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られる 糖尿病を合併した高血圧の治療の薬物治療の第一選択薬はアンジオテンシン変換酵素 (ACE) 阻害薬とアンジオテンシン II 受容体拮抗薬 (ARB) である このクラスの薬剤は単なる降圧効果のみならず 様々な臓器保護作用を有しているが ACE 阻害薬や ARB のプラセボ比較試験で糖尿病の新規

ただ太っているだけではメタボリックシンドロームとは呼びません 脂肪細胞はアディポネクチンなどの善玉因子と TNF-αや IL-6 などという悪玉因子を分泌します 内臓肥満になる と 内臓の脂肪細胞から悪玉因子がたくさんでてきてしまい インスリン抵抗性につながり高血糖をもたらします さらに脂質異常症

スライド 1

肥満者の多くが複数の危険因子を持っている 肥満のみ約 20% いずれか 1 疾患有病約 47% 肥満のみ 糖尿病 いずれか 2 疾患有病約 28% 3 疾患すべて有病約 5% 高脂血症 高血圧症 厚生労働省保健指導における学習教材集 (H14 糖尿病実態調査の再集計 ) より

スライド 1

Microsoft PowerPoint - 2.医療費プロファイル 平成25年度(長野県・・

Microsoft Word - 1 糖尿病とは.doc

標準的な健診・保健指導の在り方に関する検討会

Microsoft PowerPoint - 100826上西説明PPT.ppt

学位論文の要約

新規遺伝子ARIAによる血管新生調節機構の解明

( 様式甲 5) 学位論文内容の要旨 論文提出者氏名 論文審査担当者 主査 教授 花房俊昭 宮村昌利 副査副査 教授教授 朝 日 通 雄 勝 間 田 敬 弘 副査 教授 森田大 主論文題名 Effects of Acarbose on the Acceleration of Postprandial

報道関係者各位 平成 26 年 1 月 20 日 国立大学法人筑波大学 動脈硬化の進行を促進するたんぱく質を発見 研究成果のポイント 1. 日本人の死因の第 2 位と第 4 位である心疾患 脳血管疾患のほとんどの原因は動脈硬化である 2. 酸化されたコレステロールを取り込んだマクロファージが大量に血

Mincle は死細胞由来の内因性リガンドを認識し 炎症応答を誘導することが報告されているが 非感染性炎症における Mincle の意義は全く不明である 最近 肥満の脂肪組織で生じる線維化により 脂肪組織の脂肪蓄積量が制限され 肝臓などの非脂肪組織に脂肪が沈着し ( 異所性脂肪蓄積 ) 全身のインス

2011年度版アンチエイジング01.ppt

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平成14年度研究報告

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Peroxisome Proliferator-Activated Receptor a (PPARa)アゴニストの薬理作用メカニズムの解明

-3- Ⅰ 市町村国保の状況 1 特定健康診査受診者の状況 平成 23 年度は 市町村国保 (41 保険者 )98,439 人の特定健康診査データの集計を行った 市町村国保の診者数は男性 女性ともに 歳の割合が多く 次いで 歳 歳の順となっている 男性 女性 総数

日本標準商品分類番号 カリジノゲナーゼの血管新生抑制作用 カリジノゲナーゼは強力な血管拡張物質であるキニンを遊離することにより 高血圧や末梢循環障害の治療に広く用いられてきた 最近では 糖尿病モデルラットにおいて増加する眼内液中 VEGF 濃度を低下させることにより 血管透過性を抑制す

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グルコースは膵 β 細胞内に糖輸送担体を介して取り込まれて代謝され A T P が産生される その結果 A T P 感受性 K チャンネルの閉鎖 細胞膜の脱分極 電位依存性 Caチャンネルの開口 細胞内 Ca 2+ 濃度の上昇が起こり インスリンが分泌される これをインスリン分泌の惹起経路と呼ぶ イ

山梨県生活習慣病実態調査の状況 1 調査目的平成 20 年 4 月に施行される医療制度改革において生活習慣病対策が一つの大きな柱となっている このため 糖尿病等生活習慣病の有病者 予備群の減少を図るために健康増進計画を見直し メタボリックシンドロームの概念を導入した 糖尿病等生活習慣病の有病者や予備


るが AML 細胞における Notch シグナルの正確な役割はまだわかっていない mtor シグナル伝達系も白血病細胞の増殖に関与しており Palomero らのグループが Notch と mtor のクロストークについて報告している その報告によると 活性型 Notch が HES1 の発現を誘導

