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第 66 回骨粗鬆財団教育ゼミナール講演 Ⅰ 糖尿病に合併する骨粗鬆症の特徴と対策について 島根大学医学部内科学講座内科学第一講師 金沢一平 はじめに糖尿病は加齢とともに増加する疾患であり 世界的に患者数は増加し続けている 超高齢化社会を迎えた我が国において 高齢者糖尿病患者へのアプローチの重要性は増してきており 糖尿病患者の ADLや QOL 生命予後を護る上で糖尿病関連骨粗鬆症の予防と対策は必須と考える 本講演では 糖尿病関連骨粗鬆症の病態やメカニズムについて解説し 対策について紹介する 1. 糖尿病関連骨粗鬆症は生命予後に影響を及ぼす糖尿病患者は健常人と比較し約 10 年も寿命が短く 1) 治療の最終目標は QOLや寿命を改善し 健常人の生命予後に可能な限り近づけることである 糖尿病は 細小血管合併症 ( 神経障害 網膜症 腎症 ) や大血管合併症 ( 狭心症 心筋梗塞 脳梗塞 末梢動脈疾患等 ) を引き起こす さらに最近 骨粗鬆症やサルコペニア 運動器の障害等様々な合併症を引き起こすことも明らかになってきている われわれの施設でも 骨粗鬆症による骨折は 他の合併症を考慮に入れても患者の ADL QOL 低下に多大な影響を及ぼすことを見出し ( 図 1) さらに通常の骨粗鬆症患者と同様に 生命予後が悪化することを明らかにした 2. 糖尿病関連骨粗鬆症は骨質劣化を主な病態とする 2007 年に報告されたメタ解析により 糖尿病による骨粗鬆症の病態は骨密度に依存しない すなわち骨質劣化に起因することが初めて示された Zスコアで評価した骨密度は 1 型 2 型糖尿病患者ともに健常人 公益財団法人骨粗鬆症財団第 8 回旭化成研究助成プログラム 骨粗鬆症 QOL に関連する臨床研究 体機能 B e in e 110 100 - en 0 001 日常役割機能 ( 精神 ) の健康 50 40 30 20 10 F(-) G1 G2/3 日常役割機能 ( 体 ) 体の痛み 図 1 90 社会生活機能全体的な健康感 - G1 G2/3 e eb ce( F) 活力椎体骨折 G2/3において ADL QOL[ 体の痛み 全体的な健康感 活力 社会生活機能 日常役割機能 ( 精神 )] は年齢 性別 罹病期間 BMI HbA1c 腎機能 糖尿病合併症 糖尿病治療で補正しても有意に低下していた Kanazawa I, et al. Manuscript in preparation 2 型糖尿病における椎体骨折とADL/QOLとの関連性 - 1 -
10 10 と大きな差はなかったが 大腿骨近位部骨折リスクは 1 型 2 型糖尿病患者それぞれ健常人の約 7 倍 約 1.4 倍となっており 2) 骨密度だけでは表せない骨折リスクがあることが示唆される 2 型糖尿病患者と健常人の骨密度と骨折リスクの解析では 両者とも骨密度の低下に伴い骨折リスクは上昇していたが 同等の骨密度低下率であっても 糖尿病患者の骨折リスクは健常人を上回っていた ( 図 2) また 肥満は骨密度を上昇させることが知られているが 糖尿病患者において 高血糖に加え肥満が合併すると 骨密度が高いにもかかわらず骨折リスクが上昇する 3) したがって 骨密度の低下だけではなく骨質の劣化も 糖尿病患者における骨折リスク上昇に関連する重要な因子である 3. 糖尿病における骨脆弱化機序では なぜ糖尿病患者の骨質は劣化するのか これまでの報告から 糖尿病における骨脆弱化機序として 1コラーゲン繊維間の終末糖化産物 (advanced glycation end products;ages) 架橋の蓄積 2 骨形成の低下 ( 骨芽細胞分化 成熟障害 ) 3 骨の微細構造の異常 ( 皮質骨の多孔性 海綿骨構造の異常 ) の3 点が重要と考えられている 1AGEs 架橋の蓄積骨にはⅠ 型コラーゲンの配列があり そこに生理的架橋を形成することにより しなやかな強度の骨が形成される しかし 糖尿病に伴う高血糖 酸化ストレス亢進状態では 非酵素的に AGEs 架橋が形成される 生理的架橋とは異なる位置に形成された AGEs 架橋は骨のしなやかさを低下させ 硬く脆い骨とし 骨密度が減っていなくても骨強度の低下をもたらす 4) さらに 細胞外で形成された