Dehn 手術による 3 次元多様体の構成 Lickorish-Wallace の定理 B 久家正樹指導教員古宇田悠哉広島大学理学部数学科卒業論文 2017 年 2 月 10 日

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Dehn 手術による 3 次元多様体の構成 Lickorish-Wallace の定理 B132209 久家正樹指導教員古宇田悠哉広島大学理学部数学科卒業論文 2017 年 2 月 10 日

まえがき 3 次元多様体論を 1 年間学んできた過程で, 全ての閉曲面が完全に分類できるという定理に出会い, さらに 1 つ上の次元の 3 次元多様体の分類について興味を持った. 3 次元多様体に対するこの問題は, 閉曲面の場合とは比較にならないくらい難しい. まず, 任意の閉 3 次元多様体をどのように表すかが問題である. これについては, S 3 内の絡み目に沿った Dehn 手術を行うことで任意の向き付け可能な閉 3 次元多様体が得られることが知られている. これを Lickorish-Wallace の定理とよぶ. Lickorish-Wallace の定理は, 目に見える結び目を使って無数の 3 次元多様体を眺めることができる素晴らしい定理である. 本論文の目的はこの定理の紹介 証明を行うことである. 本論文の構成は下記のとおりである. 第 1 章では主題の定理に必要な記号や定義, 定理の紹介を行う. 特に, 写像類群が Dehn ツイストのイソトピー類により生成されるという定理と, 任意の向き付け可能な閉 3 次元多様体が Heegaad 分解をもつという定理は主題の証明の土台になる重要な定理である. 第 2 章では主題の証明を行う. 証明では二つの定理を利用して, 与えられた 3 次元多様体を Dehn ツイストの積で表し, Dehn ツイストと Dehn 手術の関係性を述べる補題を使って証明を終える. 第 3 章では Dehn 手術に係数を導入することで, 実際にどのような貼り合わせ方で 3 次元多様体が構成されるかの例を紹介する. 本論文を書くにあたり, 指導教員の古宇田悠哉先生をはじめ, 作間誠先生ならびに先輩方には多くのご指導をいただきました. また, これまで遠くから温かく見守り支えてくださった両親には深く感謝の意を表し, ここに御礼申し上げます. 久家正樹 1

目次 1 準備 3 1.1 写像類群................................... 3 1.2 Heegaard 分解................................ 4 1.3 Dehn 手術.................................. 4 2 Lickorish-Wallace の定理 5 3 具体的な 3 次元多様体の構成 8 2

1 準備 この章では本論文の主定理である Lickorish-Wallace の定理を証明するための基本的な定義や定理を述べていく. 以下 I = [0, 1], N(A) を A の閉管状近傍, A を A の閉包, A を A の境界, A#B を A と B の連結和とする. また, M, N を可微分多様体, h : M N を ( 微分 ) 同相写像とするとき (M N)/ x h(x),x M を M h N と表す. ここで h, h : M N がイソトピックであるとき M h N と M h N は同相であることに注意する. 1.1 写像類群定義 1.1 S を向き付け可能な閉曲面, Diffeo(S) を S 上の向きを保つ自己 ( 微分 ) 同相写 像が作る群, Diffeo 0 (S) を S 上の恒等写像とイソトピックな同相写像が作る正規部分群とする. このとき, 商群 MCG(S) = Diffeo(S)/Diffeo 0 (S) のことを S の写像類群とよぶ. つまり, 写像類群とは S 上の向きを保つ同相写像のイソトピー類のなす群のことである. 定義 1.2 S を向き付けられた閉曲面, c を S 内の単純閉曲線とする. このとき f : S S が c の周りの Dehn ツイストであるとは次の二つの条件を満たすときをいう : (1) f S\N(c) : 恒等写像, (2) f N(c) : S 1 I S 1 I (e 2πiθ, t) (e 2πi(θ+t), t). ここでは N(c) を S 1 I と同一視している. 図 1 は Dehn ツイストの (2) の部分を表す. f α c f(α) 図 1 c の周りの Dehn ツイスト 3

