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は減少しています 膠原病による肺病変のなかで 関節リウマチに合併する気道病変としての細気管支炎も DPB と類似した病像を呈するため 鑑別疾患として加えておく必要があります また稀ではありますが 造血幹細胞移植後などに併発する移植後閉塞性細気管支炎も重要な疾患として知っておくといいかと思います 慢性

結核発生時の初期対応等の流れ

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糖尿病診療における早期からの厳格な血糖コントロールの重要性

通常の市中肺炎の原因菌である肺炎球菌やインフルエンザ菌に加えて 誤嚥を考慮して口腔内連鎖球菌 嫌気性菌や腸管内のグラム陰性桿菌を考慮する必要があります また 緑膿菌や MRSA などの耐性菌も高齢者肺炎の患者ではしばしば検出されるため これらの菌をカバーするために広域の抗菌薬による治療が選択されるこ

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佐賀県肺がん地域連携パス様式 1 ( 臨床情報台帳 1) 患者様情報 氏名 性別 男性 女性 生年月日 住所 M T S H 西暦 電話番号 年月日 ( ) - 氏名 ( キーパーソンに ) 続柄居住地電話番号備考 ( ) - 家族構成 ( ) - ( ) - ( ) - ( ) - 担当医情報 医

て 弥生時代に起こったとされています 結核は通常の肺炎とは異なり 細胞内寄生に基づく免疫反応による慢性肉芽腫性炎症であり 重篤な病変では中が腐って空洞を形成します 結核は はしかや水疱瘡と同様の空気感染をします 肺内に吸いこまれた結核菌は 肺胞マクロファージに貪食され 細胞内で増殖します 貪食された

に 真菌の菌体成分を検出する血清診断法が利用されます 血清 βグルカン検査は 真菌の細胞壁の構成成分である 1,3-β-D-グルカンを検出する検査です ( 図 1) カンジダ属やアスペルギルス属 ニューモシスチスの細胞壁にはβグルカンが豊富に含まれており 血液検査でそれらの真菌症をスクリーニングする

2009年8月17日

はじめに この 成人 T 細胞白血病リンパ腫 (ATLL) の治療日記 は を服用される患者さんが 服用状況 体調の変化 検査結果の経過などを記録するための冊子です は 催奇形性があり サリドマイドの同類薬です は 胎児 ( お腹の赤ちゃん ) に障害を起こす可能性があります 生まれてくる赤ちゃんに

2017 年 3 月臨時増刊号 [No.165] 平成 28 年のトピックス 1 新たに報告された HIV 感染者 AIDS 患者を合わせた数は 464 件で 前年から 29 件増加した HIV 感染者は前年から 3 件 AIDS 患者は前年から 26 件増加した ( 図 -1) 2 HIV 感染者

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第1回肝炎診療ガイドライン作成委員会議事要旨(案)

別紙 1 新型インフルエンザ (1) 定義新型インフルエンザウイルスの感染による感染症である (2) 臨床的特徴咳 鼻汁又は咽頭痛等の気道の炎症に伴う症状に加えて 高熱 (38 以上 ) 熱感 全身倦怠感などがみられる また 消化器症状 ( 下痢 嘔吐 ) を伴うこともある なお 国際的連携のもとに

「             」  説明および同意書

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70 例程度 デング熱は最近増加傾向ではあるものの 例程度で推移しています それでは実際に日本人渡航者が帰国後に診断される疾患はどのようなものが多いのでしょうか 私がこれまでに報告したデータによれば日本人渡航者 345 名のうち頻度が高かった疾患は感染性腸炎を中心とした消化器疾患が

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2017 年 2 月 1 日放送 ウイルス性肺炎の現状と治療戦略 国立病院機構沖縄病院統括診療部長比嘉太はじめに肺炎は実地臨床でよく遭遇するコモンディジーズの一つであると同時に 死亡率も高い重要な疾患です 肺炎の原因となる病原体は数多くあり 極めて多様な病態を呈します ウイルス感染症の診断法の進歩に

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針刺し切創発生時の対応

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抗精神病薬の併用数 単剤化率 主として統合失調症の治療薬である抗精神病薬について 1 処方中の併用数を見たものです 当院の定義 計算方法調査期間内の全ての入院患者さんが服用した抗精神病薬処方について 各処方中における抗精神病薬の併用数を調査しました 調査期間内にある患者さんの処方が複数あった場合 そ