AGEsは骨芽細胞を直接傷害し アポトーシスの誘導や石灰化障害を引き起こす ( 図 3) 最近報告された 1 型糖尿病患者の骨生検を用いた検討により 骨折既往がある糖尿病患者では 骨内ペントシジン量が増加し 石灰化度が高まっていることが報告されている 5) 骨質関連マーカーとしても注目されているホモシステインは インスリン作用不足により蓄積され 糖尿病患者における血中濃度は健常人と比較して高い われわれのin vitroの検討で ホモシステインは直接骨芽細胞 骨細胞のアポトーシスを誘導し AGEs 架橋形成を促進した ( 図 3) さらに われわれは AGEs 高値かつinsulin-like growth factor-Ⅰ(igf-Ⅰ) 低値の糖尿病患者は筋肉量が低下していること また AGEs 値上昇は骨以外に筋芽細胞の分化抑制に関わっていることも見出している 6) 骨 骨折 性 性 DM i inin DM i inin DM DM i inin DM i inin DM 40 30 20 10 DM n ndm DM i inin DM i inin DM 0-4 -3-2 -1 0 骨骨 度 (SD) 40 30 20 DM 10 DM i inin DM i inin DM n ndm 0-4 -3-2 -1 0 骨骨 度 (SD) BMD 低下に て 骨折 度は し 健常 もリスクの上昇が い 図 2 2 型糖尿病における骨量低下と骨折リスクの関係 Schwartz AV, et al. JAMA 2011; 305: 2184-92. - 2 -
骨 ア トーシス 骨 血 AGE 1-4 -10 Hc 5-7 骨 オス オ リシン 骨 ア トーシス 骨 AGE-c en RA KL スクレロスチン 骨 ア トーシス 図 3 AGEs ホモシステイン (Hcy) の骨代謝 血管石灰化への直接作用 2 骨形成の低下 ( 骨芽細胞分化 成熟障害 ) 糖尿病患者では骨形成マーカーである血中オステオカルシン濃度の低下がみられる 骨芽細胞に対する高血糖の影響について検討した報告では 高血糖は骨芽細胞分化の初期に発現する骨型アルカリフォスファターゼ (bone specific alkaline phospatase;bap) を増加させ 後期に発現するオステオカルシンを減少させた 7) したがって 高血糖状態は未分化な状態から成熟骨芽細胞への分化を障害すると考えられる 実際 われわれの臨床検討において 血中オステオカルシン /BAP 比が骨折リスクの評価に有用であることを明らかにしている 8) また 糖尿病に伴う内分泌環境の異常も重要とされている 骨形成促進や骨リモデリング亢進に関わっていることが知られている IGF-Ⅰ は 内因性インスリン分泌の影響を受けて主に肝臓から分泌される 血糖コントロール不良状態では血中 IGF-Ⅰ 濃度が低下し 血中オステオカルシン濃度の低下 骨芽細胞分化の低下をもたらす 実際に われわれの解析において椎体骨折数の増加に伴い血中 IGF-Ⅰ 濃度の低下を認めており 9) 糖尿病患者における IGF-Ⅰ 低下も重要因子であると考えられる 3 骨の微細構造の異常 ( 皮質骨の多孔性 海綿骨構造の異常 ) HR-pQCTを用いた検討で 脆弱性骨折既往がある糖尿病患者は 健常人と比べて皮質骨多孔化が進行していることが示されている ( 図 4) また 2 型糖尿病患者は健常人より骨密度が高いにもかかわらず 海綿骨微細構造の指標である trabecular bone score(tbs) は低下しており 特に HbA1c>7.5% の血糖コントロール不良の患者で HbA1c 7.5% の患者に比べ低下していると報告されている 10) したがって 糖尿病患者の骨折リスク評価に 骨密度とTBS を合わせて考慮することは有用である 4. 糖尿病治療薬の骨折リスクへの影響最近では糖尿病治療薬が骨代謝にも影響することが明らかとなっており 特に閉経後女性におけるチアゾリジン誘導体を用いた治療が骨折リスクを上昇させることがメタ解析で明らかになっている 11) その要因として 2 型糖尿病に対するチアゾリジン誘導体投与による皮質骨の骨密度低下が認められている 12)13) 糖尿病患者の骨折リスクを上昇させる重要因子として転倒リスクがある 糖尿病患者は転倒リスクが高 - 3 -
