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タンパク質の合成と 構造 機能 7 章 +24 頁 転写と翻訳リボソーム遺伝子の調節タンパク質の構造弱い結合とタンパク質の機能

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報道発表資料 2002 年 10 月 10 日 独立行政法人理化学研究所 頭にだけ脳ができるように制御している遺伝子を世界で初めて発見 - 再生医療につながる重要な基礎研究成果として期待 - 理化学研究所 ( 小林俊一理事長 ) は プラナリアを用いて 全能性幹細胞 ( 万能細胞 ) が頭部以外で脳

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CBRC CBRC DNA

平成18年3月17日

( 図 ) IP3 と IRBIT( アービット ) が IP3 受容体に競合して結合する様子

平成21年度実績報告

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報道発表資料 2007 年 8 月 1 日 独立行政法人理化学研究所 マイクロ RNA によるタンパク質合成阻害の仕組みを解明 - mrna の翻訳が抑制される過程を試験管内で再現することに成功 - ポイント マイクロ RNA が翻訳の開始段階を阻害 標的 mrna の尻尾 ポリ A テール を短縮

図 B 細胞受容体を介した NF-κB 活性化モデル

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生物の発生 分化 再生 平成 12 年度採択研究代表者 小林悟 ( 岡崎国立共同研究機構統合バイオサイエンスセンター教授 ) 生殖細胞の形成機構の解明とその哺乳動物への応用 1. 研究実施の概要本研究は ショウジョウバエおよびマウスの生殖細胞に関わる分子の同定および機能解析を行い 無脊椎 脊椎動物に

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核内受容体遺伝子の分子生物学

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今後の展開現在でも 自己免疫疾患の発症機構については不明な点が多くあります 今回の発見により 今後自己免疫疾患の発症機構の理解が大きく前進すると共に 今まで見過ごされてきたイントロン残存の重要性が 生体反応の様々な局面で明らかにされることが期待されます 図 1 Jmjd6 欠損型の胸腺をヌードマウス

研究最前線 HAL QCD Collaboration ダイオメガから始まる新粒子を予言する時代 Qantm Chromodynamics QCD 1970 QCD Keiko Mrano QCD QCD QCD 3 2

STAP現象の検証の実施について

生理学 1章 生理学の基礎 1-1. 細胞の主要な構成成分はどれか 1 タンパク質 2 ビタミン 3 無機塩類 4 ATP 第5回 按マ指 (1279) 1-2. 細胞膜の構成成分はどれか 1 無機りん酸 2 リボ核酸 3 りん脂質 4 乳酸 第6回 鍼灸 (1734) E L 1-3. 細胞膜につ

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2. 看護に必要な栄養と代謝について説明できる 栄養素としての糖質 脂質 蛋白質 核酸 ビタミンなどの性質と役割 およびこれらの栄養素に関連する生命活動について具体例を挙げて説明できる 生体内では常に物質が交代していることを説明できる 代謝とは エネルギーを生み出し 生体成分を作り出す反応であること

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今後の予定 6/29 パターン形成第 11 回 7/6 データ解析第 12 回 7/13 群れ行動 ( 久保先生 ) 第 13 回 7/17 ( 金 ) 休講 7/20 まとめ第 14 回 7/27 休講?

胞運命が背側に運命変換することを見いだしました ( 図 1-1) この成果は IP3-Ca 2+ シグナルが腹側のシグナルとして働くことを示すもので 研究チームの粂昭苑研究員によって米国の科学雑誌 サイエンス に発表されました (Kume et al., 1997) この結果によって 初期胚には背腹

るが AML 細胞における Notch シグナルの正確な役割はまだわかっていない mtor シグナル伝達系も白血病細胞の増殖に関与しており Palomero らのグループが Notch と mtor のクロストークについて報告している その報告によると 活性型 Notch が HES1 の発現を誘導