2014 年 10 月 30 日放送 第 30 回日本臨床皮膚科医会② My favorite signs 9 ざらざらの皮膚 全身性溶血連鎖球菌感染症の皮膚症状 たじり皮膚科医院 院長 田尻 明彦 はじめに 全身性溶血連鎖球菌感染症は A 群β溶連菌が口蓋扁桃や皮膚に感染することにより 全 身にい

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情報提供の例

減量・コース投与期間短縮の基準

入した場合には 経気道的な散布巣として臓側胸膜から 2-3mm 離れた内側に小葉中心性粒状影や tree-in-bud といわれる小葉中心性病変を呈しますが この所見をみた場合には呼吸器感染症を強く疑います 汎小葉性病変は 小葉間隔壁に囲まれた ほぼ 1, 2cm 四方の小葉内が細胞浸潤や滲出物ある

1. 医薬品リスク管理計画を策定の上 適切に実施すること 2. 国内での治験症例が極めて限られていることから 製造販売後 一定数の症例に係るデータが集積されるまでの間は 全 症例を対象に使用成績調査を実施することにより 本剤使用患者の背景情報を把握するとともに 本剤の安全性及び有効性に関するデータを

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ROCKY NOTE 食物アレルギー ( ) 症例目を追加記載 食物アレルギー関連の 2 例をもとに考察 1 例目 30 代男性 アレルギーについて調べてほしいというこ

葉酸とビタミンQ&A_201607改訂_ indd

耐性菌届出基準

症例報告書の記入における注意点 1 必須ではない項目 データ 斜線を引くこと 未取得 / 未測定の項目 2 血圧平均値 小数点以下は切り捨てとする 3 治験薬服薬状況 前回来院 今回来院までの服薬状況を記載する服薬無しの場合は 1 日投与量を 0 錠 とし 0 錠となった日付を特定すること < 演習

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10 年相対生存率 全患者 相対生存率 (%) (Period 法 ) Key Point 1

未承認薬 適応外薬の要望に対する企業見解 ( 別添様式 ) 1. 要望内容に関連する事項 会社名要望された医薬品要望内容 CSL ベーリング株式会社要望番号 Ⅱ-175 成分名 (10%) 人免疫グロブリン G ( 一般名 ) プリビジェン (Privigen) 販売名 未承認薬 適応 外薬の分類

査を実施し 必要に応じ適切な措置を講ずること (2) 本品の警告 効能 効果 性能 用法 用量及び使用方法は以下のとお りであるので 特段の留意をお願いすること なお その他の使用上の注意については 添付文書を参照されたいこと 警告 1 本品投与後に重篤な有害事象の発現が認められていること 及び本品

資料 3 1 医療上の必要性に係る基準 への該当性に関する専門作業班 (WG) の評価 < 代謝 その他 WG> 目次 <その他分野 ( 消化器官用薬 解毒剤 その他 )> 小児分野 医療上の必要性の基準に該当すると考えられた品目 との関係本邦における適応外薬ミコフェノール酸モフェチル ( 要望番号

未承認の医薬品又は適応の承認要望に関する意見募集について

染症であり ついで淋菌感染症となります 病状としては外尿道口からの排膿や排尿時痛を呈する尿道炎が最も多く 病名としてはクラミジア性尿道炎 淋菌性尿道炎となります また 淋菌もクラミジアも検出されない尿道炎 ( 非クラミジア性非淋菌性尿道炎とよびます ) が その次に頻度の高い疾患ということになります

2.7.3(5 群 ) 呼吸器感染症臨床的有効性グレースビット 錠 細粒 表 (5 群 )-3 疾患別陰性化率 疾患名 陰性化被験者数 / 陰性化率 (%) (95%CI)(%) a) 肺炎 全体 91/ (89.0, 98.6) 細菌性肺炎 73/ (86

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2009年8月17日

よる感染症は これまでは多くの有効な抗菌薬がありましたが ESBL 産生菌による場合はカルバペネム系薬でないと治療困難という状況になっています CLSI 標準法さて このような薬剤耐性菌を患者検体から検出するには 微生物検査という臨床検査が不可欠です 微生物検査は 患者検体から感染症の原因となる起炎

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D961H は AstraZeneca R&D Mӧlndal( スウェーデン ) において開発された オメプラゾールの一方の光学異性体 (S- 体 ) のみを含有するプロトンポンプ阻害剤である ネキシウム (D961H の日本における販売名 ) 錠 20 mg 及び 40 mg は を対象として

