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全国の特別支援学校における武道必修化に伴う授業展開の現状と課題 聴覚障害者に対する教授法に着目して 43 平成 18 年に 教育基本法 が改正され, 伝統と文化を尊重し, それらをはぐくんできた我が国と郷土を愛するとともに, 他国を尊重し, 国際社会の平和と発展に寄与する態度を養うこと. と定められたことを受けて, 文部科学省は, 平成 20 年 3 月 28 日に中学校学習指導要領の改訂を告示した. 新学習指導要領の中学校保健体育において, 第 1 学年及び第 2 学年で 武道 を含むすべての領域を必修化とし ( 文部科学省, 2010), 平成 24 年 4 月から全国の公立中学校で完全実施された. 武道はわが国固有の文化であり, 相手の動きに応じて基本動作や基本となる技を身につけ, 相手を攻撃したり相手の技を防御したりすることによって, 勝敗を競いあう楽しさや喜びを味わうことのできる種目である. また, 武道を学ぶことによって礼に代表される伝統的な考え方などを理解することが期待され, 相手の動きに応じる中で, 相手を尊重する態度もはぐくまれる. このような日本固有の伝統文化や礼儀作法, 相手を尊重する態度を身につけさせることが, 武道必修化の意義と目的である. 文部科学省が, 平成 26 年度に全国 940 校の公立中学校を対象として行った調査によると ( 文部科学省, 2015), 武道の中で最も実施率の高い種目が 柔道 で 64.4%, 次いで 剣道 が 35.7%, 相撲 が 4.3% であった ( 複数回答可 ). 少数ではあるが, 空手道 や なぎなた, 少林寺拳法, 合気道 を実施している学校もあった. 種目を選択した理由については, 既に実施しているため, 指導教員を確保できる, 地域で伝統的に愛好 などで, 特に 柔道 を選択している学校は, 準備などが比較的簡単 を理由に挙げる学校が多く見受けられた. 中学校と高校における柔道の活動 ( 部活動 保健体育科 ) で, 過去 30 年間 (1983 ~ 2012 年度 ) に 118 人の子どもが命を落としていることが報告されている ( 内田,2013). そして, 過去 10 年間 (2003 ~ 2012 年度 ) における中学校主要部活動の死亡率では, 柔道が突出して高いことが明らかになっている. 柔道における死亡事故の直接的要因は, 投げ技による 急性硬膜下血腫 などの頭部外傷である ( 野地,2011). したがって, 柔道における重大事故発生の予防対策としては, 脳震盪を含む頭部外傷対策が重要なポイントである. 聞こえの不自由な人を 聴覚障害者 注 1) と言うが, 聴覚障害の原因や種類, 聞こえの程度は人によって様々である. 聴覚障害は大きく分けると, 1. 音を伝える器官の障害による伝音性難聴, 2. 内耳または聴覚神経に障害がある難聴で医学的な治療が困難であ る感音性難聴, 3. 伝音性難聴と感音性難聴の両方を持つ混合性難聴 の 3 つである. 1 の 伝音性難聴 は, 音を聞くための神経には異常がないため補聴器で音を大きくすることにより聞こえるようになる. したがって, 発音の習得が可能であり, 音声言語によるコミュニケーションを行うことができる.2 の 感音性難聴 は聴覚神経に異常があるため, 音を大きくしても上手く聞こえず, 音が歪んだり, 響いたりし, 言葉の明瞭度が悪い. したがって, 発音の習得が困難である. この種類の聴覚障害者のほとんどが, 手話によるコミュニケーションを行っている. また, 補聴器ではなく 人工内耳 を使用している障害者もいる. 人工内耳とは, 手術によって電極を内耳の蝸牛に埋め込み, スピーチプロセッサーという機器で音を電気信号に変換し, 埋め込んだ電極に送る仕組みである. それが聴神経に伝わり, 脳で音を解読するのである. 人工内耳は電極を埋め込んでいるため, 頭部への衝撃は厳禁である. 