図 1 せん断変形後の BCC 鉄中の転位を観察した ECC 像 ( 反射電子像 ) 図 2 SEM による ECCI 観察のための 2 つの幾何学的モードは対物ポールピースの直下に反射電子検出器を設置した場合であり, 図 2(b) は試料を入射電子線に対して 60 ~ 70 傾斜させる方法である.

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1. はじめに 転位組織解析のための SEM-ECCI 法の応用 Application of Electron Channeling Contrast Imaging in a Scanning Electron Microscope for Dislocation Analysis 要 杉山昌章, 重里元一 Masaaki Sugiyama and Genichi Shigesato 新日鐵住金株式会社先端技術研究所 旨走査電子顕微鏡の反射電子像により, 変形で導入された転位などの結晶欠陥に対し, 条件が揃えば透過電子顕微鏡と同様な単一転位像が得られる. 電子チャンネリング効果を利用したこれらの転位観察の簡単な技術的発展の経緯, また非弾性散乱波の挙動に基づくコントラスト解釈の現状, さらには電子線の試料への入射条件の制御の重要性などを解説し, 今後の SEM の新しい利用法の一つとして発展することを期待する. キーワード :SEM,ECCI, 反射電子, 転位, 鉄鋼材料 金属材料の研究分野では転位や積層欠陥などの格子欠陥, また結晶構造に関する研究は透過電子顕微鏡 (TEM) の活 用が一般的であったが, 近年, 走査電子顕微鏡 (SEM) の 新しい利用技術分野の一つとして, 結晶欠陥観察や結晶方位 解析に関する応用技術が注目されつつある.SEM の圧倒的 な魅力は数 μm から数 mm レンジの材料組織に対して, 数 十万倍の高分解能な組織観察ができることであり, 不均一組 織に強い. バルク試料を対象とした加熱や引張試験なども容 易である. ナノテクノロジの進歩は原子レベルの材料組織制 御技術と計算科学技術の融合を可能としたが, マクロ特性と ナノ組織を繋ぐメゾスコピック領域に対して, 不均一な現象 解明に対する制御因子の抽出が重要である. 材料開発技術視 点が変化しようとする中, この SEM の活用法においても大 きな変革期を迎えている. 本稿ではそのような背景に立ち, 結晶学的視点からの SEM の新しい利用法に関する動向について紹介する. 特に 最近の反射電子検出器の高分解能化と電子チャンネリング現 293 8511 千葉県富津市新富 20 1 TEL: 0439 80 2238; FAX: 0439 80 2746 E-mail: sugiyama.88p.masaaki@jp.nssmc.com 2013 年 10 月 16 日受付 象の制御技術は,SEM による転位などの結晶欠陥の観察を部分的に可能としており, これらが汎用的に活用できることを期待しつつ, 技術名称としても定着しつつある電子チャンネリングコントラスト像 (Electron Channeling Contrast Imaging: ECCI) について 1), 鉄鋼材料解析への応用例を紹介しながら論じる. 2. ECC 像の観察条件 SEM では電子線を試料表面上で走査しながら, そこで発生する二次電子や反射電子を走査線と同期させて検出して結像する. それ故, ある瞬間に得られている情報は電子線の直径とその加速電圧に応じて試料内部に拡がったある微小体積からのものであり, それらが繰り返し積算される形で像として形成される. 極最表層の観察等を目的とした低加速電圧 SEM 法を除けば, 通常使われている電子線の加速電圧は 10 kv から 25 kv 程度であり, 試料に入った入射電子は弾性散乱以外に, 熱散漫散乱やその他の相互作用によりエネルギーを失う非弾性散乱を起こしながら試料中を進む. その定義から, 非弾性散乱過程で試料中の電子が励起され真空中へ飛び出したものを二次電子と呼び, 入射電子が各散乱過程を経つつ試料から再び真空中へ飛び出したものを反射電子と呼ぶ. 一般に二次電子は 50 ev 以下のエネルギーであるのに対して, 反射電子のエネルギーは, 弾性散乱の場合は入射電子線と同じエネルギーであり, そこから減少して最小で二次電子のエネルギーまで幅広く分布することになる. 実際は熱散漫散乱などで数十から数百 ev のエネルギーを失った反射電子を活用することが多く, 後述する電子後方散乱回折 (Electron Back Scattering Diffraction: EBSD) 法に寄与する電子は, 入射電子の加速電圧から 500 ev 程度のエネルギー損失を受けた反射電子が多く寄与していることが, 実験と EBSD 図形のシミュレーション比較から報告されている 2). 