普段私たちはこんな細胞をみています 細胞診 ~ 婦人科子宮頸部編 ~ 平成 20(2008) 年 12 月に 社団法人日本産婦人科医会より ベセスダシステム 2001 準拠子宮頚部細胞診報告様式の理解のために が発表されました いわゆる医会分類と呼ばれているもので 子宮頸がん検診の報告様式が従来のパパニコロウ分類 (Class 分類 ) からベセスダシステム 2001 に移行する流れとなりました ( 今回はベセスダシステムの判定区分と Class 分類を併記した形式で掲載しています ) NILM/classⅠ に相当する細胞 正常範囲の上皮細胞です 大きく分けて 2 種類あります 写真左 : 表層 ~ 中層型写真右 : 深層型 扁平上皮細胞 : 保護する役割 外部からの刺激に対して強いので 皮膚や粘膜を構成します 婦人科の場合 子宮の入口に存在し ホルモンの影響を受けて出現する扁平上皮細胞が変化します この変化は年齢や性周期を知る手掛かりとなります 腺細胞 ( 頸管腺細胞 ): 分泌する役割 腺細胞は臓器によって産生する成分が異なりますが 子宮頸部に存在する頸管腺細胞は粘液を分泌します 線毛をもつ細胞もみられます 扁平上皮細胞は子宮の入口 頸管腺細胞はその奥に存在しますが この 2 種類の細胞の境界を移行帯と呼び 子宮頸癌の発生しやすい部位といわれています 通常 子宮の入口でもある膣部はデーデルライン桿菌 ( 乳酸菌の一種 ) という常在菌が弱酸性の環境をつくることによって 他の微生物の侵入や感染から保護されています デーデルライン桿菌が背景にたくさんいます ( 常在菌なので感染症ではありません ) ただこのバランスが崩れてしまうと
NILM/classⅡ に相当する細胞 微生物感染や外部からの刺激によって炎症や反応性変化が加わり 良性の細胞変化がみられます 非腫瘍性所見です 細胞診で判別できる感染症としては主にトリコモナス原虫 カンジダ ( 真菌 ) ヘルペスウイルス感染 細菌性膣症 (clue cell) が挙げられます トリコモナス膣炎 カンジダ膣炎 ヘルペス感染 細菌性膣症 (clue cell) 萎縮性膣炎 閉経後 ホルモン状態の変化 ( エストロゲン低下 ) から起こる萎縮性膣炎もこの区分に入ります 上皮を構成する細胞層が薄いため 少し擦れたり刺激が加わったりするだけでも 出血や炎症を起こしやすくなるようです クラミジア感染 ( 稀少例 ) またクラミジアについては 感染を示唆する細胞が出現するケースがごく稀で 細胞診検査で判定するのは大変難しいです ( 抗体検査をお勧めします )
炎症反応を受けて 扁平上皮細胞の核が腫大しているのがわかりますか? 正常な細胞はダメージを受けた部分を 元に戻そう もっと丈夫にしよう と変化することもあります 修復細胞の出現や扁平上皮化生細胞の増多がその状態を示唆しています 扁平上皮化生細胞 頸管腺細胞はあまり丈夫ではないので 刺激に対して強い扁平上皮細胞に置き換わろうとしています 強い炎症やびらん ( 潰瘍 ) 等 上皮組織の欠損が起きた場合はダメージを受けた部分を急いで覆わなければなりません 絆創膏で傷口を覆うような細胞が出現します 修復細胞 ところが 元に戻そうとしたはずが 少し違った方向に進んでしまうことがあります 子宮頸がんの原因として大きく関わっているのが HPV( ヒトパピローマウイルス ) 感染です ウイルス感染ですので 一時的な感染は免疫反応によって元の状態に戻ることができます ( すぐに子宮頸がんに進むことはありません ) 但し 感染を繰り返したり 感染した状態が続いたりすると 細胞内の遺伝子構造が変化 ( 変異 ) し 正常な状態には戻れなくなってしまうので注意が必要です
LSIL/classⅢa に相当する細胞軽度上皮内病変 (Low-grade Squamous Intraepithelial Lesion) コイロサイト (koilocyte) 典型的な HPV 感染細胞はコイロサイト (koilocyte) と呼ばれています 軽度異形成 軽度異形成 軽度異形成 この程度の細胞変化は軽度異形成 mild dysplasia と判定しています 近くの正常な扁平上皮細胞と比較すると 細胞の中心にある核の大きさや形が変わっています また核の内部が濃く見えます 核の中には細胞が増えるために必要な遺伝情報をもつ DNA があり 遺伝情報を複製するため 活発な状態になっていることが示唆されます DNA はテープあるいはリボン状の非常に長い分子です 糸巻きのようなタンパク質で巻かないと核の中に納まりません ( この集まりをクロマチンと呼んでいます ) ヒストン 普段は DNA 内の遺伝子によってコントロールされていますが 遺伝子の変異や欠損等が生じた場合 細胞の増殖が止まらなくなったり 元の細胞とは似ても似つかない形に変わっていくことになります この細胞変化が がん化 腫瘍化 と呼ばれるものです DNA
HSIL/classⅢa~Ⅲb Ⅳ に相当する細胞 高度上皮内病変 (High-grade Squamous Intraepithelial Lesion) 中等度異形成 中等度 ~ 高度異形成疑い 高度異形成疑い 高度異形成 高度異形成 ~ 上皮内癌疑い 中等度 ~ 高度異形成 moderate to severe dysplasia あるいは上皮内癌 carcinoma in situ が疑われる細胞です 細胞診検査では異型細胞が孤立性に出現している場合 あるいは集塊内の分化傾向が判別できない場合も多く 組織型はあくまでも推定です ( 病理組織診にて確認してください ) AGC/classⅢ AIS/classⅣ に相当する細胞 異型腺細胞あるいは上皮内腺癌 adenocarcinoma in situ が疑われます 頸管腺細胞も扁平上皮細胞と全く同じ変化ではありませんが 正常な状態とかけ離れていく段階があります
SCC/classⅤ に相当する細胞 扁平上皮癌 squamous cell carcinoma ( 浸潤癌 ) が疑われます 扁平上皮癌 ( 角化型 ) 扁平上皮癌 扁平上皮癌 ( 角化型 ) 扁平上皮癌 ( 非角化型 ) Adenocarcinoma/classⅤ に相当する細胞 腺癌 ( 頸部腺癌 ) adenocarcinoma( 浸潤癌 ) が疑われます 子宮体部内膜由来の腺癌が剥離して出現する場合もあります 腺癌腺癌腺癌 他の臓器や組織を侵してしまうことを浸潤や転移と呼んでいます ここまで細胞が変化する時間は個人差がありますが 正常な細胞が段階を踏んで徐々に変化していくことは確かです 早期に発見できれば病変が進まないうちに くい止めることができます 定期的な検診 経過観察はとても重要な意味があります 身体を大切に!!