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したことによると考えられています 4. ピロリ菌の検査法ピロリ菌の検査法にはいくつかの種類があり 内視鏡を使うものとそうでないものに大きく分けられます 前者は 内視鏡を使って胃の組織を採取し それを材料にしてピロリ菌の有無を調べます 胃粘膜組織を顕微鏡で見てピロリ菌を探す方法 ( 鏡検法 ) 先に述

33 NCCN Guidelines Version NCCN Clinical Practice Guidelines in Oncology (NCCN Guidelines ) (NCCN 腫瘍学臨床診療ガイドライン ) 非ホジキンリンパ腫 2015 年第 2 版 NCCN.or

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インフルエンザ(成人)

診療科 血液内科 ( 専門医取得コース ) 到達目標 血液悪性腫瘍 出血性疾患 凝固異常症の診断から治療管理を含めた血液疾患一般臨床を豊富に経験し 血液専門医取得を目指す 研修日数 週 4 日 6 ヶ月 ~12 ヶ月 期間定員対象評価実技診療知識 1 年若干名専門医取得前の医師業務内容やサマリの確認

2018 年 10 月 4 日放送 第 47 回日本皮膚アレルギー 接触皮膚炎学会 / 第 41 回皮膚脈管 膠原病研究会シンポジウム2-6 蕁麻疹の病態と新規治療法 ~ 抗 IgE 抗体療法 ~ 島根大学皮膚科 講師 千貫祐子 はじめに蕁麻疹は膨疹 つまり紅斑を伴う一過性 限局性の浮腫が病的に出没

H26大腸がん

(別添様式1)

スライド 1

蚊を介した感染経路以外にも 性交渉によって男性から女性 男性から男性に感染したと思われる症例も報告されていますが 症例の大半は蚊の刺咬による感染例であり 性交渉による感染例は全体のうちの一部であると考えられています しかし 回復から 2 ヵ月経過した患者の精液からもジカウイルスが検出されたという報告

要旨 平成 30 年 2 月 21 日新潟県福祉保健部 インターフェロンフリー治療に係る診断書を作成する際の注意事項 インターフェロンフリー治療の助成対象は HCV-RNA 陽性の C 型慢性肝炎又は Child-Pugh 分類 A の C 型代償性肝硬変で 肝がんの合併のない患者です 助成対象とな

医療連携ガイドライン改

都道府県単位での肝炎対策を推進するための計画を策定するなど 地域の実情に応じた肝炎対策を推進することが明記された さらに 近年の状況等を踏まえ 平成 28 年 6 月に基本指針の改正を行い 肝炎対策の全体的な施策目標を設定すること等が追記された 都は 肝炎をめぐる都内の状況や基本指針の改正を踏まえ

配偶子凍結終了時 妊孕能温存施設より直接 妊孕能温存支援施設 ( がん治療施設 ) へ連絡がん治療担当医の先生へ妊孕能温存施設より妊孕能温存治療の終了報告 治療内容をご連絡します 次回がん治療の為の患者受診日が未定の場合は受診日を御指示下さい 原疾患治療期間中 妊孕能温存施設より患者の方々へ連絡 定

2015 年 7 月 8 日放送 抗 MRS 薬 最近の進歩 昭和大学内科学臨床感染症学部門教授二木芳人はじめに MRSA 感染症は 今日においてももっとも頻繁に遭遇する院内感染症の一つであり また時に患者状態を反映して重症化し そのような症例では予後不良であったり 難治化するなどの可能性を含んだ感

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外来在宅化学療法の実際

My DIARY ベンリスタをご使用の患者さんへ

一次サンプル採取マニュアル PM 共通 0001 Department of Clinical Laboratory, Kyoto University Hospital その他の検体検査 >> 8C. 遺伝子関連検査受託終了項目 23th May EGFR 遺伝子変異検

さらに 職場における感染防止対策の検討を行うに当たっては 産業医等の助 言を受けることや 衛生委員会において対策を審議するなど 労働安全衛生法上 の安全衛生管理体制を活用し 実施していくことが望まれます Q2 発熱や呼吸器症状等のインフルエンザ様症状を呈した労働者にはどのような注意をすればよいですか

