機能性ディスペプシアの最近の話題 大島忠之 三輪洋人 要旨 機能性消化管障害の1つである機能性ディスペプシア (functional dyspepsia:fd) とHelicobacter pylori(h. pylori) 感染胃炎が保険診療病名となったことでFD 診療は大きく変化した. これまで慢性胃炎として扱われてきた胃炎の概念は, このFDとH. pylori 感染胃炎の2つに集約されつつある.FDの病態として胃適応性弛緩障害, 胃排出障害, 知覚過敏などの関与が明らかとなり, 最近では十二指腸の炎症や小腸内細菌増殖までが病態に関与している可能性が指摘されている.FDにおけるH. pyloriの関与は大きくないものの,h. pylori 陽性者では除菌治療が保険診療で認められるため, まず除菌治療を先行させることが可能となり, 酸分泌抑制薬, 消化管運動機能改善薬, 漢方薬, 抗不安薬などを患者個々の状態に合わせて使い分ける時代となったといえる. まだまだ不明な点が多いFD 診療ではあるが, 概念の再構築などを通して, 病態整理を行うとともに, ディスペプシア症状発現の予防と制御を目指したさらなる診断法と治療法の開発が期待される. 日内会誌 104:2428~2435,2015 Key words Helicobacter pylori 感染胃炎,Helicobacter pylori 除菌治療, 機能性ディスペプシア, 胃酸分泌, ガイドライン はじめに近年の消化器病学の進歩は著しく, 機能性消化管障害 (functional gastrointestinal disorders: FGIDs) の1つである機能性ディスペプシア (functional dyspepsia:fd) の概念, 病態や治療は大きく変化した. ディスペプシアは, 日常診療において非常に多く遭遇する症状であり, ディスペプシア症状の頻度は実に一般住民の 20% に及ぶとされている ( 表 ) 1). 器質的疾患のないFDは現在, 世界的にRome III 基準によって定義されており, 食後の膨満感, 早期飽満感, 心窩部痛, 心窩部灼熱感のうち1つ以上の症状を有する患者で,6 カ月以上前から症状があり, 最近 3カ月間は上記の症状があり, 症状の原因となる器質的疾患が確認されないものとされている. また, 食後愁訴症候群 (postprandial distress syndrome:pds) と心窩部痛症候群 (epigastric pain syndrome:eps) に亜分類され, 胸やけや嘔吐は別のカテゴリーに分類されている. これまで慢性胃炎として扱われてきた胃炎の概念は,FDとHelicobacter pylori(h. pylori) 感染胃炎が新たな保険診療病名となったことでこの2つに集約されつつある ( 図 1). H. pylori 感染胃炎は症状の有無にかかわらず,H. pyloriの存在によって診断される病名である. 一方, 機能性ディスペプシア (FD) は,H. pyloriの有無にかかわらず症状の原因となる器質的疾患や代 兵庫医科大学内科学消化管科 The Cutting-edge of Medicine;Recent topics of functional dyspepsia. Tadayuki Oshima and Hiroto Miwa:Division of Gastroenterology, Department of Internal Medicine, Hyogo College of Medicine, Japan. 2428 日本内科学会雑誌 104 巻 11 号
表 Rome Ⅲ 基準での FD の頻度 Study UD/FD Subject group Prevalence(%) Sample (%) a (Method of data Country Age size collection) Overlap UD FD EPS PDS IBS (FD/IBS) M F Aro 2009 1001 GP(Postal) Sweden 20-80 20.2 15.7 5.2 12.2 - - 13.5 26.5 Barzkar 2009 18180 GP(Interview) Iran 16-80 8.5 - - - 8.3-6.1 10.9 Kaji 2010 2680 Health check-up Japan mean 40 10.0 - - - 14.2 3.4 - - Noh 2010 2388 Health check-up Korea mean 43-8.1 - - 10.1 - - - Zagari 2010 1033 GP(Postal) Italy 32-84 15.1 11.0 8.8 6.3 - - 12.5 17.8 Chang 2012 4275 GP(Interview) Taiwan 19<_ 5.3 - - - 4.4 0.3 4.4 6.3 Choung 2012 3517 GP(Postal) USA mean 61 9.8 - - - 19.4 5.2 6.2 