PSPとCBD

Similar documents
性の無動 無言のために普段は無動で車椅子を使用していてもスイッチが入ると突発的に立ち上がり転倒することがある ( ロケットサイン ) 歩行は開脚した不安定な歩行 すくみ足歩行や加速歩行がみられる 初発症状としてこのような易転倒性や歩行障害についで動作緩慢 構音障害 これより少ないが精神症状 眼球運動

007 大脳皮質基底核変性症

PD_PET_Resume

医学雑誌 mcd

Microsoft Word - Dr. Haga.doc

Ø Ø Ø

( 図 ) 若年性認知症の基礎疾患の内訳 ( 厚生労働省 HP より引用 ) 主な若年性認知症 1, 血管性認知症 (Vascular Dementia:VaD) 若年性認知症では最も多く AD との合併も多くみられます 脳の血管障害 ( 脳梗塞 脳出血など ) により認知症が発症した疾患です 症状

ドパミン受容体遮断作用を示す抗精神病薬 舞踏運動治療薬としてテトラベナジンを使用する その他疾患 進行修飾治療として クレアチン CoQ10 リルゾール 胆汁酸誘導体 多糖体などの投与が試みられてい るが 現在のところ有効性は確立されていない 5. 予後 慢性進行性に増悪し 罹病期間は 10~20

認知症治療薬の考え方,使い方

ス ペ クト ドパミン神経の状態をみるSPECT検査 検査の受け方 診察を受けます 疑問や不安がありましたら 納得が 検査前 ス ペ クト いくまで確認しておきましょう 新しいSPECT検査 検査の予約をしてください 検査に使う薬は検査当日しか 使えませんので 確実に来られる 日に予約してください

私に肩のことを頼まないでくれと思ったのだが ふつう CBD は手先の話になるのであって彼の場合は肩から指先まで CBD の影響が出ためずらしい症例だったので診断に時間がかかった 患者にとって不幸であるが 右上肢拘縮 構語障害 記憶低下の三病態が すっきり 1 疾患で説明でき CT の萎縮部位も左優位

untitled

幻覚が特徴的であるが 統合失調症と異なる点として 年齢 幻覚がある程度理解可能 幻覚に対して淡々としている等の点が挙げられる 幻視について 自ら話さないこともある ときにパーキンソン様の症状を認めるが tremor がはっきりせず 手首 肘などの固縮が目立つこともある 抑うつ症状を 3~4 割くらい

臨床神経学雑誌第48巻第1号

みんなで学ぼう! 認知症

Microsoft PowerPoint ppt

研究の背景社会生活を送る上では 衝動的な行動や不必要な行動を抑制できることがとても重要です ところが注意欠陥多動性障害やパーキンソン病などの精神 神経疾患をもつ患者さんの多くでは この行動抑制の能力が低下しています これまでの先行研究により 行動抑制では 脳の中の前頭前野や大脳基底核と呼ばれる領域が

函館市認知症ケアパス

臨床神経学雑誌第48巻第7号

日本のプリオン病の現状 サーベイランス調査から 図2 図3 MM2視床型の特徴 拡散強調MRIで高信号は出現せず SPECTで視床の血流低下を認める 現在認められている遺伝性プリオン病の原因遺伝 子変異 図4 ヨーロッパと日本の遺伝性プリオン病の原因遺伝 子変異よりみたタイプの違い 典型よりも進行は

臨床神経学雑誌第49巻第5号

ヒアリング

進行性核上性麻痺の病態と治療

4氏 すずき 名鈴木理恵 り 学位の種類博士 ( 医学 ) 学位授与年月日平成 24 年 3 月 27 日学位授与の条件学位規則第 4 条第 1 項研究科専攻東北大学大学院医学系研究科 ( 博士課程 ) 医科学専攻 学位論文題目 esterase 染色および myxovirus A 免疫組織化学染色

