現在 乳房炎治療においては 図 3に示す多くの系統の抗菌剤が使用されている 治療では最も適正と思われる薬剤を選択して処方しても 菌種によっては耐性を示したり 一度治癒してもすぐに再発することがある 特に環境性連鎖球菌や黄色ブドウ球菌の場合はその傾向があり 完治しない場合は盲乳処置や牛を廃用にせざるを

Similar documents
地域における継続した総合的酪農支援 中島博美 小松浩 太田俊明 ( 伊那家畜保健衛生所 ) はじめに管内は 大きく諏訪地域と上伊那地域に分けられる 畜産は 両地域とも乳用牛のウエイトが最も大きく県下有数の酪農地帯である ( 表 1) 近年の酪農経営は 急激な円安や安全 安心ニーズの高まりや猛暑などの

検査の重要性 分娩前後は 乳房炎リスクが高まる時期 乾乳軟膏の効果が低下する分娩前後は 乳房炎感染のリスクが高まる時期です この時期をどう乗り越えるかが 乳房炎になるかどうか重要なポイントです 乾乳期に分娩前乳房炎検査を実施して 乳房炎の有無を確認 治療を行い泌乳期に備えます 分娩前後いかに乗り切る


<4D F736F F D AAE90AC94C B835794D48D8682C882B5816A915395B68CB48D652E646F63>

Taro-H26-01○【差替】 (佐藤)

システムの構築過程は図 1 に示すとおりで 衛生管理方針及び目標を決定後 HAC CP システムの構築から着手し その後マネジメントシステムに関わる内容を整備した 1 HACCP システムの構築本農場の衛生管理方針は 農場 HACC P の推進により 高い安全性と信頼を構築し 従業員と一体となって

参考1中酪(H23.11)

Taro-H24.10.jtd

られる 3) 北海道での事例報告から 100 頭を超える搾乳規模での発生が多かった (33 例 82.5%) 冬から春にかけての発生がやや多い傾向 2006 年は 9 例 2007 年は 6 例が発生 全道的にも増加していると推察された 発生規模は 5~20% と一定で 搾乳規模に相関しなかった 発

2012 年 2 月 29 日放送 CLSI ブレイクポイント改訂の方向性 東邦大学微生物 感染症学講師石井良和はじめに薬剤感受性試験成績を基に誰でも適切な抗菌薬を選択できるように考案されたのがブレイクポイントです 様々な国の機関がブレイクポイントを提唱しています この中でも 日本化学療法学会やアメ

検査方法 :SA の分離は食塩卵黄寒天培地 血液 寒天培地を用いて分離を行い 分離株の同定は PS ラテックス栄研で選別 生化学性状をアピスタフで実施 SA に特異的な遺伝子である SAU 1) の増幅により同定した 薬剤感受性試験は 1 濃度ディスク法によりアンピシリン (ABPC) ペニシリン

よる感染症は これまでは多くの有効な抗菌薬がありましたが ESBL 産生菌による場合はカルバペネム系薬でないと治療困難という状況になっています CLSI 標準法さて このような薬剤耐性菌を患者検体から検出するには 微生物検査という臨床検査が不可欠です 微生物検査は 患者検体から感染症の原因となる起炎

PowerPoint プレゼンテーション


スライド 1

A 農場の自家育成牛と導入牛の HI 抗体価の と抗体陽性率について 11 年の血清で比較すると 自家育成牛は 13 倍と 25% で 導入牛は 453 倍と % であった ( 図 4) A 農場の個体別に症状と保有している HI 抗体価の と抗体陽性率を 11 年の血清で比較した および流産 加療


指導者検証用のガイドライン等について(案)

学位論文要旨 牛白血病ウイルス感染牛における臨床免疫学的研究 - 細胞性免疫低下が及ぼす他の疾病発生について - C linical immunological studies on cows infected with bovine leukemia virus: Occurrence of ot

家畜における薬剤耐性菌の制御 薬剤耐性菌の実態把握 対象菌種 食中毒菌 耐性菌の特徴 出現の予防 79

卵管の自然免疫による感染防御機能 Toll 様受容体 (TLR) は微生物成分を認識して サイトカインを発現させて自然免疫応答を誘導し また適応免疫応答にも寄与すると考えられています ニワトリでは TLR-1(type1 と 2) -2(type1 と 2) -3~ の 10

