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負荷試験 検体採取 患者の検査前準備 検体採取のタイミング 記号 添加物 ( キャップ色等 ) 採取材料 採取量 測定材料 F 凝固促進剤 + 血清分離剤 ( 青 細 ) 血液 3 ml 血清 H 凝固促進剤 + 血清分離剤 ( ピンク ) 血液 6 ml 血清 検体ラベル ( 単項目オーダー時 )

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検体採取 患者の検査前準備 検体採取のタイミング 記号 添加物 ( キャップ色等 ) 採取材料 採取量 測定材料 F 凝固促進剤 + 血清分離剤 ( 青 細 ) 血液 3 ml 血清 H 凝固促進剤 + 血清分離剤 ( ピンク ) 血液 6 ml 血清 I 凝固促進剤 + 血清分離剤 ( 茶色 )

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検体採取 患者の検査前準備 検体採取のタイミング 5. 免疫学的検査 >> 5G. 自己免疫関連検査 >> 5G010. 記号 添加物 ( キャップ色等 ) 採取材料 採取量 測定材料 F 凝固促進剤 + 血清分離剤 ( 青 細 ) 血液 3 ml 血清 H 凝固促進剤 + 血清分離剤 ( ピンク

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特集 : 栄養アセスメントの重要性とピットホール 臨床検査技師の立場から 栄養評価のために知っておきたい臨床検査値の変動要因 * keywords: 臨床検査値 変動要因 栄養評価 畑中徳子 Noriko HATANAKA, PhD 天理よろづ相談所病院臨床病理部 Department of Clinical Pathology, Tenri Hospital 栄養アセスメントは 身体計測 身体徴候 臨床検査値 食事調査などから得られた情報を基に行われる なかでも臨床検査は日常手軽に行うことができ その時々の患者の状態を良く反映し 多くの情報を与えてくれる しかし臨床検査値は 当然のことながら栄養状態だけでなく 他の病態 病状によっても変動するものである さらには 検体のサンプリングから測定実施 測定結果の解釈まで 色々な段階でのピットホールが存在する 今回は 臨床検査値を栄養アセスメントに上手に活用するため 臨床検査値の結果解釈をする上でのポイントを 1 生理的変動要因 2 検査項目の持つ特性による変動要因 3 患者の病態による変動要因 4 検体採取方法や処理方法による変動要因 5 測定方法の違いによる変動要因の 5 点で整理した 栄養状態と検査値 1. 極度の低栄養状態に陥った患者の検査値 1 例 ( 症例 1 ): 表 1に極度の低栄養状態に陥った患者の検査値例を示した 患者は 5 0 歳代 男性 慢性膵炎にて P D 手術後 続発性 D M にてフォロー中 吸収障害にて極度の栄養不良となり改善目的で入院した 入院時臨床所見は一年前から両足の疼痛自覚あり 2 3 ヶ月前からひどくなった また味覚低下も自覚 爪の葬薄化 縦割れがみられる 顔面 下肢に浮腫を認め 皮膚はかさついていた 2. 検査データと臨床所見 : 表 1の入院時の検査値が示すように 低栄養状態になると様々な検査値が基準範囲を外れてくる また その臨床検査値の異常と合致した臨床症状が現れてくる 蛋白合成の低下からアルブミン コリンエステラーゼ値は低 値を示し 浮腫をきたす 体蛋白の消耗により尿素窒素値は低値を示し 爪の葬薄化 縦割となり現れる コレステロールの合成低下により ステロイドホルモンであるコーチゾールや尿 17OH C S 値も低下を示す 体内にて合表 1 極度の低栄養症例 ( 症例 1) の臨床検査値 項目 基準値 開始時 2ヶ月後 RBC 3.9 5.6 10 6 /μl 3.24 Hb 13.1 17.0g/dL 9.6 13.6 Plt 15 35 10 4 /μl 26.6 WBC 3.5 8.0 10 3 /μl 7.9 CRP 0.2mg/dL 以下 2 BUN 7 19mg/dL 