みずほインサイト 政策 2015 年 9 月 2 日 消費税の設計シリーズ 7 国境を越えた役務に対する VAT 政策調査部主任研究員 鈴木将覚 03-3591-1319 masaaki.suzuki@mizuho-ri.co.jp 2015 年 10 月から サービス輸入のうち 電気通信利用役務 ( 電子サービス ) に対して新たな課税方法が導入される 消費者向けのサービスでは 国境を越えた 電気通信利用役務 を提供する国外事業者が登録を行って申告納税をすることになった ( 国外事業者登録申告納税方式 ) 事業者向けのサービスでは 国境を越えた 電気通信利用役務 に対してリバースチャージ方式が導入される サービス輸入に対する課税を新たな段階に導くものとして評価される 1. はじめに消費税を含む付加価値税 (Value Added Tax, VAT) では 通常クロスボーダー取引に対して仕向地主義の課税が行われている クロスボーダー取引とは 国のVATの場合には国境を越えた取引であり 地方のVATの場合には州境等を越える取引を指す 本稿では国のVATを考えるため クロスボーダー取引とは国境を越えた取引を意味する VATでは 国境を越えた取引に対して それが輸出品である場合には輸出する段階までに含まれていた税額が全て還付される これによって 製品はVATが含まれない形で輸出される 一方で 輸入品は輸入国の税率で課税される VATでは 財 サービス ( 役務 ) の輸入に対して 財については税関を通過することから そこで国境税調整 (Border Tax Adjustment) が行われる これに対して サービスの場合は税関を通過することがないため同様の課税をすることができず 別の方法で仕向地主義のVATが実現されている 日本では B2B( 事業者間 ) の輸入サービスについては流通の第 1 段階まで課税が繰り延べられる方式 ( 繰延支払方式 ) が採用されている これに対して B2C( 事業者 個人間 ) の輸入サービスについては国外事業者に対する課税が難しく 一方で国内の消費者に対する課税も難しいという技術的な理由から 課税の空白が生じている こうした実務的な難しさと B2Cの輸入がそれほど多くなかったという事情等から B2Cのサービス輸入に対する課税漏れはあまり問題視されてこなかった しかし 経済のデジタル化の進展によりB2C 市場が急拡大し また今後長期にわたって消費税率引き上げが予想されるなかで この問題を放置しておくことができなくなった このため 比較的問題の程度が大きい 電気通信利用役務 ( 詳細は後述 ) に限定する形で 2015 年 10 月から輸入サービスに対 1
して新たな課税が行われることになった 本稿では こうした新たな課税方法がクロスボーダーのサービス取引に対する課税のどのような問題を克服するものなのか また新たな課税方法を日本の消費税に導入することに伴いどのような問題が生じるかを明らかにする 1 2. 国境税調整 繰延支払方式 リバースチャージ方式まず VATにおいて クロスボーダー取引に対してどのような課税が行われているかを数値例で説明しよう 外国にA 企業とB 企業が 国内にC 企業とD 企業が存在し B 企業がC 企業に対して輸出するものとする 企業は1 種類の製品しか生産しないものとし 各企業の付加価値はA 企業が20 B 企業が50 C 企業が20 D 企業が10で 消費者は税抜きで100の製品を購入するものとする VATの税率は 外国 自国ともに10% とする まず 財取引を考えると 輸出企業 Bは製品に含まれる税額に相当する金額の税還付 (2) を受け 輸入企業 Cは輸入税 (7) と自らの付加価値に対するVAT(2) を支払う ( 図表 1) こうした国境における課税は国境税調整と呼ばれるが これが可能なのは税関によって財の取引が管理されているからである サービス取引の場合は 税関を通過しないので国境税調整は使えない そこで 考えられる1つの課税方法は クロスボーダーのサービス取引に対する課税を水際ではなく 流通の第一段階で行うことである こうした課税は 