毎回紙と電卓で計算するより パソコンの表計算ソフトを利用して計算されることをすすめます パソコンは計算と記録が同時にできますから 経営だけでなく飼養管理や繁殖の記録にも利用できます 2) 飼料設計項目ア.DMI TDN CP NFC a.dmi( 乾物摂取量 ) 水分を除いた飼料摂取量のことです 飼



Similar documents
( 図 2-A-2-1) ( 図 2-A-2-2) 18

ふくしまからはじめよう 農業技術情報 ( 第 39 号 ) 平成 25 年 4 月 22 日 カリウム濃度の高い牧草の利用技術 1 牧草のカリウム含量の変化について 2 乳用牛の飼養管理について 3 肉用牛の飼養管理について 福島県農林水産部 牧草の放射性セシウムの吸収抑制対策として 早春および刈取

BUN(mg/dl) 分娩後日数 生産性の良い牛群の血液データを回収 ( 上図は血中尿素窒素の例 ) 各プロットが個々の牛のデータ BUN(mg/dl) BUN(mg/dl)

乳牛用の飼料給与診断ソフトウエア「DAIRY ver4.1」は乳牛の飼料給与診断・設計に

岡山農総セ畜研報 6: 55 ~ 59 (2016) < 研究ノート > 黒毛和種における繁殖性向上を目指した飼料給与体系の検討 福島成紀 木曽田繁 滝本英二 Examination of the Feeding Method Aiming at Improving reproductive Per

< F31312D93FB8B8D82CC95AA95D8914F8CE382CC8E94977B8AC7979D>

( 図 7-A-1) ( 図 7-A-2) 116

徳島県畜試研報 No.14(2015) 乾乳後期における硫酸マグネシウム添加による飼料 DCAD 調整が血液性状と乳生産に及ぼす影響 田渕雅彦 竹縄徹也 西村公寿 北田寛治 森川繁樹 笠井裕明 要 約 乳牛の分娩前後の管理は産後の生産性に影響を及ぼすとされるが, 疾病が多発しやすい時期である この時

渡邉 熊谷 野口 前田 小西 材料および方法 1. 供試牛, 給与飼料および飼料成分供試した牛群は家畜改良センター鳥取牧場で繋養されている臨床的に健康な黒毛和種繁殖経産乾乳牛であり, 飼養管理方法 ( 給与飼料や飼料給与方法 ) が異なる 2 群 (1 群 15 頭 ) とした.1 群は自場産のイタ

あなたの農場に、妊娠牛は何頭いますか?

25 岡山農総セ畜研報 4: 25 ~ 29 (2014) イネ WCS を主体とした乾乳期飼料の給与が分娩前後の乳牛に与える影響 水上智秋 長尾伸一郎 Effects of feeding rice whole crop silage during the dry period which exp

焼酎粕飼料を製造できることを過去の研究で明らかにしている ( 日本醸造協会誌 106 巻 (2011)11 号 p785 ~ 790) 一方 近年の研究で 食品開発センターが県内焼酎もろみから分離した乳酸菌は 肝機能改善効果があるとされる機能性成分オルニチンを生成することが分かった 本研究では 従来

2. 栄養管理計画のすすめ方 給食施設における栄養管理計画は, 提供する食事を中心とした計画と, 対象者を中心とした計画があります 計画を進める際は, それぞれの施設の種類や目的に応じて,PDCA サイクルに基づき行うことが重要です 1. 食事を提供する対象者の特性の把握 ( 個人のアセスメントと栄

13 2, ,

<4D F736F F F696E74202D2093FB97708B8D82C982A882AF82E994C AC90D18CFC8FE382CC82BD82DF82CC8E94977B8AC7979D2E >

(2) 牛群として利活用 MUNを利用することで 牛群全体の飼料設計を検討することができます ( 図 2) 上述したようにMUN は 乳蛋白質率と大きな関係があるため 一般に乳蛋白質率とあわせて利用します ただし MUNは地域の粗飼料基盤によって大きく変化します 例えば グラスサイレージとトウモコシ