前立腺癌は男性特有の癌で 米国においては癌死亡者数の第 2 位 ( 約 20%) を占めてい ます 日本でも前立腺癌の罹患率 死亡者数は急激に上昇しており 現在は重篤な男性悪性腫瘍疾患の1つとなって図 1 います 図 1 初期段階の前立腺癌は男性ホルモン ( アンドロゲン ) に反応し増殖します そ

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報道関係者各位 平成 26 年 1 月 20 日 国立大学法人筑波大学 動脈硬化の進行を促進するたんぱく質を発見 研究成果のポイント 1. 日本人の死因の第 2 位と第 4 位である心疾患 脳血管疾患のほとんどの原因は動脈硬化である 2. 酸化されたコレステロールを取り込んだマクロファージが大量に血

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報道発表資料 2006 年 4 月 13 日 独立行政法人理化学研究所 抗ウイルス免疫発動機構の解明 - 免疫 アレルギー制御のための新たな標的分子を発見 - ポイント 異物センサー TLR のシグナル伝達機構を解析 インターフェロン産生に必須な分子 IKK アルファ を発見 免疫 アレルギーの有効

ナノの技術をバイオに応用

脳組織傷害時におけるミクログリア形態変化および機能 Title変化に関する培養脳組織切片を用いた研究 ( Abstract_ 要旨 ) Author(s) 岡村, 敏行 Citation Kyoto University ( 京都大学 ) Issue Date URL http

細胞外情報を集積 統合し 適切な転写応答へと変換する 細胞内 ロジックボード 分子の発見 1. 発表者 : 畠山昌則 ( 東京大学大学院医学系研究科病因 病理学専攻微生物学分野教授 ) 2. 発表のポイント : 多細胞生物の個体発生および維持に必須の役割を担う多彩な形態形成シグナルを細胞内で集積 統

「ゲノムインプリント消去には能動的脱メチル化が必要である」【石野史敏教授】

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60 秒でわかるプレスリリース 2008 年 7 月 12 日 独立行政法人理化学研究所 生殖細胞の誕生に必須な遺伝子 Prdm14 の発見 - Prdm14 の欠損は 精子 卵子がまったく形成しない成体に - 種の保存 をつかさどる生殖細胞には 幾世代にもわたり遺伝情報を理想な状態で維持し 個体を

ヒト脂肪組織由来幹細胞における外因性脂肪酸結合タンパク (FABP)4 FABP 5 の影響 糖尿病 肥満の病態解明と脂肪幹細胞再生治療への可能性 ポイント 脂肪幹細胞の脂肪分化誘導に伴い FABP4( 脂肪細胞型 ) FABP5( 表皮型 ) が発現亢進し 分泌されることを確認しました トランスク

1. 背景血小板上の受容体 CLEC-2 と ある種のがん細胞の表面に発現するタンパク質 ポドプラニン やマムシ毒 ロドサイチン が結合すると 血小板が活性化され 血液が凝固します ( 図 1) ポドプラニンは O- 結合型糖鎖が結合した糖タンパク質であり CLEC-2 受容体との結合にはその糖鎖が

報道発表資料 2006 年 8 月 7 日 独立行政法人理化学研究所 国立大学法人大阪大学 栄養素 亜鉛 は免疫のシグナル - 免疫系の活性化に細胞内亜鉛濃度が関与 - ポイント 亜鉛が免疫応答を制御 亜鉛がシグナル伝達分子として作用する 免疫の新領域を開拓独立行政法人理化学研究所 ( 野依良治理事

抑制することが知られている 今回はヒト子宮内膜におけるコレステロール硫酸のプロテ アーゼ活性に対する効果を検討することとした コレステロール硫酸の着床期特異的な発現の機序を解明するために 合成酵素であるコ レステロール硫酸基転移酵素 (SULT2B1b) に着目した ヒト子宮内膜は排卵後 脱落膜 化