第12回 代謝統合の破綻 (糖尿病と肥満)

Wnt3 positively and negatively regu Title differentiation of human periodonta Author(s) 吉澤, 佑世 Journal, (): - URL Rig

脳組織傷害時におけるミクログリア形態変化および機能 Title変化に関する培養脳組織切片を用いた研究 ( Abstract_ 要旨 ) Author(s) 岡村, 敏行 Citation Kyoto University ( 京都大学 ) Issue Date URL http

犬の糖尿病は治療に一生涯のインスリン投与を必要とする ヒトでは 1 型に分類されている糖尿病である しかし ヒトでは肥満が原因となり 相対的にインスリン作用が不足する 2 型糖尿病が主体であり 犬とヒトとでは糖尿病発症メカニズムが大きく異なっていると考えられている そこで 本研究ではインスリン抵抗性

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SoftBank 301SI 取扱説明書

Q2 はどのような構造ですか? A2 LDL の主要構造蛋白はアポ B であり LDL1 粒子につき1 分子存在します 一方 (sd LDL) の構造上の特徴はコレステロール含有量の減少です 粒子径を規定する脂質のコレステロールが少ないため小さく また1 分子のアポ B に対してコレステロールが相対

ヒト脂肪組織由来幹細胞における外因性脂肪酸結合タンパク (FABP)4 FABP 5 の影響 糖尿病 肥満の病態解明と脂肪幹細胞再生治療への可能性 ポイント 脂肪幹細胞の脂肪分化誘導に伴い FABP4( 脂肪細胞型 ) FABP5( 表皮型 ) が発現亢進し 分泌されることを確認しました トランスク

ASC は 8 週齢 ICR メスマウスの皮下脂肪組織をコラゲナーゼ処理後 遠心分離で得たペレットとして単離し BMSC は同じマウスの大腿骨からフラッシュアウトにより獲得した 10%FBS 1% 抗生剤を含む DMEM にて それぞれ培養を行った FACS Passage 2 (P2) の ASC

前立腺癌は男性特有の癌で 米国においては癌死亡者数の第 2 位 ( 約 20%) を占めてい ます 日本でも前立腺癌の罹患率 死亡者数は急激に上昇しており 現在は重篤な男性悪性腫瘍疾患の1つとなって図 1 います 図 1 初期段階の前立腺癌は男性ホルモン ( アンドロゲン ) に反応し増殖します そ

( 続紙 1 ) 京都大学 博士 ( 薬学 ) 氏名 大西正俊 論文題目 出血性脳障害におけるミクログリアおよびMAPキナーゼ経路の役割に関する研究 ( 論文内容の要旨 ) 脳内出血は 高血圧などの原因により脳血管が破綻し 脳実質へ出血した病態をいう 漏出する血液中の種々の因子の中でも 血液凝固に関

糸球体で濾過されたブドウ糖の約 90% を再吸収するトランスポータである SGLT2 阻害薬は 尿糖排泄を促進し インスリン作用とは独立した血糖降下及び体重減少作用を有する これまでに ストレプトゾトシンによりインスリン分泌能を低下させた糖尿病モデルマウスで SGLT2 阻害薬の脂肪肝改善効果が報告

報道発表資料 2006 年 4 月 13 日 独立行政法人理化学研究所 抗ウイルス免疫発動機構の解明 - 免疫 アレルギー制御のための新たな標的分子を発見 - ポイント 異物センサー TLR のシグナル伝達機構を解析 インターフェロン産生に必須な分子 IKK アルファ を発見 免疫 アレルギーの有効

婦人科63巻6号/FUJ07‐01(報告)       M

抑制することが知られている 今回はヒト子宮内膜におけるコレステロール硫酸のプロテ アーゼ活性に対する効果を検討することとした コレステロール硫酸の着床期特異的な発現の機序を解明するために 合成酵素であるコ レステロール硫酸基転移酵素 (SULT2B1b) に着目した ヒト子宮内膜は排卵後 脱落膜 化

Microsoft Word - 学位論文内容の要旨 .doc

結果の概要

図 1 マイクロ RNA の標的遺伝 への結合の仕 antimir はマイクロ RNA に対するデコイ! antimirとは マイクロRNAと相補的なオリゴヌクレオチドである マイクロRNAに対するデコイとして働くことにより 標的遺伝 とマイクロRNAの結合を競合的に阻害する このためには 標的遺伝

