症例報告 関西理学 12: 87 93, 2012 吉田拓真 1) 山下貴之 1) 石濱崇史 2) Physical Therapy for a Patient who Had Difficulty Walking due to Pain-defense Contraction of the Right Knee Joint after Total Knee Arthroplasty Takuma YOSHIDA, RPT 1), Takayuki YAMASHITA, RPT 1), Takashi ISHIHAMA, RPT 2) Abstract We performed physical therapy for a patient who had great difficulty with walking due to pain-defense contraction of the right knee joint after total knee arthroplasty (TKA). This patient had much trouble restoring knee range of motion (ROM), even after TKA, because of a long period of suffering from pain in the right hip joint which limited the ROM. When walking, he could hardly move his knee joint and always showed knee flexion; his right hip joint was bent and his trunk leaned forward. He could not perform internal rotation of the right hip in the right stance phase. Instead, he elevated the left scapula and the left side hip joint and executed external rotation of the right side hip joint. We thought these problems resulted from limitation of ROM of the right knee joint, and we prescribed some exercises for ROM. Subsequently, ROM of the right knee joint and the joint position sense improved a little, but the patient still bent his right knee joint and showed no improvement of walking. After rethinking these problems, we concluded that we should provide therapy considering his habits before TKA. We set the bed in front of his trunk after he leaned against the bed because of relief of muscle hypertonia and position sense of knee joint. We asked the patient to lean against the bed to try and lengthen his hamstring. Subsequently, he showed less, compensatory motion of the trunk and pelvis, and internal rotation of the right hip joint gradually became possible, easing his walking difficulty. We have received the patient s consent to publication of this report. Key words: total knee arthroplasty, position sense, muscle