3.6 12.6 Cre 0.6 1.2mg/dL 0.8 0.7 Glu 65 110mg/dL 110 TP 6.7 8.1g/dL Alb 4.0 5.0g/dL 2.3 4.2 T-Cho 110 220mg/dL 72 107 コルチゾール 10.4 26.4μg/dL 2.8 5.7 17OHCS 4.5 9.0mg/day 0.8 Fe 80 160μg/dL 69 86 Zn 65 110μg/dL 46 50 Se 100<μg/dL 51 95 リノール酸 499 934μg/dL 201.0 329.0 *Changes in laboratory values you Should know for nutritional management 静脈経腸栄養 Vol.27 No.3 2012 39(903)

成できず摂取することでしか補うことのできない微量元素や必須脂肪酸も低値を示し それぞれの欠乏症に特有の症状 小球性貧血 味覚障害 筋炎 皮膚のかさつきとなって現れる この患者には TPNによる栄養状態の改善が施され 2ヶ月後には これらの臨床症状がなくなるとともに 検査値も改善した このように低栄養状態のとき 上記のような臨床検査値は低値を示す しかしこれらの検査値が低値であるからと言って 低栄養とは言えず 臨床検査値は他の様々な要因によって変動するため 総合的に判断していく必要がある 検査値を変動させる様々な因子 栄養評価にもっとも一般的に用いられる血漿タンパクには アルブミン (Alb) やトランスサイレチン (TTR) などがある アルブミンの生体内貯蔵量は 4~ 5g / 体重 1kg 全体の約 40% は血管内に 残りの 60% が血管外に分布する 栄養状態の悪化によりその濃度は低下するが その低下の程度は必ずしも摂取量の低下に比例せず 血管内 外のプールの大きさとその移行度合い 細胞外液量の変化 合成能 漏出量 代謝の亢進や低下 血中半減期など種々の要因に左右されるだけでなく 検体のサンプリングの条件によっても左右される 生理的変動要因臨床検査値を読む際 各項目の生理的変動要因の理解が欠かせない 1) 以下に 3つの例を挙げる Alb 値や T TR 値は立位採血 > 臥床採血 : 蛋白である Albや TTRの値は座位採血条件では臥床採血に比べ約 10 % 高値を示す 外来採血した A l b 値 3. 5g /d L が 入院となりベット上採血で 3. 2 g /d L となったとき 患者の栄養状態に変化があったとは解釈しない これは血管外の水分が血管内外へ移行したことにより起こると考えられる 体位の変化による臨床検査値の変化は 臥位 < 坐位 < 立位 の順に高い傾向にあり Albや T TRなどの蛋白のほかに 乳酸脱水素酵素 (LD) HDL-コレステロール L DL -コレステロールなどは 外来時採血のほうが 入院臥位より約 5 ~ 10% 高値となる 変化のない項 目にはナトリウム ( N a ) 塩素 ( C l ) 尿酸 尿素窒素 ( B U N ) があり 例外的にはクレアチニン ( C r) は 立位 坐位で低くなる これは腎血流が変化するためである 鉄 ( F e ) は朝採血 > 夕方採血 : 日内変動 (1 日のうち高い時間帯と低い時間帯を持つ ) のある検査項目がある Fe は朝 午前中に高く 夕方に低下し 2 0 ~ 7 0μ g / d L の変化を示す 無機リン ( I P ) は朝低く 夕方から 1 m g / d L 程度上昇する また 血糖 トリグリセリド ( T G ) インスリンなどは食事摂取ごとに上昇する 食事後のカリウム (K) は 逆に低下する これは インスリンの上昇により 糖とともに細胞内に取り込まれることによって起こる 性別や年齢などによる違い : 検査値は性別による違い 加齢による変化 性周期により違いを生じる これらを考慮した検査結果の見方が必要となる 検査項目の持つ特性による変動要因 Alb 値や TTR 値の評価には CRPを同時に評価 : A l b 値や T T R 値は 炎症や感染症があると低下する 逆に炎症や感染が治まると回復するため C R P 値の変化と同調する