平成21年度実績報告

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事務連絡

られる 糖尿病を合併した高血圧の治療の薬物治療の第一選択薬はアンジオテンシン変換酵素 (ACE) 阻害薬とアンジオテンシン II 受容体拮抗薬 (ARB) である このクラスの薬剤は単なる降圧効果のみならず 様々な臓器保護作用を有しているが ACE 阻害薬や ARB のプラセボ比較試験で糖尿病の新規

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グルコースは膵 β 細胞内に糖輸送担体を介して取り込まれて代謝され A T P が産生される その結果 A T P 感受性 K チャンネルの閉鎖 細胞膜の脱分極 電位依存性 Caチャンネルの開口 細胞内 Ca 2+ 濃度の上昇が起こり インスリンが分泌される これをインスリン分泌の惹起経路と呼ぶ イ

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新規遺伝子ARIAによる血管新生調節機構の解明

2015 年度 SFC 研究所プロジェクト補助 和食に特徴的な植物性 動物性蛋白質の健康予防効果 研究成果報告書 平成 28 年 2 月 29 日 研究代表者 : 渡辺光博 ( 政策 メディア研究科教授 ) 1

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エネルギー代謝に関する調査研究

報道発表資料 2006 年 4 月 13 日 独立行政法人理化学研究所 抗ウイルス免疫発動機構の解明 - 免疫 アレルギー制御のための新たな標的分子を発見 - ポイント 異物センサー TLR のシグナル伝達機構を解析 インターフェロン産生に必須な分子 IKK アルファ を発見 免疫 アレルギーの有効

研究背景 糖尿病は 現在世界で4 億 2 千万人以上にものぼる患者がいますが その約 90% は 代表的な生活習慣病のひとつでもある 2 型糖尿病です 2 型糖尿病の治療薬の中でも 世界で最もよく処方されている経口投与薬メトホルミン ( 図 1) は 筋肉や脂肪組織への糖 ( グルコース ) の取り

犬の糖尿病は治療に一生涯のインスリン投与を必要とする ヒトでは 1 型に分類されている糖尿病である しかし ヒトでは肥満が原因となり 相対的にインスリン作用が不足する 2 型糖尿病が主体であり 犬とヒトとでは糖尿病発症メカニズムが大きく異なっていると考えられている そこで 本研究ではインスリン抵抗性

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News Release 報道関係各位 2015 年 6 月 22 日 アストラゼネカ株式会社 40 代 ~70 代の経口薬のみで治療中の 2 型糖尿病患者さんと 2 型糖尿病治療に従事する医師の意識調査結果 経口薬のみで治療中の 2 型糖尿病患者さんは目標血糖値が達成できていなくても 6 割が治療

Peroxisome Proliferator-Activated Receptor a (PPARa)アゴニストの薬理作用メカニズムの解明

糖鎖の新しい機能を発見:補体系をコントロールして健康な脳神経を維持する

32 小野啓, 他 は変化を認めなかった (LacZ: 5.1 ± 0.1% vs. LKB1: 5.1 ± 0.1)( 図 6). また, 糖新生の律速酵素である PEPCK, G6Pase, PGC1 α の mrna 量が LKB1 群で有意に減少しており ( それぞれ 0.5 倍,0.8 倍

ルグリセロールと脂肪酸に分解され吸収される それらは腸上皮細胞に吸収されたのちに再び中性脂肪へと生合成されカイロミクロンとなる DGAT1 は腸管で脂質の再合成 吸収に関与していることから DGAT1 KO マウスで認められているフェノタイプが腸 DGAT1 欠如に由来していることが考えられる 実際

図 B 細胞受容体を介した NF-κB 活性化モデル

学位論文の要約

スライド 1

前立腺癌は男性特有の癌で 米国においては癌死亡者数の第 2 位 ( 約 20%) を占めてい ます 日本でも前立腺癌の罹患率 死亡者数は急激に上昇しており 現在は重篤な男性悪性腫瘍疾患の1つとなって図 1 います 図 1 初期段階の前立腺癌は男性ホルモン ( アンドロゲン ) に反応し増殖します そ

