第 1 日目 10 月 13 日 ( 土 ) 基調講演 Boecker 氏より以下の 3 点をテーマに約 1 時間の基調講演を拝聴した 1. 乳腺正常上皮細胞の前駆細胞 (progenitor cell) に関するコンセプト 2. 乳腺上皮前駆細胞理論と正常分化 3. 乳腺上皮前駆細胞理論と癌化 乳

Similar documents
!"#$%&'() FNAC) CNB) VAB MMT!

モノクローナル抗体とポリクローナル抗体の特性と

( 様式甲 5) 学位論文内容の要旨 論文提出者氏名 論文審査担当者 主査 教授 大道正英 髙橋優子 副査副査 教授教授 岡 田 仁 克 辻 求 副査 教授 瀧内比呂也 主論文題名 Versican G1 and G3 domains are upregulated and latent trans

前立腺癌は男性特有の癌で 米国においては癌死亡者数の第 2 位 ( 約 20%) を占めてい ます 日本でも前立腺癌の罹患率 死亡者数は急激に上昇しており 現在は重篤な男性悪性腫瘍疾患の1つとなって図 1 います 図 1 初期段階の前立腺癌は男性ホルモン ( アンドロゲン ) に反応し増殖します そ

EBウイルス関連胃癌の分子生物学的・病理学的検討

学位論文の内容の要旨 論文提出者氏名 佐藤雄哉 論文審査担当者 主査田中真二 副査三宅智 明石巧 論文題目 Relationship between expression of IGFBP7 and clinicopathological variables in gastric cancer (

第58回日本臨床細胞学会 Self Assessment Slide

乳癌かな?!と思ったら

Microsoft PowerPoint - 薬物療法

H27_大和証券_研究業績_C本文_p indd

学位論文の内容の要旨 論文提出者氏名 小川憲人 論文審査担当者 主査田中真二 副査北川昌伸 渡邉守 論文題目 Clinical significance of platelet derived growth factor -C and -D in gastric cancer ( 論文内容の要旨 )

筆頭演者の利益相反状態の開示 すべての項目に該当なし

Microsoft PowerPoint - Luminalを考える

PowerPoint プレゼンテーション

がん登録実務について

スライド 1

博士の学位論文審査結果の要旨

1)表紙14年v0

10 年相対生存率 全患者 相対生存率 (%) (Period 法 ) Key Point 1

33 NCCN Guidelines Version NCCN Clinical Practice Guidelines in Oncology (NCCN Guidelines ) (NCCN 腫瘍学臨床診療ガイドライン ) 非ホジキンリンパ腫 2015 年第 2 版 NCCN.or

佐賀県肺がん地域連携パス様式 1 ( 臨床情報台帳 1) 患者様情報 氏名 性別 男性 女性 生年月日 住所 M T S H 西暦 電話番号 年月日 ( ) - 氏名 ( キーパーソンに ) 続柄居住地電話番号備考 ( ) - 家族構成 ( ) - ( ) - ( ) - ( ) - 担当医情報 医

乳腺40 各論₂ 化膿性乳腺炎 (suppulative mastitis) 臨床像 授乳の際に乳頭の擦過創や咬傷から細菌が侵入し, 乳房に感染症を生じるものである 乳汁 排出不良によって起こるうっ滞性乳腺炎とは区別する 起炎菌は連鎖球菌や黄色ブドウ球菌である 自発痛, 腫脹, 硬結, 圧痛, 発赤

図 1 乳管上皮内癌と小葉上皮内癌 (DCIS/LCIS) の組織像 a: 乳頭状増殖を示す乳管癌 (low grade).b: 篩状 (cribriform) に増殖する DCIS は, 乳管内に血管増生を伴わない時は,comedo 壊死を形成することがあるが, 本症例のように血管の走行があると,

1. 研究の名称 : 芽球性形質細胞様樹状細胞腫瘍の分子病理学的研究 2. 研究組織 : 研究責任者 : 埼玉医科大学総合医療センター病理部 准教授 百瀬修二 研究実施者 : 埼玉医科大学総合医療センター病理部 教授 田丸淳一 埼玉医科大学総合医療センター血液内科 助教 田中佑加 基盤施設研究責任者

大腸癌術前化学療法後切除標本を用いた免疫チェックポイント分子及び癌関連遺伝子異常のプロファイリングの研究 

小葉新生物 異型小葉過形成 非浸潤性小葉癌 乳管内増殖性病変 通常型上皮過形成 平坦型上皮異型 異型乳管過形成 非浸潤性乳管癌 乳管内乳頭状腫瘍 乳管内乳頭腫 異型乳頭腫 乳管内 ( 嚢胞内 ) 乳頭癌 微小浸潤癌 Lobular neoplasia (LN) Atypical lobular hy