検体採取 患者の検査前準備 検体採取のタイミング 記号 添加物 ( キャップ色等 ) 採取材料 採取量 測定材料 F 凝固促進剤 + 血清分離剤 ( 青 細 ) 血液 3 ml 血清 H 凝固促進剤 + 血清分離剤 ( ピンク ) 血液 6 ml 血清 I 凝固促進剤 + 血清分離剤 ( 茶色 )

インスリンが十分に働かない ってどういうこと 糖尿病になると インスリンが十分に働かなくなり 血糖をうまく細胞に取り込めなくなります それには 2つの仕組みがあります ( 図2 インスリンが十分に働かない ) ①インスリン分泌不足 ②インスリン抵抗性 インスリン 鍵 が不足していて 糖が細胞の イン

,995,972 6,992,875 1,158 4,383,372 4,380,511 2,612,600 2,612, ,433,188 3,330, ,880,573 2,779, , ,

わが国における糖尿病と合併症発症の病態と実態糖尿病では 高血糖状態が慢性的に継続するため 細小血管が障害され 腎臓 網膜 神経などの臓器に障害が起こります 糖尿病性の腎症 網膜症 神経障害の3つを 糖尿病の三大合併症といいます 糖尿病腎症は進行すると腎不全に至り 透析を余儀なくされますが 糖尿病腎症

研究目的 1. 電波ばく露による免疫細胞への影響に関する研究 我々の体には 恒常性を保つために 生体内に侵入した異物を生体外に排除する 免疫と呼ばれる防御システムが存在する 免疫力の低下は感染を引き起こしやすくなり 健康を損ないやすくなる そこで 2 10W/kgのSARで電波ばく露を行い 免疫細胞

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糖鎖の新しい機能を発見:補体系をコントロールして健康な脳神経を維持する

平成24年7月x日

Microsoft Word CREST中山(確定版)

リーなどアブラナ科野菜の摂取と癌発症率は逆相関し さらに癌病巣の拡大をも抑制する という報告がみられる ブロッコリー発芽早期のスプラウトから抽出されたスルフォラフ ァン (sulforaphane, 1-isothiocyanato-4-methylsulfinylbutane) は強力な抗酸化作用

第6号-2/8)最前線(大矢)


複製 転載禁止 The Japan Diabetes Society, 2016 糖尿病診療ガイドライン 2016 CQ ステートメント 推奨グレード一覧 1. 糖尿病診断の指針 CQ なし 2. 糖尿病治療の目標と指針 CQ なし 3. 食事療法 CQ3-2 食事療法の実践にあたっての管理栄養士に

日本の糖尿病患者数は増え続けています (%) 糖 尿 25 病 倍 890 万人 患者数増加率 万人 690 万人 1620 万人 880 万人 2050 万人 1100 万人 糖尿病の 可能性が 否定できない人 680 万人 740 万人

骨形成における LIPUS と HSP の関係性が明らかとなった さらに BMP シグナリングが阻害されたような症例にも効果的な LIPUS を用いた骨治癒法の提案に繋がる可能性が示唆された < 方法 > 10%FBS と 抗生剤を添加した α-mem 培地を作製し 新生児マウス頭蓋骨採取骨芽細胞を

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フォーカスレクチャー 図 1 肥満症診断のフローチャート (2011 年版 )( 文献 2 より引用 ) 健康障害をもたなくても内臓脂肪型肥満であれば 将来のハイリスク肥満として肥満症と診断できる 肥満 肥満 つきやすくなるということを意味している これを応用すると 内臓脂肪 / 皮下脂肪の比率によ

研究成果報告書

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能性を示した < 方法 > M-CSF RANKL VEGF-C Ds-Red それぞれの全長 cdnaを レトロウイルスを用いてHeLa 細胞に遺伝子導入した これによりM-CSFとDs-Redを発現するHeLa 細胞 (HeLa-M) RANKLと Ds-Redを発現するHeLa 細胞 (HeL

エネルギー代謝に関する調査研究

別紙 < 研究の背景と経緯 > 自閉症は 全人口の約 2% が罹患する非常に頻度の高い神経発達障害です 近年 クロマチンリモデ リング因子 ( 5) である CHD8 が自閉症の原因遺伝子として同定され 大変注目を集めています ( 図 1) 本研究グループは これまでに CHD8 遺伝子変異を持つ