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<1. 新手法のポイント > -2 -

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植物が花粉管の誘引を停止するメカニズムを発見

論文題目  腸管分化に関わるmiRNAの探索とその発現制御解析

( 様式甲 5) 学位論文内容の要旨 論文提出者氏名 論文審査担当者 主査 教授 大道正英 髙橋優子 副査副査 教授教授 岡 田 仁 克 辻 求 副査 教授 瀧内比呂也 主論文題名 Versican G1 and G3 domains are upregulated and latent trans

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2014年度 千葉大・医系数学

を行った 2.iPS 細胞の由来の探索 3.MEF および TTF 以外の細胞からの ips 細胞誘導 4.Fbx15 以外の遺伝子発現を指標とした ips 細胞の樹立 ips 細胞はこれまでのところレトロウイルスを用いた場合しか樹立できていない また 4 因子を導入した線維芽細胞の中で ips 細

1 編 / 生物の特徴 1 章 / 生物の共通性 1 生物の共通性 教科書 p.8 ~ 11 1 生物の特徴 (p.8 ~ 9) 1 地球上のすべての生物には, 次のような共通の特徴がある 生物は,a( 生物は,b( 生物は,c( ) で囲まれた細胞からなっている ) を遺伝情報として用いている )

センシンレンのエタノール抽出液による白血病細胞株での抗腫瘍効果の検討

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2017 年度茨城キリスト教大学入学試験問題 生物基礎 (A 日程 ) ( 解答は解答用紙に記入すること ) Ⅰ ヒトの肝臓とその働きに関する記述である 以下の設問に答えなさい 肝臓は ( ア ) という構造単位が集まってできている器官である 肝臓に入る血管には, 酸素を 運ぶ肝動脈と栄養素を運ぶ

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長期/島本1

動物の発生と分化 (立ち読み)

情報解禁日時の設定はありません 情報はすぐにご利用いただけます 基礎生物学研究所配信先 : 岡崎市政記者会東京工業大学配信先 : 文部科学記者会 科学記者会 報道機関各位 2017 年 7 月 25 日 自然科学研究機構基礎生物学研究所国立大学法人東京工業大学 遺伝子撹拌装置をタイミング良く染色体か

1. 背景生殖細胞は 哺乳類の体を構成する細胞の中で 次世代へと受け継がれ 新たな個体をつくり出すことが可能な唯一の細胞です 生殖細胞系列の分化過程や 生殖細胞に特徴的なDNAのメチル化を含むエピゲノム情報 8 の再構成注メカニズムを解明することは 不妊の原因究明や世代を経たエピゲノム情報の伝達メカ

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資料 3-1 CREST 人工多能性幹細胞 (ips 細胞 ) 作製 制御等の医療基盤技術 平成 20 年度平成 21 年度平成 22 年度 10 件 7 件 6 件 進捗状況報告 9.28,2010 総括須田年生

気体の性質-理想気体と状態方程式 

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図 1 ヘテロクロマチン化および遺伝子発現不活性化に関わる因子ヘテロクロマチン化および遺伝子発現不活性化に関わる DNA RNA タンパク質 翻訳後修飾などを示した ヘテロクロマチンとして分裂酵母セントロメアヘテロクロマチンと哺乳類不活性 X 染色体を 遺伝子発現不活性化として E2F-Rb で制御

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上原記念生命科学財団研究報告集, 29 (2015)

研究の詳細な説明 1. 背景細菌 ウイルス ワクチンなどの抗原が人の体内に入るとリンパ組織の中で胚中心が形成されます メモリー B 細胞は胚中心に存在する胚中心 B 細胞から誘導されてくること知られています しかし その誘導の仕組みについてはよくわかっておらず その仕組みの解明は重要な課題として残っ

多次元レーザー分光で探る凝縮分子系の超高速動力学

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報道発表資料 2001 年 12 月 29 日 独立行政法人理化学研究所 生きた細胞を詳細に観察できる新しい蛍光タンパク質を開発 - とらえられなかった細胞内現象を可視化 - 理化学研究所 ( 小林俊一理事長 ) は 生きた細胞内における現象を詳細に観察することができる新しい蛍光タンパク質の開発に成