ヒト脂肪組織由来幹細胞における外因性脂肪酸結合タンパク (FABP)4 FABP 5 の影響 糖尿病 肥満の病態解明と脂肪幹細胞再生治療への可能性 ポイント 脂肪幹細胞の脂肪分化誘導に伴い FABP4( 脂肪細胞型 ) FABP5( 表皮型 ) が発現亢進し 分泌されることを確認しました トランスク

糸球体で濾過されたブドウ糖の約 90% を再吸収するトランスポータである SGLT2 阻害薬は 尿糖排泄を促進し インスリン作用とは独立した血糖降下及び体重減少作用を有する これまでに ストレプトゾトシンによりインスリン分泌能を低下させた糖尿病モデルマウスで SGLT2 阻害薬の脂肪肝改善効果が報告

第6号-2/8)最前線(大矢)

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Microsoft Word - 【最終】Sirt7 プレス原稿

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第6回 糖新生とグリコーゲン分解

NEXT外部評価書

( 続紙 1 ) 京都大学 博士 ( 薬学 ) 氏名 大西正俊 論文題目 出血性脳障害におけるミクログリアおよびMAPキナーゼ経路の役割に関する研究 ( 論文内容の要旨 ) 脳内出血は 高血圧などの原因により脳血管が破綻し 脳実質へ出血した病態をいう 漏出する血液中の種々の因子の中でも 血液凝固に関

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第6回 糖新生とグリコーゲン分解

( 様式甲 5) 学位論文内容の要旨 論文提出者氏名 論文審査担当者 主査 教授 花房俊昭 宮村昌利 副査副査 教授教授 朝 日 通 雄 勝 間 田 敬 弘 副査 教授 森田大 主論文題名 Effects of Acarbose on the Acceleration of Postprandial

スライド 1

論文の内容の要旨

( 様式甲 5) 学位論文内容の要旨 論文提出者氏名 論文審査担当者 主査 教授 大道正英 髙橋優子 副査副査 教授教授 岡 田 仁 克 辻 求 副査 教授 瀧内比呂也 主論文題名 Versican G1 and G3 domains are upregulated and latent trans

報道関係者各位 平成 26 年 1 月 20 日 国立大学法人筑波大学 動脈硬化の進行を促進するたんぱく質を発見 研究成果のポイント 1. 日本人の死因の第 2 位と第 4 位である心疾患 脳血管疾患のほとんどの原因は動脈硬化である 2. 酸化されたコレステロールを取り込んだマクロファージが大量に血

別紙 < 研究の背景と経緯 > 自閉症は 全人口の約 2% が罹患する非常に頻度の高い神経発達障害です 近年 クロマチンリモデ リング因子 ( 5) である CHD8 が自閉症の原因遺伝子として同定され 大変注目を集めています ( 図 1) 本研究グループは これまでに CHD8 遺伝子変異を持つ

脂質が消化管ホルモンの分泌を促進する仕組み 1. 発表者 : 原田一貴 ( 東京大学大学院総合文化研究科広域科学専攻博士課程 2 年 ) 北口哲也 ( 早稲田バイオサイエンスシンガポール研究所主任研究員 ( 研究当時 )) 神谷泰智 ( 東京大学大学院総合文化研究科広域科学専攻修士課程 2 年 (

「肥満に伴う脂肪組織の線維化を招く鍵分子を発見」【菅波孝祥 特任教授】

温度感受性TRPチャネルTRPM2の生理機能

脳組織傷害時におけるミクログリア形態変化および機能 Title変化に関する培養脳組織切片を用いた研究 ( Abstract_ 要旨 ) Author(s) 岡村, 敏行 Citation Kyoto University ( 京都大学 ) Issue Date URL http

Mincle は死細胞由来の内因性リガンドを認識し 炎症応答を誘導することが報告されているが 非感染性炎症における Mincle の意義は全く不明である 最近 肥満の脂肪組織で生じる線維化により 脂肪組織の脂肪蓄積量が制限され 肝臓などの非脂肪組織に脂肪が沈着し ( 異所性脂肪蓄積 ) 全身のインス