Microsoft Word _前立腺がん統計解析資料.docx

2

一次サンプル採取マニュアル PM 共通 0001 Department of Clinical Laboratory, Kyoto University Hospital その他の検体検査 >> 8C. 遺伝子関連検査受託終了項目 23th May EGFR 遺伝子変異検

図 B 細胞受容体を介した NF-κB 活性化モデル


性黒色腫は本邦に比べてかなり高く たとえばオーストラリアでは悪性黒色腫の発生率は日本の 100 倍といわれており 親戚に一人は悪性黒色腫がいるくらい身近な癌といわれています このあと皮膚癌の中でも比較的発生頻度の高い基底細胞癌 有棘細胞癌 ボーエン病 悪性黒色腫について本邦の統計データを詳しく紹介し

博士学位申請論文内容の要旨

<4D F736F F F696E74202D2088F38DFC B2D6E FA8ECB90FC8EA197C C93E0292E B8CDD8AB B83685D>

PDF

PowerPoint プレゼンテーション

外来在宅化学療法の実際

<4D F736F F D CB48D655F87562D31926E88E695DB8C928A E947882AA82F F4390B38CE32E646F6378>

実地医家のための 甲状腺エコー検査マスター講座

解禁日時 :2019 年 2 月 4 日 ( 月 ) 午後 7 時 ( 日本時間 ) プレス通知資料 ( 研究成果 ) 報道関係各位 2019 年 2 月 1 日 国立大学法人東京医科歯科大学 国立研究開発法人日本医療研究開発機構 IL13Rα2 が血管新生を介して悪性黒色腫 ( メラノーマ ) を

能性を示した < 方法 > M-CSF RANKL VEGF-C Ds-Red それぞれの全長 cdnaを レトロウイルスを用いてHeLa 細胞に遺伝子導入した これによりM-CSFとDs-Redを発現するHeLa 細胞 (HeLa-M) RANKLと Ds-Redを発現するHeLa 細胞 (HeL

乳腺病理の着実な進歩-これからの課題 乳癌不均質性に関する考察

学位論文の内容の要旨 論文提出者氏名 松尾祐介 論文審査担当者 主査淺原弘嗣 副査関矢一郎 金井正美 論文題目 Local fibroblast proliferation but not influx is responsible for synovial hyperplasia in a mur

10 年相対生存率 全患者 相対生存率 (%) (Period 法 ) Key Point 1 10 年相対生存率に明らかな男女差は見られない わずかではあ

15 氏 名 し志 だ田 よう陽 すけ介 学位の種類学位記番号学位授与の日付学位授与の要件 博士 ( 医学 ) 甲第 632 号平成 26 年 3 月 5 日学位規則第 4 条第 1 項 ( 腫瘍外科学 ) 学位論文題目 Clinicopathological features of serrate

Microsoft Word _肺がん統計解析資料.docx

頭頚部がん1部[ ].indd

学位論文の内容の要旨 論文提出者氏名 神谷綾子 論文審査担当者 主査北川昌伸副査田中真二 石川俊平 論文題目 Prognostic value of tropomyosin-related kinases A, B, and C in gastric cancer ( 論文内容の要旨 ) < 要旨

スライド 1

< A815B B83578D E9197BF5F906697C38B40945C F92F18B9F91CC90A72E786C73>

健康バンザイ! いなぎ講座 乳癌の診断と治療について

<303491E592B BC92B08AE02E786C73>

1. ストーマ外来 の問い合わせ窓口 1 ストーマ外来が設定されている ( はい / ) 上記外来の名称 対象となるストーマの種類 7 ストーマ外来の説明が掲載されているページのと は 手入力せずにホームページからコピーしてください 他施設でがんの診療を受けている または 診療を受けていた患者さんを

5. 乳がん 当該疾患の診療を担当している診療科名と 専門 乳房切除 乳房温存 乳房再建 冷凍凝固摘出術 1 乳腺 内分泌外科 ( 外科 ) 形成外科 2 2 あり あり なし あり なし なし あり なし なし あり なし なし 6. 脳腫瘍 当該疾患の診療を担当している診療科名と 専

平成 28 年 12 月 12 日 癌の転移の一種である胃癌腹膜播種 ( ふくまくはしゅ ) に特異的な新しい標的分子 synaptotagmin 8 の発見 ~ 革新的な分子標的治療薬とそのコンパニオン診断薬開発へ ~ 名古屋大学大学院医学系研究科 ( 研究科長 髙橋雅英 ) 消化器外科学の小寺泰

