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核内受容体遺伝子の分子生物学

るが AML 細胞における Notch シグナルの正確な役割はまだわかっていない mtor シグナル伝達系も白血病細胞の増殖に関与しており Palomero らのグループが Notch と mtor のクロストークについて報告している その報告によると 活性型 Notch が HES1 の発現を誘導

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東邦大学学術リポジトリ タイトル別タイトル作成者 ( 著者 ) 公開者 Epstein Barr virus infection and var 1 in synovial tissues of rheumatoid 関節リウマチ滑膜組織における Epstein Barr ウイルス感染症と Epst

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妊娠認識および胎盤形成時のウシ子宮におけるI型IFNシグナル調節機構に関する研究 [全文の要約]

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平成24年7月x日

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博 士 学 位 論 文

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博第265号

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前立腺癌は男性特有の癌で 米国においては癌死亡者数の第 2 位 ( 約 20%) を占めてい ます 日本でも前立腺癌の罹患率 死亡者数は急激に上昇しており 現在は重篤な男性悪性腫瘍疾患の1つとなって図 1 います 図 1 初期段階の前立腺癌は男性ホルモン ( アンドロゲン ) に反応し増殖します そ

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糖鎖の新しい機能を発見:補体系をコントロールして健康な脳神経を維持する

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クワガタムシの大顎を形作る遺伝子を特定 名古屋大学大学院生命農学研究科 ( 研究科長 : 川北一人 ) の後藤寛貴 ( ごとうひろき ) 特任助教 ( 名古屋大学高等研究院兼任 ) らの研究グループは 北海道大学 ワシントン州立大学 モンタナ大学との共同研究で クワガタムシの発達した大顎の形態形成に

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ASC は 8 週齢 ICR メスマウスの皮下脂肪組織をコラゲナーゼ処理後 遠心分離で得たペレットとして単離し BMSC は同じマウスの大腿骨からフラッシュアウトにより獲得した 10%FBS 1% 抗生剤を含む DMEM にて それぞれ培養を行った FACS Passage 2 (P2) の ASC

関係があると報告もされており 卵巣明細胞腺癌において PI3K 経路は非常に重要であると考えられる PI3K 経路が活性化すると mtor ならびに HIF-1αが活性化することが知られている HIF-1αは様々な癌種における薬理学的な標的の一つであるが 卵巣癌においても同様である そこで 本研究で

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Hi-level 生物 II( 国公立二次私大対応 ) DNA 1.DNA の構造, 半保存的複製 1.DNA の構造, 半保存的複製 1.DNA の構造 ア.DNA の二重らせんモデル ( ワトソンとクリック,1953 年 ) 塩基 A: アデニン T: チミン G: グアニン C: シトシン U

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図 1 マイクロ RNA の標的遺伝 への結合の仕 antimir はマイクロ RNA に対するデコイ! antimirとは マイクロRNAと相補的なオリゴヌクレオチドである マイクロRNAに対するデコイとして働くことにより 標的遺伝 とマイクロRNAの結合を競合的に阻害する このためには 標的遺伝

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現し Gasc1 発現低下は多動 固執傾向 様々な学習 記憶障害などの行動異常や 樹状突起スパイン密度の増加と長期増強の亢進というシナプスの異常を引き起こすことを発見し これらの表現型がヒト自閉スペクトラム症 (ASD) など神経発達症の病態と一部類することを見出した しかしながら Gasc1 発現

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Peroxisome Proliferator-Activated Receptor a (PPARa)アゴニストの薬理作用メカニズムの解明

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化を明らかにすることにより 自閉症発症のリスクに関わるメカニズムを明らかにすることが期待されます 本研究成果は 本年 京都において開催される Neuro2013 において 6 月 22 日に発表されます (P ) お問い合わせ先 東北大学大学院医学系研究科 発生発達神経科学分野教授大隅典

いることが推測されました そこで東京大学医科学研究所の氣駕恒太朗特任研究員 三室仁美 准教授と千葉大学真菌医学研究センターの笹川千尋特任教授らの研究グループは 胃がんの発 症に深く関与しているピロリ菌の感染現象に着目し その過程で重要な役割を果たす mirna を同定し その機能を解明しました スナ

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2. PQQ を利用する酵素 AAS 脱水素酵素 クローニングした遺伝子からタンパク質の一次構造を推測したところ AAS 脱水素酵素の前半部分 (N 末端側 ) にはアミノ酸を捕捉するための構造があり 後半部分 (C 末端側 ) には PQQ 結合配列 が 7 つ連続して存在していました ( 図 3


