子どもの双極性障害

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た 18 歳以上の AD/HD 患者を対象に 日本人を含むアジア人によるプラセボ対照二重盲検比較試験及びその長期継続投与試験が現在実施されており 本剤の製造販売者によれば これらの試験成績に基づき 本剤の成人期 AD/HD 患者への追加適応に関する承認事項一部変更承認申請が行われる予定とされている

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2013_ここからセンター_発達障害

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改訂内容 ( 部追加 改訂 部削除 ) ビ シフロール 錠, ミラペックス LA 錠 共通 改 訂 後 改 訂 前 2. 重要な基本的注意 2. 重要な基本的注意 (5) レボドパ又はドパミン受容体作動薬の投与により 病的賭博 ( 個人的生活の崩壊等の社会的に不利な結果を招くにもかかわらず 持続的に

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Ⅰ. 改訂内容 ( 部変更 ) ペルサンチン 錠 12.5 改 訂 後 改 訂 前 (1) 本剤投与中の患者に本薬の注射剤を追加投与した場合, 本剤の作用が増強され, 副作用が発現するおそれがあるので, 併用しないこと ( 過量投与 の項参照) 本剤投与中の患者に本薬の注射剤を追加投与した場合, 本

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幻覚が特徴的であるが 統合失調症と異なる点として 年齢 幻覚がある程度理解可能 幻覚に対して淡々としている等の点が挙げられる 幻視について 自ら話さないこともある ときにパーキンソン様の症状を認めるが tremor がはっきりせず 手首 肘などの固縮が目立つこともある 抑うつ症状を 3~4 割くらい

2 抗インフルエンザウイルス薬と異常行動の議論と今後の予定 平成 21 年に取りまとめられた報告書以降の知見を改めて報告書にまとめ 以下の議論がなされた 平成 21 年以降の非臨床研究及び 10 年に及ぶ疫学研究の科学的な知見を総括し 以下の事実から タミフル服用のみに異常行動と明確な因果関係がある

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Transcription:

< シンポジウム : 子どもの双極性障害をめぐって > 子どもの双極性障害をめぐる最近の動向 傳田健三 北海道大学大学院保健科学研究院生活機能学分野 060-0812 札幌市北区北 12 条西 5 丁目 TEL & FAX: 011-706-3387 E-mail: kdenda@med.hokudai.ac.jp <Symposium: Bipolar disorders in children> Bipolar disorders in children: Modern views and recent controversy Kenzo DENDA Department of Functioning and Disability, Faculty of Health Science, Hokkaido University North 12, West 5, Sapporo 060-0812, Japan Key Words: child, adolescent, bipolar disorders 1

Ⅰ. はじめに近年 成人の気分障害臨床においては 双極性 (bipolarity) への視点が注目を集めている 双極性障害は意外に見逃されやすく 確定診断には長期の経過観察が必要である そのため 双極スペクトラム障害などの概念が提示され 躁病相を見逃さず なるべく早期から双極性障害へ発展する可能性を考慮した対応の必要性が提唱されるようになった 一方 児童期の気分障害の臨床においては 米国を中心に 児童期 前思春期の双極性障害 (PEA-BP) の論文が急速に増加している (Geller ら,1994) そこでは 児童 前思春期の双極性障害の高い有病率とその特異な臨床像 ( 急速交代型で年間の病相回数は平均 1400 回以上 ) について報告されているが その内容はわれわれの臨床の現実とは少なからず乖離していると言わざるを得ない はたして彼らが提唱する病態は本当に双極性障害なのだろうか それは大人の双極性障害へ連続するものなのだろうか 以上の議論を念頭において ここでは (1) 子どもの双極性障害の診断の問題 (2) 子どもの双極性障害と発達障害の併存の問題 (3) 抗うつ薬の副作用 とくに activation syndrome と双極性障害との関係について述べてみたいと思う Ⅱ. 診断の問題 1. 双極性障害の診断と臨床的特徴現在では 小児期の双極性障害も大人と同じ診断基準を用いて診断が可能であると考えられている DSM-IV(American Psychiatric Association, 1994) によれば 双極性障害は明らかなうつ病エピソードと ( 軽 ) 躁病エピソードの組合せが特徴である ( 軽 ) 躁病エピソードを呈していればうつ病エピソードの有無にかかわらず双極性障害に分類される うつ病エピソードは基本的には大うつ病エピソードを呈する 大人のうつ病エピソードと同じ症状が基本であるが 小児 青年では抑うつ気分はいらいらした気分であってもよく 体重減少がなくても期待される体重増加がみられないことでもよいとされている 一方 躁病エピソードの基本症状は 高揚感 開放感あるいは易怒性が 躁病エピソードであれば1 週間 軽躁病エピソードであれば4 日間以上持続する 躁病と軽躁病の違いは症状の軽重ではなく 持続期間だけなのである さらに自尊心の肥大 睡眠欲求の減少 多弁 観念奔逸 注意散漫 目標志向性の活動の増加 快楽的活動への熱中などの項目のうち3つ以上の症状が伴う 躁病エピソードの診断基準には小児期特有の項目はない DSM-IV にしたがえば 近年 米国を中心に報告が急増している児童期 前思春期の双極 2

