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多重共鳴 NMR 技術を応用した脳内ホルモン代謝の革新的直接解析ツールの開発 徳島大学大学院生物資源産業学研究部応用生物資源学分野 講師山田久嗣 ( 共同研究者 ) 京都大学大学院工学研究科物質エネルギー化学専攻教授近藤輝幸 はじめに生体内代謝プロセスの直接追跡は 生体内での薬効の発現機構や疾病の発病機構の解明に大きく寄与する 特に 脳内ホルモン ( 神経伝達物質 ) の代謝反応および薬剤効果を直接解析する新しいツールの開発は 神経疾患治療薬の薬効予測や高次脳機能疾患の解明に繋がり 生活の質 (QOL,Quality of Life) を飛躍的に向上させることが期待される 本研究では 研究代表者らが独自に発展させてきた多重 ( 三重 ) 共鳴 NMR 法に着目し マウスにおける脳内ホルモンの代謝プロセスおよび薬剤効果を直接 その場 で評価できる革新的直接解析ツールを構築することを目的とし 基質 / 代謝物の化学構造変化を超選択的に観測可能な安定同位元素ラベル化代謝プローブの新規開発に取り組んだ ドーパミンやセロトニンに代表されるモノアミン神経伝達物質は 脳内の中枢神経系で極めて高い生理活性を示す 1) 例えば ドーパミン(Dopamine,2-(3,4-dihydroxyphenyl) ethylamine) の場合 前駆体である l-dopa (l-3,4-dihydroxyphenylalanine) から芳香族 l-アミノ酸脱炭酸酵素 (AAAD,aromatic l-amino acid decarboxylase) により生合成される一方 モノアミン酸化酵素 (MAO, monoamine oxidase) により酸化分解される これにより 生理的条件下では脳内のドーパミン濃度は厳密に制御されている 前駆体である l-dopa は 血液脳関門 (BBB,bloodbrain barrier) を通過できることからパーキンソン病治療薬として用いられる しかし 芳香族 l-アミノ酸脱炭酸酵素は脳内だけでなく 肝臓等の臓器にも存在するため 投与した l-dopa の多くが脳に到達する前にドーパミンへと変換される ( 図 1) そのため 112

臨床現場では 肝臓等での l-dopa の代謝分解を阻害する芳香族 l-アミノ酸脱炭酸酵素阻 2) 3) 害剤 および脳内ドーパミンの酸化分解を阻害するモノアミン酸化酵素阻害剤が共投与され ドーパミンの薬効を制御している 従って この l-dopa の体内動態をより深く理解し 新規阻害剤を開発するためには これら脳内ホルモンそのものを直接観測し その阻害効果を直接評価する新しい手法の開発が望まれている 生体内での化学反応および化学構造変化を追跡する手法として NMR 法は極めて優れた手法である しかし 従来法では 生体内に膨大量存在する水や脂質のバックグラウンドノイズにより 目的分子の NMRシグナルを選択的に検出することは不可能であった 一方で 研究代表者らが独自に発展させてきた多重共鳴 ( 1 H-{ C- 15 N} 三重共鳴 )NMR 法は 安定同位元素ラベル化プローブ の代謝反応を選択的に追跡することが可能である 4 6) 本手法では磁化を 1 H C 15 N C 1 H と移動させ 最終的に発生した 1 H 核シグナルを観測する この天然存在比は 0.0035%(25,000 分子に 1 分子 ) と極めて低いことから プローブ由来の 1 H 核 ( 1 H- C- 15 Nの 1 H 核 ) のみを高精度に追跡できる さらに ここで用いられる C/ 15 N ラベル化分子プローブは 安定同位元素置換を除けば生体物質そのものであり 蛍光色素で置換した場合の薬物動態の変化はなく 生体物質や薬剤そのものの挙動や代謝反応の直接観測が可能である そこで本研究では パーキンソン病治療薬の薬効予測や精神疾患解明の観点から l-dopa から神経伝達物質であるドーパミンへの代謝反応をマウス脳内で直接 その場 追跡可能な代謝プローブとして l-dopa の不斉炭素を C 核で またアミノ基窒素を 15 N 核でラベルした C/ 15 N l-dopa プローブを新規に合成した さらに そのマウス体内における代謝反応を三重共鳴 NMR 法により追跡し さらに臨床薬剤の阻害効果を定量的に評価した 7) 結果 1. C/ 15 N ラベル化 l-dopa プローブの合成と三重共鳴 NMR 評価 C/ 15 N グリシンを出発物質として 4 段階の保護 脱保護反応を経て C/ 15 N 1

