平成 26 年 1 月 17 日小学校高学年における学級単位の集団社会的スキルトレーニング (CSST) の効果 CSST プログラムと絵本の読み聞かせ効果の比較 The Effects of Classwide Social Skills Training (CSST) in the Upper Grades of Elementary School. - Comparison with the Picture-Book Reading and CSST Programs 児童学研究科児童学専攻心理コース 1000-120613 中川拓主査指導教員鈴木由美教授 問題と目的平成 23 年度の文部科学省の調査の発表によると, 不登校児童生徒数は小学校 22,622 人 ( 前年度 22,463 人 ), 中学校 94,836 人 ( 前年度 97,428 人 ) で, 不登校児童生徒の割合は小学校 0.33%( 前年度 0.32%), 中学校 2.64%( 前年度 2.73%) と, 小学校と中学校の不登校児童生徒の割合に差が大きく, 特に小学 6 年生 (7,522 人 ) から, 中学 1 年生 (21,895 人 ) への進学後に約 3 倍増加していることが, 明らかになった これは小学校から中学校への進学の際に生じる中 1 ギャップの問題が顕在化していることを示唆するものである 藤枝 相川 (2001) は, 不登校や学級崩壊の問題に対し, 児童生徒の対人関係の未熟さが原因の一つと述べており, 文部科学省 (2012) の発表でも, 不登校になったきっかけと考えられる学校に係わる状況の最も比率の高い理由に, いじめを除いた友人関係をめぐる問題を挙げている ( 小学校 10.1%, 中学校 15.8%) このように中 1 ギャップの問題は小学校から中学校への移行による劇的な環境の変化により生じるものであり, 本研究では児童生徒の対人関係能力に焦点を当てることにした 西岡 坂井 (2007) は, 児童生徒の対人関係を援助する方略の一つとして, 社会的スキル訓練 (Social Skills Training, 以下 SST と略す ) があり, 近年 SST の効果が多くの研究によって, 証明されてきていると述べている その中で, 藤枝 相川 (2001) は, 学級という枠組みを活用して学級内の児童生徒全員を対象にした, 学級単位の社会的スキル訓練 (Classwide Social Skills Training, 以下 CSST と略す ) も実施され始めていると述べている さらに, 児童生徒に対して CSST の実施を行うことは SST と比較して, 第 1 に, 児童全員が参加することで, 全児童が社会的スキルの学習機会を得ることができる 第 2 に, 社会的スキルの般化効果が期待できる 第 3 に, 学級担任が通常の授業時間において無理 -1-
なく実施できるという 3 つの効果が期待できると述べている 第 3 の効果の期待については, 学級担任以外が指導者として実施可能であれば, 学級担任の負担軽減に繋がり, 指導者ではない客観的な視点で児童生徒を見る機会を提供できると考えられる CSST の実施時間は授業内で行われるものが多く, 小学校の授業 1 時間分にあたる 45 分や 2 時間分にあたる 90 分, 中学校であれば 1 時間分にあたる 50 分と比較的長い時間のセッションが中心となり, 短時間の CSST 実践の検討がなされていない 白根 (2011) によれば, 朝の授業開始前の 10 分間に読書をする取り組みによって, 遅刻が減った 集中力がついた 授業にスムーズに入れるようになった といった効果が得られたことを説明している また, 子どもたちの生活態度の改善や自立を目的とし, 学級全員で児童生徒が話し合う授業や学習意欲の高まりを期待しているという点は, 学校適応との関連が深い CSST とも共通する点であると考えられる すなわち, 朝の 10 分間という短い時間であっても,CSST による効果が期待できる可能性が考えられる また, 朝の授業開始前の 10 分間には, 絵本の読み聞かせ活動を行っている学校も多い そこで本研究では朝の授業開始前の 10 分間に実施する CSST の効果の検討に加え, 絵本の読み聞かせの効果を検討し, さらに,CSST と読み聞かせを実施した群との効果の比較検討を行う 以上の内容をふまえ, 本研究では, 学級担任以外が 1 セッション 10 分間で実施できる, 社会的スキルの獲得と向上のための短期間の CSST プログラムを作成し, 効果の検討を行う そして, 