構造設計学 講義資料 構造設計は 建築物に作用すると思われる荷重によって生じる構造物内部の抵抗力 ( 応力 ) を 各構造要素 ( 柱 はり 床 壁など ) が安全に支持するために 各構造要素の部材断面を具体的に決定するためのプロセスを言います 本講義では 1 鉛直荷重 ( 固定荷重 積載荷重 積雪荷重 ) に対するはりや柱の設計条件を解説します 2その設計条件を踏まえて 鉄筋コンクリート構造と鋼構造はりの構造原理を解説します 3また 水平荷重 ( 風圧力と地震力 ) の算定方法を講義し 特に地震に対して建物がどのように揺れるのか 建築振動学の基本を説明します 4その上で 耐震設計の基本概念を解説し 構造計画 ( 剛性率 偏心率 保有水平耐力 ) の重要性について説明します 本資料は 建築構造設計学を学ぶための読み物として作成しています 構造設計は 力学と設計概念をベースにしていますので 難しい面が多々あると思いますが 読み物の一つとして 気楽に読んでいただけたらと思います 1
[1] はりの設計条件 曲げモーメントに抵抗するだけの曲げ強さがあること せん断力による破損の危険がないこと たわみが過度にならないこと 横 ( 構面外 ) 方向へ座屈する危険性がないこと 一般にはりには 曲げモーメントやせん断力が作用します ということは はりには 曲げやせん断に対して耐えるだけの強度が要求されます それでは 曲げやせん断に対して強ければ良いのでしょうか もちろん それ以外にはりの変形性能も確かめておく必要があります はりは水平材ですから 鉛直方向に変位を起こします この変位をたわみと呼んでいます たわみがあまり過度になりすぎると 不都合を生じます 最後に示している横座屈は イメージすることが少し難しいかもしれません 横座屈の説明は後ほどしましょう 2
はりの曲げ強さ (1) M=Tj=Cj 縁応力度が大きい 最初に はりの曲げ強さについて 考えていきましょう 皆さんが1 年生のときに材料力学で習った曲げ応力度を覚えていますか 忘れている人もいると思いますので 最初に曲げ応力度について復習しておきましょう はりを曲げると 部材断面に曲げ応力度が生じます この応力度は 断面に垂直に生じますので 垂直応力度です しかし 断面に均一には生じません 断面の中立面を境にして 圧縮応力が生じる部分と引張応力が生じる部分に分かれます しかも 中立面から離れれば離れるほど この垂直応力度は大きくなります 従って はり断面の上端 ( うわば ) や下端 ( したば ) において最も大きな垂直応力度になります このはり断面の上端 ( うわば ) や下端 ( したば ) での垂直応力度のことを縁 ( ふち ) 応力度と呼んでいます 曲げに対する設計を行う時は この縁応力度の大きさが許容応力度を超えないように設計する必要があります 3
はりの曲げ強さ (2) 設計する上では 縁応力度が許容応力度を超えないように設計する s= M Z f はりの曲げ強さを大きくするためには断面係数を大きくすればよい それでは 縁応力度はどうやって求めたら良いのでしょうか 縁応力度は 断面に作用する曲げモーメントを断面係数で割って求めることになります 設計では ( 曲げモーメントを断面係数で割って求めた ) 縁応力度が許容応力度を超えないように設計することになります また はりの曲げ強さを大きくするためには 断面係数を大きくすれば良いことになります 4
はりのたわみ P d= PL3 3EI EI L 次に たわみについて考えてみましょう たとえば 片持ちばりの自由端に集中荷重 (P) が作用する場合の自由端でのたわみ (δ) は上式のように求めることができます ここでLははりの長さ Eははり材料のヤング係数 Iは断面 2 次モーメントを表しています 従って たわみを小さくするためには はりは 大きなヤング係数を持つ材料で 断面 2 次モーメントが大きな断面にすれば良いことになります 通常 大きなビルは鋼材やコンクリートで造られていますので ヤング係数を上げることはできません 従って 断面 2 次モーメントを大きくすることになります ここで 皆さんは 断面 2 次モーメントと断面係数の違いがわかりますか 中立軸からyの距離にある曲げ応力度の大きさは σ=(m/i) yで与えられます 縁応力度 (f) までの距離をYとすれば f=m/(i/y) となります ここで IやYは 断面の形状や寸法が決まれば決まりますので これを一つにまとめて Z=I/Yで表したのが 断面係数です それでは 断面 2 次モーメント ( 断面係数 ) を大きくするためにはどうしたら良いのでしょうか 5
