有機化合物の反応 ( 第 9 回 ) 創薬分子薬学講座薬化学部門 金光卓也
ハロゲン化アルキルの反応性 l S N 1 と S N 2 の特徴の復習 l S N 1=Unimolecular Nucleophilic Substitution 単分子求核置換反応 l S N 2=Bimolecular Nucleophilic Substitution 二分子求核置換反応
1 反応速度 l S N 1 反応 = 一次反応反応速度はハロゲン化アルキル ( 基質 ) の濃度にのみ比例 l S N 2 反応 = 二次反応反応速度はハロゲン化アルキルと求核試薬両方の濃度に比例 ( 両方の濃度の積に比例 )
2 立体化学 l S N 1 反応 =ラセミ体が生成キラルな化合物を反応させるとラセミ体が生成する ( 一部立体反転 ) 立体保持した生成物は 50% 以下 l S N 2 反応 = 立体反転求核試薬が脱離基の反対側から反応するため立体配置が逆になる 100% 立体反転する
3 反応の中身 l S N 1 反応中間体を経由する ( カルボカチオン ) 二段階反応 ( 一次反応で 2 段階反応 に注意 ) l S N 2 反応 = 立体反転 中間体が存在しない 一段階反応 ( 二次反応で 1 段階反応 に注意 )
4 基質による反応性の変化 l S N 1 反応ハロゲン化アルキルの反応性三級 > 二級 > 一級 >メチル 置換基の多い基質が反応しやすい l S N 2 反応ハロゲン化アルキルの反応性メチル> 一級 > 二級 > 三級 立体障害の小さい基質が反応しやすい
求核試薬の反応性 S N 2 反応の場合のみ影響 B r + N u - N u + B r - 求核剤 相対反応性 求核剤 相対反応性 2 O 1 - O 2 500 N 3 700 l - 1, 000 O - 16, 000 2 O 1 O - 25, 000 I - 100, 000 N - 125, 000 S - 125, 000
求核試薬の反応性に関する大まかな法則 l 反応する原子の種類が同じものである場合 求核性は塩基性の強さと対応している O - > O - > O O - 3 3 l 同族元素の場合 周期表で下のものほど求核反応性は高い S - > O - I - > B r - > l - l 負に荷電した求核種の方が中性の試薬より反応性が高い O - > 2 O
脱離基の反応性 (S N 1 と S N 2 に共通 ) l 負電荷を持っていても安定なものが良い脱離基 負電荷を安定化する因子を持っている X + N u - N u + X - 脱離基 X 相対反応性 脱離基 X 相対反応性 O - < < 1 - N 2 < < 1 O < < 1 F - 1 l - 2 0 0 B r - 10, 000 I - 30, 000 T s O - 6 0, 0 0 0
TsO - とは何か p - トルエンスルホン酸 T s O p - t o l u e n e s u l f o n i c a c i d T s O - t o s y l a t e i o n トシラートイオン + 3 S O 3 3 S O 3 O O O 3 S O 3 S O 3 S O O O O p- トルエンスルホン酸の解離により生成するトシラートイオンは 3 つの等価な共鳴構造式が書けるため極めて安定なイオンである
問題 1 (R)-2- ブロモブタンと O - の S N 2 反応でどんな生成物が得られるか
解答 1 (R)-2- ブロモブタンと O - の S N 2 反応でどんな生成物が得られるか 解法 1) 基質の構造を正確に書く 2) 脱離基の反対側から O - を接近させる O B r O 2 2 ( R ) - 2 - b r o m o b u t a n e ( S ) - 2 - b u t a n o l
ハロゲン化アルキル alkyl halide の到達目標 l 有機ハロゲン化合物の代表的な性質と反応を列挙し 説明できる l S N 1 および S N 2 反応の機構について 立体化学を含めて説明できる l 脱ハロゲン化水素の機構を図示し 反応の位置選択性を説明できる
脱離反応と置換反応 同じ試薬でも 反応位置の違いにより生成物が異なる O 赤矢印 置換反応青矢印 脱離反応 ハロゲンが結合した隣の水素 ( β 位水素 ) に反応 脱離反応 B r ハロゲンが結合した炭素に反応 O 置換反応