実施者と対象児に負担が少ないながらも, 既存の CSST 以上の効果がみられれば, 多くの学校の学級活動に取り入れていくことが可能になると期待できる 研究 Ⅰ 研究 Ⅰの目的は,CSST プログラムの実施内容を検討することと,CSST プログラムを実施しないグループに対して行う, 読み聞かせのための絵本を検討することである 方法 1. CSST プログラム作成 (1) CSST プログラム作成のために, 小学生もしくは, 中学生を対象に行った SST 及び CSST の実践論文 21 編と, 文献 7 編について, 目標スキルと測定された下位尺度, 目標スキルの選定方法, セッション数の抽出を行い, 整理した 目標スキルについては, 心理学先行の大学院生 3 名で協議し分類を行った さらに, 決定した目標スキルに合わせて, 収集した論文, 文献の中から実施するセッション数とプログラム内容を検討した (2) (1) で検討したプログラム内容について, 心理学を専門とする大学教授 1 名の意見と, -2-
調査小学校の学校長からの意見を加え再検討を行った (3) 作成した CSST プログラムについて, 心理学を先行する女子大学生 30 名を対象に実施し, 意見を求めた 2. 読み聞かせかせ絵本絵本の検討 (1) 読み聞かせ実践のための文献を収集し, 対象の学年に合わせた絵本を検討した (2) 調査小学校の学校長と読み聞かせ経験のある図書館司書からの意見を加えて検討を行った 結果と考察本研究の目標スキルは 主張性スキル, 友情形成スキル, 社会的問題解決スキル とし, セッション数は 5 回に決定した そして,3 つの目標スキルに対応した 5 つの CSST プログラムを検討し, 作成した CSST 実施における期待としては, 学級内のすべての児童が会話と行動を交えたかかわりを行い, 仲間とのかかわりによる成功体験を繰り返す中で, 仲間からの援助や承認され, 信頼関係を獲得し, 日常生活においても対人関係に対して肯定的に向き合えるようになることである そのため, プログラム内容は勝ち負けを競うものではなく, 多くの児童が成功体験を得られるような, 比較的容易な課題となっている 一方で, 二人一組で行う場合は, 二人が協力することでより良い結果に繋がるように配慮し, セッション終了時には, 今回の課題は一人で行うよりも, 二人で協力した方が良い結果になるのです という教示を行うように実施案に記載した 初めから学級集団全体で実施した場合, 集団内でリーダーシップを発揮する数名が中心になって発言することが多く, 学級内の全員が発言することは難しくなり, 個人のスキルが向上しない可能性が考えられた そこで, 個人を対象にしたプログラムを先行して行い, 社会的スキルを一定まで高め, 学級内の仲間関係を構築した状態で, 集団のプログラムを行うことで, より集団内のかかわりが円滑に行われると期待できるため, 第 1 課題から第 3 課題まで個人の内容を実施した後に, 第 4 課題から集団の内容を実施するプログラムに決定した 読み聞かせ絵本については, 実施時間の 10 分間で 1 冊を読み終えることが可能であり, 小学校で多く読まれているポピュラーな絵本と, 湯沢他 (2012) が述べるように, 子どもたちによい絵本を出あわせるために, あまり一般的には読まれていないが, 読んで欲しいと期待される絵本を含めた 5 冊 ( きょうはみんなでクマがりだ, おまえうまそうだな, 光の旅かげの旅, ものぐさトミー, ともだち ) に決定した -3-
研究 Ⅱ 研究 Ⅱの目的は,(1)CSST の効果を検証するための尺度を検討すること (2) 研究 Ⅰで作成した CSST プログラムと読み聞かせを実施し, 効果の比較による検証を行うこと 以上の 2 点である 方法調査対象者東京都公立小学校の 6 年生 1 クラス (A クラス 22 名 ),5 年生 1 クラス (C クラス 29 名 ) を CSST 実施群とし,6 年生 1 クラス (B クラス 22 名 ) を読み聞かせ群として, 合計 73 名を実施と質問紙調査の対象とし, 回答に不備のない 67 名 ( 男子 30 名, 女子 37 名 ) を分析に用いた 各群の内訳は CSST 群が 6 年生の A クラス 20 名,5 年生の C クラス 26 名の合計 47 名, 読み聞かせ群が 6 年生の B クラス 21 名であった なお, 読み聞かせ群の B クラスについては, 調査終了後に CSST 実施群と同様の CSST を実施した 調査期間 4 月から 7 月手続きプログラム実施前の 4 月と実施後の 7 月に調査を行い, 時期は 5 月から 6 月までの期間中, 朝の読書の時間内に 1 セッション 10 分間, 合計 5 回 (50 分 ) 実施した CSST については, 実施学級の担任のみが実施者から説明を受け, 実施者の作成した実施案に沿って CSST を実施した 測定尺度 1. 