Microsoft Word - 02肉牛研究室

報告書

スライド タイトルなし


スライド タイトルなし


農業高校における繁殖指導とミニ講座による畜産教育支援 大津奈央 中島純子 長田宣夫 飯田家畜保健衛生所 1 はじめに 管内の農業高校では 教育の一環とし て 繁殖雌牛4頭を飼育し 生徒が飼養 いた また 授業外に班活動として8名が畜 産部に所属していた 管理を担うとともに 生まれた子牛を県 飼養管理

平成 30 年度アグリ技術シーズセミナー in 沖縄 沖縄産資源を活用したヤギ用飼料の開発と 沖縄肉用ヤギのブランド化へ向けた研究 取組 琉球大学農学部長嶺樹

Taro-④H24成績書『(イ)肉用牛への給与技術の確立 ①繁殖雌牛・子牛への給与技術の確立』【校正済み】

黒毛和種の受動免疫による呼吸器病ワクチネーション効果と飼養管理 現場では時間的 労力的な制約から十分実施されることは少なく断続的に発生する呼吸器病の対応に苦慮する事例が多い また 黒毛和種は乳用種に比べ幼齢期の免疫能が劣る [5] のに加え ロボットでは運動量増に伴う栄養要求量の増加 闘争によるスト

分析にあたり 血統情報については 導入市場が 北海道 東北および九州と離れ 繁殖牛の母集団の血統情報に大きな差異が予測されるため 種雄牛のみを取り入れることとした ただし 遺伝的要因として取り上げた種雄牛に関して 後代産子牛が 2 頭以下の種雄牛については 本分析からは除外した すなわち 血液成分お

(1) 乳脂肪と乳糖の生成反芻動物である乳牛にとって最も重要なのはしっかりしたルーメンマットを形成することです そのためには 粗飼料 ( 繊維 ) を充分に与えることが重要です また 充分なルーメンマットが形成され微生物が活発に活躍するには 充分な濃厚飼料 ( でんぷん 糖 ) によりエネルギーを微

報告書

<4D F736F F D BC5F90B68E598ED28CFC82AF5F8B8D>

牛体温監視システム

H25.18

現在 本事業で分析ができるものは 1 妊娠期間 2 未経産初回授精日齢 3 初産分娩時日齢 / 未経産妊娠時日齢 4 分娩後初回授精日 5 空胎日数 6 初回授精受胎率 7 受胎に要した授精回数 8 分娩間隔 9 供用年数 / 生涯産次 10 各分娩時月齢といった肉用牛繁殖農家にとっては 極めて重要

農研機構畜産草地研究所シンポジウム|世界的なルーメンバイパスアミノ酸の利用


Microsoft Word - 宮崎FMDマニュアル⑦ 指針別紙(評価)

乳牛の繁殖技術と生産性向上

Milk quality and animal health

れた。

褐毛和種(熊本系)の遺伝的能力の推移について

子牛育成の参考書 ~ 子牛育成プロジェクトの調査結果から ~ 平成 26 年 3 月 東松浦農業改良普及センター唐津農業協同組合上場営農センター北部家畜保健衛生所

維持期におけるイヌ用手作り食の 栄養学的な問題とその解消 清水いと世 第 1 章緒論総合栄養食は 毎日の主要な食事として給与することを目的とし 当該ペットフード及び水のみで指定された成長段階における健康を維持できるような栄養的にバランスのとれたもの とされており 国内のイヌ用の総合栄養食の品質規格と

報告書

スライド タイトルなし

Microsoft Word 村田.doc

2) 飼養管理放牧は 5 月から 11 月の期間中に実施した 超音波検査において受胎が確認された供試牛は 適宜退牧させた 放牧開始時および放牧中 3 週間毎に マダニ駆除剤 ( フルメトリン 1 mg/kg) を塗布した 放牧には 混播永年草地 2 区画 ( 約 2 ha 約 1 ha) を使用し

解 説 一方 乳成分にも違いが見られた 分娩後30日以内 産牛100頭規模の農場としている 損失額の計算は で乳脂肪率が5 を超える場合は栄養不足で体脂肪の ①雄子牛の出生頭数減少 雄子牛の売却減 ②雌子 過剰な動員が起こっていると判断できる この時期に 牛の出生頭数減少 更新牛購入コスト ③出荷乳

スライド タイトルなし

Microsoft Word 畜産講座(前田)