12.8 Mak 2012 2011 GP(Telephone) China 15-65 8.0-0.9 6.9 - - 6.9 8.9 Matsuzaki 2012 8038 GP(Internet) Japan 20-65 12.8 7.0 2.3 6.2 - - 6.6 7.3 Miwa 2012 15000 GP(Internet) Japan 20-79 6.5 - - - 14.0 3.0 M<F Kim 2014 3399 Health check-up Korea 15-98 - 20.4 9.5 13.9 - - 17.5 24.0 Min 2014 5000 GP(Telephone) Korea 20-69 7.7-4.2 5.6 3.5 1.9 5.9 9.5 Perveen 2014 3000 GP(Interview) Bangladesh 15-97 8.3-6.0 6.8 12.9 3.5 8.7 8.0 Rasmussen 2014 47090 GP(Internet) Denmark 20<_ 7.7 - - - 10.5 2.9 6.4 8.8 UD:uninvestigated dyspepsia,fd:functional dyspepsia,eps:epigastric pain syndrome,pds:postprandial distress syndrome, IBS:irritable bowel syndrome,gp:general population.-:not assessed, a :prevalence in male(m)and female(f)(%), including the calculated data from papers. (Oshima T, et al:j Neurogastroenterol Motil. 21:320-329,2015 より引用改変 ) < これまでの慢性胃炎 > < これからの診断 > 組織学的胃炎形態学的胃炎症候性胃炎保険診療病名 慢性胃炎 H. pylori 感染によって診断される H. pylori 感染胃炎 症状によって診断される 機能性ディスペプシア 図 1 機能性ディスペプシアと H. pylori 感染胃炎これまでひとまとめに扱われていた慢性胃炎は, これからは大きく機能性ディスペプシアと H. pylori 感染胃炎に分けられる. 謝性疾患がなく, 慢性的な上腹部症状によって診断される病名である. 当初ディスペプシア症状を有するH. pylori 感染胃炎は,FDに含まれていたが,H. pylori 感染による慢性胃炎は, 器質的疾患であることから, 機能性消化管疾患診療ガイドライン2014 機能性ディスペプシア (FD) の中でも,H. pylori 除菌治療後 6~12カ月以上症状が消失 改善している場合には,H. pylori 関連ディスペプシアとして定義されている 2). FD 診療ガイドラインが作成されて1 年が経過したことで, 専門医の間ではFDに対する一定の認識が深まってきたのではないかと思われるが, まだまだ一般医家におけるこの疾患名の認知度は高くないようである. 本稿ではこのFDの病態と治療について最近の知見を含めて概説することとする. 日本内科学会雑誌 104 巻 11 号 2429
1.FDの病態 FDの病態については近年精力的に検討がなされ, これまでに明らかとなってきている病態メカニズムとして, 胃適応性弛緩障害, 胃排出障害, 胃 十二指腸知覚過敏があり, 要因とし 3) ては胃酸,H. pylori 感染, 心理社会的因子, 感 4) 染, 食事, 遺伝的素因の関与が挙げられている. 1) 食後の胃適応性弛緩障害食物が胃内に流入したときに胃底部は, 胃内圧を上昇させることなく拡張する. これを胃適応性弛緩反応と呼び, 胃内容積を増加させて食物をいったん胃内に貯留させるための重要な生理機能である. この胃適応性弛緩反応はFDの約 40% で障害されているとされ, 通常量の食事を食べられずRome III 基準でいう早期飽満感などのPDS 症状に関与していると考えられている. 胃適応性弛緩反応障害のメカニズムはいまだ明らかでないが, 一酸化窒素 (nitric oxide:no) 合成酵素阻害薬や不安ストレスにより適応性弛緩が障害され, 食後の飽満感がみられることからNO 神経の障害や不安などの精神神経要因が関与していると考えられている. 2) 胃排出障害胃排出遅延のあるFD 患者では, もたれ感が多い傾向があり, 液体食の排出遅延と胃の圧に対する知覚過敏に相関があると報告されている. また, 食後のもたれ感と嘔吐が固形食の胃排出と関連があるとも報告されている. しかし, 胃排出遅延のある患者では嘔吐や疼痛も多く, もたれ感は胃排出遅延の特異的な症状ではない. さらにFDにおける胃排出遅延の割合は,23% 程度と必ずしも高くなく, 胃排出遅延の程度と症状の強さは相関していない. 