ChemA 講義補足 (5 月 27 日 ) 第 6 回目の講義では 原子の量子性と周期性 について お話ししました 講義で使用したパワーポイント資料は PDF にしたものを 化学 A 講義資料 のとこ ろに張り付けてあります 予習用には ミスプリがありましたし HomeWork は載ってい ません

Similar documents
物性基礎

ハートレー近似(Hartree aproximation)

<4D F736F F D20824F B CC92E8979D814696CA90CF95AA82C691CC90CF95AA2E646F63>

2018/6/12 表面の電子状態 表面に局在する電子状態 表面電子状態表面準位 1. ショックレー状態 ( 準位 ) 2. タム状態 ( 準位 ) 3. 鏡像状態 ( 準位 ) 4. 表面バンドのナローイング 5. 吸着子の状態密度 鏡像力によるポテンシャル 表面からzの位置の電子に働く力とポテン

Microsoft Word - 8章(CI).doc

多次元レーザー分光で探る凝縮分子系の超高速動力学

Microsoft Word - 201hyouka-tangen-1.doc

Microsoft Word - t30_西_修正__ doc

数値計算で学ぶ物理学 4 放物運動と惑星運動 地上のように下向きに重力がはたらいているような場においては 物体を投げると放物運動をする 一方 中心星のまわりの重力場中では 惑星は 円 だ円 放物線または双曲線を描きながら運動する ここでは 放物運動と惑星運動を 運動方程式を導出したうえで 数値シミュ

Microsoft Word - note02.doc

H AB φ A,1s (r r A )Hφ B,1s (r r B )dr (9) S AB φ A,1s (r r A )φ B,1s (r r B )dr (10) とした (S AA = S BB = 1). なお,H ij は共鳴積分 (resonance integra),s ij は重

数学 ⅡB < 公理 > 公理を論拠に定義を用いて定理を証明する 1 大小関係の公理 順序 (a > b, a = b, a > b 1 つ成立 a > b, b > c a > c 成立 ) 順序と演算 (a > b a + c > b + c (a > b, c > 0 ac > bc) 2 図

Microsoft PowerPoint - siryo7

Microsoft Word - Chap17

Techniques for Nuclear and Particle Physics Experiments Energy Loss by Radiation : Bremsstrahlung 制動放射によるエネルギー損失は σ r 2 e = (e 2 mc 2 ) 2 で表される為

2_分子軌道法解説

Microsoft PowerPoint - H21生物計算化学2.ppt

物性物理学 I( 平山 ) 補足資料 No.6 ( 量子ポイントコンタクト ) 右図のように 2つ物質が非常に小さな接点を介して接触している状況を考えましょう 物質中の電子の平均自由行程に比べて 接点のサイズが非常に小さな場合 この接点を量子ポイントコンタクトと呼ぶことがあります この系で左右の2つ

Microsoft PowerPoint - qchem3-9

Microsoft PowerPoint - 11JUN03

三重大学工学部

Microsoft PowerPoint - 第5回電磁気学I 

Microsoft Word - 5章摂動法.doc

Microsoft Word - 9章(分子物性).doc

1/10 平成 29 年 3 月 24 日午後 1 時 37 分第 5 章ローレンツ変換と回転 第 5 章ローレンツ変換と回転 Ⅰ. 回転 第 3 章光速度不変の原理とローレンツ変換 では 時間の遅れをローレンツ変換 ct 移動 v相対 v相対 ct - x x - ct = c, x c 2 移動

Probit , Mixed logit

Microsoft Word - 量子化学概論v1c.doc

2018年度 東京大・理系数学

<4D F736F F D FCD B90DB93AE96402E646F63>

構造力学Ⅰ第12回

Microsoft Word - 1-4Wd

木村の物理小ネタ ケプラーの第 2 法則と角運動量保存則 A. 面積速度面積速度とは平面内に定点 O と動点 P があるとき, 定点 O と動点 P を結ぶ線分 OP( 動径 OP という) が単位時間に描く面積を 動点 P の定点 O に

コロイド化学と界面化学

Microsoft Word - kogi10ex_main.docx

Microsoft PowerPoint - 11MAY06

Microsoft PowerPoint _量子力学短大.pptx

Microsoft PowerPoint - zairiki_3

線積分.indd

memo

有限密度での非一様なカイラル凝縮と クォーク質量による影響

代数 幾何 < ベクトル > 1 ベクトルの演算 和 差 実数倍については 文字の計算と同様 2 ベクトルの成分表示 平面ベクトル : a x e y e x, ) ( 1 y1 空間ベクトル : a x e y e z e x, y, ) ( 1 1 z1