和牛開始マニュアル

<4D F736F F D F093458F6F82B582BD8D9596D198618EED8E938B8D82CC94EC88E78CF889CA2E646F63>

(Microsoft Word -

<4D F736F F D CB48D655F94928D95445F90488E9690DB8EE68AEE8F802E646F63>

<4D F736F F D AA95D8914F82CC B8AC7979D8E B8B5A8CA4816A817989FC92F994C5817A2E646F63>

The Journal of Farm Animal in Infectious Disease Vol.2 No DELAYED PARTURITON AND INFLUENCE OF INDUCED PARTURITION ON CALVES 総 説 黒毛和種繁殖雌牛の分娩遅延の要

スライド 1

PowerPoint プレゼンテーション

通常 繁殖成績はなかなか乳量という生産性と結びつけて考えることが困難なのですが この平均搾乳日数という概念は このように素直に生産性 ( 儲け ) と結びつけて考えることができます 牛群検定だけでなく色々な場面で非常に良く使われている数値になりますので覚えておくと便利です 注 1: 平均搾乳日数平均

031010 乳牛疾病の早期発見応急処置予防対策 酪総研

untitled

Microsoft Word - 周産期の管理_(最終)_16.11.docx

<4D F736F F F696E74202D208D758B C381458EFC8E598AFA B8CDD8AB B83685D>

Microsoft Word - H26技術資料・輸入乾草の品質・全編原稿

hyoushi

「牛歩(R)SaaS」ご紹介

1. 日本の水稲栽培の現状 (H25) 全国 岐阜 耕地面積 436 万 ha 5.7 万 ha 水田面積 万 ha(53%) 4.4 万 ha(76%) 米作付面積 160 万 ha(68%) 2.5 万 ha(61%) 10a 収量 2 539kg 495kg 玄米収穫量 860 万

6-1 指定食肉 ( 豚肉及び牛肉 ) の安定価格肉用子牛の保証基準価格等算定概要 生産局 平成 27 年 1 月

< F31312D E837E C18B8B975E8B8D93F72E6A>

資料 6-1 指定食肉 ( 豚肉及び牛肉 ) の安定価格肉用子牛の保証基準価格等算定概要 生産局 平成 27 年 12 月

超音波診断装置による黒毛和種繁殖牛の脂肪蓄積量と繁殖性の関連


jphc_outcome_d_014.indd

A 農場の自家育成牛と導入牛の HI 抗体価の と抗体陽性率について 11 年の血清で比較すると 自家育成牛は 13 倍と 25% で 導入牛は 453 倍と % であった ( 図 4) A 農場の個体別に症状と保有している HI 抗体価の と抗体陽性率を 11 年の血清で比較した および流産 加療

特別講演 乳牛の受胎率向上のための栄養管理の要点 国立大学法人帯広畜産大学畜産フィールド科学センター 教授木田克弥 はじめに皆さん こんにちは 帯広畜産大学の木田でございます 本日はこのような場で 日頃私が思っていることを皆様にお話をする機会を与えていただきましたことを 平尾会長をはじめ関係の皆様に

胎児計測と胎児発育曲線について : 妊娠中の超音波検査には大きく分けて 5 種類の検査があります 1. 妊娠初期の超音波検査 : 妊娠初期に ( 異所性妊娠や流産ではない ) 正常な妊娠であることを診断し 分娩予定日を決定するための検査です 2. 胎児計測 : 妊娠中期から後期に胎児の発育が正常であ

,300

(Taro-09\221S\225\ \221S\225\266\217\274\226{.jtd)

「マイクロカプセル化消化酵素による肥育豚糞排せつ量の減量化」

ポイント 2 風よけのカーテン ࢥɈ ᆅ 赤外線ヒーター 壹岐畜産では生後 3 ヵ月齢 ほ乳瓶入れで省力化 で離乳 3 ヵ月齢からは群飼 で飼養している 特に生後 3 4 ヵ月齢の子牛の管理は この時期に 大切とのこと 体調を崩した子牛は肥育して からも良い牛にはならない と奥さんの千穂さん そのた

Taro-handbook2.jtd


研究報告本文.indd

注 ) 材料の種類 名称及び使用量 については 硝酸化成抑制材 効果発現促進材 摂取防止材 組成均一化促進材又は着色材を使用した場合のみ記載が必要になり 他の材料については記載する必要はありません また 配合に当たって原料として使用した肥料に使用された組成均一化促進材又は着色材についても記載を省略す