原発不明がん はじめに がんが最初に発生した場所を 原発部位 その病巣を 原発巣 と呼びます また 原発巣のがん細胞が リンパの流れや血液の流れを介して別の場所に生着した結果つくられる病巣を 転移巣 と呼びます 通常は がんがどこから発生しているのかがはっきりしている場合が多いので その原発部位によ

<955C8E862E657073>

日産婦誌61巻4号研修コーナー

セッション 6 / ホールセッション されてきました しかしながら これらの薬物療法の治療費が比較的高くなっていることから この薬物療法の臨床的有用性の評価 ( 臨床的に有用と評価されています ) とともに医療経済学的評価を受けることが必要ではないかと思いまして この医療経済学的評価を行うことを本研

<原著>IASLC/ATS/ERS分類に基づいた肺腺癌組織亜型の分子生物学的特徴--既知の予後予測マーカーとの関連

32 子宮頸癌 子宮体癌 卵巣癌での進行期分類の相違点 進行期分類の相違点 結果 考察 1 子宮頚癌ではリンパ節転移の有無を病期判定に用いない 子宮頚癌では0 期とⅠa 期では上皮内に癌がとどまっているため リンパ節転移は一般に起こらないが それ以上進行するとリンパ節転移が出現する しかし 治療方法

Microsoft PowerPoint - ★総合判定基準JABTS 25ver2ppt.ppt

2017 年 8 月 9 日放送 結核診療における QFT-3G と T-SPOT 日本赤十字社長崎原爆諫早病院副院長福島喜代康はじめに 2015 年の本邦の新登録結核患者は 18,820 人で 前年より 1,335 人減少しました 新登録結核患者数も人口 10 万対 14.4 と減少傾向にあります

抑制することが知られている 今回はヒト子宮内膜におけるコレステロール硫酸のプロテ アーゼ活性に対する効果を検討することとした コレステロール硫酸の着床期特異的な発現の機序を解明するために 合成酵素であるコ レステロール硫酸基転移酵素 (SULT2B1b) に着目した ヒト子宮内膜は排卵後 脱落膜 化

診療科 血液内科 ( 専門医取得コース ) 到達目標 血液悪性腫瘍 出血性疾患 凝固異常症の診断から治療管理を含めた血液疾患一般臨床を豊富に経験し 血液専門医取得を目指す 研修日数 週 4 日 6 ヶ月 ~12 ヶ月 期間定員対象評価実技診療知識 1 年若干名専門医取得前の医師業務内容やサマリの確認

組織所見 ( 写真 4,5): 異型上皮細胞が間質および脂肪組織に索状, 管状に浸潤して おり, 浸潤性乳管癌 ( 硬癌 ) の所見である. 設問 2 78 歳, 女性. 左乳房上 C 領域の腫瘤 選択肢 1. 線維腺腫 2. 乳管内乳頭腫 3. 乳管癌 4. 小葉癌 5. 悪性リンパ腫 写真 4

ス化した さらに 正常から上皮性異形成 上皮性異形成から浸潤癌への変化に伴い有意に発現が変化する 15 遺伝子を同定し 報告した [Int J Cancer. 132(3) (2013)] 本研究では 上記データベースから 特に異形成から浸潤癌への移行で重要な役割を果たす可能性がある

助成研究演題 - 平成 23 年度国内共同研究 (39 歳以下 ) 重症心不全の集学的治療確立のための QOL 研究 東京大学医学系研究科重症心不全治療開発講座客員研究員 ( 助成時 : 東京大学医学部附属病院循環器内科日本学術振興会特別研究員 PD) 加藤尚子 私は 重症心不全の集学的治療確立のた

血漿エクソソーム由来microRNAを用いたグリオブラストーマ診断バイオマーカーの探索 [全文の要約]

第8回DCIS研究会プログラム

Microsoft PowerPoint - ASC-Hの分析について.ppt

和歌山県地域がん登録事業報告書


43048腎盂・尿管・膀胱癌取扱い規約第1版 追加資料

論文題目  腸管分化に関わるmiRNAの探索とその発現制御解析

イルスが存在しており このウイルスの存在を確認することが診断につながります ウ イルス性発疹症 についての詳細は他稿を参照していただき 今回は 局所感染疾患 と 腫瘍性疾患 のウイルス感染検査と読み方について解説します 皮膚病変におけるウイルス感染検査 ( 図 2, 表 ) 表 皮膚病変におけるウイ

芽球性形質細胞様樹状細胞腫瘍における高頻度の 8q24 再構成 : 細胞形態,MYC 発現, 薬剤感受性との関連 Recurrent 8q24 rearrangement in blastic plasmacytoid dendritic cell neoplasm: association wit

法医学問題「想定問答」(記者会見後:平成15年  月  日)

