B セッション 1 2 3 4 5 6 7 8 9 心不全の最新知見 久保田功 Key words 左室駆出分画 (EF),EF が保持された心不全 (HFpEF), EF が低下した心不全 (HFrEF), ガイドライン準拠内科治療, 臓器連関 はじめに日本の死因別死亡率における心疾患の割合は,15.8% と悪性新生物の次に多く, そのうち 37% が心不全である ( 平成 22 年人口動態統計 ). 他の国に類を見ない超高齢社会を迎え,65 歳以上の人口の10% 超で心不全を認めることから, 今後, 爆発的に心不全患者が増加することが予想される. 大倉らの報告では,2030 年には心不全患者は130 万人に達すると推計されている 1). がん患者の10 年生存率は, がん全体で約 58% ( 全国がん ( 成人病 ) センター協議会 ) と改善しているのに対し, 中等度心不全患者の1 年死亡率は15~30%, 重症患者の死亡率は50~60% と非常に高い. 心不全の予防および予後改善が急務である. 1.HFrEFとHFpEFとは? 従来, 心不全患者では左室駆出分画 (ejection fraction:ef) が低下しているものと考えられてきた. しかし,EFが保持された心不全患者が増加しており,EFが低下した心不全患者の予後と同程度に悪いことが報告された 2). これより, EFが低下した心不全患者 (EF 40%) をHFrEF (heart failure with reduced EF),EFが保持された心不全患者 (EF 50%) をHFpEF(heart failure with preserved EF) と定義された.EF 41~49% の心不全患者を境界型 HFpEFと呼び, 以前 HFrEF でEFが改善した症例を改善 HFpEFと分類された 3). 最近発表された欧州心臓病学会のガイドラインでは, 境界型 HFpEFをHFmrEF(heart failure with mid-range EF) と呼ぶことが提唱された 4). 日本の慢性心不全登録観察研究 JCARE- CARDによれば,HFpEFの割合は26% であった 5). しかし, 我々の施設の過去 5 年間の心不全入院患者の約 53% がHFpEFであり, 日本においてもHFpEFは増加している可能性がある. 二次元スペックルトラッキング法を用いた左室心筋収縮力の評価において, 同じEFでも健常者に比 山形大学内科学第一講座 Programs for Continuing Medical Education:B session;1. The latest clinical findings and treatments for heart failure. Isao Kubota:Department of Cardiology, Pulmonology and Nephrology, Yamagata University School of Medicine, Japan. 510 日本内科学会雑誌 106 巻 3 号
平成 28 年度日本内科学会生涯教育講演会 A B 健常 36 歳男性高血圧性心疾患 80 歳男性図 1 二次元スペックルトラッキング法による左室心筋障害の評価 LVEF 55%, 左室 GLS-17.7% LVEF 55%, 左室 GLS-10.0% A: 健常 36 歳男性 LVEF(left ventricular ejection fraction)55%, 左室 GLS -17.7%. B: 高血圧性心疾患 80 歳男性 LVEF 55%, 左室 GLS-10.0%.HFpEF 患者では, 同じEFでも健常者に比べ, 左室 GLSは低下している. べ,HFpEF 患者ではglobal longitudinal strain (GLS) が低下しており,EFでは判定できない心筋障害が評価可能になってきた ( 図 1). 2. ガイドライン準拠内科治療心不全の病態に交感神経系, レニン アンジオテンシン アルドステロン系, サイトカイン, 酸化ストレスなどの活性化と, それによる心肥大, リモデリング, アポトーシスの関与が知られている. 心不全のリスクを有するが, 器質的心疾患を伴わないステージAの段階より, 冠動脈疾患の予防, 左室の構造的異常の予防目的に,ACE(angiotensin-converting enzyme) 阻害薬あるいはアンジオテンシン受容体拮抗薬 (angiotensin receptor blocker:arb) を使用することが推奨されている ( 図 2A,B) 3). 心不全の徴候や症状を伴わない器質的心疾患を有するステージBでは, 必要に応じてβ 遮断薬を使用する. また, 冠動脈疾患や弁膜症に対して治療介入を行う. 心不全発症後のステージCではHFrEF とHFpEFに分けて治療を検討する ( 図 2C). 難治性心不全ステージDに関しては, 心臓移植, 機械的循環補助などの高度医療を考慮するとともに, 緩和ケアや植込み型除細動器の非作動化なども考慮せねばならない ( 図 2D). 1)HFrEFの治療 ACE 阻害薬 ARBとβ 遮断薬は基本治療薬であり, 心不全発症後は速やかに少量から漸増し, 投与を行うべきである. 導入にあたり, どちらか一方を開始する場合もあるが, 新しいガイドラインでは同時に始めるべきとされている 4). アルドステロン拮抗薬は両薬剤への上乗せ効果が示されており, 血圧や腎機能に注意しながら追加を検討する. 利尿薬はうっ血をとるのに有効だが, 予後改善作用は明らかではない. 症例毎に使用量を調節すべきである. 2)HFpEFの治療 HFrEFと異なり, 生命予後を改善する有効な治療法は確立されていない. うっ血症状がある 日本内科学会雑誌 106 巻 3 号 511
