基礎現代化学 ~ 第 7 回 ~ 物質の色の起源分子を測る 教養学部統合自然科学科 小島憲道 2014.05.21
第 1 章原子 1 元素の誕生 2 原子の電子構造と周期性第 2 章分子の形成 1 化学結合と分子の形成 2 分子の形と異性体第 3 章光と分子 1 分子の中の電子 2 物質の色の起源 3 分子を測る第 4 章化学反応 1 気相の反応 液相の反応 2 分子を創る第 5 章分子の集団 1 分子間に働く力 2 分子集合体とその性質 Ⅰ 3 分子集合体とその性質 Ⅱ 参考書 現代物性化学の基礎 小川桂一郎 小島憲道共編 ( 講談社サイエンティフィク ) 原子 分子の現代化学 田中政志 佐野充著 ( 学術図書 )
物質の色 :15 種類の起源 Vibrations and Simple Excitations 1. 黒体放射 : 白熱電球 太陽光 (5700 ) 2. ガスの励起 : ナトリウムランプ ネオンサイン オーロラ 3. 振動 回転による励起 : 水の青色 ( 振動の高調波による光吸収 ) Transitions Involving igand Field Effects 4. 遷移金属化合物の発色 (d 軌道間の遷移 ): 硫酸銅の青色 5. 不純物遷移金属元素による発色 : ルビーの赤色 Transitions Between Molecular Orbitals 6. 有機化合物 : 有機色素の発色 有機電荷移動錯体の発色 7. 電荷移動遷移による発色 : ブルーサファイヤ プルシアンブルー Transition Involving Energy Bands 8. 金属の光沢 : 金の黄金色 真鍮の黄金色 銀の銀白色 9. 真性半導体の色 : 珪素の銀白色 硫化水銀の朱色 10.n(p) 型半導体の発色 : 有色ダイヤモンド 半導体レーザー 11. 色中心 : 紫水晶 黒水晶 Geometrical and Physical Optics 12. 拡散反射 : 虹 ハロー 13. 光の散乱 : レイリー散乱 ラマン散乱 14. 光の干渉 : シャボン玉の色 15. 光の回折 : 液晶の発色 オパール The Physics and Chemistry of Color, by K. Nassau (John Wiley & Sons, 1983)
物質の色の起源 : 遷移金属化合物の発色 (d 軌道間の遷移 ) M 殻 電子殻と収容される電子数 K 殻 : 副殻 (1s 軌道 (2 個 ) 殻 : 副殻 (2s 軌道 (2 個 ), 2p 軌道 (6 個 )) M 殻 : 副殻 (3s 軌道 (2 個 ), 3p 軌道 (6 個 ), 3d 軌道 (10 個 )) N 殻 : 副殻 (4s 軌道 (2 個 ), 4p 軌道 (6 個 ), 4d 軌道 (10 個 )) 4f 軌道 (14 個 )) 遷移元素 : 周期表の 3~12 族の元素をさす 原子番号が増すに従って d 軌道または f 軌道に電子が満たされていく元素である 金属錯体 配位子 金属イオン 遷移金属化合物が着色している原因 : 遷移金属イオンは金属錯体などの化合物を形成すると M 殻の副殻であるd 軌道が2つのグループに分裂する この分裂の間隔が可視光のエネルギーに相当するため 金属錯体は着色する.
遷移元素における 5 種類の d 軌道 M M: 金属イオン : 配位子 z z d z 2 d x2 -y 2 x + y z 2 - x 2 y 2 - z 2 d yz d xy d xz 配位子による静電場により,d 軌道のエネルギーに差ができる ( 縮重が解ける )
電子軌道 : 波動関数の軌跡と電子雲の形 d 軌道の角度部分の関数は下記の式で表される z z y y x x d z 2 軌道 d x 2 -y 2 軌道 d xy = (15/16π) 1/2 sin 2 θ sin 2φ = (15/4π) 1/2 (xy/r 2 ) d yz = (15/16π) 1/2 sin 2θ sinφ = (15/4π) 1/2 (yz/r 2 ) d zx = (15/16π) 1/2 sin 2θ cosφ = (15/4π) 1/2 (zx/r 2 ) d x 2 -y 2 = (15/16π) 1/2 sin 2 θ cos 2φ = (15/16π) 1/2 {(x 2 y 2 )/r 2 } d z 2 = (5/16π) 1/2 (3cos 2 θ 1) = (5/16π) 1/2 {(3z 2 r 2 )/r 2 }
配位子場による d 軌道の分裂 or : 配位子なし 孤立した d 軌道 d xy d yz d zx d z 2 d x 2 -y 2 5 つの d 軌道のエネルギーは等しい ( 縮重 ) による平均的不安定化 配位子あり ΔE 配位子による静電場により d 軌道の縮重が解ける ( エネルギーに差ができる ) d z 2 d x 2 -y 2 電子対を持つ六つの配位子が d 軌道と重なる方向から接近 ( 反発 d xy d yz d zx 電子対を持つ六つの配位子が d 軌道の節面から接近 ( 反発