Microsoft Word - 博士論文概要.docx

PowerPoint プレゼンテーション

4. 研究の背景 : エストロゲン受容体陽性で その増殖にエストロゲンを必要とする Luminal A [3] と呼ばれるタイプの乳がんは 乳がん全体の約 7 割を占め 抗エストロゲン療法が効果的で比較的予後良好です しかし 抗エストロゲン剤の効果が低く手術をしても将来的に再発する高リスク群が 約

ける発展が必要です 子宮癌肉腫の診断は主に手術進行期を決定するための子宮摘出によって得られた組織切片の病理評価に基づいて行い 組織学的にはいわゆる癌腫と肉腫の2 成分で構成されています (2 近年 子宮癌肉腫は癌腫成分が肉腫成分へ分化した結果 組織学的に2 面性をみる とみなす報告があります (1,

子宮頸がん死亡数 国立がん研究センターがん対策情報センターHPより

結果 この CRE サイトには転写因子 c-jun, ATF2 が結合することが明らかになった また これら の転写因子は炎症性サイトカイン TNFα で刺激したヒト正常肝細胞でも活性化し YTHDC2 の転写 に寄与していることが示唆された ( 参考論文 (A), 1; Tanabe et al.

Microsoft PowerPoint - 指導者全国会議Nagai( ).ppt

質の高い病理診断のために 病理技術 診断基準の標準化を 目指した精度評価を実現します



スライド 1

<4D F736F F F696E74202D2089EF8AFA8CE38DB791D682A681478A7789EF2089F090E020284E58506F C E B8CDD8AB B83685D>

背景 歯はエナメル質 象牙質 セメント質の3つの硬い組織から構成されます この中でエナメル質は 生体内で最も硬い組織であり 人が食生活を営む上できわめて重要な役割を持ちます これまでエナメル質は 一旦齲蝕 ( むし歯 ) などで破壊されると 再生させることは不可能であり 人工物による修復しかできませ

( 後期 1 年目 ) アップ 2. 外来薬物療法を理解し実施できる ( 化学療法 内分泌療法 30 例の達成 ) 3. 乳癌関連基礎研究 ( トランスレーショナルリサーチ ) についての理解 4. 乳腺疾患の診断手技の実施 ( 穿刺吸引細胞診 20 例 針生検 20 例の達成 ) 5. 画像診断の

<4D F736F F D20322E CA48B8690AC89CA5B90B688E38CA E525D>

小児の難治性白血病を引き起こす MEF2D-BCL9 融合遺伝子を発見 ポイント 小児がんのなかでも 最も頻度が高い急性リンパ性白血病を起こす新たな原因として MEF2D-BCL9 融合遺伝子を発見しました MEF2D-BCL9 融合遺伝子は 治療中に再発する難治性の白血病を引き起こしますが 新しい

高知赤十字病院医学雑誌第 2 2 巻第 1 号 年 5 原著 尿細胞診 Class Ⅲ(AUC) の臨床細胞学的検討 ~ 新報告様式パリシステムの適用 ~ 1 黒田直人 1 水野圭子 1 吾妻美子 1 賴田顕辞 2 奈路田拓史 1 和田有加里 2 宇都宮聖也 2 田村雅人

して広く用いられてきました この Clark 分類に異を唱えたのが Bernard Ackerman であります Ackerman は 1980 年に発表した malignant melanoma: a unifying concept と題する論文において Clark らの病型分類は無意味であると

Microsoft PowerPoint - #4 化生癌.pptx

PowerPoint プレゼンテーション

70% の患者は 20 歳未満で 30 歳以上の患者はまれです 症状は 病巣部位の間欠的な痛みや腫れが特徴です 間欠的な痛みの場合や 骨盤などに発症し かなり大きくならないと触れにくい場合は 診断が遅れることがあります 時に発熱を伴うこともあります 胸部に発症するとがん性胸水を伴う胸膜浸潤を合併する

Transcription:

2007 年 10 月 13 日 ( 土 ) 14( 日 ) 開催 JCCNB 国際公開研究会 DCIS の基礎と臨床への新たな展開 ~ 境界病変 DCIS 浸潤癌の見分け方 予後予測 ~ 開催報告 10 月のさわやかな気候のもと ミュンスター大学ゲルハルト ドーマック病理研究所所長の Prof Werner Boecker をお迎えして JCCNB 国際公開研究会 DCIS の基礎と臨床への新たな展開 が開かれた 13 日の午後は主に若い医師を対象としたスクール形式の内容ということで日本各地から若手の病理医 外科医が集い 会場は熱気に包まれた 文 : 坂東裕子 Dr. Hiroko BANDO / 筑波大学大学院人間総合科学研究科講師 NPO 法人日本乳がん情報ネットワーク (JCCNB) プログラム第 1 日目 10 月 13 日 ( 土 ) 病理に外科を加え 主に若い医師を対象とした スクール形式の実践的な内容 司会 : 中村清吾 13:00 - ヴェルナー ベッカー講演 14:00 - 質疑応答 14:40 - 休憩 15:00 - ケーススタディ 16:30 終了 17:30 - レセプション 講演者および協力者紹介ヴェルナー ベッカー Prof. Dr. med. Werner Böcker ミュンスター大学教授 ゲルハルト ドーマック病理研究所所長 プァイ フーン タン Dr. Puay-Hoon Tan シンガポール総合病院病理部主任シニアコンサルタント 第 2 日目 10 月 14 日 ( 日 ) 病理医と外科医とによるマネージメントに関する内容 司会 : 中村清吾 13:00 - ヴェルナー ベッカー講演 13:30 - プァイ フーン タン講演 14:00 - 紅林淳一講演 14:20 - 休憩 14:40 - パネルディスカッション 16:30 終了 中村清吾 Dr. Seigo NAKAMURA NPO 法人代表理事 聖路加国際病院乳腺外科部長 センター長 秋山太 Dr. Futoshi AKIYAMA 癌研有明病院病理部副部長 森谷卓也 Dr. Takuya MORIYA 川崎医科大学附属病院病理部部長 教授 紅林淳一 Dr. Jyunichi KUREBAYASHI 川崎医科大学附属病院乳腺甲状腺外科副部長 ( 准教授 ) 武井寛幸 Dr. Hiroyuki TAKEI 埼玉県立がんセンター 乳腺外科科長兼副部長 坂東裕子 Dr. Hiroko BANDO 筑波大学大学院人間総合科学研究科講師 1

第 1 日目 10 月 13 日 ( 土 ) 基調講演 Boecker 氏より以下の 3 点をテーマに約 1 時間の基調講演を拝聴した 1. 乳腺正常上皮細胞の前駆細胞 (progenitor cell) に関するコンセプト 2. 乳腺上皮前駆細胞理論と正常分化 3. 乳腺上皮前駆細胞理論と癌化 乳腺正常上皮細胞の幹細胞 / 前駆細胞 (progenitor cell) に関するコンセプト Boecker 氏らが 1986 年に発表した論文で唾液腺の検体を用いて基底細胞 (Basal cell) はサイトケラチン (Ck5, 14, 17) が陽性となり 上皮細胞では Ck8, 18 が陽性 筋上皮細胞は SMA 陽性であり これらの細胞が免疫染色により見分けられることを発表している 乳腺組織にも同様の特徴がみられ Ck5/14 は基底細胞に発現が見られることから Basal marker Ck8/18 は腺 / 上皮細胞に発現が見られることから Luminal marker と考えられる 古くから実験では乳腺の細胞 1 個を移植することにより乳腺組織への分化がみられることが知られており 乳腺の幹細胞の概念が存在している 正常乳腺組織では Ck5 陽性 Ck8/18 陰性の細胞が乳腺前駆細胞 / 幹細胞と考えられる 乳腺上皮前駆細胞理論と正常分化 マンモスフィアという実験系では細胞培養系により乳腺細胞の分化発育を詳細に検討することが可能でありこれらの細胞の分析においても乳腺組織の前駆細胞 / 幹細胞は Ck5/14 陽性 エストロゲン受容体 (ER) 陰性 Ck8/18 陰性であり 分化した腺上皮細胞は Ck8/18 陽性 ER 陽性 Ck5/14 陰性 筋上皮細胞は SMA 陽性であることが明らかとされている これらの結果より乳腺の前駆細胞 / 幹細胞は Ck5/14 陽性 ER 陰性の Basal cell の特性を持ち 成熟した腺 / 上皮細胞 (Ck5/14 陰性 Ck8/18 陽性 ER 陽性 ) あるいは筋上皮細胞 (Ck5/14 p63 や SMA(Smooth muscle actin) 陽性 ) のいずれにも分化可能である理論づけている 腺上皮細胞には ER 陽性と ER 陰性の両者が存在し ER 陰性細胞は分化過程にある細胞 ER 陽性細胞がより成熟した細胞と考えられる 相互的にパラクリン作用などで分化誘導が行われている可能性があり興味深い 乳腺上皮前駆細胞理論と癌化 従来乳腺の癌化の過程は Usual ductal hyperplasia Atypical ductal hyperplasia Ductal carcinoma situ Invasivel ductal carcinoma (UDH) (ADH) (DCIS) (IDC) のように考えられてきた しかし Boecker 氏は 2002 年の論文で UDH における Ck5/8/18 の分布は正常組織と同様のパターンを示し悪性パターンを示さないことを報告した 一方 遺伝子解析の見地からも細胞の癌化は遺伝子変異にありこれは ADH や DCIS にも確認されるが UDH には見られない 免疫染色のパターンからは UDH は一般的に Ck5/14 陽性であるが DCIS もしくは ADH では陰性である 実際に DCIS の 97% は monoclonal に Luminal パターンを示している よって UDH は前癌病変ではなく ADH や DCIS に進行することもないと提唱している Usual ductal hyperplasia Atypical ductal hyperplasia Ductal carcinoma situ Invasivel ductal carcinoma (UDH) (ADH) (DCIS) (IDC) 2

