咀嚼力に関する研究 Ⅰ 概要群馬県高等歯科衛生士学院の生徒 51 名に協力していただき オクルーザルフォースメーター ( 咬合力測定器 ) を用いて咬合力を測定し 歯型から歯列幅を測定した そしてその測定結果と 生活様式や口腔の状況についてのアンケートの結果について考察した 歯列幅と咬合力に直接の相関は見られなかったが 食べ物と咬合力 叢生と咬合力についてはある程度の差を確認することができた Ⅱ 研究動機小学生のころ 弟たちに比べ噛み切る力が弱かった私は 親によく 小さいころに硬いものを食べなくて顎が小さいから噛む力が弱いんだ と言われていた 比べてみると私の家の兄弟間では噛む力が強い弟の歯列幅のほうが大きく 確かに噛む力と顎の幅が関係しているように見えた また 現代人は食生活の変化により 食事のときの咀嚼回数が減り 顎が小さくなり 噛む力も昔に比べ劣ってきていると言われている そこで 歯列の大きさと噛む力には関係があるのではないかと考え 咀嚼力と関係があるのは何なのか調べてみることにした Ⅲ 研究方法 1 文献研究噛む大切さを訴えてロッテなどが全国で実施しているイベント しっかりかんで健康家族 と筑波大学の鈴木正成教授 ( 運動栄養学 ) のグループが取り組んでいる ガムカムダンベル体操 の 3 歳から97 歳までの2064 人の参加者を対象とした調査によると 噛む力は幼児期から年齢とともに上昇し 男女とも40 代でピークを迎えその後降下しているが 噛む力が強い人ほど明らかに握力も強いことが分かり ダンベル体操によって咀嚼力が向上したという結果が報告されている また 山口県立大学の眞竹昭宏主教授は 男性の顔面の形態計測値 ( 耳珠間幅 下顎角幅など ) は咬合力と相関があるという論文を発表している 2 実験方法 (1) 前橋市歯科医師会より借用した歯科用咬合力計 オクルーザルフォースメーター ( 図 1) を用いて 群馬県高等歯科衛生士学院の生徒 51 名の咬合力を測定した 上記の鈴木教授の実験では 被験者に 1 分間ガムを噛んでもらい そのガムの中に残る糖分濃度の濃さで咀嚼力を測っていた つまり この実験では 効率よく噛めること= 咀嚼力が高いこと としていた しかし 糖度の濃さと咀嚼力の強さの判断基準がわからないことなどから 今回私は咀嚼力を咬合力に図 1
置き換えて実験してみることにした (2) 咬合力を測定してもらった生徒の歯の石膏模型を用いて 歯列の幅を測定した 歯列の幅を考える基準としては歯槽基底長径や歯槽基底幅径などの 4 つの項目があるが 今回の実験での歯列の幅の基準は ノギスで測定することができる歯列弓幅径 ( 歯列の幅 ) と歯列弓長径 ( 歯列の奥行き ) ( 図 2) を用いることとし 数値の比較をした (3) 咬合力と関係があるのではないかと予想される握力を測定してもらい 生活習慣や口腔の状況についてはアンケートで調査した 図 2 Ⅳ 実験結果と分析 1 測定結果 アンケート集計 回答数 51 人 1 現在運動をしているか 運動はしていない 27 運動経験あり 19 現在も運動している 5 2 朝食の摂取状況 毎日食べる 40 ぬく事もある 6 食べない 5 3 乳児期は母乳か哺乳瓶か 母乳 40 哺乳瓶 10 混合 1 4 硬いものをたべていたか よく食べていた 42 食べていない 9 5 口呼吸か鼻呼吸か 口呼吸 7 鼻呼吸 43 (1) 測定平均値測定人数 51 人 歯列弓幅径 上顎 41.4 cm 下顎 3.44 cm 歯列弓長径 上顎 3.57 cm 下顎 3.00 cm 咬合力 41.4kg 握力 26.7kg (2) むし歯 むし歯あり 35 人 むし歯なし 16 人 平均本数 2.24 本 (3) 叢生出現率 12 人 23.59%
2. 結果の分析 (1) 握力と歯列弓幅径 長径の関連まず歯列弓幅の大きい順に並べて基準のグラフとし 歯列の幅 握力 咬合力と比較してみた 咀嚼力と握力の間に関係があるとするならば 握力と咬合力 握力と歯列幅の間にも何らかの関係があるのだろうと予測を立てたが 特に関係は見られなかった cm 4.5 4.0 3.5 3.0 歯列弓幅径上下平均 ( 歯列の幅 ) 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 32 33 34 35 36 37 38 39 40 41 42 43 44 45 46 47 48 49 50 51 cm 4 3.5 3 2.5 2 歯列弓長径上下平均 ( 歯列の奥行き ) 1 2 3 4 5 6 7 8 9 1011121314151617 1819202122232425262728293031323334 353637 38 39 40 41 42 43 44 45 46 47 48 49 50 51 kg 100 咬合力平均 50 0 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10111213141516171819202122232425262728293031323334353637 38 39 40 41 42 43 44 45 46 47 48 49 50 51 kg 握力平均 3 1 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 32 33 34 35 36 37 38 39 40 41 42 43 44 45 46 47 48 49 50 51