DVIOUT-SS_Ma

θ T [N] φ T os φ mg T sin φ mg tn φ T sin φ mg tn φ θ 0 sin θ tn θ θ sin φ tn φ φ θ φ mg θ f J mg f π J mg π J J 4π f mg 4π f () () /8

Microsoft PowerPoint - 9.pptx

解法 1 原子の性質を周期表で理解する 原子の結合について理解するには まずは原子の種類 (= 元素 ) による性質の違いを知る必要がある 原子の性質は 次の 3 つによって理解することができる イオン化エネルギー = 原子から電子 1 個を取り除くのに必要なエネルギー ( イメージ ) 電子 原子

計算機シミュレーション

破壊の予測

Microsoft PowerPoint - 第2回半導体工学

PowerPoint Presentation

Microsoft PowerPoint - 卒業論文 pptx

Microsoft PowerPoint - 9.pptx

物理演習問題

ニュートン重力理論.pptx

1 1. はじめに ポンスレの閉形定理 Jacobi の証明 June 5, 2013 Akio Arimoto ヤコビは [2] においてポンスレの閉形定理に初等幾何を用いた証明を与え ている 大小 2つの円があり 一方が他方を完全に含んでいるとする 大小 2 円の半径をそれぞれ Rr, とする

Microsoft Word - 素粒子物理学I.doc

学習指導要領

OCW-iダランベールの原理

Chap2.key

スライド 1

Microsoft PowerPoint - 4th

Microsoft PowerPoint - 測量学.ppt [互換モード]

学習指導要領

補足 中学で学習したフレミング左手の法則 ( 電 磁 力 ) と関連付けると覚えやすい 電磁力は電流と磁界の外積で表される 力 F 磁 電磁力 F li 右ねじの回転の向き電 li ( l は導線の長さ ) 補足 有向線分とベクトル有向線分 : 矢印の位

Microsoft PowerPoint - 複素数.pptx

1/17 平成 29 年 3 月 25 日 ( 土 ) 午前 11 時 1 分量子力学とクライン ゴルドン方程式 ( 学部 3 年次秋学期向 ) 量子力学とクライン ゴルドン方程式 素粒子の満たす場 y ( x,t) の運動方程式 : クライン ゴルドン方程式 : æ 3 ö ç å è m= 0

1/30 平成 29 年 3 月 24 日 ( 金 ) 午前 11 時 25 分第三章フェルミ量子場 : スピノール場 ( 次元あり ) 第三章フェルミ量子場 : スピノール場 フェルミ型 ボーズ量子場のエネルギーは 第二章ボーズ量子場 : スカラー場 の (2.18) より ˆ dp 1 1 =

Microsoft Word - thesis.doc

Microsoft Word - 1-5Wd

電磁気学 A 練習問題 ( 改 ) 計 5 ページ ( 以下の問題およびその類題から 3 題程度を定期試験の問題として出題します ) 以下の設問で特に断らない限り真空中であることが仮定されているものとする 1. 以下の量を 3 次元極座標 r,, ベクトル e, e, e r 用いて表せ (1) g

<4D F736F F D20824F E B82CC90FC90CF95AA2E646F63>

数学の学び方のヒント

<4D F736F F D20824F F6490CF95AA82C696CA90CF95AA2E646F63>

初めてのプログラミング

多体系の量子力学 ー同種の多体系ー

ベクトル公式.rtf

20~22.prt

学習指導要領

Microsoft Word - 微分入門.doc

F コンデンサーの静電容量高校物理において コンデンサーは合同な 2 枚の金属板を平行に並べたものである 電池を接続すると 電圧の高い方 (+ 極 ) に接続された金属板には正の電気量 Q(C) が 低い方には負の電気量 -Q(C) が蓄積される 正負の電気量の絶対値は等しい 蓄積された電気量 Q

LEDの光度調整について

2012/10/17 第 3 章 Hückel 法 Schrödinger 方程式が提案された 1926 年から10 年を経た 1936 年に Hückel 法と呼ばれる分子軌道法が登場した 分子の化学的特徴を残しつつ 解法上で困難となる複雑な部分を最大限にカットした理論である Hückel 法は最