ヒト慢性根尖性歯周炎のbasic fibroblast growth factor とそのreceptor

IMAGE PREVIEW MRI による認知症性疾患の診断 櫻井圭太ほか P 参照 図 3 70 代女性軽度認知機能障害からアルツハイマー病に進行した症例軽度認知機能障害の時点 (X 年 ) では辺縁系の萎縮を視覚的に評価することは困難だが VSRAD では萎縮の客観的な評価が可能

第1回日本神経病理学会近畿地方会

<8BCA89AA2E626F6F6B>

末梢神経障害

ドパミン動揺 アセチルコリン欠乏病 しまいます このような思い込みのあとで ところでこの患者にピック 症状はないだろうか と立ち止まって考えることがあるでしょうかつま り 医師が医療機器に振り回されているのです 筆者が提唱している レビー ピック複合 という概念は 1 人の 患者に様々な疾病の可能性

イルスが存在しており このウイルスの存在を確認することが診断につながります ウ イルス性発疹症 についての詳細は他稿を参照していただき 今回は 局所感染疾患 と 腫瘍性疾患 のウイルス感染検査と読み方について解説します 皮膚病変におけるウイルス感染検査 ( 図 2, 表 ) 表 皮膚病変におけるウイ

高次脳機能障害の理解と診察

<4D F736F F D208E9197BF C D8FC782C68C D8B40945C8FE18A5182C982C282A282C42E646F63>

脳組織傷害時におけるミクログリア形態変化および機能 Title変化に関する培養脳組織切片を用いた研究 ( Abstract_ 要旨 ) Author(s) 岡村, 敏行 Citation Kyoto University ( 京都大学 ) Issue Date URL http

( 様式乙 8) 学位論文内容の要旨 論文提出者氏名 論文審査担当者 主査 教授 米田博 藤原眞也 副査副査 教授教授 黒岩敏彦千原精志郎 副査 教授 佐浦隆一 主論文題名 Anhedonia in Japanese patients with Parkinson s disease ( 日本人パー

24 格変化が追随し 洗髪 歯磨きをせず 下着を着 症例12 替えなくなった 酒や食べ物の味にも無頓着に 性別 女性 なった 道には迷わず 車の運転もする 65歳 当 家族歴 特記すべきことなし 科初診 初診時 健忘 無関心 無頓着 超皮質 病前性格 真面目 人付き合いが良い 性失語と反響言語を認め

いて認知 社会機能障害は日々の生活に大きな支障をきたしますが その病態は未だに明らかになっていません 近年の統合失調症の脳構造に関する研究では 健常者との比較で 前頭前野 ( 注 4) などの前頭葉や側頭葉を中心とした大脳皮質の体積減少 海馬 扁桃体 視床 側坐核などの大脳皮質下領域の体積減少が報告

学位論文名 :Relationship between cortex and pulvinar abnormalities on diffusion-weighted imaging in status epilepticus ( てんかん重積における MRI 拡散強調画像の高信号 - 大脳皮質と視

126 ペリー症候群 概要 1. 概要ペリー (Perry) 症候群は非常にまれな常染色体優性遺伝性の神経変性疾患である 本疾患は 1975 年に Perry らにより家族性のうつ症状及びパーキンソニズムを伴う常染色体優性遺伝性疾患として報告され 現在まで欧米諸国や本邦から同様の家系が報告されている

健康な生活を送るために(高校生用)第2章 喫煙、飲酒と健康 その2

スライド 1

表 18-1 マンチェスター グループとランド大 グループの意味認知症および連合型失認の診断基準定義 : 理解障害 ( 語の意味理解および物品認識障害 ) が発症から疾患の経過を通して優位な特徴である 自伝的記憶を含む他の高次脳機能は損われないか 比較的良好に保たれる Ⅰ. 主要診断特徴 A. 潜在

PowerPoint プレゼンテーション

基本料金明細 金額 基本利用料 ( 利用者負担金 ) 訪問看護基本療養費 (Ⅰ) 週 3 日まで (1 日 1 回につき ) 週 4 日目以降緩和 褥瘡ケアの専門看護師 ( 同一日に共同の訪問看護 ) 1 割負担 2 割負担 3 割負担 5, ,110 1,665 6,