大学院博士課程共通科目ベーシックプログラム

国際塩基配列データベース n DNA のデータベース GenBank ( アメリカ :Na,onal Center for Biotechnology Informa,on, NCBI が運営 ) EMBL ( ヨーロッパ : 欧州生命情報学研究所が運営 ) DDBJ ( 日本 : 国立遺伝研内の日

2017 年 12 月 15 日 報道機関各位 国立大学法人東北大学大学院医学系研究科国立大学法人九州大学生体防御医学研究所国立研究開発法人日本医療研究開発機構 ヒト胎盤幹細胞の樹立に世界で初めて成功 - 生殖医療 再生医療への貢献が期待 - 研究のポイント 注 胎盤幹細胞 (TS 細胞 ) 1 は

ASC は 8 週齢 ICR メスマウスの皮下脂肪組織をコラゲナーゼ処理後 遠心分離で得たペレットとして単離し BMSC は同じマウスの大腿骨からフラッシュアウトにより獲得した 10%FBS 1% 抗生剤を含む DMEM にて それぞれ培養を行った FACS Passage 2 (P2) の ASC

法医学問題「想定問答」(記者会見後:平成15年  月  日)

ファイナンスのための数学基礎 第1回 オリエンテーション、ベクトル

結果 この CRE サイトには転写因子 c-jun, ATF2 が結合することが明らかになった また これら の転写因子は炎症性サイトカイン TNFα で刺激したヒト正常肝細胞でも活性化し YTHDC2 の転写 に寄与していることが示唆された ( 参考論文 (A), 1; Tanabe et al.

上原記念生命科学財団研究報告集, 30 (2016)

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初級 視細胞桿体におけるシグナル伝達概要 : 網膜は外界からの光を受けて電気信号に変換して脳へ送るが 視 細胞はその最初に位置する光信号 電気信号変換器である ( 図 1) 光によって光受容体タンパク質ロドプシンが光異性化され 最終的には細胞 ディスク 図 1 視細胞桿体の構造図 2 桿体の電流応答

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別紙 < 研究の背景と経緯 > 自閉症は 全人口の約 2% が罹患する非常に頻度の高い神経発達障害です 近年 クロマチンリモデ リング因子 ( 5) である CHD8 が自閉症の原因遺伝子として同定され 大変注目を集めています ( 図 1) 本研究グループは これまでに CHD8 遺伝子変異を持つ

資料3-1_本多准教授提出資料

CiRA ニュースリリース News Release 2014 年 11 月 20 日京都大学 ips 細胞研究所 (CiRA) 京都大学細胞 物質システム統合拠点 (icems) 科学技術振興機構 (JST) ips 細胞を使った遺伝子修復に成功 デュシェンヌ型筋ジストロフィーの変異遺伝子を修復

研究成果報告書

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Transcription:

細胞間コミュニケーションによる 細胞社会の自己組織化ダイナミクス 理化学研究所 生命システム研究センター (QBiC) 古澤力

多細胞生物の特徴 異なる役割を持つ細胞から構成される 細胞間の相互作用によって集団としての性質が組織化される 細胞数のダイナミックな増減がある 集団レベルでの安定性が維持されている 最もエレガントなマルチエージェント システムの一つン

セントラル ドグマ 細胞 DNA mrna A T A C G C A T T A T G C G T A 転写 核 DNA ( 遺伝情報 ) mrna A T G C A C タンパク質 ( 化学反応を触媒 ) リボソーム A T A C G C 反応を触媒 翻訳 アミノ酸 折れ畳み タンパク質