Co III 錯体の示す様々な色 [Co III (NH 3 ) 6 ](ClO 4 ) 3 [Co III (NH [Co III 3 ) 5 (H 2 O)](ClO 4 ) 3 Cl(NH 3 ) 5 ]Cl 2 trans-[co III Cl 2 (en) 2 ] ClO 4 H 3 N NH 3 III Co H 3 N NH 3 OH 2 Cl NH 3 NH 3 NH 3 III III H 3 N Co NH 3 H 3 N Co H 3 N H 3 N NH 3 NH 3 λ = 476 nm λ = 487 nm λ = 530 nm NH 3 NH 3 H 2 N N H 2 Cl III Co Cl H 2 λ = 618 nm N N H 2 ΔE = hν = ch/λ [Co III (NH 3 ) 6 ](ClO 4 ) 3 の場合 ΔE [Co III (NH 3 ) 5 X] 型錯体のΔE 226 kj/mol ΔE λ = 476 nm より ΔE = 252 kj/mol [Co III Cl(NH 3 ) 5 ] Cl 2 の場合 λ = 530 nm より ΔE = 226 kj/mol d-d 遷移 0 Cl - H 2 O 252 kj/mol NH 3
分光化学系列 分光化学系列とは 八面体型の金属錯体の d-d 遷移のエネルギー差の大きさの順に従 て 配位子と金属イオンを並べた序列のことである 槌田龍太郎によって提唱された
Cu(II) 錯体の色と分光化学系列 [Cu(H 2 O) 6 ] 2+ λ max = 810 nm (a) (b) (c) [Cu(NH 3 ) 4 (H 2 O) 2 ] 2+ λ max = 610 nm (a) [Cu(Cl) 4 ] 2 (b) [Cu(H 2 O) 6 ] 2+ (c) [Cu(NH 3 ) 4 (H 2 O) 2 ] 2+ https://ssh.jst.go.jp/research/show/637 http://www.lincolnparkhs.org/ourpages
物質の色の起源 :d-d 遷移によるアクア錯イオン [M(H 2 O) 6 ] n+ の可視吸収スペクトル 遷移金属化合物の着色 (d 軌道間の遷移 ) d x 2-y2, d z 2 hν d xy, d yz, d zx H 2 O M n+ アクア錯イオン [M(H 2 O) 6 ] n+ B. Figgis, Introduction to igand Fields, Wiley-Interscience (1996).
ルビーとエメラルドの色の起源 ルビー (Ruby) Al 2 O 3 (Cr 3+ ) エメラルドの緑色とル ビーの赤色は 6 個の酸化物イオンで取囲まれた Cr 3+ の d 電子が原因であ る エメラルドの場合 Cr 3+ -O 2- 間距離がルビー の場合より長くなるため 3d 軌道間の分裂が減少 し 吸収スペクトルが長 波長側にシフトする 吸光度吸光度 400 500 600 700 エメラルド (Emerald) Be 3 Al 2 Si 6 O 18 (Cr 3+ ) O 2 Cr 3+ 400 500 600 700 波長 (nm) 400 500 600 700
物質の色の起源 : 不純物遷移金属元素による着色 ルビーの発光 : 宝石のルビーは光を照射すると 3d 電子が波長 694 nm の強い蛍光を発する この蛍光を利用して 1960 年 世界最初のレーザー光線が生まれた ルビー (Al 2 O 3 :Cr 3+ ) O 2 - Cr 3+ 吸収スペクトル Y 帯 B 線 U 帯 R 線 10 3 cm -1 U R hν ルビーレーザーの原理 R 線に占有された電子数が基底状態の電子数より多くなる ( 逆転分と レーザー発振が起こる 基底状態 レーザー発振 非放射遷移 ASER (ight Amplification by Stimulated Emission of Radiation) 輻射の誘導放射による光の増幅
3 準位系レーザーと 4 準位系レーザー 逆転分布 逆転分布
遷移金属錯体の色の起源 (A)d 軌道間の遷移 (d-d 遷移 ) (B) 電荷移動遷移 1 配位子の軌道から金属イオンの d 軌道への電荷移動遷移 :MCT (igand-metal Charge Transfer) 例 : 過マンガン酸イオン [MnO 4 ] - の濃赤紫色 2 金属イオンの d 軌道から配位子の軌道への電荷移動遷移 :MCT (Metal-igand Charge Transfer) 例 : [Fe(phen) 3 ] 2+ (phen = フェナントロリン ) の赤色 3 金属イオンから金属イオンへの電荷移動遷移 : IVCT (Inter-Valence Charge Transfer) 例 : プルシアンブルー Fe III 4 [Fe II (CN) 6 ] 3 15H 2 O の濃青色
