多数決を疑う 社会的選択理論とは何か

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(2) 本件選挙は, 平成 28 年法律第 49 号 ( 以下 平成 28 年改正法 という ) 及び平成 29 年法律第 58 号 ( 以下 平成 29 年改正法 という ) により改定された本件区割規定による選挙区割りの下で施行されたものであるが, これに至る法改正等の概要は次のとおりである ア

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Transcription:

投票ルールのデザイン 公共選択学会プレナリー セッション 2015 年 11 月 21 日 坂井豊貴 慶應義塾大学経済学部 tsakai@keio.jp 1

今日の話の構成 1. 意思集約は難しい i. 三択以上だと多数決はダメで 代替案が必要 ( スコアリングルール ) ii. 二択でも多数決の利用には注意がいる ( 合成の誤謬 ) iii. 民意 などあるのか?( マルケヴィッチの反例 ) 2. 多数決の 正しい 使用法 i. コンドルセ & ルソーの投票理論 ( 陪審定理と一般意志 ) ii. どうでもいいこと よくないこと ( 立憲主義的抑制の必要性 ) iii. 程度を選ぶには ( 中位投票者定理 ) 3. 一票の重さ i. 一票の格差 についてコメント(11 月 25 日に最高裁 ) ii. 大真面目に一票の重さを均等化するには ( 全国区で比例代表制 ) 2

1. 意思集約は難しい 3

1-i 三択以上だと多数決はダメで 代替案が必要 三択以上だと多数決はダメ 票の割れ にひどく弱い 米大統領選を例に ネーダーがゴアの票を喰い ブッシュが逆転勝利 4

2000 年アメリカ大統領選挙 三択以上だと多数決はダメ 票の割れ にひどく弱い ネーダーがゴアの票を喰い ブッシュが逆転勝利 Images from Wikimedia Commons 5

2000 年アメリカ大統領選挙 三択以上だと多数決はダメ 票の割れ にひどく弱い ネーダーがゴアの票を喰い ブッシュが逆転勝利 Images from Wikimedia Commons 6

三択以上だと多数決はダメ 票の割れ にひどく弱い アメリカ大統領選を例に 1992 年 ( 勝 ) 民主党クリントン vs ( 負 ) 共和党ブッシュ 第三の候補 ペローがブッシュの票を喰って共倒れ 2000 年 ( 勝 ) 共和党ブッシュ vs ( 負 ) 民主党ゴア 第三の候補 ネーダーがゴアの票を喰って共倒れ 2016 年 共和党の指名候補者になりたいドナルド トランプの脅し オレを指名しないと 第三の候補 になって共和党を負けさせるぞ! 7

ゲームの ルール と プレイヤー を区別する必要 ネーダーやトランプは 悪い のか? 日本での同様の事例は多数 候補者の一本化に失敗 対抗馬の票が分散して死票が多数 よくプレイヤーが責められる しかしそもそも 多数決というゲームのルールは出来が悪い 一本化せねば勝てない ( 有権者の選択肢を狭めねば勝てない ) 死票をたくさん出す ルールもきちんと責めるべし 余談 以前は 制度 ( ルール ) を憎んで人を憎まず と言っていた 最近 考えが変わって 制度だけでなく人もきちんと憎むべしと思っている 制度に可能なことが限られている以上 人への道徳的責任は追及せざるをえない とくに ルールに従うこと自体はルールで基礎づけられない を重く考えている とはいえ制度設計でできることは やるべし ( だが複雑な制度には高い利用費用 ) 8

話を戻します 多数決のもとでは 少数意見の尊重 が大切と言われる しかし三択以上だと 多数意見の尊重 さえできない 見直した方がよいのではないか 代替案は結構ある 9

スコアリングルール ( ズ ) 1770 年に仏科学者ボルダが考案 スコアリングルール ( ズ ) 1 位に A 点 2 位に B 点 3 位に C 点 (A>B>C) のようにスコア式 ボルダルール 1 位に 3 点 2 位に 2 点 3 位に 1 点 中欧スロヴェニアにて国政選挙の一部で活用 キリバス大統領候補者選挙でかつて活用 ダウダールルール 1 位に 1 点 2 位に 1/2 点 3 位に 1/3 点 太平洋の島国ナウルの国政選挙で活用 Image from Wikimedia Commons 10

スコアリングルール ( ズ ) 1770 年に仏科学者ボルダが考案 スコアリングルール ( ズ ) 1 位に A 点 2 位に B 点 3 位に C 点 (A>B>C) のようにスコア式 ボルダルール 1 位に 3 点 2 位に 2 点 3 位に 1 点 中欧スロヴェニアにて国政選挙の一部で活用 キリバス大統領候補者選挙でかつて活用 ダウダールルール 1 位に 1 点 2 位に 1/2 点 3 位に 1/3 点 太平洋の島国ナウルの国政選挙で活用 Image from Wikimedia Commons 11