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平成24年7月x日

平成13年度研究報告

( 図 ) IP3 と IRBIT( アービット ) が IP3 受容体に競合して結合する様子

るが AML 細胞における Notch シグナルの正確な役割はまだわかっていない mtor シグナル伝達系も白血病細胞の増殖に関与しており Palomero らのグループが Notch と mtor のクロストークについて報告している その報告によると 活性型 Notch が HES1 の発現を誘導

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解禁日時 :2019 年 2 月 4 日 ( 月 ) 午後 7 時 ( 日本時間 ) プレス通知資料 ( 研究成果 ) 報道関係各位 2019 年 2 月 1 日 国立大学法人東京医科歯科大学 国立研究開発法人日本医療研究開発機構 IL13Rα2 が血管新生を介して悪性黒色腫 ( メラノーマ ) を

脂肪滴周囲蛋白Perilipin 1の機能解析 [全文の要約]

ン投与を組み合わせた膵島移植手術法を新たに樹立しました 移植後の膵島に十分な栄養血管が構築されるまでの間 移植膵島をしっかりと休めることで 生着率が改善することが明らかとなりました ( 図 1) この新規の膵島移植手術法は 極めてシンプルかつ現実的な治療法であり 臨床現場での今後の普及が期待されます

抑制することが知られている 今回はヒト子宮内膜におけるコレステロール硫酸のプロテ アーゼ活性に対する効果を検討することとした コレステロール硫酸の着床期特異的な発現の機序を解明するために 合成酵素であるコ レステロール硫酸基転移酵素 (SULT2B1b) に着目した ヒト子宮内膜は排卵後 脱落膜 化

Microsoft Word - 17_07_04

H27_大和証券_研究業績_C本文_p indd

作成要領・記載例

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博第265号

膵臓2.ppt

上原記念生命科学財団研究報告集, 30 (2016)

様式)

共同研究チーム 個人情報につき 削除しております 1

1. Caov-3 細胞株 A2780 細胞株においてシスプラチン単剤 シスプラチンとトポテカン併用添加での殺細胞効果を MTS assay を用い検討した 2. Caov-3 細胞株においてシスプラチンによって誘導される Akt の活性化に対し トポテカンが影響するか否かを調べるために シスプラチ

の感染が阻止されるという いわゆる 二度なし現象 の原理であり 予防接種 ( ワクチン ) を行う根拠でもあります 特定の抗原を認識する記憶 B 細胞は体内を循環していますがその数は非常に少なく その中で抗原に遭遇した僅かな記憶 B 細胞が著しく増殖し 効率良く形質細胞に分化することが 大量の抗体産

RNA Poly IC D-IPS-1 概要 自然免疫による病原体成分の認識は炎症反応の誘導や 獲得免疫の成立に重要な役割を果たす生体防御機構です 今回 私達はウイルス RNA を模倣する合成二本鎖 RNA アナログの Poly I:C を用いて 自然免疫応答メカニズムの解析を行いました その結果

研究成果報告書

上原記念生命科学財団研究報告集, 28 (2014)

今後の展開現在でも 自己免疫疾患の発症機構については不明な点が多くあります 今回の発見により 今後自己免疫疾患の発症機構の理解が大きく前進すると共に 今まで見過ごされてきたイントロン残存の重要性が 生体反応の様々な局面で明らかにされることが期待されます 図 1 Jmjd6 欠損型の胸腺をヌードマウス

の活性化が背景となるヒト悪性腫瘍の治療薬開発につながる 図4 研究である 研究内容 私たちは図3に示すようなyeast two hybrid 法を用いて AKT分子に結合する細胞内分子のスクリーニングを行った この結果 これまで機能の分からなかったプロトオンコジン TCL1がAKTと結合し多量体を形

