内閣府経済社会総合研究所 経済分析 22 年第 166 号 4 時系列因子分析モデル 4.1 時系列因子分析モデル (Stock-Watson モデル の理論的解説 4.1.1 景気循環の状態空間表現 Stock and Watson (1989,1991 は観測される景気指標を状態空間表現と呼ば れるモデルで表し, 景気の状態を示す指標を開発した. 状態空間表現とは, わ れわれの目に見える実際に観測される変数は, 目には直接見えない観測されな い状態変数に依存していて, その影響が観測方程式を通して観測されると考え る. そして状態変数は目に見えないが遷移方程式によって定められる確率過程 に従っていると考える. まず最初に状態空間表現に直す以前のモデルを考える,Y,t 1,,T をマ クロの時系列の一階の階差とする. そのとき Y + ΔC + (4.1.1 φ(lδc + (4.1.2 D (L (4.1.3 ここで L はラグ作用素であり,Δ1-L,φ(L 1-φ L- -φ L,D (L は d. を対角行列として D (L 1- d L - -d L と表される. また,(, ' は平均ベクトル, 分散共分散行列 diag (,,, Σのn+ 1 次元の正規分布に従う確率変数で, すべてのt に関して互いに独立とする. さら に, すべての t,s に関して は ΔC と無相関で N (,H に従っていると仮 定する. つまり観測されるマクロ時系列の階差 Y は, 実は観測することの出来ない真 の経済の状態の階差とそれ以外の各系列固有のドリフトによって表されると考 -115-
4.1 時系列因子分析モデル (Stock-Watson モデル の理論的解説 える. 景気上昇局面で上昇する変数もあれば下降する変数もあり, また, 大きく変動する変数もあれば, わずかしか反応しない変数も存在する. それらの違いは の要素の違いに現れている. もしY を景気の一致系列のように, 景気動向と同じ動きをする変数の階差とすれば は正の項のみからなることが想像される. 一方, 経済変数には景気の上昇 景気の下降のような景気動向だけでは説明することが出来ない長い目で見たドリフトも存在すると考えられる. 各系列毎のそれらの違いは の項の違いとなって現れている. そして観測することの出来ないΔC は p 次の定常な自己回帰過程に従っていると仮定する. このモデルの状態空間表現は以下で与えられる. まず推移方程式は C C + φ Z D 1 C C + Z Z (4.1.4 で表される. ここで C (ΔC ΔC ΔC ' ;p 1 ( ' ;nk 1 φ φ φ I φ ;p p D D D I D ;nk nk Z (1 ;1 p Z (I ;n nk でありI は n n 単位行列, は n k の零行列を表し 1 D diag (,.,, (L 1- Σ L である. このことは, 上の式を成分ごとに計算して, (4.1.2, (4.1.3 に対応する式が導かれることから容易に確認することができる. 1 次数が明らかなときは をもって代えることとする. -116-
4 時系列因子分析モデル 一方, 観測方程式は Y +(Z C C + (4.1.5 で表される. このことも推移方程式のときと同様に上の式を成分毎に計算して (4.1.1 に対応する式を導き出すことで確認することができる. 上の推移方程式, 観測方程式をより簡潔に +T +R (4.1.6 Y +Z + (4.1.7 と表すことにする. ここで (C C ' ; (p+ nk+1 1 (4.1.8 ( ' ; (p+ nk+1 1 (4.1.9 T φ Z D 1 ; (p+ nk+ 1 (p+ nk+ 1 (4.1.1 R Z Z ; (p+ nk+1 (p+ nk+1 (4.1.11 であるとする. ( ' ; (n+ 1 1 (4.1.12 Z (Z ;n (p+ nk+ 1 (4.1.13 4.1.2 Kalman フィルタによる状態空間表現モデルの推定 Kalman フィルタを用いて上の状態空間モデルを推定する.Kalman フィルタとは, 新しい観測値が観測される毎に状態変数を推定しなおす方程式の組である.Kalman フィルタは予測方程式と更新方程式で構成される. 予測方程式とは, ある時点で利用可能な情報のもとで次の時点における最適な予測を与える方程式である. 更新方程式は, 新しい観測値が利用可能になった時点で, それまで -117-
4.1 時系列因子分析モデル (Stock-Watson モデル の理論的解説 の予測を加味して状態変数を推定する方程式である. いま を (,,..., に基づく の最小 2 乗推定量として P E [( - ( - ' ] とする. E [ ] Σ であったことを思い出すと, 予測方程式は +T (4.1.14 で表され, 推定誤差の分散共分散行列は上と (4.1.6 および仮定より P E [( - ( - ' ] E [{T ( - -R }{( - -R }' ] T P T +RΣR' (4.1.15 で表される. 一方 t -1 時点におけるY の最小 2 乗推定量による予測は Y +Z (4.1.16 となり, 予測の誤差は Y -Y (4.1.17 その分散共分散行列 F は上式と式 (4.1.7 および仮定より F E [ ] E [{Z ( - }{Z ( - }' ] ZP Z' +H (4.1.18 で表される. 更新方程式は最小 2 乗推定量による予測量 を事前の情報として,t 時点で得られた新しく利用可能な標本 の情報を Theil と Goldberger による混合推定によって結びつけることによって得られる. 2 いま次の拡張されたモデル Y - I Z + - (4.1.19 Z + (4.1.2 2 混合推定に関しては, ジョンストン著, 竹内 関谷 栗山 美添 舟岡共訳 (1975 の第 7 章による. -118-