遺伝子発現の制御の例 :lac リプレッサー laci プロモータ lacz laci プロモータ lacz タンパク タンパク 合成 mrna 合成を阻害 合成 タンパク合成を開始 ( ラクトースの代謝酵素 ) リプレッサー リプレッサー ラクトース リプレッサーが不活性化 ラクトースが存在しないラクトースが存在する ( 乳糖 ) lacz タンパクの合成されない lacz タンパクは合成される ( 乳糖をエネルギー源として利用 ) プログラム的応答 (If-Then 型の制御 )

多細胞生物の発生過程 多細胞生物は一般に 多数の異なるタイプの細胞から構成されている Gilbert, Developmental Biology

幹細胞システム 幹細胞システムは多細胞生物という体制の根幹をなす Development stem type cell Tissue maintenance differentiated cells Regeneration

http://www.sabiosciences.com ES 細胞内の制御ネットワーク

多様な細胞状態を表現する 細胞タイプ A 遺伝子発現量 状態空間のイメージ本当はもっと高次元 遺伝子 A 細胞タイプ B 遺伝子発現量 遺伝子 A 遺伝子 B 遺伝子 C タイプ A タイプ B 遺伝子 B 遺伝子 C 遺伝子 A 遺伝子 B 遺伝子 C 遺伝子発現のみを考えているが タンパク質や代謝物質量も同様

細胞状態の時間発展を力学系として捉える 力学系とは 変数の組の時間変化がその変数の組と系のパラメータで決定される系のこと ある瞬間の状態が決まれば次の瞬間の状態が求められる 例えば などが遺伝子やタンパク質の量で E が環境の状態を表すパラメータ

アトラクタ 力学系では 系の時間変化は状態空間内の軌道によって表 現される このとき 状態が時間発展して 十分時間がたった 十分時間 ときに 状態空間のうちで軌道が通る領域をアトラクタと呼ぶ アトラクタに落ちるまでの軌道を遷移状態 (transient) と呼ぶ 固定点アトラクタ 十分時間がたった後 状態が一点に収束するとき その点を固定点アトラクタ (fixed-point attractor) と呼ぶ 十分時間がたった後 軌道が周期的に振動する状態に収束するとき その周期軌道をリミットサイクルと呼ぶ

複数のアトラクタ アトラクタ 1 ベイスンの境界 アトラクタ 2 系にアトラクタが複数ある場合 どのアトラクタに軌道が収束するかは 初期状態によって異なる あるアトラクタに収束するような初期状態の集合をそのアトラクタのベイスン ( 吸引圏 ) と呼ぶ アトラクタ 1 アトラクタ 2 アトラクタ 1 のベイスン アトラクタ 2 のベイスン

細胞内ダイナミクスは複数のアトラクタを持つ 遺伝子 A 多細胞生物は一般に 複数の細胞タイプを持つ それぞれの細胞タイプは 化学反応のゆらぎなどに対して安定であり アトラクタとして捉えるのが適切である 遺伝子 B 遺伝子 C

細胞内ダイナミクスは複数のアトラクタを持つ 多細胞生物は一般に 複数の細胞タイプを持つ それぞれの細胞タイプは 化学反応のゆらぎなどに対して安定であり アトラクタとして捉えるのが適切である ES 細胞 分化した細胞 環境を変える 環境を元に戻す type1 type0 Kauffman, S. (1969)

発生の過程を考える : 細胞状態の移り変わり 動物の発生過程をすごくラフに書くと : 骨細胞 造血系の模式図 外胚葉 神経細胞リンパ性幹細胞? T 細胞 分化 受精卵 中胚葉 筋細胞 内胚葉細胞 骨細胞 肝細胞 脾細胞 造血幹細胞 骨髄性幹細胞? B 細胞好酸球好塩基球好中球血小板 どのようにして 細胞は状態 ( アトラクタ ) 間を移り変われるか? 赤血球 細胞の分子生物学 第 3 版より