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平成14年度研究報告

関係があると報告もされており 卵巣明細胞腺癌において PI3K 経路は非常に重要であると考えられる PI3K 経路が活性化すると mtor ならびに HIF-1αが活性化することが知られている HIF-1αは様々な癌種における薬理学的な標的の一つであるが 卵巣癌においても同様である そこで 本研究で

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Wnt3 positively and negatively regu Title differentiation of human periodonta Author(s) 吉澤, 佑世 Journal, (): - URL Rig

生物時計の安定性の秘密を解明

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0724

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生活習慣病の増加が懸念される日本において 疾病の一次予防はますます重要性を増し 生理機能調節作用を有する食品への期待や関心が高まっている 日常の食生活を通して 健康の維持および生活習慣病予防に努めることは 医療費抑制の観点からも重要である 種々の食品機能成分の効果について数多くの先行研究がおこなわれ

( 様式甲 5) 学位論文内容の要旨 論文提出者氏名 論文審査担当者 主査 教授 森脇真一 井上善博 副査副査 教授教授 東 治 人 上 田 晃 一 副査 教授 朝日通雄 主論文題名 Transgene number-dependent, gene expression rate-independe

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サカナに逃げろ!と指令する神経細胞の分子メカニズムを解明 -個性的な神経細胞のでき方の理解につながり,難聴治療の創薬標的への応用に期待-

遺伝子の近傍に別の遺伝子の発現制御領域 ( エンハンサーなど ) が移動してくることによって その遺伝子の発現様式を変化させるものです ( 図 2) 融合タンパク質は比較的容易に検出できるので 前者のような二つの遺伝子組み換えの例はこれまで数多く発見されてきたのに対して 後者の場合は 広範囲のゲノム

スライド 1

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Microsoft Word CREST中山(確定版)

(Microsoft Word \203v\203\214\203X\203\212\203\212\201[\203X\216\221\227\2772.doc)


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化を明らかにすることにより 自閉症発症のリスクに関わるメカニズムを明らかにすることが期待されます 本研究成果は 本年 京都において開催される Neuro2013 において 6 月 22 日に発表されます (P ) お問い合わせ先 東北大学大学院医学系研究科 発生発達神経科学分野教授大隅典

生理学 1章 生理学の基礎 1-1. 細胞の主要な構成成分はどれか 1 タンパク質 2 ビタミン 3 無機塩類 4 ATP 第5回 按マ指 (1279) 1-2. 細胞膜の構成成分はどれか 1 無機りん酸 2 リボ核酸 3 りん脂質 4 乳酸 第6回 鍼灸 (1734) E L 1-3. 細胞膜につ

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のと期待されます 本研究成果は 2011 年 4 月 5 日 ( 英国時間 ) に英国オンライン科学雑誌 Nature Communications で公開されます また 本研究成果は JST 戦略的創造研究推進事業チーム型研究 (CREST) の研究領域 アレルギー疾患 自己免疫疾患などの発症機構

上原記念生命科学財団研究報告集, 30 (2016)

るマウスを解析したところ XCR1 陽性樹状細胞欠失マウスと同様に 腸管 T 細胞の減少が認められました さらに XCL1 の発現が 脾臓やリンパ節の T 細胞に比較して 腸管組織の T 細胞において高いこと そして 腸管内で T 細胞と XCR1 陽性樹状細胞が密に相互作用していることも明らかにな

Transcription:

代謝調節機構解析に基づく細胞機能制御基盤技術 平成 19 年度採択研究代表者 平成 21 年度実績報告 清野進 神戸大学大学院医学研究科 教授 糖代謝恒常性を維持する細胞機能の制御機構 1. 研究実施の概要 糖代謝は生命活動において極めて本質的で根源的な生体反応である 膵臓に存在するランゲルハンス島 ( 膵島 ) は血糖調節の中心的役割を果たしている 血糖を降下させるインスリンを分泌する β 細胞を含む 4 種類の内分泌細胞から構成される膵島は 異なる細胞が集合しただけの単なる細胞集団ではなく 糖代謝恒常性を維持する高次に機能統合されたシステムである しかしながらこれまでの研究は 個々の細胞における個々の機能分子に着目した還元主義的なアプローチが主流であり 高次機能体としての膵島を解明するには至っていない 様々な代謝状態により制御される膵島機能をより高次のレベルで統合的に解明するためには メタボローム解析を取り入れた包括的研究が不可欠である 本研究では 1) 膵島機能の制御機構の解明 2) 膵島細胞の再生制御機構の解明 3) 代謝異常と膵島機能異常との関係の解明の 3 つの課題に取り組む 本年度は 膵 β 細胞におけるインスリン分泌の新たなシグナルメカニズムを解明するとともに 膵 β 細胞株を用いた比較メタボローム解析に本格的に着手した 2. 研究実施体制 (1) 清野グループ 1 研究分担グループ長 : 清野進 ( 神戸大学大学院 教授 ) 2 研究項目 研究の総括 メタボローム解析 膵島細胞機能の解析 膵島細胞維持機構の解析 1

(2) 溝口グループ 1 研究分担グループ長 : 溝口明 ( 三重大学大学院 教授 ) 2 研究項目 膵島細胞の形態学的解析 膵島細胞機能の形態学的解析 (3) 稲垣グループ 1 研究分担グループ長 : 稲垣暢也 ( 京都大学大学院 教授 ) 2 研究項目 膵島の代謝測定 膵島の機能解析 (4) 清水グループ 1 研究分担グループ長 : 清水謙多郎 ( 東京大学大学院 教授 ) 2 研究項目 メタボローム解析におけるインフォマティクス支援 3. 研究実施内容 ( 文中に番号がある場合は (4-1) に対応する ) 1. 膵島機能の制御機構の解明 camp は膵 β 細胞においてインスリン分泌を制御する代謝シグナルとしてきわめて重要であるが その作用については未だ不明な部分が多い camp センサーである Epac2 はグアニンヌクレオチド交換因子 (GEF) であり camp と結合すると低分子量 G タンパク質 Rap1 を活性化してインスリン分泌を促進する インスリン分泌における Epac2 の役割を解明する目的で Epac2 FRET (fluorescence resonance energy transfer) センサー (C-Epac2-Y) を開発し Epac2 の活性化を引き起こす化合物を検索した その結果 偶然にも 糖尿病治療薬として広く用いられているスルホニル尿素 (SU) 薬であるトルブタミド (TLB) とグリベンクラミド (GLB) が FRET の低下を引き起こす (Epac2 を活性化する ) ことを発見した 4,7) また Epac2 欠損マウスの単離膵島では TLB ならびに GLB 刺激によるインスリン分泌反応が明らかに低下していた さらに 経口グルコース負荷試験の際の TLB の効果を検討したところ Epac2 欠損マウスでインスリン反応が有意に低下し 血糖降下作用が減弱した SU 薬は現在最もよく使用されている糖尿病治療薬の1つであり 膵 β 細胞の ATP 感受性カリウム (K ATP ) チャネルの調節サブユニットである SUR1 に結合してチャネルを閉鎖することによってインスリン分泌を刺激すると考えられ SU 薬の標的分子としては SUR1 が唯一知られていた 今回の研究成果は SU 薬のインスリン分泌刺激作用にはEpac2 を介するメカニズムも重要であること 2

