パスを活用した臨床指標による慢性心不全診療イノベーション よしだ ひろゆき 福井赤十字病院クリニカルパス部会長循環器科吉田博之 緒言本邦における心不全患者数の正確なデータは存在しないが 100 万人以上と推定されている 心不全はあらゆる心疾患の終末像であり 治療の進步に伴い患者は高齢化し 高齢化社会の進行とともに更なる増加が予想される エビデンスに基づく治療やデバイス使用 合併症の治療により心不全の予後は改善しているが 診療内容や在院日数は病院間で異なっており 再入院率も減少していない この原因として 慢性心不全患者に対する共通のアプローチがなく 臨床指標が使用されず それに基づく改善もなされていないことが挙げられる 当科では具体的な取り組みとして クリニカルパス ( パス ) の導入と臨床指標の設定 評価を行った また 在院日数に影響を及ぼす臨床指標を分析してパスを改善し 平均在院日数を比較したので報告する 研究対象 方法慢性心不全急性増悪電子化パス富士通社製 NeoChart を独自にカスタマイズした電子カルテ上のオールインワンパスである 適用基準は一般病棟で治療可能な心不全 除外基準は挿管と急性心筋梗塞に合併した心不全である 多職種の関与が特徴の一つで 日々のアウトカムと退院基準は明確である パス表の一部と退院基準を図 1 に示す 図 1 パス表の一部と退院基準 リハビリは入院早期から開始し 服薬指導や栄養指導 患者指導は入院 1 週間目を目安に開始している 対象症例当科一般病棟に入院した急性非代償性心不全を含む慢性心不全急性増悪患者を対象とした 少なくとも呼吸困難又は浮腫を有する成人患者及び 胸部レントゲンで肺水腫の所見のある患者で 再入院患者 急性心筋梗塞を伴う患者 挿管を要する患者 ICU 入室となった患者は除外した 2009 年 9 月 ~2012 年 8 月の 181 例を パス導入前 (2009 年 9 月 ~2010 年 8 月 ) とパス導入後 (2010 年 9 1
月 ~2012 年 8 月 ) の 2 群に分類した 2010 年 9 月 ~2013 年 4 月に慢性心不全急性増悪パスを適用した患者で平均在院日数を求め このうち再入院 死亡 転科 転院を除き 10 日以上パスを適用した患者でバリアンス分析を行った 2011 年 9 月 ~2012 年 8 月と パスを改善した後の 2013 年 9 月 ~2014 年 8 月の 2 群に分類した 方法パス導入前後でプロセス指標とアウトカム指標を比較した プロセス指標として 心不全予後改善効果のある β 遮断薬とアンジオテンシン変換酵素阻害薬 (ACEI) またはアンジオテンシン II 受容体拮抗薬 (ARB) の退院時処方率 多面的作用がある心臓リハビリ及び全リハビリ実施率 患者指導として服薬指導と栄養指導の実施率 豊富なエビデンスのある核医学検査率を設定した アウトカム指標として 180 日以内の再入院率 平均在院日数を設定した なお 再入院は慢性心不全によるものに限定し 処方及びパス適用は主治医の判断に任された バリアンス分析では パス適用患者で平均在院日数を求め 再入院 死亡 転科 転院を除き 10 日以上パスを適用した患者で平均在院日数を超えた理由を調べた 日々のアウトカム ( 呼吸困難がない 胸部症状がない ショック症状がない 一日尿量が十分保たれている バイタルサインが安定する 心不全がない ) のバリアンス発生数から 患者状態を最も反映している指標を求めた また 7 日間で終了しない酸素投与 入院時 egfr50 未満 入院中 CRP10 以上 入院時 BNP500 以上の患者と基礎心疾患の割合を 平均在院日数を超えた群と以下の群で比較し 在院日数に影響を及ぼす指標を調べた バリアンス分析を基にパスを改善し 慢性心不全急性増悪患者の平均在院日数をパス改善前後で比較した 統計学的解析は 連続変数は平均値 ± 標準偏差 (SD) で表記し 平均在院日数の比較は Welch 検定を用い 両側検定を行った 各種指標の比較には χ 2 検定を用いた いずれも P<0.05 