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台風による外国船の 走錨衝突事故防止に向けて 平成 24 年 9 月 6 日 運輸安全委員会事務局横浜事務所

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その他の事項 という ) を乗せ ウェイクボーダーをけん.. 引して遊走する目的で 平成 30 年 8 月 13 日 14 時 00 分ごろ土庄町室埼北東方にある砂浜 ( 以下 本件砂浜 という ) を出発した 船長は 自らが操船し 操縦者 同乗者 E の順にウェイクボードに 搭乗させ 本件砂浜北東

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平成4年第二審第14号

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MA 船舶事故調査報告書 平成 24 年 4 月 27 日 運輸安全委員会 Japan Transport Safety Board

その他の事項 約 200 であり 船首の作業灯がついていて 船長が投錨する旨を指 示したので 機関室に移動して発電機を起動し いつでも主機を中立 運転にできるように準備した後 自室に戻った 航海士 A は 20 時 00 分ごろ本船が減速していることに気付いて 昇橋したところ 船長から船位が分からな

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1 A 所有の土地について A が B に B が C に売り渡し A から B へ B から C へそれぞれ所有権移転登記がなされた C が移転登記を受ける際に AB 間の売買契約が B の詐欺に基づくものであることを知らなかった場合で 当該登記の後に A により AB 間の売買契約が取り消された

宮城県災害時気象資料平成 30 年台風第 24 号による暴風と大雨 ( 平成 30 年 9 月 29 日 ~10 月 1 日 ) 平成 30 年 10 月 3 日仙台管区気象台 < 概況 > 9 月 21 日 21 時にマリアナ諸島で発生した台風第 24 号は 25 日 00 時にはフィリピンの東で

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5 ii) 実燃費方式 (499GT 貨物船 749GT 貨物船 5000kl 積みタンカー以外の船舶 ) (a) 新造船 6 申請船の CO2 排出量 (EEDI 値から求めた CO2 排出量 ) と比較船 (1990~2010 年に建造され かつ 航路及び船の大きさが申請船と同等のものに限る )

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(1) 船舶の堪航能力が不十分であるとき (2) 天候 本船の状態 積荷の種類又は水路等の状況に照らし 運航に危険 のおそれがあるとき (3) 水先船の航行に危険のおそれがあるとき (4) 水先人の乗下船に対する安全施設が不備であるとき (5) 水先人の業務執行に際し 身体及び生命に危険のおそれがあ

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2 当事者の主張 (1) 申立人の主張の要旨 申立人は 請求を基礎づける理由として 以下のとおり主張した 1 処分の根拠等申立人は次のとおりお願い書ないし提案書を提出し 又は口頭での告発を行った ア.2018 年 3 月 23 日に被申立人資格審査担当副会長及び資格審査委員長あてに 会長の経歴詐称等

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側のCO₂ルーム バラストタンク等に浸水したため 右舷傾斜が生じて上甲板の右舷側が没水した状態になったことによりハッチカバー 出入口等から船体内部への浸水量が増加するとともに 風浪を受けて復原力を喪失して横転し 更に浸水量が増加して沈没したことにより発生したものと考えられる MING GUANGが波

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別紙 常勤医師等の取扱いについて 1. 一日平均患者数の計算における診療日数 (1) 入院患者数ア通常の年は 365 日である イ病院に休止した期間がある場合は その期間を除く (2) 外来患者数ア実外来診療日数 ( 各科別の年間の外来診療日数で除すのではなく 病院の実外来診療日数で除すこと ) イ

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報告第 3 号 専決処分の報告について ( 損害賠償の額の決定 ) 地方自治法第 条第 1 項の規定により 議会において指定されている事 項について別紙のとおり専決処分したので 同条第 2 項の規定により報告する 平成 29 年 8 月 28 日提出 我孫子市長星野順一郎 報告理由 損害

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平成 23 年海審第 7 号 カーフェリーありあけ遭難事件 言渡年月日平成 25 年 6 月 20 日 審 判 所海難審判所 ( 小寺俊秋, 松浦数雄, 片山哲三 ) 理 事 官桒原和栄 受 審 人 A 職 名ありあけ船長 海技免許一級海技士 ( 航海 ) 補 佐 人 a,b,c 受 審 人 B 職 名ありあけ一等航海士 海技免許三級海技士 ( 航海 ) 補 佐 人 a,b,c 損 害海岸に乗り揚げて横倒し, 後日解体撤去機関長が右上腕骨骨折, 旅客 1 人が頭部打撲傷, 両膝打撲傷及び右足底部表皮剥離 原 因追い波中の危険に対する認識不十分 受審人 A を戒告する 受審人 B を懲戒しない 主 文 理由 ( 海難の事実 ) 1 事件発生の年月日時刻及び場所平成 21 年 11 月 13 日 05 時 06 分熊野灘 2 船舶の要目 船種船名 カーフェリーありあけ 総トン数 7,910トン 全 長 166.86メートル 機関の種類 ディーゼル機関 出 力 17,652キロワット 3 事実の経過 (1) 設備及び性能等ありあけは, 平成 7 年 5 月に進水し,2 機 2 軸で, 船首部及び船尾部にそれぞれスラスターを, 船体中央部にフィンスタビライザーを装備した, 最大搭載人員が旅客 426 人船員 2 2 人の貨客船兼自動車航送船で, 船体の上層から順に航海船橋甲板 ( 以下 A 甲板 という ), 遊歩甲板 ( 以下 B 甲板 という ), 第 1 車両甲板 ( 以下 C 甲板 という ), 第 2 車両甲板 ( 以下 D 甲板 という ), 第 3 車両甲板 ( 以下 E 甲板 という ) 及び船倉 ( 以下 F 甲板 という ) がそれぞれ設けられ,A 甲板の屋上が露天の羅針儀甲板となっていた - 1 -

