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007 大脳皮質基底核変性症

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( 様式甲 5) 学位論文内容の要旨 論文提出者氏名 論文審査担当者 主査 教授 大道正英 髙橋優子 副査副査 教授教授 岡 田 仁 克 辻 求 副査 教授 瀧内比呂也 主論文題名 Versican G1 and G3 domains are upregulated and latent trans

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脳組織傷害時におけるミクログリア形態変化および機能 Title変化に関する培養脳組織切片を用いた研究 ( Abstract_ 要旨 ) Author(s) 岡村, 敏行 Citation Kyoto University ( 京都大学 ) Issue Date URL http

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60 秒でわかるプレスリリース 2008 年 10 月 22 日 独立行政法人理化学研究所 脳内のグリア細胞が分泌する S100B タンパク質が神経活動を調節 - グリア細胞からニューロンへの分泌タンパク質を介したシグナル経路が活躍 - 記憶や学習などわたしたち高等生物に必要不可欠な高次機能は脳によ

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報道解禁日 : 日本時間 2017 年 2 月 14 日午後 7 時 15 日朝刊 PRESS RELEASE 2017 年 2 月 10 日理化学研究所大阪市立大学 炎症から脳神経を保護するグリア細胞 - 中枢神経疾患の予防 治療法の開発に期待 - 要旨理化学研究所 ( 理研 ) ライフサイエンス

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33 NCCN Guidelines Version NCCN Clinical Practice Guidelines in Oncology (NCCN Guidelines ) (NCCN 腫瘍学臨床診療ガイドライン ) 非ホジキンリンパ腫 2015 年第 2 版 NCCN.or

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報道関係者各位 2019 年 1 月 17 日 国立大学法人筑波大学 株式会社 MCBI 認知機能の低下を評価する有効な血液バイオマーカーの発見 認知症発症の前兆を捉える 研究成果のポイント 1. アルツハイマー病など認知症の発症に関わる3 種類のタンパク質の血液中の変化が 軽度認知注障害 (MCI

に挙げられるようになった 昨年 11 月 2-4 日に私は第 4 回 DLB/PDD 国際ワークショップを横浜で開催し 国内外からその専門家が集まった それをきっかけに NHK やいくつかの新聞紙上で DLB が取り上げられ 最近では一般の人の間でも DLB が知られるようになってきている しかし

ドパミン動揺 アセチルコリン欠乏病 しまいます このような思い込みのあとで ところでこの患者にピック 症状はないだろうか と立ち止まって考えることがあるでしょうかつま り 医師が医療機器に振り回されているのです 筆者が提唱している レビー ピック複合 という概念は 1 人の 患者に様々な疾病の可能性

平成 30 年 6 月 19 日 報道機関各位 東北大学病院 東北大学大学院医学系研究科東北大学加齢医学研究所 世界初のアルツハイマー型認知症に対する超音波治療の医師主導治験 認知症に対する自己修復能力の活用 発表のポイント アルツハイマー型認知症注 1 は 高齢化の進展に伴い全国的に増加の一途を辿

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発表日 発表時間を変更することはできませんので ご了承ください 発表日ごとに演題番号奇数 偶数の順に各 30 分間の待機時間を設けますので その時間帯はご自身のポスター前で待機し討論を行ってください 待機時間以外は自由にご討論ください (11/24( 金 )17:40 18:10 11/25( 土

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第 15 章 第 15 章 アルファ シヌクレイン病 1. アルファ シヌクレイン病の概念 αシヌクレイン病は神経細胞内にαシヌクレインが沈着する疾患である αシヌクレインは 140 アミノ酸からなる可溶性蛋白で シビレエイおよびラットのシナプスに局在する蛋白として同定された ( 図 15-1) シ

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124 皮質下梗塞と白質脳症を伴う常染色体優性脳動脈症

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124 皮質下梗塞と白質脳症を伴う常染色体優性脳動脈症 概要 1. 概要皮質下梗塞と白質脳症を伴う常染色体優性脳動脈症 (Cerebral Autosomal Dominant Arteriopathy with Subcortical Infarct and Leukoencephalopathy

Q1 訪問看護の導入時期は どのように判断すればよいでしょうか? A 医療処置や医療機器の管理などが必要な場合は比較的早期に訪問看護の依頼がありますが ADLの維持 向上などの予防的ケアや病気の悪化予防の目的での訪問看護についても できるだけ早期の導入が理想的です また ターミナル時期の利用者の場合