脱離反応とは 付加反応の逆反応 一つの出発物質が二つの生成物に分かれるときに起こる l + l 単結合から不飽和結合が生成する
この反応は β 脱離と呼ばれる β 水素は β 炭素に結合している β- 炭素 l α- 炭素 ハロゲンは α 炭素に結合している α 位のハロゲンと β 位の水素が脱離するため β 脱離と呼ばれる 官能基が結合している位置を α 位と名付け その隣から順に β( ベータ ) γ( ガンマ ) δ( デルタ ) と呼ぶ
参考 )α 脱離も存在する ( 第 8 章 ) クロロホルムと塩基からのジクロロカルベンの生成 ジクロロカルベン α 位のハロゲンと α 位の水素が脱離するため α 脱離と呼ばれる
β 位に異なる水素が存在する場合 l 位置選択的な脱離反応が進行する β β 2 B r 主生成物 81% 2-butene 2 2 副生成物 19% 1-butene
ザイツェフ則 (Zaitsev 則 ) ハロゲン化アルキルから X が脱離する場合 より多く置換されたアルケンが主生成物となる B r 2 2 - b r o m o b u t a n e E t O N a E t O + 2 2 2 - b u t e n e 8 1 % 1 - b u t e n e 1 9 % 二置換一置換 B r E t O N a 2 E t O 3 2 - b r o m o - 2 - m e t h y l b u t a n e + 2 2 2 - m e t h y l - 2 - b u t e n e 7 0 % 三置換 2 - m e t h y l - 1 - b u t e n e 3 0 % 二置換
選択性の出る理由 Δ 安定なアルケンが生成する方向に反応している 置換基の多いアルケン 1-ブテン cis-2-ブテン trans-2-ブテン 還元すると何れもブタンになる + 2 + 2 + 2 kcal / mole -30.3-28.6-27.6 butane 3 2 2 3
アルケンの安定性の序列 エネルギーの低下 ( 安定性の上昇 ) R R 1,1- R R R R cis trans R 1,2-1,2- R R R 三置換 R R R R 四置換 二置換
問題 2 1- クロロ -1- メチルシクロヘキサンとエタノール中の KO との反応で どんな生成物が期待されるか 問題 3 次のアルケンはどんなハロゲン化アルキルからつくったらよいか
解答 2 二置換 三置換 脱離基 lのβ 位には二種類の水素 ( と ) がある 反応が左に進行する場合 が脱離する 二置換アルケン反応が右に進行する場合 が脱離する 三置換アルケン反応は右方向に進行し 1-メチルシクロヘキセンが得られる
解答 3a) 二重結合に Br を付加させた構造を考えると 2 つの化合物 (A) と (B) ができる しかし (A) を原料にして脱離を行うと 目的の生成物は得られない 従って (B) が正解 より安定な三置換アルケン
解答 3b) 前問と同じように (A) と (B) が考えられる 三置換 : 主生成物 二置換 : 少量 (A) を原料とすると三置換アルケンが主に得られ 目的物は少量 従って (B) が正解
E2 反応 (Elimination Bimolecular) l 塩基性の強い求核剤と反応させると 基質と求核剤の両方の濃度に比例して反応が起こる ( ) 3 l + N a O 2 k + N a l + 2 O k [ ( ) 3 l ] [ O ] m o l L - 1 s - 1 反応速度がハロゲン化アルキルと水酸化物イオンの両方の濃度に比例 E2 反応
反応機構 O A B D B r E A B E D v=k[alkyl halide][o - ] 2 つの脱離基 とハロゲンは アンチの位置にあるとき ( アンチペリプラナー ) 脱離できる トランス脱離 トランス脱離の結果 反応は立体選択的に進行する 幾何異性体の E 体と Z 体が異なる立体異性体から得られる
脱離する置換基間の相互作用 アンチペリプラナー形 Anti periplanar ねじれ形最もエネルギーが低い こちらを経由して反応が進む シンペリプラナー形 Syn periplanar かさなり形最もエネルギーが高い
