生化学検査のピットフォール 2013 年 9 月 7 日 ( 土 ) 生物化学分析検査研究班研究会 名古屋第一赤十字病院山森雅大
ピットフォールとは Pitfall( 英 ): 落とし穴 臨床の現場では日頃陥りやすい間違いを指し はまるな 注意せよという意味が込められて使用される 各施設で実際に起こった事例を基に 生化学分野におけるピットフォールを紹介していきたいと思います
事例 1 分離剤入り採血管の再遠心により血清 K が高値を示した事例 搬送ラインに遠心機が接続されている施設で 前日の遠心済み検体を誤って搬送ラインに投入してしまい 検体が再遠心されてしまった 結果 カリウムが 7 mmol/l と異常高値となった
< 長時間放置後の再遠心の影響 > ~ 遠心後 24 時間冷蔵保存した後に再遠心した実験データ ~ K: 1.4~2.0mmol/L LD:24~46U/L 再遠心後の検体で高値を示した 臨床検査精度管理教本より抜粋
事例 2 血清の濃縮により参考値報告となった事例 新生児病棟より提出された検体が分析されておらず 微量カップに分注された状態で分析機の中で放置されていた 3 時間ほど経過してから 医師からの問い合わせにより発覚 BM サンプルカップ 新生児の為取り直しは難しく 濃縮の影響があると医師に説明し参考値で結果報告を行った
< 微量カップ中の検体濃縮の影響 > (%) *BM 用サンプルカップに 250μl 入れ 時間ごとの変化率を示した
事例 3 血清と血液ガスでカリウム値が大きく乖離した事例 汎用機で測定された血清カリウム値が 7.9mmol/L と高値であった 溶血は認めず 再検値も同様なデータであった為報告した その後 救急外来で測定した血液ガスのカリウム値が 4.4mmol/L と汎用機との乖離があることがわかった
生化学データ ( 血清 ) 血液ガスデータ 血算 TP 6.5 g/dl PH 7.385 WBC 377 10 3 /μ L AST 53 U/L PCO2 35.5 mmhg RBC 2.1 10 6 /μ L ALT 27 U/L PO2 68.3 mmhg Hb 6.7 g/dl LDH 519 U/L thb 5.9 g/dl PLT 30 10 3 /μ L Na 129 mmol/l Na 135 mmol/l K 7.9 mmol/l K 4.4 mmol/l Cl 103 mmol/l Cl 105 mmol/l 溶血 0 * 患者は白血病の急性憎悪であった
< 偽性高カリウム血症 > 血清カリウム値が血漿カリウム値より 0.4mmol/L 以上高い場合 * 通常健常者は血清が血漿よりも 0.2mmol/L 高値を示す 血小板数が 100 万 /μ L 白血球数 10 万 /μ L 以上の場合に偽性高カリウム血症が起こりやすい 血小板増多症の場合血液凝固の過程で多数の血小板の崩壊により高濃度のカリウムが細胞内から多量に放出され 血清中の濃度が上昇することで生じると考えられている 白血球増多症の場合メカニズムは未だ明らかにされておらず 脆弱な白血病細胞が物理的な刺激 ( 血液凝固など ) により容易にカリウムを放出してしまうことが原因であると推測する報告がある 検査と技術 vol.33 no.5 2005 日本小児学会雑誌 114 巻 3 号 2010
< 血液凝固のカリウム値への影響 > 血小板正常群 血小板高値群 血小板数 ( 10 3 /μ L) 血漿 K (mmol/l) 血清 K (mmol/l) 差 167 3.1 3.2 0.1 242 3.9 4.2 0.3 352 3.7 3.8 0.1 336 3.8 4 0.2 452 3.3 3.8 0.5 461 3.7 4.2 0.5 465 3.4 3.9 0.5 505 3.3 3.9 0.6 * 血漿でカリウム測定後 塩化カルシウムを加え凝固させた後血清にて再測定したデータ 検査と技術 vol26 no.13 1998
事例 4 血清用採血管へ抗凝固剤が混入した事例 生化学データ TP 6.5 g/dl Ca 0.26 mg/dl LD 53 U/L Fe 0 μ g/dl AST 18 U/L Na 141 mmol/l ALT 12 U/L K 9.8 mmol/l ALP 120 U/L Cl 104 mmol/l <EDTA-2K の混入による影響 > 低値となる項目 :ALP Mg LAP Fe Ca AMY Zn 高値となる項目 :K
病棟で翼状針を使用して 1)CBC 採血管 2) 生化用採血管の順に採血 ここまではよくありそうな状況です なぜ データが影響を受けるほどの血液が混入してしまったのか CBC 採血管に入れた血液を血清用採血管に入れてはなさそうだしなぁ さらに原因を追及していくと
CBC 採血管が満たされた後 ホルダーを 30cm 程高い位置に移動させた為 EDTA 血が重力の影響によりチューブ内に逆流 チューブ内の EDTA 血が生化用採血管に混入したことが原因と判明した
事例 5 セル洗浄液不足のまま 15 時間分析した事例 アルカリ洗剤 ( セルクリーン )
経過 休日 16 時ごろ BM2250 のアルカリ洗浄液が不足しアラームが鳴った アラームは一定時間経過すると消えてしまう設定になっており どの機械のアラームかを特定することができないままアラームが消えた為 当直者はそのまま放置しておいた その後アルカリ洗浄液がないまま 15 時間分析を行った