反射電子検出器は主にロビンソン形や YAG 結晶を用いたシンチレータと半導体検出器があり, シンチレータの方が応答性は速いが, 著者らの転位観察では分解能を重視して半導体型の反射電子検出器を用いている. 図 1 に単純せん断変形試験を行った低炭素鋼で観察された転位の ECC 像を示す 3). 中央の黒いコントラスト部分がチャンネリングを起こした領域であり, 白い短い紐状のコントラストが転位である. 図に挿入された点線はこの観察結晶方位では直交する {110} 面のトレースを記載してあり,{110} 面に沿った転位セル壁とそれに囲まれた転位網が観察できていることを示している. 観察に使用した SEM は, 電場磁場重畳型のスーパーハイブリッドレンズを組合せた JSM-7001 型改良 FE-SEM を用いた. 通常の SEM の試料と検出器の作動距離 (Working Distance: WD) は 5 ~ 15 mm であるが, 試料からの反射電子を十分に捕獲するために開発された短距離 WD 型の反射電子検出器により,3 ~ 4 mm 程度の短 WD で観察している. ところで電子チャンネリング現象を活用した ECC 像の撮影には, 反射電子検出器の設置の仕方に二通りある. 図 2(a) 216

図 1 せん断変形後の BCC 鉄中の転位を観察した ECC 像 ( 反射電子像 ) 図 2 SEM による ECCI 観察のための 2 つの幾何学的モードは対物ポールピースの直下に反射電子検出器を設置した場合であり, 図 2(b) は試料を入射電子線に対して 60 ~ 70 傾斜させる方法である. その活用する反射電子の散乱方向から (a) を後方散乱モード,(b) を前方散乱モードと呼んでいる. 図 2(b) の構成は EBSD 法と同じ配置であり,EBSD 用の蛍光スクリーンの下部に反射電子検出器が設置される. それぞれに長所短所があり, 歴史的にも 2 つの方法が目的に併せて使い分けられているが, 本研究では変形試験などを行いやすいなどの利点から, 図 2(a) の後方散乱モードを採用している. 3. ECCI 法による転位観察の歴史 SEM における結晶方位情報の取得は,1967 年の Coates 4) による単結晶を使った疑似菊池パターンの観察に遡る. これらは低倍で観察されたが, 後に電子チャンネリングパターン (Electron Channeling Pattern: ECP) 法に発展し,SEM による結晶方位解析技術として活用された 5). ただ実際には電子線をロッキングさせて使うのでビーム径が拡がり,100 μm 程度以上の大きな結晶粒径材料しか使えないため, 現在では EBSD 法の出現によりほぼ代替されてしまったことは良く知 られる所である. しかし ECP 法の活用により,TEM 同様に試料を伝播する電子線ブロッホ波の記述が論じられ,SEM においても二波近似や動力学的効果が議論された 6,7). そして電子チャンネリング現象の理解が進み,Bragg 角度の前後で反射電子強度が大きく変化することを利用して,SEM でも転位などの結晶欠陥が観察ができると考えられた. 最初の観察対象は,S/N 比の観点も考慮され単結晶の薄膜材料が用いられた. 前方散乱モードにて,Oxford 大学のグループで, Si, Ni, Ge 薄膜の表層近傍で転位コントラストの観察 8) と TEM 法同様に g b = 0 の消滅則が確認された. また Si-Ge 薄膜でのミスフィット転位の集合体の観察を通じ 9), 表面端での歪み効果も含めた転位コントラストの理論的計算 10) が行われた. その後, 電子線の輝度も向上し後方散乱モードでも転位観察 11) が報告されると, バルク試料での転位観察が精力的に行われるようになる. ただ当時は, 高密度に集合した転位網に対する SEM 観察が主流で, 疲労組織に発展する転位セルなどの観測が金属系の研究では中心であった. 非破壊で観察できる SEM の特性を生かして, 我が国でも橋本ら 12) を中心に活用された. さらに破断クラック近傍の転位観察なども試みられたが,SEM での転位観察という視点では, 転位セルや転位集団の観察が主流であった. 当時の研究は Crimp 13) によりまとめられているが,TEM により展開された膨大な転位に関する研究と比べると, マクロな領域に関する情報が得られるという利点は有するものの, まだまだそこにはかなりの距離感があった. これらの研究の歴史に対し,2007 年に GaN エピ膜に対して前方散乱モードで表面端に現れた一本一本の転位の観察が報告された 1). 傾斜条件を変化させてチャンネリング条件のコントラストに与える影響が詳細に調べられ, また反射電子検出器を試料表面に順次近づけることにより低角度に散乱した反射電子も計測し, フラットな GaN 表面での転位近傍の原子ステップの観察が行われた. これを受け,Picard らも半導体材料の 4H-SiC 単結晶や GaN 薄膜を用いて単一転位の観察やそのコントラストのシミュレーション結果を報告している 14 ~ 16). 