をもって統計学的に有意とした 統計解析ソフトは StatMateⅣ(ATMSCo.,Ltd,Tokyo,Japan) を用いた 結果パス導入効果解析期間の患者数は パス導入前 49 例 ( 男性 55.1%) パス導入後 132 例 ( 男性 49.2%) であった 平均年齢は 78.7±14.3 歳と 78.4±12.4 歳で パス導入前後で有意差はなかった パス導入後のパス適用率は 61.4% であった ( 表 1) 表 2 にプロセス指標を示す β 遮断薬 (40.8%vs.48.5%) や ACEI または ARB(53.1% vs.60.6%) の処方率は 2 群間で有意差を認めなかったが 全リハビリ実施率 (24.5% vs. 82.6%, p<0.001) 心臓リハビリ実施率 (4.1% vs. 65.9%, p<0.001) 服薬指導率(12.2% vs.65.9%, p<0.001) 栄養指導率(51.0% vs.83.3%, p<0.001) 核医学検査率(4.1% vs.40.2%, p=0.012) はいずれもパス導入後で有意に増加していた アウトカム指標である 180 日以内の再入院率と平均在院日数を図 2 に示す 180 日以内の再入院率は 20.4% から 6.9% に有意に減少した (p=0.008) しかし平均在院日数は 22.9±16.9 日から 25.2±20.2 日に延長していた バリアンス分析対象期間のパス適用患者は 203 例で 平均在院日数は 21 日であった 再入院 死亡 転科 転院を除き 10 日以上パスを適用した患者は 122 例で 在院日数 22 日以上の患者は 42 例であった 内訳は 本疾患から発生した問題 13 例 本疾患の検査 治療待ち 2 例 別疾患からの問題 12 例 別疾患の検査 治療待ち 11 例 治療行為によって発生した問題 2 例 スケジュールその他退院調整などが 2 例であった 本疾患から発生した問題として 呼吸困難 血圧低下 浮腫 酸素吸入中 脱水 内服調整 ターミナル状態があり 別疾患から発生した問題として 肺炎 尿路感染症 腎機能低下 偽痛風 帯状疱疹 四肢虚血があった 2
( 図 3) 日々のアウトカムに対するバリアンス件数の解析では 呼吸困難がない のアウトカムが 患者状態を最も反映していた ( 図 4) 基礎心疾患の内訳は 虚血心 16.4% 弁膜症 16.4% 心筋症 18.0% 不整脈 30.3% 高血圧症 11.5% その他 7.4% であった 在院日数 21 日以下 80 例 ( 平均年齢 77.7±13.1 歳 男性 51.3%) と 22 日以上 42 例 ( 平均年齢 80.1±11.2 歳 男性 42.9%) で比較すると 酸素投与が 7 日間で終了しない (16.3% vs.50.0%, p<0.001) 入院時 egfr50 未満 (28.8% vs.59.5%, p<0.001) 入院中 CRP10 以上 (6.3% vs.26.2%, p=0.002) が在院日数 22 日以上で有意に多く認めた 入院時 BNP500 以上は有意差がなく (51.3% vs.57.1%) 基礎心疾患別では 虚血心 (12.5% vs.23.8%) 弁膜症 (18.8% vs.11.9%) 心筋症 (21.3% vs.11.9%) 不整脈 (33.8% vs.23.8%) 高血圧(10.0% vs.14.3%) いずれも有意差はなかった ( 表 3) この結果から 酸素投与が 7 日間で終了しないか egfr<50 または CRP 10 の患者は在院日数が 21 日を超える可能性が高いので 退院に向けたカンファレンスを行う と第 8 病日に指示するパス改善を行った また 退院時にチェックシートを作成し 指標記録として処方も記載した パス改善による平均在院日数の解析対象患者は パス改善前 72 例 ( 平均年齢 78.3±12.0 歳 男性 50.0%) パス改善後 73 例 ( 平均年齢 78.0±13.7 歳 男性 50.1%) で年齢 性別に有意差はなかった 