A 甲板には, 前部に操舵室及びその後方に乗組員居室が配置され,B 甲板は前部が客室, 後部が車両を積載できる甲板となっており,C 甲板から F 甲板には, 乗用車 180 台, シャーシ 55 台及びコンテナ 434 個 (10 フィートコンテナ換算 ) が積載できるようになっていた また,B 甲板及び C 甲板は, いずれも後方が開口し,D 甲板には, 右舷船首部及び両舷船尾部にそれぞれランプウエイが設けられていた 操舵室には, 中央に自動操舵装置を備えた操舵スタンドがあってその右舷側にレーダー 2 台, 左舷側にテレグラフを組み込んだ機関制御盤, 後部右舷側に無線装置, 後部中央に海図台と配電盤とがそれぞれ配置されていたほか, 風向風速計, 傾斜計,GPS プロッター, 船舶自動識別装置 (AIS) 等が備えられていた 船体中央少し前方の二重底両舷には, それぞれのタンクの容量が約 240 立方メートルの両舷各ヒーリングタンクが前後に 2 組設けられ, 海水の注排水又はヒーリングタンク間の移動のための操作盤が, 操舵室に設置されていた フィンスタビライザーは, フィンの長さ 4.10 メートル幅 1.83 メートルの後方折込式格納型で, 約 22 ノットの速力で行った海上試運転における発生揚力は, 各舷それぞれ 58 トンを記録し, 通常の航海において, 約 10 度の横揺れを抑える能力を有していた (2) 受審人の経歴等ア A 受審人 A 受審人は, 昭和 59 年遠洋まぐろ漁船に, その後, 国際航海に従事する冷凍運搬船にそれぞれ航海士として乗船し, 平成 3 年 3 月一級海技士 ( 航海 ) の免許を取得し, 同年 C 社 ( 以下 フェリー会社 という ) に入社して三等航海士及び二等航海士を歴任した後, 同 13 年他社に移籍して陸上の業務に就き, 同 20 年 5 月フェリー会社に三等航海士として再入社した そして, 平成 21 年 4 月ありあけに一等航海士として乗船した後, 同年 6 月から 10 月まで同船に乗船したまま同社の船長研修を受け, 同月からありあけの船長職を執っていた イ B 受審人 B 受審人は, 昭和 48 年 3 月フェリー会社に入社して甲板員として乗船し, 平成 4 年 1 1 月三級海技士 ( 航海 ) の免許を取得して同 5 年次席三等航海士に昇進した後, 同 14 年一等航海士の職を執るようになり, 同 21 年 9 月からありあけの一等航海士として乗船していた (3) 安全管理規程及び運航基準フェリー会社は, 海上運送法及び内航海運業法の規定による安全管理規程, 運航基準, 作業基準, 事故処理基準等を定め, 安全統括管理者, 運航管理者等をそれぞれ選任して運航管理に当たっていた 運航基準には, 発航の可否判断として, 船長は発航前において航行中に遭遇する気象海象 ( 視程を除く ) に関する情報を確認し, 風速毎秒 25 メートル ( 以下, 風速については毎秒の値を示す ) 以上, 波高 5.0 メートル以上に達するおそれがあるときは発航を中止しなければならないと定められていた また, 安全管理規程において, 基準経路を基準速力により航行することを基準航行と定義し, 運航基準には, 基準航行の可否判断等として, 船体動揺により旅客の歩行が困難となり, 又は搭載貨物, 搭載車両の移動, 転倒等が発生するおそれがあるときは, 基準航行を中止し, 減速, 適宜の変針, 基準経路の変更その他適切な措置をとらなければならないと定められており, その状況が生ずる目安が, 風速 20 メートル以上, 波高 4.0 メートル以上及び横揺れ 7 度以上とされていた さらに, 運航基準には, 基準航行の可否判断等として, 航行中, 風速 20 メートル以上又 - 2 -

は波高 4.0 メートル以上に達するおそれがあるときは, 基準経路の変更により目的港への安全な航行の継続が可能と判断される場合を除き, 目的港への航行の継続を中止し, 反転, 避泊又は臨時寄港の措置をとらなければならないと定められていた (4) フェリー会社の貨物の固縛に関する規定フェリー会社は, 作業基準において, 全ての自動車について車止めを施すこと, 原則として積み込まれた全ての車両に固縛装置を取り付けること, 重心の高い自動車に固縛の増し取りを行うこと, 気象海象の状況に対する船長の判断により一定の車両について固縛の強化を行うこと等を定めていたが, 固縛装置の強度や数, 気象及び海象状況の変化に対応する固縛の要領等について, 固縛マニュアル等を作成していなかった (5) ありあけの貨物の固縛方法ありあけにおいては, 固縛マニュアル等がなかったことから, これまでの運航実績及び経験則による慣習的な方法によって貨物の固縛を行っており, 乗用車については, 前後の対角線上の隅をロックナーと称される固縛用ベルト 2 本で前後方向に張り合わせ, 固縛用ベルトを取っていない方向のタイヤ 2 箇所に車止めを施し, トラックなどの大型車両及び重機については, スピータンバーと称される固縛用チェーン 4 本で前後の 4 隅を張り合わせ ( 以下 4 点取り という ), タイヤ 4 箇所に車止めを施していた また, シャーシについては, 固縛用チェーンで 4 点取りとして C 甲板に積載し, 牽引車との接続部分をシャーシ用架台に載せるとともに, タイヤ 4 箇所に車止めを施していた さらに, コンテナについては, ほとんどが 2 段積みで D 甲板上に直積みとしており,20 フィートコンテナについては 1 個を, それより短いコンテナについては 2 個ないし 3 個を船体の左右方向に並べて 1 列とし, これをコンテナの側面が接するように船首尾方向に複数列並べて 1 ブロックとしたものを, 左舷船首部, 右舷船首部及び右舷船尾部の 3 箇所に積み付けていた そして, コンテナの固縛方法は, それぞれのブロックの船首尾方向ほぼ 3 列おきに, 舷側側と船体中心線側の上段コンテナ下部隅金具に固縛用チェーンのフックを掛け, 同チェーンの他端を甲板上固縛金物に固定していた しかしながら, 固縛用チェーンの長さとコンテナの高さ及び甲板上固縛金物の配置により, 一部のチェーンについては垂直に近い状態で張り合わされており, その強度や耐えられる荷重等について検討されていなかった また, 上下のコンテナ同士の固定方法として, シングルコーン 2 個を挿入していたが, 前後左右のコンテナ同士を接続する手段が講じられていなかったので, 半数以上のコンテナは船体に固定されていなかった (6) 追い波あるいは斜め追い波中における危険に関する情報ア昭和 60 年に発行された船舶復原論には, 一般的に船体中央部が波頂に乗ると復原力が減少し, 追い波中を航行する場合には, 向かい波の中を航行する場合と比較してこの状況が長時間続くことから, 危険であることが記載されていた イ社団法人日本船長協会 ( 現一般社団法人日本船長協会 )( 以下 日本船長協会 という ) は, 平成 7 年 3 月, 操船参考資料 ( その 2) 係留 錨泊と荒天航海 を発行し, 同資料において, 波の頂きに船体中央があるときの復原性喪失, 横揺れ固有周期と卓越波浪周期の同調, パラメーター励振による復原性喪失 及び ブローチング の 4 項目が, 追い波中における横安定性を喪失する現象として説明されていた そして, 同資料には, ブローチングが生じる可能性のある危険範囲が船の長さと速力の関係により, 波が群波として伝わる速度に起因する危険範囲が船舶の速力と波周期の比 ( 速力 ( ノット ) 波周期 ( 秒 ), 以下 波周期比 という ) によって, それぞれ正船尾から追い波を受ける場合について数値で示されるとともに, 正船尾以外からの追い波による危険範囲について, 船の - 3 -