hypertonia J. Kansai Phys. Ther. 12: 87 93, 2012 右膝関節の疼痛により防御性収縮が強く 歩行の実用性が低下していた右人工膝関節全置換術 ( 以下 TKA) 後の症例の理学療法を経験した 症例は TKA 後において 術後の炎症反応による疼痛の防御性収縮だけでなく 術 1) 田辺中央病院リハビリテーション部 2) 田辺記念病院リハビリテーション部受付日平成 24 年 4 月 10 日受理日平成 24 年 9 月 21 日 前からみられていた筋緊張の亢進により 右膝関節は屈曲位となっていた そのため関節可動域 ( 以下 ROM) の改善には至らず 歩行の実用性獲得に難渋した このような症例に対し術後の問題だけでなく 術前から筋緊張を亢進させている習慣性に対して 理学療法を実施した その結果 右膝関節の疼痛および ROMが改善したこと Department of Rehabilitation, Tanabe Central Hospital Department of Rehabilitation, Tanabe Memorial Hospital
88 吉田拓真, 他 で筋緊張の亢進が軽減し 歩行の実用性の向上が得られ たので報告する なお 本論文の作成に際し 趣旨を症 例に説明のうえ了解を得た 症例は 両変形性膝関節症と診断された 50 歳代の男性である 現病歴は X-10 年から右膝関節の疼痛が強く 他院にて両変形性膝関節症と診断された X-2 年に当院にて右膝関節の骨切り術を施行するが 右膝関節のROM と疼痛の改善には至らず X 年に右 TKAを施行した 術後 2 日目より理学療法開始となったが 疼痛によりROM の改善が得られず 術後 3 週の間に 3 回の授動術を施行した 理学療法開始にあたり荷重については 医師より全荷重許可の指示であった しかし 術後の歩行は疼痛のため数 m の距離でも近位監視が必要であり 病棟内の移動手段は車椅子移動であった 他の日常生活活動 ( 以下 ADL) は修正自立であった 術前の歩行は 連続歩行が30 分以上になると右膝関節の疼痛が悪化し 徐々に歩行速度は低下 交通機関に乗り遅れることもあった 症例の主訴は 体が揺れて上手く歩けない であり ニードは 歩行動作の安定性 速度 社会に容認される動作の向上 であった 1 体幹前傾 左側屈位 腰椎は過度に前弯し骨盤前傾位であり 左肩甲帯は挙上位 両肩関節は軽度屈曲位 両肘関節軽度屈曲位 両股関節屈曲 外転 外旋位 ( 右 > 左 ) 両膝関節屈曲位 ( 右 < 左 ) 左膝関節内反位を呈していた 3 1 1) 立位姿勢 ( 図 1) 体幹前傾 左側屈位 腰椎は過度に前弯し骨盤前傾位であった 左肩甲帯は挙上位 両肩関節は軽度屈曲位 両肘関節軽度屈曲位であった 両股関節屈曲 外転 外旋位 ( 右 > 左 ) 両膝関節屈曲位( 右 < 左 ) 左膝関節内反位を呈していた また 立位保持は右膝関節の疼痛により 10 分以上は困難であった 2) 歩行動作 ( 図 2) 右立脚相では右膝関節の屈曲 伸展がみられず 右膝関節屈曲位のままであった 右立脚初期から中期にかけて 右膝関節の膝蓋骨上部に疼痛を強く訴え 右股関節は外旋位のままで内旋がみられず 右肩甲帯の伸展とともに 左肩関節伸展と左肩甲帯挙上 伸展を同時におこない 体幹は左回旋しながら右側屈し 大きく右前側方へ傾斜した 少し遅れて骨盤左挙上させるとともに 左足関節底屈して踵離地となった その後 左膝関節屈曲位のまま 左股関節屈曲 外転 外旋 左足関節背屈して左下肢を素早く前方に振り出し 左足底が接地する前に体幹左側屈しながら左挙上位の骨盤が下制して 勢いよく足底から接地して左立脚相へ移行した この時の右立脚相では 右股関節の伸展がみられず 屈曲 外転 2 右立脚初期から中期では 右膝関節は屈曲位のままで右股関節は内旋がみられず 右肩甲帯を伸展させ 左肩関節伸展と左肩甲帯挙上 伸展を同時におこない 体幹左回旋 右側屈しながら 身体を右前側方傾斜させて体重移動をおこなっていた 外旋位のままで 振り出された左下肢は右下肢よりも前 方に振り出されることなく歩幅は短縮していた 左立脚 相では膝関節屈曲位から軽度伸展 ほぼ同時に左股関節 は屈曲 外転 外旋位から軽度伸展 内旋 少し遅れて 体幹は軽度左側屈 骨盤は軽度右挙上して 右下肢は股 関節を屈曲 外転 外旋位 膝関節屈曲位のまま 右下 肢を前方に振り出していた 歩行中の視線は下方を注視 し 歩行速度は 22.5 m/min であった 以上のように 体幹 が左右に傾斜するため ( 特に右側 ) 患者は 体が揺れて
