem) 5-8cell Control 128 6 66.1±7.8 48.8±5.3 Heat 128 6 58.9±4.5 17.7±2.0 denotes significant difference within the same column (P<0.05). Control Heat

結果 実験 1 Day8: 対照区 暑熱区での胚盤胞発生率 胚盤胞 / 分割率 Treatment No. of oocytes No. of replicates Blastocyst % (mean±sem) Blastocyst /Cleavage Control 128 6 20.9±3.3 32.0±4.4 Heat 128 6 2.2±1.0 3.7±1.7 denotes significant difference within the same column (P<0.05). Control Heat

結果 実験 1 胚盤胞の細胞数 Treatment No. of replicates No. of blastcysts No. of cells (mean±sem) Control 11 36 91.5±6.7 Heat 5 7 61.9±10.5 denotes significant difference(p<0.05). Control Heat

結果 2 胚盤胞期におけるアスタキサンチンの取り込み 対照 Ax 2.5 ppm

胚発生率 ( 培養 3 日目 ) 100 90 80 70 60 50 40 30 20 10 0 分割率 (%) 5-8 細胞期発生率 (%) a 50 45 a a 40 b b b 35 c 30 25 b 20 15 10 5 n=16 17 16 15 0 n=16 17 16 15

今後の課題家畜への Ax 給与 家畜への Ax 給与が受胎率 耐暑性におよぼす影響 Ax を含む水産資源 飼料への Ax 添加 夏季の受胎率の向上乳量などの生産性の向上未利用資源の有効利用飼料自給率の向上

葉酸 (Folic Acid) ビタミン B 9 水溶性 葉酸の効果 ブタ卵母細胞の体外成熟において 葉酸添加によって卵丘細胞のアポトーシスが減少し 胚盤胞発生率が上昇した (Kim et al. 2009) 暑熱ストレスを受けたウズラに葉酸を給与すると 増体低下が回復し 細胞に酸化ストレスを与える血中ホモシステインが減少した (Sahin et al.2003) 暑熱ストレス緩解が期待される

材料と方法 :1 胚盤胞発生率 細胞数 初期胚 ICR 系雌マウス BDF1 系雄マウス 過排卵処理 PMSG 注射 44~48 時間後 hcg 注射 18 時間後採卵 培地 KSOM 培地 培養条件 38 5%CO 2 暑熱条件 39.5 10 時間 2 回 暑熱区 39.5 10 h 38 14 h 39.5 10 h 非暑熱区 38 38 観察 Day1 Day2~Day5 採卵培養開始 葉酸濃度 1000 ng/ml hcg 注射後 114h(Day5) で観察 胚盤胞発生率の評価 PI ヘキストで染色し 総細胞数 内部細胞塊 (ICM) 栄養外胚葉 (TE) 細胞数の計測

結果 : 胚盤胞発生率 a a 胚盤胞発生率 (%) c b 培養回数 10 6 12 14 培養胚数 146 87 166 207 異なる記号間に有意差あり P<0.01 葉酸の添加によって胚盤胞発生率が上昇

結果 : 細胞数測定 a 総細胞数 a ICM 細胞数 b c a,b b c a a TE 細胞数 a 異なる記号間に有意差あり P<0.05 培養胚数 N-N N-FA H-N H-FA b b 27 21 23 22 葉酸の添加によって細胞数が増加 葉酸は暑熱ストレス緩解作用を持つ

結果 : 酸化ストレス測定 細胞内 ROS 測定 (DCFH-DA 輝度 ) c 脂質過酸化測定 (BODIPY 酸化型 / 還元型 ) a a,b b 培養回数 3 3 3 3 2 2 2 培養胚数 20 17 18 18 13 15 12 異なる記号間に有意差あり P<0.05 葉酸添加によって細胞内 ROS レベルが低下

考察 葉酸による酸化ストレス軽減作用 暑熱ストレス 暑熱ストレス 葉酸添加 細胞内 ROS 増加 酸化レベル上昇 = 酸化ストレス増加 発生阻害 ROS の除去 酸化レベル上昇の抑制 = 酸化ストレス軽減 発生阻害の改善 葉酸により ROS の直接的な消去 暑熱ストレス緩解効果の主たる作用