B セッション 1 2 3 4 5 6 7 8 9 A 心不全のリスク 心不全 ステージ A 心不全のリスクは高いが, 器質的心疾患や心不全症状を伴わない ステージ B 心不全の徴候や症状を伴わない器質的心疾患 ステージ C 以前または現在心不全症状がある器質的心疾患 ステージ D 難治性心不全 高血圧 アテローム性動脈硬化症 糖尿病 肥満 メタボリック症候群 心毒性のある薬剤使用歴 心筋症の家族歴がある 器質的心疾患 心筋梗塞既往歴 左室肥大および駆出率低下を含む左室リモデリング 無症候性弁膜症 心不全症状の発現 器質的心疾患の診断が確定 心不全の徴候 症状 HFpEF HFrEF 心不全の難治性症状がある 安静時に顕著な心不全症状がある GDMT 実施にもかかわらず, 入院を繰り返す B 心不全のリスク ステージ A 心不全のリスクは高いが, 器質的心疾患や心不全症状を伴わない ステージ B 心不全の徴候や症状を伴わない器質的心疾患 心臓に良い生活習慣 血管疾患, 冠動脈疾患の予防 左室の構造的異常の予防薬剤 血管疾患または糖尿病を有する適応患者に対して ACE 阻害薬あるいはARBを使用 必要に応じてスタチンを使用 心不全症状の予防 心臓リモデリングの予防薬剤 必要に応じて ACE 阻害薬あるいは ARBを使用 必要に応じて β 遮断薬を使用特定の患者において ICD 血行再建術または弁膜手術 図 2 ステージ別の治療方針 A:AHA(American Heart Association) ガイドラインによる心不全分類. B: ステージA,Bは心不全発症リスクの段階で, 心不全発症を予防するために,RA(renin-angiotensin) 系抑制薬およびβ 遮断薬使用が推奨されている. GDMP:Guideline-directed medical therapy,icd:implantable cardioverter-defibrillator 場合には利尿薬の使用が推奨されている. 心房細動の心拍調整, 高血圧や冠動脈疾患などの併存疾患の治療が有効である. 3) 新しい薬物療法昨年, 米国 FDA(Food and Drug Administration) で10 年ぶりに新しい心不全治療薬が2つ認可された. 心拍数を低下させるIfチャネル阻害薬 ivabradineとarb ネプリライシン阻害薬 LCZ696である. 低血圧や合併症によりβ 遮断薬を十分量投与できない症例ではβ 遮断薬の予後改善効果が限定される.Ivabradineはβ 遮断薬投与下でも頻脈を呈している洞調律 HFrEF 患者に有効である 6). 日本でも第 II 相臨床試験で安全性が報告された. ネプリライシンは利尿ペプチド, ブラジキニン, アドレノメデュリンなどを分解するエンドペプチダーゼで,LCZ696 投与により心房利尿ペプチドは増加する.HFrEF 患 512 日本内科学会雑誌 106 巻 3 号
平成 28 年度日本内科学会生涯教育講演会 C 治療法が確立されていない 心不全 ステージ C 以前または現在心不全症状がある器質的心疾患 HFpEF HFrEF 症状のコントロール 健康関連 QOLの改善 入院および死亡の予防治療戦略 合併症の同定治療 うっ血症状緩和のために利尿薬を使用 高血圧, 心房細動, 冠動脈疾患, 糖尿病などの合併症について, ガイドラインの指示に従う 症状のコントロール 患者教育 入院および死亡の予防ルーチンで使用する薬剤 体液貯留に対する利尿薬 ACE 阻害薬または ARB β 遮断薬 アルドステロン拮抗薬特定の患者において CRT,ICD 血行再建術または弁膜手術 D 心不全 ステージ D 難治性心不全 症状のコントロール 健康関連 QOL の改善 再入院を減らす 患者の終末期の目標を設定する選択肢 高度医療 心臓移植 強心薬の長期使用 一時的または恒久的な機械的循環補助 実験的手術または薬剤 緩和ケアとホスピス ICDの非作動化 図 2 ステージ別の治療方針 C:HFrEF の治療と異なり,HFpEF の治療は確立されていない. 併存疾患の治療を優先することが推奨されている. D: 重症心不全では強心薬の使用, 心臓移植などを進めるとともに, 緩和ケアの導入が検討される. QOL:quality of life,crt:cardiac resynchronization therapy 者に対するエナラプリルとの比較試験で有意に死亡および心不全入院を減少させることが報告された 7). 3. 様々な臓器連関心腎連関は最も知られた臓器連関であるが, 我々は糸球体濾過量低下に加え, アルブミン尿が心不全予後不良因子であることを報告した. さらに, 心不全患者では糸球体障害のみなら 日本内科学会雑誌 106 巻 3 号 513
B セッション 1 2 3 4 5 6 7 8 9 心不全患者総数 315 名 尿細管障害 N=39 (UBCR 300 µg/g) 尿細管障害と慢性腎臓病の合併 N=81 慢性腎臓病 N=85 (egfr<60) 正常腎機能群 N=110 図 3 心不全患者における慢性腎臓病と尿細管障害の有病率 UBCR:urinary β2-microglobulin-creatinine ratio, egfr:estimated glomerular filtration rate ず, 尿細管障害も高率に合併しており ( 図 3), 両者を合併する心不全患者は著しく予後不良であることを報告した 8). 心肺連関についても研究が進み, 睡眠時無呼吸や慢性閉塞性肺疾患を合併すると予後不良であることが報告されている. また, 心不全患者では栄養障害や活動性の低下などにより, 四肢骨格筋の減少と筋肉低下を認めることが多い. 高齢者のフレイル, サルコペニアは予後不良因子であることが報告されており 9), 今後の介入治療が期待される. 4. 非薬物療法の進歩 1) 心臓再同期療法左脚ブロックなど心室同期不全を有する HFrEF 患者の治療に心臓再同期療法 (cardiac resynchronization therapy:crt) が有効である. 冠静脈洞を介し左室側壁に留置した左室リードと右室リードより両心室ペーシングし, 再同期を図る. 劇的に改善する症例がある一方,30~ 40% に無効例が存在する. 2) 陽圧呼吸療法 ASV 睡眠呼吸障害を合併する心不全患者には adaptive servo ventilation(asv) を用いた陽圧呼吸法が有効である. しかし, 最近発表された SERVE-HF 研究では,ASV 使用でHFrEF 患者の全死亡および心血管死亡がむしろ増加することが報告された 10). 今後, さらなる検討が必要である. 3) 心臓移植と人工心臓 2010 年の臓器移植法の改正により脳死者からの臓器提供は年間約 10 例から45 例前後に増え, 心臓移植も年間 35 例に増加した ( 国立循環器病研究センターホームページ ). また, 移植待機者に対し, 植込み型補助人工心臓の施行件数が増加している. 心移植待機期間の延長が懸念されている. 欧米では, 心臓移植の適応とならない重症心不全患者に対する治療として植込み型補助人工心臓が最終的治療 ( いわゆるdestina- 514 日本内科学会雑誌 106 巻 3 号