健常者 2 型糖尿病 2 型糖尿病 + 脆弱性骨折 図 4 2 型糖尿病における皮質骨多孔化 Burghardt AJ, et al. J Clin Endocrinol Metab 2010; 95: 5045-55. いことが知られており その要因として骨脆弱化に加え 筋力低下や体重減少 糖尿病性末梢神経障害 腎機能低下 起立性低血圧 インスリン使用による HbA1c 低下などが挙げられる インスリン使用者は特に転倒リスクが高いことが知られている インスリンによる HbA1c 低下は低血糖につながり 外出中や夜間の転倒のリスクが上昇することから 骨折リスクが高くなると考えられる また 低血糖はカテコラミン分泌や内因性ステロイドホルモン分泌を上昇させるため 骨脆弱性にも影響を及ぼす HbA1cと骨折リスクとの関連をみたロッテルダム研究では HbA1c<7.5% の患者は非糖尿病患者と骨折リスクが同等であったが HbA1c 7.5% の患者はHbA1c<7.5% の患者より骨折リスクが有意に高いことが示されている ( ハザード比 1.62, p=0.02) 14) したがって 血糖コントロールの不良は骨折リスクにかかわっており HbA1c7.5% が一つの境界と考える 5. 骨も糖代謝に影響する非 / 低カルボキシル化オステオカルシンは骨から分泌され 膵臓への直接作用や 小腸からの glucagonlike peptide-1(glp-1) 分泌促進を介した間接的な作用によりインスリン分泌を促進する また 筋肉にも直接作用してインスリン感受性を亢進し さらに脂肪細胞にも直接作用してアディポネクチン分泌を上昇することにより糖代謝を改善する オステオカルシン欠損マウスの解析により 高血糖やインスリン分泌能低下 脂肪量増加 血中アディポネクチン低下といったメタボリックシンドローム型 2 型糖尿病様の病態を示すことが報告されている 15) また 高脂肪食を与えた肥満マウスにオステオカルシンを投与したところ 肥満や脂肪肝 耐糖能異常が改善することも明らかとなっている 16) 糖尿病患者ではオステオカルシン低下が特徴的にみられることから オステオカルシン低下は糖代謝増悪や動脈硬化促進に影響を及ぼす可能性が考えられる われわれの検討でも 閉経後 2 型糖尿病患者でオステオカルシン低値の患者は 高値の患者に比べて総死亡率が有意に高いことを認めている (Log-rank test, p=0.009) 6. 糖尿病関連骨粗鬆症の治療血糖コントロールが悪ければ骨折リスクも高いことは明らかにされているが 糖尿病のコントロールを良くすると骨折リスクが下がるというエビデンスは未だない ACCORD 研究において 糖尿病に対する強化治療を行った場合の骨密度と骨折リスクを従来療法と比較したところ いずれも改善が見られなかったとの報告があり 17) 糖尿病に対するアプローチのみでは糖尿病関連骨粗鬆症の対策は不十分であることがわ - 4 -
かる したがって 特に骨折リスクが高い糖尿病患者には 骨粗鬆症のメカニズムを考慮した積極的な骨粗鬆症治療の介入が必要である 1ビスホスホネートチアゾリジン誘導体により骨量を低下させたラットにおいて アレンドロネートは骨量を増加させ 骨強度の低下を改善した 18) また FIT 試験やHORIZON 試験の解析で ビスホスホネートは糖尿病患者において 非糖尿病患者と同等の骨密度上昇率を示し 特に閉経後糖尿病患者においては骨折リスクを抑制することが示されている ( 図 5) したがって 糖尿病患者においても骨粗鬆症基準を満たす患者の場合はビスホスホネート等の骨吸収抑制薬は有効である ただし 糖尿病患者は顎骨壊死のリスクが高まるため 投与前に歯科受診することが望ましい 2 選択的エストロゲン受容体モジュレータ (selective estrogen receptor modulator;serm) MORE 試験の解析で ラロキシフェンの椎体骨折抑制効果は糖尿病患者の方が非糖尿病患者よりも高いことが報告されている 19) ウサギを用いた検討で 高ホモシステイン血症を誘導する高メチオニン食下ではAGEs 架橋が増加するが ラロキシフェンを投与すると AGEs 架橋の蓄積が抑制された ( 図 6) また われわれはin vitroの試験でバゼドキシフェンがホモシステインによる骨芽細胞のアポトーシスを抑制し 生理的架橋形成促進因子リジルオキシダーゼの発現を増加させ AGEs 蓄積を抑制することを明らかにしている したがって SERMは骨芽細胞の酸化ストレスによるアポトーシス 生理的架橋の減少 AGEs 架橋の蓄積を解除し 骨質改善に寄与していることが示唆される 3ビタミン D 転倒リスクに対するビタミン Dの関与が最近注目されている in vitroの解析で 活性型ビタミン Dあるいはエルデカルシトールは AGEsによるオステオグリシン発現抑制および筋芽細胞分化抑制を改善し それによって骨芽細胞の分化が促進されることが示唆されている 6) まとめ糖尿病関連骨粗鬆症の特徴として 特に骨質の劣化が重要な病態であり 骨密度の測定のみでは評価しきれない骨折リスクの上昇がある その原因として AGEs 架橋の蓄積だけではなく 骨芽細胞機能の低下 それに伴う骨代謝回転の低下や骨微細構造の異常も重要である さらに 転倒リスクが高いことも骨折 DM 0 52 DM 0 34 n-dm 0 83 n-dm 0 39 図 5 0 1 1 m 0 1 1 m H R i (95 CI) O R i (95 CI) #1141 ASBMR annual meeting 2015 閉経後糖尿病患者におけるビスホスホネートの骨折リスクへの影響 - 5 -
0 05 0 01 0 001 0 7 0 4 mm /m c en 0 6 0 5 0 4 0 3 0 2 0 1 mm /m c en 0 3 0 2 0 1 0 m - RL - RL 0 m - RL - RL O O チオニン O O チオニン Saito M, et al. Osteoporos Int 2010; 21: 655-66. 図 6 ラロキシフェンによる骨質への影響 リスクが高い要因となっている 血糖コントロールが骨折リスクを軽減する直接のエビデンスはないが ロッテルダム観察研究で示された HbA1cと骨折リスクの関連性より HbA1c<7.5% にコントロールすることが望ましい その他 低血糖は避ける 肥満を解消し適正な体重を維持する 内因性インスリン分泌を維持して血中 IGF-Ⅰ 濃度を高めることも重要である 糖尿病関連骨粗鬆症に対する骨粗鬆症治療薬のエビデンスは不足していると言わざるを得ないのが現状であり まずは明らかになりつつある糖尿病関連骨粗鬆症の病態を理解したうえで 個々の患者に合わせて治療介入していく必要がある 糖尿病関連骨粗鬆症への積極的治療介入が 糖尿病患者の ADLやQOL 生命予後の改善につながっていくものと期待する 文献 1) 堀田饒ほか. 糖尿病 2007; 50: 47-61. 2)Vestergaard P. Osteoporos Int 2007; 18: 427-44. 3)Kanazawa I, et al. Calcif Tissue Int 2008; 83: 324-31. 4)Saito M, et al. Osteoporos Int 2010; 21: 195-214. 5)Farlay D, et al. J Bone Miner Res 2016; 31: 190-5. 6)Tanaka KI, Kanazawa I, et al. Bioch Biophys Res Commun 2014; 450: 482-7. 7)Botolin S, et al. J Cell Biochem 2006; 99: 411-24. 8)Kanazawa I, et al. Calcif Tissue Int 2009; 85: 228-34 9)Kanazawa I, et al. Osteoporos Int 2011; 22: 1191-8. 10)Dhaliwal R, et al. Osteoporos Int 2014; 25: 1969-73. 11)Loke YK, et al. CMAJ 2009; 180: 32-9. 12)Kanazawa I, et al. Osteoporos Int 2010; 21: 2013-8. 13)Kanazawa I, et al. J Bone Miner Metab 2010; 28: 554-60. 14)Oei L, et al. Diabetes Care 2013; 36: 1619-28. 15)Lee NK, et al. Cell 2007; 130: 456-69. 16)Ferron M, et al. Bone 2012; 50: 568-75. 17)Schwartz AV, et al. Diabetes Care 2012; 35: 1525-31. 18)Kumar S, et al. J Bone Miner Res 2013; 28: 1653-65. 19)Johnell O, et al. J Bone Miner Res 2004; 19: 764-72. - 6 -