研究の中間報告

本物のダイエットPart1(サンプル)

報告書

Microsoft PowerPoint - ハンドブック表紙.pptx

平成 30 年度 試験研究の概要 平成 30 年 4 月 地方独立行政法人北海道立総合研究機構農業研究本部根釧農業試験場 0

2 子牛放牧 (1) 放牧子牛は 舎飼子牛に比べて運動量が多いため 肢蹄が鍛えられ 丈夫で健康に 育つ (2) 畜産研究所の試験結果によると 100 日程度放牧した子牛は その後の増体に優れ 肥育終了時には舎飼牛と差のない成績が得られている このため 子牛の積極的な放 牧に努める (3) 草丈 20

平成18年度「普及に移す技術」策定に当たって

平成24年度飼料イネの研究と普及に関する情報交換会資料|飼料用米の肉牛への給与技術

031010 乳牛疾病の早期発見応急処置予防対策 酪総研

PowerPoint プレゼンテーション

DVIOUT

< F31322D8E9197BF82548C9F93A28E968D8091E F196DA3033>

農研機構畜産草地研究所シンポジウム|肉用牛における最適な微量元素補給による繁殖・育成・肥育の成績向上

2015 1,200 A B J 一般社団法人 J ミルク牛乳乳製品の知識改訂版 001

The Journal of Farm Animal in Infectious Disease Vol.2 No NUTRITION AND METABOLISM IN CALF 総 説 子牛の栄養 代謝の特異性 久米新一 京都大学大学院農学研究科 ( 京都市左京区

スライド 1

Transcription:

第 4 章繁殖雌牛の飼料設計方法と飼料給与 飼養管理の問題点を是正するには給与する飼料の飼料設計を適正に行い 決められ た給与量をきちんと給与し 牛がその給与量をきちんと摂取することが必要です A. 飼料設計方法 1) 飼料設計の基準と項目ア自場の記録 a. 日本飼養標準 肉用牛 ( 以下 飼養標準 ) 黒毛和種繁殖雌牛に飼料を給与する場合の基準となるものです 繁殖雌牛だけでなく子牛や肥育牛等に必要な栄養量が体重毎に記載されています ただし 飼養標準通りに飼料設計した飼料を給与しても全ての黒毛和種繁殖雌牛が上手に飼えるわけではありません あくまで1つのものさしです b. 飼料設計に影響を与える要因 ( 例 ) つなぎ飼いと群飼では牛の必要な栄養量は変わります 黒毛和種では系統により体格や特徴が異なるため 農場の牛群の系統構成によっても違いが出てくる可能性があります 外気温や牛舎の環境 ( 飼養密度やパドックの有無など ) の違いも影響する可能性があります c. 自場の基準値作り 飼養標準の値に対してどの程度の割合( 充足率 ) を給与すると 自分の農場の牛が良い状態になるかを調べます 自分の農場の基準値を自分で作ることになるので しばらく自分の農場を調査する必要があります つまり 記録 をとることになります 記録は面倒な部分もありますが 自分の農場のデータを元にしていますので実践的な基準となり 農場の生産性向上に大きく貢献してくれます イ飼料設計の項目 はじめから多くの項目を設計に盛り込まないようにします はじめは生産性に大きな影響がある項目から取り組みます 乾物摂取量(DMI) 可消化養分総量(TDN) 粗蛋白質(CP)( 日本飼養標準に記載 ) とこれに非繊維性炭水化物 (NFC) を加えた4 項目で設計します 31