Microsoft® Office Word 2007 トレーニング

第三問 : 認知症の主な症状にどのようなものがあるか 下枠に二つ記入してください 例 ) 同じことを何度も言うなど ( 答えはたくさんあります ) 例 ) ささいなことで怒るなど ( 答えはたくさんあります ) 第四問 : 次の認知症に関する基礎知識について正しいものには を 間違っているものには

ある ARS は アミノ酸を trna の 3 末端に結合させる酵素で 20 種類すべてのアミノ酸に対応する ARS が細胞質内に存在しています 抗 Jo-1 抗体は ARS に対する自己抗体の中で最初に発見された抗体で ヒスチジル trna 合成酵素が対応抗原です その後 抗スレオニル trna

別添 主治医の診断書様式に関する診断の手引き 2. 医学的判断 1) 認知症の診断米国精神医学会による認知症の診断基準を用いる 国際的にも最も一般的な考え方である 1 意識障害がないことが前提であり 2 記憶障害に加えて それ以外の認知機能障害 見当識障害や判断力の障害 実行機能障害が認められ 3そ

高次脳機能障害診断基準ガイドライン案


HSR第15回 勉強会資料

2. 視空間失認 ( ア ) 注視空間障害 1 バリント症候群同時に 2 つ以上のものを 知覚することが困難 2 半側空間無視 半側空間にある対象の存在を無視 ( イ ) 地誌的障害 1 街並失認 自分の周りの風景がよくわからない 2 道順障害 自宅の道順を説明できない 身体 身体失認 身体認知障害

ンスを進めていく中で判明してきた 4749 件 ( 重複例を含む ) の情報を得ている このうち 2014 年 9 月 26 日現在までに合計 2394 人がプリオン病としてサーベイランス委員会で認めら れ 登録された 2. 表 1 に登録患者の性 発病年の分布を示す 発病年は 登録例全員では 20

アルツハイマー型認知症ってどんな病気?

36(298) 35 3 a) Lund & Manchester Group の分類 (1994) 前頭側頭葉変性症 (FTLD) 1 前頭側頭型認知症 (FTD) 2 進行性非流暢性失語 (PNFA) 3 意味認知症 (SD) b) 臨床分類 (Karageorgiou & Miller 201

認知症周辺症状に対する 漢方薬の使用経験

本日の目標 認知症について理解を深めよう 認知症ケアの原則を理解しよう 認知症の医療連携を理解しよう

44 4 I (1) ( ) (10 15 ) ( 17 ) ( 3 1 ) (2)

生活設計レジメ

I II III 28 29


本研究の目的は, 方形回内筋の浅頭と深頭の形態と両頭への前骨間神経の神経支配のパターンを明らかにすることである < 対象と方法 > 本研究には東京医科歯科大学解剖実習体 26 体 46 側 ( 男性 7 名, 女性 19 名, 平均年齢 76.7 歳 ) を使用した 観察には実体顕微鏡を用いた 方形

31

老年期認知症研究会誌 Vol Characteristic tau pathology of FTDP-17 G389R P301L N279K Pick body Perinuclear inclusion, tufted shaped astrocyte, astrocyti

第 15 章 第 15 章 アルファ シヌクレイン病 1. アルファ シヌクレイン病の概念 αシヌクレイン病は神経細胞内にαシヌクレインが沈着する疾患である αシヌクレインは 140 アミノ酸からなる可溶性蛋白で シビレエイおよびラットのシナプスに局在する蛋白として同定された ( 図 15-1) シ

124 皮質下梗塞と白質脳症を伴う常染色体優性脳動脈症

Kyomation Care 研究会 10 周年記念講演 KYOMATION CARE 大脳皮質機能局在による認知症ケア 大脳皮質機能局在による行動 心理症状緩和の試み Kyomation Balance Sheet( 改訂版第 2 節 ) 認知症高齢者研究所羽田野政治