89 3 上手く歩けない と訴え 歩行動作の安定性の低下や社会に容認されにくい動作方法を認め 歩幅の短縮もあり速度も低下していた 2 疼痛検査は 右膝関節にビジュアル アナログ スケール ( 以下 VAS)4 cmの安静時痛と8 cmの運動時痛がみられた CRPは3.91 mg/dl.( 正常域は0.00 ~ 0.30) であった 運動時痛は 右膝関節屈曲時に膝蓋骨上部 右膝関節前面の術創部に伸張痛を認めた 右膝関節伸展時ではハムストリングスに伸張痛を認めた 固有感覚検査は 右膝関節の位置覚重度鈍麻 (3/10) であった その他の関節に鈍麻は認めなかった 筋緊張検査は 筋緊張の亢進として 両側ハムストリングス 大腿直筋 大腿筋膜張筋 腸腰筋 外旋六筋 多裂筋 ( 全て左側よりも右側で亢進 ) 左僧帽筋上部線維 左腰方形筋に認められた 筋緊張の低下は右中殿筋に認められた ROM 検査 (P : Pain) は 右膝関節屈曲 70 P 伸展 25 P 右股関節屈曲 100 P 伸展 5 P 内旋 0 P 内転 20 外転 30 であった 徒手筋力検査 (MMT) は 右膝関節伸展 4 屈曲 4であった その他の筋に筋力低下は認めなかった 症例の右膝関節は 術後の炎症反応により安静時から疼痛の訴えが強く 防御性収縮としてハムストリングスと大腿直筋 腸腰筋の筋緊張を亢進させて膝関節と股関 節を屈曲位で固定させていた 症例は疼痛に対して非常に敏感であり 防御性収縮は他動での関節運動が困難となるほどの強さであった また膝関節屈曲時には膝蓋上嚢の癒着と術創部の皮膚の瘢痕化により伸張痛を認めていた 立位 歩行では 膝関節の疼痛による防御性収縮として ハムストリングスと大腿直筋 腸腰筋の筋緊張が亢進し 右膝関節を屈曲位で固定させていた また多裂筋の筋緊張を亢進させて 腰椎部は前弯を強め 両側股関節は屈曲 外転 外旋位となった このため 右立脚相では右股関節の内旋運動が乏しく 骨盤の側方移動を伴う体重移動が困難となっていた 股関節の内旋について 中村ら 1) は 立脚初期から中期にかけて 骨盤は垂直軸 水平面に関して回旋運動をし 股関節の内旋は立脚相初期に最大となると述べている 症例は股関節の内旋運動が乏しいことで骨盤の側方移動の代償として右肩甲帯を伸展させるとともに 左広背筋と左僧帽筋上部線維の筋緊張を亢進させ 左肩関節伸展と肩甲帯挙上 伸展を同時におこない 体幹左回旋 右股関節を屈曲 外旋により体幹を右前方傾斜させての体重移動となっていた このため 右下肢への体重移動が乏しく 遊脚される左下肢が立脚である右下肢を超えて振り出されることはなかった 患者からは 体が揺れて上手く歩けない との訴えがあり 歩行動作の安定性 速度の低下から 社会に容認されにくい動作となった ( 図 3)
90 吉田拓真, 他 理学療法は右膝関節の疼痛軽減と立位 歩行時の右膝関節屈曲位の改善 右立脚相での股関節内旋による骨盤の側方移動を伴う体重移動の獲得を目標に実施した また理学療法は術後 3 週が経過しながら 疼痛の訴えが強く術直後と比べても膝関節の ROMに改善が得られなかったことから 医師による硬膜外麻酔を実施した後 理学療法をすすめていくこととなった 具体的には以下のように理学療法を実施した 1) 術創部皮膚 皮下組織の短縮に対してダイレクトストレッチング伸張刺激により疼痛が発生するため 術創部の皮膚を短縮させたなかで皮膚の柔軟性を確保し 長軸方向と短軸方向にダイレクトストレッチングを実施した 2) 膝蓋上嚢のモビライゼーション膝蓋上嚢の癒着を改善させるため 皮膚上より深部に圧迫を加えていきながら 長軸方向へのモビライゼーションを実施し 膝蓋上嚢の弾力性回復を促した 3) ハムストリングス 大腿直筋 腸腰筋に対してダイレクトストレッチング関節運動では防御性収縮が強く出現するため まずはダイレクトストレッチングにより筋緊張の減弱を図った 具体的には上記対象筋に対して 治療者の手掌面をあてがい 小さい範囲でゆっくりと長軸方向へストレッチングを実施した 4) 右膝関節自動介助運動でのROM 練習 1) から 3) の治療により伸張性や可動性が改善された後 防御性収縮が起こらない範囲のなかで実施した 具体的には まず筋を短縮させるために膝関節と股関節を屈曲位にさせ その後ゆっくりと伸展方向に自動介助運動を繰り返しおこなった 5) 歩行練習疼痛に対して敏感であったため 平行棒内にて上肢で下肢への荷重を調節しながら 徐々に上肢での支持を外していき2 往復実施した 6) アイシング治療後の炎症反応を抑えるために アイスパックにてアイシングを30 分実施した 右膝関節の安静時痛はVAS にて3 cm 運動時痛はVAS にて6 cm に軽減し CRPは1.74 mg/dlに軽減した ハムストリングスと大腿直筋 腸腰筋の防御性収縮に減弱がみられた ROM 検査では制限が重度で残存しているものの右膝関節屈曲は80 伸展は 20 に改善した また右膝関節の位置感覚も中等度鈍麻 (4/10) へと改善がみら れた しかしながら 立位や歩行などの荷重場面ではハムストリングスや大腿直筋 腸腰筋の筋緊張は治療前と同様に亢進したままであり 他動運動時の抵抗感も残存していた また 膝が伸びているかわからない との訴えもあり 立位や歩行の右立脚相に変化は得られなかった 理学療法により 非荷重位では右膝関節の疼痛や筋緊張 関節可動域 関節位置覚に改善が得られるものの 荷重位では治療効果がいかされず 立位や歩行の右立脚相に改善を認められなかった そこで改善が認められなかった要因について 再考をおこなった 阪本ら 2) は術後の構築学的な関節再建だけでは 術前の異常な筋活動パターンはただちに改善しないと述べている 症例においても変形性膝関節症と診断され TKAを施行するまで約 10 年が経過していることから 術前の姿勢や動作の習慣性が術後の姿勢や動作に影響を与えているのではないかと考えた また 膝が伸びているかわからない という訴えにも着目をした 非荷重位では重度から中等度鈍麻に改善がみられたのに対し 荷重位では右膝関節の位置が全く感知できていないことから ハムストリングスの筋緊張の亢進している立位では 深部感覚に与える影響が強いのではないかと考えた ( 図 4) 以上より 理学療法では 術後の問題だけでなく術前からの姿勢や動作に着目するとともに 右膝関節の位置感覚にも主眼を置いた治療の展開が必要だと考え 理学療法の内容を変更して実施した 理学療法 1で充分な改善が得られなかった立位のなかで 筋緊張亢進の減弱と右膝関節の関節位置覚の改善を図った 肢位は立位にて前方に位置させたベッドに体幹を屈曲させてもたれさせ 下肢の閉鎖性運動を利用した 閉鎖性運動ついては 香川ら 3) は 膝関節位置覚は開放性運動よりも閉鎖性運動において正確に機能すると述べ 河村 4) は関節固有受容器への刺激 複合関節運動の学習などの利点を併せ持つと述べている そして膝関節への感覚入力をより意識化させるために 視覚からの情報を遮断させて治療をおこなった また姿勢 動作様式の習慣性として 腰椎前弯し骨盤の前傾を強めるため 体幹部のアラインメントが下肢のアラインメントに影響を及ぼさないように配慮した ( 図 5) 今回 硬膜外麻酔は 医師より授動術のなかで膝関節周囲の軟部組織の癒着が剥離したと判断され 理学療法 2 前後で使用はされなかった
91 4 5 理学療法 2では 症例の前方にベッドを配置させ ベッド上のクッションにもたれさせた肢位とした 治療者がハムストリングスを把持して長軸方向に伸張を加え 膝関節の自助介助運動をおこなった その後 右下肢をローラーボード上にのせ 右膝関節の伸展に合わせて 股関節を屈曲位から伸展 内旋方向の自動介助運動を実施した 1) ハムストリングスを把持し筋の伸張感を与えたなかで 膝関節の自動介助運動治療者はハムストリングス遠位部を把持して長軸方向に伸張感を与え 筋が伸ばされたという感覚入力を手がかりに膝関節の自動介助運動を実施した 2) ローラーボードを使用して股関節 膝関節屈曲位からの股関節伸展 内旋 膝関節伸展の自動介助運動下肢の運動を先導するために ローラーボードを用いた 右立脚相での股関節屈曲からの股関節伸展 内旋運動を想定して 1) と同様にハムストリングスの伸張感