毎回紙と電卓で計算するより パソコンの表計算ソフトを利用して計算されることをすすめます パソコンは計算と記録が同時にできますから 経営だけでなく飼養管理や繁殖の記録にも利用できます 2) 飼料設計項目ア.DMI TDN CP NFC a.dmi( 乾物摂取量 ) 水分を除いた飼料摂取量のことです 飼料中の水分を差し引いた重量を乾物量 (DM) 摂取した乾物量が乾物摂取量 (DMI) です 通常 kg (kg/ 日 ) で表記します DMI は牛の満腹度合いを知ることができる情報です 牛の満腹度合いは DMI だけで計れるものではありませんが DMI が低い場合はほぼ間違いなく空腹ストレスがかかっています 飼料の過剰給与( 飽食給与 ) は過肥につながることがあります DMI が満たされても他の飼料設計項目が多すぎるとへい害が出てきます このため DMI は重要な飼料設計項目となります b.tdn( 可消化養分総量 ) 飼料中の各栄養素( 粗蛋白質, 粗繊維, 粗脂肪, 可溶無窒素物 ) に牛が消化できる割合をかけて合計した総エネルギー量のことです つまり 飼料分析値を元に計算された値です 通常 kg (kg/ 日 ) で表記します TDN は牛の体重やボディコンディションスコアを調整する上で重要な飼料設計項目です c.cp( 粗蛋白質 ) 飼料中の粗蛋白質のことです 通常 g (g/ 日 ) で表記します CP は過剰摂取しても不足しても受胎率の低下等 繁殖性の低下につながります NFC とセットで飼料設計します d.nfc( 非繊維性炭水化物 ) 非繊維性炭水化物 発酵しやすい炭水化物のことで 主にデンプンです 意味や分析方法の違いからNSC やNCWFE としても表記されますが NFC は比較的よく使われることから ここではNFC で説明します 飼料中の濃度 (%) として表し 計算により求められます NFC=100-( 灰分 + 粗脂肪 + 粗蛋白質 +NDF) 32

イ. 飼料設計の意味 NFC とCP は牛のル-メン ( 第 1 胃 ) の環境を調整するための重要な飼料設計項目です 牛は草を栄養として生きている動物ですが 草を分解しているのはルーメンの微生物です 牛はルーメン微生物による発酵産物を栄養として生きており たとえ計算上充分量の飼料を給与していても 何らかの原因で発酵状態が悪くなるとエネルギー不足になってしまいます つまり飼料設計とは 牛が必要とする栄養であるルーメン発酵産物が確実に生産されるよう 発酵を調整するための設計でもあります 牛はルーメン発酵が悪くなると肝機能の低下や種々の障害が出やすくなり 生産性の低下につながります この他にル-メンに良い発酵をさせるためには 飼料設計だけではなく飼料給与のタイミングや給与の順番 ( 粗飼料と配合飼料 ) 等様々な要因があります 基本はNFC とCP のバランス そしてTDN とDMI です そのため まずはこの4 項目を基本として設計します 3) 栄養充足率の考え方 ( 図 4-A-3) 栄養充足率の基本的な考え方は 必要な栄養量に対して現状の飼料給与量ではどの程度満たされているか です しかし 必要な栄養量 は繁殖ステージで大きく異なります 子牛を親牛に付けて飼養している場合 親牛は泌乳しています このため 体を維持するための栄養量に牛乳生産に必要な栄養量を追加してあげなければ 親牛はやせてしまいます ( 図 4-A-3) いわゆる 増飼 です 妊娠末期にはお腹の中にいる子牛が急激に大きくなるため 子牛のための栄養量が急激に増加します ( 図 4-A-3) 従って 妊娠末期にはお腹の子牛の栄養を満たすために栄養量を追加する必要があります つまり 増飼 です 黒毛和種繁殖雌牛では 少なくともこれら 3 つの繁殖ステージ つまり妊娠末期 泌乳期 乾乳期を意識して飼料設計をする必要があります ( 図 4-A-3) 33