鉄鋼などの多結晶材料への適用は,EBSD 法による試料への入射電子線方向の精密な制御法などが Zaefferer らにより開発されたことを踏まえ 17), 試料の傾斜等の自由度が大きくとれる後方散乱モードを活用して,TWIP 鋼の塑性変形挙動の解明等に積極的に使われるようになった. 4. 鉄鋼材料における ECCI 法の活用鉄鋼材料への応用では, 独マックスプランク鉄鋼研究所のグループが先行するが, 著者らの観察例を踏まえてその技術を紹介する. 図 3 に {111} 集合組織の強い γ-ファイバー組織を主体とする低炭素鋼に対し, 変形試験時に形成される典型的な転位セル構造を,TEM による透過薄膜観察と SEM によるバルク表面観察結果と並べて示す.BCC フェライト結晶であるため主すべり面は {110} であり, 同面に平行な 最近の研究と技術転位組織解析のための SEM-ECCI 法の応用 217

転位セルが形成されることが判っている. 図 3(a) は TEM の明視野像であり結晶粒界を点線で示したが, 各結晶粒単位で互い違いに異なる方向に転位セルが導入されている. ほぼ同じ倍率で観察した SEM の ECC 像を図 3(b) に示すが, TEM で観察される転位組織と遜色がないことが判る.TEM では薄片化された領域しか観察できないが,SEM ではより広い視野を容易に観察することができるので, 結晶粒間を越えたマクロな転位セルの構成形態や, 結晶方位に依存した転位セル構造の差異などの解釈に適している. 図 4(a)(b) は, 写真上の左右を回転軸として互いに 1 傾斜させて撮影した ECC 像である. 図 4(a) では, 転位セル A 領域に 1 本 1 本の分散した転位が観察できている. 黒いコントラストはチャンネリング条件を満足した入射電子が深く入り込んで結果として反射電子量が減っていることを示し, そのような条件で, より浅い所にある転位近傍の歪んだ格子面の所で反射電子の散乱強度が増して白く見える. 但し次項で述べる多重散乱効果を考える必要がある. 図 4(b) では転位 セル B の領域がチャンネリング条件を満足し, 白く 1 本 1 本の転位がよく見えるようになる. この加速電圧での {110} 面の Bragg 角は約 1.2 であり,AB 領域の試料傾斜による Bragg 角近傍での電子チャンネリング効果のわずかな違いを反映している. 次にこの 1 本 1 本の転位コントラストと試料への電子線入射条件について, より詳細に調べたものを図 5(a)~(c) に示す. 電子線の入射方向は 111 に近く, 試料は単純せん断変形試験を施した後の BCC 鉄多結晶で,b = 111 のらせん転位が導入されることは既に判っている材料である. 図 5(b) の条件が最もよく転位が観察でき,1 前後の傾斜でそのコントラストは変化する. 写真中央部下の矢印で示した白い紐状の転位は試料表層部に平行に走っている転位で, らせん転位特有のうねった形態をしている. 図 5(b)(c) の上部の矢印は, これらの転位の端部が表面に達している部分であり, 析出物コントラストのように白黒のコントラスト対として観察される. 表面に端部を出した転位のコントラストがこのような白黒対を示し, さらにバーガースベクトルの向きと関連することは,4H-SiC 単結晶の転位に対する解析等からも指 図 3 BCC 鉄多結晶変形時の ND// 111 方位粒の転位セル組織. 点線は粒界位置を示す.(a)TEM 明視野像 (b)sem-ecc 像 図 4 チャンネリング現象に対応して傾斜した時の ECC 像のコントラスト変化.(a) 試料傾斜ゼロで入射電子線 // 111 方向を満足 (b) 試料を 1 傾斜して,A 領域から B 領域がチャンネリング条件を満足. 右上矢印は同一箇所を示す. 218

図 5 単一転位分布を示す SEM-ECC 像. 電子線入射方向はほぼ 111 方向. 試料角度は,(a)1 (b)2 (c)3. 写真下部の矢印は水平に伸びる転位, 写真上部の 2 つの矢印は表面にその一端が出た各々の転位コントラストを示す. 摘されている 14). 現在の汎用 SEM では, 試料ステージや反射電子検出器の位置が固定された構造から, このような転位のバーガースベクトルを含む結晶学的情報を解析するには不十分であり, 限定的である. 従来の形態観察や元素分析主流の SEM 利用から,TEM 並みに結晶学的情報が得られる SEM 技術として発展していく変革期にあり, その技術革新を含め今後の発展に期待したい. 非弾性散乱を起こした地点で新たな光源 P として高角度に非弾性散乱波を発生し, それらが表層近傍の格子面に対応して Bragg 反射を引き起こす 1). その様子を図 6(b) に示す. いずれの場合も Bragg 回折を起こす格子面上に転位がいれば, その近傍での僅かな試料傾斜で転位の変位部分が Bragg 条件を満足し, コントラストが検出される条件を見出せる. 5. 