進む方向と波の進む方向がなす角度 ( 以下 出会い角 といい, 正船尾からの追い波の場合を出会い角 0 度とする ) による極座標で図示されていた ウ国際海事機関 ( 以下 IMO という ) の海上安全委員会は, 追い波中における危険な現象を回避するための危険判別方法を採択し,1995 年 ( 平成 7 年 )10 月 19 日, 日本船長協会の操船参考資料 ( その 2) とほぼ同じ内容の操船指針を, 追い波あるいは斜め追い波中における危険な状態を避けるための船長への操船指針 と題する回状 707 号として発出した エ日本船長協会は, 平成 9 年, 社団法人日本造船研究協会 ( 現一般財団法人日本船舶技術研究協会 ) の, 漁船の安全性と復原性 と題する研究成果報告会の論文 ( 平成 7 年 ) 及び回状 707 号の内容を収録した, 荒天追波中の運航方法 と題する教育用ビデオテープ ( 以下 船長教育ビデオ という ) を作成し, 関係者に配布するとともに一般に販売した なお, 漁船の安全性と復原性 において, 群波現象とは, 実際の海はいろいろな波長, 波高, 波向きを持つ多くの成分から成る不規則な海面であり, そのような不規則な海面を走っているにもかかわらず, 追波状態で走るときには大きな波が船の後方から規則的にたて続けに襲ってくるという現象 であると説明されており, 船長教育ビデオにおいても同旨の説明がなされている オ平成 13 年発行の操船通論 (6 訂版 ) には, 回状 707 号の内容が掲載され, 同回状が追い波中を航行する場合の危険を警告し, この危険を回避する操船方法を示している, と解説されていた カ IMO の海上安全委員会は,2007 年 ( 平成 19 年 )1 月 1 日, 追い波中に発生する危険な現象についての解説は回状 707 号とほぼ同じ内容であるが, 数値あるいは図などについて同回状の一部を改訂した, 荒天中における危険な状態を避けるための船長への改訂指針 と題する回状 1228 号を発出した (7) 追い波あるいは斜め追い波中における危険についての情報の概要ア回状 707 号による操船指針回状 707 号は, 追い波中の危険な現象として, 波乗り及びブローチング, 船体中央部が波頂に乗ることによって生じる非損傷時復原力の減少 ( 以下 波頂における復原力の減少 という ), 同調横揺れ運動, パラメトリック横揺れ現象 及び 様々な危険な現象の複合 を指摘し, それぞれの危険な現象について解説している そして, 回状 707 号は, 群波現象が発生している状況において 様々な危険な現象の複合 が発生するとし, 危険な現象の複合についての説明として, 船舶の追い波中の動的な動きは非常に複雑であり, これらの船舶の動的行動と追い波中の危険な現象が複合し, 甲板没水による傾斜モーメントの増加, 波浪の打ち込み, 甲板上の海水の滞留, 大傾斜による貨物の移動等の危険な現象が, 波乗り及びブローチング, 波頂における復原力の減少, 同調横揺れ運動, パラメトリック横揺れ現象 等と同時あるいは連続して複合的に発生し, 非常に危険な複合現象を引き起こし得る, としていた また, 回状 707 号によれば, 波頂における復原力の減少 は, 波長が船の長さの 1 倍ないし 2 倍で, 波高が高いときに起こりやすいとされていたところ, 回状 1228 号によって, 波長が 0.6L(L はメートルによる垂線間長で, ありあけの L は 150 メートルである ) ないし 2.3L の範囲において, 波頂における復原力の減少が顕著に発生すると改訂された 回状 707 号は, 危険な現象の船舶における現れ方は個々の船舶によって異なること, 及び同回状が示す指針が絶対的な安全を保証する基準ではないことを前提とし, 追い波中におけるこれらの危険な現象の回避方法を, 波乗り及びブローチング, 連続群波現象, - 4 -