断面 2 次モーメントを大きくするためには フランジの断面積を大きくとる はりせいを長くとる しかし はりせいを長くとりすぎると 皆さんは 平行軸定理を覚えていますか 忘れた人もいるかもしれませんが 平行軸定理は IX=Ix+A Y^2 でした ここで IXは X 軸まわりの断面 2 次モーメントを Ixは 断面の図心軸まわりの断面 2 次モーメントを Aは断面積を YはX 軸と断面の図心軸との距離をそれぞれ表しています 今 IXに対して Ixの大きさが十分小さいとすれば 断面 2 次モーメントは 断面積と距離の二乗との積で表されます このことをうまく利用すると 上の図に示すような断面を考えてやれば 断面 2 次モーメントは フランジの面積とはりせいの二乗との積で求めることができます そして この断面の断面 2 次モーメントを大きくするためには フランジの断面積を大きくとることとはりせいを長くとることの二つの方法が効果的であることがわかります とくに はりせいを長くとることは その二乗で断面 2 次モーメントは大きくなります ですから 通常 はりははり幅よりもはりせいの方が大きくなっています しかし はりせいをあまり長くとりすぎると 横座屈を起こしやすくなります 横座屈については後で説明します 6
鉄骨構造のフランジの役割 フランジは曲げに対して抵抗する 前ページの理由から 鉄骨構造のはりでは H 形の鋼材を横に寝かせて使用しています つまり フランジを中立面から遠いところにおくと 曲げに対して強くなるからです すなわち フランジは 曲げに対して抵抗する役割を担っているのです 7
鉄筋コンクリート構造のはり主筋は曲げに対して抵抗する コンクリートは圧縮には強いが 引張りには極めて弱い 引張り側に亀裂 ( クラック ) が生じると主筋が引張り力を負担する それでは 鉄筋コンクリート造のはりでは どのようになっているのでしょうか コンクリートは 石や砂 ( 骨材といいます ) をセメントで接着した材料です ( もちろんセメントだけでは接着能力は出ません 水と反応して接着能力が出ます ) この材料は 圧縮力に対しては大変強いのですが 引張り力に対しては弱い特徴を持っています コンクリートのはりが曲げを受けると断面に曲げ応力度が発生します 曲げ応力度は 中立面を境に圧縮を受ける領域と引張りを受ける領域に分かれます 引張りを受ける領域では 引張り力が生じます 従って 断面の引張縁応力度がコンクリートの引張り強度に達するとひび割れ ( クラック ) が生じます ひび割れが一度発生すると ひび割れがすぐに伸展して コンクリートのはりは二つに折れてしまいます そこで 引張り応力度が発生する領域に 上の図に示すような鉄の棒 ( 鉄筋 ) を挿入します コンクリートにはひび割れが生じますが ひび割れが発生した箇所ではコンクリートの代わりに鉄筋 ( 主筋 ) が引張り力を負担します これによって コンクリートのはりは二つには折れず ねばり強い変形を起こします 8
横座屈を起こす 横座屈とは はりの変形モードが曲げからねじれに急激に変わる現象 横座屈について説明しましょう 梁幅に対して梁せいを極端に大きくとると 横座屈を起こしてしまうことを先ほど紹介しました 横座屈とはどのような現象を言うのでしょうか それを説明します 座屈とは ある釣り合い状態から別の釣り合い状態に急激に分岐する不安定現象を言います 横座屈では 曲げの釣り合い状態からねじれの釣り合い状態に分岐する不安定現象を言っています はり幅を変えずにはりせいを大きくとると 曲げ剛性はあがりますが ねじれを生じやすくなってしまいます つまり はりは横座屈を起こし 面外方向にはらみ出してしまいます 9
はりに生じるせん断力 (1) はりに生じるせん断力とは? 薄板を重ねると すべろうとする傾向は存在する 左側のはりは薄い板を何枚か重ねて造られています 板と板の間は自由に動く ( ずれる 滑る ) ことができます 今 はりの中央を押してみると はりはたわみます このとき 薄板は お互いに滑るので 両端では 板が少しずれて段状になります しかし 実際のはりは 段状にはなりません つまり はりの各層は常に滑ろうとしていますが 滑りは起きません 滑りを引き起こさせない抵抗力がはりの内部に存在するのです この滑りを引き起こさせない抵抗力がせん断力であると解釈することができます 10