92 吉田拓真, 他 ROM 検査は右膝関節屈曲 90 伸展 15 右股関節の伸 展 10 内旋 5 に改善し 他動運動時の防御性収縮も軽 減が得られ 抵抗感も減弱した を手掛かりに膝関節伸展と股関節伸展 内旋運動のなか でハムストリングスと大腿直筋 腸腰筋の筋緊張の減弱 を図った そしてこれらの筋の筋緊張減弱が得られてき たら 前方のベッドにもたれさせた体幹部を徐々に起こ し 同様に下肢の運動を繰り返しおこない 歩行練習へ と移行した 立位では 両膝関節の屈曲位は残存するものの軽減 両股関節屈曲 外転 外旋や腰椎の前弯 骨盤前傾 体 幹前傾 左側屈も軽減した 歩行では 右立脚相で右膝 関節の屈曲位での固定が軽減し 右股関節内旋 伸展に ともなう骨盤の右側方移動が可能となった その結果 左肩関節伸展と肩甲帯挙上 伸展により体幹を右前方傾 斜させての体重移動に改善が得られ 左遊脚下肢は右立 脚下肢を超えて振り出すことも可能になり歩幅も延長し た 患者の 体が揺れて上手く歩けない との訴えも少 なくなり 歩行速度も 22.5 m/min から 82 m/min と向上が みられ 歩行の安定性および社会に容認される動作 速 度についても改善が得られた また右立脚初期から中期 にかけて認めていた右膝関節の膝蓋骨上部の疼痛も軽減 し 歩行中の視線も下方を向くことなく可能となった ( 図 6) 6 右立脚相では右膝関節伸展がみられ 右股関節内旋 伸展にともなう骨盤の右側方移動が可能となった その結果 体幹左回旋 右側屈しながら 身体を右前側方に傾斜させる体重移動に改善が得られた 検査測定では 疼痛検査は 右膝関節の VAS は安静時 痛で 3 cm から 2 cm へ 運動時痛は 6 cm から 2 cm に改善 した 固有感覚検査は右膝関節の位置覚は中等度鈍麻 (6/10) に改善した 筋緊張検査はハムストリングスや大 腿直筋 大腿筋膜張筋 腸腰筋 外旋六筋 多裂筋の筋 緊張亢進は減弱した 右中殿筋の筋緊張低下は改善した 症例は 変形性膝関節症と診断されてから約 10 年が経過し 右 TKAを施行した50 歳代の男性である 歩行は 右膝関節や右股関節が屈曲位で固定されたままであり 右立脚相における股関節の内旋運動による骨盤の側方移動が不十分となっていた 代償として右肩甲帯を伸展させるとともに 左肩関節伸展と左肩甲帯挙上 伸展を同時におこない 体幹左回旋 右前側方傾斜して右側方に大きく重心移動をおこなう特徴的な歩容を呈していた 阪本ら 2) は 術前のアラインメント異常や運動パターンなどの影響によって 術前に異常な筋活動パターンが存在し 手術によるアラインメント正常化後もそれが残存すると述べているとともに 術後の構築学的な関節再建だけでは 術前の異常な筋活動パターンはただちに改善しないことを意味していると述べている 症例においても TKAを施行し3 週間が経過しているにもかかわらず 特徴的な歩容に大きな改善が得られていない要因は 術後の問題ではなく術前の運動パターンが強く影響を及ぼしていると考えられた 骨盤の側方移動について 中村ら 1) は正常歩行において 立脚初期から中期にかけては 骨盤は垂直軸 水平面に関して回旋運動をし 股関節の内旋は立脚初期に最大になると述べている また立脚初期から中期にかけては 股関節の前額面の内外転と矢状面での伸展も含めた複合運動がなされる 症例は歩行に必要な股関節の内外転の充分な可動域を有していた また股関節の伸展には関節可動域制限があったものの 膝関節屈曲 90 の可動域制限が残存していることを考えると立脚相での股関節の充分な伸展は得られにくく 股関節伸展よりも股関節内旋の制限が大きな問題ではないかと考えた そのため 股関節の内旋の制限が骨盤の側方移動を制限させている大きな要因であると判断した このため 体幹を右前方に傾斜させることで体重の移動を代償するが 本田ら 5) は 骨盤回旋量の減少が歩行時の重心側方移動を増大させると述べており 症例においても股関節内旋運動による骨盤の回旋が乏しいため 体幹を傾斜させ 側方への重心移動を大きくした歩行になっていると考えられた この歩行となっている要因として 右 TKA 施行後 関節痛は消失するものの右膝関節にみられている疼痛から 安静時においてもハムストリングスや大腿直筋 腸腰筋の防御性収縮により 膝関節と股関節を屈曲位で固定させていた 中西ら 6) は 術前の痛みの経験や記憶などの心理的要因が運動イメージを歪め 術後の痛みを発生させていると述べており 症例におい