転位コントラストに対する現状の理解 TEM と同様に SEM で観察される転位コントラストにおいても,g b = 0 の消滅条件の成立や,Bragg 角に応じたコントラスト反転などが見られる. しかし SEM の場合は薄膜近似の成り立つ TEM とは異なり, 入射電子は試料中での伝搬と共に非弾性散乱により急速にそのエネルギーを失うので, そのような動力学的効果を特に考慮した計算方法の確立が急務である. さらに電子線が走査線として絞られていることから, その収束角も考慮しないといけない. この点は, STEM-BF との類似性がある 18). 現在, 非弾性散乱波の動力学的取扱い計算も含め技術確立は途上であるが, 簡単な考え方を以下にまとめる. 図 2 に示した ECCI に対する 2 つの計測モードにおいて, (b) の前方散乱モードは熱散漫散乱の強度が増大し, 試料からの反射電子の強度も強い.EBSD 法において,60 ~ 70 傾斜条件が主に使われる理由である. この時の ECCI の様子を図 6(a) に示す 15).Bragg 条件に近い角度で入射した電子線は, 透過波と回折波に分かれそれぞれがその後非弾性散乱を起こす過程で試料から飛び出し, その後検出器の方向へ進んだ反射電子が検出される. 他方, 試料中を進む入射電子は, 図 6 ECCI 法における入射電子線と反射電子の関係を示す模式図. (a)(b) は前方散乱モードでの異なる非弾性散乱波の発生を示す. (c)(d) は後方散乱モードでの異なる非弾性散乱波の発生を示す. 最近の研究と技術転位組織解析のための SEM-ECCI 法の応用 219

このような考え方は, 後方散乱モードにおいても同じであるが, 前方散乱モードに比べて後方へ散乱される非弾性散乱波強度は小さくなるため入射電子線の高輝度化が必要である 19). 但し著者らの実験では, 短 WD の条件において 1 na 程度の電流量で観察できている. ところで試料に垂直に電子線が照射された場合, チャンネリング条件では, 結晶中を進む Bloch 波の強度が, 原子位置に極大をとる波と原子間位置に極大をとる波に分かれることは良く知られている. この時, 原子間位置に極大を持つ Bloch 波は異常透過を示し, 原子位置に極大を持つ Bloch 波は強く非弾性散乱される. そして格子面に転位等の結晶欠陥があれば, 僅かな試料傾斜で特定の方向に新たな強度分布を生じさせる別の Bragg 条件ができる. その様子を図 6(c) に示す 20). また後方散乱モードと同じように, 試料内部での仮想光源 Q からの非弾性散乱波が, 表層近傍での転位部分で Bragg 回折を起こして反射電子として検出されることも考えられ, それを図 6(d) に示す. それぞれのモードで 2 つの組み合わせにより ECCI が得られていると考えているが, それ以外にも表層近傍の転位での弾性散乱により, 真空中に戻った反射電子成分もあるし, 入射電子線の収束角に応じて Bragg 角散乱を満たすケースもあろう. これらのそれぞれの寄与についてはまだ研究段階にあり, 精度の良い実験データが待たれる所である. 最近,Zaefferer らは, 結晶方位に依存した後方散乱波強度を与える式として,Picard らの提案した Howie-Whelan 方程式に基づく二波近似 16) ではなく, チャンネリング条件を満足する二つの Bloch 波に基づく強度式を提案している 21). 後方散乱波の微分散乱断面積を σ B とし, 入射電子線に対する試料中での消衰距離 ξ g と Bragg 条件からのずれを考慮した立式であり, 積層欠陥や転位コントラストに観察される強度縞を, 消衰距離 ξ の関数として検討している. 加速電圧 20 kv での FCC 鉄の ξ g = 13 nm として,ECCI で観察される積層欠陥の深さを 5ξ g = 60 ~ 70 nm と見積もっている. また ECCI 法で観察される転位の深さを凡その観察条件から見積もり, 観察領域の転位密度を計測する試みも始まっている 22). 見ている転位コントラストの深さ領域に関する情報, また入射電子線と試料の結晶方位条件から分布が変わる非弾性散乱波や反射電子の強度等を含め, 今後のさらなる理解が必要である. 6. おわりに SEM 法で, 転位や積層欠陥などの結晶欠陥を観察する目的で, 近年 ECCI 法が注目されている. 試料中での非弾性散乱波の動力学的効果の取り扱いとなるため, コントラスト発現機構については様々な提案があり, その幾つかを紹介したが, 著者らもより精微な観察データを重ね正しい理解を求めている段階であり, 本稿における記載事項で理解に誤りがあれば遠慮なくご指摘頂きたい.TEM と違って SEM ではバルク試料をそのまま持ち込めるため, 多彩な変形試験, また加熱や冷却実験により, これまで提唱されてきた変形挙動や 相変態挙動に対しても, 転位や積層欠陥のセミマクロな不均一挙動を含め, さらに理解を深めることができる.SEM 装置自体の改良も必要であろう. 