どの配点がよいのか? ペア全敗者基準 21 人の有権者 選択肢は X Y Z 多数決の結果 X に 8 票 Y に 7 票 Z に 6 票 X が最多票を得て勝つ しかし X は ペアごとの多数決 で X は Y と Z に負ける X はペア全敗者 (pairwise majority rule loser, or so called Condorcet loser ) 4 人 4 人 7 人 6 人 1 位 X X Y Z 2 位 Y Z Z Y 3 位 Z Y X X 絶対にペア全敗者を選ばない配点 ボルダルールのみ (Fishburn and Gehrline 1976 Public Choice, Okamoto and Sakai 2013 unpublished) 12

1-ii 二択でも多数決の利用には注意がいる 代表制と直接制は 民主制 でも全く別物 オストロゴルスキーのパラドックス (Rae and Daudt 1976 European Journal of Political Research) 政党 X と Y の多数決での対決 代表制だと X 直接制だと Y 真逆の結果 13

コンドルセサイクル コンドルセの サイクル と 解消法 X が Y に 8 対 5 で勝つ ( データ 1) Y が Z に 11 対 2 で勝つ ( データ 2) Z が X に 7 対 6 で勝つ ( データ 3) 6 人 5 人 2 人 1 位 X Y Z 2 位 Y Z X 3 位 Z X Y こうした データ を組み合わせる 問題点サイクルが発生 ( コンドルセサイクル ) X>Y>Z>X 14

コンドルセサイクル コンドルセの サイクル と 解消法 X が Y に 8 対 5 で勝つ ( データ 1) Y が Z に 11 対 2 で勝つ ( データ 2) Z が X に 7 対 6 で勝つ ( データ 3) 6 人 5 人 2 人 1 位 X Y Z 2 位 Y Z X 3 位 Z X Y こうした データ を組み合わせる 問題点サイクルが発生 ( コンドルセサイクル ) X>Y>Z>X 最も得票差の小さな結果であるデータ 3 を 正しい可能性 が低いという理由で棄却 15

裁判での合議体による有罪無罪の決定 要件 A B C が全て満たされているときのみ有罪 複数の裁判官が 合議体を形成して判断 要件ごとに多数決なら 有罪となる 結論だけで多数決なら 無罪となる 要件 A 要件 B 要件 C 結論 裁判官 1 〇 〇 無罪 裁判官 2 〇 〇 無罪 裁判官 3 〇 〇 無罪 多数決 〇 〇 〇 有罪 \ 無罪 16

1-iii 民意 などあるのか? マルケヴィッチの反例 多数決 X 決選投票付き多数決 Y ボルダルール W コンドルセの方法 V 繰り返し最下位消去 18 人 12 人 10 人 9 人 4 人 2 人 1 位 X Y Z W V V 2 位 W V Y Z Y Z 3 位 V W V V W W 4 位 Z Z W Y Z Y 5 位 Y X X X X X Z 17

あるのは民意というより 集約ルールではないか マルケヴィッチの反例 多数決 X 決選投票付き多数決 Y ボルダルール W コンドルセの方法 V 繰り返し最下位消去 Z 18 人 12 人 10 人 9 人 4 人 2 人 1 位 X Y Z W V V 2 位 W V Y Z Y Z 3 位 V W V V W W 4 位 Z Z W Y Z Y 5 位 Y X X X X X どれで決めるかで 結果が全部違う (Malkevitch 1990 Annals of the New York Academy of Sciences) 18

2. 多数決の 正しい 使用法 19

2-i コンドルセ & ルソーの投票理論 なぜ多数決の結果に 少数派は従うべきなのか 従わないと罰されるというのは たんに暴力に屈しているだけで 従うべき義務が生じているわけではない 多数決の結果に従うことは 暴力に屈する以上の意味はあるのか あるとすればそれは何で いつ成り立つのか 注意 今日は僕が勝ったから君は従ってくれ 明日は君が勝つかもしれないが そのときは僕が従う というフェアプレイ的な説明がある ( 互換性による正当化 ) しかし 少数派にそんな 明日 は来るのか 少数民族や性的少数派は 明日も少数派のままだろう また 今日の人権蹂躙は 今日の時点でまずいのではないか 極端な場合 今日殺されたら明日は訪れようがない 20

