腫瘍崩壊症候群 (Tumor Lysis Syndromes; TLS) 中川直人 Pharm.D., Ph.D. はじめに 2007 年 4 月よりがん対策基本法が施行され, 放射線治療や外来化学療法が日本のがん治療に浸透してきた. それに伴い, 病院や薬局でがん治療を受けている患者さんに会う頻度も増えてきており, 薬剤師としてがん治療に関する知識をアップデートしていくことは重要である. そこで今回の生涯教育では, がん治療における腫瘍崩壊症候群について取りあげる. 学習目的 1. 腫瘍崩壊症候群の定義を理解する 2. 腫瘍崩壊症候群の病態を理解する 3. 腫瘍崩壊症候群の危険因子およびリスクの評価を理解する 4. 腫瘍崩壊症候群のマネージメント ( 治療法 予防法 ) について理解する 1 定義 1) 腫瘍崩壊症候群 (Tumor Lysis Syndromes; TLS) は, がん治療の際によく見られる症候群である.TLS は以下の 2 つに分類される. 検査学的腫瘍崩壊症候群(Laboratory TLS) Laboratory TLS は, 治療開始前 3 日以内あるいは開始後 7 日までに, 次に示す検査値のうち 2 つ以上の異常値を示すものを指す. 高尿酸血症, 高カリウム血症, 高リン血症, 低カルシウム血症 臨床学的腫瘍崩壊症候群(Clinical TLS) Laboratory TLS に以下のものが伴うものを指す. クレアチニン値上昇, けいれん, 心臓の律動異常, 死亡 表 1 腫瘍崩壊症候群の定義 1) 代謝異常 Laboratory TLS の基準 Clinical TLS の基準 高尿酸血症 成人 ; 尿酸 >8.0 mg/dl 小児 ; 基準値の上限以上 高リン血症 成人 ; リン >4.5mg/dL 小児 ; リン >6.5mg/dL 高カリウム血症 カリウム >6.0 mmol/l 心臓律動異常または突
低カルシウム血症 急性腎障害 補正カルシウム <7.0 mg/dl またはイオン化カルシウム <1.12mg/dL - 然死心臓律動異常, 突然死, けいれん, 過敏な筋肉反応 ( テタニー, 感覚異常, 筋収縮, 手足攣縮, トルソー徴候, クボステク徴候, 声門痙攣, 気管支痙攣 ), 低血圧, 低カルシウム血症による心不全 0.3 mg/dl の血清クレアチニン値上昇, 尿量減少 (6 時間尿 <0.5mL/kg/hr) 2 病態 1) 腫瘍細胞の自然崩壊または化学療法による崩壊により, 腫瘍細胞から核酸, カリウム, リン, サイトカインが放出される. 核酸はアデノシンやグアノシンに代謝され, この代謝産物はキサンチンに変換される. キサンチンはキサンチンオキシダーゼにより酸化されて尿酸が産生され, 腎臓から排泄される. カリウム, リン, 尿酸の蓄積が腎臓からの排泄より早い場合に TLS が生じる. サイトカインは低血圧, 炎症, 急性腎障害を引き起こし,TLS のリスクを高める.
