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内分泌甲状腺外会誌 32(4):225-229,2015 特集 1 副腎腫瘍の診断と治療の update 副腎腺腫部分切除を可能とする区域別副腎支脈採血法の検討 横浜労災病院内分泌 糖尿病センター 中井一貴大村昌夫西川哲男 Segmental adrenal tributary sampling (S-ATS) enables partial adrenalectomy in cases with aldosterone-producing adenoma (APA) Endocrinology and Diabetes Center, Yokohama Rosai Hospital Kazuki Nakai, Masao Omura and Tetsuo Nishikawa 原発性アルドステロン症 (PA) は, 二次性高血圧において最も頻度の高い疾患であり, その過半数は手術治療によりPAおよび高血圧の治癒が期待できる 当院で施行している区域別副腎支脈採血 (S-ATS) は, 通常の副腎静脈サンプリング ( AVS) より詳細な局在診断および病型診断を可能とする S-ATS 診断に基づいた片側副腎部分切除によるアルドステロン産生腺腫 ( APA) の治療は, 片側副腎アルドステロン症の治療において, 副腎全摘と同等の治療効果を有し, 侵襲性を軽減する 両側副腎アルドステロン産生腺腫では, 少なくとも一側の副腎を部分切除で治療することにより, 医原性副腎不全を伴わずに両側副腎の根治的治療を行うことが可能となった S-ATS 診断および副腎部分切除により, PAの手術治療の低侵襲化と根治的治療の適応拡大が期待できる Key words: 原発性アルドステロン症 (primary aldosteronism PA ), アルドステロン産生腺腫 ( aldosteroneproducing adenoma APA ), 副腎静脈サンプリング (adrenal venous sampling AVS ), 区域別副腎支脈採血 (segmental adrenal tributary sampling S-ATS ), 片側副腎部分切除 (partial adrenalectomy) はじめに原発性アルドステロン症 (primary aldosteronism:pa) は, 治癒が期待できる二次性高血圧のうち最も頻度の高い疾患であり, 高血圧全体の6~10%[1] を占めることが明らかとなっている PAのうち, 片側副腎からのアルドステロン過剰分泌が原因となっている症例では, 片側副腎の外科的切除を行う別冊請求先 : 222-0036 神奈川県横浜市港北区小机町 3211 横浜労災病院内分泌 糖尿病センター中井一貴 E-mail address: knakai.spbc6aw9@gmail.com ことにより,PAおよび高血圧の治癒が期待できる アルドステロン過剰分泌の局在診断には副腎静脈採血 (adrenal venous sampling:avs) が行われ, 片側副腎からのアルドステロン過剰分泌が診断された症例では, 片側副腎を全摘することが一般的である しかし, その原因がアルドステロン産生腺腫 (aldosterone-producing adenoma: APA) である場合には, アルドステロン過剰分泌の原因ではない, APA 周囲の正常副腎も同時に切除されることになる 一方, 当院では, 区域別副腎支脈採血 (segmental adrenal tributary sampling:s-ats) を行い, 副腎結節からのアルドステロン過剰分泌を確認することで APAを的確に診断し,APAを含む片側副腎部分切除を行っている 日本内分泌 甲状腺外科学会雑誌第 32 巻第 4 号 225