を明らかにした これは SU 薬による糖尿病治療を新しい視点から提示する予想外の発見であり 医療現場に大きなインパクトを与えるものと思われる インクレチンの作用も Epac2 を介するメカニズムが重要であることを合わせて考えると Epac2 は糖尿病治療に対する新たな創薬の標的として期待される また Epac2 の N 末端領域に存在する camp 結合ドメインを欠いたスプライスバリアント Epac2B を発見し Epac2A( 従来の Epac2) は N 末端領域を介して細胞膜に局在することでインスリン分泌を制御することを明らかにした 1) さらに 低分子量 G タンパク質 Rab11 とその標的分子 Rip11 がインスリン分泌制御に関与することを明らかにした 2) 一方 camp シグナルがグルコース応答性インスリン分泌を単に増強するだけでなく ニフルム酸感受性イオンチャネルを介して誘導性にも作用することを見出した 3) 高濃度グルコースと高濃度カリウム刺激によって惹起されるインスリン開口分泌には それぞれ異なるインスリン顆粒プールが関与することを示した 5 ) 今年度はさらに 新たに樹立した種々の膵 β 細胞株を用いた 質量分析による細胞内代謝物の網羅的解析 ( メタボローム解析 ) に本格的に着手した 種々の新たな膵 β 細胞株 (MIN6-K と命名 ) を樹立し そのうち MIN6-K8 細胞はグルコース応答性インスリン分泌反応と GLP-1 による増強効果が認められたが K20 細胞では GLP-1 の効果は見られなかった また MIN6-K を正常の膵島構造に近い 3 次元の細胞塊である偽膵島を形成して培養するといずれの株細胞においても GLP-1 によるグルコース応答性インスリン分泌反応の増強が認められた 8) 以上の結果から 異なる細胞株間や単層培養状態と偽膵島で細胞内代謝が異なる可能性が考えられ 実際に ATP や camp の産生量が変化していることが確認された さらに ガスクロマトグラフィー - 質量分析計 (GC/MS) を用いたメタボローム解析によって 偽膵島ではグルコース代謝 アミノ酸代謝に関わる多くの代謝物が増加することを見出した また キャピラリー電気泳動 - 質量分析計 (CE/MS) を用いて GLP-1 を添加した時に限ってどの細胞株でもその量が著しく変化する代謝物を同定した このことは camp シグナルと相互作用するグルコース代謝経路の存在を示唆している 2. 膵島細胞の再生制御機構の解明膵 β 細胞の運命を追跡するために 時空間的制御可能な膵 β 細胞特異的 Cre リコンビナーゼ発現マウス (Ins2-Cre ER マウス ) を作製した このマウスとレポーターマウス (R26R-YFP マウス ) を交配させることによって 任意の時期にインスリン発現細胞を標識し これを追跡するマウスモデルが作製できる 今年度は Ins2-Cre ER マウスにおける膵 β 細胞機能の解析に着手するとともに 両者を交配した Ins2-Cre ER /R26R-YFP マウスを作製し 膵 β 細胞の標識の効率や特異性について検討した Ins2-Cre ER のヘテロノックインマウス同士を交配して 同腹の wt/wt( 野生型 ), wt/cre( ヘテロノックイン ), cre/cre( ホモノックイン ) について体重と随時血糖を 4 週齢から 16 週例まで週 1 回測定したところ これら 3 群間で差異は認められなかった インスリン分泌機能と耐糖能の低下も見られなかった また Ins2-Cre ER /R26R-YFP マウスにおいて Cre リコンビナーゼの発現がインスリンの発現と完全に一致し 1 mg x 7 日間のタモキシフェン投与でほとんどの膵 β 細胞が EYFP を発現するようになるが 膵 β 細胞以外の細胞での EFYP の発現は全く認められないことを確認した したがっ 3