同調横揺れ及びパラメトリック横揺れ の 3 項目に分けて解説し, これらの危険な現象を引き起こす波浪との出会いは, 速力あるいは針路を変更することにより避けることができるとしており, それぞれの危険に対する具体的な回避方法について, 次のとおり指針を示していた ( ア ) 波乗り及びブローチングの回避方法波乗り及びブローチングについては, 出会い角が 0 度の追い波の場合, 速力 ( ノット ) が 1.8 L より大きい場合を危険範囲とし, 速力をこの危険範囲より小さくなるように減速すべきであるとしている ( イ ) 連続群波現象の回避方法連続群波現象に対しては, 平均波長が 0.8L より, 有義波高が 0.04L よりそれぞれ大きく, 船舶の危険な動きの兆候が明確に見られることを条件とし, 出会い角が 0 度のときの波周期比が 0.8 ないし 2.0 の範囲にある場合, 連続群波現象が発生して様々な危険な現象の複合が引き起こされるとしており, この波周期比の範囲を危険範囲とし, 減速や, 針路を変更して出会い角を変えることにより, 波周期比が危険範囲にある状態を避けるべきであるとしている なお, 連続群波現象が発生するとされる出会い角 0 度のときの危険範囲は, 回状 12 28 号により, 波周期比が約 1.3 ないし 2.0 の範囲に改訂された ( ウ ) 同調横揺れ及びパラメトリック横揺れの回避方法同調横揺れ及びパラメトリック横揺れについては, 自船の固有横揺れ周期を知った上で, 波浪の状況を観測し, 波との出会い周期が船の固有横揺れ周期とほとんど等しくなること, 及び波との出会い周期が船の固有横揺れ周期の約 2 分の 1 となることを避けるべきであるとしている そして, 回状 707 号には, 一般的に船舶の運航者に知られている, ストップウォッチを使用して海面の泡の上下動の時間を計測したり, ピッチング ( 縦揺れ ) の時間を計測したりすることにより, 波の平均周期や波との出会い周期を得る観測要領や, レーダーで波長を求めて計算により平均周期を求める式, 船の固有横揺れ周期の計算式等が掲載されている イ船長教育ビデオによる操船指針船長教育ビデオは, 追い波中を航行する危険を, 出会い群波現象, パラメトリック横揺れ, 復原力減少 及び ブローチング現象を誘発する波乗り の 4 つのタイトルで整理し, それぞれ危険について回状 707 号と基本的に同じ内容を説明し, いずれの危険も, 減速するか, 針路を変更して出会い角を変えることにより回避できるとしている 船長教育ビデオによれば, 数多くの水槽実験の結果, 連続群波現象 ( 船長教育ビデオにおいては, 出会い群波現象 としている ) は, 出会い角が 0 度における波周期比が 1. 5 のときにその危険が最も高くなり, 回状 707 号と同様に同比が 0.8 ないし 2.0 の範囲を連続群波現象が発生する危険範囲としているが, 船舶の危険な動きの兆候並びに波高及び波長による連続群波現象が発生するとされる条件については言及されていない そして, 出会い角が 0 度以外の場合, 左右船尾 45 度の範囲において, 出会い角の余弦関数値を波周期比に乗じて出会い角が 0 度に相当する値に換算し, 危険範囲にあるかどうかを判断するようになっており, 出会い角による極座標でその危険範囲が図示されている また, 波頂における復原力の減少は, 追い波中において最も注意しなければならない現象であるとし, この現象により転覆に至った実験例は, 連続群波現象が発生する条件である, 波周期比が 1.5 を中心とする危険範囲に集中していると説明している 船長教育ビデオは, 実際の船舶の運航に当たって波周期と波向とを観測した上で, 自船の速力に対する波周期比を算出し, 算出した波周期比が, 出会い角による極座標で図示さ - 5 -

れた船尾左右 45 度の範囲の危険範囲に入っているどうかによって, 連続群波現象が発生する危険の有無を判定し, 波周期比が危険範囲に入っていれば, 減速するか, 針路を変更して出会い角を変えるかして, あるいは両方の手段を講じて, 波周期比が危険範囲の外になるように操船すべきであるとしている つまり, 船長教育ビデオは, 同ビデオの操船指針に従って波周期比が危険範囲にならないように操船すれば, 波頂における復原力の減少, 連続群波現象及び同現象によって引き起こされる様々の危険な現象の複合を回避できることを説明している (8) フェリー等における追い波中の船体大傾斜事例平成 16 年 1 月から同 21 年 11 月までの間に, フェリー及びロールオンロールオフ貨物船において, 傾斜角 25 度以上の船体大傾斜事例が 10 件発生し, そのうち 6 件は追い波中における事例であった (9) フェリー会社の所有船舶に対する船長教育ビデオの備付け状況等フェリー会社は, 平成 9 年頃, ありあけを含む所有船舶に船長教育ビデオを備え, 各船に対し機会を設けて船内で視聴するよう指示していたが, その後, フェリー等における追い波中の船体大傾斜事例があったにもかかわらず, 新任船長等に対し, 船内に備えてある同ビデオを視聴するよう十分に指示していなかった (10) A 受審人の追い波中の危険に対する認識状況等 A 受審人は, 追い波中においては保針性が低下し, ブローチングやプーピングダウンが発生することがあるなど, 一般的に追い波が危険であることは知っていた そして, 平成 20 年 5 月にフェリー会社に再入社した後, 追い波中において発生したフェリー等における傾斜角 25 度以上の船体大傾斜事例が, 貨物が移動した事例を含んで 3 件発生しており, 他社のフェリー等が追い波中において大きく傾斜して貨物が荷崩れする事例が発生していることをニュース等によって知っていたにもかかわらず, フェリー会社に資料又は書籍の提供を求めるなどして追い波中における危険とこれを回避するための方法などを把握しないまま, また, フェリー会社から船内に船長教育ビデオが備えられていることを知らされないまま, 同年 10 月ありあけの船長職に就いた そして, その後, フィンスタビライザーを作動させて運航の指揮を執っているうちに, 自船が追い波中であっても余り動揺しない船であると考えるようになったこともあって, 追い波中の危険について十分に認識せず, フェリー会社に資料等の提供を求めなかったので, 船内に船長教育ビデオが備えられていることを知らないまま, これを視聴していなかった (11) 本件発生に至る経緯ありあけは, フェリー会社が主要航路として運営する東京, 沖縄間において, 京浜港, 鹿児島県志布志港, 同県名瀬港及び沖縄県那覇港間を往復する定期航路に従事しており, 平成 21 年 11 月 12 日 10 時 10 分上り便として, 京浜港東京第 3 区のフェリーふ頭に入港着岸し,17 時 00 分に下り便として志布志港へ向けて発航する予定で停泊した これに先立ち, 同日 05 時 01 分名古屋地方気象台から, 東三河南部に強風, 波浪注意報が発表され, 12 日夕方から 13 日明け方にかけて, 海上では東の風が最大風速 16 メートルになり, 波のピークは 12 日夕方で, 外海の波高 4 メートル と予報されていた また,05 時 35 分名古屋地方気象台から, 東海海域に海上強風警報が発表され, 東海海域東部では北東の風が強く, 最大風速は 18 メートル 東海海域西部及び東海海域南部では, 北東の風が次第に強まり, 今後 6 時間以内に最大風速は 18 メートルに達する見込み であるとされていた 10 時 30 分頃 A 受審人は,B 受審人と共にフェリーふ頭にある事務所で行われた荷役業者との打合せに参加した際, 京浜港に入港するまでの航海中に入手した気象情報等により, 発航後, やや荒天になるものと予測していたことから, 貨物として B 甲板後部に車両 5 台, - 6 -