この変化は炎症による血管透過性の変化により A lbなどの蛋白が血管外に漏れ出るためと考えられている A l b 値や T T R 値を評価する際は 必ず C R P 値もともに観察する必要があり 検査値の上下が栄養状態の改善 悪化に伴うものか 炎症の改善 悪化によるものかをみていく必要がある 半減期の影響 :A l b の血中半減期は約 2 0 日と長く 短期間の栄養状態の変化では Alb 値の変化は少ない 逆に Alb 値の明らかな低下は 体内プールに大きな減少があると考える必要がある 短期間の栄養摂取の評価には T T R のように半減期が短い蛋白が適しているとされているが 前述したように C R P との同時測定が欠かせない A l b のように半減期が長いものは栄養療法の変更とその効果を判断するのに 時期的なズレがあるので注意する必要がある 体内の存在様式の違いによる落とし穴 : カルシウム ( C a ) の値は同じでも Alb 値が違うと解釈は変わる 血液中 40(904) 栄養アセスメントの重要性とピットホール

表 2 高カルシウム血症 ( 症例 2) の臨床検査値 項目 基準値 回診日 RBC 3.9 5.6 10 6 /μl 3.47 Hb 13.1 17.0g/dL 10.4 Plt 15 35 10 4 /μl 26.3 WBC 3.5 8.0 10 3 /μl 8.3 CRP 0.2mg/dL 以下 5.4 BUN 7 19mg/dL 29.2 Cre 0.6 1.2mg/dL 1.2 Glu 65 110mg/dL 74 TP 6.7 8.1g/dL 6.1 Alb 4.0 5.0g/dL 2.6 T-Cho 110 220mg/dL 168 LD 100 225 IU/L 437 AST 11 32 IU/L 25 ALT 3 30 IU/L 22 ALP 100 335 U/L 987 T-bil 0.2 1.0mg/dL 0.7 Na 139 147mmol/L 136 K 3.5 4.8mmol/L 4.4 Cl 101 111mmol/L 104 Ca 8.4 10.0mg/dL 9.8 の Caはイオン化した遊離型のものと Albと結合した結 合型の 2 種類があり 血中 Ca 値はこれら 2つの総和とし て測定されている 生物学的活性を持つのは遊離型のみ である 表 2に症例 2の臨床検査値を示した 症例 2は70 歳代 男性 肺がん ( ターミナル期 ) 食欲の 低下を訴えていた 患者の臨床検査値をみると Ca 値は 9.8mg/dL と基準範囲内を保っていた しかし Alb 値 が2.6g /d Lであることを考慮すると A lbと結合してい ないイオン化 C a は大きく増えていることが予想できる Alb 値が 4g/dL 相当になるよう補正する補正 Caは [ 測 定 Ca(mg/dL)-Alb 値 (g/dl)+4] で求めることがで きる 2) この患者の場合 補正 Ca=[9.8-2.6+4] で 11. 2 m g /d L となり高 C a 血症であることがわかる 高 Caは食欲低下を引き起こすことがあり 患者の症状とも 一致した 悪性腫瘍からくる高 Caと判断し治療をした 結果 食欲低下は改善した 担がん患者に高 Ca 血症が 起こることはよくあり 多くの場合 A l b 値も低いことが多 い Ca 値を補正 Caで判断してくことは重要である この ように一見 基準範囲内を示す検査値であっても 生体 内の存在様式と生理学活性を理解し データを読むこと も必要なことがある 患者の病態による変動要因 脱水や希釈による検査値の変動 : 検査値は血管内の濃 度で表現されるため 血液の希釈や濃縮によっても変化 表 3 脱水により検査値が高値症例 ( 症例 3) の臨床検査値 項目 基準値 回診日 5 日後 RBC 3.9 5.6 10 6 /μl 3.47 2.77 Hb 13.1 17.0g/dL 10.4 8.3 Plt 15 35 10 4 /μl 26.3 7.6 WBC 3.5 8.0 10 3 /μl 8.3 4.7 CRP 0.2mg/dL 以下 5.4 5.7 BUN 7 19mg/dL 29.2 