スライドの説明 感染性心内膜炎は 心臓の弁膜の感染症である その結果 菌塊が血中を流れ敗血症を引き起こす危険性と 弁膜が破壊され急性の弁膜症による心不全を発症する危険性がある 治療には 内科治療として抗生物質の投与と薬物による心不全コントロールがあり 外科治療として 菌を除去し弁形成や弁置換で弁機能を回復させる方法がある ではどちらの治療が有効なのであろうか これまでの研究をみると ( 関連資料参照 ) 一般に外科治療を同一入院中に行った方が やや死亡率が低いとする報告が多い ただ通常感染性心内膜炎の治療は 二者択一的なものではなく まず内科治療を試みつつ 手術の必要があるかどうか 手術するとしたらどのタイミングで行うのかを検討する必要がある 治療方針決定の上で最も重要となってくるのが 手術適応とそのタイミングである 例えば薬物治療を先行させ 感染や心不全の薬物コントロールに固執していると 心不全や敗血症が進行し かえって状況が悪くなる場合もある 一方で 感染コントロールがつかない状況で手術に踏み切ると 手術自体のリスクが高く 人工弁などを用いれば 二次的な人工弁の感染の危険性も生じる 実際の活動期感染性心内膜炎の外科治療の手術成績を見ると ( 関連資料参照 ) 手術死亡率が 10% 近くもあり 遠隔期の感染の再燃が 10-20% とされている 帝京大学心臓血管外科 講師真鍋晋
参考資料 提言 1 感染性心内膜炎に対する外科治療の有用性 初回入院期間中に手術治療を行うことは 治療成績を改善する可能 性が高い 初回入院期間中に外科治療まで行うことの是非ついては すべての報告で結果が一致しているわけではない 特に心不全 弁輪膿瘍 塞栓症では有用性が高い可能性がある 手術のタイミングについては まだ結論が得られていない
文献 1 (Circulation. 2010;121:1005-1013.) 方法多施設の心内膜炎データベース (International Collaboration on Endocarditis-Prospective Cohort Study) に登録された感染性心内膜炎症例 2760 例の中から 患者背景によりマッチングを行った手術治療症例 720 例と薬物治療症例 832 例 ( 計 1552 例 ) の間で比較を行った 結果 薬物治療症例に比べて 手術治療症例は死亡率が低く ( 手術群 :12.1% 87/720 vs. 薬物群 :20.7% 172/832) 5.9% のリスク軽減効果 (Absolute risk reduction; ARR) が見られた 手術の効果がより強かった症例群として 弁輪膿瘍 (ARR: 17.3%) 塞栓症 (ARR: 12.9%) 脳梗塞(ARR: 13.0%) 黄色ブドウ球菌感染(ARR: 20.1%) があり 弁の穿孔や心不全ではリスク軽減効果はみられなかった 注釈 外科治療と内科治療の比較試験では最大規模である 早期手術 (Early surgery) とは 同一入院中の手術という意味であり 必ずしも緊急手術という意味ではない 診断から手術までの中央値は 7 日
文献 2 (Circulation. 2007;115:1721-1728.) 方法 メイヨークリニックで治療した感染性心内膜炎症例 546 例の中から 患者背景によりマッ チングを行った手術治療症例 93 例と薬物治療症例 93 例 ( 計 186 例 ) の間で比較を行った 結果 手術治療症例と薬物治療症例の 6 か月の死亡率は同等であった ( 手術群 :29.0% 27/93 vs. 薬物群 :19.4% 18/93) 546 例全例を対象とした多変量解析では 6 か月以内の死亡率において外科治療は有意な危険因子 (HR 1.9, 95%CI 1.1~3.2; p=0.03)
文献 3 Clinical Infectious Diseases 2007; 44:364 72 方法 Duke 大学で前向きに登録された感染性心内膜炎症例 426 例の中から 僧帽弁または大動脈弁が罹患し かつ人工弁やペースメーカが用いられていない症例は 333 例であった 患者背景によりマッチングを行った手術治療症例 51 例と薬物治療症例 51 例 ( 計 102 例 ) の間で比較を行った 結果 手術治療症例と薬物治療症例の入院死亡率は同等であった ( 手術群 :11.8% 6/51 vs. 薬物群 :21.6% 11/51) 多変量解析では 手術治療は有意に 5 年の死亡率を軽減していた (HR 0.27; 95% CI, 0.13-0.55) 5 年の死亡率を悪化させる危険因子としては 糖尿病 発症時の IVH ラインの留置 弁輪膿瘍があった 注釈 早期手術 (Early surgery) とは 同一入院中の手術という意味であり 緊急手術という意味ではない
文献 4 JAMA. 2003;290:3207-3214 方法 7 つのコネチカット州で治療した感染性心内膜炎症例 513 例の中から 患者背景によりマッチングを行った手術治療症例 109 例と薬物治療症例 109 例 ( 計 218 例 ) の間で比較を行った 結果 薬物治療症例に比べて 手術治療症例は 6 か月の死亡率が低く ( 手術群 :15% 16/109 vs. 薬物群 :28% 31/109) 多変量解析においても手術治療が有意に死亡率が低い 手術の効果が最も強かった症例群は 中等度 ~ 高度心不全であった 注釈 早期手術群で菌血症があったのは 15 % に過ぎない ( 早期手術といってもほとんど活 動期には手術は行っていない )