陪審定理 (Jury Theorem) 法廷で被告が罪を問われている 陪審の評決 (= 陪審員たちの多数決 ) で 有罪か無罪かを決定 各陪審員が正しい判断ができる確率 p>0.5 正しい判断 = 罪を犯していたときには有罪 そうでないときには無罪と判断すること 多数決の判断は いつ正しくなるか? 陪審員の人数が影響 1 人なら 1 人が正しいとき 3 人なら 2 人以上が正しいとき 5 人なら 3 人以上が正しいとき 9 人なら 5 人以上が正しいとき 101 人なら 51 人以上が正しいとき だんだん正しくなりやすくなる ( 半数近くの陪審員は間違えてもよくなる ) 人数が増えるにつれ 多数決の判断が正しい確率は 1 に収束する 21

ただし前提条件が重要 徒党を組んではいけない 陪審員が 9 人とする そのうち 5 人が正しければ 多数決の結果は正しくなる しかしその 9 人のなかに ボス がいて 皆がそのボスと同じ判断をしたらどうか それは実質的に 1 人しかいないのと同じ 各自が自分の頭で熟慮 (deliberate) するのが肝心 情報交換や様々なものの見方を獲得するようなことは否定しない だが最終的にはきっちり自分で熟慮 流されたり 皆と同じ判断をしようとしたり はダメ 判断の独立性条件 もうちょっとこの条件を弱めても 定理は成立する ただしそれなりに強い独立性条件は必要 国会の法案採決でいうと 党議拘束はダメ デモクラシーに政党が必要で そこに党議拘束が必要ならば 政党のなかで陪審定理が成り立つ必要 与党の執行部が 所属議員を 次の選挙で公認しないぞ と脅し 党全体を支配するのはダメ 22

陪審ではなく立法 この被告は 罪を犯したのか そうでないのか という問いは明瞭だが コンドルセはそんなものを考えてはいなかった 陪審定理のネーミングは スコットランドの政治経済学者ダンカン ブラックがつけた ( コンドルセの没後 150 年以上をへて ) コンドルセが考えていたのは法の制定 この法は 私たちに必要なものなのか そうでないのか という問い コンドルセはルソー 社会契約論 を きわめて強く意識していた (Grofman and Feld 1988 APSR, Young 1988 APSR) この法は 一般意志に合致するものか そうでないのか 多数決の結果は ( 私もあなたも含む ) 私たちにとって正しい確率が高い という多数決の正当化 デモクラシー 被治者と統治者の同一性 私たちで私たちのことを決めてゆくこと 私の利害にとってどうかではなく 私たちに必要なのかという 公的な問いを引き受ける個人 そのように意志を行使しようとする個人たちでないと 陪審定理の前提条件は成り立たない ( 意志の一般性 ) ただしそのような意志の行使がしやすい対象しか 法の対象にはそもそもならない ( 法の一般性 ) 23

2-ii どうでもいいこと よくないこと 陪審定理の前提を成り立たせるのは難しいか? ならば多数決で決めてよいことを制限するのが賢明 人権保障により 過度にひどいことが起こらないようにする 権力分立により 集中した権力が暴れないようにする 立憲主義がきわめて重要 人権保障と権力分立を重視する考え ただし どうでもいいこと を決めるのに 多数決はものすごく適している 仲良しグループが 今日は皆で昼ごはんに行こう 和食か洋食か? 多数決で決めるとラク 手っ取り早いし べつに和食でも洋食でもまあどうでもいい とはいえ 毎日 多数派の好む和食 に行くとなると 洋食派はそれを不当と感じ 仲良し ではなくなるだろう 代替案としてランダマイズ : じゃんけんして勝った奴が決める 24

2-iii 程度を選ぶには 殺人はダメだ に人々は合意できても それがどの程度の罰に値するか には合意しにくいのでは 方向には合意できても 程度には合意しがたい 程度はさまざま 殺人罪の量刑には 懲役 5 年から無期懲役 ( ときに死刑 ) まで 二択 ではない 陪審定理は使えない しかし一次元である ダンカン ブラックの中位投票者定理が成立 中位ルールを使うべし 25

中位ルール (9 人で量刑を決める例 ) 9 人の考えのうち 真ん中を選ぶ ここだと 15 年 がそれ 5 年 10 年 15 年 20 年無期死刑 真ん中を選ぶと 極端なことを言っても結果を変えられない ( 耐戦略性 ) 例 ) 無期 を 死刑 にしても真ん中は変わらず 5 年 10 年 15 年 20 年無期死刑 26

