薬物動態学 目次 Ⅰ. 薬物速度論の基礎... 3 Ⅰ-1 薬物速度論序論...3 Ⅰ-2 コンパートメントモデル解析...7 (a) 概論...7 (b) 薬物の排泄の解析 (one-compartment model)...9 (4) 消失経路が複数ある場合...14 (c) 薬物の吸収 排泄の解析...16 Ⅰ-3 モーメント解析...22 Ⅰ-4 連続投与時の薬物速度論...26 (a) 点滴静注...26 (b) 反復投与...29 Ⅱ. 臨床薬物速度論... 35 Ⅱ-1 バイオアベイラビリティの評価...35 (a) バイオアベイラビリティ...35 (b) バイオアベイラビリティの算出方法...37 (c) 生物学的同等性...38 Ⅱ-2 2-コンパートメントモデル解析...40 (a) 2-コンパートメントモデル ( 分布 消失 )...40 (b) 薬物血漿中濃度データの解析法...41 (c) 薬物排泄速度の解析法...43 (d) ラプラス変換...5 Ⅱ-3 生理学的薬物速度論...45 (a) 生理学的モデル...45 (b) クリアランスの概念...46 (c) アニマルスケールアップ...51 Ⅱ-4 薬理効果の速度論...52 (a) 血漿中濃度と薬効...52 (b) 薬力学的モデル...53 Ⅱ-5 臨床薬物投与計画...55 (a) TDM...55 (b) 薬物血中濃度データ解析...58 (c) 薬物動態パラメータに基づく投与計画...59 [ 1 ]
Ⅲ. 薬物体内動態の変動... 61 Ⅲ-1 体内動態の飽和 ( 非線形 )...61 Ⅲ-2 病態時の体内動態...65 (a) 肝疾患...65 (b) 腎疾患...66 (c) 心不全...69 Ⅲ-3 各種生理的条件下...70 (a) 新生児 乳児 小児 胎児...70 (b) 高齢者...71 (c) 妊婦...72 (d) 時間薬理学...73 Ⅲ-4 薬剤耐性...74 (a) 膜耐性...74 (b) 酵素耐性...75 (c) 免疫学的抵抗...77 国試演習問題 79 Excel 薬物動態解析演習 92 [ 2 ]
Ⅰ. 薬物速度論の基礎 Ⅰ-1 薬物速度論序論 薬物速度論とは 生体内に投与された薬物の量的 質的な変化の過程を速度論的な手法で定量的に研究する学問を薬物速度論 (pharmacokinetics) と呼ぶ ( 薬物の体内動態を評価するには 体内から速く消失する とか 吸収が極めて遅い というレベルの話ではいけない ) Pharmacokinetics is the study of the time course of drug and metabolite levels in different fluids, tissues, and excreta, and of the mathematical relationships required to develop models to interpret such data. The discipline of pharmacokinetics has been applied to the clinical pharmacology, drug metabolism, pharmaceutics, and toxicology, and so on. The ultimate goal of pharmacokinetics is the elucidation of relationships between pharmacologic or toxicological response and levels of drugs or their metabolites. The study of the kinetics of absorption, distribution, metabolism, or excretion of drugs may help us to understand the basic mechanisms underlying these processes. Moreover, pharmacokinetics offers an approach to improve and probably to optimize the therapeutic management of individual patients. 薬物速度論の目的 1 体内薬物レベルと薬効 あるいは毒性との相関の解明 2 吸収, 分布, 代謝, 排泄 (ADME) 過程の解明 3 新薬開発, 製剤設計, 製剤評価への応用 ( 望ましい体内挙動 ) 4 臨床への応用 - 薬物投与の最適化 ( 安全性 有効性 ) アニマルスケールアップ : 動物 ヒト in vitro から in vivo: in vitro ( 試験管 細胞 ) in situ ( 臓器 組織 ) in vivo ( 全身 個体 ) [ 3 ]