0.4mm 0.3mm 0.73mm 図 1. S-ATS で用いるマイクロカテーテルの先端 S-ATS では, 先端両側に特殊な側孔を設けた径 0.73mm の副腎静脈採血用マイクロカテーテル (KCV29S1S- OM, コーシンメディカル社製 ) を使用することで, 支脈内での採血が可能となった 本稿では,S-ATSによる診断の方法およびその成績, またS-ATS 診断をもとに行った片側副腎部分切除の治療成績につき検討したので報告する 1. 方法 日本内分泌学会臨床重要課題原発性アルドステロン症の診断治療ガイドライン-2009-[2] に則りPAの診断基準を満たし, 外科的治療の希望がある300 症例を対象に, S-ATSを行い, その結果に基づいて施行した片側副腎全摘と片側副腎部分切除の成績を比較検討した 1 )S-ATSの検査方法通常行われているAVSでは, 左右両側の副腎中心静脈から採血を行い, アルドステロン / コルチゾール比により局在診断を行う 一方, 当院のS-ATSでは,ACTH 刺激後の副腎内支脈静脈血中アルドステロン濃度 1,400ng/dlをカットオフ値として, アルドステロン過剰分泌を診断している S-ATS では,200μgのACTHを静注し, その15 分後から血液採取を開始する さらに初回 ACTH 投与 30 分後よりACTH 50μg/ 時で持続点滴投与を行っている S-ATSでは, 通常のAVSよりも高い精度の局在診断を行うため, 先端の両側に特殊な側孔を設置した径 0.73mm のマイクロカテーテル ( 図 1 ) を用い, 副腎中心静脈より上流の副腎内区域ごとの支脈で採血を行う 左右副腎静脈で静脈造影を行い, 血管走行を確認する ( 図 2 ) 右副腎では, 中心静脈の他, 上側支脈, 外側支脈, 下側支脈を確認し, 採血を行う 左副腎では, 上側支脈 ( 上外側支脈, 上内側支脈 ), 外側支脈, 中心静脈, 左下横隔 図 2. 両側副腎静脈造影像右副腎静脈では上側支脈, 外側支脈, 下側支脈, 中心静脈で採血を行う 副肝静脈が同時に造影される症例もある 左副腎静脈では, 上側支脈, 外側支脈, 中心静脈で採血を行う 中心静脈の下流で左下横隔静脈と合流し, 左副腎静脈共通幹となる 静脈を確認し, 上側支脈, 外側支脈, 中心静脈で採血を行う CTで副腎結節を確認されている場合は, 結節から血流を受ける支脈と, 結節とは接続のない支脈を同定し, 必ずその両者で血液を採取する 226 日本内分泌 甲状腺外科学会雑誌第 32 巻第 4 号

図 3. AVS と S-ATS での PA 病型診断 AVS では片側副腎アルドステロン症, 両側副腎アルドステロン症の診断にとどまるが,S-ATS では Ult-APA,APmicroA,UMN,IHA,Blt-APAs の各病型を的確に診断することができる 2 ) 病型診断通常の AVSでは, 片側アルドステロン産生腺腫 ( unilateral APA:Ult-APA) [3] とアルドステロン産生微小腺腫 (aldosterone-producing micro adenoma:apmicroa)[4], アルドステロン産生片側副腎多発微小結節 ( aldosteroneproducing unilateral multiple adreno-cortical micro-nodules: UMN)[5] は, 片側副腎アルドステロン症と診断される 特発性アルドステロン症 (idiopathic hyper-aldosteronism:iha)[6] と両側アルドステロン産生腺腫 (bi- lateral APAs:Blt-APAs) は両側副腎アルドステロン症と診断される それに対し S-ATSは,Ult-APA,APmi- croa,umn,iha,blt-apasの各病型を的確に診断できる ( 図 3 ) 片側副腎アルドステロン症 AVSで片側副腎中心静脈のアルドステロン濃度が高値であった場合, 片側副腎アルドステロン症と診断されるが, S-ATSではさらに以下の病型診断が可能である Ult-APAは, 画像検査で確認できる副腎結節 ( 腺腫 ) から, アルドステロンが過剰に分泌される型である CT や副腎静脈造影で確認された副腎結節から血流を受ける支脈において, ACTH 