C 甲板にシャーシ 39 台及び車両 7 台,D 甲板にコンテナ 150 個, シャーシ 5 台及び車両 8 台並びに E 甲板に車両 18 台を積載する予定のところ,C 甲板に積載する予定のシャーシ 39 台のうち, 船体の動揺による影響が比較的大きいと考えた船首部 7 台及び船尾部 3 台について, 平素固縛用チェーンを 4 本取るところ, シャーシ中央部の左右に各 1 本追加して 6 本の同チェーンを取るように指示した また, 前後各組のヒーリングタンクには, 各組タンク容量の約 50 パーセントに当たる, 各約 240 トンの海水バラストを両舷にそれぞれ振り分けて積載した 11 時 30 分名古屋地方気象台は, 東海海域に海上強風警報 気圧の傾きが急になって東海海域では, 北東又は東の風が強く, 最大風速は 18 メートル と発表した A 受審人は,12 時頃に 12 日 09 時の地上解析図 ( アジア地上天気図 ) を参照したところ, 京浜港を発航後, 遠州灘から熊野灘にかけて東寄りの風が強まること及び四国沖に低気圧があって海上強風警報が発表されている海域が記載されていることを, そして, その後に配信された 12 日 09 時の沿岸波浪実況図や翌 13 日 09 時の沿岸波浪 24 時間予想図を参照し, 潮岬から足摺岬に至る海域で波高約 4 メートルの波浪が, また, 本州南東岸沖に等波高線で囲まれた波高 5 メートル以上が予想される海域 ( 以下 5 メートル等波高域 という ) がそれぞれ記載されていることを知り, 潮岬から足摺岬にかけて波高が 4 メートル程度の追い波中を航行することになる状況であったが, 発航を中止すべき基準には至らないものと判断し, 足摺岬南方沖合を通過すれば波浪が収まるものと考えていた そして,A 受審人は, 追い波中の危険について十分に認識していなかったことから, ありあけが追い波中であっても余り動揺しない船であると思っていた上, 冬季にはよくある気象及び海象であり, 自船にとって特に航行が困難になる状況ではないものと思い, 折から訪船していた運航管理者と発航後の気象及び海象の状況や航行経路等について意見を交わして追い波中の危険に関する資料の提供を求めなかったので, 運航管理者から船内に船長教育ビデオが備えられている旨の情報が得られず, 同ビデオを視聴し, 追い波中における波周期比により自船が危険範囲にあるかどうかを判別する方法と危険を回避する操船方法について, 十分に把握しなかった その後,A 受審人は,15 時 40 分頃積荷の状況を確認するために船内巡視を行い,16 時 30 分頃昇橋して出航を待った 一方,B 受審人は, 貨物の積付け及び固縛作業の監督に当たり, 通常の作業に加え,A 受審人から指示された荒天対策として, シャーシの一部について固縛の増し取り等を荷役業者に行わせ, 車両, シャーシ, コンテナ等を積み付け, 異常がないことを確認して出航準備を整えた ありあけは,A,B 両受審人ほか 19 人が乗り組み, 旅客 7 人を乗せ, 車両 38 台, シャーシ 44 台及びコンテナ 150 個の貨物 2,323.743 トンを積載し, 船首 5.2 メートル船尾 7.2 メートルの喫水をもって,11 月 12 日 17 時 15 分京浜港を発し, 志布志港に向かった A 受審人は, 船橋当直を,00 時から 04 時まで及び 12 時から 16 時までを二等航海士が,04 時から 08 時まで及び 16 時から 20 時までを B 受審人が,08 時から 12 時まで及び 20 時から 24 時までを三等航海士が当直に当たり, 各直に甲板手 1 人が入直する 4 時間交替 2 人当直体制とし, 出港操船に引き続いて操船指揮に当たり, 東京湾を南下して浦賀水道航路を通航した後,19 時 30 分頃剱埼の北東方約 5 海里沖で B 受審人に船橋当直を引き継ぎ, 自室に戻って休息した B 受審人は, 風力 3 から 4 の, 北東ないし東の風が吹く状況下, 平素のとおりフィンスタビライザーを作動させて東京湾口を南下し,20 時 00 分剱埼の南西方約 3 海里のところで, 三等航海士に船橋当直を引き継いだ - 7 -