一方, 一部のFD 患者では食物の早期胃排出を認め, 十二指腸の急速な拡張により反射的に胃排出にブレーキがかかり, 結果的に胃排出遅延 症状強度総スコア (cm min) 350 300 250 200 150 100 50 0 FD (HCl) 図 2 胃酸注入による症状発現胃内に酸を注入することによって発生する症状強度の総合スコアを比較するとFD 患者に酸を注入したときに最も症状発現が強い. FD: 機能性ディスペプシア,HC: 健常者,HCl: 酸注入,Water: 水注入. ** p<0.01 vs. FD(Water), p<0.05 vs. HC(Water), p<0.01 vs. HC(HCl) (Oshima T,et al:aliment Pharmacol Ther 35:175-182, 2012) となる. この早期胃排出は, 少量の食事摂取のみで満腹感が発生し, もたれ感の原因とされている. 3) 内臓知覚過敏 ** FD (Water) HC (HCl) HC (Water) 胃 十二指腸は, 内臓神経を介して化学刺激や伸展刺激を感知する. これらの刺激は後根神経節を介して脊髄を上行し, 自律神経が両側性の神経支配を受けているため心窩部正中に対称性に非限局的な痛みとして感受される. 一部の FD 患者ではこの知覚機構に何らかの異常があると考えられており, 胃前底部に塩酸を投与すると20~40% のFD 患者で痛みを訴える. 一方, 我々は,FD 患者の胃内に酸を投与すると, 痛みではなく胃もたれ, おなかの張りなどの症状が健常者に比べてより強く出現することを示した ( 図 2) 3). また,FD 患者では十二指腸内で酸曝露が増加しており,FD 患者で十二指腸内に酸を投 2430 日本内科学会雑誌 104 巻 11 号
FD Control 10 図 3 FDにおけるSIBO ( ラクツロース水素呼気テスト ) FD: 機能性ディスペプシア,Control: 健常者, SIBO: 小腸細菌異常増殖 (Costa MB, et al:arq Gastroenterol 49:279-283,2012より作図 ) 与すると十二指腸のクリアランスと運動が低下する. さらに十二指腸内に脂質投与を行うと胃拡張刺激に対して知覚過敏となる,CCK-A(cholecystokinin-A) 阻害薬やリパーゼ阻害薬は十二指腸内脂質投与中の胃拡張刺激によるディスペプシア症状発現を抑制することから,FDの病態の 1つとして十二指腸の脂質に対する知覚過敏があり, 高脂肪食でよりディスペプシア症状が出現することと関係があるかもしれない. 4)H. pylori 感染 H. pylori 感染は, 胃酸分泌能, 慢性胃粘膜炎症, 感染後の胃 十二指腸粘膜の変化を介してディスペプシア症状に影響を与えている可能性がある.H. pyloriは, ガストリン産生を上昇させ,H. pylori 感染のあるFD 患者では胃酸分泌やガストリン値が高いとの報告もある. 胃酸分泌能は, 除菌後 6~12カ月で正常化することから, 症状消失には除菌後 1 年程度要すると考えられる. さらに, 胃粘膜炎症については, 好中球の浸潤は除菌によって急速に改善するが, リンパ球浸潤の改善には, 数カ月から年単位を必要とし, 胃炎の程度とディスペプシア症状の改善はH. pylori 除菌後 1 年程度で評価す 11 13 0% 20% 40% 60% 80% 100% SIBO- SIBO+ 0 る必要がある. 実際に, ディスペプシア症状消失率は, 除菌後の胃炎程度が軽度である方が高い. H. pylori 感染と知覚過敏の関係については, 伸展刺激に関していくつかの検討がなされているものの, 明らかな関連は指摘されていない. 胃適応性弛緩反応に対するH. pylori 感染の影響は明らかでない. 一方, 胃排出能に対するH. pylori 感染の影響については, 胃排出が遅延しているという報告と関与していないとの報告があり, 一定の見解が得られていない. またH. pylori 除菌 1 年後に再度胃排出能を検討しても改善がないことも報告されている. これらのことは,FDには種々の病態が含まれており,H. pyloriだけでは病態を説明できないことを示している. 2. 腸内細菌叢とFD 現在,FDは胃 十二指腸領域に由来すると考えられるディスペプシア症状によって定義されているが, 最近, 小腸内細菌叢が腹部症状発現に影響を与えていることが指摘されており,FD においてもこの小腸内細菌叢の変化が検討され始めている.Costaら 5) は, ラクツロースを用いた水素呼気テストでFD 群の56.5% に陽性, すなわち小腸細菌過剰増殖症 (small intestinal bacterial overgrowth:sibo) があることを明らかとした ( 図 3).SIBO の診断における呼気テストの精度については依然議論がなされているが,FD の症状発現においてもSIBOが関与している可能性を示している. これはFDの概念を変える可能性があり, 大変興味深い. 3. 感染後 FD 以前から過敏性腸症候群 (irritable bowel syndrome:ibs) では, 急性感染性腸炎後に腹部症状が残存する患者が多いことから, 感染後 IBSと 日本内科学会雑誌 104 巻 11 号 2431