抗菌薬の殺菌作用抗菌薬の殺菌作用には濃度依存性と時間依存性の 2 種類があり 抗菌薬の効果および用法 用量の設定に大きな影響を与えます 濃度依存性タイプでは 濃度を高めると濃度依存的に殺菌作用を示します 濃度依存性タイプの抗菌薬としては キノロン系薬やアミノ配糖体系薬が挙げられます 一方 時間依存性

審査結果 平成 26 年 1 月 6 日 [ 販 売 名 ] ダラシン S 注射液 300mg 同注射液 600mg [ 一 般 名 ] クリンダマイシンリン酸エステル [ 申請者名 ] ファイザー株式会社 [ 申請年月日 ] 平成 25 年 8 月 21 日 [ 審査結果 ] 平成 25 年 7

マイコプラズマについて

耐性菌届出基準

平成 15 年 11 月 10 日 家畜に使用する抗菌性物質に関する意見交換会 配布 抗生物質の使用と薬剤耐性菌の発生について - 家畜用の抗生物質の見直し - 農林水産省消費 安全局 平成 15 年 11 月 10 日

シプロフロキサシン錠 100mg TCK の生物学的同等性試験 バイオアベイラビリティの比較 辰巳化学株式会社 はじめにシプロフロキサシン塩酸塩は グラム陽性菌 ( ブドウ球菌 レンサ球菌など ) や緑膿菌を含むグラム陰性菌 ( 大腸菌 肺炎球菌など ) に強い抗菌力を示すように広い抗菌スペクトルを

<4D F736F F D204E6F2E342D F28DDC91CF90AB8BDB82C982C282A282C482CC C668DDA94C5816A F315F372E646F63>

審査結果 平成 23 年 4 月 11 日 [ 販 売 名 ] ミオ MIBG-I123 注射液 [ 一 般 名 ] 3-ヨードベンジルグアニジン ( 123 I) 注射液 [ 申請者名 ] 富士フイルム RI ファーマ株式会社 [ 申請年月日 ] 平成 22 年 11 月 11 日 [ 審査結果

緑膿菌 Pseudomonas aeruginosa グラム陰性桿菌 ブドウ糖非発酵 緑色色素産生 水まわりなど生活環境中に広く常在 腸内に常在する人も30%くらい ペニシリンやセファゾリンなどの第一世代セフェム 薬に自然耐性 テトラサイクリン系やマクロライド系抗生物質など の抗菌薬にも耐性を示す傾

2012 年 1 月 25 日放送 歯性感染症における経口抗菌薬療法 東海大学外科学系口腔外科教授金子明寛 今回は歯性感染症における経口抗菌薬療法と題し歯性感染症からの分離菌および薬 剤感受性を元に歯性感染症の第一選択薬についてお話し致します 抗菌化学療法のポイント歯性感染症原因菌は嫌気性菌および好

Microsoft Word - H19_04.doc


<945F96F B3816A2E786264>

オクノベル錠 150 mg オクノベル錠 300 mg オクノベル内用懸濁液 6% 2.1 第 2 部目次 ノーベルファーマ株式会社

名称未設定-2

い 乳房炎によって乳量が増加することはないので 確率変数と見た場合の泌乳量の分布は減少局面のみとなるため 酪農生産基盤が ぜいじゃく 脆弱化している近年においてはその効果が 需給に大きな影響を及ぼしうる 乳房炎を経済的側面から分析した研究はいくつかあるが そのほとんどは経営段階や全国のマクロレベルで

ン (LVFX) 耐性で シタフロキサシン (STFX) 耐性は1% 以下です また セフカペン (CFPN) およびセフジニル (CFDN) 耐性は 約 6% と耐性率は低い結果でした K. pneumoniae については 全ての薬剤に耐性はほとんどありませんが 腸球菌に対して 第 3 世代セフ

スライド タイトルなし

表紙


2. マイコフ ラス マ性中耳炎子牛の中耳炎原因の 70% 以上は マイコフ ラス マ ホ ヒ スである 3 から 6 週令に発症が多く 3 ヶ月令以上には少ない 中耳炎発症の疫学として 殺菌不十分な廃棄乳の利用 バケツによる がぶ飲み哺乳 による誤嚥 ( 食べ物や異物を気管内に飲み込んでしまうこと

項目 薬剤耐性 (AMR) 対策アクションプランについて 耐性菌の基礎知識 薬剤耐性モニタリング (JVARM) の成績 コリスチン耐性について 薬剤耐性菌のリスク分析 動物用医薬品の慎重使用について 2