24.6 Cre 0.6 1.2mg/dL 1.2 1.1 Glu 65 110mg/dL 74 104 TP 6.7 8.1g/dL 6.1 6.7 Alb 4.0 5.0g/dL 2.6 2.3 T-Cho 110 220mg/dL 168 77 AST 11 32 IU/L 25 66 ALT 3 30 IU/L 22 20 T-bil 0.2 1.0mg/dL 0.7 0.6 Na 139 147mmol/L 136 130 K 3.5 4.8mmol/L 4.4 5.4 Cl 101 111mmol/L 104 99 Ca 8.4 10.0mg/dL 9.8 8.0 する 脱水状態では高値となった検査値は 輸液による 脱水補正で低下する 食事摂取が出来ていない患者は 同時に脱水にも陥っていることが多く このような患者で は A l b 値は相対的に高めに出ていることが多い 入院後 輸液により脱水が補正されると A l b 値が 1g /d L 以上低 下することも経験する 表 3に症例 3としてその例を示した 症例 3は50 歳代 女性で 身長 150cm 体重 50.8kg 腹腔内リンパ節腫大があり 放射線治療目的での入院で あった 入院当日は 夕食 8 割摂取し Alb 値は 3.3g/dL を示し 入院時の栄養評価では 栄養状態に問題はなし と判断された症例であった 5 日後の血液検査の結果 Alb 値は 2.3g/dL に低下したため 再度栄養評価を行っ た 患者への聞き取りにより 最近 1ヶ月は 5 割程度の食 事摂取状況が続き 1ヶ月で 4 k g の体重減少を認めてい たことが判明した 入院直後の検査値は 食事摂取不良 による脱水のため高めに出ていたと考えられた 栄養評 価を行う際は 1 点だけの結果で判断せず 身体状況 摂 食状況 検査値の変化から総合的に判断すべきことを再 認識させられる症例であった 合成と異化 摂取と漏出のバランス : たとえば栄養状態 の指標として用いられる Albであれば 肝臓にて合成さ れるため 肝硬変のように合成機能が低下した疾患では 低下する また 甲状腺機能亢進症のように基礎代謝が 更新した状態でも低下する ネフローゼでは尿中に あ るいは蛋白漏出性胃腸症の場合は便中に また熱傷のよ 静脈経腸栄養 Vol.27 No.3 2012 41(905)

うに細胞外液に漏出するような状態でも Alb 値は低下する 加えて栄養摂取状況の悪化による 摂取不足で低下する 栄養摂取状態の悪化も 短期的なものか長期的なものかで 糖や蛋白の分解や合成はの速度は変化し さらに侵襲が加わることによりその速度はまた変化する 蛋白である A lb 値の変動は 合成と異化 摂取と漏出のバランスで決定されるため (Alb 値の低下 )=( 栄養状態不良 ) とはならない 基礎疾患や病態を考慮し 判断する必要がある 最後に 次に示す 2つの要因については 栄養管理チームの中では臨床検査技師が最もよく知る部分であるが 他の職種の方には馴染みの少ない部分かもしれない しかし臨床検査値が患者の病態を正しく反映したものであるためには欠かせない部分でもあり 普段何気なく扱っている採血検体にいかに多くの落とし穴があるかを知っていただきたい 特殊な場合も多いが 理解することで臨床検査値の解釈の幅が広がると考える 検体採取方法や処理方法による変動要因溶血による影響 : 採血時に注射器の内筒を強く引き必要以上の陰圧をかけたり ディスポーザブル注射器から採血管に移す際 陽圧をかけたりすることにより 試験管内溶血は起こる 赤血球中に多く存在する物質が 血清中に漏れ出ることにより 高値を示す K LD AST Fe などがそうである 無理な採血 : 採血はスムーズに行われなければ注射器内での血液凝固が始まり 血小板数や凝固検査に影響を与える また 駆血帯にて強く長い時間縛った場合 クレアチンキナーゼ ( C K ) や K の上昇を招く 採血管の中で細胞は生きている : 採血終了後 サンプルはそれぞれの検査項目に適した方法で処理されなければならない それを怠り放置すると 検査値に大きく影響を及ぼす 血液ガスやアンモニア 乳酸などは時間とともに変化するため 何よりも早い処理が必要となる 