氏の提唱する Ck の免疫染色を用いた病変の良悪性診断は上記のように HE 染色では診断が困難であるとされる UDH と ADH もしくは DCIS の鑑別診断に非常に有用である 臨床的見地からは浸潤癌となる可能性のある病変が治療対象となるため ADH/ DCIS は見落としなく診断される必要があり 過剰治療や患者の QOL のためには治療を要さない UDH を正確に かつ比較的簡便に診断することの意義は大きい 実際の診断ではピットフォールがあり アポクリン化生 Flat epithelial atypia(fea), Columner cell change/hyperplasia(ccc/cch) などでは免疫染色パターンによる分類が困難となる場合があることに注意したい また氏は乳癌進行の経路に関するコンセプトも提唱された 乳癌には low grade pathway, intermediate grade pathway, high grade pathway が存在するという Low grade pathway は FEA もしくは ADH から low grade DCIS Grade 1 浸潤癌 小葉癌 管状癌などに進行する High grade pathway は Clinging carcinoma polymorphous type から high grade DCIS Grade 3 浸潤癌へと進行し 同じ pathway をとるものは形態学的 分子学的マーカーも酷似すると述べた また 講演の終りに近年特に注目されている Basal type calcinoma について触れられた 近年注目されている遺伝子の網羅的発現解析では乳癌の特性が Basal type, Luminal type, Her2 type などに分類され 遺伝子発現による分類が余語や治療効果予測と密接な関係にあることが示唆されている Bassal type は遺伝子解析にもとづく分類概念であり ER 陰性 PR 陰性 HER2 陰性のいわゆる triple negative とは同一概念では括れない Boecker 氏らはこうした遺伝子も網羅的解析の手法が開発されるより以前から乳房の細胞の特性を免疫組織学的手法によって Basal type, Luminal type などに分類が可能であったのである 浸潤癌の約 10% が Basal marker である Ck5/14 が陽性であるがおそらくすべてがいわゆる triple negative cancer もしくは Basal type tumor というわけではないであろう High grade tumor の 5-10% 髄様癌の 54.8% は Ck5/14 が陽性であり ほかに Adenosquamous cell carcinoma, squamous cell carcinoma, metaplastic carcinoma なども Ck5/14 が陽性が陽性となる 3

2007.10.13 ケーススタディ 聖路加国際病院の計らいにより興味深い症例に対するケーススタディが行われた 中村先生による司会 11 人の若手医師 ( 病理 外科 ) が症例に対する意見を述べ Boecker 先生に解説をいただく進行となった 特に興味深かった症例のディスカッションポイントを述べる 症例 1: 42 歳女性 6mm 大の腫瘍 細胞診 Class3 病理写真が提示された時点では前列の医師は乳頭腫 blunt duct adenosis, sclerosing adenosis がみられるが悪性所見はないと一致した見解であり この症例で Boecker 氏が注目する点が不明であった Boecker 氏は本症例を大変興味深いと話されこうした病変にこそサイトケラチンによる染色を行うと良悪性の鑑別が容易になると話された また本症例にはアポクリン化生を伴う病変があり アポクリン化生の部ではサイトケラチン染色性による判断に注意を有することを示された 症例 2: 硬化性腺症内の異型細胞 少数 低異型度の異型細胞の分類として Atypical ductal hyperplasia が用いられる その定義として腺管 2 個以内の病変 あるいは 2mm 以内の病変とする成書もあるが Boecker 氏は周囲病変との違いも考慮するとしている ADH というのは非常にあいまいな診断名であるので汎用を避けたいとも話された 本症例のように Sclerosing adenosis の範囲内におさまる異型細胞は Atypical proliferating lesion( もしくは ADH) Sclerosing adenosis の範囲を超えて広がりがあれば DCIS と呼ぶと話された この概念は日本の病理医には浸透しておらず 活発なディスカッションに及んだ 一般的に外科医の立場からすると Sclerosing adenosis のような画像で指摘される病変があり 針生検などでその内部に癌を疑う異型細胞の存在が確認できれば画像で確認できる病変から十分にマージンを取った手術を計画してしまうであろう しかし重要なことは Sclerosing adenosis 内の異型病変は一般的に広範な病変とはならず Sclerosing adenosis 内におさまることが多いため MRI や超音波で病変が広く見えたとしても Sclerosing adenosis の範囲のみを切除するような比較的縮小手術をするべきであると話された 多くの病理医や外科医が今後の症例の扱いに関して参考にすべき意見であった 他にも mucocele like lesion 乳頭腫から癌化が疑われた症例 DCIS における Basal type phenotype の意義などを問う興味深い症例が提示され ディスカッションが盛んであった 残念ながら 4 症例のみの検討にとどまったが時間の許す限り丁寧に またわかりやすく解説を行っていただいた Boecker 先生の姿がとても印象的であった 4