Chap3.key

<4D F736F F D2089FC92E82D D4B CF591AA92E882C CA82C982C282A282C42E727466>

パソコンシミュレータの現状

理工学部無機化学ノート

Excelによる統計分析検定_知識編_小塚明_5_9章.indd

5. 変分法 (5. 変分法 汎関数 : 関数の関数 (, (, ( =, = では, の値は変えないで, その間の に対する の値をいろいろと変えるとき, の値が極地をとるような関数 ( はどのような関数形であるかという問題を考える. そのような関数が求められたとし, そのからのずれを変分 δ と

Microsoft PowerPoint - 東大講義09-13.ppt [互換モード]

Microsoft Word - 力学12.doc

s とは何か 2011 年 2 月 5 日目次へ戻る 1 正弦波の微分 y=v m sin ωt を時間 t で微分します V m は正弦波の最大値です 合成関数の微分法を用い y=v m sin u u=ωt と置きますと dy dt dy du du dt d du V m sin u d dt

学習指導要領

diode_revise

Laplace2.rtf

ハートリー・フォック(HF)法とは?

ÿþŸb8bn0irt

スライド 1

Microsoft PowerPoint - JUN09.ppt [互換モード]

Xamテスト作成用テンプレート

固体物理2018-1NKN.key

人間科学部研究年報平成 24 年 (1) (2) (3) (4) 式 (1) は, クーロン (Coulomb) の法則とも呼ばれる.ρは電荷密度を表し,ε 0 は真空の誘電率と呼ばれる定数である. 式 (2) は, 磁荷が存在しないことを表す式である. 式 (3) はファラデー (Faraday)

Transcription:

ChemA 講義補足 (5 月 27 日 ) 第 6 回目の講義では 原子の量子性と周期性 について お話ししました 講義で使用したパワーポイント資料は PDF にしたものを 化学 A 講義資料 のとこ ろに張り付けてあります 予習用には ミスプリがありましたし HomeWork は載ってい ませんので あらためて閲覧するようにしてください 次回は演習になりますので 予習資料は準備しませんが 演習でないときは 講義の予 習用資料を事前に貼り付けます 前回 5 月 20 日の演習 (1)-(3) の略解と講評は 5 月 20 日分の講義補足に記し ました 水素原子と同じように 原子核の周囲に 1 個だけ電子がある原子 を 1 電子原子 ( 水 素類似原子 水素様原子 (hydrogen like atom)) とよびます 2 個の粒子の系ですので 剛体回転子や2 個の粒子がばねで結ばれた場合と同様に 相対運動と重心の運動にわけて 相対運動だけを考えると 換算質量 μをもつ1 個の粒子の運動の問題に帰着します ボーア模型では 原子核の位置を固定し 電子の運動だけを考えました そのことは 換算質量に含まれる原子核の質量 M を無限大とみなし 1/M=0 と置いて近似することに相当します この近似を用いると μ=m( 電子の質量 ) となりますので 原子核の位置を固定したボーアモデルの扱いと同じになります 多くのテキストでは 量子論の方程式であるシュレーディンガー方程式 ( 波動方程式 ) を解くときにも この扱いを採用しています 違いはごくわずかですので スペクトルを詳しく調べるとき以外は どちらで扱っても問題ありません 水素原子のスペクトルを詳しく調べると μ=m( 電子の質量 ) と近似して得られる Rydberg 定数 ( 本によっては R と書いています 原子核の質量を無限大とみなしたことを示しています ) では 実測されるスペクトルとは少しだけずれてしまいます このことは 質量数が1の通常の水素原子のスペクトルと 質量数が2の重水素原子のスペクトルが ごくわずか離れたスペクトル線として観測される事実とも関係しています ちなみに 重水素の存在は H.C.Urey による分光実験ではじめて明らかにされました このように 同位体の種類でスペクトルが変化することは 同位体効果 として知られていますが 塩化水素分子の回転スペクトルや振動スペクトルへの影響はそれほど小さくは 1