018 脊髄小脳変性症(多系統萎縮症を除く。)

<4D F736F F D204E AB38ED2976C90E096BE A8C9F8DB88A B7982D1928D88D38E968D >

報道関係者各位 2019 年 1 月 17 日 国立大学法人筑波大学 株式会社 MCBI 認知機能の低下を評価する有効な血液バイオマーカーの発見 認知症発症の前兆を捉える 研究成果のポイント 1. アルツハイマー病など認知症の発症に関わる3 種類のタンパク質の血液中の変化が 軽度認知注障害 (MCI

要件の判定に必要な事項 1. 患者数約 400 人 ( 徐波睡眠期持続性棘徐波を示すてんかん性脳症及びランドウ クレフナー症候群の総数 ) 2. 発病の機構不明 ( 先天性あるいは早期の後天性脳病変がみられることはあるが発病にかかわる機序は不明 遺伝子異常が関係するという報告もあり ) 3. 効果的

124 皮質下梗塞と白質脳症を伴う常染色体優性脳動脈症 概要 1. 概要皮質下梗塞と白質脳症を伴う常染色体優性脳動脈症 (Cerebral Autosomal Dominant Arteriopathy with Subcortical Infarct and Leukoencephalopathy

249 グルタル酸血症1型

本日のメニュー 若年性認知症の定義 若年性認知症の疫学データ 症例提示 本症例に対する検討事項

01 表紙

11. 進行性核上性麻痺の臨床診断 :Movement Disorder Society による基準 Clinical Diagnosis of Progressive Supranuclear Palsy: The Movement Disorder Society Criteria PSP は,

1/5 第 19 回介護福祉士国家試験問題 解説 ( やまだ塾 ) =10 精神保健 = ( 問題 69~ 問題 72) (2007 年 5 月 24 日ホームページ掲載 ) 精神保健 問題 69 精神障害とその症状に関する次の組み合わせのうち適切なものの組み合わせを一つ選びな さい A. 神経症

図 17-1 ハンチントン病患者脳の肉眼所見 左は 38 歳の自殺者の脳 ( 重量 1680g) 右は 48 歳のハンチントン病患者の脳 ( 重量 1100g) 大脳全般ならびに線条体の萎縮が著明である 光顕所見 1) 線条体 ~HD に認められる線条体の病理学所見をヴァンサッテルらは次

報道発表資料 2007 年 11 月 16 日 独立行政法人理化学研究所 過剰にリン酸化したタウタンパク質が脳老化の記憶障害に関与 - モデルマウスと機能的マンガン増強 MRI 法を使って世界に先駆けて実証 - ポイント モデルマウスを使い ヒト老化に伴う学習記憶機能の低下を解明 過剰リン酸化タウタ

2017 年 8 月 9 日放送 結核診療における QFT-3G と T-SPOT 日本赤十字社長崎原爆諫早病院副院長福島喜代康はじめに 2015 年の本邦の新登録結核患者は 18,820 人で 前年より 1,335 人減少しました 新登録結核患者数も人口 10 万対 14.4 と減少傾向にあります

Taro-資料(2018年2月サーベイランス委員会結果(最終)

PowerPoint プレゼンテーション

糖尿病診療における早期からの厳格な血糖コントロールの重要性

2 片脚での体重支持 ( 立脚中期, 立脚終期 ) 60 3 下肢の振り出し ( 前遊脚期, 遊脚初期, 遊脚中期, 遊脚終期 ) 64 第 3 章ケーススタディ ❶ 変形性股関節症ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

脳循環代謝第20巻第2号

現し Gasc1 発現低下は多動 固執傾向 様々な学習 記憶障害などの行動異常や 樹状突起スパイン密度の増加と長期増強の亢進というシナプスの異常を引き起こすことを発見し これらの表現型がヒト自閉スペクトラム症 (ASD) など神経発達症の病態と一部類することを見出した しかしながら Gasc1 発現

