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前胸部誘導で著明な陰性 T 波を認めた, 心拍数依存性左脚ブロック後 cardiac memory の 1 例 Cardiac memory T-wave inversion in precordial leads after rate dependent left bundle branch block 馬塲里英 小杉理恵 前川恵美 馬場彰泰 島田恵 高橋路子 赤石誠 北里大学北里研究所病院循環器内科 Abstract われわれは虚血性心疾患と鑑別を要する心電図変化を認め, 精査にて特徴的な心電図の観察を行い, 心筋虚血を否定し得た症例を経験したので報告する. 症例は35 歳男性.2011 年春の健康診断で前胸部誘導 3の陰性 T 波を指摘され, 心筋虚血の疑いで当院を受診した. 胸痛はなく, リスクファクターは喫煙のみであった. 2 カ月後の外来で心電図はほぼ正常化していたが, 短期間で変化を生じているため, 心臓カテーテル検査を施行した. 冠動脈に有意狭窄は認めなかったが, 検査中に一過性左脚ブロックを認め, その後 3の陰性 T 波を認めることを繰り返し起こした. その際に胸痛は認めず, 冠動脈に狭窄もみられなかった. ホルター心電図では,RR 間隔の平均値をとると, 左脚ブロック出現時ではおよそ 913msec, 正常 QRS 波形時では 1,032msecと,RR 間隔に差が認められた. 心拍数の上昇に伴い, 左脚ブロックが出現することが確認された. このような現象は心拍数依存性脚ブロックとして知られている. また, 心内電極を用いたペースメーカ挿入後や一過性左脚ブロック後などに自己心拍の T 波に異常をきたすことが知られており cardiac memoryと呼ばれているが, 本症例の心電図変化は心拍数依存性左脚ブロック後の cardiac memory によるものと診断した. 一見して虚血性心疾患と鑑別が難しい心電図変化を呈しても, 中には病的意義がないものもある. 両者の鑑別の方法はまだ不十分であるため, 状況に応じて精査を行う必要があると考えられた. Rie Baba, Rie Kosugi, Emi Maekawa, Akiyasu Baba, Megumi Shimada, Michiko Takahashi, Makoto Akaishi Division of Cardiology, Kitasato University Kitasato Institute Hospital Key words cardiac memory 陰性 T 波 心拍数依存性脚ブロック 一過性脚ブロック (2012.7.20 原稿受領 ;2013.4.1 採用 ) 日本循環器学会第 223 回関東 ( 甲信越地方会推薦演題 ) はじめに 日常臨床において, 広範な心内膜下虚血を疑わせる ような心電図変化があるにもかかわらず, 明らかな虚 血や心筋異常を認めない症例に遭遇することがある. 今回, われわれはそのような心電図変化を呈した症例において, 詳細な心電図波形の観察を行い, 心拍数依存性左脚ブロックと, その後のcardiac memory 責任著者小杉理恵 : 北里大学北里研究所病院循環器内科 ( 108-8642 東京都港区白金 5 丁目 9 番 1 号 ) 1242 心臓 V o l. 4 5 N o. 1 0 ( 2 0 1 3 )

による変化と診断し得た症例を経験したので報告する. 症例患者 :35 歳, 男性. 主訴 : 心電図異常. 現病歴 :2011 年春に会社の健康診断で, 心電図上に前胸部誘導 3で陰性 T 波を認めたため, 心筋虚血の疑いで当院を紹介受診した. 既往歴 家族歴 : 特記すべきことなし. 嗜好歴 : 飲酒 ; 機会飲酒, 喫煙 ;20 本 / 日 15 年間 (20 歳 現在 ). 身体所見 : 身長 175.7cm, 体重 72.4kg, 血圧 106/64 mmhg, 脈拍 62/ 分 整, 体温 36.6,SpO2 98%( 室内気 ), 呼吸音清, 心音整, 心雑音なし, 頸静脈怒脹なし, 下肢浮腫なし. 血液検査所見 :WBC 7,410/μL,Hb 14.1g/dL,Plt 18.6 万 /μl,t-bil 0.50mg/dL,AST 16 U/L,ALT 17 U/L,LDH 151 U/L,ALP 277 U/L,γGTP 22 U/L,LDL-C 101.9mg/dL,HDL-C 41.9mg/dL, T-chol 151mg/dL,TG 108mg/dL,UA 6.7mg/dL, BUN 13.3mg/dL,Cr 0.83mg/dL,Na 142mEq/L, K 4.0mEq/L,Cl 106mEq/L,CRP 0.03mg/dL,CK 150 U/L,CK-MB 8 U/L,BS 96mg/dL,HbA1c 5.1%, BNP 5.5pg/mL. 