Blum et al, 1998 McColl et al, 1998 Koelz, 2003 Talley et al (Orchid Study), 1999 Talley et al (USA), 1999 Miwa, 2000 Malfertheiner et al, 2003 Bruley Des Varannes et al, 2001 Froehlich et al, 2001 Koskenpato et al, 2001 Gisbert et al, 2004 Hsu, 2001 Veldhuyzen van Zanten et al, 2003 González Carro, 2004 Martínek, 2005 Ruiz García et al, 2005 Mazzoleni et al, 2006 Mazzoleni et al, 2011 Combined [Random] 0.92 (0.81-1.03) 0.85 (0.76-0.93) 0.95 (0.80-1.11) 0.96 (0.87-1.05) 0.94 (0.82-1.07) 0.90 (0.70-1.17) 0.95 (0.86-1.06) 0.83 (0.68-1.00) 0.98 (0.86-1.12) 0.93 (0.79-1.08) 0.76 (0.41-1.53) 0.93 (0.65-1.33) 0.89 (0.70-1.13) 0.69 (0.47-0.99) 0.56 (0.22-1.30) 0.72 (0.57-0.88) 0.91 (0.76-1.06) 0.82 (0.70-0.97) 0.91 (0.87-0.94) 0.2 0.5 図 4 H. pylori 除菌治療による FD 症状の改善 (Moayyedi P:Arch Intern Med 171:1936-1937,2011) RR (95% Cl) 1.0 2.0 いう概念が確立されているが,FDでも同様に急性感染症の後にディスペプシア症状が持続することがあることが報告されている. サルモネラ感染後のディスペプシア症状発生はオッズ比 5.2, ノロウィルス感染一年後に空腹時痛がある頻度は, オッズ比 5.77と報告されている 6). さらに感染後 FDでは, 十二指腸の好酸球やマクロファージを含む炎症細胞浸潤の関与が指摘されている.H. pylori 除菌治療後にディスペプシア症状が残存する場合,H. pyloriの慢性感染後に残存する胃, 十二指腸粘膜の残存炎症細胞浸潤がその症状発生に関わっている可能性も考えられるが, 現時点ではH. pylori 除菌成功後に1 年以上長期に残存するディスペプシア症状には,H. pyloriが関わっていないと解釈されている. これには感染後に発生するとされる腹部症状は, 急性感染によるものであり, 慢性感染が排除された後に症状が持続するという概念がこれまでにないことの影響もあろう. 4.FD 治療 1)H. pylori 除菌治療の役割 FDの治療としてまず行うべきことは,H. pylori 感染の有無を確認し, 陽性の場合には,H. pylori 感染胃炎が保険診療で除菌治療の対象であるため, まず除菌治療を行うことである. ただし, 除菌治療により症状改善が得られるのは一部であることを念頭に置いて治療を行う必要がある. これまでH. pylori 除菌治療によるディスペプ 2432 日本内科学会雑誌 104 巻 11 号
70 60 50 * プラセボ * 100 mg t.i.d アコチアミド * 有効率 (%) 40 30 20 10 0 Phase Ⅱb Japan, EPS Phase Ⅱb Japan, PDS Phase Ⅱb Europe EPS (assessed by GSOA) Phase Ⅱb Europe PDS (assessed by GSOA) Phase Ⅲ Japan, PDS Long-term Japan, PDS 図 5 アコチアミド臨床試験 EPS: 心窩部痛症候群,PDS: 食後愁訴症候群,GSOA:global subject outcome assessment,t.i.d.:1 日 3 回, * :p<0.05 vs. プラセボ (Altan E, et al:expert Rev Gastroenterol Hepatol 6:533-544,2012 より引用改変 ) シア症状の改善効果については相反する報告がなされているが,Moayyediらによりメタ解析がなされており,2011 年には現在用いられている Rome III 基準によって診断されたFDに対するH. pylori 除菌治療効果の報告を加え,18 編でのメタ解析がなされ, 必要治療数 (number need to treat:nnt) は現在のところ13となっている ( 図 4) 7). 