ケーブルが損傷した斜張橋の構造冗長性および安全性評価 神戸大学大学院工学研究科准教授橋本国太郎 1. はじめに我が国では 1960 年に最初の斜張橋が建設され, それ以降多数の斜張橋が建設されてきた. 斜張橋は大きく分けると 塔 桁 ケーブル という三つの部材から構成される橋梁で, 塔と桁を斜めに張ったケーブルで結び桁を支えるという構造の橋であり, ケーブルが非常に重要な役割を担っている. 斜張橋の中でも形式が種々存在し, ケーブルの張り方や塔と桁を結ぶケーブルの本数の違いなどで細かく分類される. このため斜張橋は非常に設計自由度の高い橋梁形式である. またスパンに目を向けると近年はケーブルの高性能化などに伴い, 当初は 100m 程度であったスパン長も現在では 1000m 近いものが製作されるなど長大化が進んでいる 1),2). 斜張橋は設計自由度の高さから, 設計方法は橋梁ごとに違い, 長大斜張橋においては独自の設計基準を採用していることも多い. このようなことから画一化された点検補修方法は提案されておらず, また評価方法も確立されてはいない. 近年では国内においてケーブルに腐食が発見されるなど橋梁の損傷事例も出始めてきている 3),4). 海外に目を向けると斜張橋では韓国の西海大橋のケーブル破断事故やベトナムの Binh 橋のような台風時の船の接触によるケーブル 主桁の損傷事故などがある. 橋梁形式は違うが斜張橋と同じくケーブルが非常に重要な役割を担っている吊り橋形式の橋であるインドネシアのクタイ カルタネガラ橋が 2011 年に落橋した. この落橋理由は点検補修中に何らかの原因でクランプ ピンがせん断破壊をしたため崩壊に至ったと報告されている 5). このインドネシアの例のように現在腐食が生じているケーブルが破断することによって何らかの事故が起こるとも限らない. このような事例が存在することから橋梁の部材や部材の一部に損傷が生じても橋の機能をある程度維持できる性質つまりリダンダンシー ( 構造冗長性 ) 6) を評価することが求められている. しかし, このリダンダンシーの評価方法に関しては鋼トラス橋では多数行われている 7)~9) が, 吊り橋や斜張橋のようなケーブル系橋梁に対してリダンダンシーの評価はほとんどなされていない. そこで, 本研究ではケーブル系橋梁, 中でも斜張橋に着目し, ケーブルが損傷した時の耐荷力や各部材の挙動を評価することを目的として,FEM によって橋梁の全体系をモデル化し, ケーブル部材の破断現象を解析モデルからケーブル要素を削除することで簡易に再現し, そのときの橋梁全体の挙動や応力再配分挙動を追跡することでその橋梁全体の構造冗長性および安全性 ( 耐荷性能 ) を評価する. 本研究では, 橋梁に取り付けられているケーブルの本数が多いマルチケーブル形式の橋梁を二種類モデル化し, ケーブルの破断位置の違いによる比較検討を行う. 2. 解析手法本研究の斜張橋の弾塑性有限変位解析には, 鋼橋の全体系モデルに対して材料非線形性と幾何学的非線形性を同時に考慮した複合非線形 FEM 解析を行うことができる汎用有限要素解析コード Sean FEM 10) を用いる. 本研究で対象とした斜張橋モデルは, 図 -1 に示す橋長 998m, 中央支間長 500m を有する 3 径間の 2 面吊連続斜張橋で, ケーブル形式が 15 段のマルチケーブル形式 (model-a) のものと 8 段のマルチケーブル形式 (model-b) の二種類である. 側径間長に対する中央径間長の比は 1.67 で一般的な斜張橋と比べて側径間の方が長めに設定されている. モデルは梁要素で構成している. それぞれ主桁は橋軸方
向に 98 分割, 主塔はそれぞれ約 400 分割, ケーブルは 10 分割している. 図 -1 解析モデルの概要 ( ケーブル番号に ' がついているものは南側,' が無いものは北側 )