A 受審人は,21 時少し前伊豆大島北岸の風早埼沖で昇橋し, 周囲の船舶の輻輳 ( ふくそう ) 状況と, 風向が東ないし東北東, 風速が 15 メートルないし 16 メートル, 波高が 2 メートルないし 3 メートルであることを確かめ, 出航前に受信した, 翌 13 日 09 時の沿岸波浪 24 時間予想図に記載された本州南東岸沖の 5 メートル等波高域を避けるため, 陸岸へ接近するよう針路を神子元島沖から大王埼沖に向く 255 度 ( 真方位, 以下同じ ) に転じ, その後, 大王埼沖から潮岬沖に向く 237 度に転じることとした このとき,A 受審人は, 沿岸波浪 24 時間予想図によれば, 本州南東岸沖の 5 メートル等波高域が紀伊半島南東岸の近くまで広がり, 神子元島沖から潮岬沖に至るまでの間,4 メートルないし 5 メートルの追い波中を航行することになるのは明らかであり, 波周期比による危険範囲内に該当する状況で航行すれば, 波頂において復原力が減少し, 船体の傾斜に伴って荷崩れが発生するなど, 追い波中における危険な現象の複合が発生するおそれがあったが, 追い波中における波周期比により自船が危険範囲にあるかどうかを判別する方法と危険を回避する操船方法について十分に把握していなかったことから, このことに気付かず, 針路や速力を変更して追い波中における危険な現象の複合を避ける措置をとることができるよう, 当直航海士に対し波向, 波周期及び波高を観測してその変化を報告するよう, 具体的に指示しなかった そして,A 受審人は, 陸岸へ接近する各転じる予定の針路を船橋当直中の三等航海士に指示し, 二等航海士にも引き継ぐことと, 平素のとおり何かあったら報告することとを指示しただけで, 針路の変更による波浪との出会い状況の変化を確認できるよう, 大王埼沖の転針予定地点に達した際に報告することを指示しないで降橋し, その後自室で就寝した 三等航海士は, 風早埼沖から神子元島沖に向かい, 神子元島沖から大王埼沖に向かって西行し, 翌 13 日 00 時静岡県御前埼の南方約 15 海里沖で, 二等航海士に船橋当直を引き継いだ 船橋当直に就いた二等航海士は,00 時 00 分御前埼灯台から 174 度 15.5 海里の地点で, 針路を 255 度に定めて自動操舵とし, 機関を全速力前進にかけ,21.7 ノットの速力 ( 対地速力, 以下同じ ) で, 遠州灘を西行した 二等航海士は,02 時 57 分大王埼灯台から 155 度 14.3 海里の地点に達し, 風速 1 6 メートルの東北東風と, 波向 090 度波周期 9.0 秒波高 4.1 メートルの波浪を左舷船尾方から受け, 波周期比が危険範囲外の約 2.3 であった状況下, 針路を 237 度に転じ,2 1.3 ノットの速力で潮岬沖に向かう態勢としたところ, 波周期比が約 2.0 となり危険範囲の境界値になったものの, このことを知らないまま, 相直の甲板手に船内巡視を行わせた後, 04 時 00 分三木埼灯台から 111 度 20.2 海里の熊野灘中央部で,B 受審人に船橋当直を引き継いだ B 受審人は, 相直の甲板手と共に船橋当直に当たり,04 時 30 分 GPS の船位を海図に記入したところ予定の針路線より北側に出ていたので,04 時 32 分少し前三木埼灯台から 144 度 16.4 海里の地点で, 自動操舵のまま更に針路を 235 度に転じ, 黒潮の影響を受けて左方へ 2 度圧流され, やや速力が低下して 20.5 ノットとなったところ, 波向 09 0 度波周期 10.0 秒波高 4.5 メートルの追い波を受ける態勢となり, 波周期比が 1.64 となって, 連続群波現象による危険が最も高いとされる 1.5 に近づく状況となったが,A 受審人から報告すべき波向, 波周期及び波高とその変化などについて具体的な指示がなかった上, 自動操舵としてフィンスタビライザーを作動させていた効果によるものか, 動揺や船首揺れがほとんどない状態で航行していて不安を感じなかったことから, 追い波中における危険に気付かないまま,A 受審人に波浪の状況を報告しないで, 熊野灘南部を続航した B 受審人は,05 時を過ぎた頃, 海図台で 05 時 00 分の GPS の船位を海図に記入し, 潮岬沖の転針予定地点まで約 30 海里で, 同地点を 06 時半頃通過することになることを確 - 8 -

かめて操舵室前部に戻ろうとしたところ,05 時 06 分三木埼灯台から 179 度 20.3 海里の地点において, ありあけは, 針路の変更又は減速等の追い波中の危険を回避する措置がとられなかったことから, 原針路及び原速力で航行中, 左舷船尾方から高波高の追い波を受け, 船体中央部が波頂に乗って復原力が減少し, 突然, 右舷側に約 25 度急激に大傾斜し, 貨物が荷崩れして横傾斜が一時的に 40 度を超え,C 甲板に海水が流入するとともに, 左に急旋回した 当時, 天候は雨で風力 7 の東北東風が吹き,090 度方向から波高 4.5 メートルの波浪があった また, 同月 11 日 17 時 55 分から継続して, 東海海域に海上強風警報が発表されていた B 受審人は, 急激な大傾斜によって海図台から右舷側壁まで飛ばされたが, 操舵スタンドにたどり着いて手動操舵に切り替え, 風を右舷側から受けようとして右舵を取り, 船体の態勢を立て直そうとした また, 相直の甲板手は, 右舷側のヒーリングタンクから海水バラストを左舷側に移送し, 右舷側への横傾斜を復原する作業を開始した (12) 本件発生後の措置等 A 受審人は,05 時少し前に目覚めてトイレに行き, ほとんど船体の動揺を感じないまま自室に戻ってベッドに腰を掛けたところ,05 時 06 分突然, 船体が右舷側へ急激に大傾斜したので驚き, 直ちに昇橋した A 受審人は, 船体が 30 度ないし 35 度右舷側に横傾斜し, 右舵をとっても容易に右転できない状況下, 操舵に当たっていた B 受審人に引き続き右舵をとり, 右転して風を右舷側に受けるように指示し, 昇橋してきた乗組員にフェリー会社へ事故発生を連絡させ, 海上保安庁へ救助を要請させた さらに,A 受審人は, 右舷側のヒーリングタンクの海水バラストを, 左舷側のヒーリングタンクへ同タンクが一杯になるまで移動するように指示し, 乗組員に旅客の状況を確認させるとともに, 全員を A 甲板左舷側の機関長室付近に集合させた A 受審人は, 右転することができないまま熊野灘を南下していたが, 昇橋してきた機関長に港内全速力まで減速するように指示し, 海水バラストの移動によるヒール調整により右舷側への傾斜が一旦約 25 度に落ち着き,05 時 35 分頃左舵の舵効が確かめられたので左転を指示したところ, ようやく反転して風を右舷側から受ける態勢となり, その後, 海上保安庁が三重県尾鷲の付近から救助に出動してくるであろうこと及びヘリコプターによる旅客の救助を想定して陸岸に接近することとし, そのまま北上して紀伊半島東岸沖に向かった ありあけは,06 時を過ぎたころから再び右舷側への傾斜が徐々に大きくなり始めた状況下, 紀伊半島東岸に接近し,07 時 30 分頃から旅客及び乗組員の一部が海上保安庁のヘリコプターによって救助され,09 時 07 分保船要員として残った乗組員 7 人が機関を停止して救命筏で退船し, 同庁の巡視船により救助された その結果, ありあけは,09 時 41 分三木埼灯台から 230 度 13.5 海里の三重県御浜町の海岸に乗り揚げて右舷側に横倒しとなり, 後日, 解体撤去された また, 機関長が右上腕骨骨折を, 旅客の 1 人が頭部打撲傷, 両膝打撲傷及び右足底部表皮剥離を負った ( 原因の考察 ) 本件は, 事実の経過において述べたとおり, 熊野灘において, 左舷船尾方から高波高の追い波を受けながら西行中, 突然, 右舷側に大傾斜し, 貨物が荷崩れして船体の横傾斜が復原しなかったことによって発生したものである 以下, 本件発生の原因について考察する 1 本件当時の静的復原力について本件事故後に試算されたありあけの, 本件当時のコンディション計算によると, 排水量約 11,350 トン, 見かけの横メタセンタ高さ 1.77 メートルで, 造船所作成の 船長の為 - 9 -