( 図 4-A-3) 34

4) 栄養充足率の計算はじめに最も基本となる乾乳期で 体重 450 kg の黒毛和種繁殖雌牛を例に取り 栄養充足率を計算してみます ( 表 4-A-4) 給与飼料はイタリアンライグラス( 以下 イタリアンとします ) と配合飼料 給与量はそれぞれ現物量 ( 実量 ) で5.0 kg と1.0 kg とし 全て摂取したとします それぞれの飼料成分は ( 表 4-A-4) の中の表 2 の通りだったと仮定します ア.DMI( 乾物摂取量 ) の充足率の計算 ( 表 4-A-4) 各飼料の現物量から水分を除くため 給与量に乾物率をかけます 乾物率は 100 から水分を引いた値です イタリアンの水分は 14.0% だったので乾物率は (100-14.0) で86.0% でした 配合飼料は水分が10.0% だったので乾物率は90.0% でした これらの値を実際の給与量にかけあわせ 合計すると乾物摂取量(DMI) が計算できます (( 表 4-A-4) の表 3) この計算例ではDMI は5.2 kg でした 飼養標準では体重 450 kg の乾乳牛が必要とする乾物量は 6.04 kg ですから 5.2 を6.04 で割り パーセントにするために100 をかけるとDMI 充足率が算出できます この飼料を給与したときのDMI 充足率は約 86.1% でした イ.TDN とCP の充足率の計算 TDN を計算するときは給与量に乾物率をかけて さらに乾物中の TDN 濃度をかけることで算出できます (( 表 4-A-4) の表 4) この飼料計算例では給与飼料の合計 TDN は2.78 kg でした 飼養標準のTDN 必要量は3.02 kg ですので 2.78 を3.02 で割り パーセントにするために 100 をかけると TDN 充足率が算出できます この飼料を給与したときのTDN 充足率は約 92.1% でした 同様にCP 充足率を計算すると 約 100% となります (( 表 4-A-4) の表 5) ウ.NFC 濃度の計算 NFC については飼養標準には必要量が記載されていませんので 充足率は算出できません そこで乾物摂取量中の濃度として算出します イタリアンの乾物中 NFC 濃度は10.0% でしたので NFC 量は430 g となります 配合飼料も同様に計算すると360 g となり これらを合計したNFC 給与量は790 g(0.79 kg) となります 先ほどの計算でDMI は5.2 kg でしたので 全給与飼料中のNFC 濃度は0.79 を5.2 で割り パーセントにするために100 をかけると飼料中のNFC 濃度が算出できます 全給与飼料中のNFC 濃度は約 15.2% でした (( 表 4-A-4) の表 6) 35

給与飼料 イタリアンライグラス ( 一番草 開花期 乾草 ) 黒毛和種繁殖雌牛の飼料計算例 ( 体重 450kg 乾乳牛 ) 表 1. 飼養標準において 450kg の黒毛和種成雌乾乳牛が必要とされている養分量 体重乾物量粗蛋白質 (CP) 可消化養分総量 (TDN) 450kg 6.04kg 479g 3.02Kg 表 2. 給与飼料の例 給与量 ( 現物 ) 乾物率 乾物中可消化養分総量 (TDN) 乾物中粗蛋白質 (CP) 乾物中非繊維性炭水化物 (NFC) 5.0kg 86.0% 50.0% 8.0% 10.0% 配合飼料 1.0kg 90.0% 70.0% 15.0% 40.0% ( 表 3) 乾物摂取量給与量 乾物率 乾物量 イタリアン 5kg 86.0% = 4.3kg + 配合飼料 1kg 90.0% = 0.9kg 合計 5.2kg ( 表 4) TDN 摂取量給与量 乾物率 TDN 濃度 TDN 量 イタリアン 5kg 86.0% 50.0% = 2.15kg + 配合飼料 1kg 90.0% 70.0% = 0.63kg 合計 2.78kg ( 表 5) CP 摂取量給与量 乾物率 CP 濃度 CP 量 イタリアン 5kg 86.0% 8.0% = 344g 配合飼料 1kg 90.0% 15.0% = 135g 合計 479g 5.2kg 6.04kg 100 =86.09% DMI 充足率約 86.1% 2.78kg 3.02kg 100 = 92.05% TDN 充足率約 92.1% 479g 479g 100 =100.0% CP 充足率約 100.0% ( 表 6) NFC 濃度 給与量乾物率 NFC 濃度 NFC 量 イタリアン 5kg 86.0% 10.0% = 430g 配合飼料 1kg 90.0% 40.0% = 360g 合計 790g =0.79kg 0.79kg 5.2kg 100 =15.19% NFC 濃度約 15.2% ( 表 4-A-4) 36