輸入業者に ( 輸入品が課税されていないので当然かもしれないが ) 仕入税額控除を認めないことで実現される この方式は繰延支払 (Deferred Payment) 方式と呼ばれる 図表 2の数値例で言えば 繰延支払方式の下では輸入企業 Cは輸入税を支払わない代わりにVATの計算において仕入税額控除 (7) が使えないから 輸入企業 Cの税額が9となる つまり この方式では流通の第一段階では輸入品を含めた付加価値全体に課税することで 国境税調整における輸入税に相当するものを含めた課税が実現される 図表 1 国境税調整方式 A 企業 B 企業 C 企業 D 企業 合計 付加価値 20 50 20 10 100 1. 課税売上 20 0 90 100 2. 売上税額 2 0 9 10 3. 課税仕入 0 20 70 90 4. 仕入税額 0 2 7 9 5. 税額 (2-4) 2-2 7( 輸入税 )+2 1 10 ( 注 ) 課税売上 仕入は税抜き表示 仕入税額控除が 100% 使用できる場合を想定 ( 資料 ) みずほ総合研究所作成 2
サービス輸入に対する課税には別の方法を用いることもできる その代表例がリバースチャージ (Reverse Charge) である 一般に リバースチャージ方式とは納税義務が売り手ではなく買い手に課される課税方式のことをいう 自国政府はサービスの提供者である国外事業者に直接課税することが困難であるため 代わりにサービスの購入者である国内事業者に課税するのである 但し 国内事業者が課税されるといっても 国内事業者には納税義務 ( リバースチャージ ) が発生すると同時に それと同額の仕入税額控除が認められるため 国内事業者に新たな負担が生じるわけではない 図表 3の数値例を用いれば リバースチャージ方式では輸入企業 Cに対してはリバースチャージとして7の課税が行われるが リバースチャージと同額の仕入税額控除が認められるため 輸入企業 Cにリバースチャージに関する税負担は生じない C 企業がD 企業に販売した分については国内取引であるためこれまでと同様の方法で課税され C 企業の税額は9(= 売上税額 ) となる このように リバースチャージ方式が適用されても 各段階における税額は繰延支払方式の場合と変わらない 図表 2 繰延支払方式 A 企業 B 企業 C 企業 D 企業 合計 付加価値 20 50 20 10 100 1. 課税売上 20 0 90 100 2. 売上税額 2 0 9 10 3. 課税仕入 0 20 0 90 4. 仕入税額 0 2 0 9 5. 税額 (2-4) 2-2 9 1 10 ( 注 ) 課税売上 仕入は税抜き表示 仕入税額控除が 100% 使用できる場合を想定 ( 資料 ) みずほ総合研究所作成 図表 3 リバースチャージ方式 A 企業 B 企業 C 企業 D 企業 合計 付加価値 20 50 20 10 100 1. 課税売上 20 0 90 100 2. 売上税額 2 0 9 10 3. 課税仕入 0 20 0 90 4. 仕入税額 0 2 0 9 5. リバースチャージ 7 6. 同控除 -7 7. 税額 (2-4+5-6) 2-2 9 1 10 ( 注 ) 課税売上 仕入は税抜き表示 仕入税額控除が 100% 使用できる場合を想定 ( 資料 ) みずほ総合研究所作成 3
国境税調調整方式 繰繰延支払方式式 リバースチャージ方式式の3つは 税収の面からみれば全て同じであり 異なるのは課税のタイミングや輸入税の部分が明確確になるか否かといった点点である 課課税のタイミングについては 繰繰延支払方式式とリバースチャージ方方式の方が国境税調整方式式よりも課税税のタイミングが遅い 輸入税部部分が明確になるか否かという点では リバースチャージ方方式では国境境税調整方式と同様に輸入税部分分が明確になる これが しばしば繰延支払方式をリバースチャージ方方式に切り替える第 1の理由とされるものである 輸入税税部分が明らかになることで 例えば税務当局が無形固定資産の取引引価格を知ることができるようになる ( 渡辺, 2006) リバースチャージ方方式の他の利利点としては ( 売上の多多くが非課税税であるために ) 仕入税額額控除をほとんど利用用することができない企企業に生じる輸入バイアスを矯正できることがある 例えば 金融サービスの多くは現在在非課税となっており 金融機関は仕入税額控除をほとんど利用することができない このため 国内内企業からVATを含む国内内サービスを購入するよりも VATを含まない輸輸入サービスを購入する方が金融融機関にとっって有利になっている しかし リバースチャーージ方式が導導入されると 輸入サービスが国国内サービスと同様に課課税されるため 輸入サービスの優位位性はなくなる ( 金融機関はリバースチャーージに対して課税売上割割合しか仕入入税額控除を利利用できないからである 2 ) こうした理由から クロスボーーダーのサーービス取引に対してはリバースチャーージ方式で課課税した方がよいとの見方が強まっており EUでは20088 年から輸入入サービス取引全般に対してリバースチャージ方式の適用用が原則とされている 日本でも 2015 年度税制制改正において2015 年 10 月からB2Bの 電気通信利用役務務 に対してリバースチャージ方式式が導入されることが決まった ( 図表表 4の取引 2) 3. 国境境を越える B2C サービス取引に対する課税しかし 繰延支払方方式もリバーースチャージ方式もB2B( 事業者間 ) のサービス取取引を念頭においた課税方式である B2C( 事業者 消費費者間 ) のサービスでは そもそも国内事業者者がいないので VATをかけること自体が難しい このため 日本ではこれまでこうしたサービスに対しては課税が行われてこなかった ( 図表 4の取取引 4) 国内消費者に対対するB2Cのサービスが国内事業者から提供される場合には 国内取取引 と判断断されて消費費税が課されるのに対して それが外国事業者から提供される場合には 国外取取引 として不課税の扱扱いがなされてきた 3 図表 4 2015 年度税制改正正における 内外判定定基準 の改改正 ( 電気通通信利用役務 ) ( 資料 ) 国税庁 国外外事業者の皆様様へ国境を越えた役務の提供に係る消費税の課税の見直し等等について (2015 年 5 月 ) 4
以前は 国境を越えたB2Cのサービス取引はB2Bのそれよりも規模として小さかったことから 一部のサービス取引が見逃されていても問題はなかったが 最近では例えばAmazonなど海外の事業者から輸入した電子書籍等の場合には消費税がかからないことから 当該分野において国内事業者は競争上不利な立場に置かれるとの批判が強まってきた インターネット広告 電子書籍 クラウドサービス 音楽 ソフトウェア ゲームなどに関する国境を越えたB2Cサービス市場の規模は既に5000 億円を超え 4 かつ電子書籍市場に限ると市場が2011 年度の629 億円から 2015 年度には1,660 億円 2017 年度には2,390 億円に拡大することが見込まれている 5 こうしたB2Cの輸入サービス市場の拡大を背景に 日本ではここ数年国内事業者と国外事業者の競争条件を等しくすることを主目的として 電子サービス輸入に対する課税が検討されてきた 参考とされたのは EUの課税方式 ( 域外事業者登録納税方式 ) である EUでは 以前から域外の事業者が域内の消費者に電子サービスを供給する場合には その事業者がEU 内にVAT 登録して消費者の居住国にVATを納めるルールが設定されていた 消費者に納税義務を課すことが難しい以上 国境を越えるB2Cのサービス輸入に対して課税する方法としては国外事業者に納税義務を課す以外にない 日本の2015 年度税制改正ではこの課税方式が導入され 国外事業者登録申告納税方式と呼ばれることになった 6 4.2015 年度税制改正における国境を越える役務に対する課税 2015 年度税制改正で決まったクロスボーダーのサービス取引に対する課税の新制度は 2015 年 10 月から開始される 新制度では まず課税対象の国内取引に該当するか否かの判断基準である 内外判定基準 が変更された 国内取引の基準がこれまでの 