4 時系列因子分析モデル を考える. ここで, - ~N, P H である. 以下, この分散を V で表しておく. このモデルに一般化最小 2 乗法を 適用すると の一般化最小 2 乗推定量 は (Z V Z Z V (IZ' P H I Z -1 (IZ' P H Y - ここで行列 A ; n n, B ; n m, C ; m m, A C に対して [A +BCD ] A -A B [C +B' A' B ] B' A (4.1.21 であること, および (4.1.16, (4.1.17, (4.1.18 を用いると, (P +Z' H Z (P +Z' H (Y - [P -P Z' (H+ZP Z' ZP ][ P +Z' H (Y - ] [P -P Z' F ZP ][ P +Z' H (Y - ] +P Z' [ H (Y - -F Z -F Z P Z' H (Y - ] +P Z' F [(F -ZP Z' H (Y - -Z ] +P Z' F [(Y - -(Y - ] +P Z' F (4.1.22 が成立する. また一般化最小 2 乗法の性質から であり (4.1.18, (4.1.21 から - ~ N (,(Z V Z (Z V Z (IZ' P H I Z -1 (P +Z' P Z P -P Z' (H +ZP Z' ZP P -P Z' F ZP -119-
4.1 時系列因子分析モデル (Stock-Watson モデル の理論的解説 となる. よって更新方程式は +P Z' F (4.1.23 P P -P Z' F ZP (4.1.24 で表すことができる. ここで行列 P Z' F を通じてY の予測誤差 から の予測値の更新が行われていることから行列 P Z' F のことを Kalman ゲインと呼ぶ. パラメータT,R,Σ,H,Z と,P の初期値を与えたとき,Kalman フィルタは状態ベクトルの予測量 と, その共分散行列 P を再帰的に計算することを可能にする. その手順は 1. 予測方程式を用いて, P から を推定する. 2. 予測方程式を用いてY を推定する. 3. を観測する. 4. 更新方程式を用いて を推定する. 5. 予測方程式を用いて, P から を推定する. 6.1-5の手順を各時点で行い, 最終時点まで継続する.,P の初期値を与える方法はいくつか考えられる.1つは推移方程式 (4.1.6 を定常なベクトル値自己回帰モデル (VAR Model と考えると,T は時間に関して一定なので (I -T E [ ] (4.1.25 が得られ, 推移方程式とその定常性から cov (, T cov (, T cov (, T cov (, が成り立つが, ここで特に のときは cov (, T cov (, +Rcov (, T cov (, +Rcov (,T +R T cov (, +Rcov (, R' T cov (, +RΣR' -12-
4 時系列因子分析モデル となり更に cov (, cov (, T cov ( 1, +RΣR' T [cov (, ]' +RΣR' T cov (, T +RΣR' が得られるので最終的に vec (P vec{cov (, } [I -T T ] vec (RΣR' を得ることができる. ここでは行列のクロネッカー積,vec( は行列を列毎に縦に並べたベクトルに変換する作用素である. 最後の式は以下のようにして得ることができる. まず最初に次の式を証明する.A:m m 行列,B :n r 行列,C :r q 行列としたとき vec (ABC (C' A vec(b (4.1.26 いま (n 1 ベクトル を行列 B のi 番目の列とする. また, を行列 C の (i, j 成分とすると, ABC A( [{A +A + +A }{A +A + A } {A +A + A }] [{ A + A + A }{ A + A + A } { A + A + + A }] が成立する. ここで vec 作用素を用いると A + A + + A vec (ABC A + A + + A A + A + + A A A A A A A A A A (C' A vec(b -121-