5) 栄養充足率から牛の状態を推測する 4) で計算した数値から 様々なことが推測できます ア.TDN の充足率 TDN の充足率は 92.1% でした 必要量を満たせば 100% になるので この飼料設計では飼養標準に対して約 8% TDN が不足していることになります この飼料設計のまま継続して飼料を給与していると牛がやせてくる可能性があります これはあくまで計算ですので 飼養方法や牛舎環境によってはこのくらいの充足率でも体重を維持できる場合は多くあります そこで 本当にエネルギーが不足しているかどうか調べる必要があります 実際のボディコンディションスコアの変化を調べてみることが重要です エネルギー不足の時は発情微弱や無発情 排卵遅延により受胎率が低下する可能性があります そのため 最近の発情行動の状態や人工授精の受胎率等の記録を確認することが大切です イ.CP の充足率 同様に CP の充足率は約 100% でしたので CP については充足していることになります CP の充足率は過剰でも不足でも繁殖成績が低下する傾向がありますので 受胎率や繁殖障害 ( 卵胞のう腫等 ) の発生状況を再確認する必要があります ウ.DMI の充足率 DMI の充足率は約 86.1% でしたので この飼料設計では飼養標準に対して約 14% DMI が不足していることになります DMI の不足は空腹ストレスとなり 繁殖性の低下につながります 舌遊び と呼ばれる存在しない空中の草を食べるような行動や 柵を舐めるといった異常行動が増えたりします このような行動が見られないかの観察が必要です このような状態が続くと エネルギー不足の時と同様発情微弱になったりします エ.NFC の濃度 NFC については充足率の計算はできませんが 筆者らは飼料中の NFC の濃度が約 20% の時 繁殖性が改善されることを報告しています NFC は重要なルーメン発酵基質ですので ルーメン環境の安定のためには毎日の摂取量が変動しないことも重要です 37

飼料中のNFC の濃度が高い場合 牛が太りやすくなる傾向があります 黒毛和種繁殖雌牛の場合 乳牛や肥育牛のように給与飼料が高エネルギーである必要がないため NFC の濃度をあまり高くする設計はすすめられません 飼料中のNFC の濃度は20% 前後で調整しておくことを推奨します オ. 充足率や摂取量の記録 充足率や摂取量を計算して記録することで 自場の牛がどの程度の栄養充足率なら体を維持できるのか 繁殖性を含めた生産性が良い状態になるかを知ることができます これらのデータがつかめると 自場の飼料設計の特徴が判るだけでなく 他の優良農場の飼料設計と比較してどこが違うのかが判るようになります 黒毛和種以外の繁殖雌牛( 日本短角種や褐毛和種 ) に応用することも考えられます 6) 鳥取牧場における給与飼料の内容 TDN はBCS や体重の推移を確認しながら設定する必要があります CP はNFC とのバランスによるため 特に低 NFC 飼料の場合 高 CP に注意する必要があります DMI の上限は摂取可能量であれば問題はありませんが 低すぎる場合空腹ストレスを受ける可能性があります ( 表 4-A-1) に鳥取牧場が指標としている栄養充足率を示します ( 表 4-A-1) 栄養充足率の推奨値 TDN CP DMI 乾物中の NFC 濃度 泌乳期 90-100% 80-100% 85% 以上 20-25% 乾乳期 90-100% 80-120% 90% 以上約 20% 妊娠末期 90-100% 100-110% 85% 以上 20-25% 38

B. 飼料給与方法 1) 鳥取牧場方式 ( 図 4-B-1-1) 鳥取牧場では TMR ミキサーを用いて粗飼料の給与を行っています これについて紹介します ア. 基礎飼料の作成 粗飼料は成分のバラツキが大きいことから 単一の粗飼料では CP や NFC に過不足が出てしまいます そのため あらかじめ調べた飼料分析結果を基に CP や NFC が高い草と低い草を組み合わせてミキシングします NFC が高く CP が低い牧草であるトウモロコシサイレージを一定量加えることで飼料成分を調整しやすくしています なるべく牧草の飼料成分で調整しますが CP が低くなってしまうケースもあるため その場合はフスマや大豆粕による調整をします このようにして作った飼料を基礎飼料とします 泌乳牛や妊娠末期の牛には後から配合飼料を別に給与します 牛群編成が大切です ( 図 4-B-1-2) ラップサイレージ 乾草 トウモロコシサイレージ 調整用飼料 ( フスマ 大豆粕等 ) TMR ミキサー 基礎飼料 ( 図 4-B-1-1) 39