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メ夕ボリック症候群と筋骨格系疾患との関連 ( 日本の研究 2015 年 ) 筋骨格系疾患とメ夕ボリック症候群の関連につき 30~80 歳代の男性 466 人 女性 918 人を対象に検討した 膝関節症があると高血圧 脂質異常になりやすく 高血圧 耐糖能異常があると膝関節症になりやすい また肥満がある

( 様式甲 5) 学位論文内容の要旨 論文提出者氏名 論文審査担当者 主査 教授 大道正英 髙橋優子 副査副査 教授教授 岡 田 仁 克 辻 求 副査 教授 瀧内比呂也 主論文題名 Versican G1 and G3 domains are upregulated and latent trans

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1. Caov-3 細胞株 A2780 細胞株においてシスプラチン単剤 シスプラチンとトポテカン併用添加での殺細胞効果を MTS assay を用い検討した 2. Caov-3 細胞株においてシスプラチンによって誘導される Akt の活性化に対し トポテカンが影響するか否かを調べるために シスプラチ

ストレスが高尿酸血症の発症に関与するメカニズムを解明 ポイント これまで マウス拘束ストレスモデルの解析で ストレスは内臓脂肪に慢性炎症を引き起こし インスリン抵抗性 血栓症の原因となることを示してきました マウス拘束ストレスモデルの解析を行ったところ ストレスは xanthine oxidored

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論文題目  腸管分化に関わるmiRNAの探索とその発現制御解析

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上原記念生命科学財団研究報告集, 30 (2016)

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10038 W36-1 ワークショップ 36 関節リウマチの病因 病態 2 4 月 27 日 ( 金 ) 15:10-16:10 1 第 5 会場ホール棟 5 階 ホール B5(2) P2-203 ポスタービューイング 2 多発性筋炎 皮膚筋炎 2 4 月 27 日 ( 金 ) 12:4

2019 年 3 月 28 日放送 第 67 回日本アレルギー学会 6 シンポジウム 17-3 かゆみのメカニズムと最近のかゆみ研究の進歩 九州大学大学院皮膚科 診療講師中原真希子 はじめにかゆみは かきたいとの衝動を起こす不快な感覚と定義されます 皮膚疾患の多くはかゆみを伴い アトピー性皮膚炎にお

「肥満に伴う脂肪組織の線維化を招く鍵分子を発見」【菅波孝祥 特任教授】

ルグリセロールと脂肪酸に分解され吸収される それらは腸上皮細胞に吸収されたのちに再び中性脂肪へと生合成されカイロミクロンとなる DGAT1 は腸管で脂質の再合成 吸収に関与していることから DGAT1 KO マウスで認められているフェノタイプが腸 DGAT1 欠如に由来していることが考えられる 実際

細胞 THE CELL 2011年5月号 (立ち読み)

10075 口頭発表 身体活動 8 月 31 日 ( 金 ) 8:30~9:20 第 8 会場 朱鷺メッセ 3F 小会議室 口頭発表 診断 -その他 8 月 30 日 ( 木 ) 11:00~12:20 第 5 会場 朱鷺メッセ 3F 中会議室

図 B 細胞受容体を介した NF-κB 活性化モデル

平成13年度研究報告

生理学 1章 生理学の基礎 1-1. 細胞の主要な構成成分はどれか 1 タンパク質 2 ビタミン 3 無機塩類 4 ATP 第5回 按マ指 (1279) 1-2. 細胞膜の構成成分はどれか 1 無機りん酸 2 リボ核酸 3 りん脂質 4 乳酸 第6回 鍼灸 (1734) E L 1-3. 細胞膜につ

血圧を決める要素 血圧は 心臓から出る血液の量と血管の硬さによって決まります 血圧 心臓から出る = 血液の量 ( 心拍出量 ) 血管の硬さ ( 末梢血管抵抗 )

Transcription:

学術 アディポサイトカインと骨代謝 大阪歯科大学 生化学講座教授池尾隆 大阪歯科大学 生化学講座准教授鎌田愛子 はじめにメタボリックシンドローム metabolic syndrome ( 内臓脂肪症候群 ) は 日本人の三大死因のうち心臓病や脳卒中といった心血管疾患の遠因となる病態である すなわち 単にエネルギー源貯蔵の役割を担うと考えられていた脂肪細胞からアディポサイトカイン adipocytokine と総称される種々の生理活性物質が内分泌されること 内臓脂肪型肥満で 大量に蓄積された脂肪により肥大化した脂肪細胞ではアディポサイトカインの分泌異常が起こること そして その分泌異常が糖代謝異常 ( 糖尿病 ) 血圧上昇 ( 高血圧症 ) 脂質代謝異常 ( 高脂血症 ) を起こし 動脈硬化症を誘発することが明らかになった 最近では 生活習慣病の多くの症例で 内臓脂肪型肥満とインスリン抵抗性 insulin resistance を背景としたメタボリックシンドロームが存在すると考えられている 一方 骨粗鬆症は 骨量 ( 骨密度 ) と骨質により規定される骨強度の低下により骨折危険率が高まる疾患であり 現在わが国の罹患者数は1,200 万人を越えると推定されている 骨粗鬆症と動脈硬化性石灰化がしばしば合併することが古くから知られ また インスリンが骨芽細胞の分化やコラーゲン合成促進作用をもち インスリンが欠乏するⅠ 型糖尿病では骨密度が著明に減少する すなわち メタボリックシンドロームと代謝性骨疾患が互いに関連をもつことは明らかである 本稿では 脂肪細胞から分泌されるアディポサイトカインが骨代謝に及ぼす影響に焦点をあて概説するとともに 私たちが得たレプチン leptin やアディポネクチン adiponectin などのアディポサイトカインと骨芽細胞の分化に関する知見を紹介する メタボリックシンドロームの診断基準肥満は 図 1に示すように 脂肪が蓄積される部位により内臓脂肪型肥満 ( リンゴ型肥満 ) と皮下脂肪型肥満 ( 洋ナシ型肥満 ) に大別される メタボリックシンドロームの基盤となるのは内臓脂肪型肥満である メタボリックシンドロームの診断基準を表 1 ( 成人 ) と表 2( 子供 ) に示す 内臓脂肪の蓄積に加えて 脂質異常 高血圧 高血糖の 3 項目のうちの2つ以上の項目が当てはまる場合 メタボリックシンドロームと診断する なお 高血圧症と診断される 最高 ( 収縮期 ) 血圧 140 mmhg 以上 / 最低 ( 拡張期 ) 血圧 90 mmhg 以上 糖尿病と診断される 空腹時血糖値 126 mg/dl 以上 より それぞれ低い数値となっている アディポサイトカイン脂肪組織欠損マウスは著しいインスリン抵抗性 糖尿病 高脂血症をきたし 脂肪組織移植により改善することから 脂肪組織は糖代謝や脂質代謝を制御するうえで極めて重要な組織であると考えられる この脂肪組織から内分泌される生理活性物質がアディポサイトカインである 脂肪細胞から分泌されるアディポサイトカインの作用と分泌異常時の障害を一括して図 2に示す 21

内臓脂肪 皮下脂肪 内臓脂肪 皮下脂肪 内臓脂肪型肥満 内臓脂肪型肥満 図 1 内臓脂肪型肥満と皮下脂肪型肥満 ( 日立健康管理センター提供厚生労働省ホームページより引用 ) 表 1 成人のメタボリックシンドロームの診断基準 内臓脂肪の蓄積に加えて 脂質異常 高血圧 高血糖の 3 項目のうちの 2 つ以上の項目が当てはまる場合 メタボリックシンドロームと診断する 1 内臓脂肪の蓄積 腹囲 ( へそ周り ) 男性 85 cm 以上 女性 90 cm 以上 ( 男女ともに 腹部 CT 検査の内臓脂肪面積が 100 cm 2 以上に相当 ) 2 1 脂質異常 血中中性脂肪濃度 150 mg/dl 以上 HDLコレステロール濃度 40 mg/dl 未満 ( いずれかまたは両方 ) 2 2 高血圧 最高 ( 収縮期 ) 血圧 130 mmhg 以上 最低 ( 拡張期 ) 血圧 85 mmhg 以上 ( いずれかまたは両方 ) 2 3 高血糖 空腹時血糖値 110 mg/dl 以上 表 2 子供のメタボリックシンドロームの診断基準 内臓脂肪の蓄積に加えて 脂質異常 高血圧 高血糖の 3 項目のうちの 2 つ以上の項目が当てはまる場合 メタボリックシンドロームと診断する 1 内臓脂肪の蓄積 腹囲 ( へそ周り ) 小学生 75 cm 以上 中学生 80cm 以上もしくは 腹囲径 (cm) 身長 (cm)= 0.5 以上 2 1 脂質異常 血中中性脂肪濃度 120 mg/dl 以上 HDLコレステロール濃度 40 mg/dl 未満 ( いずれかまたは両方 ) 2 2 高血圧 最高 ( 収縮期 ) 血圧 125 mmhg 以上 最低 ( 拡張期 ) 血圧 70 mmhg 以上 ( いずれかまたは両方 ) 2 3 高血糖 空腹時血糖値 100 mg/dl 以上 22