解析で用いた鋼材の応力 ひずみ関係は全てバイリニアモデルで仮定する. 鋼材に関しては, 降伏応力に達した後は E/100 の勾配で応力 -ひずみ関係は増加するように設定した. ケーブル材料も非線形材料とした. 本研究ではできるだけ橋梁の完成モデルを忠実に再現するため, 死荷重載荷状態を再現する荷重を以下の 4 つのステップに分けて作用させていく. STEP 1 ケーブル以外の部材に死荷重を載荷 STEP 2 ケーブルに死荷重を載荷 STEP 3 ケーブルにプレストレスを導入 STEP 4 弾性拘束ケーブルにプレストレスを導入それぞれの載荷 導入方法は荷重の漸増載荷によって行う. また, 境界条件として, 各橋脚の基部を全方向完全固定とし, ケーブルと桁や桁と橋脚は剛結合としている. 耐荷力解析の際に作用させる荷重については, 既往の研究 12),13) では様々な方法が考案されている. 死荷重 (D) プレストレス (P.S.) を載荷させた死荷重状態に, 活荷重 (L) を作用させその後に死荷重とプレストレスと活荷重すべてを係数倍して載荷していくという方法や, 死荷重状態に主桁死荷重 (W G ) を係数倍して載荷していくという方法などが考案されている. 今回は長井らの研究 14) を参考に死荷重状態を再現した後に主桁死荷重を係数倍したものを載荷する方法を採用する. ここで, 比例係数をα とし,α=0 のときを死荷重状態とする. ここで αを荷重パラメータとする. 解析ケースは,model-A および B の斜張橋モデルに対して, 破断ケーブル ( 解析上ケーブルを除去する ) の位置を変化させた計 9 ケースとした ( 破断させないものも含む ). 除去するケーブルは健全な状態のモデルの死荷重状態において最も荷重がかかっているケーブルつまり最大の軸力を示したケーブル, および最も破断に近いケーブルつまり最大の応力を示したケーブルの二通りを選定した. さらに中央径間および側径間最上段ケーブルも選定した. したがって, 解析ケースは以下のように設定する. 1 健全状態のモデルを Case A-1 or B-1 2 軸力が最大のケーブルを除去したモデルを Case A-2(P2-C7 ケーブル ) or B-2(P2-C4 ケーブル ) 3 応力が最大のケーブルを除去したモデルを Case A-3(P2-C8 ケーブル ) or B-3(P2-C16 ケーブル 中央径間側最上段ケーブル ) 4 追加ケース (P2-C1 ケーブル 側径間側最上段ケーブル )Case A-4 or B-4 5 追加ケース (P2-C30 ケーブル 中央径間側最上段ケーブル )Case A-5 3. 結果および考察はじめに, 各ケースにおいて死荷重 + 活荷重状態を再現した際に, ケーブルに発生している応力が許容応力に対してどの程度の応力となっているのかを検討する. なお, ケーブルの許容応力は本四連絡橋公団の上部構造設計基準 同解説をもとに許容応力は 640(N/mm 2 ) とする. 図 -2 に許容応力と発生応力の比率を, 表 -1 に最大比率の大きさと発生場所を示す. 許容応力に対する発生応力の占める割合については, 健全状態を基準にする.model-A では健全状態ではどのケーブルも約 40%~75% の値を示しており, ケーブル除去後の各ケースを見ていくと, ケーブルを除去していない塔ではどのケースもほとんど大きくならず, 除去した塔においても, 近傍で数 % 大きくなる程度であった. また, 最も大きくなったのは, 側径間外側のケーブルを除去した Case A-2 の 65.2% であった. ケーブルの応力という観点でいえば, どのケーブルも許容応力を下回っているため,model-A は問題ないといえる.