薬効と薬物血中濃度 昔は 薬は匙加減 と言われ 経験に基づいて患者の症状に応じて服用量が決定されており 薬物に対する反応 ( 効果 毒性 ) は 個人によって大きく異なると考えられていた しかし 分析機器などの発達により 体液中 ( 血液 尿など ) の薬物濃度測定が可能となり 薬理作用は投与量より血中濃度に強く依存していることが明らかとなった さらに 臨床薬理学の研究により 血中濃度と臨床効果を比較した結果 薬物によっては 有効血中濃度域 の存在が証明された しかし 多くの薬物において 同一投与量であっても 個々の患者で血中濃度が大きく異なっていることも明らかとなった 薬物投与 血中濃度測定 体内動態の解析 投与計画 臨床評価 血中濃度測定が必要とされる臨床背景 初期治療の時 投与剤形 投与法を変更した場合 患者に生理的 病態的変化のある場合 薬物相互作用が予想される場合 中毒症状が疑われる時 Noncompliance( 服薬違反 ) が疑われる時 投与量と効果とに関係が見られない場合 薬物速度論の研究方法 (1) コンパートメントモデル解析 (2) モーメント解析 ( モデル非依存的解析 ) (3) 生理学的薬物速度論 [ 4 ]
< 薬物動態学関連の数学公式 > [ 対数 ] e=2.7182 はネピアの数と呼ばれる無理数で これを底とする対数を自然対数という薬物動態学プリント冊子などでの表記 10 を底 (log 10 x) 常用対数 log x e を底 (log e x) 自然対数 ln x log10 x loge x loge 10log10 x 2.303log10 x log e 10 ln 10 x ln10log10 x 2.303log x 2.303log x [ 微分 ] ' 1 x x log [ 積分 ] f (x) 1 x ' 1 f (x) f '(x) x ' x a a log a (a 0, a 1 ) f '(x) f (x) ' ' ' e x loge f (x) loga x (a 0,a 1) a 1 e 1 x log a x 1 x x x dx C dx loge x C a 1 e dx e C x ax b 1 ax b e dx e C a f (x) g'(x) dx f (x) g(x) f '(x) g(x) dx e a < ラプラス変換 > 数の乗法 除法は対数をとることによって 加法 減法になる 関数の微分 積分演算は ラプラス変換によって代数演算にかえられる ラプラス変換表を利用すれば 微分方程式を簡単に解くことができる F(s) 0 e st f (t) dt 関数 f (t) に対して このような F(s) を求めることを ラプラス変換するという f(t) を 原関数もしくは表関数 F(s) を像関数もしくは裏関数と呼ぶ s はラプラス演算子で複素数となる 即ち ラプラス変換すると 微分方程式を四則演算で取り扱える [ 5 ]
代表的なラプラス変換の公式 f (t) 表関数 F(s) 像関数 計算内容 1(t) f (t) F 1(s) F2 (s) 関数の和 f 2 a f (t) a F(s) 定係数の積 a a s 定数 f '(t) s F(s) f (0) 微分 e a t 1 s a 指数関数 ラプラス変換を用いた解法 : One-compartment model (i.v.) X C, V k X u X : 体内薬物量 X u : 排泄薬物量 V : 分布容積 k : 排泄速度定数 体内コンパ - トメント 体外コンパ - トメント ( 物質収支式 ) ( ラプラス変換形 ) ラプラス変換 dx k X s X X(0) k X dt X(0) = D (s k) X D D X s k X De kt ラプラス逆変換 [ 6 ]
Ⅰ-2 コンパートメントモデル解析 (a) 概論 コンパートメント理論 薬物の生体内における複雑な動きを記述するには 若干抽象化した考え方が必要となる コンパートメントとは 薬物が種々の移行過程を経過する中で 速度論的に区別できる薬物の存在状態のことで ( 分画, 部分とかいう意味 ) このコンパートメント間を速度定数によってつなぐことにより 薬物の生体内での動きを表現するものが コンパートメントモデルである 従って 異なる部位に存在していても 同じ速度で動くのであれば 一つにくくって単一のコンパートメントと考える シンプルな one, two-compartment model までが有用で実用的である < 長所 > 比較的簡単に解析できる 時間次元の式が容易に求められる < 短所 > モデル自体に生理学 