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日本のプリオン病の現状 サーベイランス調査から 図2 図3 MM2視床型の特徴 拡散強調MRIで高信号は出現せず SPECTで視床の血流低下を認める 現在認められている遺伝性プリオン病の原因遺伝 子変異 図4 ヨーロッパと日本の遺伝性プリオン病の原因遺伝 子変異よりみたタイプの違い 典型よりも進行は

解禁日時 :2019 年 2 月 4 日 ( 月 ) 午後 7 時 ( 日本時間 ) プレス通知資料 ( 研究成果 ) 報道関係各位 2019 年 2 月 1 日 国立大学法人東京医科歯科大学 国立研究開発法人日本医療研究開発機構 IL13Rα2 が血管新生を介して悪性黒色腫 ( メラノーマ ) を

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2017 年 8 月 9 日放送 結核診療における QFT-3G と T-SPOT 日本赤十字社長崎原爆諫早病院副院長福島喜代康はじめに 2015 年の本邦の新登録結核患者は 18,820 人で 前年より 1,335 人減少しました 新登録結核患者数も人口 10 万対 14.4 と減少傾向にあります

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第 1 回第 2 回第 3 回第 4 回第 5 回第 6 回第 7 回第 8 回第 9 回第 10 回第 11 回第 12 回第 13 回第 14 回第 15 回第 16 回第 17 回第 18 回第 19 回第 20 回第 21 回第 22 回第 23 回第 24 回第 25 回第 26 回第 2

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Ⅰ診断 症候 鑑別診断 認知機能に関する訴え 正常ではなく認知症でもない 認知機能の低下あり 日常生活機能は正常 Amnestic n-amnestic 認知障害は記憶障害のみ 認知障害は1領域に限られる Amnestic Single 図1 表1 記憶障害 Amnestic Multiple n

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学位論文名 :Relationship between cortex and pulvinar abnormalities on diffusion-weighted imaging in status epilepticus ( てんかん重積における MRI 拡散強調画像の高信号 - 大脳皮質と視

60 秒でわかるプレスリリース 2008 年 8 月 21 日 独立行政法人理化学研究所 GABA 抑制の促進がアルツハイマー病の記憶障害に関与 - GABA 受容体阻害剤が モデルマウスの記憶を改善 - 物忘れに始まり認知障害へと徐々に進行していくアルツハイマー病は 発症すると究極的には介護が欠か

免疫学的検査 >> 5A. 免疫グロブリン >> 5A150. 検体採取 患者の検査前準備 検体採取のタイミング 記号 添加物 ( キャップ色等 ) 採取材料 採取量 測定材料 フ プレイン 髄液 2 ml G 凝固促進剤 + 血清分離剤 ( オレンジ ) 血液 4 ml 検体ラベル

Transcription:

神経変性疾患と蓄積する蛋白について新しい変性蛋白 (TDP-43) を含めて ( 財 ) 東京都医学研究機構東京都精神医学総合研究所老年期精神疾患研究チーム 羽賀千恵 新井哲明 秋山治彦 神経変性疾患とは 中枢神経系の神経細胞が徐々に変性して細胞死に陥る進行性疾患をさす アルツハイマー病 (Alzheimer's disease:ad) や パーキンソン病 (Parkinson's disease:pd) 筋萎縮性側策硬化症 (amyotrophic lateral sclerosis:als) などがよく知られているが それ以外にも多数の疾患がある この十数年の間に分子生物学的な研究の発展により 家族性に発病する神経変性疾患において原因遺伝子の同定が進んだ 例えば ハンチントン病ではハンチンチンという蛋白質 家族性 AD ではアミロイド前躯体蛋白 (APP) やプレセリニンという蛋白質の遺伝子異常が見出された また 神経変性疾患の脳や脊髄に疾患特異的に蓄積する蛋白質の同定も進んだ AD ではアミロイド β 蛋白質 (Aβ) とタウ PD では α- シヌクレインが異常蓄積することが明らかになり これらを検出することが病理診断において重要な意味を持つようになった さらに タウの遺伝子異常がパーキンソニズムを伴う家族性前頭側頭型認知症 (FTDP-17) の一部を α- シヌクレインの遺伝子異常が家族性 PD を引き起こすことから これらの異常蓄積蛋白質は神経変性疾患の病因 病態において 本質的な役割を果たしていると考えられるようになった 今日 タウや α- シヌクレインが異常蓄積する変性疾患群は それぞれタウオパチー (tauopathy) シヌクレイノパチー (α-synucleinopathy) と総称されている しかし 研究が進むにつれて 個々の疾患に特異的であると思われていた蛋白質が しばしば他の神経変性疾患に蓄積していることもわかってきた これらの知見は 個々の神経変性疾患症例を評価するにあたり 従来の神経解剖学的な病変分布に加えて 異常蓄積している蛋白質の種類 量などを明らかにすることが重要であることを示している 将来 異常蛋白質蓄積を解消して疾患の進行を止める治療法が開発されると考えられるが 診断の最も重要な目的が適切な治療法選択にあるとすれば 神経変性疾患の分類自体を見直す必要が出てくるかも知れない 1) タウオパチー (tauopathy) についてタウは微小管結合蛋白質のひとつで 微小管の形成を促進し安定化する働きを持っている AD やその他のタウオパチー脳に蓄積したタウは 多くの部位で異常なリン酸化が生じるとともに 凝集して線維状の構造をとるという特徴がある タウオパチーに属する疾患には AD に加え 神経原線維型老年認知症 (tangle only dementia) 嗜銀顆粒病 (grain disease) 進行性核上性麻痺 (progressive supranuclear palsy : PSP と略 ) 皮質基底核変性症 (corticobasal degeneration: CBD と略 ) ピック病 (Pick's disease) や FTDP-17 のうちタウ遺伝子異常によって引き起こされるものなどが挙げられる ( 表 1) AD をはじめ多くの疾患で タウは神経細胞の細胞体や神経突起に蓄積し 神経原線維変化 : neurofibrillary tangle(nft と略す ) や neuropil thread と呼ばれる形態をとることが多いが ( 図 1a) ピック病では球状の蓄積を示し ピック球と呼ばれる ( 図 1b) 一方 CBD や PSP などでは タウはグリア細胞にも蓄積し アストロサイトの場合は tuft-shaped astrocyte( 図 1c) astrocytic plaque( 図 1d) など オリゴデンドロサイトの場合は coiled body( 図 1e) argyrophilic thread( 図 1f) など様々な形態をとる タウはエクソン -2-3 と -10 のスプライシングによって計 6 種類の isoform が生じるが エクソン -10 のスプライシングの違いにより 微小管結合部位の繰り返し配列が 3 つある 3 リピート (R) タウと 4 つある 4 リピート (R) タウとに大別される 異常蓄積するタウの isoform は変性疾患によって異なることが知られている AD などの NFT では 6 種類すべての isoform が蓄積するのに対して PSP や CBD では 4R タウが ピック病では 3R タウが蓄積する -1-

図 1 タウ免疫染色使用抗体 ( 図 1a~1f): 抗 PHF タウマウスモノクローナル抗体 (AT-8) 1a: アルツハイマー病 (AD) の新皮質第 V 層の神経原線維変化 と neuropil threads 1b: ピック病大脳皮質海馬のピック球 1c: 進行性核上麻痺 (PSP) の tuft-shaped astrocyte 1d: 皮質基底核変性症 (CBD) の astrocytic plaque 1e: 皮質基底核変性症 (CBD) の coiled body と argyrophilic threads 1f: 皮質基底核変性症 (CBD) の argyrophilic threads -2-