性障害 (PEA-BP) の症例の多くは双極 Ⅰ 型障害および双極 Ⅱ 型障害いずれの診断基準も満たさず 特定不能の双極性障害に該当することになる 2.AD/HD との鑑別小児期の ( 軽 ) 躁病エピソードは AD/HD と混同されやすい 双方の診断基準はかなり重複する部分がある たとえば 注意の障害 思考の過回転 注意散漫 行動の過剰 衝動性 イライラ感などはいずれの病態にもみられる症状である そのため これまで双極性障害と AD/HD の合併が高率であるという意見とさほど高率には合併しないという意見の間で論争があった (Biederman et al,1991;schapiro, 2005) 大人の双極性障害の中に AD/HD の既往歴のある患者が決して多くないことを考えると 双極性障害の症状が一時的に AD/HD の診断基準を満たしている可能性も考えられる もちろん 双極性障害と AD/HD が明らかに合併する症例も存在するが 決して高率とは言えないのではないだろうか 鑑別のポイントは 双極性障害は一般に回復と再発を繰り返す疾患であるので 明らかな周期および寛解期が見られるが AD/HD は周期的な経過はとらず 同じ状態が慢性に経過する病態であるところである 多くの縦断的研究によると 児童期 前青年期のうつ病が双極性障害へ移行することはきわめて稀である また AD/HD の診断基準を満たした子どもが成人になって双極性障害を発症するリスクが高まるという明らかなデータも示されていないのが現状である 3. 広汎性発達障害との鑑別近年 広汎性発達障害 (PDD) に対する関心が高まり とくに高機能広汎性発達障害 ( 高機能自閉症およびアスペルガー障害 ) や軽症の広汎性発達障害 ( 多くは特定不能の広汎性発達障害 :PDD-NOS) に注目が集まっている 従来 AD/HD と診断されていた症例も 詳細な生育歴をとり PDD に沿った質問をし直すと PDD が合併していることが少なくない その場合は AD/HD の診断は消え PDD という診断となる 従来から PDD の症例の中には よく観察すると気分の変動 無動と多動の繰り返し 周期的な易怒性 攻撃性 周期的な睡眠障害などを示すことがあることが知られていた しかし PDD の症状が目に付くために 双極性障害の視点では見てこなかったと考えられる 米国で報告されている児童期 前思春期の双極性障害 (PEA-BP) の症例には PDD が合併している症例が含まれているのではないだろうか Papolos ら (2002) も子どもの双極性障害のモノグラフの中で双極性障害と PDD の合併について詳しく述べている 今後 双極性障害と PDD の合併の問題およびその鑑別と異同について検討する必要があると思われる 3