1) レプチン leptin 1994 年に発見 命名されたペプチドホルモンで インスリンの刺激により産生される 視床下部の満腹中枢に作用して食欲を抑制するとともに 交感神経を活性化させエネルギー代謝を亢進させることで肥満を抑制する また 肥満状態ではレプチン抵抗性を示す 2000 年にレプチンが中枢性に骨形成を抑制することが明らかにされ その後 破骨細胞の形成を促進する作用も併せ持つことが示された 一方 骨芽細胞にレプチン受容体が存在し 骨芽細胞の分化および石灰化促進作用を持つことも示された 現在では レプチンは中枢神経系を介する間接的な作用と骨芽細胞への直接的な作用により 骨代謝のバランスを調節していると考えられている 2) アディポネクチン adiponectin 脂肪細胞が特異的に分泌するアディポサイトカインで 血中に5 10μg/mL と比較的高濃度で存在する 内臓脂肪の蓄積により濃度が低下するのが特徴である 血管傷害時には血管壁に集積し 血管内皮細胞への単球接着抑制や単球マクロファージからのTNF-α 分泌や泡沫化を抑制することで 抗動脈硬化作用を発揮する また インスリン感受性を増強する作用をもつ 3)TNF-α tumor necrosis factor-alpha 炎症性サイトカインの 1つで 内臓脂肪の蓄積 とともに肥大化脂肪細胞からの分泌が増加し インスリン抵抗性をもたらす また 強力な骨吸収促進作用と骨形成抑制作用をもつ 4) アンジオテンシノーゲン angiotensinogen 本来 肝で産生されるが 一部 脂肪細胞でも産生されるペプチドである 内臓脂肪の増加に伴い血中濃度も上昇する 腎から分泌されるレニンにより アンジオテンシン Ⅰに さらにアンジオテンシンⅡを経て 副腎皮質ホルモンであるアルドステロンの分泌を促進する アルドステロンは血中のカリウムの排泄とナトリウムの再吸収を促進し 血液の水分量を増加させ血圧上昇を誘発する 5)PAI-1 plasminogen activator inhibitor type-1 血中濃度は20 ng/mlであるが 内臓脂肪の増加に伴い血中濃度も上昇する プラスミノーゲン活性化酵素を阻害するタンパク質で フィブリン血栓融解作用をもつプラスミンを阻害することで動脈硬化を促進させると考えられている アディポネクチンの骨芽細胞に対する作用私たちは 脂質代謝異常 ( 肥満など ) と骨代謝異常 ( 骨粗鬆症など ) の相互関係に注目し これまでに 肥満マウスを作製し 脂質代謝と骨髄細胞の分化を検討するとともに マウス由来骨芽細胞株やヒト歯髄由来線維芽細胞にアディポサイトカインレセプターが発現しており アディポネク 図 2 脂肪細胞から分泌されるアディポサイトカインの作用 23