提言 2 感染性心内膜炎に対する外科治療の現況 活動期に感染性心内膜炎に対して手術治療を行うことは 今なお高 い手術死亡率と 高い人工弁感染のリスクが危惧される 単施設の後ろ向き試験における自己弁の活動期感染性心内膜炎の手術死亡率は 7-10% 移植した人工弁が感染する可能性は 7-14% 1 年あたり 2.1 人
文献 5 JThoracCardiovascSurg2007;133:144-9 対象 1978 年から 2004 年に活動期感染性心内膜炎に対して手術を施行した 383 例 ( 年齢 51±16 歳 64% 男性 ) 自己弁 266 例 人工弁 117 例 結果 手術適応はショック 14% 心不全 55% 弁周囲膿瘍 21% 塞栓症 12% 敗血症遷延 19% 巨大 vegetation10% 手術死亡 45 例 (12%) 遠隔期死亡 88 例 (23%) 心内膜炎の再燃 32 例 (8.4%) 手術死亡の予見因子 : 術前ショック状態 PVE 弁周囲膿瘍 黄色ブドウ球菌遠隔死亡の予見因子 : 年齢 ショック状態 PVE 左室駆出率低下(40% 以下 ) 心内膜炎再燃 15 年生存率は 44±5% ( native valve59±5% PVE25±7%) 15 年心内膜炎再燃回避率 86±3% 再手術回避率 70%±6% 僧帽弁単独弁置換 93 例 弁形成 16 例 大動脈弁 + 僧帽弁 AVR+ 僧帽弁置換 75 例 AVR+ 僧帽弁形成 26 例
文献 6 Ann Thorac Surg 1997;63:1737-41 対象活動期感染性心内膜炎に対して手術を行った 247 例 ( 年齢 45.4±5.6 歳 ) A 弁単独 163 例 M 弁単独 36 例 A+M 弁 44 例 T 弁 4 例 結果手術死亡 19 例 7.6% 手術死亡の予見因子年齢 手術時心原性ショック CTR50% 以上 遠隔死亡の予見因子高齢 術前脳神経合併症 手術時心原性ショック 罹病期間が短い 僧帽弁罹患 9 年生存率 71.3±3.8% 8 年再手術回避率 73.3±4.2% PVE 発症率 7%
文献 7 European Heart Journal (2007) 28, 65 71 対象 活動期感染性心内膜炎に対して緊急手術を行った 89 例が対象 結果抗生物質開始から手術までの中央値 10 日 (4-20 日 ) 手術死亡 32 例 36% 手術死亡の予見因子頻不全 敗血症 グラム陰性菌感染 感染の遷延
文献 8 (Euro Heat J 2009.) 方法活動期感染性心内膜炎に対して外科治療を行った 291 例に対して 抗生物質治療開始から 1 週間以内に手術を行った 95 例 ( 早期群 ) と 1 週間以上抗生物質投与を行ってから手術を行った 191 例 ( 後期群 ) の間で比較を行った 結果 術後 6 か月の死亡率では両群に差はなかった ( 早期群 :15% 14/95 vs. 後期群 :12% 23/196, p=0.47) 術後 6 か月以内の感染再燃または弁機能不全発症率では 早期群が有意に高かった ( 早期群 :16% 15/95 vs. 後期群 :4% 7/196, p=0.0005) 最もリスクが高いと考えられる群では 早期に手術をした群のほうが死亡率は有意に低かった 注釈若年者で 心不全があり 大きな疣ぜいを有する 黄色ブドウ球菌感染例などでは 早期に手術を行ったほうが死亡率は軽減するかもしれない
文献 9 Heart 2008;94:892 896 方法 診断から 30 日以内に手術治療を行った左心系 ( 大動脈弁または僧帽弁 ) 感染性心内膜炎症 例 129 例を対象に 診断から手術までの時間と 6 か月死亡率の関係を解析した 結果 単変量解析の結果では 手術までの時間が長いほうが死亡率は低かった ただし リスク調整を行った多変量解析においては この差は有意ではなくなった
感染性心内膜炎に対する内科治療と手術治療の比較試験 Propensity Score Analysis 著者調査期間デザイン症例数死亡率評価のタイミング主な所見 外科 / 内科 Lalani 2000-2005 多施設前向き 634/634 11.8% / 17.4% 入院死亡外科手術が有意に死亡率を軽減 Tleyieh 1980-1988 単施設後ろ向き 93/93 29% / 19.4% 6 か月死亡率 死亡率に差はないが 外科手術のほうが死亡率は高い Aksoy 1996-2002 単施設前向き 51/51 11.8% / 21.6% 5 年死亡率 死亡率に差はない多変量解析では手術が良好 Cabell 1984-1999 多施設後ろ向き 610/906 入院死亡率 最も手術の適応があるとされる群でのみ有意に手術が良好 Mourviller 1993-2000 単施設後ろ向き 27/27 入院死亡率 手術により死亡率が改善 Vikram 1990-2000 多施設後ろ向き 109/109 15% / 28% 6 か月死亡率外科手術が有意に死亡率を軽減