胸部 X 線写真 : 心胸郭比 34.8% と心拡大はなかった. 心電図所見 ( 図 1 ): 健康診断における心電図は脈拍 58/ 分, 洞調律で, 3で陰性 T 波がみられた ( 図 1A). 2 カ月後の当院来院時の心電図は脈拍 57/ 分, 洞調律で,ST-Tの変化はみられなかった( 図 1 B). 心エコー図 : 左室駆出率 (left ventricular ejection fraction;lvef)68%, 壁運動は正常に保たれていた. 大動脈径 (aortic root diameter;aod)22mm, 左房径 (left atrial dimension;lad)32mm, 左室収縮末期径 (left ventricular end-systolic diameter;lvds) 39mm, 左室拡張末期径 (left ventricular end-diastolic diameter;lvdd)56mm, 心室中隔厚 (interventric- ular septal thickness interventricular septal thickness;ivst)7 mm, 左室後壁厚 (left ventricular posterobasal free wall thickness;lvpwt)8 mm,e/ A 比 1.6,DT 222ms. 血行動態に影響を与えるような弁膜症なし. 入院後経過 A 図 1 12 誘導心電図 A: 健康診断時, 脈拍 58/ 分, 洞調律で, 3で陰性 T 波がみられた. B: 当院来院時, 脈拍 57/ 分, 洞調律で,ST-Tの変化はみられなかった. 本症例は比較的短期間の間に著明な心電図変化をきたしており, 心筋虚血の存在が疑われた. 運動負荷心電図検査, 心筋シンチグラムを実施しても, 最終的に冠動脈病変の否定をするためには, 現在の医学のゴールドスタンダードである冠動脈造影を実施することになるので, 経済的な点と, 患者侵襲を考慮し, 冠動脈造影のみを実施した. しかし, 冠動脈に有意狭窄はみられなかった. 心臓カテーテル検査中に, 心拍数が増加し60 台後半になると, 突然心電図波形が左脚ブロックを呈することが認められた. 心拍数が元に戻ると, 左脚ブロック波形は消失することも確認された. さらに, 正常 QRS 波形に回復した後に, 前胸部誘導の陰性 T 波が出現することが認められた. その時の心電図変 B 一過性左脚ブロック後 cardiac memory 1243

A B 図 2 心臓カテーテル検査中の心電図 A: 脈拍 60/ 分, 完全左脚ブロックの波形が出現していた. B:Aから数分後, 脈拍 55/ 分, 3に陰性 T 波がみられた. msec 960 880 840 840 800 800 720 図 3 ホルター心電図脈拍 72/ 分, 正常 QRS 波形から完全左脚ブロック波形へと変化した. 化を図 2 に示した. 図 2Aでは完全左脚ブロックが生じており, その数分後の心電図 ( 図 2B) では完全左脚ブロックが消失した後に, 前胸部誘導に陰性 T 波が認められていた. その心電図変化が生じている際も, 胸痛など自覚症状はなく, 造影した冠動脈にも変化はみられなかった. 一過性に左脚ブロックが出現することを確認するために,24 時間ホルター心電図を実施した.24 時間の記録の間に, 繰り返し左脚ブロックが出現してい た. 左脚ブロックを呈した心拍と正常心室内伝導を示した心拍 ( 正常 QRS 波形 ) のRR 間隔を比較した. 左脚ブロック出現時のRR 間隔の平均値は913msec, 正常 QRS 波形時のRR 間隔の平均値は1,032msecであった. このことより, 心拍数が速いと左脚ブロックになるということが確認された. ホルター心電図において, 正常 QRS 波形から左脚ブロックへと切り替わる時の心電図を図 3 に示した. 図 3 では,RR 間隔が880 msecから840msecに移行するときに, 左脚ブロック 1244 心臓 V o l. 4 5 N o. 1 0 ( 2 0 1 3 )