核医学検査率は有意差なく (52.8% vs.50.7%) パス適用率(76.3% vs 93.2%, p=0.004) と β 遮断薬処方率 (48.5% vs.63.0%, p=0.016) は有意に増加していた ( 表 4) パス改善後 平均在院日数は 1.7 日短縮した (24.2±20.8 日 vs.22.5 ±10.5 日 )( 図 5) 表 1 パス導入前後の患者背景 パス導入前 パス導入後 p 値 人数 49 132 - パス適用 0 81(61.4%) - 年齢 ( 歳 ) 78.7±14.3 78.4±12.4 0.879 男性 27(55.1%) 65(49.2%) 0.484 年齢 性別に パス導入前後で有意差はなかった 表 2 プロセス指標 パス導入前 パス導入後 p 値 β 遮断薬処方 20(40.8%) 64(48.5%) 0.358 ACEI/ARB 処方 26(53.1%) 80(60.6%) 0.360 全リハビリ実施 12(24.5%) 109(82.6%) <0.001 心臓リハビリ実施 2(4.1%) 87(65.9%) <0.001 服薬指導 6(12.2%) 87(65.9%) <0.001 栄養指導 25(51.0%) 110(83.3%) <0.001 核医学検査 2(4.1%) 53(40.2%) 0.012 β 遮断薬 ACEI/ARB の処方率は変化がなく リハビリ 各種指導 核医学検査の実施率は増加していた 3
180 日以内の再入院率平均在院日数 p=0.008 p=0.437 パス導入前 パス導入後 パス導入前 パス導入後 図 2 アウトカム指標 180 日以内の再入院率は有意に減少したが 平均在院日数は延長していた 5 6 1 1) 本疾患から発生した問題 13 例 2) 本疾患の検査 治療待ち 2 例 4 3 2 3) 別疾患 ( 基礎疾患 ) からの問題 12 例 4) 別疾患の検査 治療待ち 11 例 5) 治療行為によって発生した問題 2 例 6) スケジュールその他 ; 退院調整 2 例 本疾患から発生した問題呼吸困難 血圧低下 浮腫 酸素吸入中 脱水 内服調整 ターミナル状態本疾患の検査 治療待ちリハビリ継続別疾患 ( 基礎疾患 ) から発生した問題肺炎 尿路感染症 腎機能低下 偽痛風 帯状疱疹 四肢虚血別疾患の検査 治療待ち PCI 待ち, ペースメーカー手術 HOT 導入 脳梗塞治療 基礎疾患精査 肺門リンパ節腫脹精査図 3 在院日数 22 日以上のパス適用患者のバリアンス分析在院日数が延長した理由は 疾病によるものがほとんどを占めていた 4
35 件 30 25 20 15 10 5 0 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 呼吸困難がない胸部症状がない ショック症状がない バイタルサインが安定する 図 4 1 日尿量が十分に確保されている 心不全がない 日々のアウトカムに対するバリアンス件数 呼吸困難がない が最も患者状態を反映した指標であった 日 表 3 在院日数に影響を及ぼす指標分析 21 日以下 (n=80) 22 日以上 (n=42) p 値 年齢 ( 歳 ) 77.7±13.1 80.1±11.2 0.289 男性 41(51.3%) 18(42.9%) 0.378 酸素投与 >7 日間 13(16.3%) 21(50.0%) <0.001 入院時 egfr<50 23(28.8%) 25(59.5%) <0.001 入院中 CRP 10 5(6.3%) 11(26.2%) 0.002 入院時 BNP 500 41(51.3%) 24(57.1%) 0.535 虚血心 10(12.5%) 10(23.8%) 0.109 弁膜症 15(18.8%) 5(11.9%) 0.332 心筋症 17(21.3%) 5(11.9%) 0.202 不整脈 27(33.8%) 10(23.8%) 0.256 高血圧症 8(10.0%) 6(14.3%) 0.465 7 日間を超える酸素投与 入院時 egfr50 未満 入院中 CRP10 以上の患者で在院日数が延長していた 年齢 性別 BNP 値 心不全の基礎疾患は在院日数と関係しなかった 5