Ⅲ. 小 中学生に対する構造化面接を用いた疫学調査について 1. 対象と方法著者ら ( 傳田,2008a,b) は 2007 年 一般の小 中学生における気分障害の有病率について検討するため 精神疾患簡易構造化面接法 ( 小児 青年用 )MINI-KID 2005 を用いて 千歳市 ( 人口 91,000 人 ) の小 中学生 738 人 ( 男子 382 人 女子 356 人 : 小学 4 年生 187 人 小学 5 年生 143 人 小学 6 年生 286 人 中学 1 年生 122 人 ) に対して精神科医が直接面接を行うという方法で疫学調査を行った 小児 青年期を対象とした MINI-KID は 2005 年に大坪らが翻訳している 2. 小 中学生の気分障害の有病率小 中学生における気分障害の有病率においては 全対象 738 人のうち 何らかの気分障害の診断基準を満たしたものは 31 人 (4.2%) であり 大うつ病性障害と診断可能であったものは 11 人 ( 1.5%) 小うつ病性障害は 10 人 ( 1.4%) 気分変調性障害は2 人 (0.3%) 双極性障害 8 人 (1.1%) であった ( 表 1) これが小学 4 年生から中学 1 年生の児童 生徒における気分障害の有病率と考えられる 各学年別にみると 小学 4 年生では 大うつ病性障害の診断基準を満たしたものは1 人 (0.5%) 小うつ病性障害は1 人 (0.5%) 気分変調性障害は0 人 (0%) 双極性障害 1 人 (0.5%) であった 小学 5 年生では 大うつ病性障害の診断基準を満たしたものは1 人 (0.7%) 小うつ病性障害は1 人 (0.7%) 気分変調性障害は0 人 (0%) 双極性障害 1 人 (0.7%) であった 小学 6 年生では 大うつ病性障害の診断基準を満たしたものは4 人 (1.4%) 小うつ病性障害は4 人 (1.4%) 気分変調性障害は1 人 (0.3%) 双極性障害 3 人 (1.0%) であった 中学 1 年生では 大うつ病性障害の診断基準を満たしたものは5 人 (4.1%) 小うつ病性障害は4 人 (3.3%) 気分変調性障害は1 人 (0.8%) 双極性障害 3 人 (2.5%) であった 以上の結果を図 1に示した 小学生と中学性別のオッズ比 OR=4.33, P=0.023 であった また単独のロジスティック回帰分析では小学生と中学生では オッズ比 OR=4.34, P=0.017 であり 中学生になると大うつ病性障害になる危険率が有意に増すということができる 3. 子どもの気分障害の有病率をどう考えるか 1) 全対象 738 人のうち 気分障害の有病率は 4.2% であり その内訳は大うつ病性障害 1.5% 小うつ病性障害 1.4% 気分変調性障害 0.3% 双極性障害 1.1% であった 4

2) 大うつ病性障害については 学年別にみると 小学 4 年生では 0.5% 小学 5 年生では 0.7% 小学 6 年生では 1.4% であった しかし中学 1 年生では 4.1% となっており 小学生と比較して有意に増加していた 中学 1 年生の大うつ病性障害の有病率は ほぼ成人の有病率に近い値と考えられた 大うつ病性障害の性別に関しては 小学 4 年生から中学 1 年生までの年代において (9~13 歳 ) 女性が有意に多かった 3)MINI-KID の大うつ病性障害の診断の信頼性は高いと考えられた 子どもの回答に沿った診断の多くは 精神科医の診断と一致していた 通常の精神科面接に加えて 構造化面接を行う意義は十分にあると考えられる 4) 双極性障害はいずれも双極 Ⅱ 型障害と考えられた また 調査時に ( 軽 ) 躁病エピソードを呈したものは1 名もおらず ( 軽 ) 躁病エピソードの判定は本人の陳述のみによっており 家族や教師の情報を得ていないため ( 軽 ) 躁病エピソードの診断には一定の限界があると考えられる 5)MINI-KID の双極性障害の診断については 偽陽性が少なくないということが明らかになった 健康な子どもでも MINI-KID の ( 軽 ) 躁病エピソードの質問を肯定してしまう子どもが存在した また 偽陽性の子どもの一部は 家族や教師からの情報がないために断定的なことをいうことはできないが アスペルガー障害や AD/HD の可能性が示唆された これは双極性障害の症状と広汎性発達障害や AD/HD の症状において重なる部分が少なくないことが最も大きな理由と考えられた この点においては 診察する精神科医が 発達歴 行動観察 家族や教師からの情報収集などを十分に行い 総合的な診察が必要であると考えられた 6) 以上のことから 近年 米国を中心に報告されている子どもの双極性障害の高い有病率とそれに関連する AD/HD と双極性障害の高い合併率の問題は 広汎性発達障害や AD/HD の症状が一時的に双極性障害の診断基準を満たした可能性があり 子どもの双極性障害の有病率は決して高くないと考える方が妥当であると思われた 4. 双極性障害の診断について今回の調査で明らかになったことは双極性障害の偽陽性が多かったことである その中の一部は広汎性発達障害や AD/HD を疑わせる事例が多かった これは双極性障害の症状と広汎性発達障害や AD/HD の症状において 多動 多弁 イライラ感 衝動性 注意散漫などの重なる部分が多いことが最も大きな理由と考えられた また同時に 高機能広汎性発達障害や AD/HD の子どもたちも うつ症状や躁うつ症状を訴 5

