有機化合物の反応 ( 第 10 回 ) 創薬分子薬学講座薬化学部門 金光卓也
第 14 章 到達目標 l 共役ジエンの性質及びアルケンとの相違点について説明できる l 化学反応で用いられる 速度支配 熱力学支配 という用語の意味を説明できる l Diels-Alder 反応の特徴を具体例を用いて説明できる l 共役と有機化合物の色の関係について説明できる
14.1 共役化合物 共役 conjugation : 多重結合と単結合が交互に存在する部分構造 1,3- ブタジエンは共役ジエン 1,2- ブタジエン 1,4- ペンタジエン等は非共役ジエン H H H 2 H 1 H C 3 C C C H 1 C C C H C H H 1,3- ブタジエン共役ジエン H H H 1,2- ブタジエン非共役ジエン H H H H 1 H C C C 4 C C H H H 1,4- ペンタジエン非共役ジエン
自然界に存在する共役化合物 リコペン lycopene トマトに含まれる色素 ( 赤色 ) 二重結合 11 個が 共役 している プロゲステロン progesterone 黄体ホルモン alkene + ketone = enone ( エノン ) 共役エノンも共役化合物の一種
14.1 共役化合物の安定性 アルケンの安定性は 接触還元 ( 触媒を用いた水素化反応 ) の際の発熱量 ( 水素化熱 ) によって分かる 発熱量が多い方が不安定である ( 教科書 p221) 予測値実測値差 予測値実測値差 1,3- ブタジエン ( 共役ジエン ) の方が 17 kj/mol 安定である
共役化合物が安定な理由 1,3- ブタジエンブタン 1,3- ブタジエン中の単結合は一般の単結合より短い = 強い結合 sp 3 混成軌道の重なりによる結合 sp 2 混成軌道の重なりによる結合 共役系中の単結合は部分的に二重結合性を有している 二重結合の π 電子が C2-C3 の間を通って行き来できる
電荷の分布を見ると 単結合は部分的な二重結合性を示している 1,4- ペンタジエンの単結合 左の方が電子密度が高いことが分かる ( 青 赤 )
14.2 共役ジエンへの付加反応 アルケンに対する付加反応はどのように進行していたか?( 復習 ) 1) アルケンに対するHClの付加は 安定なカルボカチオンを経由して進行する 第三級カルボカチオン 2- メチルプロペン 2) 非共役二重結合では それぞれの二重結合にマルコウニコフ型付加を起こす 1,4- ペンタジエン ( 非共役 ) 2,4- ジクロロペンタン
共役二重結合ではどうなるか 2 1 3- ブロモ -1- ブテン収率 71% 1,2- 付加体 3 1 4 2 4 3 2 1 1- ブロモ -2- ブテン収率 29% 1,4- 付加体 2 つの生成物の混合物を与える (1,2- 付加体と 1,4- 付加体 ) 1,4- 付加体では 二重結合が C2-C3 結合のところに移動している
共役ジエンに対する Br 2 の付加 2 1 4 3 2 1 3,4- ジブロモ -1- ブテン 1,4- ジブロモ -2- ブテン Br 2 の場合にも 1,2- 付加体と 1,4- 付加体の混合物が得られる 1,2- 付加体 1,4- 付加体という言葉と化合物名称は対応しない 1,2- 付加体 : 隣り合った炭素に 2 つの基が付加 1,4- 付加体 : 炭素 2 個を間に挟んだ炭素に 2 つの基が付加 ( 一方を 1 位とすれば 4 の位置 )
なぜ混合物が生成するのか 最初に生成するカルボカチオンの共鳴安定化が原因 1 第二級アリル型カルボカチオン 1,3- ブタジエン 2 第一級カルボカチオン ( 生成しない ) 最初の H + の付加が末端炭素 C1 に起こると より安定な第二級アリル型カルボカチオンを生成する
反応機構 (2 段階目 ) 1 1 4 2 4 3 3 2 δ+ δ+ 正電荷 ( 青色 ) が 2 位と 4 位に分散している 1,4- 付加体 29% 1,2- 付加体 71% Br - は 2 位または 4 位に反応する
問題 1 1 当量の HCl と 2- メチル -1,3- シクロヘキサジエンとの反応で得られる可能性のある生成物 1,2- 付加体と 1,4- 付加体の構造式を書きなさい
解答 1 第三級カルボカチオン 1,2- 付加体 1,4- 付加体 H+ が 2,3,4 位のいずれかに付加すると第二級のカルボカチオンが生成する 1 位に付加すると第三級カルボカチオンができるため これが最も有利な反応経路と考えられる
14.3 反応における速度支配と熱力学支配 1,2- 付加体 1,4- 付加体 生成物の比率が温度によって変化する高温で反応させると 1,4- 付加体の生成量が増える
1,2- 付加 vs. 1,4- 付加 1,2- 付加体に向かう遷移状態の方がエネルギーが低い 1,4- 付加体の方が生成物としては安定 1,2- 付加体 1,4- 付加体 反応の進行 1,2- 付加体はより速く生成するので速度支配 1,4- 付加体はより安定なので熱力学支配の生成物と呼ばれる