役務の提供を行う者の事業所等の所在地 から 電気通信利用役務 に関しては 役務の提供を受ける者の住所等 に変更された これによって 国外事業者が国内事業者や国内消費者に対して行う取引が不課税から課税となり ( 図表 4の取引 2と 4) 国内事業者が国外事業者や国外消費者に対して行うサービス取引は課税から不課税になった ( 図表 4の取引 1と3) 7 前述のとおり 新制度ではB2B 取引に対してはリバースチャージ方式が B2C 取引に対しては国外事業者登録申告納税方式が適用されることになった 両方とも その適用対象は 電気通信利用役務 である 電気通信利用役務 とは 具体的にはインターネット等を介したデジタルコンテンツの提供 ( 電子書籍 音楽 映像 ソフトウェアの配信 ) ウェブサイトの提供( ショッピング オークション等 ) クラウドサービス( ソフトウェア データベース ) 電話 電子メールによる継続的なコンサルティング等を指す 電話 FAX インターネット回線提供など情報伝達の媒介サービス 他の資産の譲渡等の結果の通知やそれに付随するインターネット等を利用した役務提供 ( ソフトウェア等に係る成果物のインターネットでの受領 資産の管理 運用に係るインターネットを通じた結果報告 情報収集 分析等の結果のインターネットでの受領 著作物のインターネットでの受け渡し等 ) 等は 電気通信利用役務 には含まれない 今回の税制改正では リバースチャージ方式が適用されるB2Bサービスは その性質や取引条件から 5
みてその役務の提供を受ける者が通常事業者に限られるもの とされた ( 図表 5) この定義によれば 電子書籍 音楽配信などのようにその性質上消費者向けに該当するものはB2Bサービスには入らない クラウドサービスはB2B 取引とB2C 取引の両方に属するものがあるが このうち 取引当事者間において提供する役務の内容を個別に交渉し 取引当事者間固有の契約を結ぶもので 契約において役務の影響を受ける事業者が事業として利用することが明らかなもの のみがB2Bサービスと定義された B2C サービスには特別な定義はなく B2Bサービス以外のものとされる 図表 5 電気通信利用役務 に関する B2B 取引と B2C 取引の区別 ( 例 ) (1) B2B の電気通信利用役務 役務の性質からみて 役務の提供を受ける者が通常事業者に限られる ( 例 ) インターネットを介した広告の配信やインターネット上でゲームやソフトウェアの販売場所を提供するサービス 取引条件からみて 役務の提供を受ける者が通常事業者に限られる ( 例 ) クラウドサービス等の電気通信利用役務の提供のうち 取引当事者間において提供する役務の内容を個別に交渉し 取引当事者間固有の契約を結ぶもので 契約において役務の提供を受ける事業者が事業として利用することが明らかなもの (2) B2Cの電気通信利用役務 B2Bの電気通信利用役務に該当しないもの ( 例 1) インターネット等を通じて行われる電子書籍 電子新聞 音楽 映像 ソフトウェア ( ゲームなどの様々なアプリケーションを含む ) の配信 ( 例 2) 顧客にクラウド上のソフトウェアやデータベースを利用させるサービス ( 例 3) 顧客にクラウド上で顧客の電子データの保存を行う場所の提供を行うサービス ( 例 4) インターネット上のショッピングサイト オークションサイトを利用させるサービス ( 商品の掲載料金等 ) ( 資料 ) 国税庁消費税室 国境を越えた役務の提供に係る消費税の課税の見直し等に関するQ&A (2015 年 5 月 ) B2B 取引とB2C 取引のこうした区別は EUの域外事業者登録納税方式とは異なるものである EUではインボイス方式の付加価値税が導入されているため 国外事業者は課税事業者番号によって国内の課税事業者と非課税事業者 ( 及び消費者 ) を判別することができる これに対して 日本の消費税には課税事業者番号及びインボイスが導入されていないため 何らかの方法で当該取引がB2B 取引とB2C 取引のどちらに該当するかを国外事業者が見分けられるようにしなければならなかった