組織型の判定が難しい細胞 但し 私たちは普段 ブラシなどで擦って剥離した細胞の形態から異型度を評価し 病変を推定しています このため病変の進行や浸潤の程度 組織型等の確定診断は 病理組織診 にてご確認ください また細胞の状態や条件によっては判定が難しい場合があります このような細胞の判定として ベセスダシステム 2001 では ASC-US( アスカス アスクユーエス ) ASC-H( アスクエイチ アスクハイ ) AGC( エージーシー ) という区分が設けられています ASC( アスク ) は Atypical Squamous Cells ( 異型扁平上皮細胞 ) AGC は Atypical Glandular Cells( 異型腺細胞 ) の略号です ASC-US/classⅢa ASC-H/classⅢa~Ⅲb に相当する細胞 ASC-US は 意義不明な異型扁平上皮細胞 ASC-H は HSIL を除外できない異型扁平上皮細胞 の区分です 異形成あるいは悪性の可能性を疑わせる細胞が出現していますが 細胞が少数である 異型が弱い 変性が見られる等の要素が加わって判定困難となった場合に使用します ASC-US ASC-US または ASC-H 写真左はコイロサイトおよび軽度異形成の存在を疑いますが 標本中に出現していた細胞の全体的な評価として 炎症性変化との鑑別が難しく ASC-US(ClassⅢa 相当 ) と判定した細胞です HPV 検査または 6 ヶ月以内の細胞診 ( 再検査 ) を推奨しています 平成 22(2010) 年 4 月より HPV 検査 ( 高リスク型 HPV の DNA 検出 ) が保険適応となり 細胞変化からは明らかにできなかった HPV 感染の有無を判定する手段となっています 写真右は核に異型の見られる扁平上皮細胞ですが 閉経後のため萎縮性変化が加わり LSIL とも HSIL とも判定できなかった細胞です HPV 検査またはホルモン補充療法後の再検査が望まれます ASC-H ASC-H は N/C 比 ( 細胞質に対する核の比率 ) が高い小型の細胞 いわゆる異型 ( 未熟 ) 化生細胞との鑑別が難しい細胞です 異型細胞が少数あるいは孤在性に出現している場合 シート状や合胞状の集塊として認められるものの核異型が弱かったり詳細な所見が不明瞭な場合等が挙げられます 病理組織診での確認 ( 量的に少ない場合は再検査 ) を検討する必要があります
細胞判定が難しくなる標本 上皮細胞の変化をみるため 採取された上皮細胞の量や状態も検査精度に大きく影響します ベセスダシステム 2001 では判定の精度管理も考慮されており 標本の適否についても報告することになっています 細胞判定に苦慮するケースをご紹介します 細胞固定が不良な場合 ( エタノール固定する前に乾燥膨化してしまった / 固定用スプレーの噴霧が不十分だった ) 細胞診標本は乾燥厳禁です 細胞は秒単位で刻々と変化していきますので 直ちにエタノール固定を!! 細胞塗抹量が過剰なため 細胞が重積してしまった場合 ブラシやヘラで採取された標本にやや目立ちます 写真左の症例の標本全体像 血液の混入が多い場合 ( 出血による変性が強かった / 上皮細胞が相対的に減少してしまった ) 月経の時期を避けて検査されることをお勧めいたします
明らかな上皮細胞が少ない場合 ( 粘液や炎症細胞が主体に採取されていた ) 明らかな上皮細胞が少ない場合 ( 裸核様に変性した細胞が多かった ) 特に閉経後 綿棒で採取された標本に目立つようです このような標本では 細胞の微妙な変化がわかりづらくなってしまいます 細胞の塗抹 固定の状態が良好で 見やすい標本が検査精度を上げるポイントになります ご理解 ご協力の程よろしくお願いいたします 2011 年 12 月株式会社千葉細胞病理診断センター技術部細胞診 G 作成