採血後も採血管内で血球による代謝は進んでいる 特殊な例では 白血病など白血球数が激増している場合 酸素分圧の低下 血糖の消費 さらに血糖の枯渇による Kの上昇など 白血球による代謝が普通の場合とは違う速度で進 んでいく また 使用している薬剤により 代謝が異常に進む場合もある ロイナーゼ ( 抗腫瘍酵素製剤 ) 使用中は アンモニアが急上昇し ラスブリカーゼ使用中 ( 腫瘍崩壊症候群の予防的治療 ) は尿酸の分解が急速に進む このように 採血管内での代謝が進むことにより 患者の体内での状態とは異なってしまうので注意する必要がある 採血が終了した検体は 速やかに適切な処理をすることが肝要である K 値は血漿 < 血清 : この差は血小板数と採血管の種類に左右される 血液凝固が十分に進み 赤血球と血小板とフィブリンが絡まり血餅となり それが収縮した状態で遠心分離して得られる上清が血清である 血餅収縮と遠心分離の際 血小板から Kが漏れ出るため K 値は血漿 < 血清となる また 最近では多くの場合 血清と血餅をきれいに遠心分離するために 分離剤入り採血管が用いられる この採血管を使用した場合 分離剤により血餅が圧縮されるため より多くの Kが血清中に漏れ出ることになる 血小板数が 2 0 ~ 3 0 万 /μ L の場合でも K 値は0.2~ 0.4mmol/Lの高値となる K 値の上昇は血中の血小板数が多いほど大きく 1 0 0 万 /μ L を超えると正常な K 値が 6mmol / L にまで上昇することがある このように血小板数が異常に高い患者の場合は へパリン採血などの血漿を用いることが望ましい K 値の動きを経時的にみていく場合 へパリン採血と普通採血の混在は 血漿と血清での違いを考慮する必要がある 測定方法の違いによる変動要因血糖値は検査室で測定されるほか 自己血糖測定器 ( S M B G) を使用してベッドサイドで測られる場合がある SM BG で測定された場合 全血を用いるため患者のヘマトクリット値が基準範囲外にあると影響を受ける またマルトースなどグルコース以外の糖の測りこみなどの影響も受ける Naも特殊な場合 測定方法により差が生じることがある N a の測定方法は大きく分けて 2 つの方法 血清検体を希釈して用いる方法 ( 間接法 ) と全血直接用いる方法 ( 直接法 ) がある 間接法の場合 血清中の水分量が通常とは違ってくる場合 たとえば著しい高脂血症や高蛋白血漿で血清の水分量が低下した場合に 10mmol/L 程 42(906) 栄養アセスメントの重要性とピットホール

度低値となる このようなとき血液ガス測定とともに測定した直接法による Naの値と 血清で測定した Naの値に差が生じる 目にする臨床検査値が何で測定されたか 値を変化させる特殊な状態ではないかを注意してみていく必要がある 栄養状態は検査値だけでなく 総合的に判断する 臨床検査値を読む際 各検査項目の生理的変動要因の理解は欠かせない 体位や日内変動 年齢 性別などの生理的変動だけでなく 無理な採血による溶血や 採血後の不適切な処理 ( 放置や汚染 ) による影響などによっても 検査値は変動する 得られた検査値が患者本来の状態を反映しているかどうか 変動要因を念頭に考慮しながら検査値を読む必要がある また検査値を読む際には 単独の項目ではなく関連する項目 その他全体をみて 腎疾患 肝疾患 炎症 感染 脱水など状態を読み取った上で判断していき さらに基礎疾患 臨床所見 身体所見 輸液の有無 使用薬剤なども考え合わせ 検査値だけでなく臨床情報とともに動的かつ多角的に解釈していくことが重要と言える 参考文献 1) 河口勝憲ほか. 生理的変動要因. 検査と技術 35(11) 増刊 1062-1075 2007. 2) 日本臨床検査医学会ガイドライン作成委員会編. 臨床検査のガイドライン JSLM2009: 検査値アプローチ 症候 疾患 検査の評価法. 宇宙堂八木書店 東京 2009 p11. 3) 竹浦久司. ナトリウム (Na) の値が分析方法によって違うことの問題点.J JSPEN 24(3):797-800 2009. 静脈経腸栄養 Vol.27 No.3 2012 43(907)