Microsoft Word - ①【修正】B型肝炎 ワクチンにおける副反応の報告基準について

医療関係者 Version 2.0 多発性内分泌腫瘍症 2 型と RET 遺伝子 Ⅰ. 臨床病変 エムイーエヌ 多発性内分泌腫瘍症 2 型 (multiple endocrine neoplasia type 2 : MEN2) は甲状腺髄様癌 褐色細胞腫 副甲状腺機能亢進症を発生する常染色体優性遺

スライド タイトルなし

スライド タイトルなし

 

Ⅰ 向精神薬の合理的な用い方 ④ 3 理学的および生化学的検査 身長 体重 体温 脈拍 血圧などの測定とともに 心電図およ び血液生化学的検査を施行し生体の病的状態の有無を評価してお く 脳波 CT MRI SPECT PET NIRS 等も必要に応じて施行 する 2 薬物療法の実際 ① 適切な薬剤

15 封入体筋炎 概要 1. 概要臨床的には中高年以降に緩徐進行性の経過で四肢 特に大腿部や手指 手首屈筋を侵し 副腎皮質ステロイドによる効果はないか あっても一時的である 筋への炎症性細胞浸潤 特に非壊死線維への浸潤が特徴とされる 筋線維の縁取り空胞と併せて筋病理学的に診断される 2. 原因封入体

認知症の早期診断と軽度認知障害 (MCI) 認知症は高血圧などの生活習慣病と同様に 最もありふれた慢性疾患の一つといっても過言ではありません 社会の高齢化にともない認知症患者数は今後も増え続けると予想される状況の中 認知症をより早期に発見しその症状進行をいかに遅らせるかということが重要視されつつあり

久保:2011高次脳機能障害研修会:HP掲載用.pptx

モノクローナル抗体とポリクローナル抗体の特性と

脳 -分子・遺伝子・生理- (立ち読み)

<4D F736F F D F90D290918D64968C93E08EEEE1872E646F63>


第四問 : パーキンソン病で問題となる運動障害の症状について 以下の ( 言葉を記入してください ) に当てはまる 症状 特徴 手や足がふるえる パーキンソン病において最初に気づくことの多い症状 筋肉がこわばる( 筋肉が固くなる ) 関節を動かすと 歯車のように カクカク と軋む 全ての動きが遅くな

Transcription:

大脳皮質基底核変性症 (corticobasal degeneration: CBD) 香川大学医学部炎症病理学池田研二 I. 一般的な事柄 CBD は 1967 年に Rebeiz らにより corticodentatonigral degeneration with neuronal achromasia として報告された進行性の神経変性疾患である 1989 年に Gibb らにより 3 例が corticobasal degeneration(cbd) として報告され注目されるようになった CBD はその名の通りに大脳皮質と皮質下神経核が冒される その後 タウ蛋白異常疾患であることが明らかとなり 近縁疾患である PSP とともに孤発性 4リピートタウオパチーに属する ( まれな遺伝性 CBD 症例の存在が知られている ) 定型的には CBD は大脳の中心溝近傍を中心に前頭 頭頂領域に左右差のある病変と皮質下神経核では黒質を中心に冒され これに対応して一側優位性を示す運動障害や失行症状が現れる疾患である その後 剖検報告の蓄積に伴って以下の二つのことが分かってきた 1つは この疾患が特異な細胞病理像を示すニューロンとグリアの4リピート型タウオパチーであることで これにより確実な病理診断が可能になった 確実な病理診断に基づいて明らかとなったもう1つの事柄は CBD は皮質下病変が比較的に均一であるのに対して 大脳皮質の病変領域にバリエーションが大きい疾患であることであり ( 図 1A-C) これに対応して臨床症状にもバリエーションがあるために臨床診断基準の感度が低く 確定診断は剖検を待たなければならないという問題が出て来た このために現在では CBD は病理診断名として用いられ 臨床診断には大脳皮質基底核症候群 (corticobasal syndrome: CBS) が用いられるようになっている このように CBD は臨床 病理にバリエーションに富む疾患であるが脳の前方領域が冒される疾患であり PSP とともに前頭側頭葉変性症 (FTLD) に属し パーキンソン病関連疾患である 疫学的なデータは乏しいが中年以降 (40 80 歳代 平均 60 歳代 ) に発病して緩徐に進行し 罹病期間は平均 6 8 年程度である 人口 10 万人当たり 2 人程度とされているが CBD は非定型的な症状 経過を示す症例が多いので実際にはこれより多いと考えられている II. CBD の臨床症状 (CBS) CBD の臨床症状は神経症状と認知症や人格変化からなる精神症状で構成される 上述し たように最初に冒される脳領域によって初発症状は異なるが緩徐進行性であり経過中 日本神経病理学会脳 神経系の主な病気 (2016/10) 1