一次サンプル採取マニュアル PM 共通 0001 Department of Clinical Laboratory, Kyoto University Hospital その他の検体検査 >> 8C. 遺伝子関連検査受託終了項目 23th May EGFR 遺伝子変異検

topics vol.82 犬膿皮症に対する抗菌剤治療 鳥取大学農学部共同獣医学科獣医内科学教室准教授原田和記 抗菌薬が必要となるのは 当然ながら細菌感染症の治療時である 伴侶動物における皮膚の細菌感染症には様々なものが知られているが 国内では犬膿皮症が圧倒的に多い 本疾患は 表面性膿皮症 表在性膿

ータについては Table 3 に示した 両製剤とも投与後血漿中ロスバスタチン濃度が上昇し 試験製剤で 4.7±.7 時間 標準製剤で 4.6±1. 時間に Tmaxに達した また Cmaxは試験製剤で 6.3±3.13 標準製剤で 6.8±2.49 であった AUCt は試験製剤で 62.24±2

目 次 1. はじめに 1 2. 組成および性状 2 3. 効能 効果 2 4. 特徴 2 5. 使用方法 2 6. 即時効果 持続効果および累積効果 3 7. 抗菌スペクトル 5 サラヤ株式会社スクラビイン S4% 液製品情報 2/ PDF

< F2D8E94977B897190B68AC7979D8AEE8F80967B91CC2E6A7464>

染症であり ついで淋菌感染症となります 病状としては外尿道口からの排膿や排尿時痛を呈する尿道炎が最も多く 病名としてはクラミジア性尿道炎 淋菌性尿道炎となります また 淋菌もクラミジアも検出されない尿道炎 ( 非クラミジア性非淋菌性尿道炎とよびます ) が その次に頻度の高い疾患ということになります

畜水産物の安全確保のための取組


ぬか床ベッドによる乳房炎の予防 乳房炎と環境 2018/07/04 1. ぬか床ベッドとは ぬか床ベッド とは 乳酸菌製剤 ( 商品名 : バイオバランス, 乳酸菌名 :Lactobacillus Delbrueckii, Anti Muffa 通称名 : アンティムッファ株 ) を乳牛に経口投与し

浜松地区における耐性菌調査の報告

名称未設定

Ⅰ. 改訂内容 ( 部変更 ) ペルサンチン 錠 12.5 改 訂 後 改 訂 前 (1) 本剤投与中の患者に本薬の注射剤を追加投与した場合, 本剤の作用が増強され, 副作用が発現するおそれがあるので, 併用しないこと ( 過量投与 の項参照) 本剤投与中の患者に本薬の注射剤を追加投与した場合, 本

テイカ製薬株式会社 社内資料

査を実施し 必要に応じ適切な措置を講ずること (2) 本品の警告 効能 効果 性能 用法 用量及び使用方法は以下のとお りであるので 特段の留意をお願いすること なお その他の使用上の注意については 添付文書を参照されたいこと 警告 1 本品投与後に重篤な有害事象の発現が認められていること 及び本品

4. 加熱食肉製品 ( 乾燥食肉製品 非加熱食肉製品及び特定加熱食肉製品以外の食肉製品をいう 以下同じ ) のうち 容器包装に入れた後加熱殺菌したものは 次の規格に適合するものでなければならない a 大腸菌群陰性でなければならない b クロストリジウム属菌が 検体 1gにつき 1,000 以下でなけ

3. 安全性本治験において治験薬が投与された 48 例中 1 例 (14 件 ) に有害事象が認められた いずれの有害事象も治験薬との関連性は あり と判定されたが いずれも軽度 で処置の必要はなく 追跡検査で回復を確認した また 死亡 その他の重篤な有害事象が認められなか ったことから 安全性に問

鑑-H リンゼス錠他 留意事項通知の一部改正等について

2.7.3(5 群 ) 呼吸器感染症臨床的有効性グレースビット 錠 細粒 表 (5 群 )-3 疾患別陰性化率 疾患名 陰性化被験者数 / 陰性化率 (%) (95%CI)(%) a) 肺炎 全体 91/ (89.0, 98.6) 細菌性肺炎 73/ (86

ロペラミド塩酸塩カプセル 1mg TCK の生物学的同等性試験 バイオアベイラビリティの比較 辰巳化学株式会社 はじめにロペラミド塩酸塩は 腸管に選択的に作用して 腸管蠕動運動を抑制し また腸管内の水分 電解質の分泌を抑制して吸収を促進することにより下痢症に効果を示す止瀉剤である ロペミン カプセル