に移行していた. このように 1 日を通じて, 約 850 900msecを境に左脚ブロックが出現していた. 考察本症例は, 心電図上の前胸部誘導で陰性 T 波を繰り返し呈し, 無症候性心筋虚血が疑われたが, 冠動脈造影は正常で, 頻脈依存性の左脚ブロックによる cardiac memoryが心電図異常の原因であることが証明された 1 例である. この症例は, 心筋虚血の存在がまず疑われたが, 以下の点から心筋虚血の存在は否定された. 心電図は短時間に変化しているにもかかわらず, 胸痛, 心筋逸脱酵素の増加はなかったこと, 心電図異常を呈しているにもかかわらず心エコー図で壁運動の低下はなかったこと, さらに冠動脈造影でも冠動脈狭窄はみられなかったことである. リスクファクターとして喫煙がみられたが, 若年であり高コレステロール血症もないことが, この診断を支持すると考えられた. 左脚ブロックを生じた原因として, 一過性であることがこの症例の特徴であった. 一過性の心室内伝導異常は, 一過性心筋虚血や, 一過性の電解質異常によるものが考えられるが, それらを示す客観的な所見は得られなかった. さらに, 諸検査の結果から, 冠動脈疾患や高血圧, 心肥大の関与も否定された. ましてや, 心サルコイドーシス, 心筋疾患の存在は, 心筋生検を実施していないものの, 左室形態, 全身随伴症状を伴っていないことより否定された. 心臓カテーテル検査中のモニター心電図, およびホルター心電図の所見から, 正常 QRS 波形時と左脚ブロック出現時の RR 間隔に差があり, 心拍数に依存して一過性の左脚ブロックが生じる心拍数依存性脚ブロック 1) であることが証明された. 一過性左脚ブロック後の陰性 T 波は, 虚血性心疾患の心電図所見に類似しているが, 本症例では前述のとおり心筋虚血が否定的であり, 必ず, 左脚ブロック心電図のあとに陰性 T 波が出現していることが確認されたため,cardiac memoryによるものと診断した. 本症例の特徴は,1 一過性左脚ブロックとそれに 引き続く2cardiac memoryである. それらについて, 文献的な考察を加える. 心拍数依存性左脚ブロックのうち, 本症例のように心拍数の増加に伴い脚ブロックが出現するものを頻脈依存性左脚ブロックという 2). 心周期の短縮に伴って脚の不応期が短くならないか, 絶対的に脚の不応期が延長している, もしくはその両方がその発生機序として考えられる 3) 5). 一方, 心拍数が少なくなると脚ブロックが出現する徐脈依存性左脚ブロックも知られている. 電気生理学的機序としては, 膜電位が浅いところから脱分極が始まると第 0 相の脱分極速度が遅くなることが原因と考えられる. 具体的には静止電位が 90mV 以上のところから脱分極すると脱分極速度は 500V/ 秒程度であるが, 静止電位が 70mVまで上昇すると, 脱分極速度は250V/ 秒以下にまで低下することが観察されている 6). 興奮の再分極過程で, 頻脈のために第 3 相が完全に終了する前に次の興奮が来ると, 膜電位の浅いところから次の脱分極が始まるので, 心室内伝導の遅延が生じると考えられている. これが頻脈依存性脚ブロックのメカニズムであり, その機序からphase 3 blockとも呼ばれる. 頻脈依存性脚ブロックは単に電気生理学的機序により生じることが多いのに対して, 徐脈依存性脚ブロックは心筋の虚血や代謝異常による静止電位の変化に基づくことが多く, 基礎に心疾患がある可能性が高いといわれている. 頻脈依存性左脚ブロックの予後は, 脚ブロックの頻度や程度にはよらず, 原因となる基礎疾患によるところが多い.Framingham studyによれば, 心疾患を合併しない左脚ブロックが完全心ブロックに発展した症例は 1 例もなく, 突然死を起こした率も対照群と差は認められなかったとされ 7), 基礎心疾患のない左脚ブロックの予後は一般に良好であるとされている. Cardiac memoryは, 脚ブロックや心室ペーシング, 心室性不整脈,WPW(Wolff-Parkinson-White) 症候群などで異常な心筋の脱分極パターンが生じた後に, 自 一過性左脚ブロック後 cardiac memory 1245

己心拍のT 波異常をきたすものとして知られている 8). これまでにもその電気学的な影響について論じた論文は数多くあるが, 異常な脱分極パターンが生じたことにより, 電気学的リモデリングが生じ, 正常に復した後の再分極特性にも変化をきたすと考えられている. 最近の知見では, 心室ペーシング後にcardiac memoryを誘発したところ, 心室ペーシング部位の近傍で活動電位持続時間が延長していたことが報告されており 9), リモデリングは異常な脱分極パターンの近傍で起きているとするものが多い. しかし, そのメカニズムはまだはっきりと解明されておらず, 心電図所見が虚血性心疾患のものと類似しているために, しばしば臨床上問題となる. 不必要な検査を避けるために, 心電図所見から虚血性心疾患とcardiac memoryを鑑別する方法が考案されている.shvilkin らによると,1で陽性 T 波であること,2 誘導で陽性か平坦 T 波であること,3 最大のTWI(T-wave Inversion)> 誘導でのTWI, という 3 つの組み合わせがあるものを cardiac memoryとした場合, 感度 92%, 特異度 100% であったとの報告があり, 両者を鑑別する際に参考となる 10). 