分化の 誘導 A C は B によって A から誘導される A C D と E は C によって A と B から誘導される A D C B B E B 分子生物学においては 多細胞生物の発生過程は あるタイプの細胞 ( あるいは組織 ) がシグナルを出し 別のタイプの細胞を誘導する過程の積み重ねと記述される (if-then 的なプログラムとしての記述 ) この見方だと 発生過程がゆらぎで 間違う 場合や 一部が取り除かれるという摂動に対して安定であることがうまく説明できない

例 : ショウジョウバエの初期発生 bicoid の濃度勾配 nanos の濃度勾配 nanos の濃度勾配 前後 bicoid の濃度勾配 ショウジョウバエの卵 前 後 前 後 Bicoid タンパク質の抗体染色 Houchmandzadeh, et al., Nature 415 (2002) 798-802

例 : ショウジョウバエの初期発生 bicoid の濃度勾配 nanos の濃度勾配 hunchbackhb の濃度勾配 nanos の濃度勾配 前後 bicoid の濃度勾配 ショウジョウバエの卵 前 後 前 後 Bicoid タンパク質の抗体染色 Houchmandzadeh, et al., Nature 415 (2002) 798-802

例 : ショウジョウバエの初期発生 タンパク量 Bicoidのタンパク量は卵ごとに 30% くらいのゆらぎがある しかし その後の発生過程は だいたい正常に進行する 前 後 Houchmandzadeh, et al., Nature 415 (2002) 798-802

例 : ショウジョウバエの初期発生 正常胚 このどちらも 正常な成虫に成長する Bicoid 発現強化胚 単に最初の濃度勾配で全てが決定されているわけではない Bicoidタンパクに even skippedの対する抗体産物に対する抗体 ( 体節のパターン ) 細胞の分子生物学第 3 版

例 : ヒドラの再生 ヒドラとは : 刺胞動物門ヒドロ虫綱ヒドロ虫目に属する生物体長は数ミリ~1センチ程度数種類の細胞へと分化している高い再生能力を持つ http://homepage3.nifty.com/keikoszk/hidora/

例 : ヒドラの再生

細胞状態は細胞間相互作用に影響を受ける ポテンシャルは一定ではなく 周囲の状況によって変動する maintaining environment cell society each cell determining cell fate

Questions to be addressed 分化能を持つ幹細胞と 分化能を持たない末端細胞の細胞内ダイナミクスは何が異なるのか? 不可逆な分化過程をダイナミクスの視点でどのように理解できるか? 細胞分化の過程はどのような機構によって制御され 細胞集団レベルでの安定性が維持されるか?

細胞分化モデル そこで以下の 3 つの条件 1. 細胞内に化学反応のネットワークがある 2. 細胞間に相互作用がある 3. 細胞が分裂などによってその数を変動させる を満たすモデルを計算機上に構成し その系での幹細胞の振る舞いを観察することによって そこでの普遍的性質を探ることにする 現実の細胞系の詳細までを真似たモデルを用いるのではなく 上の条件を満たす簡単なモデルを用いて そこでの性質を探求する

オン / オフ的な遺伝子発現ダイナミクスを持つ細胞モデル 発現促進 細胞分裂 発現抑制 細胞 細胞間相互作用

オン / オフ的な遺伝子発現ダイナミクスを持つ細胞モデル 発現促進 細胞分裂 発現抑制 i 番目の遺伝子発現量の時間変化 : dm dt k i = f k k ( Wij p j θ i ) mi with f ( z) = μ z j 1 + e mrna の合成 分解 i 番目のタンパク質量の時間変化 : dp dt k i = α m 合成 k i p k i + D i 分解 希釈 k ( p p ) i i 細胞内外の輸送 1 f(z) 細胞間相互作用 input z シグモイダル関数 (on off switch)

分化を生じる制御ネットワークのスクリーニング 5 遺伝子 10 制御パスの全ての可能な制御ネットワークについて 32 細胞までの発生過程のシミュレーションを行う 145269760 種類の制御ネットワーク? 幹細胞からの分化過程を生み出し得る制御ネットワークを取ってくる