表 4 パス改善前後の患者背景 パス改善前 (n=72) パス改善後 (n=73) p 値 年齢 ( 歳 ) 78.3±12.0 78.0±13.7 0.874 男性 36(50.0%) 37(50.1%) 0.934 パス適用 55(76.3%) 68(93.2%) 0.004 β 遮断薬 31(48.5%) 46(63.0%) 0.016 核医学検査 38(52.8%) 37(50.7%) 0.801 年齢 性別 核医学検査率に有意差はなく パス適用率と β 遮断薬処方率は有意に増加していた p=0.537 50 日 24.2±20.8 40 日 22.5±10.5 30 日 20 日 10 日 0 パス改善前パス改善後図 5 平均在院日数パス改善により 平均在院日数は 1.7 日短縮した 包括 - 出来高 核医学検査あり 核医学検査なし 平均在院日数 図 6 2012 年度当院 DPC 別の平均在院日数 核医学検査施行群で平均在院日数が延長していた 図 7 指標記録のチェックシート 主治医が処方内容を再確認できるようにした 6
考察パスの導入により 各種プロセス指標の改善と 180 日以内の再入院率の減少を認め パスの有用性を確認した 多職種介入による包括的な疾病管理が行われ 特に患者教育 心臓リハビリの充実に注力したことで患者のアドヒアランスが向上し 再入院の減少につながったと推察された 一方で もう一つのアウトカム指標である平均在院日数には改善が認められず かえって延長していた パス適用患者の平均在院日数は 21 日で 標準パス適用日数 14 日より延長していたのは 介護保険 福祉サービスなどの退院調整に 1 週間ほどかかったことや 心不全の予後改善に推奨されている β 遮断薬の導入に 1~2 週間かかったためと考えられた パス導入後に平均在院日数が延長した理由として 核医学検査が別途認められるようになり 核医学検査により入院期間 Ⅱが 17 日から 25 日に延長となったことが挙げられた パス導入後に核医学検査率が有意に増加しており (4.1% vs.40.2%,p=0.012) 当院の 2012 年度 DPC 別平均在院日数も核医学検査施行群で 20.6 日から 25.9 日に延長していた ( 図 6) 一方で 在院日数 22 日以上のバリアンス理由はほとんどが疾病のためであった 呼吸困難がない というアウトカムが患者状態を最も反映する臨床指標であり 酸素投与が 7 日間を超えて必要になる割合が在院日数 22 日以上の患者群で高かったことと関係すると考えられた 心不全の在院日数は 基礎心疾患や BNP に反映される心不全重症度ではなく 腎機能や炎症反応と関係しており全身疾患の影響を強く受けていた 内服薬については 心不全増悪に対する抑制効果が β 遮断薬で 32%(CIBIS2) ACEI で 22% (SAVE) と報告されているにもかかわらず パス導入後にいずれの処方率にも有意な上昇を認めなかった 腎不全例で ACEI と ARB の処方を避けるなど病態や合併症に応じて選択されているためと考えたが 処方のチェック機能が働いていないことにも問題があると思われた そこで指標記録のチェックシートを作成し 退院時に主治医が処方内容を再確認できるようにした ( 図 7) その結果 β 遮断薬においては処方率が増加しており 意識付けをした効果を認めた 平均在院日数に影響する核医学検査率は変わらず β 遮断薬処方率は増加していたにも関わらずパス改善後の平均在院日数は短縮しており パス改善の効果と考えられた 結語慢性心不全急性増悪患者にパスを導入し 各種プロセス指標の改善と 180 日以内の再入院率の減少が得られたが 平均在院日数は延長していた 在院日数延長に関係する臨床指標は 7 日間を超える酸素投与 egfr50 未満 CRP10 以上であった これらの臨床指標に基づきパスを改善することで 平均在院日数は短縮した 7