図 1 腫瘍細胞の崩壊による核酸, リン, カリウム, サイトカインの放出 1) ( 一 部改変 ) 3 危険因子 TLS における危険因子には以下のものが知られている. 主に血液がんにみられ ることが特徴である. 表 2 腫瘍崩壊症候群の危険因子特徴 2) 危険因子 腫瘍のタイプバーキットリンパ腫リンパ芽球性リンパ腫びまん性大細胞リンパ腫急性リンパ芽球性白血病増殖性が高く治療に対する反応が早い固形がん腫瘍の生体内総量かさのある病態 (>10cm) LDH 上昇 (>2 基準上限値 ) WBC 上昇 (>25,000/µL) 腎機能腎不全の既往乏尿尿酸値 >7.5 mg/dl 効果的かつ迅速な腫瘍がん特異的治療, 腫瘍のタイプにより異なる細胞縮小治療 4 リスクの評価 上記に示した危険因子に基づいて,TLS の生じるリスクを層別したものを以 下に示す. 表 3 TLS の危険因子によるがん患者のリスク評価 2) がんのタイプ 高リスク (High) 中間リスク (Intermediate) 非ホジキンリン バーキット びまん性大細胞リン パ腫 リンパ芽球性 パ腫 バーキット急性リ ンパ芽急性白血病 低リスク (Low) 無痛性の非ホジ キンリンパ腫
急性リンパ芽球性白血病急性骨髄性白血病慢性リンパ球性リンパ腫その他の血液がん及び固形がん WBC 100,000 WBC 50,000 単芽球性 WBC 50,000-100,000 WBC 50,000 WBC 10,000-50,000 WBC 10,000 WBC 10,000-100,000 WBC 10,000 フルダラビンによる治療治療に対する反応が早いと想定される増殖性の早いもの 5マネージメント 1,2) マネージメントとしては, 急性腎障害の予防および心臓律動異常 過敏な神経筋反応の予防が重要である. < 急性腎障害の予防 > 水分負荷 ( ハイドレーション ) 腎灌流及び腎糸球体ろ過を素早く改善させ, またアシドーシスの可能性を低下させるために水分負荷を行う. 高リスク患者に対しては,2500-3000mL/m 2 / 日の水分負荷を行う. 十分な水分負荷でも尿の排泄量が少ない場合, ループ利尿薬 ( フロセミドなど ) を使用し,2mL/kg/hr を治療ゴールとして治療していく. アロプリノールの投与 臓器内での尿酸結晶化による急性腎障害を防ぐためにアロプリノールを投与する. 投与量として,8 時間ごとに 100mg/m 2 / 回経口投与 ( 最大投与量 800mg/ 日 ) または 200-400mg/m 2 / 日を 1-3 回に分割して静脈注射 ( 最大投与量 600mg/ 日 ) が推奨される. アロプリノールは, 中間リスク患者において導入化学療法の始まる 12-24 時間前に投与されることが望ましい. アロプリノールは, 尿酸産生を阻害するが尿酸を排泄する作用は持たないので, すでに高尿酸血症である場合は, ラスブリカーゼによる治療が好ましい. アロプリノール及びラスブリカーゼのプリン代謝経路における作用を図 2 に示す.
図 2 プリン代謝経路におけるアロプリノールおよびラスブリカーゼの作用 3) ( 一部改変 ) ラスブリカーゼの投与 高リスク患者の初期マネージメントあるいは Laboratory TLS,Clinical TLS を呈する高尿酸血症小児患者対してはラスブリカーゼの使用が推奨される.0.15-0.2mg/kg を 1 日 1 回 50mL の生食に溶解して 30 分以上かけて静脈注射する.FDA は投与期間を 5 日までとしている 2). アロプリノールとラスブリカーゼの使い分けの目安について表 4 に示す 3). 尿のアルカリ化 尿酸の溶解を助けるために尿のアルカリ化は従来から行われているが, 効果に関するエビデンスがないため, 現在では推奨されていない. さらに, 尿のアルカリ化は臓器内でのリン酸カルシウムの結晶化及び沈殿のリスクも高まるので, 代謝性アシドーシスの患者のみに対して適応するとガイドラインでは述べられている 2). 表 4 アロプリノールおよびラスブリカーゼの使い分けの目安 ( 一部改変 ) アロプリノール ラスブリカーゼ 尿酸値 正常値 高値 がん種 血液以外のがんホジキンリンパ腫 バーキットリンパ腫リンパ芽球性リンパ腫