2) 酸分泌抑制薬 H. pyloriが陰性の場合や除菌でディスペプシア症状が改善されない場合には, 酸分泌抑制薬あるいは消化管運動機能改善薬を第一選択とする. FDに対する酸分泌抑制薬の効果は, これまでに質の高いメタ解析がなされている.H2 受容体拮抗薬 (H2RA) は, プラセボに対して22% の上乗せ効果があり, 一方 PPI(proton pump inhibitor) では,14% の上乗せ効果があるが, 半量, 常用量, 倍量で効果に差がない. 心窩部痛, 食後膨満感や早期飽満感がある場 合に比べて心窩部灼熱感がある場合には, 異常胃食道逆流のある可能性が高く,PPI の効果が高い. さらにEPSとPDSでは,PPIの効果に差がないとされている. これらデータから今後薬剤効果を検討する場合,FDと胃食道逆流症(gastro- esophageal reflux disease:gerd) を区別し, EPSとPDSを分類するだけでなく, それぞれのディスペプシア症状と治療効果との関係を検討し, それぞれの病態を明らかにしていく方が良い可能性もある. すなわち胸やけや呑酸などの GERD 症状の併存や心窩部灼熱感の存在が,PPI が有効である指標となる可能性がある. 3) 運動機能改善薬アコチアミドは, アセチルコリンエステラーゼ阻害作用とM1/M2ムスカリン受容体阻害作用を持ち, 胃排出障害を改善することでディスペプシア症状やQOL(quality of life) を改善すると考えられている. ヨーロッパと本邦で第 II 層, 第 III 層試験が行われ,PDSにおいて有効性が示されている ( 図 5) 8). これらデータから2013 年 日本内科学会雑誌 104 巻 11 号 2433
6 月にアコチアミドは, 初のFDに対する治療薬として保険収載された. ただし, この薬剤はPDS に対してのみ効果があり,EPSに対しては有効性が確認されていないことに注意する必要がある. 4) 酸分泌抑制薬と消化管運動機能改善薬以外の治療酸分泌抑制薬や消化管運動機能改善薬による約 4 週間の治療で効果が得られない場合には, 抗不安薬, 抗うつ薬, 漢方薬などの使用を考慮する. FDに対する抗不安薬や抗うつ薬のメタ解析では, 有効性が確認されているが, 出版バイアスの可能性も否定できない. またその効果発現メカニズムについては, うつの存在に依存せず, 知覚過敏には影響を与えないことから依然として明らかでない.5-HT1A 受容体活性化薬であるブスピロンは,FDに対する効果が示されており, そのメカニズムとして中枢性の作用と末梢の胃適応性弛緩反応への作用が考えられている. 我々は,5-HT1A 受容体活性化薬で抗不安薬であるタンドスピロンが,4 週間の治療で症状消失効果があることを明らかとしている 9). 漢方薬である六君子湯は, 運動不全症状を有する FD 患者の上腹部症状を改善し, 健常人では食後の胃底部拡張能を促進することが示されている. ただし, 本薬剤のエビデンスは未だ十分ではないため, 現在プラセボ対照二重盲検比較試験が進行中である. 5) 食事と生活環境本邦ではPDSと呼ばれる食後に症状を訴える群が, 欧米に比して多いことが指摘されており, 食事の調節を自ずと行っていると思われる. 食事刺激によって消化管は種々のホルモンを分泌する. コレシストキニン, グルカゴン様ペプチド 1(glucagon-like peptide-1:glp-1), ペプチドYYの分泌, グレリン分泌の抑制などがある.FD 患者で十二指腸に脂質を投与するとディスペプシア症状発現と血漿中 GLP-1 濃度に関連があることが報告されている. これは高脂肪食の制限, 食事回数の分割などが有効であることと関連があるかもしれない. また, お茶や生姜は症状抑制に働くとの報告もある. 禁煙, 禁酒, NSAIDs(non-steroidal anti-inflammatory drugs) 使用の制限は, 有効であると思われるが, 介入試験はこれまでに行われていない. FDの独立危険因子として不安やストレスが挙げられ, これらは,PDSと関連があるといわれている. これまで食事や生活環境に対する介入試験はほとんど行われていないため, 今後これらに対する臨床試験を行うことで介入効果の有無を明らかにしていく必要がある 10). おわりに FDが保険病名になったことでFD 診療の新しい時代が始まった. この病態や症状発現メカニズムの解明がさらに進めば, ディスペプシア症状に悩まされている多くの患者に, より効果的な治療法を提供できると考えられる. 著者の COI(conflicts of interest) 開示 : 三輪洋人 ; 講演料 ( アステラス製薬, アストラゼネカ, エーザイ, ゼリア新薬工業, 第一三共, 武田薬品工業 ), 研究費 助成金 ( アステラス製薬, 小野薬品工業, ツムラ ), 寄附金 ( アステラス製薬, アストラゼネカ, エーザイ, 大塚製薬, 第一三共, 武田薬品工業 ) 2434 日本内科学会雑誌 104 巻 11 号
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