4.1 時系列因子分析モデル (Stock-Watson モデル の理論的解説 これで上の等式が証明された.vec 作用素を cov (, T cov (, T +RΣR' の両辺に作用させると, 上の等式から vec[cov (, ] (T T vec[cov (, ] +vec (RΣR' が得られ, この式より vec[cov (, ] [I -T T ] vec (RΣR' が得られる. 統計家が自分の主観に基づき,,P を与えることも理論的には可能である. その場合, 統計家の事前の確信の程度が低い場合は P の分散に対応する項を大きくとる必要がある. また,Y を時間に関して逆に並べてを ( 統計家の確信が低いことに対応して 十分に大きな正の数として,P I として Kalman フィルタを行い,,P を計算して, その値を,P として用いることなどがある. 4.1.3 平滑化 Kalman フィルタは各時点において得られた標本をそれまでの情報で得られた推定量と合わせて状態変数の推定を行うので, 最終時点における状態変数の推定量 以外は, 利用可能な情報すべてを活かしているわけではない. 従ってT 期間すべての情報を用いて状態変数の再推定を行う, 平滑化という手法がある. 平滑化方程式は と P から始め, 時間に関して逆方向に推定をおこなう. ここで, と をそれぞれ時点 t における, 平滑化推定量と, その分散共分散行列とすると平滑化方程式は +P ( -T (4.1.27 P P +P (P -P P (4.1.28-122-
4 時系列因子分析モデル と表される. ここで, P P T P (4.1.29 である. このことは次のようにして確かめることができる. いま M E (Y Y E ( Y E ( Y E (Y E ( E ( E (Y E ( E ( M M M M M M M M M とおくと, この行列は正値定符号行列なので M M M M M M M M M I M M M M I L L I M L L -L L L I M M I M M L L I と分解することができる. ここで,L M - M M M,L M - M M M であり,L L M - M M M である. ところで, I M M M M I L L I -1 Y I -M M -M M +L L M M I -L L I Y すなわち Y, -M M Y および -L L + (-M M +L L M M Y の 2 次のモーメント行列が M L L -L L L -123-
4.1 時系列因子分析モデル (Stock-Watson モデル の理論的解説 というブロック対角行列であることから, と Y のすべての要素は直交して いる. よってM M Y はY に基づく の最小 2 乗推定量である. 同様に,Y を与えたときの の最小 2 乗推定量は, L L Y + (M M -L L M M M M +L L (Y -M M +L L ( - と表すことができる. ここで L E [( - ( - ' ] L E [( - ( - ' ] である. 上の式の右辺第 2 項の積の最初の項は L E [( - ( - ' ] E [( - (T +R -T ' ] E [ - ][( - ' T ] P T よって, +P T P ( - +P ( - この推定値は実は,, と等しくなる. なぜなら,j > に対して (4.1.14 を繰り返し用いることにより Y +Z + +Z ( +T +R + +Z ( +T +R +T R + +Z ( +T + +T +Z (R +T R + +T R + -124-
4 時系列因子分析モデル であるが, -,, は導出過程から と, また仮定より,,, と直交するので,Y,( j > と直交する. Y, t T を与えたときの の推定量は直交射影を繰り返すことより +P ( - (4.1.3 で与えられる. この式の両辺を から引いて移項すると, - +P - +P が得られる. 両辺の転置行列をかけて期待値を取ると すなわち, E [( - ( - ' ] +P E [ ]P E [( - ( - ' ] +P E [ ]P P P +P E [( - ]P が成立する. ここで, より, E [ ] E [( - + ] E [ - ] E [( E [( - + ] E [ ] - - + ] E [( - ( - ' ] -E [( - ( - ' ] P -P が成立するので, 結局, が得られる. 3 P P +P (P -P P 3 平滑化に関しては,Hamilton (1994 の 13 章による. -125-
4.1 時系列因子分析モデル (Stock-Watson モデル の理論的解説 4.1.4 Stock-Watson の景気指標 新しい景気動向に一致する指標として景気動向に一致した動きを示す経済変数 (,, に基づいたΔC の最小 2 乗誤差推定量のΔC が考えられる. Kalman フィルタは (,, を与えたときの の最小 2 乗誤差推定量 を与えるので,ΔC は ΔC, (1,,, ' 更新方程式に Y - (+Z を代入することにより, (I -G Z ( +T +G Y -G ここで G P Z' F は Kalman ゲインである. データ (,, が平均ベクトルとなるように標準化されているときは,,, となる. また T が時間に関して一定のときは Kalman フィルタは P と P が時間に関して不変となる定常状態 (steady state に収束しG は定常状態 Kalman ゲインG に収束し (I -KL G Y (4.1.31 と表される. 4 ここで K (I -G Z T である. よりが得られ, (I -KL Σ (KL (4.1.32 Σ (KL G Y Σ K G Y (4.1.33 ΔC Σ K G Y (4.1.34 とY の加重平均の形で新しい指標を表すことができる. 4 Harvey (1989 のp. 119, Result 3.3.1 による. j j j j -126-