物質の色の起源 : 電荷移動遷移による着色 過マンガン酸イオン [MnO 4 ] - の濃赤紫色 Mn イオンの価数は 7 価で 3d 軌道の電子は無 い それにも係わらず濃赤紫色を呈するのは 緑色の光を吸収して 酸素イオンから Mn イオン に電子が移動するためである. hν e 7+ 過マンガン酸カリウム水溶液 配位子の軌道から金属イオンの 3d 軌道への電荷移動遷移
電荷移動遷移 (IVCT) による 葛飾北斎富嶽三十六景 IVCT (Inter-Valence Charge Transfer) プルシアンブルーの濃青色は 800 nm 550 nmの光を吸収してfe II の電子がFe III に飛び移この結果 550 400 nmの光が透過し 濃紺色を呈する IVCT プルシアンブルー (Fe Ⅲ 4[Fe Ⅱ (CN)6]3 15H2O) の基本骨格
物質の色の起源 (15): 光の回折による昆虫の光沢 左円偏光で見たコガネムシ 右円偏光で見たコガネムシ http://www.op.titech.ac.jp/take-ishi/html 円偏光 偏光には直線偏光と円偏光がある 図に示した円偏光は Ex と Ey との 2 つの電場ベクトルの振幅は同じで 90 度位相がずれている
物質の色の起源 (15): 光の回折によるモルフォ蝶の光沢 図 1 鱗粉の断面構造のイメージ図 モルフォ蝶が青く見えるのは 鱗粉の襞と襞の間隔が青色の光の波長の半分に当る 0.2μm になっている ( 図 1 参照 ) からだと言われている これを実証するため シリコン基板の上に直径 10nm 程の超微細な板状のカーボンを積層させ 襞間隔を 0.2μm にすることでモルフォ蝶と同じ青色を出すことができる
光で計る分子 宇宙からのメッセージ 宇宙からの電波は 宇宙空間に存在する様々な分子の情報を 我々に教えてくれる HC 3 N HC 3 N CS SiS HC 5 N SiO 電波望遠鏡
分子振動と回転により双極子モーメントが変化する場合 これらのダイナミクスは電磁波と相互作用する 分子のダイナミクス ( 振動 回転 ) と電磁波の相互作用 振動 分子のダイナミクス 分子は 振動 回転をしている 結合の伸び縮み結合角の変化 回転 分子自体の回転
分子の振動をばねモデルで考えてみる フックの法則 V = 1 2 k( r r e 2 ) 復元力 = k ( r re ) ν = 1 2π k M M m m m + m 1 2 = ( 換算質量 ) 1 2 r t m 1 m 2 r e r r e > 0 M = m1m2 m + m 1 2 t r e r r e M r e r r e < 0 r r e で伸び縮みを表現
振動のエネルギーの量子化 対称伸縮振動 逆対称伸縮振動 原子核のダイナミクスである振動も波の性質を持っている V 1 2 2 = k( r r e ) の中で換算質量 Mの粒子が振動する 波動性 振動エネルギーの量子化 E ν = h 2π k M v + 1 2 v: 振動の量子数
分子振動と光吸収 分子は固有の周波数で振動している 振動により 双極子モーメントが変化する 光照射 δ 交替電場がかかるコンデンサ中に分子を置いたと見なす + hν 電場の交替と 分子振動による双極子モーメントの変化の周波数が一致したときエネルギーのやりとりが起こる + δ+ ν +
異核二原子分子の分子振動 異核二原子分子 (CO, NO, HCl など ) 双極子モーメント μ 0 分子の振動 δ+ μ δ μ Δμ μ 分子振動と交替電場との相互作用 + hν δ+ δ + μ + Δμ ν 振動に伴う双極子モーメントの変化 + 有 δ+ δ 電磁波との相互作用 有 分子振動と交替電場の振動数が一致
等核二原子分子の分子振動 等核二原子分子 (H 2, N 2, O 2, Cl 2 など ) 双極子モーメントμ = 0 分子の振動振動に伴う双極子モーメントの変化 μ = 0 μ = 0 μ = 0 分子振動と電磁波との相互作用 + + 電磁波 + 交替電場 無 交替電場は分子振動に影響しない 電磁波との相互作用 無
直線型三原子分子の分子振動 直線三原子分子は四種類の振動モードを取ることができる直線型三原子分子で CO 2 など双極子モーメント μ =0の場合対称伸縮逆対称伸縮 μ = 0 μ = 0 μ = 0 Δμ μ = 0 +Δμ 振動に伴う双極子モーメントの変化 無 振動に伴う双極子モーメントの変化 変角伸縮 (2 種 ) 有 Δμ μ = 0 +Δμ 同じ周波数で紙面に垂直に変角するモードもある μ 0 μ = 0 μ 0 振動に伴う双極子モーメントの変化 有