2) シヌクレイノパチー (synucleinopathy) についてシヌクレイノパチーは α- シヌクレインが蓄積する疾患群をさす α- シヌクレインの異常蓄積は病理組織学的には レビー小体病 (Lewy body disease:lbd) のレビー小体 神経突起 ( 図 2a) と 多系統萎縮症 (multiple system atrophy: MSA と略す ) のグリア細胞質封入体 (glial cytoplasmic inclusion: GCI 図 2b) とがある GCI は MSA の変性部位に多く出現するオリゴデンドログリア細胞質への α- シヌクレイン蓄積であり 小脳や大脳基底核が好発部位である LBD は 臨床的には PD 認知症を伴う PD(Parkinson's disease with dementia: PDD) レビー小体型認知症 (dementia with Lewy bodes: DLB) に分けられる しかし PD は経過と共に PD PDD DLB と移行することが多く 病理学的にもこれらを明確に区別することが難しいため 最近 LBD と総称することが提案されている 家族性に発病する PD や DLB の一部が α- シヌクレインの遺伝子異常が原因でおきることが知られている したがって シヌクレイノパチーと呼ばれる疾患群では α- シヌクレインの異常が病因 病態の中心であると考えられている PD では主として中脳黒質 青斑核 迷走神経背側核などに多数のレビー小体の出現を認める DLB では扁桃核 辺縁系皮質から大脳新皮質にレビー小体の分布が広がる タウと同様 異常蓄積した α- シヌクレインはリン酸化されており リン酸化 α- シヌクレイン特異抗体を使用した高感度免疫組織化学染色ではレビー小体に加えて 変性神経突起様 thread 様 dot 様の α- シヌクレイン蓄積 ( 図 2c) を観察することができる なお DLB の多くは Aβ やタウの蓄積も認め AD と同じ病理変化を伴っている 本邦では Lewy 病変と AD 病変を有する例を DLB という範疇としてとらえる傾向が強いのに対して 米国では AD としてとらえる傾向が強い 臨床的には AD 的な病像 DLB 的な病像というものはあるが 病理学的には PD PDD DLB が連続的に移行するのと同様 DLB と AD の間にも明瞭な境界が認められるわけではない 図 2 α- シヌクレイン免疫染色 2a: パーキンソン病 (PD) 黒質メラニン陽性細胞内のレビー小体 とレビー神経突起 使用抗体 : 抗 α-シヌクレインヤギポリクローナル抗体 ) 2b: 多系統変性症 (MSA) のグリア細胞質封入体 GCI 使用抗体 : 抗 α-シヌクレインマウスモノクローナル抗体 (psyn 64) 2 c: びまん性レビー小体病 (DLB) 大脳皮質の α- シヌクレイン陽性構造 (Lewy body,neurites,threads,dots ) 使用抗体 : 抗 α- シヌクレインマウスモノクローナル抗体 (psyn 64) -3-

* タウオパチー シヌクレイノパチーと Gallyas-Braak 変法について Gallyas-Braak 変法 (G-B 変法と略 ) は もともと NFT を選択的に染色する目的で開発され使用されてきた しかし NFT だけではなく 他のタウオパチー シヌクレイノパチーの一部も陽性に染色する G-B 変法の特徴として PSP や CBD のグリア細胞内タウ蓄積が強く染色される ( 図 3a 3b) 一方 ピック球の染色は弱い このような違いが蓄積しているタウの isoform の違いと関係するという説もあるが定かではない G-B 変法では 通常のホルマリン固定パラフィン標本の場合 レビー小体は染色されないが GCI は陽性である ( 図 3c) 図 3 Gallyas-Braak 変法鍍銀染色法 3a: 進行性核上麻痺 (PSP)tuft-shaped astrocyte 3b: 皮質基底核変性症 (CBD)argyrophilic theads 3c: 多系統変性萎縮症 (MSA) のグリア細胞質封入体 (GCI) -4-

3)AD とアミロイド β 蛋白質についてアミロイド β 蛋白質 (Aβ) は AD の本質的な病変と考えられている老人斑アミロイドの主要構成蛋白質である また AD や加齢に伴うアミロイドアンギオパチーの蓄積蛋白質でもある Aβ は カルボキシ末端側の断端の違いにより 大まかには Aβ40 と Aβ42 とに分けられる Aβ42 は不溶性 凝集性が強いため蓄積しやすく また 神経細胞毒性も強いと考えられている 老人斑は Aβ42 が先に蓄積して形成され 後から Aβ40 の蓄積が加わると推測されている ( 図 4a) アミロイドアンギオパチーの場合は 髄膜の動脈や髄膜から大脳皮質に貫通する動脈 脳実質の小動脈の場合は Aβ40 の割合が高く ( 図 4b) 脳実質の毛細血管への Aβ 沈着では Aβ42 の割合が高い ( 図 4c) 家族性 AD の原因である APP やプレセニリンの遺伝子異常は Aβ の蓄積を促進する したがって Aβ の蓄積は AD 発病の根本的なメカニズムであると考えられており ( アミロイドカスケード仮説 ) 今日 Aβ 蓄積を解消することを目的とした治療薬開発や PET MRI を用いた Aβ 蓄積の検出法の開発が精力的に進められている なお タウや α- シヌクレインが神経細胞内に蓄積するのに対して Aβ は細胞外に蓄積する そのため Aβ は病因蛋白質のひとつではあるが タウオパチー シヌクレイノパチーといった呼び方はなされていない 図 4 Aβ 免疫染色 ( アルツハイマー病 :AD) 使用抗体 ( 図 4a~4c): 抗 Aβ40,Aβ42 ウサギポリクローナル抗体大阪市立大学森啓先生 4a:Aβ40( 紫色 )/Aβ42( 茶色 ) 二重染色 Aβ42 のみ蓄積している老人斑の方が, Aβ40,Aβ42 両方が蓄積している老人斑よりも多い. 4b:Aβ42( 紫色 )/Aβ40( 茶色 ) 二重染色中央の太いアミロイドアンギオパチーは Aβ40 でのみ染色されるが, 周囲の老人斑は Aβ42 陽性である. 4c:Aβ40( 紫色 )/Aβ42( 茶色 ) 二重染色毛細血管 への Aβ 蓄積は主として Aβ42 であるため, この標本では茶色に染色される. 老人斑 には Aβ40,Aβ42 両方が蓄積している. -5-