て このマウスを用いた膵 β 細胞標識の特異性は極めて高いことが検証された さらに タモキシフェン 1 mg を 1 回投与することで約 20% の膵 β 細胞が標識できることを見出した 今後 様々な条件で Ins2-Cre ER /R26R-YFP マウスにおいて膵 β 細胞の再生を誘導し 細胞の運命を追跡する予定である 3. 代謝異常と膵島機能異常との関係の解明代謝に関与する組織におけるリン脂質組成の特性に関する検討として インスリン分泌臓器である膵 β 細胞を含む膵島組織およびインスリン感受性に関与するとされる肝臓 骨格筋 白色脂肪組織 褐色脂肪組織 及び血漿についてリン脂質メタボローム解析を行った 東京大学大学院の田口良教授との共同研究によりマウスおよびラットの膵島組織では リン脂質 ( 特に PC PE PS) において sn-2 位にアラキドン酸 (20:4) をもつ分子種が多いことが判明した また 非肥満型 2 型糖尿病モデルである GK rat および野生型ラットを用いて 膵島含有リン脂質に関して検討を行った その結果 各組織に比して膵島での含有リン脂質中 アラキドン酸 (20:4) が多い傾向も含め 両群で有意な変化は認められなかった 一方 酸化リン脂質の分解産物である鎖長の短いアルデヒド体やカルボキシル体は GK rat 膵島で多く認められた さらに 高脂肪食を野生型マウスおよび過食肥満糖尿病モデルマウス (KKAy mouse) に摂取させ 膵島含有リン脂質組成の変化を検討した 両群ともに膵島含有リン脂質組成の変化が認められ その傾向は過食モデルである KKAy mouse で顕著であった また 高脂肪食負荷におけるインスリン分泌および体脂肪組成変化に関する消化管ホルモン ( インクレチン ) の関与に関して検討を行った 6 ) 食後の血糖調節およびインスリン分泌に重要な消化管ホルモンである GLP-1 シグナルを欠損させたモデルマウス ;GLP-1 遺伝子欠損マウスを用いた検討で 同マウスでは対照 ( 野生型マウス ) に比べ糖負荷後のインスリン分泌は低下し 高脂肪食摂食下において体脂肪率の上昇を認め 6 ) 高脂肪食摂食時の体組成および体脂肪率の変化にインクレチンが関与していることを検証した 4. 成果発表等 (4-1) 原著論文発表 論文詳細情報 1) Niimura M, Miki T, Shibasaki T, Fujimoto W, Iwanaga T, Seino S. Critical role of the N-terminal cyclic AMP-binding domain of Epac2 in its subcellular localization and function. J Cell Physiol 219:652-658, 2009. DOI: 10.1002/jcp.21709 2) Sugawara K, Shibasaki T, Mizoguchi A, Saito T, Seino S. Rab11 and its effector Rip11 participate in regulation of Insulin granule exocytosis. Genes to Cells 14:445-465, 2009. DOI: 10.1111/j.1365-2443.2009.01285.x 3) Fujimoto W, Miki T, Ogura T, Zhang M, Seino Y, Satin LS, Nakaya H, Seino S. Niflumic acid-sensitive ion channels play an important role in the induction of glucose-stimulated 4

insulin secretion by cyclic AMP in mice. Diabetologia 52:863-872, 2009. DOI: 10.1007/s00125-009-1306-y 4) Zhang CL, Katoh M, Shibasaki T, Minami K, Sunaga Y, Takahashi H, Yokoi N, Iwasaki M, Miki T, Seino S. The camp sensor Epac2 is a direct target of antidiabetic sulfonylurea drugs. Science 325:607-610, 2009. DOI: 10.1126/science.1172256 5) Seino S, Takahashi H, Fujimoto W, and Shibasaki T. Roles of camp signalling in insulin granule exocytosis. Diabetes, Obesity and Metabolism, 11:180-188, 2009. DOI: 10.1111/j.1463-1326.2009.01108.x 6) Liu X, Harada N, Yamane S, Kitajima L, Uchida S, Hamasaki A, Mukai E, Toyoda K, Yamada C, Yamada Y, Seino Y, Inagaki N. Effects of long-term dipeptidyl peptidase-iv inhibition on body composition and glucose tolerance in high fat diet-fed mice. Life Sci 84:876-881, 2009. DOI: 10.1016/j.lfs.2009.03.022 7) Seino S, Zhang CL, Shibasaki T. Sulfonylurea action re-revisited. J Diabet Invest in press. DOI: 10.1111/j.2040-1124.2010.00014.x 8) Iwasaki M, Minami K, Shibasaki T, Miki T, Miyazaki J-I, and Seino S. Establishment of new clonal pancreatic β-cell lines (MIN6-K) useful for study of incretin/camp signaling. J Diabet Invest in press. DOI: 未定 (4-2) 知財出願 1 平成 21 年度特許出願件数 ( 国内 1 件 ) 2 CREST 研究期間累積件数 ( 国内 1 件 ) 5