ありませんが 水素原子のスペクトルへの影響は非常に小さいため スペクトル観測の精 度がよほどよくないとみつけられません 重水素の発見は 分光学の進歩の成果であると いえます 水素原子の波動方程式を 最初から原子核を固定して解くことを考えると 2 粒子系 であることが忘れられてしまいますので 3 次元の極座標を使う扱いで 剛体回転子の問題と関連づける発想はでなかったかもしれません 剛体回転子の問題で出てくるルジャンドリアンΛの固有方程式という 応用数学分野で良く知られていた知識があれば 角度に依存する部分は 球面調和関数として ただちに得られます そうなれば 残りの距離 ( 動径 )r に依存する関数 R(r)(Rydberg 定数と同じ文字で表しますので 混乱しないように注意する必要があります ) を決める方程式を得るのは簡単です ψ=r Y を Hψ=Eψに代入し r に依存する演算を丁寧にやれば R(r) を決めるための微分方程式が得られます その際 球面調和関数 Y が満たす固有方程式の知識を使うため Y の形を決める量子数の1 つであるエル l が 導入されます 講義では R(r) を具体的に求めるところは R(r)=Ae -ar と仮定した場合についてだけ行いました それでも 水素原子の基底状態に相当する 1s 軌道の場合が求められるのですから このような解き方の威力は 絶大です 多くのテキストは こうした解き方をまったく紹介せずに 解いた結果だけを 理由なしに紹介しています 2s 軌道や 2p 軌道に相当する解は R(r) の形として もう少し複雑な形 ( といっても r の多項式を掛け算するだけですが ) を導入すると 得ることができます 詳しくは 参考書として挙げた 量子化学 ( 裳華房 ) のホームページにある次の PDF を参照してください http://www.shokabo.co.jp/author/3419/comment05.pdf 講義資料の誤植授業のあとで指摘してくれた人がいるのですが R(r) を求める計算の例 のところで 下から2 行目の R(r) の式の指数のところで分母にあるはずのε0 が抜け落ちていました 講義資料予習版と実際の講義のときの資料は訂正が必要です 講義後に電子教室に貼りつけた講義資料の方は 訂正してあります みなさんの中には よく予習していて こうしたミスプリに気づく人がいます 講義資料には こうしたミスプリがあるかもしれません もしみつけたら教えてください 訂正いたします p 軌道関数や d 軌道関数の具体的な形 ( 今回の講義資料では 波動関数の角度依存性で表 にして示してあります は 球面調和関数 ( 剛体回転子のところで表にして示しました ) 2

に基づいて 求めることができます Y + や Y - の定義式に基づいて計算すれば 出てくるは ずです 参考書 量子化学 ( 裳華房 ) では p.63-p.64 の本文で p 軌道が 5 章末の演 習問題で d 軌道が扱われています s 軌道 p 軌道 d 軌道については 高校の教科書でも 参考や発展として 扱っている場合もありますが それが何を意味するか きちんと書かれている本は ほとんどありません 今回の講義で こうした軌道関数の r- 依存性 角度依存性が 明確になりましたので 電子の存在確率と関係する軌道関数の意味が かなりはっきりしてきたと思います s 軌道は 角度部分が定数ですので どの方角でも 値が等しくなります このため 丸い形をしていることが理解できると思います p 軌道は x y zの各座標軸方向に大きな値をもち 原点のところでは0になり 原点を含み各軸に垂直な面内では どこでも値 0となる 節面 をもちます 軌道関数には 符号 (+か-) があるため 角度依存のグラフが2 色になっているのは 一方の符号が+で他方の符号が-であることを示しています d 軌道の場合は p 軌道よりも節面の数が多くなっています 5つのうち四葉型に見える4つの節面は簡単にわかると思いますが dz 2 軌道の節面は少し複雑で 円錐状になっています その円錐面の角度は 3z 2 -r 2 =0 となる角度ですので θ= 何度になるか 3 次元の極座標の定義式を参照して求めてみると面白いと思います 球面調和関数としては その絶対値の2 乗に sinθdθdφをかけて θは0からπまで φは0から2πまで 積分した結果が1になるように規格化したものが用いられています Y0,0 は定数ですが その定数値が 4π 分の1 になっている理由は この規格化の条件式の積分をやってみればはっきりします 球面調和関数 Y l, m には2つの添え字エルとエムがついています 原子軌道の角度部分を表す場合 エルは方位量子数 エムは磁気量子数とよばれます エルとエムの間にコンマを入れない書き方もありますが 間にコンマを入れることもあります エルやエムが具体的な数字のときは 10 と書くと 十とも読めてしますので 1,0 というふうに 数字の間にコンマを入れて混乱をさけるようにしている本が多いですが 間のコンマを省略している本もあるので 注意が必要です コンマを間に入れておけば 混乱は避けられます 動径分布関数を0から無限大まで積分した結果が1になるのは 確率密度の総和に相当するので当然のことです 1s 軌道の動径分布関数のグラフは 1こぶの曲線ですが こぶの頂点を与える距離は r=a0 で ちょうど ボーア半径に相当します つまり 量子論の波動方程式解いて得られる電子の存在確率分布は どの距離が最大になるかというと ちょうどボーア半径のところであることがわかります 古典論では ボーアの円軌道にしたが 3