DV問題と向き合う被害女性の心理:彼女たちはなぜ暴力的環境に留まってしまうのか

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5 氏 名満仲翔一 学 位 の 種 類博士 ( 理学 ) 報 告 番 号甲第 465 号 学位授与年月日 2017 年 9 月 19 日 学位授与の要件学位規則 ( 昭和 28 年 4 月 1 日文部省令第 9 号 ) 第 4 条第 1 項該当 学位論文題目腸管出血性大腸菌 O157:H7 Sakai 株に存在する Stx2 ファー ジにコードされた Small Regulatory RNA SesR の機能解析 (Functional analysis of Small Regulatory RNA SesR encoded by Stx2 phage present in enterohemorrhagic Escherichia coli O157:H7 Sakai) 審 査 委 員 ( 主査 ) 塩見大輔山田康之関根靖彦

Ⅰ. 論文の内容の要旨 (1) 論文の構成論文は 以下の 5 章で構成されている 第 1 章 ( 序論 ) で本論文の背景が述べられている 第 2 章では 腸管出血性大腸菌 O157:H7 Sakai 株 (O157Sakai 株 ) 由来の Stx2 ファージの非病原性大腸菌 K-12 株への溶原化が べん毛遺伝子群の発現を抑制することを明らかにし その制御機構についての解析を行っている 第 3 章では Stx2 ファージ領域のうち べん毛遺伝子群の発現抑制を担う small regulatory RNA (srna) SesR を同定し その制御機構を明らかにしている 第 4 章では O157Sakai 株における sesr の発現および機能解析を行っている 第 5 章では 以上の結果をふまえた総合討論が述べられている (2) 論文の内容要旨細菌に感染するウィルス ( バクテリオファージ ) のうち テンペレートファージは 感染後に細菌の染色体上に自身の DNA を組み込み溶原化する ファージの溶原化は病原性遺伝子や抗生物質耐性遺伝子などの遺伝子の水平伝播に寄与すると考えられている 溶原化したファージはプロファージと呼ばれる 腸管出血性大腸菌 O157:H7 Sakai 株 (O157 Sakai 株 ) の染色体上に存在する 18 のプロファージの内の一つである Sakai prophage 5 (Sp5) は 病原性の主な因子の一つである志賀毒素 (Stx) をコードする stx2 遺伝子を含む このプロファージは 感染能のあるファージ粒子を産生する能力を持ち stx2 遺伝子の水平伝播に重要な役割を担うと考えられる Sp5 溶原化が大腸菌の遺伝子発現に与える影響およびその分子機構が明らかにされている例はほとんどない そこで 本論文では Sp5 を非病原性大腸菌 K-12 株に溶原化させ Sp5 溶原菌と非溶原菌間の表現型の違いを解析した まず 両株の生育速度の違いを調べたが 差は見られなかった 一般的に 細菌の病原性とべん毛遺伝子群の発現には逆相関の関係があることが知られていることから 溶原菌と非溶原菌の遊走性に着目した 細菌の遊走性 ( 運動性 ) はべん毛に依存する その結果 37 C 嫌気条件下において Sp5 溶原菌では遊走性の低下が見られた 遊走性低下の原因を調べるために べん毛遺伝子群の発現を解析したところ べん毛遺伝子群の発現を制御するマスター遺伝子 flhd やべん毛繊維 ( フラジェリン ) をコードする flic を含む複数のべん毛遺伝子群に属する遺伝子の発現が低下していた すなわち Sp5 溶原菌では flhdc の発現が転写または転写後段階で抑制されている そこで Sp5 による制御を受けないアラビノースプロモーターから発現された FlhD 及び FlhC の蓄積量を解析した結果 Sp5 溶原菌では蓄積量が減少していた 以上の結果は Sp5 溶原菌では flhdc の発現が転写後段階で抑制されていること Sp5 内にべん毛遺伝子群の発現を抑制する因子が存在することを示唆している そこで Sp5 領域の部分欠失株を作成し flic の発現を解析したところ ある領域を欠失した株において flic の発現抑制が解除された したがって この領域内に抑制因子が存在することが示された ノーザンブロッテ 1