刺激後にアルドステロン濃度が 1,400ng/dl 以上の高値を示す 患側の非結節支脈や反対側のすべての支脈で, アルドステロン濃度は正常である APmicroAは, アルドステロンを過剰分泌する微小な結節である APAと同様に単一の支脈だけでアルドステロン過剰分泌が確認されるが, CT 画像で結節が確認できない症例や, 結節が確認できてもその結節から血流を受ける支脈でアルドステロン濃度が高値でなく, 他の支脈においてアルドステロン濃度が高値である症例が該当する UMNは, 片側副腎内にアルドステロン産生能のある小結節が多発している病型である 片側副腎のすべての支脈でアルドステロンが高値となり, 反対側の副腎のすべての支脈でアルドステロンが正常値となる 両側副腎アルドステロン症両側副腎中心静脈のアルドステロン濃度が高値の場合, 通常の AVSでは両側副腎アルドステロン症と診断されるが,S-ATSではさらにIHA,Blt-APAsの病型診断が可能である IHAでは, 左右両側副腎のすべての支脈において, アルドステロン濃度が1,400ng/dlを上回っている Blt-APAsでは, 左右それぞれの副腎において, アルドステロン濃度の高値の支脈と正常値の支脈が混在する Ult-APAやAPmicroAの患側副腎と同様の所見が, 両側副腎において認められる 3 ) 外科的治療の術式手術適応のある PAに対する外科的治療の術式として, 当院では片側副腎の全摘または部分切除を行っている 部分切除を行う場合は, アルドステロン過剰分泌の原因となっていない患側副腎正常部を残すことで, 手術の低侵襲化, 副腎機能温存が可能となる 手術が単孔式腹腔鏡下で可能な場合は, さらなる低侵襲化が可能となる 術式の選択基準 Ult-APAでは, APAが副腎基部に存在する場合は, 患側副腎中心静脈の切断が必要となるため全摘の適応とし, APAが副腎中央部より遠位に存在する場合は, 部分切除の適応としている APmicroAは, 部分切除を行うための目印となる結節を術中に肉眼的に認識できないため, 全摘としている UMNは, 部分切除での治癒が期待し難いため, 全摘としている IHAは原則として手術の適応としないが, コルチゾール産生腺腫 ( CPA) を合併している症例では, CPAを含む片側副腎部分切除を行うことがある Blt-APAsの治療では, S-ATSの結果からアルドステロンをより多く分泌していると考えられる側の APAに対して, まず片側副腎部分切除を施行する その後の経過により対側副腎に対する手術治療の適応を検討する 術式ごとの手順片側副腎全摘では, 副腎周囲の脂肪組織をすべて副腎から剝離したのち, 中心静脈を確認, その中心静脈を結紮 日本内分泌 甲状腺外科学会雑誌第 32 巻第 4 号 227

切離し, 片側副腎を全摘する それに対して, 片側副腎部分切除の場合は, 結節の周囲のみの脂肪組織を剝離し, 結節を含む形で副腎を超音波メスで半切する 部分切除を行うためには, 術中に APAが肉眼的に確認できることが必要であるが, 切除手技そのものは全摘と比較して簡潔なものとなっている 2. 結果当院で比較検討を行った 300 例の S-ATS 診断は, Ult- APAが104 例 (35%),APmicroAが38 例 (13%),UMNが 13 例 (4%),IHAが 103 例 (34%),Blt-APAsが 42 例 (14 %) の内訳であった いずれの病型においても, 手術治療を行った症例では, S-ATSによる術前の病型診断と病理組織診断がすべての症例で一致した S-ATSによる診断が病理組織診断にも劣らない精度を有することが示唆された 1 ) 片側副腎アルドステロン症の手術治療片側副腎アルドステロン症 (Ult-APA,APmicroA, UMN) の症例に対して, 前述の術式選択に基づき, 片側副腎部分切除を62 例に, 片側副腎全摘を74 例に施行し, 術式ごとの成績について比較を行った 内分泌学的所見の比較手術の前後での内分泌学的機能の変化を,24 