第 66 回骨粗鬆財団教育ゼミナール講演 Ⅱ 骨粗鬆症と CKD ~CKD における骨粗鬆症薬の使い方 ~ 大阪大学大学院医学系研究科腎疾患統合医療学准教授 濱野高行 はじめに数ある骨粗鬆症の合併症の中で 慢性腎臓病 (CKD) はこれまであまり注目されてこなかった 骨粗鬆症の予防と治療ガイドライン 2015 年版でも CKDは続発性骨粗鬆症の原因として その他 に分類されている しかし 近位尿細管が障害されると体内のビタミン D 合成に障害を来すこと また尿毒症によって副甲状腺ホルモン (PTH) 抵抗性の骨形成低下が起こることなどから 腎臓内科の立場からは CKDはむしろ続発性骨粗鬆症の原因として最も多い 内分泌性の疾患とも捉えられる 本講演では CKDに合併する骨粗鬆症の病態や治療法を紹介する 1. 加齢とともに上昇する CKDと骨粗鬆症の有病率 CKDの有病率は 加齢にともない上昇する 沖縄の検診データの報告では 60 70 歳の受診者の約 30% 70 歳以上では80% 以上が クレアチニンクリアランス (Ccr)50mL/ 分以下であった 1) そして骨粗鬆症の有病率も加齢とともに高くなることから 骨粗鬆症と CKDの合併はまれではない Kidney Disease Improving Global Outcomes(KDIGO) のガイドライン 2) には 米国では骨粗鬆症患者のほとんどがステージ 3~4のCKDであると記載されている KDIGOでは 慢性腎臓病に伴う骨 ミネラル代謝異常 (CKD-Mineral and Bone Disorder;CKD-MBD) は検査値異常 骨の異常 異所性石灰化の 3つから成る病態であり 骨のみならず全身の病態として捉えることを提唱している 実際 多くの臨床試験では臨床検査値異常の患者が除外されるにもかかわらず 複数の大規模臨床試験において 対象者の約半数がCcr 50~60mL/ 分未満という結果であった 日常臨床では当然 臨床検査値異常の患者も含まれるので CKD 合併の割合はさらに高くなる 腎機能低下を評価する指標のうち血清クレアチニン濃度は egfrがおよそ 50 ml/ 分 /1.73m 2 に低下するまではほとんど変動がなく ( 図 1) 基準値も性別や筋肉量により異なる そのため 血清クレアチニン濃度が一見正常範囲であっても CKDである場合がある 一方 シスタチン Cは筋肉量の影響を受けず 女性では軽度低下例でも大腿骨近位部骨折リスクとの相関が認められており 腎機能評価指標として有用と期待されている 2.CKD に合併する骨粗鬆症のメカニズムと代謝マーカーわれわれは CKD 患者 602 例を対象とした多施設共同研究 Osaka Vitamin D Study in CKD(OVIDS- CKD) において ビタミン D 欠乏と関連する有意な因子として 尿タンパク陽性 (2+ 以上 ) 糖尿病合併 性別 ( 女性 ) そして intact PTHの上昇を報告している 3) さらに OVIDS-CKDでは 腎機能低下に伴い 線維芽細胞増殖因子 (FGF)-23 の発現が亢進して近位尿細管での1α- 水酸化酵素の活性を低下させ その結果 血清 1,25(OH)2D3 濃度が低下することが示されている 4) 1,25(OH)2D3 濃度が低下すると PTHが上昇するが さらに腎機能が低下するとリンが上昇し その状態で腎機能が透析導入レベルまで低下すると 血清カルシウム濃度が急激に低下する CKDでは 骨の皮質骨と海綿骨のうち皮質骨が脆弱化し CKDステージ 3~5では PTH 上昇により骨吸収が亢進し 代謝が高回転となる線維性骨炎が多くみられる そのため KDIGOのガイドラインでは - 7 -
