学位論文の内容の要旨 論文提出者氏名 小宮力 論文審査担当者 主査下門顕太郎副査内田信一吉田雅幸 論文題目 Ipragliflozin improves hepatic steatosis in obese mice and liver dysfunction in type 2 diabetic patients irrespective of body weight reduction ( 論文内容の要旨 ) < 要旨 > 2 型糖尿病は 肥満 インスリン抵抗性に関連して高頻度に非アルコール性脂肪性肝疾患 (NAFLD, non-alcoholic fatty liver disease) を合併するが 食事療法や運動療法による体重の減量以外に有効な治療が確立されていない Sodium-glucose cotransporter 2(SGLT2) 阻害薬は 腎臓の近位尿細管に発現する SGLT2 を阻害することで尿糖排泄を促進し インスリン作用とは独立した血糖降下及び体重減少作用を有する 今回 高脂肪食誘導肥満マウス及び遺伝性肥満マウス (ob/ob マウス ) に SGLT2 阻害薬イプラグリフロジンを投与し イプラグリフロジンの体重減少非依存的な脂肪肝改善効果を明らかにした 肥満マウスでは 尿糖排泄に対する代償性の過食により体重減少を認めなかったが 脂肪肝が改善した 機序として 肝臓における新規脂肪酸合成の低下と β 酸化の亢進が考えられ イプラグリフロジンによる高インスリン血症の改善と血漿グルカゴンの増加が寄与すると推察された イプラグリフロジン投与により精巣周囲脂肪重量は増加したが 脂肪組織の炎症及びインスリン抵抗性は軽減しており 高血糖と高インスリン血症の是正が脂肪蓄積能を改善させ 肝臓への異所性脂肪蓄積を抑制する可能性が考えられた また 2 型糖尿病患者にイプラグリフロジンを 24 週間投与し ヒトにおいても体重減少非依存的な肝機能改善効果を認めることを明らかにした NAFLD を合併する 2 型糖尿病に対して SGLT2 阻害薬の投与が有望な治療手段となることが示唆された < 緒言 > 2 型糖尿病患者の死因として 肝癌や肝硬変などの肝疾患が占める割合は高い 非アルコール性脂肪性肝疾患 (NAFLD, non-alcoholic fatty liver disease) は 肥満 インスリン抵抗性を背景に生じる脂肪肝で その一部では非アルコール性脂肪性肝炎 (NASH, non-alcoholic steatohepatitis) に進展し 肝硬変 肝細胞癌を発症する 2 型糖尿病に合併する肝疾患の多くを NAFLD が占めると考えられており 2 型糖尿病患者では NASH に進展しやすいとされているが 食事療法や運動療法による体重の減量以外に有効な治療が確立されていない Sodium-glucose cotransporter 2(SGLT2) は 腎臓の近位尿細管に発現し - 1 -
糸球体で濾過されたブドウ糖の約 90% を再吸収するトランスポータである SGLT2 阻害薬は 尿糖排泄を促進し インスリン作用とは独立した血糖降下及び体重減少作用を有する これまでに ストレプトゾトシンによりインスリン分泌能を低下させた糖尿病モデルマウスで SGLT2 阻害薬の脂肪肝改善効果が報告されているが その機序は十分に検討されておらず またインスリン抵抗性の病態における脂肪肝の改善効果は明らかにされていない 最近 2 型糖尿病患者に対する SGLT2 阻害薬の投与時に 尿糖排泄を代償する過食が生じ 体重減少作用が減弱することが報告されている 今回 インスリン抵抗性肥満マウスで SGLT2 阻害薬の脂肪肝改善効果を検討し その機序及び体重減少依存性を検討した また 2 型糖尿病患者において SGLT2 阻害薬の肝機能改善効果及びその体重減少依存性を検討した < 方法 > 8 週齢雄性 C57BL/6J マウスに 16 週間高脂肪食を給餌して肥満を誘導し 最後の 4 週間で SGLT2 阻害薬イプラグリフロジン 10mg/kg または vehicle を投与した 16 週間通常食を給餌し 最後の 4 週間で