チンやレプチンが骨芽細胞や歯髄由来線維芽細胞の増殖 分化にそれぞれに影響を及ぼすことを明らかにした そして 培養骨芽細胞におけるアディポサイトカインレセプターの発現をreal time RT-PCRにて検討した結果 図 3に示すように 分化培地 (DM; ビタミンC+β-グリセロリン酸 ) 添加で分化誘導した前骨芽細胞様細胞 (MC3T3- E1) で 2 種類のアディポネクチンレセプター (AdipoR1とAdipoR2) の発現が著明であることから アディポネクチンの作用が骨芽細胞の分化に直接的な影響を及ぼすことを示した このことは sirnaを細胞内に導入してアディポネクチンレセプターの発現を抑制したところ 分化培地添加によるBMP-2やオステオカルシンの遺伝子発現の誘導が抑制されたことからも証明された ところで アディポネクチンは約 30 kdaのポリペプチドで N 末端シグナル配列 コラーゲン様ドメイン およびC 末端の球状ドメインからなり 血中では完全長のアディポネクチン (AN) とC 末端球状ドメインが切断されて遊離した球状 アディポネクチン (gan) が存在することが知られている そこで 次にアディポネクチンの分子構造の差異が骨芽細胞の分化に影響を及ぼすかどうかをマイクロアレイ法にて網羅的に検討した その結果 ganとanではheatmap 上で異なるパターンを示し アディポネクチンの分子構造の差異が骨芽細胞の遺伝子発現に異なる影響を及ぼすことを明らかにした さらに 図 4に示すように 特徴的なパターンを示す部分をCluster 1-6に分類し 各 Clusterで up-regulate している遺伝子のGO(gene ontology) termを抽出し その機能を考察した DMでup-regulate する遺伝子は骨芽細胞分化や細胞の成長に関連するものが多く ANではWntのような骨代謝関連シグナル伝達系の遺伝子群やシグナル伝達の下流に位置する Junに関連する遺伝子群がup-regulate していた これに対し ganのみでup-regulate する遺伝子群は細胞形態や神経系およびGタンパク質結合性受容体シグナル伝達系に関連していた ( 文献 1 ~4 参照 ) 図 3 培養骨芽細胞におけるアディポサイトカインレセプターの発現分化培地 (DM;VC+β- グリセロリン酸 ) 添加で分化誘導できるマウス前骨芽細胞様細胞株 MC3T3-E1 を用い DM 非添加と DM 添加による各アディポサイトカインレセプターの発現を real time RT-PCR にて検討した 図 4 アディポネクチンの分子構造の差異が骨芽細胞の遺伝子発現に及ぼす影響 24

おわりに脂質代謝と骨代謝の間に極めて深い関連があることは 造血機能を持たなくなった骨髄が黄色骨髄となり脂肪で満たされることからも明らかである また 最近 投与されている薬剤の作用にも顕著に示されている コレステロール低下作用をもつスタチン statin はHMG-CoA(3-ヒドロキシ-3-メチルグルタリル CoA) 還元酵素阻害薬で コレステロール合成系のHMG-CoAからのメバロン酸の生成過程を阻害する 一方 骨に対しても BMP-2を介した骨形成促進作用やFPP( ファルネシルピロリン酸 ) 合成抑制による骨吸収抑制作用の可能性が示唆されている また 顎骨壊死の問題で歯科領域でも広く知られることとなった骨粗鬆症治療薬のビスホスホネート bisphosphonate のうち 窒素をもつアミノビスホスホネートはスタチンと同様にFPPの生成を阻害し破骨細胞をアポトーシスに導き 骨吸収を抑制する さらに動脈硬化に重要な役割をもつマクロファージに対してもアポトーシスを誘導するという 脂質代謝と骨代謝の関連を追究することは 広く生活習慣病全般を理解することにつながるとともに 最近注目されている歯周疾患と全身疾患との関連の解明の一助となると考えられる 肥満と歯周病の程度を調査した研究ではBMI 30 以上のグループは20 未満のグループの8.6 倍の歯周病罹患率をもつという また 心血管疾患と歯周炎に 相関があることなどが疫学研究により示されている これらの結果を科学的に追究し その機序を明らかにすることが歯科領域のEBM 確立につながるものと思われる 参考文献 1. Kamada A, Ikeo T, Yoshikawa Y, Domae E, Goda S, Tamura I, Kon-i H, Okazaki J, Kawamoto A, Komasa Y, Toda I, Suwa F. Influence of adipocytokines on differentiation of pro-osteoblastic cells. J Oral Tissue Engin. 2008; 6(1):17-23. 2. Ueno M, Kamada A, Ikeo T. Failure of adiponectin action influences osteoblastrelated gene expression. J Oral Tissue Engin. 2009; 6(3):159-166. 3. Kamada A, Ikeo T, Yoshikawa Y, Domae E, Goda S, Tamura I, Tanabe K, Tanabe J, Itsusaki H, Kinoshita G, Kitano T, Kikuchi Y, Okazaki J. Gene expression of adipocytokine receptors during osteoblastic differentiation. J Oral Tissue Engin. 2009; 7(1):53-60. 4. Tanabe K, Kamada A, Goda S, Ikeo T. Effect of adiponectin on gene expression profiles in osteoblasts. J Oral Tissue Engin. 2009; 7(2):99-106. 25