って一定の半径の円周上に拘束されて電子がまわりますが 量子論では 最大確率はボー ア半径の距離になるものの その距離にしか電子が存在しないのではなく より近くにも より遠くにも出没する確率があります 多電子原子( 電子数が2 以上の原子 ) では シュレーディンガー方程式に電子間の相互作用が入ってくるので 解くことがたいへん面倒になります もちろん 最先端の理論化学 計算化学の分野では 非常に高度に発展した方法で コンピューターを使って 高い精度で多電子原子のシュレーディンガー方程式を解くことができていますが その詳細を 大学の学部レベルで学ぶことは 世界的にもほとんど行われていません 通常 化学系の大学院レベルで学習します 講義では 多電子原子のシュレーディンガー方程式の解が どのようなものになるかを 粒子間のクーロン力 ( 静電気力 ) の本質に基づいて推論する方法を紹介しました つまり 高度な計算理論や計算技法を駆使しなくても 解のおおよその特徴を推論するたいへん賢い方法があるのです 電子が2 個以上になったことで 1 電子原子と根本的に違ってくるのは 電子間の斥力 ( 反発力 ) です 電子どうしの相対的な位置関係で 斥力が働く方向がかわりますが 一番外側の電子に着目すると 他の電子は 原子核がある方向に存在するため 他の電子によって及ばされる斥力は 原子核からの引力が働く方向とは逆の 外側向きになります 原子核からの引力と逆向きの力が働けば 原子核からの引力が弱められることになります これが 他の電子による静電遮蔽効果をもたらします 講義では n 個の電子が内側にあるとして 静電遮蔽効果によって 原子核の電荷が Z-n に減少すると考えましたが この n の大きさは 遮蔽定数 (screening constant) とよばれ s で表されるのが普通です そして s の大きさは かならずしも整数でなくてもよく 全体の電子数より小さな数になります 講義では 一番外側の電子に着目して それに対する静電遮蔽の効果を考えましたが それ以外の電子に対しても 静電遮蔽の効果を考えることは可能です 電磁気学を学ぶと 電荷の分布が単位電荷に及ぼす効果は 電荷分布の中心からその単位電荷までの半径の球の内側にある電荷だけを考えればよく より外側に存在する電荷が及ぼす効果は考えなくてよいという定理 ( ガウスの定理 ) というのがあります このため 原子中の任意の電子に及ぼす遮蔽効果は その電子よりも 原子核に近いところに存在する電子だけからもたらされ 外側に存在する電子は 遮蔽効果には まったく寄与しないと考えてよいことになります こうした 静電遮蔽効果の特徴をよく知っていると 原子中の一番外側の電子には 大きな静電遮蔽効果が働き 内側に存在する電子への遮蔽効果は 原子核に近い電子ほど 小さくなることがわかります 結局 静電遮蔽効果で 原子核の正電荷の大きさが 原子 4