の復原性資料 における, 満載状態の見かけの横メタセンタ高さである 1.7 メートルを超えるもので, 貨物の積付け状態による静的復原力は確保されていたものと認められる 2 貨物の固縛状況について本件事故の発生状況によれば, 右舷側への急激な大傾斜により貨物が荷崩れしたものと認められ, 静的な復原力は確保されていたことから, 荷崩れが, 右舷側への船体傾斜が復原しなかった原因と認められる そこで, 本件当時の状況において, 荷崩れしないような固縛を実施することについて検討する ありあけは, 半数以上のコンテナが船体に固定されていなかった事実からすれば, 船体の動揺を極力避けなければならない状態であったといえるが, 本件発生時, 基準航行の可否を判断する目安である横傾斜 7 度をはるかに超える約 25 度の横傾斜が急激に発生していることと, フェリー会社において, 気象及び海象状況の変化に対応する固縛マニュアル等が作成されていなかったこととから,A,B 両受審人に対し, 本件当時に荷崩れを発生しないような固縛措置の実施を求めることは妥当ではない 3 B 受審人の波浪の状況に関する報告について B 受審人は,A 受審人から報告すべき波向, 波周期及び波高などについて具体的な指示がなかった上, 動揺や船首揺れがほとんどない状態で航行していて不安を感じなかったことから, 追い波中における危険に気付かないまま, 波浪の状況を A 受審人に報告しなかったものである したがって, 波高 4 メートルを超える基準航行継続の可否を判断すべき状況であったが, B 受審人が波浪の状況を報告しなかったことは, 同人の職務上の過失とするまでもない 4 本件発生時の波浪と波周期比による追い波中の危険についてありあけは,02 時 57 分針路を 255 度から 237 度に転じ, 速力が 21.7 ノットから 21.3 ノットになったとき, 波周期比が危険範囲外の約 2.3 から危険範囲境界値の 2. 0 になり,04 時 32 分少し前針路を更に転じて 235 度とし, 左方に 2 度圧流されて速力が 20.5 ノットになったとき, 波周期比が危険範囲内の 1.64 になった また, 波高については,02 時 57 分最初の転針時に 4.1 メートルであったものが,0 4 時 32 分少し前更に針路を転じたときには 4.5 メートルになっている このことは, 追い波中の危険な状況が次第に悪化したことを示している さらに, 本件発生時の波長は, 波浪推算データの波周期から計算によって 156 メートルと求められ, ありあけの垂線間長に対し 1.04L になっており, 波頂における復原力の減少の発生が顕著であるとされる 0.6L ないし 2.3L の範囲内となっている 以上のことから, 本件事故においては, 回状 707 号が様々な危険な現象の複合が発生する条件とした, 波高が 0.04L である 6 メートルに至らず, 船舶の危険な動きの兆候が明確に見られなかったものの, 実際の海面は不規則な波が混在しており, ありあけが自動操舵としてフィンスタビライザーを作動させて航行していたことや, 船長教育ビデオにおいては様々な危険な現象の複合が生じる条件として, 波周期比が危険範囲にあること以外の条件については言及されていないことなどを考慮すれば, 実際に発生した右舷側への大傾斜, 荷崩れ及び急左転等は, 追い波中における様々な危険な現象の複合が発生したものと考えるのが妥当である 5 A 受審人の注意義務と職務上の過失本件は, 追い波中における様々な危険な現象の複合が生じたものであり, この危険な現象の複合は, 回状 707 号, 日本船長協会の操船参考資料及び船長教育ビデオ, 書籍等に解説されており, フェリー会社は, 船長教育ビデオをありあけの船内に備えていた しかしながら, フェリー会社は, 新任船長等に対し, 同ビデオが船内に備えてあるのでこ - 10 -