これまで国境を越えた役務に対する消費税の課税方法を巡っては 様々な議論が行われてきた 財務省主税局税制第二課 (2013) では B2B 取引に対する課税案として1B2C 取引と同じように国外事業者登録申告納税方式を適用する案 2リバースチャージ方式を適用する案 3リバースチャージ方式と国外事業者登録申告納税方式を併用する案の3つが検討された このうち3 案は 国外事業者が個人的な利用を目的としたデジタルコンテンツの提供などを行う場合にはB2B 取引を行う場合も含めて国外事業者登録申告納税方式を適用し 国外事業者が消費者向けの取引を行わない場合にはリバースチャージ方式を適用するというものであった 6
最終的には 前述のように苦肉の策として取引の性質等によってB2B 取引とB2C 取引を分けるという手法が採用された しかし こうした定義によって実際の取引と税務上 B2BまたはB2Cに分類される取引の間に 誤差が生じる ( 岡村, 2015) こととなった B2C 取引なのにリバースチャージ方式が適用される場合もあれば B2B 取引なのに国外事業者登録申告納税方式が適用される場合もある B2C 取引なのにリバースチャージ方式が適用される場合には 国外事業者が提供するサービスに対する課税が行われず 課税漏れが発生する 今回の税制改正ではB2B 取引に分類される取引が限定されているが これはB2C 取引に対する課税漏れが大きくならないように配慮されたためである 逆に B2B 取引に対して国外事業者登録申告納税方式が適用される場合には 国外事業者が提供するサービスが課税される これは 法人が電子書籍や音楽配信を利用する場合等が該当する この場合 国内輸入業者に対して仕入税額控除を認めることが妥当であるが そのためには国外事業者が確実に課税されていることを示す証拠が必要である もし国外課税事業者が課税されていなければ 税収が毀損される 国内輸入業者に益税が発生するかもしれない このため 今回の税制改正では国外事業者が登録事業者である場合のみ 国内輸入業者に仕入税額控除が認められることになった そして 国外事業者が登録事業者であることを示すために 国内事業者は登録国外事業者の登録番号が記載された請求書の保存を求められることになった こうした制度は 萌芽的なインボイス方式 ( 岡村, 2015) と形容されて評価されている また 新制度においてリバースチャージ方式で課税される場合には 計算上は当該サービスが 特定課税仕入れ として課税ベースに組み入れられ 同時に同額の仕入税額控除が認められる形で処理される しかし 課税売上割合 95% 以上の企業と簡易課税制度の適用事業者については 当分の間 特定課税仕入れ がなかったものとして処理されることになった ( つまりリバースチャージ方式の適用はなし ) この背景には 図表 2と図表 3の数値例からもわかるように 輸入サービスに対してリバースチャージ方式で課税しても ( 仕入税額控除が100% 認められる ) 課税売上割合 95% 以上の企業に関しては税額の変化がないことがある よって 企業の事務負担を考慮すれば 少なくとも当面は課税売上割合が95% 以上の事業者については 特定課税仕入れ がなかったものとして処理した方がよいとの判断がなされたものと思われる また 税額計算の方法が通常と異なる簡易課税制度の適用事業者についても それと同様の措置がとられた 5.EU における VAT の仕向地主義への動き最後に クロスボーダーのサービス取引に対する仕向地主義のVATの問題として 仕向地の特定化の仕方と仕向地主義課税の実務上の課題に言及したい サービスの輸出入では そもそもサービスの仕向地の特定化が難しいという問題がある 伝統的には サービスの輸出入に対する課税は サービスが供給される場所で課税されてきた これは 宿泊や美容院など移動できない資産に関連するサービスについては 原産地主義 ( 仕向地主義 ) で課税されたとしてもサービスの供給場所と消費場所が一致するため 原産地主義課税が実質的な仕向地主義として機能したからである 例えば EUの1997 年の第 6 次指令では 供給者の事業本拠地やサービスを提供する固定的施設がある国で課税が行われる 7