平成 28 年度日本内科学会生涯教育講演会 tion therapy) として受け入れられ, 積極的に進められている. 日本においても治療の選択肢の 1つとするため, 検討が始まっている. おわりに心不全は急性増悪を繰り返すたびに心機能が低下する. 心不全入院を繰り返す主な原因として, 塩分 水分制限の不徹底に加え, 治療薬服 用の不徹底がある. 服薬の自己中止や非心臓手術後の心不全治療薬の非再開などにより, 心不全の再燃をみることが少なくない. 十分な病歴の確認なく, 不用意なACE 阻害薬 ARBおよびβ 遮断薬などの降圧薬の中止は避けなければならない. 著者の COI(conflicts of interest) 開示 : 本論文発表内容に関連して特に申告なし 文献 1 ) Okura Y, et al : Impending epidemic : future projection of heart failure in Japan to the year 2055. Circ J 72 : 489 491, 2008. 2 ) Owen TE, et al : Trends in prevalence and outcome of heart failure with preserved ejection fraction. N Engl J Med 355 : 251 259, 2006. 3 ) Yancy CW, et al : 2013 ACCF/AHA guideline for the management of heart failure : a report of the American College of Cardiology Foundation/American Heart Association Task Force on practice guidelines. Circulation 128 : e240 327, 2013. 4 ) Ponikowski P, et al : 2016 ESC Guidelines for the diagnosis and treatment of acute and chronic heart failure : the Task Force for the diagnosis and treatment of acute and chronic heart failure of the European Society of Cardiology(ESC)developed with the special contribution of the Heart Failure Association(HFA)of the ESC. Eur Heart J 37 : 2129 2200, 2016. 5 ) Tsuchihashi-Makaya M, et al : Characteristics and outcomes of hospitalized patients with heart failure and reduced vs preserved ejection fraction. Report from the Japanese Cardiac Registry of Heart Failure in Cardiology(JCARE-CARD). Circ J 73 : 1893 1900, 2009. 6 ) Swedberg K, et al : Ivabradine and outcomes in chronic heart failure(shift): a randomised placebo-controlled study. Lancet 376 : 875 885, 2010. 7 ) McMurray JJ, et al : Angiotensin-neprilysin inhibition versus enalapril in heart failure. N Engl J Med 371 : 993 1004, 2014. 8 ) Otaki Y, et al : The impact of renal tubular damage, as assessed by urinary β2-microglobulin-creatinine ratio, on cardiac prognosis in patients with chronic heart failure. Circ Heart Fail 6 : 662 668, 2013. 9 ) Narumi T, et al : Sarcopenia evaluated by fat-free mass index is an important prognostic factor in patients with chronic heart failure. Eur J Intern Med 26 : 118 122, 2015. 10)Cowie MR, et al : Adaptive servo-ventilation for central sleep apnea in systolic heart failure. N Engl J Med 373 : 1095 1105, 2015. 日本内科学会雑誌 106 巻 3 号 515