*Aβ 免疫染色とメセナミン銀染色メセナミン銀法では Aβ 免疫染色に近い老人斑の染色が可能であり ( 図 5) 特に びまん性老人斑と呼ばれる密度の低い Aβ 蓄積については Campbell-Switzer 法と並んで 他の鍍銀染色法よりも染色性がよいとされている 図 5 メセナミン銀染色によるアルツハイマー病 (AD) 老人斑とびまん性 Aβ 沈着 4) 新しい変性蛋白の発見 (TDP-43) についてピック球を欠き タウ陰性ユビキチン陽性の封入体が海馬歯状回などに多数出現する前頭葉側頭葉変性症 (frontotemporal lobar degeneration with ubiquitin-positive inclusions: FTLD-U) では そのユビキチン陽性封入体の主要構成蛋白質が最近まで不明であった また筋萎縮側策硬化症 (ALS) では 脊髄の運動ニューロンにスケインと呼ばれるユビキチン陽性封入体が出現するほか 一部の症例で臨床的に認知症を伴い 海馬歯状回などに FTLD-U と同様の病変を認めることが知られていた 2006 年秋に Neumann ら Arai らによって これらのユビキチン陽性封入体の主要構成蛋白質が trans activation responsive region (TAR) DNA-binding protein of 43kDa (TDP-43) であることが発見された 図 6a~6c は FTLD-U 海馬歯状回 (6a) 側頭葉皮質 (6b) ALS 脊髄 (6c) の TDP-43 染色を示す 今日 ALS と FTLD-U は TDP-43 プロテイノパチー (proteinopathy) として相互に関連する疾患と考えられている.TDP-43 はまた グアム島や紀伊半島に発生する特異な ALS パーキンソニズム 認知症複合でも蓄積する 2008 年に入り 家族性に発病する ALS の一部が TDP-43 の遺伝子変異によることが明らかになった これは TDP-43 異常が ALS の病因に直接関わっていること すなわちこれらの疾患に本質的な異常であることを意味している TDP-43 は正常では核に存在し 中枢神経系の免疫染色では細胞核が陽性に染色される ALS や FTLD-U において神経細胞が異常をきたすと TDP-43 は細胞質に蓄積する一方 核には認められなくなる また ALS や FTLD-U で異常蓄積した TDP-43 はタウと同様 複数の部位でリン酸化されており 抗リン酸化 TDP-43 抗体を用いることで これらの疾患において異常に蓄積した TDP-43 を選択的に染色することができる 図 6d~6f はリン酸化特異抗体で染色した FTLD-U 海馬歯状回 (6d) 側頭葉皮質 (6e) ALS 脊髄 (6f) である 最近の研究では TDP-43 の異常蓄積は 量的には僅かであったり部位が限局したりしているが 注意深く観察することで AD や DLB の 30~50% でも検出されることが明らかになった このように AD や DLB は Aβ タウ α- シヌクレイン TDP-43 という 神経変性疾患の主要蓄積蛋白質が症例ごとに異なる量 頻度で蓄積する疾患であることから オーバラップ症候群という呼び方をされることもある これからの神経変性疾患の病理診断においては これら異常蛋白質の蓄積の量 分布などをきちんと評価することが必須である -6-