2011 年 11 月 2 日放送 NHCAP の概念 長崎大学病院院長 河野茂 はじめに NHCAP という言葉を 初めて聴いたかたもいらっしゃると思いますが これは Nursing and HealthCare Associated Pneumonia の略で 日本語では 医療 介護関連肺炎 と

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ン (LVFX) 耐性で シタフロキサシン (STFX) 耐性は1% 以下です また セフカペン (CFPN) およびセフジニル (CFDN) 耐性は 約 6% と耐性率は低い結果でした K. pneumoniae については 全ての薬剤に耐性はほとんどありませんが 腸球菌に対して 第 3 世代セフ

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より詳細な情報を望まれる場合は 担当の医師または薬剤師におたずねください また 患者向医薬品ガイド 医療専門家向けの 添付文書情報 が医薬品医療機器総合機構のホームページに掲載されています


(2) レパーサ皮下注 140mgシリンジ及び同 140mgペン 1 本製剤については 最適使用推進ガイドラインに従い 有効性及び安全性に関する情報が十分蓄積するまでの間 本製剤の恩恵を強く受けることが期待される患者に対して使用するとともに 副作用が発現した際に必要な対応をとることが可能な一定の要件

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1. ウイルス性肝炎とは ウイルス性肝炎とは 肝炎ウイルスに感染して 肝臓の細胞が壊れていく病気です ウイルスの中で特に肝臓に感染して肝臓の病気を起こすウイルスを肝炎ウイルスとよび 主な肝炎ウイルスには A 型 B 型 C 型 D 型 E 型の 5 種類があります これらのウイルスに感染すると肝細胞

されており これらの保菌者がリザーバーとして感染サイクルに関与している可能性も 考えられています 臨床像ニューモシスチス肺炎の 3 主徴は 発熱 乾性咳嗽 呼吸困難です その他のまれな症状として 胸痛や血痰なども知られています 身体理学所見には乏しく 呼吸音は通常正常です HIV 感染者に合併したニ

ある ARS は アミノ酸を trna の 3 末端に結合させる酵素で 20 種類すべてのアミノ酸に対応する ARS が細胞質内に存在しています 抗 Jo-1 抗体は ARS に対する自己抗体の中で最初に発見された抗体で ヒスチジル trna 合成酵素が対応抗原です その後 抗スレオニル trna

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呼吸器外科雑誌25巻2号

二類感染症届出基準

糖尿病診療における早期からの厳格な血糖コントロールの重要性

別紙

日本内科学会雑誌第98巻第12号

CQ1: 急性痛風性関節炎の発作 ( 痛風発作 ) に対して第一番目に使用されるお薬 ( 第一選択薬と言います ) としてコルヒチン ステロイド NSAIDs( 消炎鎮痛剤 ) があります しかし どれが最適かについては明らかではないので 検討することが必要と考えられます そこで 急性痛風性関節炎の

抗ヒスタミン薬の比較では 抗ヒスタミン薬は どれが優れているのでしょう? あるいはどの薬が良く効くのでしょうか? 我が国で市販されている主たる第二世代の抗ヒスタミン薬の臨床治験成績に基づき 慢性蕁麻疹に対する投与 2 週間後の効果を比較検討すると いずれの薬剤も高い効果を示し 中でもエピナスチンなら

診療のガイドライン産科編2014(A4)/fujgs2014‐114(大扉)

臨床研究の概要および研究計画

がん登録実務について

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DOTS 実施率に関する補足資料 平成 26 年 12 月 25 日 結核研究所対策支援部作成 平成 23 年 5 月に改正された 結核に関する特定感染症予防指針 に DOTS の実施状況は自治体による違いが大きく実施体制の強化が必要であること 院内 DOTS 及び地域 DOTS の実施において医療

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Transcription:

2014 年 3 月 12 日放送 非結核性坑酸菌症の診断と治療非結核性坑酸菌症の診断と治療 国立病院機構近畿中央胸部疾患センター統括診療部長鈴木克洋非結核性抗酸菌とは非結核性抗酸菌とは結核菌以外の抗酸菌の総称で 2002 年までは非定型抗酸菌と呼ばれていました 結核という病気が巨大な存在だったため 結核菌以外の抗酸菌を非定型と呼んでいたわけです しかし抗酸菌全体を眺めると 結核菌のみが異常で それ以外の抗酸菌が普通だったので 名前が非結核性抗酸菌に変更された経緯があります 結核菌の異常さというのは 言うまでもなくヒトからヒトへと感染する事です 非結核性抗酸菌は土壌や水周りなどの自然環境に生息しており ヒトからヒトへの感染は否定されています 従って非結核性抗酸菌による病気である非結核性抗酸菌症は 結核と異なり公衆衛生的な問題は全くなく 保健所への届け出も不要です