定理 1.3 写像類群は Dehn ツイストのイソトピー類により生成される. 証明は [3] を参照のこと. 1.2 Heegaard 分解 この節では 3 次元多様体をハンドル体とよばれる 2 つの要素に分ける分解を紹介する. 定義 1.4 H を向き付け可能な 3 次元多様体, H とする. H が種数 g ( 1) のハン ドル体であるとは, H 内に適切に埋め込まれた互いに素な円盤 D 1, D 2,..., D g が存在し て H \ N( g i=1 D i) = B 3 を満たすときをいう. また, B 3 を種数 0 のハンドル体とよぶ. 定義 1.5 H, H を種数 g のハンドル体, h : H H を同相写像として, M = H h H となるとき, H h H を M の Heegaard 分解とよぶ. ハンドル体 H の種数を Heegaard 分解の種数とよぶ. 定理 1.6 任意の向き付け可能な閉 3 次元多様体は Heegaard 分解をもつ. 特に, S 3 については以下のことが知られている. 命題 1.7 S 3 は任意の非負整数 g に対して種数 g の Heegaard 分解を持つ. 定理 1.6 は 3 次元多様体が三角形分割を持つという事実からただちにわかる. 命題 1.7 の Heegaad 分解は種数 0 の Heegaard 分解に g 回初等安定化を行うことにより得られる. 1.3 Dehn 手術 ここでは本論文の主定理の主張を理解する上で必要な概念を紹介する. 定義 1.8 3 次元多様体 M の内部に滑らかに埋め込まれた有限個の互いに素な単純閉曲線を絡み目とよぶ. 絡み目の ( 連結 ) 成分の一つを結び目とよぶ. 特に n 成分絡み目 L は結び目 k 1, k 2,... k n を用いて L = k 1 k 2... k n と書ける. 図 2 から図 7 は結び目や絡み目の例である. 4

図 2 自明な結び目 図 3 3 つ葉結び目図 4 8 の字結び目 図 5 (2 成分の ) 自明な絡み目図 6 Hopf 絡み目 図 7 Whitehead 絡み目 定義 1.9 M を向き付け可能な閉 3 次元多様体, L を M 内の絡み目, N(L) を L の閉管状近傍とする. E(L) := M \ N(L) とおく. 任意の同相写像 h : N(L) E(L) に対して, Q := N(L) h E(L) は向き付け可能な閉 3 次元多様体となる. このとき, Q は M 内の絡み目 L に沿った Dehn 手術で得られるという. 2 Lickorish-Wallace の定理 本論文で紹介する主定理の主張は以下のものである. 定理 2.1 (Lickorish-Wallace の定理 ) 任意の向き付け可能な閉 3 次元多様体 M は, S 3 内の絡み目に沿った Dehn 手術により得られる. 先に上の定理の証明の鍵となる次の補題を示す. 補題 2.2 H, H を種数が同じハンドル体, h 1, h 2 : H H を同相写像, f c : H H を H 内の単純閉曲線 c に沿った Dehn ツイストとする. h 1 = h 2 f c が成り立つとき, M 2 = H h2 H は, M 1 = H h1 H 内の c とイソトピックな結び目 k に沿った Dehn 手術で得られる. 5

証明 c をイソトピーで少し動かして, H の内部に存在するようにした結び目 k とする. N(k) を k の閉管状近傍として, A = S 1 I を, c と N(k) を結ぶアニュラスとする ( 図 8 参照 ). A c H k 図 8 アニュラス A N(A) を A I = (S 1 I) I と同一視し, 同相写像 ϕ : H \ N(k) H \ N(k) を次の (1), (2) により定める ( 図 9 参照 ): (1) ϕ H\(N(k) N(A)) は恒等写像, (2) ϕ S 1 {x} I は S 1 {x} { 1 2 } に沿った Dehn ツイスト (x I). N(A) H ϕ H S 1 {x} I ϕ S1 {x} I 図 9 同相写像 ϕ 6