model-b では健全状態でも 50%~100% の値を示していた. ケーブル本数の多い model-a と比べると全体的に高い値となっている. 軸力 応力ともに最大であったケーブルを除去すると, 応力の再配分によって最大で許容応力の約 120% まで応力が発生していた. ほかのケースと比べてもひときわ大きい値となっているが, ケーブルの安全率は 2.5 とした許容応力を上回っているので,model-B については死荷重 + 活荷重状態では崩壊現象を起こす可能性があることがわかった. また, これらの結果よりケーブル本数が少ない方が, ケーブルが破断した際により危険であり構造冗長性が小さいということがいえる. 図 -2 ケーブルの発生応力 / 許容応力比 (P2 北側 ( 破断ケーブル側 )) 表 -1 発生応力 / 許容応力比の最大比率の大きさと発生場所 Case A-1 Case A-2 Case A-3 Case A-4 Case A-5 最大比率 75.5% 85.4% 84.0% 75.6% 75.6% 発生場所 P2-C8,P3-C8, P2-C8,P3-C8 P2-C8 P2-C9 P2-C7 P3-C8 Case B-1 Case B-2 Case B-3 Case B-4 最大比率 98.7% 119.7% 100.2% 100.6% 発生場所 P2-C4,P3-C4 P2-C5 P2-C4 P3-C4 次に, 死荷重状態からさらに荷重を漸増載荷した際の耐荷挙動を検討する.Sean FEM による解析
で解が収束しなくなった時点を終局状態とし, その時の橋梁を側面から見た際の変形とミーゼス応力のコンター図を図 -3 に示す. 変形倍率は 10 倍に設定した. 図より中央径間及び側径間の桁で大きな変形が生じ, 高い応力が生じていることがわかる. また, ケーブル本数の少ない model-b ではより大きな変形が生じており, 中央径間の桁が塑性化していることがわかる. これより桁の塑性化により終局強度が決まったことがわかる. -1-2 図 -3 終局時の応力コンター図 ( 変形倍率 10 倍 ) 次に, 荷重パラメータ α( 死荷重状態を 0 とし,α=( 作用荷重 - 死荷重 )/ 死荷重 ) と橋梁中央部のたわみの関係を各ケースで見ていくことで, 主桁にどの程度の荷重倍率の荷重が載荷されたときに主桁の挙動が非線形領域になるのかを明らかにし, 主桁の耐荷力を明らかにする. 死荷重状態での主桁のたわみを基準としてそこからのたわみ量と荷重パラメータ αの関係を図 -4 に示す. また, 各ケースの変形挙動が線形領域から非線形領域となる荷重パラメータ αの値を表 -2 に示す. これらの図表より,Case A-1~A-3 の荷重 -たわみ関係のグラフはほぼ重なっていることがわかる. つまり, 応力最大のケーブルが一本なくなっても, 終局へ向かう際の主桁の挙動には違いは生じないといえる. 次にほかの二つのケースのグラフと比較すると, どちらも Case A-1 より中央のたわみは大きい値となっている.Case A-5 では除去したケーブルが中央径間側のケーブルであったため, 中央径間を吊り上げる力が Case A-1 と比べると小さくなったためと考えられる.Case A-4 では側径間側のケーブルが減ったため, 塔の変形を抑制する力が Case A-1 と比べると小さくなり, このような結果になったと考えられる. model-b についても各ケース model-a と同様に応力最大を除去した Case B-2 では Case B-1 と同じ経路をたどり,Case B-3 と Case B-4 ともに Case B-1 よりもたわみが大きくなり, 最もたわみが大きくなるケースは中央径間側の最上段のケーブルを除去した Case B-3 であった. これらの結果より, 斜張橋の耐荷力に大きく影響するケーブルは中央径間および側径間の最上段ケーブルであることが
わかる. 3.5 3.0 荷重パラメータ α 2.5 2.0 1.5 1.0 0.5 0.0 A-1 A-2 A-3 A-4 A-5 0 2 4 6 8 10 中央たわみ (m) 2.5 荷重パラメータ α 2 1.5 1 0.5 0 B-1 B-2 B-3 B-4 0 5 10 15 中央たわみ (m) 図 -4 荷重パラメータ α- たわみ関係 表 -2 非線形遷移時荷重パラメータ (a) model-a Case A-1 Case A-2 Case A-3 Case A-4 Case A-5 荷重パラメータ α 2.78 2.78 2.78 2.68 2.66 (b) model-b Case B-1 Case B-2 Case B-3 Case B-4 荷重パラメータ α 1.86 1.80 1.64 1.56 最後に, ケーブルの応力状態を検討した. 荷重パラメータと応力のグラフを図 -5 に, 降伏荷重を上回る際の荷重パラメータの値を表 -3 に示す. これらの結果より model-a でも model-b でも応力が最大のケーブルを除去したケースが最も早くケーブルが降伏を迎えるということが分かり, またどのパラメータも主桁や主塔の挙動が非線形領域へ遷移する際の荷重パラメータよりも小さいことから, 荷重を載荷していく過程においてケーブル部材がどの部材よりも早く降伏することがわかった. またこの結果より最も降伏による影響が大きいケーブルは死荷重時点で応力が最もかかっているケーブルであ