tert-butyl glycinate benzophenone Schiff base へ誘導した 続いて キラル相間移動触媒を用いる不斉アルキル化反応により 保護基を有する C/ 15 N ラベル化 l-dopa 誘導体を光学収率 95% ee で合成した さらに ベンジル基の除去 tert-butyl エステルの加水分解を経て 目的とする C/ 15 N l-dopa プローブの新規合成に成功した ( 光学収率 94% ee)( 図 2a) 続いて 重水中における C/ 15 N l-dopa および C/ 15 N Dopamine の 1 H-{ C- 15 N} 三重共鳴 NMRスペクトルを測定した結果 C/ 15 N l-dopaのメチン 1 H シグナル (3.85 ppm) と C/ 15 N Dopamineのメチレン 1 H シグナル (3.14ppm) をそれぞれ選択的に検出することに成功した ( 図 2b) 2. C/ 15 N l-dopa プローブの芳香族 l-アミノ酸脱炭酸酵素反応の三重共鳴 NMR 追跡合成した C/ 15 N l-dopa プローブの脱炭酸酵素反応を HPLC および 1 H-{ C- 15 N} 三重共鳴 NMR 法により評価した C/ 15 N l-dopa(500μm) を芳香族 l-アミノ酸脱炭酸酵素 (20ng/μL) の共存下 37 ºCで 60 分インキュベートし 三重共鳴 NMR 法を用いて解析した結果 C/ 15 N l-dopa のメチン 1 H シグナル (3.84ppm) が消失し C/ 15 N Dopamine のメチレン 1 H シグナル (3.ppm) のみが観測された ( 図 3a) なお 芳香族 l-アミノ酸脱炭酸酵素を含まない条件下では C/ 15 N Dopamine の生成は観測されなかった この結果は HPLC により反応を追跡した結果と一致していた ( 図 3b) 次に 芳香族 l-アミノ酸脱炭酸酵素が高発現しているマウス肝臓抽出液中で C/ 15 N l-dopa の脱炭酸代謝反応を 同一パルス条件下での三重共鳴 N M R を用いて選択的に追跡可能であることが明らかとなった ( 図 3c, 下 ) すなわち 原料である C/ 15 N l-dopaの減少に伴い C/ 15 N Dopamine が生成し その収率は 86% であった なお 通常の 1 H NMR では 夾雑物中の全ての 1 H シグナルが観測されるため 本反応の追跡は困難であった ( 図 3c, 上 ) 以上の結果は 芳香族 l-アミノ酸脱炭酸酵素による C/ 15 N l-dopa から C/ 15 N Dopamine への脱炭酸代謝反 114

応を 1 H-{ C- 15 N} 三重共鳴 NMR 法を用いて直接 その場 追跡可能であることを示している さらに 本手法は 脱炭酸代謝反応に及ぼす阻害剤効果の評価にも応用可能であった カルビドパは 脳以外での芳香族 l-アミノ酸脱炭酸酵素を阻害する臨床薬剤として知られている ( カルビトパの共投与により脳に到達する l-dopaの量が増大する ) 異なる濃度のカルビドパの共存下 マウス肝臓抽出液中での C/ 15 N l-dopa(500µm) の脱炭酸代謝反応を三重共鳴 NMR により解析した その結果 0.01 当量では C/ 15 N Dopamine の生成が88% 抑制され 0.1 当量で完全に抑制された ( 図 3d) 以上の結果から マウス個体に対して C/ 15 N l-dopa とカルビドパを共投与すれば マウス脳組織中での脱炭酸反応を直接評価できることが期待された 3. マウス脳内における 3 C/ 15 N l-dopa プローブの脱炭酸代謝反応に及ぼす阻害剤効果の直接評価さらに マウス脳内でのモノアミン酸化酵素阻害剤の効果を調べるため C/ 15 N l-dopa をマウス腹腔内投与し 1 時間後に犠牲死させ 脳組織を摘出し そのホモジェネートの三重共鳴 NMR スペクトルを測定した その結果を図 4に示した まず C/ 15 N l-dopaのみを投与したマウスの脳組織からは C/ 15 N l-dopa のシグナルは検出されず 微量の C/ 15 N Dopamine の生成が観測された 一方 C/ 15 N Dopamineは肝臓組織からより顕著に観測された 続いて C/ 15 N l-dopa とカルビドパを共投与したマウスからは C/ 15 N l-dopa が明確に観測されるとともに C/ 15 N Dopamine が微量ながら観測された さらに カルビドパと共にモノアミン酸化酵素 AおよびBの阻害剤であるクロルギリンとセレギリンを共投与した結果 C/ 15 N l-dopaおよび C/ 15 N Dopamineの濃度が飛躍的に増大することが観測された これらの結果から (1) 脱炭酸酵素を阻害する臨床薬剤であるカルビドパが存在しないと 脳に到達する C/ 15 