非結核性抗酸菌は 100 以上の菌種があり 年々その数を増やしています 我が国で感染症が報告されている菌種に絞っても 30 以上となります 結核の罹患率が年々低下しているのに対して 非結核性抗酸菌症の罹患率は急速に増加していると推測されています 公衆衛生的な問題がないため推定値となりますが 結核の罹患率が 10 万対 16 程度に対して 非結核性抗酸菌症は 7から 8 程度にまでなっていると推測されています 結核を扱わない一般の医療施設では 既に結核以上に多いとの実感をもっている先生方が多いのではないでしょうか 肺 MAC 症の診断さて非結核性抗酸菌症の原因の約 80% は Mycobacterium avium complex が占めています Mycobacterium avium complex は MAC マックと略されますので 以後マックと呼ぶことにします 一般の先生方は非結核性抗酸菌症として MAC 症特に肺に限局した肺 MAC 症について言及される事が多いので 以後肺 MAC 症に絞ってお話しすることにします まず肺 MAC 症の診断です 自然環境から感染しますので 臨床検体から検出されても必ずしも感染症とは限らない点が結核との違いです 従って診断基準を満たす必要があります 今まで各種診断基準が提案されてきましたが 旧来のものは専門家向けの複雑な構成となっていました 先にも述べた通り 2000 年代後半になり肺 MAC 症が一般医家の先生方も経験する普通の病気となりましたので 2008 年結核病学会と呼吸器学会が合同で新たなシンプルな診断基準を定めました その概要は肺 MAC 症らしい胸部レントゲンや CT 所見があり 喀痰であれば 2 回 気管支鏡検体であれば 1 回 MAC が培養されるというものです 肺 MAC 症らしい胸部レントゲンとは 心臓の横の下肺野を中心とした小結節影や気管支拡張所見の多発ということです CT では中葉や舌区 また上葉を中心とした気管支拡張を伴う気道散布性の多発小結節影ということになります このような画像は 50 歳以上の特に基礎疾患のない女性の肺 MAC 症患者に多くみられ 結

節 気管支拡張型と呼ばれています 近年急増しており 現在肺 MAC 症の多くがこのタイプです 一方旧来からある 肺尖や上肺野の空洞や浸潤影を中心とした結核と類似の画像を呈する肺 MAC 症は 線維空洞型と呼ばれています このタイプは陳旧性肺結核 COPD 塵肺などの基礎疾患を持つ男性に多く認められますが 急増する結節気管支拡張型に押されて最近は目立たない存在となっています 現在の診断基準には 症状はありませんので 症状なく検診のレントゲンなどで発見される例も珍しくありません 一般的な症状としては 慢性的な咳や喀痰 ある程度進行した症例では 微熱 全身倦怠感や体重減少などを訴える事もあります 結節気管支拡張型では 結核と比べて早期から血痰や喀血を生じやすく 血痰を主訴に来院されることもあります 症状がないか乏しい症例では 肺 MAC 症らしい画像所見があっても 喀痰から MAC が培養されないこともしばしばあります その際は気管支鏡で積極的に診断を試みますが それでも MAC が検出されない場合は 肺 MAC 症疑いまたは気管支拡張症の病名で経過観察する事になります 3 か月毎に胸部画像と喀痰検査を繰り返すと MAC が複数回培養されて最終的に肺 MAC 症の診断となる例が多いようです なお現在抗 MAC 抗体検査が健康保険で測定可能です 肺 MAC 症が疑わしい症例で 抗 MAC 抗体が陽性であれば 肺 MAC 症の可能性が高いと推測できます しかし現在のところ診断基準は満たしていない点に注意が必要です 肺 MAC 症の治療次に肺 MAC 症の治療のお話をします 実は 2008 年まで 非結核性抗酸菌症に健康保険の適応のある薬剤は皆無であるという状態が続いていました そのため学会としても正式な治療指針を提言しにくい状態だった訳です 2008 年になり 学会 製薬会社 厚労省などの努力でクラリスロマイシンとリファブチンが非結核性抗酸菌症の適応を承認され 引き続きリファンピシン エタンブトール ストレプトマイシンも適応が承認されています やっと学会としても公式に化学療法の指針を提示できる事になりました これ以後は 2012 年に結核病学会と呼吸器学会が合同で発表した 肺非結核性抗酸菌症化学療法に関する見解 の内容に沿って治療の解説をします 一番の疑問点は治療の開始基準となります 診断基準を満たしていることは当然です しかし現在の診断基準は比較的ゆるやかで 症状がほとんどない軽症例でも診断されるため 全例治療する必要があるのかという疑問が生じるわけです この背景としては現