慢性骨髄性白血病 急性リンパ芽球性白血病 急性骨髄性白血病 腫瘍量 WBC LDH 50 10 3 /µl 正常値の 2 倍 >50 10 3 /µl > 正常値の 2 倍 化学療法の強度 中程度 強力 腫瘍の腎への浸潤 なし あり < 心臓律動異常 過敏な神経筋反応の予防 > 高カリウム血症 血清カリウム値が 6.0mEq/L 以上で無症候性または中等度の場合は, カリウムの摂取 ( 経口 注射いずれも ) を控え,50% ソルビトール添加ポリスチレンスルホン酸ナトリウムを経口投与または直腸投与する. 血清カリウム値が 7.0mEq/L 以上で症状がありもしくは心電図上 QRS 群の広がりが見られた場合, 速やかな対応が必要である. 速効性インスリンとグルコースの投与が必要である. また細胞内へのカリウムの移動をもたらすために炭酸水素ナトリウムの静脈投与も必要である. 生命を脅かす不整脈に対しては, 徐脈を心電図測定下でモニタしながらグルコン酸カルシウムをゆっくり静脈注射する. 高リン血症 無症候性の場合, 静脈からのリンの摂取を控え, リン吸着剤 ( 水酸化アルミニウム, 炭酸カルシウム, セベラマー水和物, 炭酸ランタン水和物 ) を経口投与する. カルシウム値が上昇している患者には, 炭酸カルシウムを使用しない. 重篤な場合, 血液透析 腹膜透析 持続性血液ろ過などを考慮する. 低カルシウム血症 無症候性の場合, 特に介入は必要ない. 一方, 症状がある場合は, グルコン酸カルシウムを心電図測定下でゆっくり静脈注射する. 血清リン値が高い場合, 臓器内でリン酸カルシウムの沈殿が生じ, それに伴う閉塞性尿路疾患を併発する可能性があるので, 腎専門医へのコンサルテーションも考慮に入れる. 6モニタリング 1,2) 高リスク患者では, 化学療法開始後 4-6 時間ごとに尿酸, リン, カリウム, クレアチニン, カルシウム,LDH とともに水分負荷量及び尿排泄量をモニタする. 中間リスク患者では,8-12 時間ごとに上記の検査値をモニタする. 低リスク患者では,1 日 1 回モニタする. 化学療法開始 2 日後に TLS が生じない場合, 本質的にはその後 TLS を呈する可能性は低いとされている.
4) 症例 20 歳代男性の急性リンパ芽球性白血病の患者. 臍帯血ミニ移植施行後, 再発 のため緊急入院. ビンクリスチンとプレドニゾロンが開始となった. 肝機能障 害 (+), 腎機能障害 (-), 副作用歴 (-). 入院時検査所見は以下の通り.WBC 134,700/µL, Hb 5.6g/dL, Plt 16,000/µL, INR 1.21, aptt 37.7sec, フィブリノゲン 258.2mg/dL, FDP 19.5µg/mL, ATIII 65.5%, D- ダイマー 8.8µg/mL, T-Bil 1.3mg/dL, BUN 16mg/dL, Cre 1.0mg/dL, UA 13.0mg/dL, P 3.3mg/dL, Na 136mEq/L, K 4.0mEq/L, Cl 101mEq/L, AST 77IU/L, ALT 31IU/L, LDH 2,243IU/L 問題 1) この症例の TLS としての分類を述べてください. 問題 2) この症例の TLS に対する危険因子を挙げてください. 問題 3) この症例の TLS に対するリスクを評価してください. 問題 4) この症例のマネージメントを述べてください. 問題 5) 急性腎障害の予防として, アロプリノール, ラスブリカーゼどちらを 投与しますか. 理由とともに述べてください. 問題 6) この症例のモニタリング案を作成してください. 参考文献 1) Howard SC, Jones DP, Pui CH. The tumor lysis syndrome. N Engl J Med 2011; 364:1844-54. 2) Coiffire B, Altman A, Pui CH et al. Guidelines for the management of pediatric and adult tumor lysis syndrome: An evidence-based review. J Clin Oncol 2008;26:2767-78. 3) Cairo MS and Bishop M. Tumor lysis syndrome: new therapeutic strategies and classification. Br J Haematol 2004;127:3-11. 4) 伊藤忠明, 医薬情報委員会プレアボイド評価小委員会, 急性白血病患者を対象とした腫瘍崩壊症候群対策, 日本病院薬剤師会雑誌 2011;47:823-826.