社会的スキルスキル尺度相川 (2010) が使用し, 因子分析を実施した下位尺度 7 因子のうち, 主張性スキル, 感情統制スキル, 関係配慮スキル, 友情形成スキルの 4 因子 17 項目を選択した 2. 生活充実感尺度高橋 青木 (2010) が使用した尺度の 11 項目の中から, 対象を小学生にするため質問数を減らした 5 項目を選択した 3. 規律 意欲尺度三島 宇野 (2004) が使用し, 因子分析を実施した学級雰囲気尺度の下位尺度 5 因子のうち, 規律, 意欲の 2 因子 8 項目を選択した 結果各尺度の因子構造 1. 社会的スキルスキル尺度調査に使用した 17 項目について, 主成分分析 プロマックス回転による因子分析を行った結果, 友情形成スキル 問題解決スキル 主張性スキル 感情統制スキル の 4 因子構造であることが確認された 各下位尺度において Cronbach の -4-
α 係数を算出した結果, 友情形成スキル (α=.718), 問題解決スキル (α=.706), 主張性スキル (α=.623), 感情統制スキル (α=.631) であり, 後の分析に耐えうる値であると判断した 2. 生活充実感尺度調査項目 5 項目は, 高橋 青木 (2010) では 1 因子として扱われ, 精査された既存の尺度であり, 本研究で因子分析をした結果, 高橋 青木 (2010) の尺度と同様の結果が得られたため, 本研究でも 1 因子の尺度として扱うこととした なお, Cronbach の α 係数は.728 であり, 後の分析に耐えうる値であると判断した 3. 学校順応感尺度調査項目 8 項目について主成分分析による因子分析を行った結果, 初期の固有値の減衰状況 (2.59, 1.18, 1.07, 1.05 ) であることから, 単一の構造であると思われ, 項目内容を吟味し単一構造が妥当であると判断した 尺度名については, 学校順応感尺度 と命名した なお,Cronbach の α 係数は.676 であり, 後の分析に耐えうる値であると判断した CSST の効果効果の検討 CSST 群の 6 年生 A クラスと読み聞かせ群の 6 年生 B クラスとの等質の検討を行った その結果,A クラスと B クラスとの間には, いずれの尺度にもプログラム実施前において平均得点の差がみられず, 等質であることが明らかになった 次に,CSST 群の 6 年生 A クラスと 5 年生 C クラスの学級全体の社会的スキル尺度について, 実施前後の対応のある t 検定を実施した その結果, 平均得点に有意差はみられなかった 6 年生 A クラスと 5 年生 C クラスの CSST 実施前における学級内の社会的スキルの程度が低い群 ( 以下, 社会的スキル低群と略す ) を抽出し (A クラス 11 名,C クラス 15 名 ), 同様の分析を行った結果, A クラスの主張性スキルについては, 有意差がみられ (t(10)=2.43, p<.05), 問題解決スキルについては, 有意傾向がみられ (t(10)=1.94, p<.10), いずれも実施前より実施後の平均得点が高くなっていることが明らかになった 一方で,C クラスについては, 平均得点に有意差はみられなかった 次に,CSST 群の社会的スキル低群 (26 名 ) と, 読み聞かせ群の社会的スキル低群 (11 名 ) について, 社会的スキル下位尺度の項目それぞれの実施前後の対応のある t 検定を実施した結果,CSST を実施した群では, 問題解決スキルの項目 友だちがなにかをやりとげたとき, いっしょによろこびます と, 主張性スキルの項目 自分の意見や考えを気がるに言えます に有意差がみられ (t(25)=2.57, t(25)=2.37, p<.05), いずれも実施後の平均得点が実施前よりも高くなっていることが明らかになった 一方で, 読み聞かせ群では, いずれの項目についても有意差はみられなかった -5-