え 同じような苦痛や困難を抱えていることも十分に認識する必要があるだろう Ⅳ. 子どもの気分障害と自殺関連行動について 2003 年の英国における 18 歳未満の大うつ病性障害患者への paroxetine の投与禁忌の勧告以来 SSRI を含む抗うつ薬による自殺関連事象増加の問題が議論になっている ここでは これまでの SSRI を含む抗うつ薬と子どもの自殺行動に関する論議をまとめながら 双極性障害と自殺関連事象との関連について述べてみたい ( 傳田,2003,2007b; 清水ら,2007) 1.SSRI と自殺行動に関する論議について SSRI と自殺行動をめぐる論議は 10 年以上前に SSRI の fluoxetine 治療中に自殺傾向が悪化し 中止後に症状が改善したという症例報告がいくつか発表されたことに始まる 2003 年 5 月 英国医薬品庁 (MHRA) は paroxetine の児童 青年期の臨床試験において その有害事象として 食欲減退 振戦 発汗 運動過多 敵意 激越 情動不安定 ( 泣き 気分変動 自傷 自殺念慮 自殺企図など ) が発現頻度 2% 以上かつプラセボの頻度の2 倍以上で報告されたことから 18 歳未満の大うつ病性障害患者への paroxetine の投与を禁忌とする勧告を発表した わが国でも 2003 年 8 月 厚生労働省は英国の措置を受けて 18 歳未満の大うつ病性障害患者に対する paroxetine の使用禁忌の勧告を出した ( 傳田,2007b) 一方 米国食品医薬品局 (FDA) は 英国の措置を受けて 18 歳未満の大うつ病性障害患者への paroxetine の投与を推奨しない旨の勧告を発表した その後 2004 年 9 月 児童 青年期のうつ病患者の抗うつ薬に関連した自殺関連事象のリスク増加に関して すべての抗うつ薬が当てはまると結論づけた そして 特定の抗うつ薬のみ禁忌にするという措置はとらず すべての抗うつ薬について 児童 青年期患者において 自殺関連事象のリスクが高まるという内容の強い警告 (Black Box Warning) を記載し 注意喚起を促した ( 傳田,2007b) 2005 年 4 月 欧州医薬品審査庁 (EMEA) は 18 歳未満の患者に対する paroxetine の投与は禁忌ではなく警告として注意喚起を行うとし それが EU の統一見解として発表された それを受けて 英国においても 18 歳未満の患者に対する paroxetine の使用を禁忌から警告へ変更するとした わが国においても 厚生労働省は 2006 年 1 月 18 歳未満の患者に対する paroxetine の使用を禁忌から警告へ変更したのである ( 傳田,2007b) 2.Activation syndrome という概念の登場 FDA は 2004 年 3 月 22 日の Talk Paper で 抗うつ薬による中枢刺激様症状を activation 6