vehicle を投与したマウスを健常対照とした 体重 摂餌量 尿糖 血中代謝パラメータ 肝臓と精巣周囲脂肪の臓器重量 組織像及び遺伝子発現を検討し インスリン標的臓器のインスリン感受性を経門脈的インスリン投与後の Akt のリン酸化で評価した また 7 週齢雄性 C57BL/6J-ob/ob マウスに 4 週間イプラグリフロジン 10mg/kg または vehicle を投与し 高脂肪食誘導肥満マウスと同様の検討を行った さらに BMI 22kg/m 2 以上 HbA1c 6.5% 以上の成人 2 型糖尿病患者 55 名にイプラグリフロジン 50mg を投与し 24 週後の体重 空腹時血糖 HbA1c 肝機能の変化を検討した < 結果 > C57BL/6J マウスは 16 週間の高脂肪食により 肥満 インスリン抵抗性 高血糖 脂肪肝をきたした イプラグリフロジン投与により 尿糖が著明に増加し高血糖は改善したが 摂餌量が増加し体重減少を認めなかった しかし イプラグリフロジン投与群では vehicle 群に比して肝重量が低下しており 脂肪肝の改善と血清 ALT の改善傾向を認めた 精巣周囲脂肪重量は イプラグリフロジン投与群で vehicle 群に比して増加し 肝重量と逆相関した 遺伝性に肥満 インスリン抵抗性 高血糖 脂肪肝をきたす C57BL/6J-ob/ob マウスにおいても イプラグリフロジン投与により 摂餌量が増加し体重減少を認めなかったが 肝重量の低下と脂肪肝の改善を認め 精巣周囲脂肪重量の増加傾向を認めた 4 週間イプラグリフロジンを投与した高脂肪食誘導肥満マウスでは 血清インスリンが低下し 血漿グルカゴン 血清 3-ヒドロキシ酪酸が上昇した 肝臓の遺伝子発現では イプラグリフロジン投与により Srebp1c や Fasn などの新規脂肪酸合成酵素の遺伝子発現が低下した イプラグリフロジン投与群では vehicle 群に比して精巣周囲脂肪の脂肪細胞径が増大していたが F4/80 染色で crown-like structure の数が減少しており F4/80 Tnf などの炎症関連遺伝子の発現が低下し Adipoq の遺伝子発現は増加傾向を示した Vehicle 群では 肝臓 精巣周囲脂肪 骨格筋におけるインスリン抵抗性を認めたが イプラグリフロジン投与群では 肝臓と精巣周囲脂肪でインスリン抵抗性の改善を認め 骨格筋でも改善傾向を示 - 2 -
した イプラグリフロジンを投与した 2 型糖尿病患者 55 名のうち 48 名が 24 週後まで追跡可能だった 24 週間のイプラグリフロジン投与により 体重 75.4±2.1 73.0±2.1(kg) 空腹時血糖 151.3±6.1 125.5±3.8(mg/dl) HbA1c 7.7±0.2 7.3±0.1(%) と 体重の減少及び高血糖の改善を認めた また 血清 ALT 41.8±4.5 28.3±2.0 ( IU/l ) 血清 γ-gtp 48.2±5.9 39.3±5.1(IU/l) と肝機能が改善した 約 20% の患者で体重減少率は 1% に達しておらず 48 名を体重減少率の 3 分位を用いて 3 群に層別化すると 体重減少率最小 3 分位群では 24 週間での体重減少を認めなかった しかし 血清 ALT は全ての 3 分位群で低下しており 体重減少率と血清 ALT の変化には相関を認めなかった < 考察 > 本検討により 肥満マウスにおけるイプラグリフロジンの体重減少非依存的な脂肪肝改善効果が明らかとなった イプラグリフロジン投与により高脂肪食誘導肥満マウスの体重は変化しなかったが 高インスリン血症の改善と血漿グルカゴンの増加により 肝臓における新規脂肪酸合成の低下と β 酸化の亢進がもたらされ脂肪肝が改善する機序が推察された 高インスリン血症の改善は インスリン作用を介して血糖降下をもたらす他の糖尿病治療薬とは異なり 尿糖排泄により血糖降下をもたらす SGLT2 阻害薬に特徴的な作用と考えられた 一方 2 型糖尿病患者ではグルカゴン過剰分泌による高グルカゴン血症が高血糖の改善に抑制的に作用することが報告されており SGLT2 