全国の聾学校, 聴覚支援学校, 特別支援学校 ( 難聴学級 ) では, 特別支援教育 を行っている. これは, 障害のある幼児, 児童, 生徒の自立や社会参加に向けた主体的な取組を支援するという視点に立ち, 幼児, 児童, 生徒一人一人の教育的ニーズを把握し, その持てる力を高め, 生活や学習上の困難を改善または克服するため, 適切な指導及び必要な支援を行うもの である. 平成 19 年 4 月から 特別支援教育 が学校教育法に位置づけられ, すべての学校において, 障害のある幼児 児童 生徒の支援をさらに充実していくこととなった. そこで, 本研究では 特別支援教育 を行っている全国の聾学校, 聴覚支援学校, 特別支援学校 ( 難聴学級 ) を対象として, 文部科学省の武道必修化に伴う武道の実施状況について質問紙調査を行い, 必修化の現状や種目選択の実態について明らかにすることを目的とした. また, 公立中学校では武道必修化による事故が懸念されている中で, 全国の聾学校, 聴覚支援学校, 特別支援学校 ( 難聴学級 ) では様々な種類の聴覚障害生徒に対して, どのような教授 ( 指導 ) 方法の工夫や配慮を施し, 課題を抱えているのかについても調査 検討を行った. 1 全国の聾学校, 聴覚支援学校, 特別支援学校 ( 難聴 注 1) 本研究では, 医学的用語及び法的用語として 障害者 を用いる.

44 Doshisha Journal of Health & Sports Science 学級 ) の計 91 校を対象に, 武道の実施状況や選択種目, 教授方法などに関する質問紙調査を郵送法にて行った. 全 91 校のうち 61 校より回収できた ( 回収率 67%). 調査時期は平成 24 年 10 月 ~ 11 月であった. 8.2% 6.6% 1.6% 2 1 中等部に聴覚障害をもつ生徒及び他の障害と重複している生徒の在籍数 2 武道の実施状況 (1. 実施している 2. 実施していない 3. 検討中 ) 3 2の武道実施状況で 1. 実施している と回答した場合の種目 (1. 柔道 2. 剣道 3. 相撲 4. その他 ) 43で回答した種目の選択理由 5 2の武道実施状況で 2. 実施していない 及び 3. 検討中 と回答した理由 6 学習指導要領に基づいて授業を行う際の最も重視するポイント (1. 基本動作 2. 安全性 3. 技ができる楽しさや喜び 4. 礼法 5. その他 ) 7 聴覚障害者に対する授業において配慮するポイント 83で剣道を選択した場合に面を装着するか否か 9 3で剣道を選択しなかった場合の理由 (1. 防具などの設備面 2. 指導者の確保 3. 危険性 4. その他 ) 聾学校, 聴覚支援学校, 特別支援学校 ( 難聴学級 ) の 61 校中 ( 無回答の 2 校を除く ), 聴覚障害の生徒は 823 人, 他の障害と併発している聴覚障害の生徒は 162 人在校していた. 1 回答した 61 校のうち, 武道を 実施している のは 51 校 (83.6%) で, 実施していない は 5 校 (8.2%), 検討中 が 4 校 (6.6%) であった ( 図 1). 実施していない と回答した学校の内, 施設 設備が整っていない といった理由を挙げたのが 3 校あり, その他に, 以前に柔道を実施したが人工内耳への影響や補聴器を付けての実施は危険性が高いという理由でその後は実施していない といった理由も挙げられていた. 2 回答した 61 校中, 剣道 を実施している学校が 28 校 (45.9%) で最も多く, 次いで 柔道 が 12 校 (19.7%), 相撲 が 5 校 (8.2%), その他が 7 校 (11.5%) であった ( 図 2). その他には, スポーツチャンバラ 83.6% 実施している実施していない検討中無回答 1 11.5% 14.7% 45.9% 8.2% 19.7% 剣道柔道相撲無回答その他 2 や 空手道 が挙げられていた. 