れを視聴するよう十分に指示していなかったものである 一方,A 受審人は, 自船が追い波中において危険範囲にあるかどうか判別する方法と危険を回避する操船方法について情報を得てこれを十分に把握していれば, 波周期比の変化により, 転針及び更に針路を転じたそれぞれの地点で, 追い波中における危険な現象の複合が発生する危険性があることを知り得たものである そして,A 受審人が, 折から訪船していた運航管理者に情報の提供を求めていれば, 船内に船長教育ビデオが備えられていることを知らされ, 同ビデオを視聴すれば, 自船が追い波中において危険範囲にあるかどうか判別する方法と危険を回避する操船方法について情報が得られ, これを十分に把握していれば, 針路の変更又は減速することにより, 本件事故の発生を回避できたことは明らかである 船長は, 船舶の運航に当たって安全運航の確保に十分な注意を払うことが求められるのは当然であり, 平素から技術的な情報等の収集に努めるとともに, 発航に際し, 荒天等が予測される場合, その気象及び海象状況に応じた情報を収集することは, 安全運航の確保のために必要な注意義務である A 受審人は, 一般的に追い波が危険であり, 他社のフェリー等が追い波中において大きく傾斜して貨物が荷崩れする事例が発生していることを知っていたのだから, フェリー会社から情報の提供がなかったとしても, 発航後, やや荒天になるものと予測し, 高波高の追い波中を航行することになることが明らかな状況においては, 発航に際し, 追い波中における危険についての情報を十分に収集すべきであり, このことは, 最上級の免許である一級海技士 ( 航海 ) を受有してこれを行使するのに当たり, その免許に対する社会的要請であるといえる 以上のことから, フェリー会社が新任の船長に対し, 船長教育ビデオが船内に備えてあるのでこれを視聴するように十分に指示しなかったことと,A 受審人が, 追い波中の危険を十分に認識しなかったことから, 自ら, 自船が追い波中において危険範囲にあるかどうかを判別する方法と危険を回避する操船方法について, 情報を収集してこれを十分に把握しなかったこととは, 本件発生の原因となる そして,A 受審人には, 自船が追い波中において危険な状況にあるかどうかを判別する方法と危険を回避する方法について, 情報を収集してこれを十分に把握すべき注意義務があり, これを怠った職務上の過失により, 本件事故の発生を招いたものと認められる ( 主張に対する判断 ) 補佐人は, 波速がありあけの船速の 1.4 倍であったことから, 波頂が船体中央部を通過するのは瞬間的であり, 本件事故発生の原因は, 船体中央部が波頂に乗ることによる復原力の減少が生じたことではなく, 波高 10 メートルを超すフリーク波, いわゆる, 発生を予測することができない突然の大波 ( 一発大波 ) に襲われたことであると主張するので, これについて検討する 補佐人は, 波速が 15.6 メートル毎秒, ありあけの船速が 10.8 メートル毎秒 (21 ノット ) であるとしており, その差は 4.8 メートル毎秒で, ありあけの垂線間長 150 メートルを波頂が通過するためには, 出会い角が 0 度であったとしても 31 秒間必要である 仮に, 船体中央部の 50 メートルを波頂が通過する間, 復原力が減少して危険な状況になると想定すれば, 約 10 秒間復原力が減少した危険な状態が続くのであり, 本件事故のような大傾斜が発生する時間は十分にあったといえる また, 補佐人が主張するような, 波高が 10 メートルを超すフリーク波がありあけを襲ったとする明らかな証拠はない 補佐人が主張の根拠の一つとする D 証人の供述は, 波が船体に当たる音を聞いたとするもの - 11 -

で, 波の高さの証明にはならず,A,B 両受審人やありあけ乗組員の発生状況に関する供述等も, 突然, 大傾斜が発生したことを示しているのみで, 波高については誰もが 4 メートルないし 5 メートルであったとしている さらに, 補佐人が弁論において参考資料として示したインターネット情報の 海難事故とフリーク波 においても, 本件事故が, フリーク波による発生の可能性があることを示唆しているものの, フリーク波の発生しやすい海況下で, 船舶がフリーク波と遭遇するのは確率過程 であり, フリーク波との遭遇以外での事故要因は否定しない と明確に述べており, 本件事故がフリーク波によるものであると明言したものではない 原因の考察で述べたとおり, 本件事故は, ありあけが, 回状 707 号や船長教育ビデオが示す, 様々な危険な現象の複合が発生するとされる波周期比の危険範囲で航行していることと, 実際に発生した事実の態様とから, 様々な危険な現象の複合によって発生したものであると認められる 以上のことから, 本件事故がフリーク波によって発生したとする補佐人の主張は, 採用することができない ( 原因及び受審人の行為 ) 本件遭難は, 志布志港に向け発航する予定で京浜港に停泊するに当たり, 遠州灘から熊野灘にかけて高波高域の追い波中を航行することが予測される状況下, 追い波中の危険に対する認識が不十分で, 追い波中における波周期比により自船が危険範囲にあるかどうか判別する方法と危険を回避する操船方法について十分に把握することなく, 発航し, 夜間, 熊野灘において, 高波高の追い波を左舷船尾方から受け, 波周期比が連続群波現象による様々な危険な現象の複合が生じうる危険範囲に該当する状況となったとき, 針路の変更又は減速等の追い波中の危険を回避する措置がとられないまま航行中, 船体中央部が波頂に乗って復原力が減少し, 突然, 右舷側に大きく傾斜するとともに貨物が荷崩れし, 船体が右舷側に大傾斜したまま復原しなかったことによって発生したものである A 受審人は, 船長としてありあけの運航の指揮を執り, 志布志港に向けて発航する予定で京浜港に停泊するに当たり, 発航後, 遠州灘から熊野灘にかけて高波高域の追い波中を航行することが予測される場合, 追い波中においては保針性が低下し, ブローチングやプーピングダウンが発生することがあるなど, 一般的に追い波が危険であり, 他社のフェリー等が追い波中において大きく傾斜して貨物が荷崩れする事例が発生していることを知っていたのだから, 自船が追い波中において危険な状況に陥ることのないよう, 折から訪船していた運航管理者と発航後の気象及び海象の状況や航行経路等について意見を交わして追い波中の危険に関する資料の提供を求め, 船長教育ビデオが船内に備えられている旨の情報を得て同ビデオを視聴し, 追い波中における波周期比により自船が危険範囲にあるかどうかを判別する方法と危険を回避する操船方法について十分に把握すべき注意義務があった しかしながら, 同人は, 平素から, 追い波中の危険を十分に認識していなかったことから, 自船は追い波中であっても余り動揺しない船である上, 冬季にはよくある気象及び海象で, 自船にとって特に航行が困難になる状況ではないものと思い, 運航管理者に追い波中の危険に関する資料の提供を求めなかったので船内に船長教育ビデオが備えられている旨の情報が得られず, 追い波中における波周期比により自船が危険範囲にあるかどうか判別する方法と危険を回避する操船方法について十分に把握しなかった職務上の過失により, 夜間, 熊野灘において, 高波高の追い波を左舷船尾方から受け, 波周期比が連続群波現象による様々な危険な現象の複合が生じうる危険範囲に該当する状況となったとき, 針路の変更又は減速等の追い波中の危険を回避する措置がとられないまま, 船体中央部が波頂に乗って復原力が減少し, 突然, 右舷側に大きく傾斜するとともに貨物が荷崩れし, 右舷側に大傾斜したまま復原しない事態を招き, 紀伊半島東岸に乗り揚げて船体及び - 12 -

貨物を全損し, 機関長及び旅客の 1 人にそれぞれ負傷させるに至った 以上の A 受審人の行為に対しては, 海難審判法第 3 条の規定により, 同法第 4 条第 1 項第 3 号を適用して同人を戒告する B 受審人の行為は, 本件発生の原因とならない よって主文のとおり裁決する - 13 -

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