図 6 TDP-43 免疫染色 6a ~ 6c : リン酸化非特異抗体による染色 6d ~ 6f : リン酸化特異抗体による染色リン酸化非特異抗体は細胞核に存在する正常な TDP-43 も染色するため, 異常構造を同定しにくいが, リン酸化 TDP-43 特異抗体は異常蓄積した TDP-43 のみを選択的に染色する. 使用抗体 ( 図 6a~6c) : 抗 TDP-43 ウサギポリクローナル抗体 ( 図 6d~6f) : 抗 TDP-43 ウサギポリクローナル抗体 ( 自家製抗体 ) 6a 6d 6a および 6d: 前頭側頭変性症 (FTLD-U) 海馬歯状回の顆粒細胞内封入体 6b 6e 6b および 6e: 前頭側等変性症 (FTLD-U) 側頭葉新皮質の変性神経突起 6c 6 f 6c および 6f: 筋萎縮側策硬化症 (ALS) 脊髄前角のスケイン様封入体 -7-

表 1 タウ異常蓄積を伴う疾患 アルツハイマー病レビー小体型認知症 * 神経原線維型老年認知症石灰沈着を伴うびまん性神経原線維変化病嗜銀顆粒病進行性核上性麻痺皮質基底核変性症ピック病 ( ピック球を伴う ) FTDP-17( ただしタウ遺伝子異常によるもののみ ) グアム島 / 紀伊半島の ALS パーキンソン症候群 認知症複合英国 / デンマークの家族性認知症 (BRI 蓄積症 ) エコノモ脳炎後遺症 ( 脳炎後パーキンソン症候群 ) 亜急性硬化性脳炎拳闘家 ( ボクサー ) 脳症筋緊張性ジストロフィー *: 少数だがタウ蓄積が少ないか ほとんど認めない症例もある. 図に示した免疫染色方法の要約 1. 試料を H2O2 で 30 分間ブロッキングする 10 分づつ3 回 PBS で洗浄する 2. 一次抗体 ( 目的に応じた抗体 至適な倍率とする ) 4 一晩以上反応させる 10 分づつ3 回 PBS で洗浄する 3. 二次抗体 x1000 (ABC キット ) 2 時間以上反応させる 10 分づつ 3 回 PBS で洗浄する 4. ABC 液 x1000 2 時間以上反応させる 10 分づつ3 回 PBS で洗浄する 5. DAB 反応 20 分 ~1 時間反応させる DAB 液 0.05M Tris Hcl Buffer 42.5ml DAB 5mg 1M immidazole 液 2.5ml (10% Ammonium Nickel Sulfate 液 5.0ml) 1% H2O2 10~20μl DAB 反応の発色は 紫色にする場合は DAB 基質液に 10% アンモニウムニッケル液をもちいたときである また 茶色の発色では アンモニウムニッケル液をもちいない アンモニウムニッケルならびイミダゾールは 免疫発色反応の増感作用がある 今回使用したパラフォルムアルデヒド短時間固定クライオカット標本の場合 ここで示した抗 PHF タウマウスモノクローナル抗体 (AT-8) 抗 α- シヌクレインヤギポリクローナル抗体 抗 α- シヌクレインマウスモノクローナル抗体 (psyn 64) 抗 TDP-43 ウサギポリクローナル抗体では 上記の方法で染色できる しかし ホルマリン固定パラフィン標本の場合 抗体によっては 蟻酸処理 オートクレーブ処理などの免疫賦活法が必要な場合がある また 同じホルマリン固定でも たとえば固定期間などによって条件が違う場合もあるので 施設ごとに至適条件の設定をしていただくのが望ましい α- シヌクレイン TDP-43 はいずれもリン酸化抗体を使用した方が病変特異的染色となり 高い検出感度が得られる psyn#64 はリン酸化 α- シヌクレインに特異的である -8-

参考文献 長谷川成人 : タウオパチーとアルツハイマー病 Dementia Japan Vol 16 :22-30, 2002 小阪憲司 : シヌクレイノパチー新たな展開 Dementia Japan Vol 21:1-7, 2007 新井哲明, 他 :FTLD および ALS に出現するユビキチン陽性封入体の主要構成成分としての TDP-43 の同定 Dementia Japan Vol 21 : 89-102, 2007 新井哲明, 他 :TDP-43 と FTLD-U 研究の新展開 Dementia Japan Vol 22:37-46, 2008 Arai T, et al. : TDP-43 is component of ubiqutin-posotive tau-negative inclusions in frontotemporal lobar degeneration and amytrophic lateral sclerosisi. Biochem Biophys Res Commun 351 : 602-611, 2006 Hasegawa M, et al.:phosphorylated TDP-43 in frontotemporal lobar degeneration and ALS. Ann Neurol, 2008 (in press) -9-