剣道を実施している理由としては,28 校中 15 校が 人工内耳装着の生徒を懸念し, 武道の中では頭部の衝撃を最も少なくすることが出来るので を挙げていた. また, 武道の中では比較的コンタクトプレーが少なく, 日本剣道形 がある ことも剣道が多く実施されている理由であった. また, 空手道を実施している学校でも 空手には 形 があるので 形 のみで授業展開ができる という理由を挙げていた. 柔道は, 準備が比較的容易である などの設備 経済面での理由や 受け身など護身術を身につけさせる などが理由に挙げられていた. その他のスポーツチャンバラは, 剣道に準ずる教材ということで剣道に沿ったルールで行うが, 竹刀よりも比較的衝撃が少ないチャンバラを活用して授業を行える という理由や 準備が比較的容易である といった理由が挙げられた. 3 回答した 61 校中, 安全性 を最も重視していると回答したのが 22 校 (36.1%) で最も多く, 次いで 礼法 が 17 校 (27.9%), 基本動作 が 15 校 (24.6%), 技ができる楽しさ 喜び が 3 校 (4.9%) の順であった ( 図 3). 安全性 と答えた 22 校中 16 校が, 頭部の皮下

全国の特別支援学校における武道必修化に伴う授業展開の現状と課題 聴覚障害者に対する教授法に着目して 45 6.5% 4.9% 36.1% 24.6% 27.9% 安全性礼法基本動作楽しさ 喜び無回答 3 に埋め込まれた人工内耳への衝撃が起きないように, 柔道では投げ技は行わず, 受け身中心の授業を展開している, 剣道では人工内耳を装着している生徒には頭部への打突を行わず, 面打ちを避けて小手や胴のみで基本を行う. また, 自由 ( 互角 ) 稽古や試合は行わない など, 人工内耳を装着している生徒に対しての安全対策が最も配慮するポイントであると回答していた. 次に多かったのは, 言葉や手話では伝えにくいため, 視覚で伝えられるような教材を使用する など, 視覚面からのアプローチであった. 今後の課題として, 障害による指導内容の制限が多い中, 礼法や形, 素振りなどをさせるだけで生徒の関心 興味をどこまで引き出せるのか, 技能を習得させる際の指示 伝え方をどのように工夫するか, 安全性を配慮するあまり武道本来の楽しさや特長を十分に体得させられていないのではないか などが挙げられていた. 剣道 を実施している学校で防具の 面 を使用している学校は,28 校中 12 校で, 使用していない学校は 16 校であった. 面を使用しない理由としては, 安全性を考慮した結果であり, 特に頭部への衝撃を懸念し, 防具を使用しないでできる範囲での授業展開を考えている といった理由がほとんどであった. さらに, 経済的な面で防具が十分に準備できない といった理由も挙げられていた. 剣道 を実施しなかった理由としては, 防具などの準備 ( 経済面 ) が大変, 指導者がいない がほとんどであった. 特別支援教育 を行っている全国の聾学校, 聴覚支援学校, 特別支援学校 ( 難聴学級 ) を対象に, 武道必修化に伴う武道の授業実施状況に関する質問紙調査を行った結果, 実施している学校は全体の 83.6% であった. 実施種目においては, 全国の一般公立中学校の実状 ( 文部科学省,2015) とは異なり, 剣道 が 45.9% と最も多く, 次いで 柔道 が 19.7% であった. 聴覚障害を持つ生徒に対しては, 特に人工内耳や補聴器への配慮から 頭部への衝撃を抑える ことが, 種目の選択や授業内容の構成に大きな影響力を持っていることが明らかになった. 例えば, 柔道では投げ技は行わず受け身中心の授業が展開され, 剣道では面打ちを避けて小手や胴のみで基本を行い, 自由 ( 互角 ) 稽古 試合は実施しないなどの配慮がなされていた. 武道の必修化に伴い, 現場では種目の選択や授業展開において, 武道の危険性 ( 事故や傷害の発生 ) について関心が高まってきている. 