初検値 ( 洗浄不良で分析 ) と再検値の一例 初検値は全体的に低値傾向!! Ca の影響が大きく 再検査した 52 検体中 9 検体でパニック値を示す偽低値を示していた 初検値 再検値 変化率 (%) BUN 17 21 24 Cre 0.88 1.05 19 LD 164 177 8 CK 89 94 6 ChE 266 314 18 ALP 193 198 3 AMY 63 78 24 T-BIL 1.0 0.87-13 TC 244 265 9 Ca 6.3 9.6 52 TP 6.8 7.0 3 Na 140 142 1 K 3.9 4.1 5 Cl 105 107 2
セル洗浄機構 アルカリ洗剤は流路内で純水にて希釈されセルに供給される アルカリ洗剤の吸引不良により気泡が混入し ノズル内の圧が低下したことで純水の液だれが発生した
液面センサー 壁に吸引口が引っ掛かり上を向いてしまう
事例 6 TG が突然測定できなくなった事例 TG 測定法 : 酵素比色法遊離ク リセロール消去法測定機器 :LABOSPECT 008 朝から突然 TG が高値になってしまった キャリブレータ間違い 試薬コンタミなどを疑ったが 別の測定機器 (VISTA1500) でも同様の現象が発生したため 上記原因は否定した
原因 前日の夕方実施した 純水タンク内の樹脂タンク交換 部品交換時と外気接触部に使用した 除菌用アルコールスプレー にグリセリン ( グリセロール ) が含まれていた 通常 タンク内に混入したグリセリンを洗い流してから純水を測定機器に通すべきところを全く洗い流さず 高濃度のグリセリンが各分析機に流入した ク リセロール消去法であったが 高濃度の為消去しきれず測定に影響が出てしまった
TG 測定法 : グリセロール消去法 ステップ 1 ステップ 2 + スプレーに含まれていたグリセリン ( グリセロール ) 協和メデックスデタミナー TG 添付文書より引用
3 日間 TG が測定できず 連日水洗を繰り返し 3 日目にして VISTA1500 が測定可能になった 翌日から LABOSPECT008 も復旧した VISTA1500 が 1 日早く復旧したのは 内部に純水装置を持っている為だと考えられた 対策 純水装置メーカーに 1) グリセリンを含まない除菌用アルコールの使用 2) 部品交換後の排水を徹底させる
事例 7 電解質ユニットのメンテナンス不足により異常値が発生した事例 BM2250 立ち上げ時に電解質項目が管理幅から外れ キャリブレーションとコントロール測定を 3 回行い ようやく管理幅に入った 10 時頃より カリウム値とクロール値が高めの検体が多いと違和感を感じながら 新人生化学担当者は結果を送信していた 11 時 30 分ごろ他の技師が結果の確認を行った際 電解質の値が異常であることに気付きコントロールを測定 カリウム値とクロールの値が高値であった
原因 1カ月後に機器の更新が決まっていた為メンテナンスがおろそかになっていた 電極交換時期を過ぎて ( メーカー保証 3ヵ月 ) 使用し 流路系の洗浄も行っていなかった 当直帯 初検値 再検値 Na 136 138 K 3.45 4.31 Cl 91.8 101.3 表 : 当直帯 ルーチン帯で測定された 369 検体のデータ 初検 ( 電極不良時 ) と再検 ( 電極交換後 ) の平均値 キャリブレーション実施 日勤帯 初検値 再検値 Na 140 140 K 4.81 4.46 Cl 108 105 電極の交換及び流路洗浄を実施 データは安定した
事例 8 測定試薬の反応性の違いによる事例 直接ビリルビンの値が異常ではないですか?? 10/21 10/22 10/23 10/24 10/26 10/28 10/30 10/31 総ビリルビン 3.7 3.8 3.7 4.0 3.9 4.8 3.7 3.2 直接ビリルビン 1.3 1.5 2.3 1.6 1.5 1.8 2.2 0.8 間接ビリルビン 2.4 2.3 1.4 2.4 2.4 3.0 1.5 2.4 ルーチン BM2250: イアトロ LQ D-BIL( 三菱化学メディエンス ) 当直帯 COBAS6000: ネスコート VL D-BIL( 製造元 : アルフレッサファーマ ) 上記 2 試薬共にビリルビンオキシダーゼによる酵素法 COBAS6000
BM2250 と COBAS6000 相関図 BM2250 D-Bil: 三菱メディエンス 乖離検体!! COBAS6000 D-Bil: アルフレッサファーマ
ビリルビンの種類 非抱合型ビリルビン 抱合型ビリルビン δ ビリルビン ( アルブミンと共有結合したもの ) 測定法 試薬メーカー δ ビリルビン 反応性 事例での 測定機器 酵素法アルフレッサファーマ直接 Bil COBAS6000 酵素法三菱メディエンス間接 Bil BM2250 バナジン酸酸化法和光純薬直接 Bil *δ ビリルビンに対する反応性の違いにより乖離が生じていた
原因 COBAS6000 の導入段階で BM との測定値に乖離があることを知っていたが 乖離に対する知識が十分でなく対策を講じなかった 対策 測定試薬を三菱メディエンス 1 法とした
事例 9:Mg の初検値と再検値の乖離 ルーチン検体の一部で Mg が初検値と再検値で乖離が生じた 問題が発生した検体はどれも再検値が正しいと思われた 原因 : 前日にメーカー実施の試薬検討を行い コンタミ設定が OFF のままだった 特定の測定順でしかコンタミしないことから散発的な発生となり 再検ではコンタミ相手の影響が排除される為正常に測定できていた 事例 10: 電解質の値のばらつき 原因 : 前日の機器メンテナンスを実施 ピペットのサンプリング位置が低く ( セルにあたってしまうぐらい ) サンプル量にばらつきが生じた