時間畜尿検査でのアルドステロン排泄量, コルチゾール排泄量, また ACTH 負荷試験における負荷後アルドステロン最大反応値, コルチゾール最大反応値で比較した 術前に高値であった尿中アルドステロン排泄量, ACTH 負荷後アルドステロン最大反応値は, 全摘, 部分切除両群で全例正常化し, 手術法による差は生じず, 部分切除群で治癒率が劣ることはなかった また, 術前に正常であった, 尿中コルチゾール排泄量と ACTH 負荷後コルチゾール最大反応値は, 術後も変化なく正常であり, 両群とも全例で正常副腎機能は保たれた 高血圧治癒率の比較降圧薬の服用が不要となった症例を 高血圧治癒 と定義し, 全摘群と部分切除群で治癒率の比較を行った 部分切除群では62 例中 47 例, 全摘群では74 例中 52 例で高血圧が治癒し, その割合に有意差はなかった 高血圧の治癒に至らなかった症例でも, 全例で降圧薬の減量が可能だった 手術侵襲の比較手術を行った59 例で, 手術時間と出血量について比較した 手術時間は, 部分切除群 ( 33 例 ) で 99.6±32.9 分, 全摘群 ( 26 例 ) で 133±48.3 分であり, 部分切除群で有意に短かった 出血量は, 両群とも 10ml 前後とごく少量であり, 有意差はなかった 以上より, 部分切除は, 手術範囲の縮小に加え手術時間 を短縮し, 手術侵襲を軽減することが示された 2 ) 両側アルドステロン産生腺腫 (Blt-APAs) の手術治療 Blt-APAsは, 通常の AVSでは IHAと鑑別ができず, さらに両側副腎 APA 切除のため副腎全摘を行うと医原性副腎不全を生じるため, その治療法は確定していない しかし当院では少なくとも片側副腎で部分切除が可能な場合, Blt-APAsを外科治療の対象としている S-ATSにより Blt-APAsと診断された 42 例中 32 例に対して片側副腎部分切除を行ったところ, 術後 3 年間の経過観察において,24 例で高血圧の治癒が得られた しかし残る 8 例では高血圧が残存した この8 例のうち挙児希望のあった1 症例に対して, PAおよび高血圧の治癒を目指し, 対側副腎への手術治療を行うこととした 2 回目の手術に向けて, まず 131 I-アドステロールシンチグラフィを用い, 既に部分切除された側の正常副腎機能が残存していることを確認した そのうえで病変の残存している対側副腎に対して部分切除を施行した その結果,ACTH 負荷後のアルドステロン過大反応は消失し, 高血圧も治癒した ACTH 負荷後のコルチゾール反応値は正常であり, 両側副腎手術後の副腎不全合併はみられなかった 医原性副腎不全を伴わず,Blt-APAsの根治的治療に成功した おわりに PAは, 二次性高血圧において最も頻度の高い疾患であるが, そのうちの過半数は手術治療により PAおよび高血圧の治癒が望める疾患である 区域別副腎支脈採血 ( S-ATS) は, 通常の AVSより詳細な局在診断および病型診断により, 片側副腎部分切除による低侵襲手術で治療可能な症例を, 診断可能とした APAを含む副腎部分切除による手術治療は, 片側副腎アルドステロン症の治療において, 副腎全摘と同等の治療効果を有し, 侵襲性を軽減した 両側副腎アルドステロン産生腺腫 ( Blt-APAs) では, 少なくとも一側副腎を部分切除で治療することで, 医原性副腎不全を伴わずに, 両側副腎に対する根治的治療が可能となった このように, S-ATSおよび副腎部分切除により, PAの手術治療の低侵襲化と根治的治療の適応拡大が期待できるようになった 今後, PAの治療は, S-ATSによる病型診断をもとに, 片側副腎全摘, 片側副腎部分切除, 現在臨床治験が行われている低侵襲ラジオ波アブレーション治療 ( RFA), 薬物治療の各種治療法を, 適切に選択, 実施することが可能になると考えられた 228 日本内分泌 甲状腺外科学会雑誌第 32 巻第 4 号

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