syndrome として 不安 焦燥感 パニック発作 不眠 易刺激性 敵意 衝動性 アカシジア 軽躁状態 躁状態の 10 症状をあげている ( 傳田,2007b) ただし これは自殺関連事象 ( 自殺行動 / 念慮 ) の危険性を高める症状を列挙したにすぎないと考えることもでき 抗うつ薬の副作用なのか 原疾患であるうつ病の悪化なのか 躁状態あるいは混合状態への発展なのかについての異同や鑑別については明確にされていない 今後 この activation syndrome という概念が一つの症候群として確立していくためには 更なるデータの蓄積と病態の解明が必要である 3. SSRI による自殺関連事象増加 の本態は何か? まず SSRI による自殺関連事象 ( 本稿では activation syndrome と仮称 ) の本態は何なのだろうか 考えられる病態を列挙してみたい そして 実際にそのような状態が出現した場合の対応の方法についても検討してみたい ( 清水ら,2007) 1) ジッタリネス症候群 ( あるいはアカシジア様症状 ) Activation syndrome の具体的な症状のうち 不安 焦燥 不眠 易刺激性 アカシジアなどは 抗うつ薬によって生じるジッタリネス症候群の症状に近似している アカシジア様症状と言うこともできる Activation syndrome がジッタリネス症候群であるとすると それは SSRI に特有の症状ではなく 三環系抗うつ薬や SNRI においても生じうるものである また 児童 青年期患者に特有の症状でもなく 成人症例にも出現しうる症状と考えることが可能である ジッタリネス症候群が出現した場合は 抗うつ薬の副作用と考えることができるため 軽度の場合は抗不安薬の併用で対応し 中等度あるいは重度の場合は当該抗うつ薬を中止し 他の抗うつ薬への変更を考えるべきである 2) 躁状態あるいは混合状態 Activation syndrome の症状のうち 易刺激性 敵意 衝動性 軽躁状態 躁状態などは SSRI によって ( 軽 ) 躁状態あるいは混合状態が引き起こされたと考えることができる 児童 青年期の ( 軽 ) 躁状態あるいは混合状態は自殺行動や自殺念慮につながる可能性がある とくに双極 Ⅱ 型障害の場合は パーソナリティの問題と誤診されることが少なくないので注意が必要である ( 軽 ) 躁状態あるいは混合状態に移行したと判断される場合は 抗うつ薬を減量 中止し 必要十分量の気分安定薬を投与することになる 気分安定薬のみではコントロールが不十分な場合は 非定型抗精神病薬の併用も考慮されるべきである 7

筆者らの調査 ( 清水ら,2007) では activation syndrome と双極性障害の関連が最も重要であると考えられた すなわち 本来は双極性障害であった症例に SSRI などの抗うつ薬が投与されることによって 躁状態や混合状態が誘発される可能性が少なくないということである とくに 若年発症のうつ病は双極性障害へ移行しやすいので 抗うつ薬の使用には細心の注意が必要である 3) うつ症状の悪化あるいは併存障害の顕在化子どものうつ病では大人と比較するとイライラ感 易怒性 焦燥感が出現しやすいことが特徴である DSM-IV でも 児童 青年期の大うつ病性障害の診断において 抑うつ気分の代わりにイライラ感であってもよい という注釈がついている したがって activation syndrome が 子どものうつ病本来の症状であるイライラ感や焦燥感が何らかのきっかけによって悪化した可能性が考えられる また 欧米の子どものうつ病の臨床試験には 10~30% の割合で行為障害あるいは注意欠陥 / 多動性障害 (AD/HD) の症例が含まれている その場合は イライラ感や易怒性が行為障害や AD/HD の症状と考えることも可能である この場合は 生育歴の再聴取を行って 十分な鑑別診断あるいは comorbidity の確認を行う必要があると考えられる うつ病の悪化と考えられる場合は 当該抗うつ薬を他の抗うつ薬へ変更することを考慮すべきである 行為障害や AD/HD などの併存障害の顕在化の場合は 全体の状態へのうつ病の関与を十分に検討したうえで 抗うつ薬を使用する必要性を再検討するべきと考えられる Ⅴ. おわりに小児期の双極性障害はこれまでほとんど脚光を浴びることなく きわめて稀な疾患であると考えられてきた ところが 1980 年以降 小児期のうつ病が少なからず存在することが明らかになり 小児期の双極性障害にも注目が集まるようになった ( 傳田,2007a; 加藤ら, 2006) 近年では 広汎性発達障害や AD/HD との合併の問題が論議されている 今後 その理解には 生物学的要因と心理 社会的要因に加え 発達的要因を総合する視点が必要になってくると考えられる 8