こととされ 第 6 次指令が全面的に改正された2006 年の改正でも 基本的にはサービス課税に関する原産地主義は変わらなかった しかし サービスの供給場所とサービスの消費場所が乖離するサービスでは こうした簡便的な方法では対応できない 近年 消費地が明確でない サービスすなわち intangible service ( コンサルタント 会計 法律 その他の知的サービス 金融 アドバイス 所有権の移転 情報 データプロセス 放送 通信等 ) が増加している こうした状況に対応するため EUは2008 年の第 6 次指令の改正で消費地における課税を基本に据えることを決め 2010 年からサービスのB2B 取引に対する課税をそれまでのサービスの供給場所からサービスの受け手の活動場所に変更した 例えば フランスの税理士法人がドイツ企業に税務サービスを提供する場合は ドイツのVATが適用される 但し こうした基準にも例外措置があり 不動産サービス 輸送サービス イベント提供サービス レストランサービス等はサービスの供給場所で課税されることになった 一方で B2C 取引についてはそれまでと変わらず 引き続きサービスの供給者が事業を営む場所で課税されることになった B2C 取引で引き続き原則として原産地主義課税とされたのは 仕向地主義に変更する際の税務執行上の問題を考慮してのことである 但し これについても例外措置として 不動産サービス 輸送サービス イベント提供サービス レストランサービス等に加えて 第 3 国のサービス提供者から提供される通信 放送 電子サービス等が顧客の居住地で課税されることになった その後もEUでは B2C 取引について仕向地主義課税を徹底させる作業が進められ 2015 年 1 月からは一連の改革の総仕上げとして通信 放送 電子サービスのB2C 取引が消費者の居住地で課税されることになった 例えば それまではEU 域外事業者がEU 域内で電子書籍を販売する場合 VATの税率が3% のルクセンブルクを拠点に活動することでEU 域内に対して低い税率でサービスを提供することができた 8 が 2015 年 1 月以降はこうしたことができず EU 各国の消費者の居住地で課税されることになった また こうした仕向地主義課税の徹底に伴う企業の事務負担増加を緩和するために 2015 年 1 月から ミニ ワンストップ ショップ (MOSS) 制度が導入された MOSSの下では 通信 放送 電子サービスの提供者は輸出先国ごとに申告納税する必要はなく 課税事業者登録をしている加盟国のみで申告納税を行えばよい 最終消費地に合わせた税収の調整は 加盟国同士で行われることになっている このように サービスに対するVATには仕向地特定の難しさといった財にはない性質があるが EU では曲がりなりにもサービスに対するVATについて仕向地主義を徹底させる方向で改革が進められてきた 日本の2015 年度税制改正にみられる国境を越えた役務に対する消費税の制度改正も こうした動きと歩調を合わせるものである 6. おわりにクロスボーダーのB2Cサービス取引は VATによる課税が最も難しい取引形態であり それに対する課税はまさにVATの弱点と言える クロスボーダーのB2Cサービス取引に対する課税は 今のところ国外事業者を登録させることにより取引サービスを特定してそれに課税するという方法に頼らざるを得えない 今後は クロスボーダーのB2Cサービス取引が増加するとともに 国外事業者登録申告納税方 8