るということがわかった. 図 -5 最も応力の作用しているケーブルの応力と荷重パラメータとの関係 表 -3 ケーブル非線形時の荷重パラメータ (a) model-a Case A-1 Case A-2 Case A-3 Case A-4 Case A-5 荷重パラメータ α 2.28 2.04 2.08 2.30 2.28 (b) model-b Case B-1 Case B-2 Case B-3 Case B-4 荷重パラメータ α 1.52 1.18 1.48 1.52 4. まとめ本研究では, ケーブル本数の多いマルチケーブル形式の斜張橋モデル二種類を用い様々な箇所に損傷があると仮定して荷重漸増載荷解析を行い, 構造冗長性および構造安全性に関する検討を行った. 以下に結果をまとめる. 1 ケーブルの本数が 15 段の斜張橋はケーブルが一本破断した状態でも死荷重 + 活荷重状態では供用可能であるがケーブル本数が 8 段の斜張橋では, 供用は厳しい結果となり, 構造冗長性が小さい構造であることがわかった. 2 耐荷力はケーブル本数が少ない斜張橋の方が劣り, ケーブル本数が 15 段の場合は主桁死荷重の
2.04 倍まで, ケーブル本数が 8 段の場合は主桁死荷重の 1.18 倍まで載荷可能であることがわかった. また, 最上段ケーブルが耐荷力 ( 構造安全性 ) に影響を及ぼすことがわかった. 3 ケーブルの降伏想定箇所による差異は, 応力が最大のケーブルを除去した場合が, 最も早くその他の応力が大きいケーブルが降伏することがわかった. 最後に, 今後の課題として, 活荷重載荷時の衝撃の影響を考慮した挙動や, ケーブル破断時の衝撃の影響に関する考察も行う必要がある. 最後に, 本研究では, ケーブル本数の多いマルチケーブル形式の斜張橋をモデルとして解析を行ったが, ケーブル本数が 2 本や 3 本というさらにケーブル本数が少ない斜張橋について同様の検討を進める. 参考文献 1) 長井正嗣, 井澤衞, 中村宏 : 斜張橋の基本設計計画法, 森北出版,1997. 2) 土木学会 : 鋼斜張橋 - 技術とその変遷 -, 丸善出版,1990. 3) 京都府 HP: 京都府の橋梁の長寿命化修繕計画,www.pref.kyoto.jp/douro/documents/1304993950512.pdf, 2016 年 2 月 3 日アクセス 4) 日経コンストラクション : インフラ事故笹子だけではない老朽化の災禍, 日経 BP,2013 5) 川井豊, ディオンシウス M. シリンゴリンゴ, 藤野陽三 : クタイ カルタネガラ橋のクランプ ピンのせん断破壊に関する一考察, 土木学会論文集,Vol69,No.2,pp.410-415,2013. 6) 奥井義昭 : 鋼構造物のリダンダンシーに関する検討小委員会活動概要と海外の動向, 鋼構造物と橋に関するシンポジウム論文報告集,pp.15-20,2014. 7) 永谷秀樹, 明石直光, 松田岳憲, 安田昌宏, 石井博典, 宮森雅之, 小幡泰弘, 平山博, 奥井義昭 : 我国の鋼トラス橋を対象としたリダンダンシー解析の検討, 土木学会論文集,Vol65,No.2,pp.410-425,2009. 8) 岩崎英治 : 線形解析によるトラス橋のリダンダンシー評価に関するケーススタディ, 鋼構造物と橋に関するシンポジウム論文報告集,pp.21-32,2014. 9) 馬越一也, 小室雅人, 山沢哲也, 由井幸司, 見原理一, 野中哲也, 吉岡勉, 奥井義昭 : トラス橋のケーススタディ ( 非線形解析 )- 鋼トラス橋を対象とした連鎖崩壊型動的リダンダンシー解析 -, 鋼構造物と橋に関するシンポジウム論文報告集,pp.39-46,2014. 10) 野中哲也, 吉野廣一 : パソコンで解くファイバーモデルによる弾塑性有限変位解析, 丸善,2010. 11) 神鋼鋼線工業株式会社 HP:http://www.shinko-wire.co.jp/eng/spwc.html,2016 年 2 月 3 日アクセス 12) 引口学 : 鋼斜張橋の座屈 耐荷力照査法に関する研究, 大阪市立大学大学院工学研究科, 修士論文, 2002. 13) 崎本達郎, 奈良敬, 小松定夫, 北沢正彦 : 曲げが支配的な主塔を有する長径間斜張橋の耐荷力に関する研究, 構造工学論文集,Vol36,pp.111-122,1990. 14) 長井正嗣, 謝旭, 山口広樹, 野上邦栄, 新井田勇二 : 斜張橋主桁の終局挙動, 強度特性の解明と安定照査に関する一考察, 土木学会論文集,No.647,pp.253-365,2000.