に多彩な神経症状が現れる a) 神経症状定型型の初発の神経症状は上肢あるいは下肢の運動拙劣とこれにこわばりや異常感覚を伴ったものであることが多く 患者は ぎこちない 不器用になった などと訴える 下肢よりも上肢から一側性 ( 左右差 ) に始まることが多い 歩行障害がこれに次ぐ 運動が拙劣になるとともに動作も緩慢となり 転倒しやすくなる 失行は頻度が高く特徴的な症状であり 肢節運動失行が最も多い これは補足運動野の病変に対応した症状であり 運動の拙劣化が現れ 使い慣れたものが上手に扱えなくなる 観念運動失行 ( 指示された模倣動作が出来ない ) や構成失行も現れやすい 前頭葉症状としての把握反射も出現しやすい これに関連した 他人の手徴候 (alien hand sign) は有名であり 無意識なまさぐり行動が現れ 患者は 勝手に手が動く というが必発ではない 頻度は高くないが中心後回に病変が及ぶので皮質性感覚障害が出現する 不随意運動は皮質性のミオクロヌスが最も現れやすく発症肢の遠位に始まり近位に広がる 臨床上あるいは表面筋電図でのミオクロヌスの検出は他のパーキンソニズムから CBD を鑑別するのに有用である 不随意性筋緊張により異常姿位を呈するジストニアやアテトーゼ ヒョレアが現れることもあり不随意運動は多彩である パーキンソニズムは筋強剛 寡動が主で振戦は目立たない 姿位異常 姿勢反射障害も現れやすい 核上性眼球運動障害も頻度が高い 進行すると構語障害や嚥下障害が出現し末期には失外套状態となることが多い このような経過は中心溝周囲から病変が始まる定型型にあてはまるものである b) 精神症状 CBD の精神症状は認知症 人格変化が主体であり PSP に見られるような幻覚 妄想や意識障害に関連したせん妄 昏迷様状態の記載はほとんどないが意欲低下や抑うつは高頻度に認められる 当初 CBD では認知障害は軽いと考えられていたが 失行症状の他に失算 失語などの巣症状や視空間障害 注意障害 見当識障害を伴う皮質性認知症が現れることが分かってきた 一般にアルツハイマー病のようなエピソード記憶障害は軽いとされている 定型型では認知症や意欲低下 脱抑制 易刺激性などの人格変化は神経症状よりも遅れて出現する CBD の大脳病変が前頭葉にある場合 ( 図 1-B) には人格変化で始まり 認知症は高度に及び 臨床的に前頭側頭型認知症 (FTD) との区別が困難であるが 人格変化の程度は一般に軽い これは CBD の大脳の萎縮 変性の程度がピック病などと較べると軽いことに対応している 上側頭回や弁蓋部の言語野に萎縮の中心がある場合は ( 図 1-C) 進行性の非流調整失語症状 (PNFA) を示す CBD の失語症状は失構音に喚語困難を伴うことが多い この場合で 日本神経病理学会脳 神経系の主な病気 (2016/10) 2