(m / L) 6 5 4 3 2 性 性 1 10 25 50 75 100 Cc 図 1 血清クレアチニン濃度とクレアチニン クリアランスの関係 CKDステージ 3~5Dの患者では 血清 PTH 濃度または骨型アルカリフォスファターゼ (BAP) 活性を骨代謝回転の指標として骨病変を評価することが望ましいとしている 2) PTHは骨芽細胞に作用して破骨細胞分化因子 (RANKリガンド ;RANKL) を産生させ RANKが成熟破骨細胞の受容体に結合すると骨吸収が亢進し 血清カルシウムやリンの濃度が上昇する その際 尿中 Ⅰ 型コラーゲン架橋 N-テロペプチド (NTX) やI 型コラーゲン -C-テロペプチド (1CTP) が上昇するので これらは骨吸収のマーカーとして用いられる 一方 骨形成のマーカーとなるのが BAPやオステオカルシンであり NTXが上昇すれば BAPも高くなるといった共役関係にある ( 図 2) 血清 NTX 濃度とCcrには相関関係があるが ステロイド投与中の患者ではこの相関から予測されるよりも血清 NTX 濃度が高くなる そこでわれわれは 血清 NTX 濃度の予測値に対する実測値の割合を Resorption Indexとし 腎機能にかかわらず使用できる指標として提唱した 5) 近年は 腎機能の影響を受けない骨吸収マーカーとして酒石酸抵抗性酸フォスファターゼ (TRACP)-5b の有用性も注目されている 米国 NIHコンセンサス会議のステートメントでは 骨強度は骨密度と骨質により規定され 骨質の影響度は約 30% とされている しかし透析患者では骨質の影響がより大きいと考えられ 骨密度と骨代謝マーカーを組み合わせた骨折リスクの評価が有用と考えられる ( 図 3) 6) 3.CKD に合併する骨粗鬆症の治療骨粗鬆症の治療薬は ビスフォスフォネート ホルモン補充療法 (HRT) 選択的エストロゲン受容体モジュレーター (SERM) 抗 RANKL 抗体などの骨吸収抑制剤 hpthなどの骨形成促進剤と 活性型ビタミン D3 製剤やビタミン Kといった骨代謝調節剤の 3 系統に大きく分けられる 腎機能低下時における骨粗鬆症治療薬の投与上の注意については 骨粗鬆症の予防と治療ガイドライン 2015 年版で示されている ( 表 1) 7) 1 骨代謝調節剤 KDIGOガイドラインでは CKDステージ 3~5の非透析患者に対してカルシトリオールまたはビタミン D アナログの投与が望ましいとしている エルデカルシトールは新規の活性型ビタミン D3 誘導体であり 骨折リスクの抑制が認められているが 血清中および尿中カルシウム値の上昇がみられる 脱水の起こりやすい夏期は特に 尿路結石や高カルシウム血症の出現に注意する必要がある 2 骨吸収抑制剤骨吸収抑制剤は血清カルシウム濃度を低下させ PTHを上昇させる 腎不全患者はもともと PTHが高 - 8 -
i n H O e b 役 RA KL RA K IC M e O e c in e c e i n n e n m en nc i n O e b BA OC 骨 役 骨 図 2 骨吸収と骨形成の機序と共役関係 B 70 60 50 40 30 20 10 0 1 46 F -Sc e -2 0 1 46 F -Sc e -1 9-1 0 F -Sc e -1 0 C 60 50 40 30 20 10 0 5b 3 7 図 3 F -Sc e -2 0 5b 3 7 F -Sc e -1 9-1 0 F -Sc e -1 0 Nickolas TL, et al. J Am Soc Nephrol 2011; 22: 1560-72. 大腿骨頸部 Tスコアと骨代謝マーカーによる骨折リスク評価 い傾向にあり 副甲状腺機能が亢進しやすいため 適宜 活性型ビタミン D3 製剤を併用する SERMにはラロキシフェン バゼドキシフェンがあり ラロキシフェンを用いた MORE trialでは 腎機能低下例でも それ以外の患者と同等の椎体骨折抑制効果が示されている 8) また 追加解析ではクレアチニンの上昇が抑制されるなど ラロキシフェンの腎保護作用が示唆されている 9) しかし 副作用として血清カルシウム濃度の低下や PTH 上昇が報告されており 腎機能障害では慎重投与となっている - 9 -