式の対象範囲拡大が求められるようになるかもしれないが その場合には税務執行上の問題によってその適用範囲が本来よりも狭められる可能性がある 一方 クロスボーダーのB2Bサービス取引については 日本の場合は課税事業者番号が欠けていることから欧州諸国の制度をそのまま導入することができず 2015 年度税制改正ではB2Bサービスをその性質や取引条件で特定するという独自の方法で対応した 今後リバースチャージ方式をEUのように 電気通信利用役務 以外にも適用しようとする場合には 日本の消費税に課税事業者番号及びインボイスが欠けていることがその推進の障害になるであろう 日本の消費税にインボイスを導入すべきかという判断は 課税の適正化と事務負担の増大というメリット デメリットを踏まえて幅広い角度から議論される必要があり 国境を越えた役務の提供に対する課税の見直しだけに揺さぶられるものではない しかし 国境を越えた役務に対するVATの事務負担は こうした消費税の本質的な課題を浮き立たせるものであり 消費税におけるインボイス利用の必要性を喚起するものである 参考文献 岡村忠夫 (2013) 消費税に< 不課税 >の概念は必要か? ( 立命館大学 立命館法学 第 352 号 ) 岡村忠夫 (2015) 国境を越えた役務の提供と消費課税 ( 有斐閣 法学教室 No. 417) 財務省主税局税制第二課 (2013) 国境を越えた役務の提供等に対する消費税の課税の在り方について (2013 年 11 月 ) 佐藤英明 (2012) 電子的配信サービスと消費課税 制度設計上の問題点 ( 有斐閣 ジュリスト NO. 1447) 佐藤英明 (2014) 国際的役務提供に対する消費税課税の問題点 ~ 立法論の観点から ( 日本租税研究協会 租税研究 第 775 号 ) 鈴木将覚 (2010) ボーダーコントロールのないVAT 仕向地主義課税をいかに実現するか ( みずほ総合研究所 みずほ総研論集 2010 年 Ⅳ 号 ) 西山由美 (2015) デジタル化社会における消費課税の新たな手法 ( 中央経済社 税務弘報 2015 年 8 月号 ) 渡辺智之 (2006) 国際的サービス取引と消費課税 ( 有斐閣 租税法学会租税法研究 第 34 号 ) 渡辺智之 (2015) 国境を越えた役務の提供に対する消費税課税 見直しの背景 意義 今後の課題 ( 税務経理協会 税経通信 2015 年 8 月号 ) 9
1 クロスボーダー取引に対する VAT は 財に対する課税についても問題がある クロスボーダーの財取引課税の問題とそれへの対応策については鈴木 (2010) を参照されたい 2 消費税では 基本的には課税売上割合に応じて使用できる仕入税額控除の大きさが変化する ( 一括比例配分方式の場合 ) 但し 課税売上割合が 95% を超えると仕入税額控除が 100% 使用できる 3 消費税法では 課税の対象は国内において事業者が事業として対価を得て行う資産の譲渡等と輸入取引とされている これに当たらない取引は 一般的には消費税がかからない 不課税取引 と解釈されている 不課税取引 には 国外取引 寄附や単なる贈与 配当などがある 消費税の不課税概念を巡る問題については 岡村 (2013) を参照されたい 4 米川誠大和総研主任コンサルタントによる推計 ( 政府税制調査会 2014 年 4 月 4 日資料 ) 5 インプレイスビジネスメディア 電子書籍ビジネス調査報告書 2013 ( 政府税制調査会 2014 年 4 月 4 日資料 ) 6 2015 年度税制改正における国境を越えた役務に対する消費税についての議論は 岡村 (2015) 佐藤 (2012, 2014) 西山 (2015) 渡辺 (2015) 等で行われている 本稿もこれらの論文を参照した 7 改正により国内事業者から国外事業者への輸出が不課税となったことで 当該取引に関して基本的には輸出免税は適用されなくなる また 不課税取引によって国内事業者の課税売上割合が低下し 仕入税額控除の割合に影響が出る可能性がある 8 但し 政府税制調査会 (2014 年 6 月 26 日資料 ) によれば EU 指令では紙の書籍ではなく電子書籍に対しては軽減税率を適用してはいけないことになっているため 現在欧州司法裁判所で訴訟が継続しているという 当レポートは情報提供のみを目的として作成されたものであり 商品の勧誘を目的としたものではありません 本資料は 当社が信頼できると判断した各種データに基づき作成されておりますが その正確性 確実性を保証するものではありません また 本資料に記載された内容は予告なしに変更されることもあります 10