このとき ϕ H = f c であり, ϕ N(k) は A N(k)( = k) に沿った Dehn ツイストになっ ている. M i = (H \ N(k)) h i H (i = 1, 2) とおき, 写像 Φ : M 1 M 2 を Φ(x) { ϕ (x) (x H \ N(k)) x (x H ) と定義する. ここで任意の y H M 1 をとる. 次の可換図式を考える. y h 1 (y) H \ N(k) ϕ H \ N(k) h 1 H id h 2 H h 1 (y) ϕ(y) = f c (y) h 2 f c (y) y を先に H 内に移すと h 1 (y) となり, Φ の定義から M 2 内では h 1 (y) となる. 一方, 先 に Φ を作用させると M 2 内で ϕ(y) となる. ここで ϕ H = f c より ϕ(y) = f c (y) であ る. さらに H 内に移すと h 2 f c (y) となる. 最初の仮定から h 1 = h 2 f c であるため Φ は well defined であることがわかる. また, ϕ, id は同相写像より Φ : M 1 M 2 も同相写像 である. したがって M i の定義から M 1 \ N(k) = M 2 \ N(k) であることがわかった. こ れは M 2 が M 1 内の結び目 k に沿った Dehn 手術で得られることを表す. ここから定理 2.1 の証明を行う. 証明任意の向き付け可能な閉 3 次元多様体は定理 1.6 より Heegaard 分解 M = H h2 H をもつ. ここで H, H の種数は g とする. このとき定理 1.7 より S 3 も種数 g の Heegaard 分解 S 3 = H h1 H をもつ. ここで h 1, h 2 : H H が向きを逆にする同相写像 となるようにハンドル体 H, H に適切に向きを定めることができる. このとき h 1 2 h 1 は H 上の向きを保つ自己同相写像となる. ここで, 定理 1.3 よりある H 内の単純閉 曲線 c 1, c 2,..., c n が存在して, h 1 2 h 1 は f c1 f c2 f cn とイソトピックになる. ただし : H H は c i に沿った Dehn ツイストとする. このとき必要ならば h 2 をイソ f ci トピーで変形することにより h 1 2 h 1 = f c1 f c2... f cn であるとしてよい. さらに H 内の N( H) を H [0, 1] と同一視 ( ただし, H = H {0}) して, c i とイソトピックな結 び目 k i を k i H { i n } となるようにとる. 今, M 0 = M, M i = H h1 (f ci+1 f c n ) 1 H (1 i n 1), M n = S 3 とする. ここで 7

h 1 2 h 1 = f c1 f c2... f cn, h 1 = h 2 f c1 f c2 f cn, h 1 (f c2 f cn ) 1 = h 2 f c1 であるから, 補題 2.2 より M 0 = H h2 H は M 1 = H h1 (f c2 fcn ) 1 H 内の結び目 k 1 に沿った Dehn 手術で得られる. 次に, h 1 (f c3 f cn ) 1 = h 1 (f c2... f cn ) 1 f c2 が成 り立つので, 補題より M 1 は M 2 内の結び目 k 2 に沿った Dehn 手術により得られる. 以 後, この操作を有限回繰り返すことで M n 1 が M n = S 3 から得られることがわかる. ここで, M i から M i+1 を Dehn 手術で得る際に, 補題 2.2 で利用する M i \ N(k i+1 ) と M i+1 \ N(k i+1 ) の間の同相写像を Φ i+1 とする. このとき k i の定め方より Φ i (k j ) = k j (i < j) が成立する. よって, M は S 3 内の絡み目 k n Φ 1 n (k n 1 ) Φ 1 n n 1 (k n 2) Φ 1 n Φ 1 n 1 Φ 1 2 (k 1) に沿った Dehn 手術により得られる. Φ 1 3 具体的な 3 次元多様体の構成 第 2 章では任意の向き付け可能な閉 3 次元多様体が S 3 内の絡み目に沿った Dehn 手術で得られることを示したが, 具体的な 3 次元多様体を Dehn 手術により構成することを考える際には, 絡み目だけではなく Dehn 手術で用いる同相写像を適切に記述することが必要である. 本章では係数付きの Dehn 手術を導入し, これを用いていくつかの具体的な 3 次元多様体を構成する. 以下では特に S 3 内の結び目や絡み目について考えていく. 定義 3.1 k を S 3 内の結び目, E(k) = S 3 \ N(k) とする. このとき N(k) 内の円盤を境界に持つ E(k) 上の本質的な単純閉曲線 m を結び目 k のメリディアンとよぶ. m と一点で横断的に交わる E(k) 上の単純閉曲線を結び目 k のロンジチュードとよぶ. 特に, [l] = 0 H 1 (E(k)) となるロンジチュード l を標準的ロンジチュードとよぶ. 図 10 3 つ葉結び目の標準的ロンジチュード 8