豚丹毒 ( アジュバント加 ) 不活化ワクチン ( シード ) 平成 23 年 2 月 8 日 ( 告示第 358 号 ) 新規追加 1 定義シードロット規格に適合した豚丹毒菌の培養菌液を不活化し アルミニウムゲルアジュバントを添加したワクチンである 2 製法 2.1 製造用株 名称豚丹

ブック 1.indb

CSR報告書2005 (和文)

< F2D C D838A8BDB92CA926D2E6A7464>

PowerPoint プレゼンテーション

添付文書情報 の検索方法 1. 検索条件を設定の上 検索実行 ボタンをクリックすると検索します 検索結果として 右フレームに該当する医療用医薬品の販売名の一覧が 販売名の昇順で表示されます 2. 右のフレームで参照したい販売名をクリックすると 新しいタブで該当する医療用医薬品の添付文書情報が表示され

あった AUCtはで ± ng hr/ml で ± ng hr/ml であった 2. バイオアベイラビリティの比較およびの薬物動態パラメータにおける分散分析の結果を Table 4 に示した また 得られた AUCtおよび Cmaxについてとの対数値

B 農場は乳用牛 45 頭 ( 成牛 34 頭 育成牛 7 頭 子牛 4 頭 ) を飼養する酪農家で 飼養形態は対頭 対尻式ストール 例年 BCoV 病ワクチンを接種していたが 発生前年度から接種を中止していた 自家産牛の一部で育成預託を実施しており 農場全体の半数以上の牛で移動歴があった B 農場

(Taro-09\221S\225\ \221S\225\266\217\274\226{.jtd)


untitled

1 2


家畜保健衛生所における検査の信頼性確保にむけて 湘南家畜保健衛生所 田村みず穂駒井圭浅川祐二太田和彦 矢島真紀子中橋徹松尾綾子稲垣靖子 はじめに 家保の検査の中には 鳥インフルエンザやヨーネ病等の 社会的 経済的影響の大きい検査が含まれている 食の安全 安心を得るためには生産から消費に至る食品供給の

スライド 1

葉酸とビタミンQ&A_201607改訂_ indd

2 体細胞にかかる基本概念 (1) 体細胞とは? さて このように総合指数にも組み込まれるほど重要な形質である体細胞ですが そもそも体細胞とはなんでしょうか? 釈迦に説法ですが 復習したいと思います 体細胞とは乳汁中に含まれる白血球と脱落上皮細胞その他の総称したものです 病原微生物が乳房内に侵入して

< F2D382E8D9596D198618EED82C982A882AF82E98B8D94928C8C9561>

1508目次.indd

糖尿病診療における早期からの厳格な血糖コントロールの重要性

目次 はじめに 2 牛乳房炎における抗菌剤使用の考え方と治療の有効性の評価 2 抗菌剤の適正使用と慎重使用 3 薬剤耐性とバイオフィルム 4 突然変異阻止濃度 (Mutant Prevention Concentration:MPC) 6 臨床現場における乳房炎原因菌の微生物学的簡易同定法と薬剤感受

Taro-3_大下

第 88 回日本感染症学会学術講演会第 62 回日本化学療法学会総会合同学会採択演題一覧 ( 一般演題ポスター ) 登録番号 発表形式 セッション名 日にち 時間 部屋名 NO. 発表順 一般演題 ( ポスター ) 尿路 骨盤 性器感染症 1 6 月 18 日 14:10-14:50 ア

<4D F736F F D B4B92F6976C8EAE A6D92E894C5816A2E646F63>

に侵入する ( 環境性乳房炎 ) その多くは明確な症状を呈し 農場内で顕在化することから 治療をはじめとして 感染個体の早期対応が可能となる 一方 SAは搾乳器具や人の手指を介して個体間を伝搬する微生物であり それによる乳房炎は伝染性乳房炎 ( ウシからウシに伝染する乳房炎 ) として位置付けられて

化学療法2005.ppt

301226更新 (薬局)平成29 年度に実施した個別指導指摘事項(溶け込み)