内田 (2010) は, 過去 27 年間に日本スポーツ振興センターに寄せられた全国の中学校 高等学校の授業及び課外授業中に生じた死亡事故を調べた際に, 柔道による死亡事故症例が 108 例と多い事を報告した. そのデータをより詳細に調査した結果 ( 重森ほか,2012; 内田,2010), 死亡事故発生時の学年は, 中学校 高等学校の 1 年生に多く, 主な死亡原因として脳外傷が 70 症例 (64.8%) と最も高かった. さらに, その主な病態は, 他のスポーツと同様に急性硬膜下血腫が 47 症例 (65.1%) と多いことが明らかになった (Shigemori et.al., 2011; 重森ほか,2013). また過去 5 年間の調査でも 脳外傷による死亡は 17 症例と減少していないことが明らかとなった ( 重森ほか, 2012). 過去 27 年間の学生柔道における脳外傷 70 症例の内, 確認できた死亡直前の技は大外刈りが 15 症例と多く, 次いで背負い投げと体落としがそれぞれ 6 症例であった (Shigemori et.al., 2011; 重森ほか,2013). また過去 5 年間の死亡例は 17 症例, 重症後遺症例は 16 症例であり, 共に乱取り中に大外刈りにより投げられた症例が多かった ( 重森ほか,2012). これらの結果から, 初心者が大外刈りにより投げられ頭部への直接損傷をきたしたと推測される症例や, 背負い投げ, 体落としにより投げられ, 回転加速度損傷を機序として急性硬膜下血腫が生じたと推測された (Shigemori et.al., 2011; 重森ほか,2012; 重森ほか,2013). ところで, 柔道における死亡事故は, 授業 ( 保健体育科 ) 中ではほとんど起きていない ( 中高 118 件の死亡事故の内, 授業は 16 件のみ ). しかし, その事実をもって柔道事故問題全体を片付けてはならないであろう. 武道必修化によって授業で柔道を味わった生徒が柔道の部活動に関心をもつことが期待されるからである. 健常者から障害者まで, 学校教育現場の全体を通じて, 柔道の重大事故防止にはしっかりと目を向ける必要がある. また, 柔道だけでなく, 東野ほか (1995) が高等学

46 Doshisha Journal of Health & Sports Science 校の剣道部員に対して行った聴力検査から, 約 30% に聴覚障害が認められ, 若年者にも無視できない頻度で聴覚障害が生じていることを報告した. この調査で注目すべきは,4000Hz dip 型のみでなく,2000Hz の dip 型をはじめ 2000-4000Hz 障害型,2000-8000Hz 障害型など高率に 2000Hz の聴力閾値上昇を伴うことが明らかとなったことである. その後も耳鼻咽喉医による剣道に起因した難聴の報告が相次ぎ ( 加藤ほか,1999; 藤本ほか,2003; 高橋ほか,2006), 耳鼻咽喉科専門医だけでなく, 剣道家や剣道指導者の間にも剣道による聴覚障害の認識が広がりつつあるのが現況である. 以上のように, 柔道も剣道も脳外傷や聴覚障害を起こすリスクがあることから, 元々, 聴覚障害を持っている生徒に対する武道の授業では, 細心の注意が必要である. しかし, 本来, 柔道にしても剣道にしても, 生徒は投げ技や面などの大技の醍醐味を味わうところに楽しさや面白さを感じ, 自由稽古や試合を通じて武道への興味 関心を高め, 礼儀作法や相手への尊敬の念が養われる. したがって, 礼法作法や形, 素振りなどをさせるだけで生徒の興味 関心をどこまで引き出せるのか, 基本から応じ技, 試合へいかに発展させていくか, 安全性を最大限に配慮しながらも, 生徒に武道の楽しさや厳しさなどをどこまで伝えられるか など, 聴覚障害を持つ生徒への教授方法は, 一般生徒への授業展開以上に創意 工夫が求められ, 早急に効果的な授業モデルの開発が求められるであろう. この際に, 重要なポイントの一つが, 外部指導者との連携である. 武道専門の外部指導者などと連携して授業を行うことにより, 専門家ならではの経験や指導力から充実した指導プログラムを立案でき, 大きな成果を上げることが期待できる. 課題としては, 外部指導者の選考 や 時間の調整や確保 などであるが, 外部指導者が指導する際に, 教師が手話通訳をすることで視覚的な理解が可能になり, きめ細やかな授業を展開できるようになるであろう. 