速度支配と熱力学支配 1,2- 付加体は速度支配 kinetic control = 速く生成する 1,4- 付加体は熱力学支配 thermodynamic control = 安定な生成物 速度支配 Kinetic Control 反応を低温で行う場合 1,4- 付加体と 1,2- 付加体は不可逆的に生成する ( 互いに異性化しない ) このような場合には 生成物の相対量は反応速度に依存して決まる 熱力学支配 Thermodynamic Control 反応系に充分な熱エネルギーが与えられ 1,4- 付加体と 1,2- 付加体が互いに異性化しうる条件では 生成物の相対量はそれらの安定性で決まる
1,2- 付加体と 1,4- 付加体は平衡関係 1,2- 付加体 1,4- 付加体のいずれに対しても 40 に加熱すると 1,2- 付加体 :1,4- 付加体 =15:85 の混合物が生成する 何れからスタートしても 40 でアリル型カルボカチオンを生成
14.4 Diels-Alder 付加環化反応 共役ジエンはアルケンと反応して六員環化合物を与える 途中に中間体を経由しない (2 つの結合が同時に生成する ) Otto Diels と Kurt Alder によって 1930 年代に発見された 1,3- ブタジエン 3- ブテン -2- オン 3- シクロへキセニルメチルケトン (96%) C-C 単結合が同時に 2 本生成 有用性が高い ( ノーベル賞 )
Diels-Alder 反応はどのように進行しているか ジエンの 2 つの二重結合とアルケンの 1 つの二重結合 3 つが同時に相互作用して環状の遷移状態を通る 環状遷移状態 3 つの二重結合 π 電子対が同時に環状に移動 π 結合 3 つが 2 つの σ 結合と 1 つの π 結合に変化する (π 結合より σ 結合の方が安定 )
Diels-Alder 反応に用いられるジエノフィル ジエノフィル Dienophile Diene ジエン を phile 好む アルケン phile 好む は他でも使用されている nucleophile 求核試薬核 nucleus を好む エテン反応性低い プロペナール ( アクロレイン ) プロペン酸エチル ( アクリル酸エチル ) 無水マレイン酸 ベンゾキノン アクリロニトリル プロピン酸メチル
Diels-Alder 反応は立体特異的に進む 1,3- ブタジエン (Z)-2- ブテン酸メチル シス付加体生成物 1,3- ブタジエン (E)-2- ブテン酸メチル トランス付加体生成物 cis(z) ーアルケンを用いるとシス置換シクロヘキサンが得られる trans(e) ーアルケンからはトランス置換シクロヘキサンが得られる
Diels-Alder 反応の立体化学 2 ジエンとジエノフィルがエキソ (exo) 体ではなく エンド (endo) 体を与えるように配列する 1 炭素架橋 エキソ置換基 ( 大きい架橋にアンチ ) 2 炭素架橋 エンド置換基 ( 大きい架橋にシン ) エンド置換基の方が立体的には混み合っているにも関わらず エンド付加体が優先的に生成する
エンド付加体の書き方 1 基本となる Diels-Alder 反応 1,3- ブタジエンマレイン酸ジメチル 二環性化合物 シクロペンタジエン 4 つのキラル中心 * の相対関係によりエンド体とエキソ体が存在する ジエンが環状化合物のときにエンド体とエキソ体が存在する
エンド付加体の書き方 2 エンド付加体 (endo) エキソ付加体 (exo) 一般的に, エンド付加体が優先して生成する 理由ジエンとジエノフィルの π 結合を形成している p 軌道が できるだけ多く重なる方が有利 結合ができる部分の p 軌道 ( 赤点腺 ) 以外に 結合に関与しない p 軌道 ( 青点線 ) の相互作用がある
ジエンとジエノフィルが共に環状の場合 シクロペンタジエン 無水マレイン酸 エンド付加体 エキソ付加体 エンド付加体のみが生成 エキソ付加体全く得られない
第 97 回薬剤師国家試験問 107 97 問 107 2 つの 5 員環化合物 (A B) から図に示す反応を以下の操作手順で行った この反応に関する記述のうち 正しいものはどれか 2 つ選べ 実験操作 100 ml の丸底フラスコに B(60 mmol) を入れ 無水ベンゼン (50 ml) に溶かす これを約 5 に冷却し A(66 mmol) の無水ベンゼン (5 ml) 溶液を 5 分間で滴下する 室温で 10 分間撹拌後 さらに 10 分間加熱還流させると 化合物 C と D の生成を確認した 放冷後 石油エーテル ( 約 30 ml) をゆっくりと加え 冷却すると 生成物 C が析出した 1 この反応はディールス アルダー反応とよばれる 2 この反応はエンド則に従い 主に C を生じる 3 A からヒドリドがとれて生じる化合物は芳香族性を示す 4 B の名称は無水フタル酸である 5 C を単離するには ひだつきろ紙を用いて吸引ろ過するのが最も適している + (A) (B) (C) (D)