PowerPoint プレゼンテーション

薬事法における病院及び医師に対する主な規制について 特定生物由来製品に係る説明 ( 法第 68 条の 7 平成 14 年改正 ) 特定生物由来製品の特性を踏まえ 製剤のリスクとベネフィットについて患者に説明を行い 理解を得るように努めることを これを取り扱う医師等の医療関係者に義務づけたもの ( 特

第1回肝炎診療ガイドライン作成委員会議事要旨(案)


2006 年 3 月 3 日放送 抗菌薬の適正使用 市立堺病院薬剤科科長 阿南節子 薬剤師は 抗菌薬投与計画の作成のためにパラメータを熟知すべき 最初の抗菌薬であるペニシリンが 実質的に広く使用されるようになったのは第二次世界大戦後のことです それまで致死的な状況であった黄色ブドウ球菌による感染症に

参考 < これまでの合同会合における検討経緯 > 1 第 1 回合同会合 ( 平成 15 年 1 月 21 日 ) 了承事項 1 平成 14 年末に都道府県及びインターネットを通じて行った調査で情報提供のあった資材のうち 食酢 重曹 及び 天敵 ( 使用される場所の周辺で採取されたもの ) の 3

2009年8月17日

未承認薬 適応外薬の要望に対する企業見解 ( 別添様式 ) 1. 要望内容に関連する事項 会社名要望された医薬品要望内容 CSL ベーリング株式会社要望番号 Ⅱ-175 成分名 (10%) 人免疫グロブリン G ( 一般名 ) プリビジェン (Privigen) 販売名 未承認薬 適応 外薬の分類

リン系を選択した場合の方が優れていることが明らかとなった したがって これまでのセフェム系への偏重使用は耐性菌を助長する観点から見直すべきであり ペニシリン系の抗菌薬とバランスよく使用することが望まれる また グラム陰性菌による乳房炎については よく使用されるセフェム系抗菌剤の従来基準と今回検討した

公開情報 2016 年 1 月 ~12 月年報 院内感染対策サーベイランス集中治療室部門 3. 感染症発生率感染症発生件数の合計は 981 件であった 人工呼吸器関連肺炎の発生率が 1.5 件 / 1,000 患者 日 (499 件 ) と最も多く 次いでカテーテル関連血流感染症が 0.8 件 /

(2) レパーサ皮下注 140mgシリンジ及び同 140mgペン 1 本製剤については 最適使用推進ガイドラインに従い 有効性及び安全性に関する情報が十分蓄積するまでの間 本製剤の恩恵を強く受けることが期待される患者に対して使用するとともに 副作用が発現した際に必要な対応をとることが可能な一定の要件

Transcription:

2 乳房炎の新たな治療薬剤への対応 中央家畜保健衛生所 平田圭子 山田均 青山達也 乳房炎が酪農経営へ及ぼすマイナス面 1 乳量の減少 2 治療費の発生 3 淘汰による乳牛改良の遅れ 4 治療や搾乳時間に要する労働時間とそれに伴う精神的ダメージ 対策 罹患分房の特定 原因菌の早期同定 適正な薬剤の使用による治療 図 1 乳房炎が酪農経営へ及ぼすマイナス面と対策 Ⅰ はじめに 乳房炎は酪農経営において最も重要な 疾病である 乳房炎が酪農経営に及ぼすマイナス面 は 乳量の減少や治療費の発生といった 直接的なものだけでなく 牛の淘汰によ る乳牛改良の遅れ 発症牛の治療や搾乳 に要する労働時間と それに伴う精神的 ダメージなどが挙げられ 目に見えない ところにも多大な影響を及ぼす ( 図 1) 乳房炎を発生させないためには日頃の衛生管理が最も大切だが 発生した場合には出荷バルク乳の乳質を低下させないため 罹患分房を特定し 原因菌の早期同定及び薬剤感受性試験を行い 適正な薬剤を使用することが重要である 筆者らが 平成 23 年 1 月 ~ 平成 24 年 4 月の期間に酪農家や獣医師からの依頼により実施した乳汁検査では 乳房炎の主な原因菌が図 2のとおり分離された このうち 黄色ブドウ球菌 環境性ブドウ球菌 環境性連鎖球菌といったグラム陽性球菌によるものが全体の 77% を占めていた CO 32 SA 60 Other 44 分離菌数 339 検体 OS 102 CNS 101 OS( 環境性連鎖球菌 ) CNS( 環境性ブドウ球菌 ) SA( 黄色ブドウ球菌 ) CO( 大腸菌群 ) Other( その他 ) 77% がグラム陽性球菌 CO:E.coli(10),Klebsiella(3),Proteus(2),Enterobacter(2),Serratia(1), その他 14 Other: バチルス属 15,Pseudomonas(2),Arcanobacterium(1),Prototheca(1) ( 演者ら調べ H23.1~H24.4) ヘ ニシリン系 セファロスホ リン系 アミノク リコシト 系 マクロライト 系 テトラサイクリン系 シ クロキサシリン (MDIPC) ヘ ンシ ルヘ ニシリン (PCG) セファソ リン (CEZ) セフロキシム (CXM) フラシ オマイシン (FRM) カナマイシン (KM) エリスロマイシン (EM) オキシテトラサイクリン (OTC) 平成 26 年春発売 ( 牛では初 ) リンコマイシン系 ピルリマイシン (PRM) ( 動物用医薬品医療機器要覧より一部抜粋 ) 図 2 乳房炎の主要な原因菌 図 3 乳房炎治療に使用されている抗菌剤 - 8 -