中位投票者定理 (Median Voter Theorem, Black 1948 JPolEcon) 争点が明確な問題では 選択肢は一次元に並び 人々は単峰的選好を持つことが多い 各人にとって ここがベスト な一点 ( ピーク ) がある 中位ルール 各人はピークを申告 ピークたちのなかの 真ん中 を選択 中位ルールは望ましい ピークの 真ん中 は ペア全勝者 ( コンドルセ勝者 ) になっている いかにも妥当な妥協に見える 陪審定理のように 正しい ではないが プラグマティックに折り合いをつけた 中位ルールは いくつもの優れた性質を満たす (Moulin 1980 Public Choice ほか多数 ) とくに 正直に人々がピークを申告する 耐戦略性を満たす 功利主義的な計算をすると 真ん中 は最適 (Pivato 2015 JMathEcon) 27

中位ルールの実用例 日本の裁判員制度 6 人の裁判員と 3 人の裁判官で 合議体を構成 アメリカの陪審員は有罪 無罪だけを判断 日本の裁判員は さらに有罪の場合の量刑まで判断 裁判員の参加する刑事裁判に関する法律 ( 第 4 章第 67 条 2 項 ) 刑の量定について意見が分かれ その説が各々 構成裁判官及び裁判員の双方の意見を含む合議体の員数の過半数の意見にならないときは その合議体の判断は 構成裁判官及び裁判員の双方の意見を含む合議体の員数の過半数の意見になるまで 被告人に最も不利な意見の数を順次利益な意見の数に加え その中で最も利益な意見による 要するに真ん中 28

3. 一票の重さ 29

3-i 一票の格差 についてコメント 11 月 25 日に最高裁大法廷 選挙区ごとの 一票の格差 に対し判決予定 これまでに一審では 17 件の判決 違憲 1 件 違憲状態 12 件 このまま放置すると違憲になる というグレーな判断 合憲 4 件 司法府は立法府に対して遠慮 消極的とされる 30

2 つの面についてコメント [ 形式について ] 合憲か違憲かの判決を なぜ合憲か違憲かのプリンシプルを明確化し 消極的司法から脱すべきではないか 法制局による事前審査 から 司法府による事後審査 へと移行するのなら 司法府の積極化は必要 [ 内容について ] 国会議員に 地域代表の性質を認めるのか 実際にはあるだろうが 憲法文理がそれを認めるかは私には不明 認めるのなら 一票の格差があるのはおかしくない とくに地方にはアファーマティブ アクション的に 一票を重くする スロヴェニア国会には 少数民族のイタリア系とハンガリー系の マイノリティー議員 がいる それら少数民族の人たちは 普通の議員 と マイノリティー議員 に投票できる つまり一人二票 EU 議会では加盟国ごとに議席数が割り当てられるが ぜんぜん人口比ではない 明確に比例原理を否定して 逓減比例制 (degressive proportionality) を採用 人口が多い国ほど議席数を多くするが 人口が 2 倍になっても議席数は 2 倍未満にする 大国ドイツと小国ルクセンブルグで 一票の格差は 10 倍以上 Fleurbaey (2008 One stake, one vote unpublished) は功利主義でウェイト付けを正当化 31

3-ii 大真面目に一票の重さを均等化するには 一票の重さについて 選挙区ごとの比較のみに注目すべきではない 各選挙区のなかの 死票という 事実上のゼロ票 に目をもっと向けるべきでは 小選挙区制での多数決は 死票が多すぎる 死票は 結果としてはだが 選挙に行かなかったのと同じ 死票とそうでない票の格差は 無限 すべての票を可能な限り等しく扱うには ( 等しいものを等しく処遇したい ) 日本全国でひとつの選挙区として 完全な比例代表制 もし ( 升永弁護士の主張のように ) 憲法の文理から 人口比例選挙 の原則が出てくるのならば それは完全な比例代表制を求めることにつながる 32

ファイナルリマーク 理論的には ここで扱った以外にも他の性能が良い集約ルールはあるが (Balinski-Laraki の Majority Judgment など ) それらが世間に理解されやすいかは微妙 諸ケースにおいて どの集約ルールが良いかはずいぶん異なる ただし どの集約ルールも一長一短 と安易にいうのは思考停止 諸ケースにおいて どの集約ルールが総合的に良いか かなり議論は詰められる例 ) 1. 小選挙区での代表選挙 ボルダルール ( ペア敗者基準を満たす唯一のスコアリングルール ) 2. 政策への直接選挙 中位ルール ( ペア勝者基準 耐戦略性 etc) 3. 政党への選挙 大選挙区での比例代表制 ( 一票の平等性 耐クローン ) 意外と難しいのが地方議員選挙 現行の 一人の候補者にしか投票できない 多数決では 1 位当選も最下位当選も 等価値 政党政治をやっているなら比例代表制を勧めたくなるのだが ボルダルールや是認投票は クローン問題 に弱いので 勧めがたい 政策への直接選挙を 地方レベルでは増やしたほうがよいのでは ( 代表を上手く選ぶのが難しいから 直接選挙で補完 ) 33