定義 3.2 k を S 3 内の結び目とする. S 3 = R 3 { } 上の標準的な向きを選ぶと, E(k) 上の向きが誘導される. 単純閉曲線 m と l の向きは 3 つの組 m, l, n が正の向きになるように選ぶ. ここで n は E(k) の内部に正の向きをもつ E(k) 上の法線ベクトルとする ( 図 11 参照 ). l m n 図 11 m と l の向き このとき H 1 ( E(k)) = Z[m] Z[l] となり, E(k) 上の任意の単純閉曲線 c はイソトピーにより [c] = p[m] + q[l] H 1 ( E(k)) と表せる. ただし, (p, q) は互いに素な整数である. このときの c を p/q 曲線とよぶ. 定義 3.3 k を S 3 内の結び目とする. 結び目 k のメリディアンを E(k) 上の p/q 曲線に移す同相写像 h : N(k) E(k) によって Q = N(k) h E(k) が得られるとする. このとき Q は結び目 k に沿った p/q-dehn 手術により得られるという. p/q = 1/0 のとき, - 手術, あるいは自明な手術とよばれる. また, p/q- 手術は有理手術, q = ±1 のとき整数手術とよばれる. 例 3.4 S 3 内の任意の結び目に対して 1/0- 手術を行うと再び S 3 に戻る. S 3 内の自明な結び目に対して 0/1- 手術を行うと S 2 S 1 になる. 一般に S 3 内の自明な結び目に対して p/q- 手術を行って得られる 3 次元多様体をレンズ空間とよび, 記号 L(p, q) で表す. 第 2 章で紹介した Lickorish Wallace の定理は特に整数手術で作ることができる. すなわち, 任意の向き付け可能な閉 3 次元多様体は S 3 内の絡み目に沿った整数手術により得られる. 実際, 補題 2.2 で用いた Φ の構成法から N(k) 内のメリディアン c は [c] = [m] ± [l] H 1 ( E(k)) をみたす. これは 1/(±1)- 手術を表すので整数手術である. 定義 3.5 S 3 内の少なくとも 2 つの要素をもつ絡み目 L に対して, S 3 \ L 内の 2 次元球面 S で, S 3 \ N(S) = B 1 B 2 とおくと, B 1 L, B 2 L を満たす S が存在するとき, L は分離的な絡み目であるという. ここで L 1 := B 1 L, L 2 := B 2 L のとき記号 L = (L 1, L 2 ) で表す. 9

系 3.6 M, N をそれぞれ S 3 内の絡み目 L 1, L 2 に沿った Dehn 手術によって得られる 3 次元多様体とする. このとき M#N は S 3 内の分離的な絡み目 L = (L 1, L 2 ) に沿った Dehn 手術により得られる. 証明定義 3.5 を満たす S 3 内の 2 次元球面 S をとり, S 3 \ N(S) = B 1 B 2, L 1 B 1, L 2 B 2 とする. このとき B 1 B 3 = B 2 B 3 = S 3 であり, S 3 内で絡み目 L 1, L 2 に沿った Dehn 手術を行うと, M と N が得られる. さらに B 1, B 2 に貼った B 3 を除いて S で貼り合わせると M#N が得られる. 参考文献 [1] Schultens, Jennifer, Introduction to 3-manifolds, Graduate Studies in Mathematics, 151, American Mathematical Society, Providence, RI, 2014. [2] Saveliev, Nikolai, Lectures on the topology of 3-manifolds, An introduction to the Casson invariant, De Gruyter Textbook, Walter de Gruyter & Co., Berlin, 1999. [3] Lickorish, W. B. R, A representation of orientable combinatorial 3-manifolds, Ann. of Math, (2) 76 (1962), 531 540. 10