第 2 日目 10 月 14 日 ( 日 ) 昨日のディスカッションの熱気をそのままに 14 日には講演からシンポジウム形式で会は進行した 参加者は 13 日に比較すると外科医の割合が多くなったようであった Prof. Werner Boecker 講演 まずは Boecker 先生から昨日のレクチャーのサマリーといった形での講演が行われた 乳腺の細胞には 2 つのタイプがあり Basal type と Luminal type とがある 二つのタイプはそれぞれの細胞特性が異なっている 形態学的特性の変化もあるが それを鑑別するためにはサイトケラチンの染色性の違いを確認することが有用である Basal type はサイトカイン (CK)5 や 14 が陽性であり Luminal type は Ck 8 や 18 が陽性となる 乳腺の正常細胞の発生としてより未熟な細胞 ( 幹細胞 ) は Ck5/14 が陽性となることが多く 成熟した基底細胞は Ck5/14 が 腺細胞は Ck 14 や 8/18 が陽性となる Estrogen 受容体は腺細胞分化に関与することが分かっている 癌発生の進行については Usual ductal hyperplasia (UDH) Atypical ductal hyperplasia (ADH) Ductal carcinoma in situ (DCIS) Invasiveductal carcinoma (IDC) というシークエンスが一般的に考えれられているが Boecker 氏の理論によると UDH から ADH への移行というプロセスはなく UDH と ADH/DCIS/IDC は全く別物であると考えられる ADH/DCIS/IDC は遺伝子の突然変異による異常細胞 ( 腫瘍 ) であり 一つの細胞の突然変異を由来とするためモノクローナルな細胞の集団であると考えられる 一方 UDH は過形成を主体とするため 腫瘍組織内の細胞は基底細胞や腺細胞などのヘテロジェナイエティな特性を有する細胞集団である これはサイトカインの染色をするとより顕著に鑑別される すなわち UDH は Ck 5 や 8 が陽性であり細胞の分布がヘテロであるが ADH/DCIS はモノクローナルな細胞集団である この点から見ても UDH と ADH は全く異なるものと考える 乳癌の場合 85-93% が Luminal type の癌であるのに対し Basal type の癌は 7-15% 存在し 一般的に予後が悪い この Basal type の癌は前駆細胞 / 幹細胞から分化した幹細胞であり これに対し Luminal type の癌はより分化した Luminal cell から発生したものであり 幹細胞からは分化しない このことからも Luminal type tumor と Basal type tumor は全く異なるものと考えられる 病理学的に病変が DCIS なのか 悪性ではない過形成性病変なのかという点は 患者のその後の治療に関して大きな違いがでてくる その場合サイトケラチンで結果がでるという先生のご講演は非常に新鮮な驚きがあり また我々の日常診療においても直ちに導入可能と思われる また Basal type 乳癌は一般的に予後不良 治療抵抗性と考えられるがその発生を解明することにより治療戦略への応用が期待される 5