CSST 群の 6 年生 A クラス,5 年生 C クラスと読み聞かせ群の 6 年生 B クラスのプログラム実施前後における, 社会的スキルと生活充実感と学校順応感について, 重回帰分析を行った その結果, プログラム実施後の生活充実感については, 読み聞かせ群の B クラスには, 実施前の生活充実感からの正の影響がみられ,CSST 群の A クラスと C クラスには, いずれの影響もみられなかった 6 年生 A クラスと 5 年生 C クラスの CSST 実施前における学級内の生活充実感の程度が低い群における, 実施前後の対応のある t 検定の結果では,A クラスについては,CSST 実施後に有意に得点が高くなっていることが明らかになり,C クラスでは有意差がみられなかった 考察 CSST を実施した学級全体には社会的スキルの変化は見られなかったが, 社会的スキルの程度が低い児童は,CSST 実施後に社会的スキルの得点上昇がみられた 大前 (1998) は, 対人関係の安定によって, 信頼や承認を獲得し, 自分がみんなの役に立っているという感じ ( 自己有用感 ) が高まることで, 学校生活に適応でき, 日々の充実感を得ることができると述べており, 社会的スキルの程度が高い児童が一緒に CSST に参加することで, スキルの低い児童の発言や役割を受容し, 承認する関係が維持され, 対人関係の安定化が図られる さらに, 社会的スキルの高い児童が低い児童にとっての行動モデルとしての役割をはたし, スキルの低い児童への効果がさらに向上したと考えられる これは生活充実感の得点の低い児童が CSST 実施後では得点が向上していたことからも裏付けされる また, 社会的スキルの高い児童は実施後のスキル得点が維持されていたため, スキルの低い児童にはスキル獲得と向上効果が, スキルの高い児童にはスキルを高いまま保つ効果が期待できるため, 学級全体への CSST 実施に意義があることが示唆されたと考えられる CSST の効果は 6 年生と 5 年生の間に差がみられることが明らかになり, 学年差による発達の差と小学校で担う役割の差が CSST の効果にも影響を及ぼしたと考えられる 6 年生は小学校の最高学年であり, 運動会といった行事などの他学年とのかかわりにおいて主体的にグループの中心となって活動する機会が他の学年よりも増加する すなわち, 対人関係における葛藤や困難が増加し, 社会的スキルの受容が高まるため,5 年生よりも効果がみられたと考えられる 繪内他 (2006) の研究では,5 年生から 6 年生の進級にかけて CSST を実施しており, 進級によって学年があがるとともに社会的スキルが向上し, 進級後は向上したスキルが維持されることを明らかにしている 本研究では,5 年生の進級後 -6-
の社会的スキル調査は行えてないが, 繪内他 (2006) の述べるように, 進級後の般化効果がみられると仮定するのであれば,5 年生で実施した CSST は,6 年生への進級後に効果が向上し, その後の日常生活に活かされていくと考えられる CSST の実施の経過から, 実施が短時間であることについては, 小学校の朝の読書や自習が行われている 10 分間を利用し, 毎週同じ曜日に実施を行ったため, 対象児はセッション終了までの時間的見通しが立ち易かったと考えられる 見通しが立つことで集中力が持続しやすく,CSST 実施当初からプログラムへの参加に積極的であったと感じられた 岡田 後藤 上野 (2005) は,CSST をゲームにすることで気楽に安心して参加できることが, 子どもたちの動機づけを高めると述べている 本研究の CSST プログラムは, 先行研究で実施されたゲームのような内容ではないものの, ルールが簡単であり, 比較的容易な課題であることから, 気楽さや, 安心して参加できるという点では先行研究と同様であると考えられる 先行研究では, 対象児の協調行動を増加させることができているが, 本研究においても, 友情形成スキルと主張性スキルの項目の得点が上昇したことから, 仲間との対人関係のスキルが向上したという点で同様の結果が得られたと考えられる また, 課題内容は多くの児童が成功体験を得られるように, 比較的容易な課題に設定したことで, 多くの児童が課題を達成でき, 成功体験を得られたと考えられる これは本研究の目標スキル獲得と向上に貢献できたと考えられる 以上の結果から,1 セッション 10 分間を 5 回という短時間, 短期間であり, 学級担任以外が実施する CSST であっても, 社会的スキルを向上させる効果が明らかになった すなわち, 学級での実施において, 授業の時間を用いることや, 学級担任の実施前準備といった特別な時間的負担を軽減することが可能になり,CSST を学級内に取り入れやすくなると考えられる そして, 多くの児童が社会的スキル向上の機会を獲得できるようになるといえよう -7-