第 97 回薬剤師国家試験問 107 の解答 1 と 2 1 この反応はディールス アルダー反応とよばれる 2 この反応はエンド則に従い 主に C を生じる 3 A からヒドリドがとれて生じる化合物は芳香族性を示す ペンタジエニルカチオンには芳香族性はない ( 中 518 ページ ) 4 B の名称は無水フタル酸である 無水マレイン酸 5 C を単離するには ひだつきろ紙を用いて吸引ろ過するのが最も適している ひだつきろ紙は 固体が必要ないときに用いる + (A) (B) (C) (D)
共役ジエンの構造 Diels-Alder 反応が進むためには ジエンは s- シス配座をとる必要がある s- シス配座 : 単結合に関して シス の立体配座 単結合の回転による相互変換 s- シス立体配座 s- トランス立体配座 s- シス立体配座をとっているときだけ Diels-Alder 反応を起こすことが可能
s- シス配座が必要な理由 s- シス配座 s- トランス配座 ジエンの両末端とアルケンの両末端が接近できる 軌道が重なって化学結合生成 ジエンの両末端がアルケンの両末端に届かない 軌道が重なり合わず 結合しない
s- シス配座を取れず Diels-Alder 反 応しないジエン (2Z,4Z)-2,4- ヘキサジエン 共役ジエンだが 環によって s- トランスに固定されている s- シス型をとるとメチル基がぶつかる s- トランス型をとると安定だが 反応は起こらない
問題 2 次の Diels-Alder 反応の生成物を書きなさい 2- メチル - 1,3- ブタジエン p- ベンゾキノン
解答 2 最初に 2- メチル -1,3- ブタジエンを s- シス配座に書き直す 反時計回りに 60 回転 2 つの水素はシス配置 単結合が二重結合に変化
Diels-Alder 反応は分子内でも起こる ジエノフィル Diels-Alder ジエン 1 つの分子内に共役ジエンとジエノフィルが存在する ロバスタチン脂質異常症治療薬として始めて販売された医薬品
14.4 共役系と色の関係 有色の分子は, 可視領域に属する光 ( 波長 λ がおよそ 400nm~800nm) を吸収する性質を持つ 人間の目にはその補色 ( 余色 ) に当たる色が見える その要件を満たす分子構造上の例の一つが 長い共役二重結合系を有することで さらに分子全体が平面構造を持つと比較的エネルギーの低い可視光を吸収しやすくなる
ポリエン (polyene)h-(ch=ch) n -H の吸収波長と色 n 化合物名吸収波長 色 λ max 2 1,3- ブタジエン 217 nm 無 4 1,3,5,7- オクタテトラエン 304 nm 無 6 1,3,5,7,9,11- ドデカヘキサエン 364 nm 黄 8 1,3,5,7,9,11,13,15- ヘキサデカオクタエン 410 nm 橙 単純なアルケンでも二重結合が 6 個共役すると色が見え始める
色素の例 酸化によって二重結合ができ 共役系がつながって色が出る
化学反応によって色が出る例 2,4- ジニトロフェニルヒドラジン試験 O CH 3 + H 2 N H N NO 2 N O 2 N H N NO 2 アセトフェノン ( 無色 ) O 2 N 2,4-DNP( 黄色 ) CH 3 濃い橙色 一見すると共役系が長くないように見えるが ニトロ基の電子求引性により共役系がつながる NH の非共有電子対がニトロ基に流れ込むと長い共役系ができる 強い発色
講義のまとめ 1 1 年で学んだ有機化学を復習する 鏡像異性体 ジアステレオマー ラセミ体 メソ化合物基本的な化合物名 化学構造 ( 講義中の化合物 および構造式手帳 98 110 ページ ) 2 アルケンに対する付加反応は 試薬によって立体化学が変化する 以下の項目について説明できる マルコウニコフ型付加トランス付加シス付加非マルコウニコフ型付加 3 末端アルキンの H の酸性を利用して C ー C 単結合を作り出す方法を説明できる 4 ハロゲン化アルキルの S N 2 反応 E2 反応の反応機構と立体化学を説明できる 5 S N 1 vs. S N 2 を制御する因子を説明できる 6 Diels-Alder 反応の生成物の構造を示せる
講義のまとめ 2 1 講義のプリントをよく理解し 記載されている問題は解けるようにする ( 反応式で正しい生成物が書けるようにする ) 2 演習で取り扱った問題も試験範囲とする 3 これ以外に追加の問題演習と その解答を Web に提示する 4 講義のパワーポイント (pdf) を Web に公開しています 薬化学のプライベート Home page http://www10.showa-u.ac.jp/~obchem/index.html
次回 (4 月 27 日 ( 金 )1 限目 ) の予定 1 演習 5の解説 2 小テスト ( 演習 6) テスト範囲は定期テストと同じ 3 小テストの解説