牛群編成の例 分娩房 泌乳牛 スタンチョン 妊娠末期牛飼槽通路飼槽 ( 図 4-B-1-2) 乾乳牛 ( 体格の大きい牛 ) 乾乳牛 ( 体格の小さい牛 ) BCS 調整牛 ( やせている牛等 ) イ.TMR ミキサー給与における乳牛との違い 通常乳牛では粗飼料だけでなく配合飼料を加えて これのみで飼養できる完全飼料にします 乳牛は妊娠末期や泌乳期のような必要となる栄養が高い期間が長いため この期間の飼料が基礎飼料となるためです 黒毛和種繁殖雌牛の場合 増飼する必要がある つまり配合飼料を給与すべき期間が一年のうち妊娠末期 1-2 カ月と泌乳期の3-4 カ月の4-6 カ月間しかなく その他の期間に増飼分を含めた飼料を給与することは過剰な栄養を給与することになってしまいます そこでTMR ミキサーの設計を乾乳期用飼料と考え その他の期間は基礎飼料に配合飼料を加えて給与して管理した方が効率的と考えられます ただし 基本となる粗飼料が低栄養の場合は配合飼料をTMR ミキサーに投入するのは問題ありません -40-

ウ.TMR ミキサーの長短 利点は数種類の飼料を混ぜることで飼料成分の調整ができることに加え 給与量を量ることができることです 欠点としてあまりミキシングしすぎると粗飼料の裁断長が短くなってしまうことです 黒毛和種繁殖雌牛は乳牛のように乾物摂取量を高める必要はなく 空腹ストレスがかからない程度が良いと考えられるため オーバーミキシングはあまり良くないと考えられます しかし ある程度ミキシングしないとTMR ミキサー排出時の飼料に偏りが出てしまいます 参考までに切断長について記載します ( 図 4-B-1-3) ( 参考 ) 黒毛和種繁殖雌牛に給与する TMR 飼料の切断長について TMR 飼料の切断長はペンシルベニア州立大学のパーティクルセパレーターで調査 ( パーティクルセパレーターは給与された TMR 飼料の粒度がどのように分布しているのか等が調べられる ) 穴の大きさが異なるふるいを重ねて一定のスピードでゆらすことで TMR をふるいます 各段に残った飼料を量り 比率を調べます 生産性が高かった黒毛和種繁殖雌牛群の TMR 粒度分布例 ( 図 4-B-1-3) パーティクルセパレーター -41-

2) 一般農家で利用する場合ア.TMR ミキサーがない場合 a. 飼料設計項目の計算方法 粗飼料の成分はバラツキが多いため TMR ミキサーがない場合 数種類の粗飼料を混ぜて飼料設計をすることはできません そのような場合 ロールカッター等を使って給与する方法がありますが 給与量をはかることはできません しかし 乾草ロールやラップサイレージ 1 個で何頭飼養できるかを逆算する方法があります 例えばラップサイレージの場合 水分含量によって重さは違いますが 1 個のラップが500 kg でも400 kg でも体積は同じです 同じ大きさ つまり高さと底辺の面積が同じラップサイレージなら水分を除いた重量は同じになります 仮に300 kg とします このラップの乾物中 TDN 濃度が55% ならば TDN 量は165kg となります BCS3 前後の時の牛群の平均体重が 450kg と仮定した場合 一頭あたりの必要 TDN 量は 3.02 kg なので 165 kg 3.02 kg となり約 55 頭分の飼料となります この時 TDN 充足率は約 100% となり 同様の計算でDMI の充足率は 300kg 6.04 は約 50 ですから 50 55 で91% となります CP も同様の計算になります 端数となる頭数については実際の重量を量る必要がありますが 端数となった頭数の給与量を同じ充足率になるよう給与量をはかって設定することで この牛たちが最も精度の高い代表となるため これら牛を特に注意深く観察することで 現在の充足率が農場にあっているかをみることができると考えられます b. 鍵となる牛群編成とBCS のチェック この場合 牛群編成が重要な鍵になります 妊娠末期牛や泌乳牛は飼料設計が異なるうえ ある程度分娩日の順番等による牛群編成をせざるを得ないのですが 乾乳牛や妊娠初期 ~ 中期の牛は基本的な飼料設計が同じのため 体格や BCS で群分けをすることが可能です ( 図 3-B-2) 群編成により一頭あたりに給与すべき飼料の量を把握すれば 飼料給与は効率的になります そして1-2 カ月に一度 BCS を調整します スタンチョンをかけて DMI を均一化させているつもりでも 群内には強い牛と弱い牛が必ず存在し スタンチョンで食べていても食べるスピードが早い牛と遅い牛がいます 42