学校支援ボランティアや地域の剣道場等に協力を得ることも一つの方策である. 本研究では, 特別支援教育 を行っている全国の聾学校, 聴覚支援学校, 特別支援学校 ( 難聴学級 ) を対象として, 武道の実施状況や指導方法の工夫 留意点, 課題などについて質問紙調査を行った. 郵送法にて回収できた 61 校 ( 回収率 67%) においては, 武道を 実施している と回答したのは 83.6% であった. 実施種目については, 剣道 が 45.9% で 一番多く, 次いで 柔道 19.7%, 相撲 8.2% であった. 剣道 が多く採用されていた理由は, コンタクトプレーが比較的少ないため頭部への衝撃が少ないことと, 日本剣道形 があることなどであった. 聴覚障害者を対象とする場合には, 頭部への 衝撃度合い が種目選択の重要なポイントであり, 一般の公立中学校とは選択状況が異なることが明らかとなった. 授業を行う際の配慮については, 柔道 では投げ技は行わず, 受け身中心の授業が展開されており, 剣道 では人工内耳を使用している生徒には頭部への打突を行わず, 面打ちを避けて小手や胴のみで基本を行い, 自由稽古 試合は実施しないなどの工夫がなされていた. 指導を行う際に一番重視している点は, 安全性 (36.1%) で, 次いで 礼法 (27.9%), 基本動作 (24.6%), 技ができる楽しさ 喜び (4.9%) の順であった. 今後の課題として, 障害による指導内容の制限が多い中, 礼法や形, 素振りなどをさせるだけで生徒の関心 興味をどこまで引き出せるのか, 技能を習得させる際の指示 伝え方をどのように工夫するか, 安全性を配慮するあまり武道本来の楽しさや特長を十分に体得させられていないのではないか などが挙げられていた. 藤本由紀子, 芳川洋, 西嶋隆 : 剣道経験者における標準純音聴力検査結果と耳音響放射との関係.Audiology Japan, 46,57-65,2003. 加藤栄司, 東野哲也, 柊山幹子 : 剣道による急性感音難聴 症例報告と試験的面打ちによる TTS の検討.Audiology Japan,42,243-248,1999. 文部科学省 : 新しい学数指導要領の基づく剣道指導に向けて. 学校体育実技指導資料第 1 集 剣道指導の手引 参考資料, 2010. 文部科学省 : 平成 27 年度版スポーツ関係データ集 (2), 23,2015. 野地雅人 : 柔道による脳損傷の現状 最近 27 年間で 110 名以上の柔道死亡事故. 神経外傷 34(1):70-79,2011, 指導の手引 参考資料,2010. Shigemori,Y., Uchida, R., Matumoto, J.: Severe head injuries among Judo players in Japan: 27 years in junior and senior high school. Science Med, 5, 552-534, 2011. 重森裕, 内田良, 榎本年孝 : 学生柔道における重症頭頚部外傷の特徴と予防対策の検討. 神経外傷,35,1006-1011, 2012. 重森裕, 内田良, 小林広昌 : 学生柔道による重症頭部外傷の特徴と予防対策.Neurosurg Emerg, 18, 191-196,2013. 高橋美香, 宇高二良, 武田憲昭 : 剣道によると思われた難聴の臨床的検討と発症機序に関する考察.Otol Jap, 16, 178-

全国の特別支援学校における武道必修化に伴う授業展開の現状と課題 聴覚障害者に対する教授法に着目して 47 182, 2006. 東野哲也, 加藤栄司, 森満保 : 剣道による聴覚障害 某高等学校剣道部員の聴力検査成績.Audiology Japan,38, 33-37,1995. 内田良 : 柔道事故 武道の必修化は何をもたらすのか ( 学校安全の死角 (4)). 愛知教育大学研究発表 59( 教育科学編 ), 131-141,2010. 内田良 : 柔道事故. 河出書房新社,2013.