曲げモーメントによる応力の変化 x dx y y t σ da y y t ( σ + dσ) da 上の図は はりの一部を切り出した微小要素です 1ページ前のはりの ( 左側の ) ピン支点からxだけ離れた距離にあるdx 部分のはり要素を切り出しています このはりは 楕円形の断面をしていますが はりの断面は どのような形状の断面をしていてもかまいません このはりの場合 中立軸を境にはりの上部に圧縮力 下部に引張力が生じています 中立軸からyだけ離れた位置で生じている垂直応力度の大きさを左側の断面ではσ 右側の断面ではσ+dσと表しましょう つまり 垂直応力度は左側の断面よりも右側の断面の方がdσだけ大きいことを表しています なお 上の図では yを下側にとっていますが 上側にとってもかまいません ここでは yを下側に取っていますので yよりも下側の緑色で示した部分をさらに切り出してみます すると 右側の断面に生じている垂直応力度の合力の方が左側の合力よりも大きいことになります このままだと 材軸方向の力の釣り合いは成り立ちません 材軸方向の力の釣り合いが成り立つためには 中立軸からyだけ離れた距離で材軸方向に切断した断面に 断面に平行な応力度が生じていなければならないことになります この応力度は 断面に対して平行に働いているので せん断応力度 (τ) です このせん断応力度がはりの各層のずれを引き起こさせない働きを持っているのです 11
はりに生じるせん断力 (3) 曲げに伴うせん断応力度 y y t σ da y y t ( σ + dσ) da M + dm yt M yt τbdx = yda yda y I y I dm τ = yda dx bi = y bi 1 yt Q yt y yda 右側の断面に作用する垂直応力度の合力と左側の断面に作用する垂直応力度の合力との差がせん断応力度 (τ) とそれが作用している面の面積 (b dx) との積に等しくなります せん断応力度について解くと 上の図において一番下に示す式が得られます この式において Qはせん断力 bははり幅 Iは断面 2 次モーメントを表しています また 積分は断面 1 次モーメントを表しています しかし 図心を求めるときに使用した断面 1 次モーメントとは異なります 忘れた人は材料力学を復習してください 12
はりに生じるせん断力 (4) せん断応力度の最大値 τ max Q = κ A κ は断面形状によって決まる定数 せん断応力度の最大値は 断面の図心位置 ( 中立軸 ) に生じます 逆に 断面の上端と下端ではせん断応力度は0になります せん断応力度の分布は 放物線になります 一方 曲げ応力度は 断面の上端や下端で最大になり 中立軸位置では0になりました 曲げ応力度の分布は 三角形で 中立軸からの距離に比例して変化します 皆さんは 平均せん断応力度に対する最大せん断応力度の比を形状係数と呼ぶことをすでに学んでいます 形状係数は 断面の形状によって変わり 長方形 ( 正方形を含む ) の場合は1.5でした 13
設計では どうしてる?(1) 鉄骨造では 鉄骨構造のはりは フランジとフランジをウェブと呼ばれるプレートで結んで造られています はり断面に生じるせん断応力度は このウェブによって抵抗させます ウェブはせん断力によって菱形 ( ひしがた ) に変形します 上の図に示すように 菱形の対角線の一方は伸びますので この対角線は引張を受けています もう一方の対角線は反対に縮みますので 圧縮を受けます ウェブは通常薄い板なので 圧縮を受けると座屈します ( 圧縮の釣り合い状態から曲げの釣り合い状態に分岐 ) この座屈を防ぐためにはスチフナーと呼ばれる補剛材を設けます 14
設計では どうしてる?(2) 鉄筋コンクリート造では 鉄筋コンクリート造ではどうなっているのでしょうか 鉄筋コンクリート造のはりは 通常 長方形の断面をしています 鉄筋コンクリート造のはりも 上の図に示すように はり要素は せん断力によって菱形に変形します 当然 はり要素の一つの対角線は圧縮を受け もう一つの対角線は引張受けることになります コンクリートは 圧縮に強く 引張に弱い材料です ですから 引張を受ける方向とは直角の方向にひび割れ ( クラック ) が ( 圧縮を受ける対角線に沿って ) 生じます ひび割れが伸展すると はりのコンクリートはひび割れを境にして 2つのかたまりに分かれようとします それを防ぐために あばら筋と呼ばれる鉄筋が設けてあり このあばら筋が下がろうとするコンクリートの固まりを引っ張り上げて はりがせん断によって破壊するのを防ぎます 15