ィング解析によって この領域から約 80 塩基の small RNA (srna) が検出された さらに この srna は RNA シャペロン Hfq と相互作用したことから Hfq 結合型の srna であると示された この srna を SesR (Stx phage-encoded small RNA) と名付けた sesr のみを発現させると 大腸菌の遊走性の低下および flic の発現抑制が起こった 加えて Sp5 溶原菌から sesr のみを欠失させると 遊走性の低下が見られなくなった 以上の結果から SesR が遊走性低下の原因因子であることが結論づけられた また べん毛遺伝子群の発現抑制機構についての解析も行った flhdc mrna の SD 配列の約 50 塩基上流に SesR と部分的な相補性をもつ配列が存在し その配列に変異を加えると SesR による翻訳抑制はほぼ解除された したがって SesR は flhdc mrna の上流配列と結合し その翻訳を阻害すると考えられた Sp5 は本来 O157 Sakai 株の染色体上に存在するプロファージである そこで SesR が O157 Sakai 株においてもべん毛遺伝子群の発現を低下させるかを sesr を過剰発現することにより調べた sesr 過剰発現により FliC の分泌量の低下が観察された 病原性に重要な因子 ( エフェクタータンパク質 ) をコードする LEE 遺伝子群およびこれらを分泌する III 型分泌装置の発現誘導は べん毛遺伝子群の発現抑制を引き起こす O157 Sakai 株において SesR が LEE 遺伝子群の発現にも影響を及ぼすかを調べた結果 sesr の過剰発現によりエフェクタータンパク質の分泌量の低下が見られた すなわち SesR がべん毛遺伝子群に加えて LEE 遺伝子群の発現も抑制することが示唆された LEE 遺伝子群の発現は転写因子 Ler により正に制御される sesr の発現により Ler 蓄積量の減少が見られた これは SesR が ler の翻訳を抑制することで LEE 遺伝子群全体の発現を抑えることを示唆する 一方 ノーザンブロッティングによる解析の結果 O157 Sakai 株では SesR の存在量が非常に少なかった この結果は O157 Sakai 株において sesr の発現が負に制御されている または SesR の分解が促進されていることを示すものである 以上のように O157 Sakai 株で SesR は複雑な経路を介してべん毛遺伝子群および病原因子の発現を制御している可能性が明らかとなった 2

Ⅱ. 論文審査の結果の要旨 (1) 論文の特徴腸管出血性大腸菌 (enterohemorrhagic Escherichia coli : EHEC) によってしばしば引き起こされる食中毒は 世界的に問題になっている 腸管出血性大腸菌 O157:H7Sakai 株 (O157 Sakai 株 ) は 1996 年大阪府で流行した際に患者から単離された腸管出血性大腸菌である 腸管出血性大腸菌による病原性発現制御機構やその生態を明らかにすることは 腸管出血性大腸菌の感染防除の観点から 非常に重要である O157 Sakai 株に存在するプロファージのうち Sp5 は EHEC の主要な病原因子の一つである志賀毒素をコードする stx2 遺伝子を持つ Sp5 溶原化は stx2 遺伝子の水平伝播を引き起こすと考えられる Sp5 を非病原性大腸菌 K-12 株に溶原化したところ 37 C 嫌気条件下で遊走性の低下が観察された 申請者は 遊走性の低下をもたらした small regulatory RNA (srna) SesR を同定した SesR がべん毛遺伝子群発現のマスター遺伝子の発現を抑制することを明らかにした さらに SesR が O157 Sakai 株においても べん毛遺伝子群 および病原因子とその分泌装置の発現も制御していることを明らかにした 細菌の病原性と運動性には一般的に逆相関の関係があることが知られている すなわち 細菌が病原性を発現するときには その運動性の低下が見られる 一方 申請者が本論文で明らかにした SesR は べん毛遺伝子群の発現 病原因子とその分泌装置の発現のいずれも抑制することから SesR は従来知られている遺伝子発現制御機構とは異なる新規制御機構に関わる因子であることが示唆される このように 遊走性の低下という現象の観察から その原因因子 SesR の同定及び SesR による制御機構を示したことが 本論文の特徴である (2) 論文の評価申請者は Sp5 の非病原性大腸菌への溶原化が 37 C 嫌気条件下で遊走性を低下させることを見出した この観察を元に 申請者は この原因因子 SesR を同定した 本研究により SesR がべん毛遺伝子の発現マスター遺伝子 flhdc mrna の SD 配列上流の配列と塩基対形成を行うことにより flhdc および下流のべん毛構成因子の発現を抑制するという新規の分子機構が示唆された さらに O157 Sakai 株においても 同様の機構が働いている可能性を提示した O157 Sakai 株における病原性 遊走性の制御機構には未解明の点が多い 申請者が明らかにした SesR によるべん毛遺伝子群発現抑制が起こる条件 (37 C 嫌気条件下 ) は 哺乳類の消化管内の環境と似ていることから SesR を介したべん毛遺伝子群発現抑制は溶原菌が哺乳類の体内に侵入した時に起こるのかもしれない 本論文は small regulatory RNA による病原因子および遊走性に必須のべん毛遺伝子の新規の発現制御機構に関する示唆を与えた点で O157 Sakai 株における病原性 遊走性の制御機構の解明に果たした貢献は大きい さらに 以上の実験は 分子生物学 遺伝学 生化学など様々な手法を用いて明らかにしたという点で 申請者の高い研究能力を示している 3

以上の評価により 審査委員会は 本論文が博士学位論文として充分な学術価値を有する ものと結論した また 本研究において申請者が立教大学研究活動行動規範を遵守したこと を確認した 2017 年 6 月 20 日 ( 火 ) 午後 6 時 30 分より 7 時 30 分まで本論文についての公聴会を開 き 論文の内容の説明と質疑応答を行った 申請者は論文について明快に説明し 質疑に対 する応答も満足すべきものであった 4