93 ても関節痛が消失しているものの 防御性収縮が残存している要因として術前からの習慣性が強く影響を及ぼしているのではないかと考えた また 膝が伸びているかわからない との訴えもあり 感覚検査から右膝関節の位置覚は重度鈍麻であった 位置覚の重度鈍麻については TKAにより関節包 関節軟骨 関節半月 脂肪体などの関節受容器が切除され 残存している受容器は筋紡錘 皮膚 靭帯となったことや 筋緊張亢進が持続的におこなわれたことで筋の伸張性が低下し 筋紡錘も充分に位置覚の効果器と機能していない可能性も考えられた これらの問題点に対する理学療法において 1 疼痛による防御性収縮を出現させないこと 2 位置感覚を入力しながら習慣化した膝関節屈曲固定から脱却させることで 歩行の実用性向上が図れるのではないかと考えた 治療の肢位は 立位にて前方のベッドに体幹を屈曲しもたれさせ 多裂筋の筋緊張が減弱した状態とした また患部を視覚で確認できないようにしたことで 視覚による予測的な筋緊張亢進が起こらないように注意した 掛水ら 7) は 視覚の関与が種々の感覚系と作用し痛覚閾値を上昇させる可能性が示唆されると述べており 視覚による代償的な筋緊張亢進が起こらないなかで理学療法を施行する必要があったと考えた 具体的には ハムストリングスを把持したなかで筋の走行に合わせ膝関節の屈曲 伸展の自動介助運動をおこない 伸張感を与えた 岩村 8) は 位置感覚は関節受容器だけではなく筋受容器も関与するとともに 筋が伸張されると その筋が伸張される方向に関節が動くように感じると述べ 症例においてもセラピストによるハムストリングスへの伸張感を与えた右膝関節の自動介助運動により 関節位置覚の受容器である筋受容器が活性化し 位置感覚の改善が得られたと考えられた また右膝関節の運動に合わせて 右股関節の伸展 内旋運動を複合させたことにより ハムストリングスだけでなく大腿直筋や腸腰筋の筋緊張減弱も可能になったことについて 河村ら 9) は 大腿四頭筋は閉鎖性運動において単関節筋である広筋群と二関節筋である大腿直筋では全く作用が異なった活動様式を示され 閉鎖性運動時には大腿直筋の活動は著明に抑制されると述べている 症例においても荷重位での膝関節の運動にともなう股関節と膝関節の同時伸展運動による閉鎖性運動により 股関節屈筋群である大腿直筋の筋緊張減弱が図れた 膝関節の屈曲 伸展運動が荷重位でみられるようになったことにより 膝関節 股関節の屈曲位固定が解消されたと考えられた そ のため歩行時の股関節固定も解消され 右立脚相の右股 関節の内旋運動が可能となり 骨盤側方移動をともなう 体重移動が向上した このため右肩甲帯を伸展 左肩関 節伸展と左肩甲帯挙上 伸展の運動は減少し 体幹左回 旋 右前側方傾斜して右側方に大きく重心移動する動作 も軽減した その結果 右立脚相での側方への不安定性 が軽減し 歩行速度も改善が得られたのではないかと考 えられた 1) 右膝関節の疼痛により防御性収縮が強く歩行の実用 性を低下させていた右人工膝関節全置換術後の患者 を担当した 2) 右膝関節の ROM 改善を目的に理学療法を実施したが 動作の変化が得られなかった 3) 問題点の再考において 術前からの習慣性に配慮し たハムストリングス 大腿直筋の筋緊張 位置覚に 着目して理学療法をおこない 動作に改善が得られた 4) 症例の術前からの問題である姿勢 アラインメント 動作の問題点を考慮し治療を展開していくことの重 要性を再認識した 1) 中村隆一 他 : 基礎運動学第 6 版.p370, 医歯薬出版, 2007. 2) 阪本良太 他 : 変形性膝関節症に対する人工膝関節全置換 術後の膝伸展不全について. 神戸大学大学院保健学研究科紀要 24: 29 39, 2008. 3) 香川真二 他 : 立ち上がり動作を用いた変形性膝関節症の 関節位置覚測定. 理学療法学 30(Suppl 2): 428, 2003. 4) 河村顕治 : 変形性膝関節症における温熱と CKC 運動の効果. 日本リハビリテーション医学会学術集会 47: 862 866, 2010. 5) 本田瞳 他 : 歩行時骨盤回旋運動が重心側方移動に与 える影響 床反力左右成分からの検討. 理学療法学 33(Suppl 2): 228, 2006. 6) 中西俊一 他 : 感覚入力の操作により歩容が改善した一症例. 東海北陸理学療法学術大会誌 24: 91, 2008. 7) 掛水真紀 他 : 痛覚刺激に対する視覚情報と痛覚入力の予測における抑制効果について. 理学療法学 38(Suppl 2): 832, 2011. 8) 岩村吉晃 : タッチ.p34,36, 医学書院,2001. 9) 河村顕治 他 : 大腿直筋の CKC サイレント現象とシーティ ングベルトによるハムストリングスの活性化. 吉備国際大学保健科学部紀要 13: 57 61, 2008.