表 1 骨粗鬆症治療薬の CKD 患者への投与上の注意 骨粗鬆症の予防と治療ガイドライン 2015 年版 薬 物 egfr 35 ml/min 保存期腎不全 egfr<35ml/min 透析 (CKD-5D) L- アスパラギン酸カルシウム使用回避 (C) 使用回避 (C) ( 要カルシウム濃度チェック ) アルファカルシドール カルシトリオール エルデカルシトール SERM( ラロキシフェン バゼドキシフェン ) 病態に応じ使用量を変更 (A) 血清カルシウム濃度上昇に特に注意 (B) アレンドロネート 使用回避 (C) (egfr<35 は使用回避 ) ビスホスホネート薬 リセドロネートミノドロン酸 (egfr<30 は使用回避 ) 使用回避 (C) エチドロネート 使用回避 (C) イバンドロネート エルカトニン 通常投与量可能 (A) デノスマブ 副甲状腺ホルモン薬 ( 重度の腎障害患者は低カルシウム血症を起こす恐れが強い ) 稲葉雅章. 治療薬ハンドブック2012より作図 一部のビスフォスフォネート製剤は血管の石灰化を改善し 腎機能低下患者に対する骨折抑制効果が認められている ただし 骨に蓄積するため Ccr30mL/ 分未満の患者には禁忌または慎重投与である 透析患者では骨代謝が低回転となる frozen boneのおそれがあるため 低用量で開始し 十分に観察を行う リセドロネートは休薬後 1 年ほどで骨代謝が回復するのに対し アレンドロネートは休薬 3 年後も骨代謝マーカーが回復せず 骨への長期蓄積が示唆されている 10) 各製剤の蓄積の程度はハイドロキシアパタイトとの親和性により異なり 親和性が高いと長期残存しやすい したがって CKD 合併患者に対しては リセドロネートやイバンドロネートといった ハイドロキシアパタイトとの親和性が低い製剤が適している 3 骨形成促進剤骨形成促進剤は一般的には血清カルシウム濃度を上昇させるが 透析患者では hungry boneの状態になり 血清カルシウム濃度の低下を来す可能性がある また PTHは尿細管に作用して高尿酸血症を引き起こす場合があり ヒト型抗 RANKLモノクローナル抗体製剤のデノズマブは 重度の腎障害患者ではコントロールの困難な低カルシウム血症が生じるおそれがある PTH 製剤テリパラチドは 1 日 1 回投与と 本邦でのみ発売されている週 1 回投与の2 種類がある テリパラチドで刺激される骨形成は骨吸収の増加を伴うが 骨形成の亢進が先に起こり 骨吸収は遅れて亢進する そのギャップは anabolic windowと呼ばれ 骨形成促進優位に骨代謝回転が促進される ( 図 4) 単回投与時の血中 PTH 濃度を比較すると 1 日 1 回製剤の濃度のピークは週 1 回製剤の半分程度である したがって CKD 患者には ピーク値が高く anabolic windowの大きい週 1 回製剤の方がより適していると考えられる テリパラチドは腎機能低下例にも骨折抑制効果を示すが 高カルシウム血症や高尿酸血症のリスクが - 10 -
( ) 100 B ne-m i n me B ne- e i n me B ne m e 75 50 An b ic in 25 0 0 12 24 i H m ne 36(m ) PTH が 骨の代謝回転を刺激する前に 直接骨形成を刺激する時期骨代謝回転が刺激された後でも 骨吸収よりも骨形成が亢進するので 少なくとも一定の時間は Anabolic window が維持される 図 4 PTH による Anabolic window 上昇する また 投与直後に一過性の血圧低下を認め 透析による血管内脱水と重なると血圧が大きく低下する そのため 透析時にテリパラチドを投与する際は透析終了時ではなく透析開始後すぐに行うと 低血圧のリスクを軽減できる デノスマブは RANKLの阻害を介して破骨細胞の成熟化および活性化を抑制し 骨吸収を低下させる ビスフォスフォネートが成熟破骨細胞に作用するのに対し デノスマブは成熟化前の破骨細胞も抑制する点が特徴である 腎機能低下例では血清カルシウム濃度が大きく低下する場合があり 関連施設でも圧迫骨折既往で心不全合併の患者にデノスマブを投与したところ 遷延性の低カルシウム血症と血圧低下を来した症例を経験している デノスマブ海外市販後の自発報告において 重篤な低カルシウム血症の約半数は初回投与から 7 日以内の発現とされているが 投与 1カ月後以降にも発現が認められる 