本症例の心電図所見も 3 つの組み合わせを満たしている. しかし, これは心室ペーシング後の患者を cardiac memory 群として設定した研究で, そのほかの原因によるcardiac memoryにも当てはまるかどうかは不明であり, 確立された診断基準にはいたっていない.Cardiac memoryは出現頻度が少なく, 統計学的な検討がなされた報告はまだほとんどみられない. どのような疾患や病態で生じやすく, 考慮すべき所見なのかという点は, 今後の課題であるが, いずれにせよ,cardiac memory は心筋虚血によるものではなく, その予後も良好である. 本症例はなんらかの心室内伝導障害が存在すると考えられるが, 心疾患の合併はなく, 心血管イベントのリスクも低いため, 禁煙指導を行う以外の医療介入は行わなかった. 結語 本症例は健康診断をきっかけに虚血性心疾患と鑑別を要する陰性 T 波が発見され, 種々の検査結果から頻脈依存性左脚ブロックとcardiac memoryによる心電図異常と判明した. 両者の合併を証明すれば, 問題ない症例であるが, それらが証明できない場合には, 虚血性心疾患として不必要な医療介入が行われる可能性がある. 虚血のような心電図変化をみた場合に, 考慮すべき病態であると考えて報告した. 文献 1)Rorie DK, Muldoon SM, Krabill DR : Transient bundle branch block occurring during anesthesia : Anesthesia and Analgesia 1972 ; 51 : 633-637 2)El-Sherif N : Tachycardia- and bradycardia-dependent bundle-branch block after acute myocardial ischaemia. Br Heart J 1974 ; 36 : 291-301 3)Rosenbaum MB, Elizari MV, Lázzari JO, et al : The mechanism of intermittent bundle branch block : relationship to prolonged recovery, hypopolarization and spontaneous diastolic depolarization. Chest 1973 ; 63 : 666-677 4)Denes P, Wu D, Dhingra R, et al : The effects of cycle length on cardiac refractory periods in man. Circulation 1974 ; 49 : 32-41 5)Denes P, Wu D, Dhingra RC, et al : Electrophysiological observations in pateints with rate dependent bundle branch block. Circulation 1975 ; 51 : 244-250 6) 早川弘一 比江鳩一昌 編 : 臨床心臓電気生理学. 東京 : 南江堂 ;1988.p.133-144 7)Schneider JF, Thomas HE Jr, Kreger BE, et al : Newly acquired left bundle-branch block : the Framingham study. Ann Intern Med 1979 ; 90 : 303-310 8)Rosenbaum MB, Blanco HH, Elizari MV, et al : Electrotonic modulation of the T wave and cardiac memory. Am J Cardiol 1982 ; 50 : 213-222 9)Marrus SB, Andrews CM, Cooper DH, et al : Repolarization changes underlying long-term cardiac memory due to right ventricular pacing : noninvasive mapping with electrocardiographic imaging. Circ Arrhythm Electrophysiol 2012 ; 5 : 773-781 10)Shvilkin A, Ho KK, Rosen MR, Josephson ME : T-vector direction differentiates postpacing from ischemic T-wave inversion in precordial leads. Circulation 2005 ; 111 : 969-974 1246 心臓 V o l. 4 5 N o. 1 0 ( 2 0 1 3 )