相互作用による細胞状態の多様化 expression time time 環境を通じた相互作用 細胞間相互作用 Furusawa and Kaneko Bull. Math. Biol. (1998) Furusawa and Kaneko Phys. Rev. Lett. (2000) Furusawa and Kaneko Jour. Theor. Biol (2001) Suzuki, Furusawa and Kaneko PLoS One (2011)

Differentiated cells 状態空間での分化ダイナミクス Stem type t cells

分化頻度の制御 Remove differentiated cells

空間パターン rules of differentiationi i time この分化した細胞による空間パターンも 集団レベルでの安定性を持つ この分化した細胞による空間パタンも 集団レルでの安定性を持つ 例えば 青の細胞を取り除くと 辺縁部の赤の細胞が青に分化する

ネットワーク構造のスクリーニング 幹細胞からの分化を生み出す制御ネットワーク 共通のネットワーク構造は存在するか? : diffusing protein

幹細胞からの分化を生み出すネットワーク構造 幹細胞からの分化を生み出す制御ネットワークは 以下の 2 つの module を持つ : Oscillation module 多くが 3 遺伝子からなる負の制御ネットワークのループ Switching module activator inhibitor の構造を持つ Oscillation i module activation Switching module repression

幹細胞からの分化をもたらすネットワークのデザイン Oscillation module 3 つの細胞へ分化をもたらす制御ネットワーク S A B C Switching modules

幹細胞から 3 つの細胞タイプへの分化 S S B S A S C

幹細胞からの分化をもたらすネットワークのデザイン Oscillation module 幹細胞からの階層的な分化をもたらす制御ネットワーク S A A1 Switching modules

ダイナミクスの複雑性の減少 : 未分化さの表現 このモデル系において分化による分化能の消失は以下のダイナミクスの変化を伴う : 細胞内の化学物質の多様性の減少 例えば 以下の定義のエントロピーの減少 S i k i = i i with i k m j m= x 1 i = p ( j) log p ( j) p ( j) x 細胞内ダイナミクスの複雑さの減少 例えば KSエントロピーの減少

ダイナミクスの複雑性の減少 : 未分化さの表現 実際の幹細胞系においては : 細胞内の化学物質の多様性の減少 幹細胞は一般に そこから分化によって出現する細胞タイプのマーカ遺伝子の多くを弱く発現している (multi lineage lili priming) i ) 細胞内ダイナミクスの複雑さの減少 1 細胞計測によって 幹細胞の細胞状態 1 細胞計測によって 幹細胞の細胞状態が一般に多様な状態間を巡っていることが示されている

ES 細胞における細胞状態の多様性 Stella expression Nanog expression Hayashi et. al, Cell Stem Cell (2008) Hes1 expression Oct4 Hes1 Chambers et. al, Nature(2007) 細胞状態の多様性の起源は 確率的なゆらぎ? 高自由度のダイナミクス?

ES 細胞内での Hes1 遺伝子発現量の振動 Expression of Hes1 exhibit an oscillatory behavior with a period of 3 5 hours. Kobayashi et. al, Genes & Development (2009)

ES 細胞内での Hes1 遺伝子発現量の振動 Hes1 に制御される下流の遺伝子も同様に振動する induce differentiation (=Stella) Hes1の発現量に応じて その後の分化過程が異なる Kobayashi et. al, Genes & Development (2009)

Science 13 Oct., 2012

まとめ 内部に反応ダイナミクスを持つ細胞が相互作用している系で 幹細胞共通の現象が見出された : 振動する発現ダイナミクス 相互作用による細胞状態多様化 細胞集団レベルでの安定性 共通のネットワーク構造 共同研究者 金子邦彦 ( 東京大学 ) 金子邦彦著 生命とは何か - 複雑系生命論序説 - 東京大学出版会