低カルシウム血症のリスクがある患者 重度の腎機能障害患者に対しては 投与を慎重に検討すべきである 腎不全例へのデノスマブ投与による重篤な低カルシウム血症は PTHによる尿中カルシウムの再吸収 1,25(OH)2D3 の上昇 骨からのカルシウム吸収の 3つが阻害されるために発現すると考えられる そこでわれわれは 骨吸収阻害薬を投与した骨粗鬆症患者 42 例 ( デノスマブ 24 例 ビスフォスフォネート18 例 ) を対象に 低カルシウム血症の発症頻度および予測因子をレトロスペクティブに検討した 低カルシウム血症はデノスマブ群で 13 例 (56.5%) に出現し ビスフォスフォネート群にはみられなかった デノスマブ群では一部の患者に血清カルシウム値の大幅な低下を認めた 骨吸収マーカー TRACP- 5bはデノスマブ群で投与 2ヵ月後から顕著に低下し 四分位群で最も高値の群は それ以外の群に比べて低カルシウム血症の発症頻度が高かった このことから 投与前の TRACP-5b 高値は腎機能とは独立した低カルシウム血症発症のリスク因子であることが示唆され 800mU/dL 以上で低カルシウム血症のリスク上昇が認められた ( 図 5) まとめ腎不全患者では egfrがおよそ 50mL/ 分 /1.73m 2 未満に低下すると PTHが上昇しはじめる 私見ではその時点で活性型ビタミン D3 製剤で骨粗鬆症治療の開始を考慮すべきと考えるが 血清カルシウム濃度上昇のリスクを避けるため投与量は適宜減量し ( アルファカルシドールは 0.25-0.5μg エルデカルシトールは0.5μg が目安 ) 尿カルシウム / クレアチニン値などを参考に経過観察を行うと良いと考える また 骨吸収抑制剤は血清カルシウム濃度を低下させ 副甲状腺に負担となるため 活性型ビタミン D3 製剤を併用してPTHの改善を優先することが望ましい ビスフォスフォネート製剤は 腎機能低下例では骨への蓄積や - 11 -
C RAC -5b(m / L) 補正 年齢 性別 糖尿病の有 egfr 1 0 0 5 0 0 100 200 300 400 500 600 700 800 900 1000 1100 1200 1300 1400 1500 図 5 投与前の TRACP-5b 値と骨吸収抑制薬による低 Ca 血症発症のリスク frozen boneのリスクを十分に検討すべきと考える SERMはCKD 合併患者に有用であり 最近では腎保護作用も注目されている PTH 製剤は 血圧低下と高カルシウム血症 高尿酸血症の出現に注意が必要である デノスマブを CKDステージ 4~5の患者に用いる際は 活性型ビタミン D3 製剤を併用すると著明な低カルシウム血症のリスクを軽減できる コンプライアンスの悪い状態や外来での開始は避け 頻回に採血できる透析期になってから 半量投与で開始することが望ましい 文献 1)Iseki K, et al. Am J Kidney Dis 2004; 44: 806-14. 2)Kidney Disease: Improving Global Outcomes(KDIGO)CKD MBD Work Group. Kidney Int 2009; 76 (Suppl 113): S1 S130. 3)Hamano T, et al. Ther Apher Dial 2011; 15 Suppl 1: 2-8. 4)Nakano C, et al. Clin J Am Soc Nephrol 2012; 7: 810-9. 5)Hamano T, et al. Bone 2006; 39: 1067-72. 6)Nickolas TL, et al. J Am Soc Nephrol 2011; 22: 1560-72. 7) 骨粗鬆症の予防と治療ガイドライン作成委員会 ( 編 ). 骨粗鬆症の予防と治療ガイドライン 2015 年版. ライフサイエンス出版, 2015. 8)Ishani A, et al. J Am Soc Nephrol 2008; 19: 1430-8. 9)Melamed ML, et al. Kidney Int 2011; 79: 241-9. 10)Jamal SA, et al. J Bone Miner Res 2007; 22: 503-8. - 12 -
2016 年 9 月作成