現在 乳房炎治療においては 図 3に示す多くの系統の抗菌剤が使用されている 治療では最も適正と思われる薬剤を選択して処方しても 菌種によっては耐性を示したり 一度治癒してもすぐに再発することがある 特に環境性連鎖球菌や黄色ブドウ球菌の場合はその傾向があり 完治しない場合は盲乳処置や牛を廃用にせざるを得ないのが現状である Ⅱ 新しい乳房炎治療薬の概要このような背景の中 平成 26 年に牛で初めてとなるリンコマイシン系のピルリマイシン ( 以下 PRM) を主成分とする薬剤 ( 以下 PRM 製剤 ) が発売された 国内の乳房炎治療薬では 13 年ぶりに新薬として農林水産省に承認されたものである PRM 製剤の適応症は泌乳期における乳房炎で 有効菌種は本剤に感受性のあるブドウ球菌 連鎖球菌である 用法用量は 1 日 1 回 1 分房当たり1 容器を 2 日間注入する PRM 製剤の特長は 出荷までの休薬期間が 60 時間であるため 現場で最も良く使用されているセフェム系製剤の休薬期間が 72 時間であるのに比べ 廃棄乳量が少ない点である また 組織浸透性が高く 乳腺組織から細胞内への移行に優れるため 細胞内で増殖する黄色ブドウ球菌などに有効に働くことが期待される 一方 デメリットは 投与分房以外の分房乳からもピルリマイシンが排出されるため 他の薬剤を使用した時と同様に 投与後の全分房乳の廃棄が必要である また これまで乳房炎注入剤で添加が義務付けられていた青色色素が 関係法規の改正により任意となったために色素が入っていない このため マーキングやレッグバンド等による個体識別を徹底しないと誤搾乳の危険がある さらに 休薬期間後の生乳出荷前検査で使用しているペーパーディスク法ではピルリマイシンの検出が難しく 別の検出方法を検討する必要がある 以上の特徴を踏まえたピルリマイシン製剤を使用した際の生乳出荷時の対応の検討と 併せて 乳房炎原因菌に対する薬剤効果の検証を行ったので その概要を報告する Ⅲ 乳房炎原因菌に対する薬剤感受性の検証 1 材料と方法 (1) 供試株酪農家及び獣医師から依頼を受け 各家畜保健衛生所で体細胞数測定 細菌分離により乳房炎原因菌と判定した 56 株を使用した ( 図 4) (2) 方法市販ディスクを用いた1 濃度ディスク法 (6 薬剤 ) により実施した 2 成績 (1) 全菌株における薬剤感受性成績 ( 図 5) 56 株のうち PRM に 83%(47 株 ) CEZ に 85%(48 株 ) が感受性を示した他 21%~55% の菌株が PCG MDIPC EM FRM に感受性を示した - 9 -

各抗菌剤に対する感受性 分離菌 56 株の内訳 3 7 CNS 100% 80% 60% 83% 85% n=56 55% 19 27 OS SA Other 40% 20% 0% 35% 40% 21% 図 4 供試株の内訳 図 5 各抗菌剤に対する感受性 (2) 黄色ブドウ球菌 (7 株 ) 及び連鎖球菌群 (19 株 ) における薬剤感受性成績黄色ブドウ球菌は PRM 及び CEZ で全ての菌株が感受性を示した 連鎖球菌群では PRM に 68%(13 株 ) CEZ に 78%(15 株 ) が感受性を示した ( 図 6 7) (3) 一部の抗菌剤に耐性を示した菌株における PRM 感受性成績 PCG 耐性株 (29 株 ) で 89%(26 株 ) EM 耐性株 (7 株 ) で 42% (3 株 ) が PRM に感受性を示したが CEZ 耐性株 (5 株 ) では 1 株が感受性を示すにとどまった 図 6 菌種別の薬剤感受性 1 図 7 菌種別の薬剤感受性 2-10 -