解剖学的な意味が無く 実体性に乏しい 細かい現象を捉えることが困難 実験値の精度が伴わない場合がある コンパートメントモデル解析のための必要条件 コンパートメント内の薬物濃度は瞬時に平衡に達する コンパートメント間の薬物の移動は一次速度式に基づく 線形条件が成立している ( 飽和に達していない ) 一次速度式 : 物質の変化する速度は その時に存在する物質の量 ( 濃度 ) に比例する dx k X X: 物質の量 t: 時間 k: 一次速度定数 dt 投与様式 即時吸収 ( 静脈内瞬時投与 ) 0 次吸収 ( 点滴投与 ) 1 次吸収 ( 経口, 経皮投与, 筋注など ) 反復投与 ( 静脈内投与, 経口投与 ) [ 7 ]
代表的なコンパートメントモデル One-compartment model (i.v.) One-compartment model (p.o.) Two-compartment model (i.v.) 分布容積 (distribution volume) 体内に存在する薬物量 X と血漿中薬物濃度 C p との関係を表すための比例定数は分布容積 V d とよばれる 分布容積は 薬物が血漿中濃度と等しい濃度で他の組織などに分布すると仮定した場合の薬物の分布を表す見かけの容積である ( 実際の容積ではない ) 即ち X=V d C p の関係が成り立つ The total volume of body fluids in which a drug is distributed is known as the apparent volume of distribution (Vd). The volume of distribution may provide useful estimates as to how extensive the toxicant is distributed in the body. クリアランス (clearance) 薬物速度論の領域では 臓器の薬物処理能力を示す指標としてクリアランスが広く用いられている クリアランスは単位時間に薬物を含む血漿中のどれだけの容積を除去したかという値で 次式の関係が成り立つ ( 消失速度 )=( クリアランス ) ( 血漿中濃度 ) ここで 薬物を消失させる器官として 身体全体を仮定した場合 身体全体の持つクリアランス能力を全身クリアランスと呼び CL tot で表すと 次式が成り立つ ( 身体が薬物を循環血漿中から消失させる速度 )=CL tot C p ( 血漿中濃度 ) 両辺を積分し 式を変形すると CL tot =D/AUC=k V となる 多くの場合 薬物は肝臓および腎臓から消失するから CL tot =( 肝クリアランス )+( 腎クリアランス ) となる また クリアランスの割合は排泄量の割合と等しくなる Clearance is an important pharmacokinetic parameter that describes how quickly drugs are eliminated, metabolized or distributed throughout the body. It can be viewed as the proportionality constant relating the rate of these processes and drug concentration. [ 8 ]
(b) 薬物の排泄の解析 (one-compartment model) 最も簡単な薬物速度論的モデルである one-compartment model(i.v.) は 次のような仮定の上に成り立っている 即ち 静脈内に投与された薬物は 瞬時に分布可能な体内組織および体液に分布するとともに 一次速度式に従って体外へ排泄される 体内 体外 ポンプ ポンプ チューブ 試薬瓶 フラスコ (50 ml) サンプリング体外コンパートメント スターラー 補給用水 体内コンパートメント [ 9 ]
(1) 薬物血漿中濃度データの解析法 One-compartment model (i.v.) X C, V k X u X : 体内薬物量 X u : 排泄薬物量 V : 分布容積 k : 排泄速度定数 体内コンパ - トメント 体外コンパ - トメント dx dt k X (1) 初期条件 t=0 のとき X=D ( 投与量 ) X kt De (2) X=V C の関係が成り立つから C D e V kt C 0 e kt C 0 1 2 t t 1/ 2 (3) ln C logc D k t ln k t ln C 0 V k D k t log t logc 0 (4) 2.303 V 2.303 0.693 t1/ 2 (5) k [ 10 ]