最近では,TEM 法の低加速電圧化が進み 40 kv-tem 等の開発も検討されている. また走査電子系を取り扱う STEM 法も同様に低加速化が進んでおり, もはや TEM と SEM という区別はあまり意味が無い時代へと入ってきているのかもしれない. それぞれに長い歴史があるので, 研究者の間では自然に棲み分けができていたかもしれないが, 今後は大いに融合し, 新しい顕微鏡学へと発展していくことを期待する. 謝辞本研究を進めるにあたり, 日本電子 ( 株 ) の装置改良に関わる協力, 並びに柴田昌照氏, 朝比奈俊輔氏の技術協力に感謝いたします. また研究を進める上で, 名古屋大学の武藤俊介教授, 独マックスプランク鉄鋼研究所の S. Zaefferer 教授らから貴重なアドバイスを頂きました. 文献 1)Trager-Cowan, C., Sweeney, F., Trimby, P.W., Day, A.P., Gholinia, A., Schmidt, N.H., Parbrook, P.J., Wilkinson, A.J. and Watson, I.M.: Phys. Rev. B, 75, 085301-8 (2007) 2)Winkelmann, A.: in Schwartz, A.J. et al. (Eds.), Electron Backscatter Diffraction in Materials Science, Springer, Chapter 2, 21 33 (2009) 3)Sugiyama, M. and Sibata, M.: JEOL News, 46, 11 16 (2011) 4)Coates, D.G.: Phil. Mag., 16, 1179 1185 (1967) 5)Joy, D.C., Newbury, D.E. and Davidson, D.L.: J. of Applied Physics, 53, R81 R122 (1982) 6)Booker, G.R. et al.: Phil. Mag., 16, 1185 1191 (1967) 7)Clarke, D.R. and Howie, A.: Phil. Mag., 24, 959 971 (1971) 8)Czemuszka, J.T., Long, N.J., Boyes, E.D. and Hirsh, P.B.: Phil. Mag. Lett., 62, 227 232 (1990) 9)Wilkinson, A.J., Anstis, G.R., Czernuszka, J.T., Long, N.J. and Hirsh, P.B.: Phil. Mag. A, 68, 59 80 (1993) 10)Wilkinson, A.J. and Hirsh, P.B.: Phil. Mag. A, 72, 81 103 (1995) 11)Simkin, B.A. and Crimp, M.A.: Ultramicroscopy, 77, 65 75 (1999) 12) 金子佳久, 橋本敏 : 金属学会誌,66,1297 1303(2002) 13)Crimp, M.A.: Microscopy research and Tech., 69, 374 381 (2006) 14)Picard, Y.N. and Twigg, M.E.: J. Appl. Phys., 104, 124906-6 (2008) 15)Twigg, M.E. and Picard, Y.N.: J. Appl. Phys., 105, 093520-8 (2009) 16)Picard, Y.N. et al.: Scripta Materialia, 61, 773 776 (2009) 17)Gutierrez-Urrutia, I., Zaefferer, S. and Raabe, D.: Scripta Mater., 61, 737 740 (2009) 18) 今野豊彦 : 顕微鏡,43,50 59(2008) 19)Gutierrez-Urrutia, I. and Raabe, D.: Acta Mater., 59, 6449 6462 (2011) 20)Kamaladasa, R.J. and Picard, Y.N.: in Mendez-Vilas, A. and Dias, J. (Eds.), Microscopy, Science, Technology Applications and Education (2010) 21)Gutierrez-Urrutia, I., Zaefferer, S. and Raabe, D.: JOM, TMS, 65, 1229 1236 (2013) 22)Gutierrez-Urrutia, I. and Raabe, D.: Scripta Mater., 66, 343 346 (2012) 220