E2 反応の遷移状態 塩基 アンチペリプラナー形の出発物質 遷移状態 と X が同時に遠ざかる Π 結合が生成してアルケンとなる 遷移状態では sp 3 混成軌道から p 軌道への変化が進んでいる 生成する p 軌道が結合性の π 結合になるためには アンチペリプラナーから出発する必要がある
.. 3 O :.. 結合ができはじめている sp 3.. 遷移状態 結合が切れ始めている R 二重結合が でき始めている R 結合が切れ始めている sp 3.. : Br.. :
E2 反応は 1 段階反応である 遷移状態 TS E N E R G Y 出発物質 活性化エネルギー Ea 反応熱 Δ 生成物
2- ブロモ -3- フェニルブタン B r 2 O N a 2 O 主生成物 副生成物 主生成物には シス トランスの異性体が考えられる 作り分けることは可能か? + 2
2S,3R 異性体からの主生成物 R S P h B r P h B r 回転 アンチペリプラナー Anti periplanar NaOMe MeO P h 生成しない P h 主生成物 trans (Z) (Z)-2-phenyl-2-butene
2S,3S 異性体からの主生成物 S S P h 3 B r P h 回転 生成しない P h B r アンチペリプラナー Anti periplanar NaOMe MeO P h 主生成物 cis (E)
環状ハロゲン化アルキルの反応性 1-Bromo-2-methylcyclohexane 予想される主生成物は 2 O N a + B r 2 O 主生成物 副生成物 ザイツェフ則に従い 置換基のより多いアルケンが優先して生成する?
cis-1- ブロモ -2- メチルシクロヘキサン 脱離が進行するためには と Br がアンチペリプラナーに位置する必要がある cis 3 Br とBrがいずれもアキシアル となったときに反応が起こる 主生成物 ( ザイツェフ則 ) 3 少量の 3 Br 3 黒い点は が上向きに結合していることを表す trans については次の ppt
trans-1- ブロモ -2- メチルシクロヘキサン ザイツェフ則に従う生成物は全く得られない 3 Br trans 3 単一の生成物 3 3 は全く得られない Br
trans 体が反応するためには環が反転する必要がある l 塩素はどの水素に対してもアンチペリプラナーの位置をとれない 環反転 KO / EtO l
ハロゲンはアキシアルの位置をとれないと脱離できない cis と trans で全く反応性が異なる例 B r N a O E t E t O 反応しない B r N a O E t E t O 3 反応速い t- ブチル基は大きいため エクアトリアルにしか入れない
まとめると メチル基とハロゲンが シスの場合とトランスの場合で生成物が異なる重要な反応例 t- ブチル基に対して Br がトランスに位置していると脱離が起こらない シスの場合には反応する
E1 反応 l カルボカチオンを経由する反応 生成物は S N 1 由来のものだけではない ( ) 3 X 2 O 3 + X 2 O S N 1 ( ) 3 O + 9 5 % 5 % 上記の反応は ハロゲンXの種類がl Br Iのいずれでも同じ比率で生成物が生じる E 1 2 脱離基がとれた後 生成比が決まる = 反応中間体は共通のカルボカチオン +
E1 反応は 2 段階反応である 弱塩基 B : カルボカチオン X slow 第一段階 + + :X 3 o > 2 o > 1 o 単分子反応速度 = k [RX] 第二段階 fast
E1 反応におけるエネルギー変化図 カルボカチオン中間体 E N E R G Y TS 1 Ea 1 Ea 2 TS 2 出発物質 step 1 step 2 slow Δ 生成物
E2 と E1 の比較 :E1 は立体選択性を示さない syn Br NaOEt EtO / Δ E2 3 3 anti EtO / Δ E1 E1 では 脱離基がアンチペリプラナーをとる必要がなく 安定な生成物を与えるザイツェフ則に従って進行する 3
問題 4 (1R,2R)-1,2- ジブロモ -1,2- ジフェニルエタンの E2 脱離で得られるアルケンは どのような立体化学を有しているか
解答 4 書き直す ポイント脱離する と Br がアンチペリプラナーの位置にくるような立体構造を書く