も易怒 興奮などの情動変化あるいは意欲低下 無関心など FTD に親和性のある人格変化が年余の経過の後に顕在化してくることがある 大脳病変は進行性に広がってゆきオーバーラップするので FTD や失語症状で始まる症例でも進行した段階では定型型と同じ運動障害などの神経症状や失行症状が出現することが多い 逆に定型型であっても進行すると病変領域が広がるので人格変化や認知症状が現れる このように CBD では約 4 割の症例で大脳病変の主座が中心溝近傍以外にあるで CBD と臨床診断された症例の剖検で確定された正答率は 24 57% にとどまる いくつかの臨床診断基準が発表されているがいずれも感度が低い 臨床診断の補助としての画像では CT や MRI で左右差の存在が特徴とされているが左右差がない症例も多い 定型的な症例では前頭 頭頂領域の萎縮 SPECT で萎縮領域に対応して あるいはより冒されている上肢あるいは下肢の反対側の前頭頭頂の脳血流の低下や視床の血流低下が参考になる III. 神経病理所見最初に CBD に特徴的な細胞病理像について紹介し 次いでマクロの病変領域の広がり 分布について紹介する a) 細胞病理所見顕微鏡下では大脳皮質 白質および皮質下の変性領域を中心にニューロンとグリアに抗タウ免疫染色に陽性を示す異常構造物が高度 広範にみられる タウ陽性異常構造物は萎縮領域を越えて分布しており PSP よりもはるかに高度に出現する 異常構造物はタウ染色のほかガリアス染色でよく検出されるが ボディアン染色やビールショフスキー染色では弱嗜銀性を示すのみである これは CBD の異常構造物に線維成分が乏しいためである i) ニューロンには黒質に corticobasal body と称された神経原線維変化 (NFT)( 図 2-A) が少数見られることがあるが PSP と比べて NFT 形成には乏しく pretangle( 図 2-B) が多く見られる Pretangle はタウ染色で細胞体がびまん性染色されるものであるが 円形や楕円形の一見 ピック球に似た形態をとるものも多い Pretangle を電子顕微鏡で観察すると 線維成分には乏しく リボゾーム様のタウ陽性顆粒物が観察される ii) アストロサイトには病理診断上最も重要な astrocytic plaque( 図 2-C) がおもに病変領域の大脳皮質と線条体 とくに尾状核に散在して出現する 大脳皮質病変が軽微な症例では線条体に優位に出現する astrocytic plaque はアストロサイトの突起の遠位部がタウ陽性を示すもので PSP に出現する tufted-astrocyte と共存することは極めて稀であり CBD の病理診断および PSP との鑑別に重要なマーカーである 日本神経病理学会脳 神経系の主な病気 (2016/10) 3

iii) オリゴデンドログリアに由来する coiled body と argyrophilic thread( 図 2-E) も病理診断上重要な所見である argyrophilic thread は PSP にも出現するが これよりはるかに広汎 高度に大脳皮質深層から白質 基底核 脳幹 脊髄の有髄線維に沿って出現する argyrophilic thread はオリゴデンドログリア末端部に沈着したタウ陽性構造物とされており オリゴデンドログリアの細胞体に形成されたものが coiled body であり coiled body は PSP ほかの疾患にも出現する iv) 大脳皮質病変部の 3, 5, 6 層に散在し タウおよび G-B 染色に陰性 弱陽性の腫大した神経細胞は ballooned neuron (neuronal achromasia) ( 図 2-D) として診断的意義がある ただし ballooned neuron は軸索の傷害に伴うニューロンの軸性変化であり 他の疾患や病態にも出現する非特異的所見である 広汎な argyrophilic thread 形成による軸索病変に伴う二次所見と考えられる b) 病変領域分布の特徴 i) 大脳病変領域の多様性 CBD の病変領域の変性の程度は同じ経過年数のピック病と較べると軽く 大脳皮質では上層に強調される神経細胞脱落と組織の粗しょう化 グリア増生が観察される 病変領域の白質にも萎縮が見られる 上述したように大脳病変領域を含めて CBD の変性領域には以下のバリエーションがある 1)CBD の定型的な症例では大脳の萎縮 変性領域は中心溝近傍を中心に前頭 頭頂に広がり しばしば左右差を示す 約 60% 弱の症例がこの型である ( 図 1-A) 2) 萎縮の中心が中心溝近傍よりも前方にあり 前頭側頭型認知症の臨床像を示す群が約 20% 弱程度存在する ( 図 1-B) 3) 萎縮の中心がシルビウス溝周囲にあり 進行性失語を示す群が存在する ( 図 1-C) 4) 内側側頭葉や後頭葉領域に萎縮の中心がある症例も報告されている 5) 大脳皮質の変性が軽微で巣症状を欠き 皮質下病変が主体の症例として 淡蒼球 黒質 ルイ体萎縮が中心でパーキンソニズムが主体の症例と 脳幹 歯状核に変性が強く PSP 様の臨床を示す症例がある 6) 極めて稀であるが astrocytic plaque と tufted astrocyte が共存する症例の報告がある ii) 皮質下病変の特徴大脳病変領域にバリエーションがあるのに対して皮質下では冒される領域はほぼ一定しており 黒質にもっとも強い変性があり 次いで淡蒼球内節と視床の特殊核の一部が冒される ( 図 1-D, E) 淡蒼球外節 線条体 視床下核 中脳水道周囲 小脳歯状核等にも種々の程度に神経細胞脱落とグリオーシス認められるが一般には軽い CBD の皮質 日本神経病理学会脳 神経系の主な病気 (2016/10) 4