Dr. Puay-Hoon Tan 講演 シンガポールの乳癌罹患率は 53.1% 増加率は 3% であり 55-59 歳が最も多い 温存手術率は約 60% である 検診発見乳癌のうち DCIS は 25-32% を占め 年齢別にみると低年齢 (40 代 ) に多い Luminal marker として Ck7, 8, 18, 19 など Basal marker として Ck5, 14, 17 を用いている 現在その他 p53 HER bc12 なども参考に予後を推測している 乳癌と一口に言っても その中身は非常に不均一な疾患であるため 今後更なる国際的な研究が必要であると考えている Tan 氏のご講演からはシンガポールにおける乳癌の実情 治療体制を知ることができ 日本との違いを感じた Dr. Jyunichi Kurebayashi 講演 現在さまざまな予後規定因子の研究 解析が進められている 一般的に日本人の乳癌は予後がよいとされている 年齢分布の違いなどが従来指摘されているが 氏らの検討によると限られた population が対象ではあるが 日本人乳がんでは Luminal A が 63.3% Basal type が 8.4% であるのに比し non African American ではそれぞで 54.0% 16.0% であり African American では 47.4% 26.5% と腫瘍特製の分布に違いがあることも一因の可能性と推察される 予後規定因子として 緑茶と乳癌の関係が研究されており Basal type 乳癌に緑茶のカテキンが効果的である可能性を述べられた Triple negative 乳癌 (ER 陰性 PgR 陰性 HER2 陰性 ) の乳癌は検診間の発見例が多く 3y DFS および 5y OS の不良因子であるといわれている Triple negative 乳癌は臨床的には Basal type とオーバーラップする Triple nagative 乳癌と言っても一律ではない Triple negative 乳癌に対しその特性に応じ 分子標的薬剤を用いた治療戦略が数多く検討されている 緑茶のカテキンの話が印象的であった 日本人に発生する乳癌がおとなしいといわれる由縁かどうかは現時点では解明されてはいないが 食生活を始め最近乳癌に関わると考える様々な生活因子の統計 研究がなされていることを考えると 興味深い パネルディスカッション 日本 HongKong シンガポールの乳癌の特徴が紹介された 日本は Luminal A の率が比較的高く HER2 または Triple negative type の割合が低い これに対し シンガポールは Luminal A の割合が低く Triple negative の割合が日本の 5 倍以上と高い しかしどのように発見された乳癌を対象としたかにもより腫瘍特性の分布は異なる可能性があるため今後さらなる検討を要すると思われる 会場からの質問では Basal marker として何が最も有用かという質問があったが Boecker 氏は Ck5 と Ck14 に対する混合抗体がよいとされた 日本では Ck5/6 に対する混合抗体が用いられるが Ck6 は乳癌の診断に関しては有用性が高くはないようである Triple negative 癌とはいっても術前化学療法に非常に奏効をしめすものと抵抗性のものがあることについてのは紅林先生から Triple negative 乳癌には BRCA1mutation のキャリアが多く BRCA 異常を伴う場合にはタキサン系薬物が効きにくく DNA 障害性薬剤を用いたほうがよいという考えを示された 6

Boecker 氏より :LCIS は Luminal type で CD8/18(+) CD5/14(-) であり 臨床的には DCIS とは E-cadherin の染色性で鑑別する 従来 LCIS はほぼ良性といわれていたが 最近では前癌病変という意味合いでやや悪性よりに考えてもよいかもしれない Pleomorphic もしくは Comedo タイプの石灰化を有する場合は切除をしたほうがよいであろう ADH は WHO の定義にもあるように CD8/18(+) CD5/14(-) である LCIS や FEA も確率としては低いが浸潤癌の前駆病変と考えられる Boecker 氏より :DCIS に対する治療は手術が原則 氏の施設では通常 1cm の断端陰性 直上の皮膚切除 大胸筋筋膜の合併切除を基準として術後照射は行わない方針としている この方針において温存手術率は 40% 局所再発率は 1-2% であると話された 日本においては断端陰性の基準は施設ごとに異なるが 露出しない 2mm 5mm などとしているところが多いと思われ また 術後照射も原則的に行われているものと考えられる 氏は NSABP の試験を例に放射線照射では局所再発を 0 にはできない ( 治癒しない ) こと ホルモン陽性であれば Tamoxifen が効果はあるが 詳細な病理学的検討による断端評価が何よりも重要であることを力説されていた 検診で発見された DCIS などの早期乳癌は治療しなくてもよい 予後の良いものなのではという問いに対し Boecker 氏は DCIS の 60% は浸潤癌に進行すること ドイツの氏の携わる検診プログラムの評価において検診導入前に比較し導入後は乳房温存率が 40% から 60% に上昇したこと Grade 1 腫瘍率が上昇したこと 浸潤癌のリンパ節転移率が低下したことを示され検診の意義および検診で発見された早期乳癌に対する治療の意義を説かれた この 2 日間を通じて Boecker 先生の講義を受けることで 氏の理論を私なりに解釈することができたように思う 同時に氏がこの理論に至った背景の研究をもっと深く理解してみたいと思った 乳癌の前駆細胞に関する研究は現在盛んであり 前駆細胞をターゲットにした治療戦略も今後展開されよう 氏の理論は正常細胞の分化 腫瘍の発生 診断を解明するものであるが 病気の本質を明らかにすることによる発展性は無限であろう Boecker 氏のように検診から日常診断 治療にまで患者への対応を視点に入れたうえで 広く病理医が関与することで乳癌に関する新たな知見が見出され 有機的に患者に還元されているのであろう 氏が時おり強調されていたように乳癌への対応は 臨床にも基礎研究の分野においても病理 画像診断 外科 内科など多角的なチーム構築が重要であると実感した 7

www.jccnb.net 8