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第 9 回 品質技術兼原龍二 前回の第 8 回目では FIB(Focused Ion Beam:FIB) のデメリットの一つであるGaイオンの打ち込み ( 図 19. 第 6 回参照 ) により 試料の側壁に形成されるダメージ層への対処について事例などを交えながら説明させていただきました 今回は 試料の表面に形成されるダメージ層について その対処法を事例を示してお話しをさせていただきます Gaイオンの試料への打ち込みですが FIBによる一般的な断面作製を行い 作製した断面をSEM(Scanning Electron Microscope:SEM) やSIM (Scanning Ion Microscope:SIM) で観察するといった場合では 大きな支障はほとんどないのではないかと思いますが 薄片試料を作製し T E M (Transmission Electron Microscope:TEM) で観察を行う場合には Gaイオンの打ち込みにより試料に形成されるダメージ層により 真実の姿 から遠ざかってしまうこともあります 全く逆の結果を導き出すこともありますので十分注意が必要です TEMは非常に高分解能な観察や分析を行うことが出来ますが 信頼度のより高い試料加工が要求されます また 真実の姿 により近づけるという点におきまして FIBによる試料への加工ダメージのみを取り上げて Gaイオンの打ち込みによるダメージ層の形成やその対処方法についてお話ししておりますが 試料へのダメージはF IBのような加工のみに限らずTEMによる観察時などにおいても発生しますので注意が必要です TEM 観察時のダメージについても紹介させていただきます FIBによりTEM 試料が容易に作製できることから TEMによる高分解能な観察 分析が手軽に行えますが 真実の姿 により近づけるためには細心の注意が必要です 1/5

4.4.3 表面のダメージ層 (FIB デポの前に表面保護膜を成膜 ) FIBによる加工を行う以上 Gaイオンビームを照射した試料表面にはG aイオンの打ち込みによるダメージ層が形成されます 側壁に形成されましたダメージ層につきましては前回 ( 第 8 回 ) のような対処をすることが出来ますが 試料表面に形成されたダメージ層につきましては直接的な対処法というものはありません 従いまして 試料へのダメージ層の形成を未然に防ぐしか他に方法がありません また FIB 加工をピンポイントで行うような場合などは 加工箇所の特定を行う必要があります そのためには 試料表面の状態や形状などを保持したままFIB 加工を行う必要がありますが 何らかの表面保護なしでは試料表面にGaイオンの打ち込みによるダメージ層が形成されてしまいます FIBデポ (Wなど) による保護膜を最初に試料表面に成膜してしまいますと 保護膜を成膜する際に試料表面にダメージ層が形成されてしまいます 従いまして FIBデポ (Wなど) による保護膜を試料表面に成膜する前に 試料表面にダメージを与えることのない他の保護膜を成膜して 試料表面の保護を行ってから 通常のFIBデポ (Wなど) で保護膜を形成するというのが一般的なのではないかと思います しかしながら この場合 試料表面に成膜する保護膜はどのようなものでもよいという訳ではなく 1 成膜時や成膜後に試料表面にダメージを与えることがなく 2 成膜後に照射するFIBのGaイオンの打ち込みや形成されるダメージ層が試料表面に成膜した保護膜中にとどまり 試料表面に到達することのない厚みで なおかつ 3 試料表面の状態や形状を忠実に保持出来るようなものが必要です 薄片化後の試料のTEMによる観察まで考慮しますと 試料表面の保護膜と試料表面との境界の識別が容易な場合が多いカーボン系の膜など 軽元素の保護膜が有利なのではないかと思います 図 32. はガラス基板上に成膜したアルミニウム膜表面に見られるピットの断面 TEM 試料をFIBにより作製し観察を行った事例です FIBデポ (W) による保護膜を試料表面に成膜する前のカーボン表面保護膜の有無による試料表面の状態の違いを断面から観察したものです カーボン保護膜のない試料表面は FIBデポ (W) の際のダメージによりピットが消失してしまっており 真実の姿 とは全く異なった状態が観察されています 2/5

アルミ表面に無数のピットが存在 a) ガラス基板上のアルミニウム膜表面のピット 試料 ( アルミ ) 1 μ m カーボン保護膜試料 ( アルミ ) 断面模式図 アルミ表面 アルミ表面 断面模式図 カーボン保護膜 ピットが消失 ピット 試料 ( アルミ ) 試料 ( アルミ ) 10 nm 10 nm b) カーボン保護膜なしで FIB 加工 c) カーボン保護膜ありで FIB 加工 図 32. 試料表面におけるカーボン保護膜の有無による断面 の比較 4.4.4 TEM 観察時のダメージ 前回 ( 第 8 回 ) と今回で 真実の姿 により近づけるという点におきまして FIBのGaイオンの打ち込みによる試料へのダメージとその対処法を取り上げましたが FIBによる試料作製が無事完了し 真実の姿 により近づけるような試料が作製出来ても 実はまだまだ安心は出来ません 試料へのダメージはTEMによる観察時などにおいても発生します 図 33. は Sn( 錫 ) を主成分とする Pb( 鉛 ) フリーと ( 銅 ) の接合部の断面観察を行い 接合部についてTEM 観察時に生じるダメージの確認を行うため 継続して試料に電子線を照射し 時間の経過に伴う観察像の変化をTEMによりその場観察したものです 時間の経過とともに再結晶による粒成長が見られます これは TE 3/5

M 観察時の試料への電子線の照射に起因した発熱によるものと思われます 金属材料などの場合には 電子線の照射による局部的温度上昇により 再結晶による層構成の変化や粒成長により本来とは異なった状態となってしまうことがあります 融点や再結晶温度の低い金属 また 耐熱温度の低い樹脂材料など熱による影響が懸念されるような場合には注意が必要です 試料への電子線の照射を可能な限り抑え 電子線照射による試料へのダメージの有無を確認しながら観察を行う必要があります ここでも 真実の姿 により近づけるためには細心の注意が必要ということになります SIM 像 a) FIB 加工後の断面 SIM 像 b) 薄片加工後の断面 再結晶 再結晶 c) 断面 1 ( 電子線照射時間 : 短 ) d) 断面 2 ( 電子線照射時間 : 中 ) e) 断面 3 ( 電子線照射時間 : 長 ) 図 33. 接合部における TEM によるビームダメージのその場観察 4/5

前回 ( 第 8 回 ) と今回で FIBのデメリットの一つとしてのGaイオンの打ち込みに関しまして事例などを交えながら詳細を説明させていただきました 今回をもちまして お話しは終了とさせていただきます FIBによる試料へのGaイオンの打ち込みだけでなく TEMによる観察時においても試料へのダメージは発生します FIBやTEMに限らず 試料作製や観察などにおける種々の工程から試料のハンドリングに至るまで ありとあらゆるところに試料がダメージを受ける可能性は存在します 第 1 回目にお話しさせていただきましたが 真実の姿 により近づけるためには 今現在試料にどのような現象が起こっているのか どのような状態になっているのか また これらによりどのようなことが試料に起こり得るのかということを常に考え 正しく把握しておくことが大変重要です 正しく把握出来れば 予防や対処により 真実の姿 により近づけるのではないかと思います 次回は 試料作製の一環として少し変わったFIBの使い方のお話しをさせていただく予定です 次回につづく 5/5