Ⅳ 生乳出荷時の対応の検討 家畜保健衛生所 ( 以下 家保 ) 及び後述する乳質指導改善班での取組の概要を報告する 1 家畜保健衛生所 家保では 衛生だよりを通じて県内全ての生乳出荷者へ PRM 製剤の概要及び注意 点について情報提供を行った また 各家保で PRM の感受性ディスクを導入し 酪農家や獣医師からの検査依頼 に対応できるようにした 2 乳質指導改善班 乳質指導改善班は 平成 24 年に JA 全農さいたまで農家の乳質改善意識の向上を 目的として組織された 構成員は生乳出荷者の代表 JA 職員 クーラーステーショ ン ( 以下 CS) 臨床獣医師 家保乳質担当者である 普段の活動内容は 年 2 回の生 乳出荷者全戸を対象としたバルク乳細菌検査 巡回指導による搾乳衛生や生乳生産管 理チェックシートの記帳指導のほか 研修会の開催 消毒用石灰や搾乳用タオル等の 衛生資材の配布を行っている 乳質指導班の PRM への 対応は ポジティブリスト 制度に基づく生乳への薬剤 混入事故防止のため 治療 牛の識別の徹底や生乳生産 管理チェックシートへの記 録 PRM 製剤に関わらず 治療中の生乳は全ての分房 乳を廃棄すること等につい て 改めて生乳出荷者へ文 書で通知し 周知徹底した PRM 製剤に対する乳質改善指導班の取組 ( 生乳出荷時の混入事故防止 ) 使用上の注意を酪農家へ周知 (PRM のポジティブリストでの規制基準値 :0.3ppm) PRM 残留検査 図 8 生乳への混入事故防止対策 検査キットの導入 また 従来のペーパディスク法に加え PRM 製剤に対応した検査キット ( イムノ クロマト法 ) を新たに導入し 出荷者からの依頼検査に対応できるようにした ( 図 8) Ⅴ まとめと考察 1 まとめ (1) 乳房炎原因菌に対する薬剤感受性の検証 PRM 製剤の薬剤効果は セフェム系薬剤と同等の感受性を示した このことから 乳房炎治療において治療薬剤の選択肢が増え 耐性菌の発生が抑えられることが示唆された また PRM 製剤の休薬期間が短いことから廃棄乳量が削減され 酪農家の経済的負担が軽くなることが期待された - 11 -

今後は 治療牛の乳房炎再発の有無等 PRM 製剤の組織浸透性が高いという特長について 今後の経過を見守る必要がある (2) 生乳出荷時の対応の検討 PRM 製剤の発売に関する情報を受け 乳質指導改善班が普段の活動の中で迅速に対応した結果 治療分房の誤搾乳や生乳への薬剤混入事故等もなく 生乳の安全 安心の確保のための取組を行うことができた 2 考察獣医療や飼養管理の技術は日進月歩で発展する一方 酪農家数の減少や高齢化が進展しており すぐに新しい技術に対応することは難しいのが現状である このため 今回の乳質改善指導班のような 生産者を含んだ関係機関が連携し 諸問題に対応していくことは 今後ますます必要になると思われる なお 個々の牛に対する乳房炎治療を確立するのは言うまでもないが 牛群全体の乳質を良好な状態で維持し 所得を確保することが酪農経営にとって最も重要である そのためには 牛舎環境の整備や 搾乳衛生などの日常管理の励行が大切である 家畜保健衛生所は 今後も関係機関と連携し酪農経営への支援を推進する Ⅵ 謝辞 今回の報告に御助言 御指導いただいた獣医師の神田実先生 松本和治先生 NOSAI 埼玉家畜診療所金子博之先生をはじめ 関係者の方々に深謝します 参考文献 南根室地区農業改良推進協議会 : 営農改善資料第 28 集見開き乳質のマネージメント. 2000.2 公益社団法人日本動物用医薬品協会編 : 動物用医薬品医療機器要覧 2014 年版 - 12 -