下病変の広がりは PSP と比べると限られている IV. CBS を呈する疾患多数例の CBS を呈した症例の剖検報告の検討では CBS は CBD に最も現れやすく約半数を占める 以下 CBS を呈した疾患と頻度を羅列すると PSP 17% アルツハイマー病 17% FTLD-TDP 7% ピック病 4% とされており この他 レビー小体病 プリオン病 脳血管障害ほかの報告がある PSP で CBS を示す症例は大脳皮質優位の病変を示し PSP-CBS として知られている (PSP の項参照 ) アルツハイマー病では海馬病変が乏しい症例 (hippocampal sparing type) の存在が報告されており この群のうちに CBS を呈する症例が含まれるていると考えられる CBD は PSP とともに FTLD に属する疾患である ピック病や FTLD-TDP にも病変領域のバリエーションがあるので約 6% が CBS を呈したと報告されている IV. その他神経病理診断基準として各国の研究者の討議により作成されたものがある 概要は以下である 推奨する染色法として 抗タウ免疫染色あるいガリアス染色のどちらを用いてもよい マクロ所見は病理診断に役立つが補助的である 萎縮部位には多様性がある しばしば中心溝周囲に萎縮があり 萎縮に左右差があることがある Argyrophilic threads の高度の出現と広汎な分布は鑑別診断に最も重要である Astrocytic plaques は argyrophilic threads の分布とならんで鑑別診断に重要で疾患特異性が高い Ballooned neuron には疾患特異性はないが 変性皮質領域に出現する ballooned neuron には診断的意義がある Coiled body は広汎に出現するが特異性は低い 日本神経病理学会脳 神経系の主な病気 (2016/10) 5

図 1 図 1A-C: CBD の大脳萎縮領域のバリエーション. A: 定型的な CBD では中心溝 ( ) 周囲に萎縮の中心がある. B: 前頭前野に強い萎縮を示し前頭側頭型認知症を呈した症例. C: 上側頭回 ( ) と弁蓋部に萎縮が目立ち失語症状で始まった症例. 図 1D, E: 大脳領域と皮質下では黒質 淡蒼球内節 視床にグリオーシスが見られる (Holzer 染色 ). 日本神経病理学会脳 神経系の主な病気 (2016/10) 6

図 2 図 2:CBD の細胞病理所見. A: 神経原線維変化 (corticobasal body). B: pretangle. C: astrocytic plaque. D: ballooned neuron (neuronal achromasia). E: 高度の argyrophilic thread に coiled body, pretangle が混在している. 日本神経病理学会脳 神経系の主な病気 (2016/10) 7