CO 2 の赤外吸収スペクトル http://www.an.shimadzu.co/
屈曲型三原子分子の振動遷移 H 2 O 3756 / cm -1 3657 / cm -1 1595 / cm -1 H 2 S 2626 2615 1183 O 3 1042 1110 701 NO 2 1618 1318 750 原子が重くなると振動数は低下する 原子数が多くなると急速に特性振動の数が増えスペクトルが複雑になる それぞれの分子には固有のスペクトルのパターンがある まとめ振動の様式 ( モード ) の数や各特性 振動の振動数から 分子の形, 種類を同定することができる
メタノールの OH 赤外吸収帯のエーテルとの水素結合による変化 2 ν = 1 2π k M M = m1m2 m + m 1 2 3 4 フリーなメタノール CH 3 O H エーテルと水素結合したメタノール メタノールの CCl 4 溶液 1: エーテルなし 2-4: エーテルを徐々に添加 CH 3 O H O CH 3 CH 3 ~ 1 ν / cm ( ~ ν =ν / c) エーテルと相互作用しているので M が増加する 純粋なメタノールは 3644cm -1 に OH 基に由来する比較的鋭いピークを与える メタノールにエーテルを添加していくとメタノールの OH 基がエーテルと水素結合し 3490cm -1 付近に幅広のピークを与えるようになる
電波望遠鏡 : マイクロ波による星間分子の探索 小分子 H 2 CO CH 3 OH CH 3 CHO CH 3 CN C 2 H 5 OH CO CS SO SO 2 長い炭素鎖を持つ分子 HC 3 N HC 5 N HC 7 N HC 9 N HC 11 N 分子イオン H C C C C C N HCO + HOC + NH + 2 HCS + NCNH + SO + H 3 O + など 宇宙空間には 地上でありふれた分子もあるが 地上の条件下では反応性が高く不安定な分子や 分子イオンなども多数存在する
気象庁の観測点における CO 2 濃度および年増加量の経年変化 http://ds.data.jma.go.jp
二酸化炭素は地球温暖化の元凶か? (C) 八都県市地球温温暖化防止キャンペーン 過去 50 年間の大気中の CO 2 濃度 大気中の二酸化炭素の総量 :24,500 億トン [ 消費 ] 植物の光合成 3,500 億トン [ 生産 ] 動植物の呼吸 3,500 億トン 産業排出 220 億トン 220 億トン増加 この 100 年で 25% の増加
大気中の成分による温室効果 大気の組成 温室効果ガス N 2 O 2 Ar CO 2 H 2 O : 78 % : 21 % : 1 % : 0.04 % : 0 ~ 3 % ( 気候 場所により変化 ) CH 4, N 2 O 等 : 微小量 大気の無い場合の地表の温度 : -18 ºC 温室効 水蒸気の効果 :97 % CO 2 などの効果 :3 % 実際の地球の平均気温 : +15 ºC 大気中の温室効果ガスの割合 H 2 O(97%) H 2 O 以外 (3%) うちわけ Freonなど (11%) N 2 O(6%) CH 4 (19%) CO 2 (64 %)
CO 2 を巡る議論 1940 ~70 : 地球の温度は下降傾向 [ 地球 寒冷化 への危惧 ] 1979 ~ 93 : 人工衛星による地球表面温度の観測温暖化傾向は認められず 1980 : 極地の氷床をボーリングして氷柱を採取 各時代の大気中のCO 2 濃度計測氷期 低間氷期 高 CO 2 濃度が地球の温度を左右する と言う報道 1981 : 気温に関するワークショップ ( アメリカ ) 温室効果ガスが地球の気象を不可逆に変え 温暖化を引き起こす スーパーコンピュータによるシミュレーション結果
CO 2 の地球温暖化への寄与の検証 日本とノルウェーのチームが氷柱の研究を検証 信頼性なし! 全欧チームによるグリーンランドから氷柱を採取して詳細な計測 26 万年間の地球の温度を詳しく測定 気温とCO 2 濃度との間に関連は認め難い CO 2 濃度の増加により気温上昇が起こっているというよりも気温上昇のあとで CO 2 濃度の増加が起こっている 海洋に溶存するにCO 2 の溶け出し 現在でも この問題について議論が続けられている CO 2 は温室ガス効果はあるが 地球温暖化への直接的原因とは考え難いが 大気環境を真剣に考える契機となったことは間違いない 地球環境の変化は様々な要因によって起こるため特定の物質に限らない 広い視野での対策が必要 参照 :J. Emsley 逆説 化学物質 ( 丸善 )