阻害薬による血漿グルカゴンの増加が長期的にどのような影響をもたらすかについてはさらなる検討が必要と考えられた 肥満の過程で生じる慢性炎症や線維化による脂肪組織の機能不全は 異所性脂肪蓄積としての脂肪肝の形成に重要な役割を果たすと考えられている 高脂肪食誘導肥満マウスでは 高脂肪食給餌 12 週以降 精巣周囲脂肪の脂肪細胞は細胞死し 炎症や線維化による脂肪細胞の肥大化制限 即ち脂肪蓄積能の制限が脂肪肝の形成を促進すると提唱されている 本検討で イプラグリフロジン投与を受けた高脂肪食誘導肥満マウスの精巣周囲脂肪では マクロファージが細胞死した脂肪細胞を取り囲む構造である crown-like structure の数が減少しており 炎症が軽減し 脂肪細胞径は増大していた 高血糖は脂肪組織炎症に促進的に作用することが既に報告されている また 脂肪細胞でインスリンシグナルを増加させた脂肪細胞特異的 phosphatase and tensin homologue (PTEN) 欠損マウスでは 高脂肪食給餌による脂肪重量の増加が野生型マウスに比して増加するものの 脂肪組織炎症は軽減し 脂肪肝が改善することが報告されている イプラグリフロジン投与による高血糖及び脂肪組織のインスリン抵抗性の改善が 脂肪組織の脂肪蓄積能を改善させ 肝臓への異所性脂肪蓄積を抑制した可能性が考えられた 本検討により 2 型糖尿病患者に対するイプラグリフロジン投与で 体重減少の乏しい患者においても肝機能の改善効果を認めることが明らかとなった NAFLD に対する有効な薬物治療が確立されていない現状において SGLT2 阻害薬は有望な治療選択肢と考えられた 本検討の問題点として イプラグリフロジン投与前後での脂肪肝の評価を画像検査等で行っておらず 今後の検討課題である - 3 -
< 結論 > イプラグリフロジンの体重減少非依存的な脂肪肝改善作用が示唆され NAFLD を合併する 2 型糖尿病において SGLT2 阻害薬の投与が有望な治療手段と考えられた - 4 -
論文審査の要旨および担当者 報告番号甲第 5058 号小宮力 論文審査担当者 主査下門顕太郎副査内田信一 吉田雅幸 ( 論文審査の要旨 ) 1. 論文内容本論文は 糖尿病治療薬 ipragliflozin の脂肪肝改善効果に関するものである 2. 論文審査 1) 研究目的の先駆性 独創性 Ipragliflozin は Na-glucose cotranspoter である SGLT-II を阻害することにより 尿糖排泄を増加させ血糖値を低下させる薬剤である 糖尿病に高率に合併する非アルコール性脂肪性肝疾患を改善する可能性が指摘されたため ヒトよび動物を用いてその効果と作用機序を検討し予想されなかった新しい知見を得た 2) 社会的意義本研究で得られた主な結果は以下のとおりである 1 糖尿病患者に本薬剤を投与したところ 糖尿病のコントロールは改善し 体重減少の有無にかかわらず肝機能異常が改善した 2 遺伝性肥満マウス (ob/ob mouse) および野生型マウスに高脂肪食を投与したうえで本薬剤を投与したところ 体重減少は見られなかったが 糖代謝が改善し 腹腔脂肪が増加する一方で肝臓内脂肪量は低下し 脂肪肝が改善した 腹腔脂肪の増加にもかかわらず脂肪組織炎症は軽減した 3) 研究方法 倫理観糖尿病患者を対象とした臨床研究から出発しマウスを用いた研究で基礎的な検討を行ったもので研究方法は合理的かつ包括的である 倫理的問題はない 4) 考察 今後の発展性申請者は本薬剤が糖尿病患者に合併する非アルコール性脂肪性肝疾患を改善する薬剤として臨床的に使用できる可能性があると結論している また研究を通じて 本薬剤が体重減少に無関係に脂肪肝を改善させる機序 脂肪肝という異所性脂肪蓄積を改善させる一方で脂肪細胞の正所性脂肪蓄積を促進する機序 本剤が食欲を更新させる機序 また食欲を更新させるにもかかわらず糖代謝や脂肪肝を改善する機序など将来の研究につながる多くの課題を見出しており 今後の発展が期待できる 3. その他特になし ( 1 )
4. 審査結果以上を踏まえ本論文は学位 ( 医学博士 ) の学位を申請するに十分な価値があると認められた ( 2 )