(2) 食べ物と咬合力アンケートで 小さいころから硬いものを食べていた と答えた人と 食べていない と答えた人とを分けて咬合力 握力を比較したところ 食べていたと答えた人の咬合力のほうが 5.6kN 高く 硬いものを食べることと咬合力の間には関係があることがわかった しかし 握力ではあまり差は見られなかった 小さいころから硬いものを食べていた人は 特に成長期に顎の筋肉を鍛えることができたため 咬合力が高くなったのではないだろうか kg 硬いものを食べたかと咬合力 4 39.3 食べなかった食べた 3 33.7 3 26.3 25.7 2 1 1 咬合力平均 握力平均 また 硬いものを食べている人のほうが歯列幅も大きいのではないかと予想したが 硬いものを食べていた人の歯列幅の平均値 3.1cm 食べていなかった人の平均値 3.0cm と あまり差は見られなかった (3) 叢生 ( 歯並びが悪いこと ) と咬合力歯型の測定をしたときに叢生が見られた人とそうでない人の数値を比較したところ 叢生が見られた人はどの場所でも全体的に歯列幅が小さかった 咬合力も叢生がない人に比べ 5.51kN も小さいことがわかった 叢生の有無と歯列の大きさ叢生の有無と咬合力 握力 cm 叢生なし叢生あり kg 叢生なし叢生あり 5 45 4.17 42.7 4.03 4 40 37.2 3.51 3.58 3.52 35 4 3.23 3.06 30 3 25.9 2.83 24.9 25 3 20 2 上顎幅下顎幅上顎奥行き下顎奥行き 15 咬合力平均握力平均 (4) むし歯の有無と咬合力意外なことに むし歯がある人のほうが咬合力 握力ともに強かった スポーツ選手にはむし歯が少ないと聞いているため むし歯があるとかみ合わせが悪くなったりして咬合力が落ちると予想していたが 全く逆の結果となった kg むし歯の有無と咬合力 握力 歯列の大きさ 4 42.8 38.5 3 3 24.8 26.1 2 1 1 咬合力平均 握力平均 むし歯なし むし歯あり
調査人数が少ないのが原因かもしれない (5) 母乳か哺乳瓶か母乳で育った人と哺乳瓶で育った人とを比較した これは 主に哺乳瓶で育った私と 母乳で育った弟の違いを考えて加えた項目であるが 歯列幅 咬合力 握力と どの値をとってもまったく差が見られなかった (6) 運動経験と咬合力運動をしていない人 運動をしていたことがある人 今でも運動を継続している人の 3 パターンに分けて比較したところ 運動をしていない人と運動をしていたことがある人の間には差が見られなかった しかし 運動を続けている人は 歯列幅と咬合力の間にきれいな相関関係が見て取れた また握力と歯列幅の間にも関係があるようにも見える 全体的な差としては やはり運動している人のほうが握力が強く 咬合力も少し高かった 50 40 30 20 10 0 母乳か哺乳瓶課の違い歯列幅 (cm) 咬合力 (kn) 握力 (kg) 3.6 3.7 42.041.0 25.9 25.5 歯列幅平均咬合力平均握力平均 母乳 運動経験と握力 咬合力 37.61 38.14 35.91 3 哺乳瓶 25.6525.78 28.50 咬合力平均握力平均 運動 1 運動 2 運動 3 運動なし群握力 3 3 2 1 1 2.00 2.50 3.00 3.50 4.00 4.50 過去運動群握力 3 1 運動継続群握力 3 1 運動なし群咬合力 1 10 8 6 過去運動群咬合力 1 10 8 6 1 10 8 6 運動継続群咬合力
Ⅴ まとめデータを比較した結果 咬合力と歯列幅の間に直接的な関係は見られなかったが 小さい頃から硬いものを食べていた人は咬合力が大きいことがわかった これは 眞竹教授の論文にもあるように 咬合力は構造上の関係ではなく 顎のまわりの筋肉によって決定されるのではないか ということと一致する つまり噛む習慣をつけて筋肉を鍛えれば咬合力はあがるということになる しかし 歯列幅が小さい叢生の人の咬合力が小さいという結果と 運動をしている人の中では 歯列の幅と咬合力との間に相関関係が見られたことから 私は 歯列幅は筋肉ほどではないが 何らかの形で咬合力に影響する要素なのではないかと思う 今回の実験の反省点は 調査する人数が少なかったことと オクルーザルフォースメータに最大値の記録機能がないこと オクルーザルフォースメータに慣れていなかったことでデータが不十分だったことである 次回機会があれば 咬合力についてもっと深く研究してみたいと思う Ⅵ 謝辞 参考文献 協力前橋市歯科医師会 群馬県高等歯科衛生士学院の松本先生をはじめとする先生方 生徒の皆さんにはお忙しいところ 快くご協力いただきありがとうございました 参考文献しっかり噛んで健康家族 http://kk.kyodo.co.jp/iryo/news/0106kamu.html 鈴木教授の論文内容要旨 http://www.kyusyu-id.ac.jp/kid/library/doctor/2003/yousi/k071.html