番号より小さくなり それを有効核電荷とみなすと 原子中の個々の電子は 有効核電荷の周囲にある電子の運動として理解されますので 結局 原子中の電子は すべて1 電子原子 ( 水素類似原子 ) の場合と非常によく似た軌道関数にしたがって運動すると考えてよいことになるのです これが 多電子原子でも 1s 2s 2p 3s 3p 3dといった原子軌道に電子が 収容 されていると考えてよいことの根拠を与えます 多電子原子の原子軌道のエネルギーの順番にしたがって エネルギーの低い方から順番に電子を配置して 原子の電子配置を組み立てることができます このとき 1 種類の軌道には 電子は上向きスピンと下向きスピンの電子を1 個ずつ 合計 2 個までしか収容できません これを パウリの原理といいます また 同じエネルギー準位の軌道 ( たとえば p 軌道に3 種類 d 軌道には5 種類のものがある ) に電子を配置するときには フントの規則が適用されます 以上を考慮して 原子の一番安定な電子配置 ( 基底状態の電子配置 ) を組み立てる規則を 原子の電子配置の 構成原理 もしくは 組立規則 とよびます 原子の電子配置の 構成原理 を用いると 高校のテキストの巻末などに出ている電子配置を簡単に組み立てることができます 構成原理 に従わない例外は 非常に少ないですが 少しだけあります たとえば 構成原理で (4s) 2 (3d) 4 になると推定される原子番号 24 の Cr では (4s) 1 (3d) 5 の電子配置が一番安定であることが実験で確認されています これはどうしてでしょうか 実は 4s とか 3d とかは副殻 ( 副電子殻の意味 ) とよばれ 副殻は 半分もしくは全体が電子で満たされると安定になることが知られています (4s) 2 (3d) 4 では 4s は (4s) 2 となっていて満員ですので安定ですが (3d) 4 の方は満員になっていませんし半分にも1 電子不足しています そこで (4s) 2 の電子を1 個 3d の方に移すと 両方の副殻とも半数だけ電子が入った状態になって安定します これとよく似たことは (4s) 2 (3d) 9 となることが構成原理で推定される原子番号 29 の Cu の場合にも起こります Cu では 4s の電子 1 個が 3d に移されることで (4s) 1 (3d) 10 となり 4s は半数になりますが 3d が満員になって 電子を移す前よりも安定します こうした例外が いくつかありますが 上で述べた構成原理によって ほとんどの原子の基底状態の電子配置を 簡単に組み立てることができます イオン化エネルギーや電子親和力が 原子番号の変化に対して 周期性を示すことは 高校のテキストにも示されていますので 知っていると思います この周期性が なぜ発生するかは 今回の講義で出てきた静電遮蔽効果によって合理的に説明することができますが そのためには 外側の電子に対し 他の電子がどの程度の遮蔽効果を与えるのかを 詳しく議論する必要があります 5

電気陰性度というのは 原子の個性を表す概念です 陰性が強いと 電子を引き付けやすく ( 失いにくく ) なります 従って 陰性が強い原子は イオン化エネルギーが大きく電子親和力も大きくなります このことを考慮して マリケンはイオン化エネルギーと電子親和力の平均値で電気陰性度を定義しました これに対し ポーリングは 異なる原子 AB の結合エネルギーと同種原子の AA もしくは BB の結合エネルギーを用いて A と B の電気陰性度の差の大きさを定義しました 異種の原子で 電気的陰性の度合いが違うほどイオン結合の性格を帯びて結合が強くなることを利用したのです ポーリングの電気陰性度の定義式を見ると このことが理解できるでしょう 定性的には マリケンでもポーリングでも どちらも電気陰性度の大小の傾向はよく似ていますので どちらを用いても同様の議論ができます マリケンもポーリングもともに ノーベル化学賞の受賞者です 原子の電子配置で 不対電子があると 電子がもつスピンの性質で 原子が磁気を帯び 小さな磁石の性質 ( 常磁性 ) をもちます 電子が電子対になると上向きと下向きのスピンが打ち消し合って 磁気を失います ( 反磁性 ) 常磁性は 分子や金属などの固体でも発生し 磁性材料として利用されています 不対電子によるスピンの向きが 巨視的空間の広い領域で揃っている物質は 強磁性とよばれます 永久磁石は 強磁性の物質でできています これに対して 強磁性ではないけれど 磁石にくっつく性質は常磁性 磁石を近づけてもくっつかない物質は反磁性です 電子スピンに上向きと下向きの2 種類が存在することは ナトリウムランプから放出されるスペクトル線が近接した2 重線であるという実験事実などに基づいて明らかにされました また 電子スピンに と の 2 種類があることは 電子が素粒子として Fermi 粒子とよばれるものであることが反映されています 電子スピンを考慮して 原子の波動関数を組み立てるとき 数学で習う行列式をつかうと自然にパウリの原理を考慮することができるのですが これは理論化学を深く学ぶ領域につながりますので 詳しいことは 参考書にゆずります スズランの写真は私の自宅で撮ったものです スズランは 私が育った街 札幌市の市 花となっています 次回 6 月 3 日の演習で 今回の講義とも関連して いろいろ大切なことを学ぶことになります (1)(2)(3) の3 枚配布されますが そのうち (1) だけは かならず 時間内に提出してください 残りの (2)(3) は HomeWork として 6 月 10 日に教室で提出してもかまいません 演習は全部で2 回ですので 6 月 3 日の2 回目でおしまいになります 今回の HomeWork は 次回 6 月 3 日に教室で提出してください 6