在の化学療法の効果が弱く 結核のように完治が望めないという現実があります 一方副作用の頻度は高齢者では高くなります 肺 MAC 症が結核と異なり 他人に感染させる恐れが無い事 経過が結核以上に緩慢であることも背景となっています しかし健康保険で認められた薬剤があり 学会の公式見解が発表されている現在 診断基準を満たした例は化学療法するというのが原則となるでしょう 逆にある基準を満たした場合 化学療法をすぐには開始せずに 経過観察しても良いと判断します その基準は公式には表明されていませんが 症状がないか軽い結節気管支拡張型の肺 MAC 症で ある程度以上高齢者であり 画像所見が軽微であるというのが 大方の専門医の共通認識となっています 患者本人と家族に十分説明し 了解を得る必要があるのはいうまでもありません 学会の見解で標準療法として推奨されているのは クラリスロマイシン リファンピシン エタンブトールの 3 剤の内服に 必要に応じてストレプトマシンまたはカナマイシンの併用を行うというものです クラリスロマイシンは一日 800 mgを分 2で投与するのが標準で 体重が少ない場合 600 から 400 mgに減量します リファンピシンは体重 1kg あたり 10 mg エタンブトールは同じく 15 mgとし分 1 で投与します これは結核の場合とまったく同じです ストレプトマイシンまたはカナマイシンは体重 1kg あたり 15 mg以下最大で 1000 mgを週に 2-3 回筋肉注射します 副作用が比較的少なく保険適応のあるストレプトマイシンを選択する医師が多いようです ストレプトマイシンの併用はある程度以上重症例に対して行うのが普通の考え方です 適切な治療期間についてもはっきりしていません 米国の学会が推奨している喀痰培養陰性化から 1 年間というのもエビデンスがある訳ではなく 日本ではさらに長く治療した方が予後が良いとの報告もあります 現時点でははっきりとした事は言えませんが やはり総計 2 年から 3 年の治療期間は必要と考えています 治療終了後 十分に経過観察し再燃が疑われた場合 すぐに化学療法を再開しなければならないことは当然です 抗菌薬を 3 種類以上長期にわたり投与することになり また患者が高齢者である事が

多いため 副作用対策には結核以上に注意する必要があります 一般的な副作用である 肝障害 腎障害 血液毒性 皮疹や発熱などのアレルギーに注意するのは言うまでもありません またリファンピシンやクラリスロマイシンの薬剤相互作用にも配慮する必要があります 比較的頻度の高い副作用としては クラリスロマイシンなどによる味覚障害や消化器症状があります 70 歳以上の患者には 最初から 3 剤投与するのではなく 1 週間ごとに一薬剤ずつ追加するとか さらに半分の量から開始するなどの配慮が必要です ついで血液毒性や肝機能障害も時に認められます 化学療法開始 2-3 か月間は定期的に血液検査をしておき 副作用がひどければ薬剤中止もやむを得ません エタンブトールによる視力障害は 投与期間が長いため結核以上に注意しなければなりません 眼科でエタンブトール投与の可否を尋ねるとともに 投与中は定期的に眼科を受診してもらいます さらに本人にも毎朝片目で新聞の字を読む習慣をつけてもらい 字が読みにくい 色彩がおかしい 視野狭窄や暗点が疑われる場合には ただちにエタンブトールを中止し 眼科で精査を受けるようにしっかり指導する必要があります 本日は肺 MAC 症を中心に非結核性抗酸菌症の診断と治療の現状につき お話ししました 健康保険の適応薬が増えたことなど 一定の進歩はありますが 治療に関してはまだまだあいまいな部分の多い疾患です さらにエビデンスを積み重ね 学会としてより明確な治療指針を提示できるように努力していく所存でございます