N l-dopa の量が極めて少ないこと さらに (2) モノアミン酸化酵素阻害剤が存在すると 脳内のDopamine 量が有意に増加すること (3) その Dopamine 量は 10-100 µm 濃度で変化することが明らかとなった 考察以上の結果より 多重共鳴 NMR 技術を応用した脳内ホルモン代謝の革新的直接解析ツールの開発 において重要な代謝プローブの設計指針が得られた これまで 脳内ホルモンが関与する高次脳機能疾患は 電気生理学的手法や機能性 MRI(fMRI; functional MRI) 法を用いて 間接的 に評価されてきた また 陽電子断層撮像 (PET) 法は分子レベルでの直接追跡に極めて有力であるが 目的分子が化学変化を受けたか否かについては明確な情報を得ることは困難であった 一方で 本研究で開発した C/ 15 N l-dopa プローブと三重共鳴 NMR 法の組み合わせは 生体内における脳内ホルモンそのものを観測し その代謝反応に及 115

ぼす臨床薬剤の阻害効果を直接評価することが可能である 本手法は 核磁気共鳴技術を用いた 分子レベル での高次脳機能解析の革新的ツールになる可能性を秘めている さらに 本研究で開発したプローブは PETプローブとは異なり 被曝や半減期によるプローブの失活がないこと 従って一般の試薬と同様の取り扱いと長期保存が可能であること さらに分子プローブの合成にサイクロトロンなどの大型設備が不要であることなど 多くの利点を有している また モノアミン アミノ酸 ペプチドなどの高次脳機能制御の対象物質は 炭素と窒素から構成されているため C 核または 15 N 核を合理的に配置したプローブを設計すれば 原理的にこれらの物質にも適用可能であり その意味で本手法の汎用性は高い 以上の結果を纏めた学術論文を ChemistryOpen 誌に投稿し 受理された 要約脳内ホルモン代謝は 種々の精神疾患やパーキンソン病の発病機構に密接に関連し その代謝反応および薬剤効果を直接解析する新しいツールの開発は パーキンソン病治療薬の薬効予測や精神疾患解明に繋がる 本研究では マウスにおける脳内ホルモンの代謝プロセスを直接 その場 で直接解析できる革新的脳機能モニタリングツールの開発を目的として研究を行い l-dopaから神経伝達物質であるドーパミンへの代謝反応を追跡可能な安定同位元素ラベル化代謝プローブ ( C/ 15 N l-dopa) の開発に成功し マウス脳組織内における本プローブの脱炭酸代謝反応および臨床薬剤の阻害効果を三重共鳴 NMR 法を用いて直接評価することに成功した 文献 1. Youdim, M. B. H; Edmondson, D.; Tipton, K. F. Nat. Rev. Neurosci. 7, 295-309 (2006). 2. Whitfield, A. C.; Moore, B. T.; Daniels, R. N. ACS Chem. Neuroscience. 5, 1192 1197 (20). 3. Riederer, P.; Lachenmayer, L.; Laux, G. Curr. Med. Chem. 11, 2033 2043 (2004). 4. Yamada, H.; Mizusawa, K.; Igarashi, R.; Tochio, H.; Shirakawa, M.; Tabata, Y.; Kimura, Y.; Kondo, T.; Aoyama, Y.; Sando, S. ACS Chem. Biol. 7, 535 542 (2012). 5. Yamada, H.; Hasegawa, Y.; Imai, H.; Takayama, Y.; Sugihara, F.; Matsuda, T.; Tochio, H.; Shirakawa, M.; Sando, S.; Kimura, Y.; Toshimitsu, A.; Aoyama, Y.; Kondo, T. J. Am. Chem. Soc. 7, 799 806 (2015). 6. Yamada, H.; Hasegawa, Y.; Suzuki, Y.; Imai, H.; Matsuda, T.; Kimura, Y.; Toshimitsu, A.; Aoyama, Y.; Kondo, T. Bioorg. Med. Chem. Lett. 2015, 25, 2675 2678 (2015). 7. Yamada, H.; Kameda, T.; Kimura, Y.; Imai, H.; Matsuda, T.; Sando, S.; Toshimitsu, A.; Aoyama, Y.; Kondo, T. ChemistryOpen 5, 125 128 (2016). 116