文献 American Psychiatric Association (1994): Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders, 4th edition (DSM-IV). Washington, DC, American Psychiatric Association. Biederman J, Faraone SV, Keenan K, et al (1991): Evidence of familial association between attention deficit disorder and major affective disorders. Archives of General Psychiatry, 48: 633-642. 傳田健三 (2003): 児童 青年期の気分障害に対する薬物療法. 児童青年精神医学とその近接領域,44: 371-380, 2003. 傳田健三 (2007a): 子どもの双極性障害. こころの科学,131: 67-71. 傳田健三 (2007b): SSRI の児童 青年期患者への投与と安全性.SSRI のすべて ( 小山司編 ), 東京, 先端医学社. 傳田健三 (2008a): 児童 青年期の気分障害の臨床的特徴と最新の動向, 児童青年精神医学とその近接領域,49(2): 89-100, 2008 傳田健三 (2008b): 児童 青年期の気分障害の診断学-MINI-KID を用いた疫学調査から-, 児童青年精神医学とその近接領域,49(3): 286-292, 2008 Geller B, Fox LW, Clark KA(1994): Rate and predictors of prepubertal bipolarity during follow-up of 6- to 12-year-old depressed children. J Am Acad Child Adolesc Psychiatry 33: 461-468. 加藤忠史 金生由紀子 (2006): 小児 思春期の双極性障害 - 近年の増加の要因について-. 臨床精神医学,35: 1399-1405. Papolos DF & Papolos J(2002): The bipolar child. New York, Pam Bernstein & Associates Inc.( 十一元三, 岡田俊監訳 (2008): 子どもの双極性障害. 東京, 東京書籍 ) Schapiro NA(1991): Bipolar disorders in children and adolescents. Journal of Pediatric Health Care 19:131-141, 2005Biederman J, Faraone SV, Keenan K, et al: Evidence of familial association between attention deficit disorder and major affective disorders. Arch Gen Psychiatry 48: 633-642. 清水祐輔, 賀古勇輝, 北川信樹他 (2007): 児童 青年期の大うつ病性障害における抗うつ薬 ( 主に SSRI, SNRI) による情動変化および自殺関連事象の臨床的研究. 児童青年精神医学とその近接領域,48: 503-519. 9

表 1 気分障害の有病率 全対象 (738) 小学 4 年生 (187) 小学 5 年生 (143) 小学 6 年生 (286) 中学 1 年生 (122) 大うつ病性障害 1.5% ( 男子 4 例, 女子 7 例 ) 0.5% ( 男子 1 例 ) 0.7% ( 女子 1 例 ) 1.4% ( 男子 1 例, 女子 3 例 ) 4.1% ( 男子 2 例, 女子 3 例 ) 小うつ病性障害 1.4% ( 男子 2 例, 女子 8 例 ) 0.5% ( 女子 1 例 ) 0.7% ( 女子 1 例 ) 1.4% ( 女子 4 例 ) 3.3% ( 男子 2 例, 女子 2 例 ) 気分変調性障害 0.3% ( 男子 2 例 ) 0 0 0.3% ( 男子 1 例 ) 0.8% ( 男子 1 例 ) 双極性障害 1.1% ( 男子 2 例, 女子 6 例 ) 0.5% ( 女子 1 例 ) 0.7% ( 男子 1 例 ) 1.0% ( 男子 1 例, 女子 2 例 ) 2.5% ( 女子 3 例 ) 10